第430話 夏だ、祭りだ、ハチャメチャだ(3)
「ふっ、遂に到着したな。今宵の熱き夜の現場に」
祭り会場に着いたBはクイっとメガネのブリッジを右手で上げる。他の者たちも祭りの熱気に当てられたように、テンションが高い様子になる。
「フー! 年に1度の祭りだぜ! イカ焼きたこ焼き焼きそばかき氷! その他諸々! 今日は食い倒れるぜ!」
「やべー。会場に着いたらめっちゃワクワクしてきた。遊び尽くすぜ!」
「おおっ、浴衣姿の女子が沢山! いやー、眼福眼福。誰か1人でもいいからお近づきになりたいぜ! いや、マジで!」
「ヤーハー! 思考なんていらねえ! 今日はたた感じるのみ!」
「やるなら今しかねーZU◯A! やるなら今しかねーZ◯RA! 攘夷がJ◯Y! JO◯が攘夷!」
「月に叢雲花に風・・・・・・みたいな事は今日はなしで頼むぜ。ふっ。遂に『祭りの遊◯王』と呼ばれた俺の実力を発揮する時が来たみたいだな」
A、C、D、E、F、Gが見るからにはしゃぐ。だが、今日は夏祭り。それだけはしゃげば、普段ならば間違いなく浮いているところだが、気にする者は誰1人いなかった。
「よーし、諸君。まずは花火を見る場所、もといベースキャンプを確保するぞ。花火が上がる時間は8時半。それまでに場所を確保してそこを拠点に祭りを楽しもう。何か意見はあるか?」
Bが一同にそう問う。だが、一同は意見はないと皆かぶりを振った。
「オーライだ。では場所を探すぞ。
「「「「「「イエッサー!」」」」」」
アホどもは急に米軍のようなノリになると、サッと小走りで会場の中を回り始めた。
「うん。いいな。ここは穴場っぽいぜ」
約20分後。A、B、C、D、E、F、Gは会場から少し離れた木の暗がりにいた。Aはこの場所を気に入ったようにウンウンと頷いた。
「そうだな。ここからでも花火はよく見えそうだし・・・・・・よし。ここにしようぜ」
「賛成。よし、ならレジャーシート引くぜ。おいEそっちの端持ってくれ。FとGは
CがAの言葉に同意し、Dが持っていた手提げの紙袋の中から青いレジャーシートを取り出す。DはE、F、Gにそう指示を飛ばした。Dにそう言われた3人は「おう」「了解」「あいよ」と返事をすると、素直にDの言葉に従った。
「よし、ベースキャンプはこんなもんでいいだろ」
数分後。Dが満足そうな顔でそう呟く。青いレジャーシートの四隅にはその辺りに転がっていた小石を乗せた。これで強風でない限り、レジャーシートが風で飛ばされる事はないはずだ。
「ありがとうみんな。では、そろそろお楽しみと行こう。みんな金は持ったか?」
「「「「「「おう!」」」」」」
「気合いは十分か?」
「「「「「「おう!」」」」」」
「その意気やよしッ! ならば繰り出すぞ! 屋台へ!」
「「「「「「おう!」」」」」」
Bの言葉に6人のアホどもが応える。このバカどもは一々無駄に叫ばなければ行動出来ないのだろうか。いや多分そうなのだろう。何とも哀れで迷惑な奴らである。
そして、7人のアホどもは屋台のコーナーへと移動した。そこそこの規模の祭りなので、屋台の数もそれなりだ。
「相変わらずの盛況ぶりだな」
「まあ、地元の人間は大体くるからな。それより、まずはどこから回る?」
「俺は腹減ったから何か食い物食いたいな」
「俺は来る前に軽く飯食って来たから先に何か遊びたいぜ」
「俺は異性とお近づきになりたいから迷惑にならない範囲で声掛けがしたい!」
「じゃあ、それぞれグループに分かれるか? どうせ最終的にはさっきのベースキャンプに集合する事になるし」
A、C、D、E、Fの言葉を聞いた影人がそんな提案をする。影人の提案を聞いたBは「それもいいな」と同意の意思を示した。
「例え別々に祭りを回っても俺たちの心は一つ。何せ俺たちは魂で繋がっているからな。よし、じゃあ食べ物グループと遊びグループとドキドキ声掛けグループに分かれよう」
Bがそう言うと、すぐにグループが決まった。食べ物グループはAとD、遊びグループはEとC、ドキドキ声掛けグループはFとBだ。そして、Gこと前髪野郎は腹が減っていたので食べ物グループを選択した。
「よし、各々分かれたな。じゃあ、また後で会おう。ああ後、途中で他のグループと会って合流したりするのはもちろんありだ。各自、花火が上がるまでにベースキャンプに集合してくれ。ではな!」
「ああ!」
「お前らも頑張れよ!」
「通報されない範囲でな!」
ビシッと右の人差し指と中指を立てて額に近づける格好をつけた仕草をしたBに、C、E、Fがそう言葉を返す。そして、バカどもは各々のグループで祭りを回り始めた。
「おっ、焼きそばだ! 買おうっと。DとGはどうする?」
