第433話 夏だ、祭りだ、ハチャメチャだ(6)

「あのなあ・・・・・・もう腹が一杯なんだよ。見なかった事にしてやるから帰れ。さっきの俺への誹謗中傷もそれで忘れてやるから」

 もう既に色々と疲れていた影人は、暁理とソニアに対してそう言った。影人には驚きも何もなく、ただ2人の存在が、今の面倒くさい状況を更に面倒なものに変えるという確信があるだけだった。

「は!? 何だよその反応は!? 影人、君失礼だよ!」

「そうだよ! 影くんのくせに生意気!」

 前髪に塩対応よりも下の対応をされた暁理とソニアは、当然の事ながらキレた。

「失礼なのはどっちだよ・・・・・・」

 影人が思わずそう突っ込む。正直、影人からしてみれば暁理とソニアは逆ギレにしか思えなかった。

「あら、あなた達も来ていたの。こんばんは。でもあなた達も無粋な事をするわね。邪魔をするなんて。特に暁理。あなたはこれで2回目よ。去年の文化祭の時も、あなたは私が影人にご飯を食べさせる邪魔をしたわ」

 一方、暁理とソニアによって影人から引き剥がされたシェルディアは、少し不満そうな顔を浮かべていた。その言葉を聞いた暁理とソニアはムッとした顔になる。

「シェルディアちゃん。さっきも言ったけど、こんな前髪にあーんなんてダメだよ。そんな羨ま・・・・・・コホン。そんな事は不健全だし、シェルディアちゃんの格も下がるから。僕が去年と今もシェルディアちゃんのあーんを止めたのはシェルディアちゃんのためだしね。を生まないために」

「シェルディアちゃん、抜け駆けはなしだよ。ただでさえ、シェルディアちゃんは影くんの家の隣に住んでるなんていう最強のアドバンテージがあるんだから」

「あらあら・・・・・・ふふっ、影人あなたやっぱり人気者ね」

「? 何の事だ?」

 暁理とソニアのどこか攻撃的な言葉に、シェルディアが意味深に笑う。シェルディアに名を呼ばれた影人は意味がわからないといった様子で首を傾げた。

「こ、これは驚いたであります・・・・・・変装していらっしゃいますが、あの方は間違いなくランキング2位『歌姫』にして、世界的な歌姫であるソニア・テレフレア様・・・・・・あの方までもが帰城殿に・・・・・・隣の方は存じないでありますが、あの方もかなりの美少女でありますな・・・・・・帰城殿は間違いなく『本物』でありますな」

「ソニアに早川さんじゃない。あははは、どんどん賑やかになるわね!」

「『歌姫』、まさか貴様も・・・・・・さすがはスプリガン・・・・・・いや、帰城影人というべきなのか・・・・・・」

「これは・・・・・・修羅場の予感だわ・・・・・・!」

「せっかくだ。私も女の戦いに参加しようかな」

「うんうん。帰城くんは本当に魅力的だからね。やっぱり、分かる人には分かるものだよね」

「分かりますよ。影人さんは魅力的な人です」

「キトナ、あんた頭大丈夫・・・・・・? あの帰城影人が魅力的とか・・・・・・でも、この様子だと何でかあいつはモテるみたいね。あんな前髪が・・・・・・この世は不思議だわ」

 芝居、真夏、アイティレ、風音、ロゼ、光司、キトナ、キベリアはその光景を見てそれぞれの感想を漏らす。暁理、ソニア、シェルディアの間で見えない火花がバチバチと散っている事を、恐らく真夏以外は察しているようだった。

