第432話 夏だ、祭りだ、ハチャメチャだ(5)
「これで僕の勝利は1、帰城くんの勝利も1。僕たちの勝負の行方は、最後の対決に持ち越される事になった」
「改めての説明ありがとうな。で、最後の勝負の方法は皆さんに決めてもらうんだったな」
輪投げの屋台から離れた影人たちは適当に屋台が出ている通りを歩いた。光司の言葉に影人は皮肉げな言葉を返すと、顔を後方へと向けた。
「あっ、冷やしきゅうりがあるわ! 私あれ好きなのよね! ちょっと買ってくる!」
「日本の祭りに参加したのは初めてだが、いいね。この独特な音楽、確か祭囃子だったかな。この音楽が静かに、且つ心地よく気分を高揚させる。それに様々な種類の屋台が食欲と好奇心を刺激する。そして、この風流な光景・・・・・・ああ、美しい。創作意欲が湧いてくるよ」
「アイティレ、その水色のブレスレット可愛いわね。ふふっ、帰城くんに感謝ね」
「あ、ああ。そうだな。確かに、可愛い。私には似合わないほどにな。ううむ、しかしなぜ帰城影人は私にこれを・・・・・・」
「まあ、帰城殿は景品にはあまり興味がなかった様子でありますからな。その中で上等そうだったブレスレットをフィルガラルガ様にプレゼントされた・・・・・・はっ、私に電流奔るであります。もしや、帰城殿はフィルガラルガ様の事が・・・・・・いやしかし、それでは容姿の偏差値があまりにも・・・・・・正に月とすっぽん。美女と野獣・・・・・・現実的には正直有り得ない組み合わせでありますな」
影人たちの後ろには真夏、ロゼ、風音、アイティレ、芝居の姿があった。真夏とロゼは影人と光司の勝負が見たいと着いてきた。あと、芝居は絶対に後で嫌がらせをしてやると影人は誓った。芝居とは今日あったばかりだが、あまりにも失礼過ぎる。的外れな思い込みにも腹が立った。
ちなみに、輪投げの景品を影人は、適当にまだ面識というか因縁があったアイティレに投げたが、光司の分の景品は、光司がお菓子の詰め合わせを風音と芝居にプレゼントしていた。
「いつの間にか男女比率が・・・・・・さっさと勝負に勝ってこのパーティーから抜け出してやる・・・・・・あー、皆さん。最後の勝負の方法は・・・・・・」
影人は改めて決意を固くすると、自分と光司の勝負の内容を決める女性たちに対し声を掛けようとした。
「――あら、影人」
だが、影人が女性たちに勝負の方法が決まったのかを聞く前に、どこからか影人の名前が呼ばれた。
「っ・・・・・・」
その声を影人はよく知っていた。何せ、大体1日に1回は聞く声だからだ。影人が声の聞こえた方向に振り返る。すると、そこには影人が思い浮かべた通りの人物がいた。
「じょ、嬢ちゃん・・・・・・」
影人の視線の先にいたのは美しい人形のような少女だった。美しいブロンドの髪はいつもは緩いツインテールに結ばれているが、今日は結い上げられ、黒色の高級そうな簪が金の髪に映えている。衣装もいつもは豪奢なゴシック服だが、今日は黒を基調としながらも所々に金の刺繍が入った浴衣を纏っており、いつもとは雰囲気が違った。総じて、その少女――正確には少女の姿をしたモノだが――シェルディアはいつもよりもグッと色気が上がっているように思えた。
「あ、影人さん。こんばんは。こちらの世界のお祭りもとても楽しいですね!」
「げっ、帰城影人・・・・・・はぁー、また面倒な奴が・・・・・・」
「!」
シェルディアの隣にはキトナとキベリア、キベリアに抱えられていたぬいぐるみの姿もあった。キトナもシェルディア同様に浴衣(色は萌葱色)を着ていたが、いつも外出する時に被っている帽子を被っていなかった。そのため、キトナの頭に生えている耳は衆目に晒されていた。キベリアも浴衣(色は薄い紫色)を着ており、影人を見て露骨に顔を顰める。ぬいぐるみは周囲の者たちにバレないように、小さく手を影人に振ってくれた。