影人はAとDと共に食べ物を求めて屋台を巡り始めた。すると、Aが焼きそばの屋台を見つけ立ち止まった。
「そうだな。俺も買うぜ」
「俺はまず向こうにあるフランクフルトを食べるよ。だから、焼きそばはいい」
DとGこと前髪がそれぞれ答えを返す。2人の答えを聞いたAは「じゃ、焼きそば2つだな」と頷いた。
「じゃあ、俺はフランクフルト買ってくるよ」
前髪野郎はそう言うと、焼きそばの屋台の斜めにあったフランクフルトの屋台に移動した。
「すみません。フランクフルト1本お願いします」
「はいよ! 300円ね!」
フランクフルトを焼いていた中年の男性店主が明るい笑顔を浮かべる。影人はウエストポーチからサイフを取り出すと500円玉を男性に渡した。店主の男性は、釣り銭と発泡スチロールの皿に乗せたフランクフルトを影人に渡した。
「ケチャップとマスタードはそこの使って適当にかけてくれ。まいど!」
「はい。ありがとうございます」
影人は釣り銭の200円をサイフに仕舞うと、皿を受け取りケチャップを手に取った。
「やっぱ祭りといえばフランクフルトだよな」
ベチャベチャにケチャップのかかったフランクフルトを見た影人が思わず口元を緩める。去年の小学校の夏祭りの時も同じような事を言ったが、影人にとって祭りの屋台の食べ物といえばフランクフルトなのだ。単純に好物という理由もあるが、日常生活ではあまり目にする事のない、長く太いソーセージが影人の心をワクワクとさせるのだ。
「いただきま――」
「――帰城影人くん?」
影人がフランクフルトを頬張ろうとした時だった。突然、どこかからそんな声が聞こえてきた。
「ん・・・・・・?」
影人はフランクフルトを口に入れる直前で、声の聞こえた方に顔を向けた。
「あ、やっぱり。こんばんは」
影人に声を掛けて来たのは、赤色の家紋のような紋様の刺繍の入った白い浴衣を来た女性だった。髪を一本に括り、全体的に清涼な雰囲気を纏っている。その女性――連華寺風音は影人に向かって小さく手を振った。
「・・・・・・君も来ていたか」
風音の横には2人の少女の姿もあった。1人は銀髪に赤い瞳が特徴の少女だ。銀髪を先ほど出会ったソニアのように結い上げ、群青の浴衣を纏っている。彼女の名はアイティレ・フィルガラルガと言った。
「む、会長の知り合いでありますか?」
もう1人は少し短めの髪に無表情が特徴の少女だ。藍色に狐の刺繍の入った浴衣を纏っている。彼女の名は
「あんたは・・・・・・確か『巫女』・・・・・・いや、連華寺さんか。それと・・・・・・フィルガラルガさん。そっちの人は初対面・・・・・・だよな?」
芝居が光導姫かどうか分からなかった影人は、風音とアイティレを苗字で呼んだ。芝居を見て首を傾げた影人に対し、芝居は「はい。初対面であります」と答えを返した。
「おーいG。フランクフルトは買えた・・・・・・って女子!?」
「しかも全員凄え美人だ・・・・・・Gの知り合いか?」
焼きそばを買い終え、影人の元に来たAとDは風音たちを見て、驚いたように目を見開いた。
「知り合い・・・・・・っていえば知り合いだな。でも、顔見知り程度だ」
影人はAとDに対してそう言葉を述べた。正確には芝居以外の2人とは、顔見知りよりかはもう少しだけ深い仲(戦ったり敵対したりする事をそう形容するなら)かもしれないが、バカ正直にその事をAとDに教えられるはずもなかった。
ちなみに、その会話を聞いていた風音は「G?」、アイティレは「なにかのコードネームか・・・・・・?」、芝居は「うーむ。明らかにGという顔ではないでありますが・・・・・・」と一様に頭にクエスチョンマークを浮かべていた。まあ当然である。これが一般人の反応だ。
「まあ、あんたらも祭りを楽しめよ。じゃあな」
特に3人に対して興味もなかった影人は風音、アイティレ、芝居に即座に別れの挨拶を告げた。さすがは前髪野郎。着飾った女子に対しても安定の塩対応である。お前のような見た目陰キャレベル100みたいな奴が塩対応なんか出来る立場か。いや違う。存在している事が勘違いみたいな奴は宇宙の藻屑になってほしい。
「っ? A、D?」
だが、ここで意外な事態が発生した。つい先ほどまですぐそこにいたAとDの姿が消えたのだ。まさか人混みに流されたか。影人は最初にそんな事を考えた。
「ご友人なら影のようにスッとどこかへ消えたでありますよ。まるで忍者みたいでありました」
だが、芝居が影人にそう教えてくれた。という事は、2人は意図的に影人の前から姿を消した事になる。
(な、なぜだ・・・・・・A、D・・・・・・! なぜ俺を・・・・・・俺たちは仲間のはずだろ!?)