「まあいいわ。あなた達の想いはよく分かったわ。なら、あなた達も一緒にお祭りを回る? ちょうど今、影人とあの子の最後の勝負を決めているところなの」

「最後の?」

「勝負・・・・・・?」

 暁理とソニアが揃って首を傾げる。シェルディアは2人に説明を行った。

「ふーん・・・・・・そんな事になってたんだ。まあ、影人が素直に君たちといるなんて、おかしいなとは思ってたけど」

「何だか影くんらしいね・・・・・・」

 シェルディアから事の経緯を聞いた暁理とソニアがそんな感想を口にする。事情を理解した暁理とソニアはシェルディアにこう答えを返した。

「うん。じゃあ、僕もご一緒させてもらうよ。影人がみんなに迷惑をかけないか見ておかないとだから」

「私も私も! 普通に面白そうだし! よろしくねみんな♪」

「ええ。歓迎するわ」

 シェルディアがニコリと笑う。こうして、暁理とソニアも一行に加わる事になった。

「・・・・・・はあー。やっぱりこうなったかよ・・・・・・」

 影人がガクリと項垂れる。今でさえ騒がしいのにこれ以上騒がしくなるのか。いや、今日に限って言えば騒ぎに来たのだが、今の騒ぎは影人が想定していた騒ぎではなかった。

(もしも、ここにまで増えたら・・・・・・ダメだ。これ以上は考えないようにしよう。精神が終わる)

 まず間違いなくこの祭りに来ているであろう少女たちの顔を思い浮かべた影人は、その顔を振り払うようにぶんぶんと首を横に振った。取り敢えず、早く光司との勝負に勝っておさらばをする。そして、その後に魂の友たちと祭りを楽しむ。今考えるべき事はそれだけで十分だ。

『くくっ、お前は本当バカだよな。まんまと思惑に嵌っちまってやがるんだからよ』

 すると、今までずっと影人たちの様子を見ていたイヴが影人にそんな念話をしてきた。イヴの言葉の意味が分からなかった影人は「っ?」とその顔を疑問の色に染める。

「どういう意味だよイヴ?」

『さあな。てめえで気づけ。わざわざ俺が教えてやるかよ。ただ、お前以外の奴は大体気づいてるぜ。俺からのヒントはここまでだ。てめえの痴態なんざ日常茶飯事だが、引き続き、お前の痴態を楽しませてもらうぜ』

 イヴは一方的にそう言うと念話を打ち切った。影人は「あ、ちょ、イヴ!」と再び念話を試みたが、イヴは応えなかった。

「ったく、イヴの奴なんだったんだよ・・・・・・俺が罠に嵌まってる? いったいどういう意味だ・・・・?」

 考えても、自分がどのような罠に嵌っているのか影人には全く分からない。

 だが、イヴの性格上、嘘を言っているとは思えない。イヴの性格の悪さは本物だ。この場面で嘘を言うよりも、本当の事を影人が気づけない範囲で目の前にぶら下げる事を言う方が、嫌がらせとしてより効果的だと分かっている。つまり、イヴが言っている事は真実である可能性が極めて高い。

「ふふっ、更に賑やかになりそうね。やっぱり、お祭りはこうでなきゃ」

 シェルディアは楽しそうに笑うと残っているかき氷に匙を入れた。

 ――影人、光司、風音、アイティレ、芝居、真夏、ロゼ、シェルディア、キベリア(とキベリアの抱いているぬいぐるみ)、キトナ、暁理、ソニア。その数、計12人。いつの間にか、結構な人数になった一行は、影人と光司の最後の勝負を決めるべく、屋台の出ている往来を練り歩いた。

 そして、

「・・・・・・凄え」

「ああ。さすがは俺たちのGだ」

「人は見た目じゃない。本当にその通りだぜ」

「人を集める才能・・・・・・別の言い方をすれば、カリスマだな」

「やっぱり、Gは俺たちと一味違うな」

「だが、間違いなく俺たちは同士だ」

 そんな一行をA、B、C、D、E、Fの6人のバカたちが密かに見守っていた。













「――あ、シェルディア」

 影人たちが屋台の出ている往来を練り歩いていると、聞き覚えのある女性の声が影人たちの耳を打った。その声に名を呼ばれたシェルディアは、声の聞こえた方に顔を向けた。

「あら、シエラ。それに・・・・・・白麗?」

 シェルディアの視線の先にいたのは、喫茶店「しえら」の店主にして真祖であるシエラと、シェルディアと同じ「古き者」と呼ばれる異世界の強者、白麗であった。シエラは何やら屋台を出しているようで、喫茶店の時と同じエプロンを来て屋台の中に、白麗は屋台に備え付けられていた簡素な椅子に座り、何かを飲んでいた。

