第429話 夏だ、祭りだ、ハチャメチャだ(2)

「――時は来たぜ」

 7月30日、午後6時45分。祭りに出る用意を整えた影人は玄関でそう呟いた。

 A、B、C、D、E、Fと祭りに行くという約束をしたのが数日前。風洛高校はすっかり夏休みへと突入していた。夏休み前の期末考査は死ぬ気で頑張ったこともあり、何とか赤点を回避することが出来た。更に、今年はカンニングをして担任に脅される事もなければ、目下倒すべき強大な敵(レイゼロールやフェルフィズなど)もいない。つまり、何の憂いもない平和な夏休みを過ごす事が出来るのだ。しかも、影人は留年しているので受験勉強や就職活動もする必要はない。要は遊び放題呆け放題というわけだ。

「くくっ、俺は今年こそ学生らしい夏休みを満喫するぜ。去年みたいにドンパチやる夏休みはもうたくさんだ。俺は魂の友たちとゲロ吐くまで遊びまくる・・・・・・!」

 ニヤリと笑いながら影人が拳を握る。そんな影人を見ていたイヴは呆れたようにこう言った。

『それが留年生の言葉かよ。お前、来年も何だかんだ留年して、今度こそ退学しそうだよな』

「不吉な事を言うなよイヴ。俺はこれでも普通の男子高校生だ。留年したのはたまたま運が悪かっただけ。来年はしっかりと進級してるに決まってるだろ」

『お前が「普通」だったら、世の中の「普通」はバラバラに壊れちまってるよ。つーか、今年の夏休みが平和なんてお前本気で思ってるのか? 絶対また面倒、いや俺からすれば面白い事だな。それに巻き込まれるに決まってるぜ。お前呪われてるし』

「はっ、確かに俺は呪われてるくらいに運が悪いが、さすがに運命さんも手打ちだろ。もうこれ以上の因縁もないんだしな」

 影人がないないと首を横に振る。レイゼロール、零無、フェルフィズ。影人と関わり、かつ世界を巻き込むような(正確には零無だけは違うかも知れないが)事態を引き起こした者たちとの決着は全てつけた。確かに、まだこちらの世界とむこうの世界の境界が不安定で流入者がこちら側に迷い込むという問題もあるが、それは今までの問題と比べれば全然マシと言えるようなものだ。

『確かにお前は今までの因縁を全て清算したんだろうが・・・・・・因縁とか運命ってやつはニョキニョキと生えてくるからな。特にお前の場合は。だから、まだまだ分からないぜ』

「はいはい、そうかよ。でも取り敢えず今日1日くらいは大丈夫だろう」

 影人はイヴの言葉を適当に聞き流すと草履を履いた。夏祭りを全力で楽しむためにはまずは格好からだ。今の影人は黒に金色の三日月の刺繍の入った浴衣を身に纏っていた。2年程前に日奈美の父親――つまり影人の母方の祖父――から譲り受けたものだが、サイズは問題なかった。

「ん? 影人、あんた珍しい格好してるわね。そんな格好でどこに行くのよ?」

 影人が家から出ようとすると、トイレか洗面所にでも行こうとしていたのか、廊下に出ていた日奈美が少し遠い位置からそう声を掛けてきた。

「近場の夏祭り。ほら、一応毎年この日にあるでしょ」

「ああ。そういえばあったわね。でも、あんた去年もその前も祭りになんか行ってないでしょ? 何で今年は行く気になったのよ。あ、まさか誰かとデート? もしかして、ソニアちゃんとか? それかシェルディアちゃん?」

「なんでそこで金髪とか嬢ちゃんの名前が出てくるんだよ。違うよ。男の友達と行くんだよ」

「何だつまらないの。というか、友達いたのねあんた」

「実の息子をなんだと思ってるんだよ母さんは・・・・・・」

「あんたもうちょっとで18歳になるんだから、そろそろ恋人の1人や2人でも作りなさよ。せっかくシェルディアちゃんとかソニアちゃんとか綺麗で可愛い子たちと知り合いなんだから。あと、その前髪も手入れするなり――」

「あーあー。聞こえない聞こえない。じゃあ、そういう事だから俺行ってくるよ。晩ご飯は白飯だけ残しといて。帰ってお茶漬けくらい食べるかもだから。あと、せっかくだから、母さんも父さん誘って祭りでも行けば? 父さんがいま居候してる家は前に教えただろ。父さん、泣いて喜ぶよ。じゃ」

 影人は耳を塞いで聞こえないアピールをすると玄関のドアノブに手を掛けた。そして影人は家を出る。日奈美は「あ、ちょっと!」と言っていたが影人は無視した。

「ふぅ、今から楽しい夏祭りなのに小言なんか聞きたくないんだよ」

 鍵を閉めてそう愚痴った影人は鍵を黒のウエストポーチに仕舞った。サイフやスマホ、ペンデュラムも纏めてウエストポーチの中に入れてある。祖父から譲り受けた浴衣にはポケットがなかったので、必要なものはここに収納してある形だ。