「っ、キトナさん。その、耳を出してて大丈夫なのか?」
影人は自分の正体を恐らく知らないであろう芝居の目を気にして、キトナの方に近づくとヒソヒソとした声でそう聞いた。だが、その質問に答えたのはキトナではなくキベリアだった。
「大丈夫よ。今日は祭り。一般人はキトナの事をテンションが上がって何かのコスプレをしてる人間くらいにしか思っていないはずよ。近くに来て、実際に触られでもしない限りバレないわ」
「確かにそうか・・・・・・」
キベリアの説明を聞いた影人は納得するようにそう呟いた。普通の人間は地元の祭りの中に異世界から来た獣人がいるなどとは考えない。ほとんどの者はキベリアが言ったように思う事だろう。
「む? これまた凄まじい美人・美少女たちが。しかも、1人はケモ耳のコスプレ。いい。実にいいでありますな」
実際、芝居は見事に騙されていた。コメントがおっさんのようなものなのは少し気になったが。
「げっ、吸血鬼」
「っ・・・・・・」
「・・・・・・こんな所で会うものなのね」
「こんばんは、シェルディアさん」
シェルディアの正体を知っている真夏、アイティレ、風音、光司はそれぞれそんな反応を示した。真夏は今のキベリアと同様に露骨に嫌な顔を、アイティレ、風音、真夏はいずれも少し緊張している様子だった。無理もない。この場にいる芝居以外の光導姫、守護者たちは何度かシェルディアと共闘した事はあるが、元々シェルディアは闇サイド。加えて、尋常ならざる実力者だ。今は敵ではないとは分かっているが、その気になれば、国すらも崩壊させるような力を持つ者に対する畏れはそう易々とは取れなかった。
「ええ。あなた達もこんばんは。影人、あなたの言っていた先約とはこの子たちの事だったのね。少し意外だったわ」
「いや違うんだよ。実は・・・・・・」
影人は先ほどロゼと真夏に話したのと同じ話をシェルディアたちに聞かせた。
「あらそうだったの。ふふっ、相変わらず面白い事に巻き込まれているわね。さすがだわ」
「何がさすがなんだ・・・・・・? 俺からすればいい迷惑だよ。俺はただあいつらと祭りを楽しみたいだけなのに・・・・・・」
「自然と面白い事が寄ってくる。それは一種の才能よ。それも類い稀なるね」
「・・・・・・心の底からいらないよ。そんな才能は」
影人が項垂れながらそう呟く。そんな影人を見たシェルディアは「ふふっ、諦めなさいな。生とはそういうものよ」と楽しそうに笑った。
「せっかくだから、私たちもその勝負を見学させてもらうわ。キトナもいいわよね?」
「はい。もちろん! とっても面白そうですわ」
「! (僕もそう思う!)」
「決まりね。じゃあ影人たちに着いて行きましょうか」
キトナとキベリアに抱えられていたぬいぐるみの同意を得たシェルディアが頷く。しかし、キベリアは「え!?」と声を漏らす。
「シェルディア様、あの、私は着いていくかどうか聞かれていないんですけど・・・・・・」
「あなたの意見は聞く必要がないもの。ほら、黙って着いてきなさい穀潰し」
「酷い!? というか、穀潰しは言い過ぎですよ! 心が抉られるんでやめてください!」
「事実でしょう。なら、今風の言い方に直してあげましょうか。うるさいわよニート」
「あなたに心はないんですか!?」
再びキベリアが悲鳴を上げる。今日もシェルディアとキベリアの漫才は絶好調だった。まあ、キベリア本人は「ううっ、私はニートじゃない・・・・・・私は誇り高き魔女なのよ・・・・・・」と半べそをかいていたので、漫才とは絶対に思っていないだろうが。
「えー、あんた達も合流するの。嫌だわー・・・・・・」