「おお、シェルディア。それに帰城影人も。この前ぶりじゃの」

 白麗が影人たちに向かって軽く手を挙げる。白麗はいつも通りの格好で、キトナと同じく頭の耳も隠していなかった。

「おい、俺様を無視するな。お前の目は節穴か? シェルディア」

 そして、屋台にはもう1人いた。ダークレッドの髪に同じくダークレッドの瞳が特徴の、頗る美男子だ。シエラと同じくエプロンを纏い屋台の中にいたのは、シエラ、シェルディアと同じ真祖であるシスだった。

「意図的に私の視界から消したのよ。私、あなたの事が嫌いだから。それくらい察してほしいわね。バカねえ、あなた」

「ほう・・・・・・どうやら、喧嘩を売っているらしいな。いいぞ、その喧嘩買ってやろう」

 シェルディアがシスに汚物を見るような目を向ける。シスはピキピキと額に血管を浮き立たせ、屋台の中から出ようとした。

「だめ。ちゃんと仕事して」

「離せシエラ。あのバカは1度殺さなければ――」

「・・・・・・仕事してくれないなら、新しいコーヒー豆上げないから」

「・・・・・・ちっ!」

 シエラに腕を掴まれたシスは渋々といった様子でその場に止まった。

「っ、シスに白麗さん・・・・・・こっちの世界に来てたのか・・・・・・」

 2人の姿を確認した影人が少し驚いたようにそう呟く。フェルフィズとの決戦後、シエラとシェルディアを除く古き者たちはあちら側の世界へと戻った。未だに境界は不安定とはいえ、以前のように世界と世界を繋ぐ亀裂がそこらにあるわけではない。世界間の移動はそれなりの難しさに戻っているはずだ。そのため、影人はシスと白麗がこちらの世界に来ている事が意外だったのだ。

「うむ。こちらの世界の観光にな。いかに長き時を生きる妾といえども、異なる世界はまだまだ未知じゃからな。飽きるまで堪能するつもりじゃ。しかし、こちらの世界の祭りも賑やかじゃの。酒も美味いし。言うことなしじゃ」

「ふん。俺様も似たようなものだ。暇だったから、この世界を見学してやろうと思っただけよ」

「そ、そうか。でも、何でシスがそっち側・・・・・・店員なんだ? というか、シエラさんこの屋台は・・・・・・」

 影人が前髪の下の目を屋台に向ける。シエラたちがいる屋台は、他の屋台とは違い移動式のバーのような屋台だった。シエラとシスの背後にはグラスやカップ、プラスチックの容器が入った棚、持ち運び式のガスコンロ、小さな冷蔵庫などがあり、木の長テーブルに木のカウンター席は、どこか「しえら」を連想させる。席の数は5つで、その右端に白麗が座っていた。

「ん。喫茶店『しえら』出張店。頑張って作った。前から1回お祭りには出店してみたかったから。お金も稼げて、お店の宣伝にもなるから一石二鳥。シスはアルバイト。コーヒーに興味があるみたいだから、コーヒー豆が報酬。でも、偉そうだからお客さんが来ない。使えないアルバイト」

「おいシエラ。誰が使えないだと? 殺すぞ貴様」

「事実を言っただけ。あと、出来もしない事を言わない。見苦しいから」

 シエラが冷たい目をシスに向ける。シスは「お前もいつか絶対に殺してやろう」と再び怒りから額に血管を浮き立たせていた。

「あ、しえらさん。こんばんは。しえらさんも屋台を出していらっしゃったんですね。すごく本格的な屋台ですね」

「そう言ってくれると嬉しい。提供してるのは飲み物だけで数もそんなに多くないけど、他の店の食べ物は持ち込みOKだから、よかったら寛いでいって。もちろん、持ち帰りも大丈夫。メニューはここ」