2人に置いていかれた事を悟った前髪は「ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ・・・・・・」と呻き声を漏らし、膝から崩れ落ちた。横切る人々はフランクフルトを持ちながら膝から崩れ落ちる、凄まじく前髪の長い男に奇異の視線を向けた。
「・・・・・・今会ったばかりの人にこう言うのもあれでありますが、見た目の割に中々愉快なお人でありますな」
「ど、どうしたの帰城くん? 大丈夫?」
「・・・・・・」
芝居は軽く引いたような顔を、風音は心配した様子に、アイティレは何だか可哀想なモノを見る目を影人に向けた。だが、当の本人は女子たちの反応などを気にしている場合ではなかった。
(いや、あいつらが俺を裏切るはずがない。俺を置いて行ったのには何か理由があるはずだ。感じろ。感じるんだ。あいつらの真意を・・・・・・!)
影人は深く、深く集中した。影人とAとDは魂で繋がった存在。ならば、魂を通して2人の真意を読み取れるはずだ。影人はAとDの事を強く念じた。
(っ、来た・・・・・・!)
するといかなる奇跡か、影人はここから50メートルほど離れた場所にAとDの気配を感じた。次の瞬間、影人の中に2人の想いが入って来る。
『頑張れよG。せっかくの祭り。女子と仲良くなるにはうってつけだ。幸運を祈ってるぜ』
『友のために邪魔者は去るぜ。G、恋の花火を咲かせてやれ』
AとDの真意を理解した影人はハッと前髪の下の両目を見開いた。
「お前ら・・・・・・くっ」
やはりAとDは影人を裏切っていなかった。2人なりの思い遣りがあったのだ。その思い遣りに感動した影人は、思わずホロリと涙を流した。
「・・・・・・今度は急に泣き始めたでありますよ」
「き、帰城くんって思っていたよりも感情豊かな人なのね・・・・・・」
「・・・・・・人の二面性とは恐ろしいな」
急に男泣きをした不審者に対して、芝居、風音、アイティレは更にドン引きした様子になる。浴衣の袖で涙を拭った不審者は立ち上がると、フランクフルトを齧った。肉の食感と塩気、ケチャップの味が口の中に広がった。やはりフランクフルトは美味い。なぜこの場面で齧ったのかは、まあ前髪野郎なので考えるだけ無駄だろう。
「・・・・・・ありがとよA、D。お前らの想いは確かに受け取ったぜ」
前髪はグッと右手を握った。そして、ガツガツと残りのフランクフルトを口の中に入れていく。いったいどういう情緒をしているのだろうか。答えは闇の中である。
「・・・・・・だが、悪いな。俺に色恋の話は似合わない。今日の俺は、友とともに笑い合うために空に咲く花に寄せられた羽虫なんだからな」
フランクフルトを食べ終えた羽虫は、フランクフルトが刺さっていた串をまるでタバコのように扱いながら、夜空を見上げた。その仕草、全てが無駄で小っ恥ずかしい。
「そういうことだ。俺は行くぜ。今度こそさよならだガールズ。いい夜をな」
どういうことなのか、キリッと無駄にキメた顔で影人は3人に対して別れの挨拶を告げた。風音、アイティレ、芝居は「う、うん。ありがとう・・・・・・」「あ、ああ・・・・・・」「さよならでありますー・・・・・・」と微妙な反応を返した。
「――やあ、やっと見つけ・・・・・・コホンコホン。奇遇だね、帰城くん」
しかし、影人がその場から去ろうすると、新たに自分の名を呼ぶ声が聞こえた。その声。それは影人が最も恐れている声だった。影人はハッとした顔になり正面を向いた。
「・・・・・・奇遇か。本当に奇遇なんだろうな。なあ・・・・・・香乃宮」