 影人が階段を下りマンションのエントランスに着く。すると、見知った顔がちょうど入り口から入って来た。

「あ、シャドウくん! やっほー♪」

「っ、金髪・・・・・・?」

 影人に向かって手を振ってきたのはソニアだった。ソニアは変装用の伊達メガネをかけ、髪を結い、かんざしで髪を留めていた。薄い橙色に美しい白い花の刺繍の入った浴衣を身に纏い、手には花柄の巾着袋。足下は可愛らしい朱色の草履が見えた。

「何だ? その格好・・・・・・お前も夏祭りに行くのか? でも、なんでここに来たんだ?」

「え、私君に夏祭り一緒に行こうってメール送ったよね? 返信がなかったから、てっきりOKだと思ってたんだけど・・・・・・」

 軽く首を傾げた影人に対して、ソニアは逆に不思議そうな顔を浮かべた。影人は「メール?」と訝しげに呟くとウエストポーチからスマホを取り出し、メールの欄をチェックした。

「・・・・・・あー、確かに来てたな。悪い。見落としてた」

「え!? ちょっとそれ酷くない!? 私、すっごく楽しみにしてたんだよ!? スケジュールだって今日に合わせて調整してきたのに!」

 ソニアはプンプンと怒った様子になった。だが、ソニアは影人の姿から影人も夏祭りに行くのだと予想し、大きくため息を吐いて怒りを抑えた。

「はぁー・・・・・・本当、影くんは仕方ないんだから。いいよ。許してあげる。その代わり、お祭りはちゃんと私と回ってよね。影くんもお祭りには行く予定だったんでしょ。なら問題ないよね?」

「いや、それがもう先客・・・・・・約束してる奴らがいるんだよ。だから悪いな金髪。お前と一緒に祭りは回れん」

「っ、そんな!? 誰と!? 誰と行くの!? シェルディアちゃん!? 暁理ちゃん!? それともレイゼロールかソレイユ様とか!?」

 影人から拒絶の言葉を聞かされたソニアは明確にショックを受けた。そして、凄まじい形相で影人に詰め寄った。

「うおっ!? きゅ、急に詰めてくるなよ金髪・・・・・・というか、何でそこで嬢ちゃんとかあいつらの名前が出てくるんだ? 違う違う。男友達とだよ。確かに、嬢ちゃんと暁理には祭りに一緒に行かないかって誘われたが、今言ったみたいに先約があったからな。断った」

「男友達・・・・・・それって、守護者の10位くんの事?」

「香乃宮じゃねえよ。ゾッとすることを言うな。あと、あいつは友達じゃない」

「・・・・・・それは流石に可哀想じゃない? でも、じゃあ誰と行くの? 影くん他に友達なんていないでしょ」

「お前・・・・・・俺にも友達くらいいるわ! 舐めんな! つーか、母さんといいお前といい、俺の認識のされ方はどうなってんだよ・・・・・・」

 本当に不思議そうな顔で首を傾げるソニアに、影人は思わずそう叫ぶ。確かに影人は孤独で孤高を標榜している。だが、それは友達が1人もいないという意味ではないのだ。

「ふーん・・・・・・分かった。って言いたいところだけど、正直納得はしきれてないかな。私、本当に今日を楽しみにしてて頑張ったのに」

「それは悪かった。でも、お前何で俺なんかと一緒に夏祭りに行きたかったんだ? 自分で言うのもあれだが、俺はそんなに面白い人間じゃないぞ」 

 影人が頭にクエスチョンマークを浮かべる。いきなりそんな事を聞かれたソニアはカァと顔を赤く染めた。

「っ、そ、それは・・・・・・君のことが・・・・・・」

「? 俺の事が何だよ?」

 影人がソニアに言葉の続きを促す。ソニアは更に頬を紅潮させると、ギュッと目を閉じた。

「べ、別に何でもいいでしょ! とにかく、埋め合わせは必ずしてもらうからッ!」

「? 分かんねえ奴。というか、約束もしてないのに埋め合わせもクソも・・・・・・」

「なに!? 文句あるの!?」

「いや、ないです・・・・・・」

 キッと睨まれた影人は思わずそう答えていた。理不尽を感じないでもなかったが、今のソニアには何を言っても無駄だろう。

「まあ、その件は分かったが、お前せっかくだから祭りに行ってみろよ。嬢ちゃんも暁理も、何なら朝宮とか月下とかも祭りには行ってるみたいだぜ。適当に回る奴らは見つかるだろ」

 影人がソニアにそうアドバイスする。影人が誘いを断わったシェルディアと暁理も夏祭りには行くと言っていたし、他の多くの知り合いたちも夏祭りには行く予定だと話に聞いた。影人の知り合いは基本光導姫や守護者、その他超常の者たちだ。そして、影人の知り合いの多くとソニアも顔見知りであった。

「むー、私は影くんと一緒に行きたかったのに・・・・・・でも、せっかくの日本の夏祭りなんだから楽しまないとだよね。分かった。そうするね」

 ソニアは子供のようにぷくっと頬を膨らませたが、やがて仕方ないといった様子で軽く息を吐いた。

「そうだ。まだ影くんに私の浴衣の感想聞いてなかった。どう? 似合ってる?」

 ソニアがその場でくるりと回って見せる。正直、ソニアは元の素材が抜群なので、浴衣も十二分に似合っていた。少なくとも、彼女のマネージャーのレイニアやファンが今のソニアを見れば、間違いなく興奮するだろう。