 風音の言葉に小さく笑ったシエラがメニューの書かれた紙をテーブルに置く。その紙を見た真夏は「へえ、けっこうあるわね」と興味がある様子になった。

「ちょうど喉も渇いてたし頼もうっと。シエラさん、アイスコーヒーお願い! 持ち帰りで!」

「私も同じものをお願いするよ」

「私はアイスティーを頼むわ。キトナ、キベリア、あなた達も何か頼みなさいな」

「まあいいんですか? でしたら、アイスミルクティーをお願いします」

「さすがはシェルディア様。本物のお金持ちは余裕が違う。私はラムネで」

「ふむ。確かに喉が渇いたな。では、コーラーを注文する」

「私は水筒があるのでいいであります」

「私オレンジジュースで♪」

「僕はジンジャーエールで」

「私は冷たい緑茶でお願いします」

「僕はさっき自動販売機でミネラルウォーターを買ったので、今回はすみませんがご遠慮させていただきます」

「俺も会場に来る前に自動販売機でお茶買ったんで、今は大丈夫です」

 結局、真夏、ロゼ、シェルディア、キトナ、キベリア、アイティレ、ソニア、暁理、風音はシエラにそう注文した。注文を頼まなかったのは、水筒を持って来ていると言った芝居、既に自動販売機で飲料を購入した光司と影人の3人だけだった。

「ん、分かった。みんな持ち帰りでいい? シス、注文に取り掛かって」

「量が多いわ! くっ、なぜ俺様がこんな下々の仕事を・・・・・・」

 シエラが注文をした者たちから代金を受け取りながら、シスにそう命じる。シスは嫌々といった様子ではあったが、後ろの棚からプラスチックの容器を取り出し始めた。

(真祖2人がやってる出店に、真祖と天狐、光導姫に守護者やら闇人が客・・・・・・凄えな。何かもうそれしか言葉が出てこねえ・・・・・・)

 普通に世界征服できる面子だ。間違いなく、今この世界で1番危険な屋台である。

「・・・・・・一般人の俺には刺激的すぎるな」

 やれやれといった様子で、自分を一般人だと思っている異常前髪はそう言葉を漏らす。誰がどう見ても、見た目だけならお前が1番異常である。加えて、前髪野郎の内面やら力を知っている者からすれば、余計に異常値ナンバーワンである。

「ふーん。なるほど。勝負を屋台の遊びで決める・・・・・・うん。面白そうだね」

「でしょう? でも、今のところ中々いい遊戯が見当たらないのよ。シエラ。あなた、何か最後に相応しく、かつとても面白くなりそうな遊戯に心当たりはない?」

「うーん・・・・・・遊戯じゃないけど、面白いイベントはあるよ。ちょうど、今向こうの広場でやってる・・・・・・」

 注文された飲み物を作りながら、シェルディアと会話していたシエラがシェルディアにある事を教える。

 すると、

「わっ、見て見て明夜! 何か凄いオシャレな出店があるよ!」

「本当ね。ん? というか、色々見知った顔があるような気が・・・・・・」

「・・・・・・見間違いではありませんよ明夜。あの屋台にいる者の顔を私は全て知っています」

 そんな声と共に屋台に近づいて来る者たちがいた。

「っ・・・・・・!?」

 その声を聞いた影人がピタリと固まる。それは先ほど顔を思い浮かべた者たちの声だった。

(クソが・・・・・・最悪だ。今日のツキのなさじゃ、いつか出会うかもしれねえとは思ってたが・・・・・・)

 背中に冷や汗が流れる。これが現実でなければどれだけいいか。だが、祭囃子と喧騒、夏の熱気がこれが現実だと影人に思い知らせる。

 影人がギギっと壊れたロボットのように振り返る。すると、そこには3人の少女の姿が見えた。性格には1人は少女ではないのだが、見た目だけなら少女そのものだ。

「・・・・・・遂に来やがったか。朝宮、月下、イズ・・・・・・」

 そして、影人はその3人の名を呼んだ。


 ――祭りの喧騒はより騒がしさを増す。

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