影人はまるで戦いに臨むかのような真剣な様子で、いつの間にか自身の正面に現れていた男の名を呼んだ。一目で高級と分かる白の浴衣は、爽やかな超がつくイケメン顔にとても似合っていた。同性か見ても格好いいと断言できるその男、香乃宮光司はフッとイケメンスマイルを浮かべた。
「もちろんさ。決して、僕も君を祭りに誘おうと思っていたけど、早川さんが断られた光景を見て、作戦を変更して、当日偶然お祭り会場で会って一緒にお祭りを回れたらなんて考えていないよ」
「今日はえらく説明的だなお前・・・・・・そうか。つまり、お前は真っ黒ってわけだ」
「君が僕の何を以て黒と言っているのかは、残念ながら鈍い僕には分からないな」
臨戦態勢で光司を睨む影人に対し光司はどこまでも自然体だ。
「でも意外だね。君が彼女たちとお祭りを回っているなんて。よければ、僕もご一緒してもいいかな?」
光司が影人の後方にいた風音たちに目を向ける。光司を見た風音たちは「あ、光司くん。こんばんは。浴衣似合ってるね」「『騎士』か」「お久しぶりであります。いやー、相変わらずのイケメンっぷりでありますなー」とそれぞれの反応を示す。
「こんばんは。連華寺さん、フィルガラルガさん、新品さん。皆さんとても素敵な衣装ですね」
光司もニコリと3人に対し笑顔を向ける。さすがは完璧イケメンこと香乃宮光司である。女子に対するケアも完璧だ。モテるのも納得である。
「はっ、残念だったな。俺はこいつらとは祭りを回っていない。こいつらと回りたきゃ好きにしろ。俺はおさらばさせてもらうぜ」
「そうだったのか。それは勘違いしていたよ。でも、ここで会ったのも何かの縁だよ。帰城くん、どうかな。やっぱり僕と一緒にお祭りを回らないかい?」
「しつこいぞお前。そもそも、俺はツレと来てるんだ。俺ははぐれたあいつらと合流しなきゃならない。諦めろよ」
影人はそう言い残して光司の隣を横切ろうとした。だが、光司は変わらず爽やかな笑みを浮かべた。
「おや、君ともあろう者が逃げるのかな帰城くん」
「・・・・・・あ?」
影人は立ち止まり至近距離から光司を睨みつけた。光司は影人の方に顔を向けるとこう言葉を続けた。
「今日は年に1度の夏祭り。せっかくだから、1つ勝負をしないかい? 今から遊戯の屋台をいくつか回ってどちらが勝つか決めるんだ。僕が勝てば、君は僕と一緒に祭りを回る。君が勝てば、僕は干渉しない。どうかな?」
「・・・・・・お前バカか。そんな勝負を俺が受けると思ってるのか。メリットも何もない」
「じゃあ逃げるという事でいいかな。残念だな。君はもっと張り合いのある人だと思っていたんだけど」
「・・・・・・今日はやけに口が回るじゃねえか香乃宮。祭りの熱気に浮かされて興奮してるのか。喧嘩を売る相手くらい選べ」
「浅ましい事は十分に理解しているよ。でも、それすらも超えて、僕にも譲れないものが、欲しいものがあるんだ。君という友達と一緒に祭りを楽しみたい。ああ、僕はいつからこんなに強欲になったんだろう。きっと、君のせいだよ帰城くん」
影人と光司の瞳が交錯する。互いの想いが視線を通じてぶつかり合う。見えない火花が確かに散る。ゴゴゴゴと空気が震える。
「はっ・・・・・・いいぜ。その安い挑発に乗ってやる。ボコボコにしてやるよ」
「ありがとう。でも、勝つのは僕だよ」
影人が勝負を了承する。光司も感謝の言葉を述べながらも、不敵な笑みを浮かべた。
――こうして、突如として影人と光司は勝負をする事になったのだった。
「・・・・・・どういう展開でありますか。これ」
その光景を見ていた芝居は大きく首を傾げた。
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