「私を前にして正直にそう言えるのは大したことだわ。それより、最後の勝負の方法はもう決めたの? 最後の勝負はあなたや私たちが決めるのでしょう」
真夏にそう言葉を返しながら、シェルディアは影人と光司以外の者たちにそう聞いた。
「いや、まだだよ」
「・・・・・・私は今日初めて日本の祭りに来たからな。他にどのような遊戯があるのか分からない」
「でも、後残っているお祭りの遊びは限られてるから、その中から何か選ぶ形になると思う・・・・・・かな」
ロゼ、アイティレ、風音がシェルディアの問いに答える。3人の答えを聞いたシェルディアは「そう」と呟くとこう言葉を続けた。
「なら、適当に屋台を巡って遊戯を決めましょう。それまでは・・・・・・ふふっ、えい」
シェルディアは悪戯っぽい笑みを浮かべると、影人の右腕に抱きついて来た。
「っ!? じょ、嬢ちゃん!? 急にどうしたんだよ・・・・・・!?」
右腕全体に感じる仄かな温かさと柔らかい感触に影人は慌てふためいた。ドキドキと心臓が早鐘を打ち始め、恐らくシェルディアからだろう、何だかいい匂いが影人の鼻腔をくすぐった。
「せっかくオシャレしたんですもの。少しでもデート気分を味わいたいでしょ。元々、今日私はあなたとお祭りを巡りたかったのだから、これくらいは許してもらわないと困るわ。あと、言うのが遅れたけどその格好似合っているわよ影人。格好いいわ」
「そ、そいつはどうも・・・・・・って、そうじゃなくて! は、離れてくれよ。こんな所でくっつかれたら・・・・・・その、色々と勘違いされるから」
「あら、それはどんな勘違いかしら。別にいいじゃない。勘違いさせておけば。それと、まだ今日の私の服装の感想を聞いていないのだけれど」
赤面する影人にシェルディアが妖しく微笑む。影人はいつもより数段引き立っているシェルディアの妖艶さにドギマギとした。
「に、似合ってる! 凄く似合ってるから! 本当に綺麗だ!」
「あら、ありがとう。凄く嬉しいわ。ふふっ、じゃあ屋台を探しましょうか」
シェルディアは目に見えて上機嫌になると、影人の右腕を引いて歩き始めた。シェルディアの力に通常のモヤシ前髪が敵うはずもない。前髪野郎は「ちょ嬢ちゃん!?」と声を上げ、シェルディアに半ば引きずられて行った。
「・・・・・・何と。帰城殿はあの見た目であってもモテるのでありますな。あれほど凄まじい美少女に腕を組まれるとは・・・・・・いやはや、人は見た目によらないとは正にこの事。あれが伝説のギャルゲー、もしくはラノベ主人公でありますか。これは、もしかしたら自分も危ないかもしれないでありますな・・・・・・」
「いったい何を言ってるの芝居・・・・・・? でも、やっぱりシェルディアさんは帰城くんの事が・・・・・・」
「うーん、あんな化け物に好かれてる帰城くんに同意するわ。ああ、でも帰城くんも化け物みたいなものか。なら、化け物同士お似合いだわ!」
「それは2人に失礼ですよ。榊原先輩」
「ふーむ・・・・・・やはり、彼女が1番のライバルといったところかな。私も負けてられないな」
「っ、『芸術家』お前まさか・・・・・・」
「きゃー、シェルディアさん大胆です! よし、今度は私も・・・・・・!」
「本当、不思議だわ。シェルディア様は何であんなゲテモノと・・・・・・」
「! (ご主人様嬉しそう! 僕も嬉しい!)」
その光景を見ていた芝居、風音、真夏、光司、ロゼ、アイティレ、キトナ、キベリア、ぬいぐるみがそんな反応を見せる。いつの間にか結構な大所帯になった一行は、影人と光司の最後の勝負を決める遊戯を求めて祭り会場を歩いた。
「あ、見て影人。かき氷があるわ。私、あれけっこう好きなのよね」
「そ、そうなんだ。じゃあ、買って来たらどうだ? うん、きっとそうした方がいい。買いに行くのに俺は邪魔になるだろうから離れるよ」
