第424話 転校生 イズ(2)

「なあ、3年に転校してきた人見たか? すっげえ綺麗で可愛かったぜ」

「ああ。あれはヤバいな。メチャクチャ綺麗だった。流石は外国の女の子っていうか、人種の違う綺麗さだよな」

「いいよな。イズ・フィズフェールさん・・・・・・月下先輩とは違って、本物のクールビューティーって感じだし」

「もう既にファンクラブも出来てるからな。かくいう俺もファンクラブメンバーだ」

 自分のクラスである2年7組に到着し席に着いた影人の耳に、同じクラスの男子生徒たちの会話が聞こえて来た。

「・・・・・・本当、人気だな」

 影人はボソリとそう呟いた。非公式のファンクラブなんて存在をまさか現実で聞く事になるとは。まあ、確かにイズの精緻極まりない見た目とミステリアスとも取れる雰囲気が人気になる理由は分かるが。しかし、それにしてもだ。

「ですよね。でも、人気が出るのも分かります。僕も1度フィズフェールさんを見ましたが・・・・・・本当に綺麗で美しい方でしたから」

 影人の呟きを聞いた隣の席の海公が同意するように頷く。影人は意外そうな顔で前髪の下の目を海公に向けた。

「へえ、春野がそんな事を言うなんてな。惚れたのか?」

「ほ、惚れ!? い、いやそんなんじゃないですよ! ただ純粋にそう思っただけです! もう! 揶揄わないでください!」

「ははっ、悪かったよ」

 カァと顔を赤くしフイと顔を背けた海公を影人は微笑ましいと思った。

「そういう帰城さんはどうなんですか? 僕、帰城さんが異性に対して関心を持っているところあまり見たことないですけど」

 意趣返しのつもりか海公がそんな事を聞いてくる。だが、影人は恥ずかしがるような事もなく、海公にこう答えた。

「俺もまあ、フィズフェールの見た目については綺麗だと思うぜ。だがそれ以上は何にも思わねえな。異性云々も・・・・・・今は大して興味もないな」

 それは影人の正直な気持ちだった。零無との決着をつけて以来、影人は恋愛感情を取り戻した。しかし、長年恋愛感情がなかったからか、影人の中に異性に対する興味のようなものは、全くといっていいほど湧き上がってくるような事はなかった。

「そうなんですか・・・・・・やっぱり、帰城さんは格好いいですね。いつもクールで大人の男って感じです」

「春野・・・・・・ふっ、褒めても何も出ないぜ。まあ取り敢えず、昼休みにジュース奢ってやるよ」

 海公に尊敬の目を向けられた影人は、嬉しさを堪えきれないようにニヤけた。普段色々な意味でキモすぎてストレートに格好いいと言われる事がない前髪野郎には、海公の言葉はクリティカルヒットだった。その証拠に、何も出ないと言っているくせにしっかりとジュースが出ている。何というか、単純な奴である。

「え、いいですよ」

「いいんだよ。同級生だが、たまには先輩風吹かせさせてくれよ」

 海公は申し訳なさそうに首を横に振ったが、影人は気分が良さそうに押し切った。

「おっはよー☆ いやー、今日は危なかったー! 遅刻ギリギリセーフ!」

「あ、魅恋じゃん。おはよー」

「おはよー霧園」

 教室内に明るい声が響いた。魅恋だ。クラスの中心的人物の登場でクラスが活気付く。一気に教室が騒がしくなった。

「あー、眠い・・・・・・昨日飲み過ぎたな・・・・・・おいお前ら、席に着けー。ホームルーム始めるぞ」

 魅恋が教室に入ってすぐに紫織も入室してきた。紫織の言葉で席を立っていた生徒たちは席に着く。そして、いつも通り面倒くそうな紫織の声でホームルームが始まった。 











「ふぅ、やっと終わったか」

 午後4時過ぎ。影人は軽く息を吐きながら鞄を手に取った。全ての授業が終わりすっかり放課後だが、影人は教室の掃除当番だったため、今まで帰れなかった。

「さて、今日はどうするか。春野も用事があるとかで先に帰ったし・・・・・・」

 学校を出た影人は一応家に向かってぼんやりと歩いた。このまま家に帰ってだらだらとだらけるべきか、それともどこかで道草を食うか。何とも悩ましいところだ。

(ああ、しかしようやっと全部が終わったんだよな。2回目に生き返ってからこっち、何だかんだずっとゴタついてたからな・・・・・・)

 最初は零無、そして間もない内にフェルフィズ。零無とは文字通り死闘を繰り広げ、フェルフィズに関しては世界を超え異世界に行き、その異世界でも激闘を繰り広げた。そして、つい2週間前ほどの最終決戦だ。こうして振り返ってみると、平和のへの字もない。いや、ところどころ穏やかな時間はあったかもしれないが、それでも戦いの印象の方がどうしても強い。