「・・・・・・お前、モデルかなんかの仕事もやってただろ。つまりプロだ。プロが着て似合わなかったら看板倒れだろ」

「つまり?」

 遠回りな感想を述べる影人をソニアは逃さなかった。ソニアはジッと影人の顔を見つめた。

「・・・・・・ちっ、似合ってるよ。それも抜群に。たぶん日本人よりもな」

 影人は観念すると素直な感想を吐き出した。いや、正確には吐き出さされたという方が正しいか。その言葉を聞いたソニアはにまぁと顔を緩ませた。

「えへ、えへへ! そんなに似合ってる? よかった! 何時間も悩んで選んだ甲斐があったよ♪ うんうん。素直な影くんはいい影くん♪ 影くんの浴衣も似合ってるよ! 格好いい♪」

「世辞はいい。香乃宮とかシスとかの超イケメン級ならともかく、俺はごく普通の男子高校生だ。しかも、俺の場合は顔の上半分が見えねえしな」

「あはは、確かに影くんが前髪を上げたらもっと似合うだろうね。でも、世辞とかじゃないよ。本当に似合ってる。普段と違う影くんの格好に・・・・・・私、ちょっとドキドキしてるから」

「っ・・・・・・揶揄うな」

 覗き込むように影人を見上げるソニアに、思わず影人の心臓がドキリと跳ねる。影人は気恥ずかしさからフイと顔を背けた。

「・・・・・・それより、俺はそろそろ行くからな。お前と会っちまったせいで、約束の時間に遅れちまいそうだからな」

「じゃあ、一緒にお祭り会場まで行こうよ」

「俺の待ち合わせ場所は会場じゃないから、途中までだったらいいぜ」

 影人とソニアはマンションから出た。2人が並んで歩いていると、他にも浴衣姿の人々の姿がチラホラと見えた。

「わあ、この人たちもお祭りに行くんだね。私、初めて行くけど規模は結構大きそうだね」

「まあ地元の人間なら大体は行く祭りだからな。それなりの規模だ。そういや、お前祭りのことどうやって知ったんだよ金髪。こんな郊外の祭り中々知る機会ないだろ」

「この辺りを歩いてたらポスターが貼ってあったんだよ。それもいっぱいね」

 影人とソニアがそんな会話をしていると、やがて、学校と祭り会場への別れ道に至った。

「じゃあ俺こっちだから。気をつけて行けよ」

「うん。また後でね影くん」

 影人はソニアと一旦別れの挨拶を交わすと風洛高校を目指して歩き始めた。影人がウエストポーチからスマホを取り出して時間を確認すると、時刻は約束の時間の7時を過ぎていた。影人は「やべっ」と声を漏らすと、転ばない範囲で小さく走り始めた。

「はあ、はあ・・・・・・わ、悪い。遅れちまった」

 約10分後。影人は風洛高校の正門前にたどり着いた。走って来たので少し息が切れた。

「お、来たかG」

「気にしなくてもいいよ。少しの遅刻くらいよくある事さ」

「そうそう」

「主役は遅れて来るもんだからな」

「よっ、色男! 浴衣凄く似合ってるぜ!」

「だな。Gの暗くもミステリアスな雰囲気に艶が出たって感じだ」

 既に正門前に集まっていたA、B、C、D、E、Fは全く気にしていないといった様子で笑った。遅刻した影人を暖かく迎えてくれた6人に、影人もフッと口元を緩ませる。

「・・・・・・ありがとな。お前たちの格好も似合ってるぜ」

 A、B、C、D、E、Fの6人も影人と同じく浴衣姿だった。男子の浴衣なので黒や紺色と浴衣の色はほぼ被っていたが、そんな事は些細な問題だ。影人は6人の服装に素直な感想を述べた。

「へっ、よせよ」

「褒めても何も出ないぞG。よし、後でかき氷を奢ろう」

「俺、浴衣褒められるの初めてかも。ありがとな」

「褒め言葉はこれから出会う素敵なかわい子ちゃん用に取っとけよ。でも・・・・・・サンキューな」

「何か褒めてもらうのに性別とかって関係ないんだな。普通に嬉しいぜ」

「ありがとなG!」

 A、B、C、D、E、Fの6人は嬉し恥ずかしといった反応を示した。基本、野郎ども、しかも風洛の恥部であるバカどもが格好を褒められる事などまずない。そのため、バカどもはにへらぁとしたかなりキショい顔を浮かべていた。全く、モテないアホどもの傷の舐め合いほど醜いものはない。

「さて、これで全員揃ったな。では諸君・・・・・・行くとするかッ!」

「「「「「「おうッ!」」」」」」

 Bが一同に声を掛けA、B、C、E、F、Gのアルファベットズが応える。そして、7人の恥知らずはザッと足音を立てて、夏祭りの会場へと向かった。


 ――遂に、バカどもの真の暴走が始まる・・・・・・かもしれない。

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