「別に邪魔じゃないわ。別にこのままの状態でもかき氷は買えるもの。着いて来て影人」
理由をつけてシェルディアから離れようとした影人だったが、シェルディアが許さなかった。シェルディアはより強く影人の腕を抱くとかき氷の屋台へと向かった。影人は「は、はい・・・・・・」と諦め切った顔を浮かべた。
「うん。やっぱりヒンヤリとしていて美味しいわ。人間って面白いわよね。氷もデザートにしてしまうのだから」
屋台でいちご味のかき氷を買ったシェルディアは満足そうな顔になった。ちなみに光司とキベリア以外の者たち、真夏、アイティレ、ロゼ、風音、キトナもかき氷を買って食べていた。特にかき氷を初めて食べたアイティレ、ロゼ、キトナは、「む。これは・・・・・・美味しいな」「夏の祭りの熱気に冷えたデザートはピッタリだ。しかも、見た目も美しいし、味もいい。完璧だね」「凄いです! 氷が甘いなんて! 美味しいです!」と感想を述べていた。
「影人。あなたにも一口あげるわ。はい、あーん」
「っ!? い、いやいいって! 気持ちは嬉しいけど、本当大丈夫だから!」
シェルディアにストローの匙を向けられた影人はぶんぶんと首を横に振った。それは、それだけはダメだ。あまりにもハードルが高すぎる。ただでさえ恥ずかしいのに、そんな事までしてしまえば、それはもうカップルではないか。
「嬉しいなら食べなさい。真祖からの下賜よ。食べてくれなきゃ『世界』で死ぬまでイジメるわよ」
「その脅しはエグすぎないか!?」
「大丈夫よ。あなたは打たれ強い子だから。ほら、溶けちゃうわ。早く口を開けて」
「いや、打たれ強い云々は関係な・・・・・・ちょ、嬢ちゃん!? 無理やり左手で顎を掴んで俺の口を開けようとしないで!? 顎が壊れるから! 分かった! 食べる! 食べるから!」
ニコニコ顔で自分の顎を掴んでくるシェルディアに対して影人は悲鳴を上げた。そして、遂に影人は音を上げた。
「最初からそう言えばいいのに。まあいいわ。じゃあ、はい。改めて、あーん」
「あ、あーん・・・・・・」
観念し切った影人が小さく口を開く。そして、シェルディアの手が影人の口元に近づき、かき氷が影人の口の中に――
「「だ、だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」」
だが、どこからかそんな声と共に影が走った。その影――正確には2人の女性――は影人とシェルディアの間に割って入ってきた。
「っ!?」
「あら?」
突然の乱入者に影人とシェルディアが驚いた顔になる。後方にいた光司たちも不思議そうな顔を浮かべていた。
「そ、それはダメ、というかシェルディアちゃんが汚れちゃう! こんな奴にあ、あーんだなんて! シェルディアちゃんはもっと自分を大切にした方がいいよ!」
「そ、そうだよ! 影くんなんて、見た目は冴えないし、言葉も悪いし、デリカシーはないし、察しも悪いし、とにかく悪い事尽くしだよ! あーんなんてする価値ないよ!」
影人とシェルディアの間に割って入って来た少女たちが、どこか必死な様子で前髪野郎の悪口を述べる。前者の少女は少し短めの髪に淡い緑色の浴衣を纏った美少女で、後者の少女は先ほどマンションのエントランスで会い、途中まで一緒に祭り会場に来た少女だ。その2人を見た影人は「っ・・・・・・」と思わず面倒くさそうな顔になる。
「はあ・・・・今度はお前らかよ。暁理、金髪・・・・・・」
そして、影人は乱入してきた2人の少女、早川暁理とソニア・テレフレアに対して大きなため息を吐いた。
――祭りはまだまだ終わらない。
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