「・・・・・・決めた。今日は家に帰ってダラダラしよう。せっかく勝ち取った安穏を存分に貪ろう」

 道草を食うのも立派な安穏だが、家でダラダラとする方がより安穏を享受している気がする。影人はそのまま真っ直ぐ帰路についた。

「・・・・・・げっ」

 影人がのんびりと歩いていると、前方に見覚えのある背中が見えた。影人は思わず朝と同じ声を漏らした。

「・・・・・・聞こえていますよ。失礼な声が。全く、学びのない男ですね」

 見覚えのある背中が振り返り、影人にそう言ってくる。イズだ。イズは軽蔑の色が込もった目で影人を見つめた。

「学び云々の問題じゃねえよ。反射的な反応の問題だ。苦手だったり嫌いなモノがあれば人間はこういう反応になるんだよ」

「弁解になっていませんよ。やはり、あなたは愚鈍・・・・・・端的に言ってバカのようですね、帰城影人」

「知らねえのか? バカって言う方がバカなんだよ。学びが足りてねえんじゃねえか」

 明確に影人を侮蔑する目になったイズを影人は嗤った。

「というか、何で今の声が聞こえるんだよ。普通なら絶対に聞こえないくらいの声だっただろ」

「この体は人間のものではありません。一応は神の名を冠する器です。兵装こそ凍結封印されていますが、それ以外の機能はそのまま。視覚や聴覚も人間のそれよりも遥かに良いものです」

 いつの間にか並んで歩きながら、影人とイズは言葉を交わす。普通ならば外で、しかも制服姿のイズと影人は並んで歩きたくないのだが、最終的に帰る方角が一緒であるのと、既に周囲に風洛高校の生徒の姿が見えないという要素が、影人に仕方がないといった気持ちを抱かせた。しかし、万が一もあるので影人は周囲に気を配り続けた。

「・・・・・・話は変わるが、お前が1人で帰ってるのは珍しいな。大体は途中まで朝宮と月下と一緒に帰ったり寄り道したりしてるんだろ」

「陽華は今日は違う友達に誘われてカラオケで、明夜は部活だそうです。私も陽華に誘われましたが、まだ人間の擬態について色々と懸念があるので断りました。ちなみに、目下の懸念事項は汗をどのように流すかといった事です」

「ああ、そうか。お前は見た目こそ人間だが、中身は全然違うもんな。ボロは出せないか。そういや、お前食事とか排泄はどうしてるんだ? 排泄に関しちゃ、いずれ提出検査があるけどよ」

「私は人間ではありませんが、これだけは分かります。あなたはデリカシーというものが死滅していますね。普通にハラスメントですよ。一応、この体の作りは女性で、私も女性という性別で通っているのですが」

「デリカシー云々関係あるか? 単純な疑問だろ。というか、デリカシーやらハラスメントって概念知ってるほうが意外だぜ」

「人間に擬態するために日夜色々と学んでいますから。ちなみに、食事や排泄は問題ありません。食物や水分は全てアオンゼウの体が分解し少量のエネルギーに変換しますし、排泄に関しては女性トイレは個別なのでいくらでも誤魔化せます。提出検査については、その時に考えます」

 そんな会話をしている内に、影人とイズは自分たちが住んでいるマンションに辿り着いた。2人がエントランスに入ると――

「あら、影人にイズ。今帰って来たの? おかえりさない」

「こんばんは。影人さんイズさん。おかえりなさい」

 シェルディアとキトナの姿があった。2人は郵便受けの前に立っており、影人とイズに暖かな笑顔を向けた。

「よう嬢ちゃん、キトナさん。2人もいま帰りって感じか?」

「ええ。キトナと2人でちょっと散歩をね」

「今日は川の近くを歩いたんです。とても楽しかったですわ」

 シェルディアとキトナがそう答える。キトナは頭の耳を隠すためにクリーム色の帽子を被っていた。

「そうか。キトナさんもすっかりこっちの世界に慣れた感じだな。どうだ。楽しいか?」

「はい! もうずっと未知な事ばかりで! まだまだ私こっちの世界の事が知りたいです! これも、私をこちらの世界に連れて来てくれた皆さんや、私を家に置いてくださってるシェルディアさんのおかげです!」

「ふふっ、お安いご用よ。私も楽しいし、それに居候を養うくらい何の問題もないから」

「さすが嬢ちゃん。本物の金持ちだな」

 影人、イズ、シェルディア、キトナは階段を上がった。そして、自分たちの部屋の前まで来た。

「そうだ。影人、せっかくだから私の家でお茶でもどう? ちょうど美味しい茶菓子が昨日届いたの」

 さて、影人が別れの挨拶をしようとすると、シェルディアがそう提案してきた。

「お茶か。うーん、そうだな・・・・・・」

 影人は少しの間逡巡した。元々はダラける予定だったが、茶菓子というワードが魅力的だった。シェルディアが美味しいというのだから、その茶菓子は本当に美味しいのだろう。影人は最終的にはその茶菓子に釣られた。

「分かった。正直、茶菓子も気になるしお邪魔するよ」

「そう。嬉しいわ。ふふっ、やっぱりお菓子の力は偉大ね」

 シェルディアがコンコンと自宅のドアを叩く。すると、少ししてガチャリと音がした。シェルディアがドアを開くと、そこには水色と白色の縞々パンツを履いた、白いぬいぐるみがいた。

「!」

「ただいま。いつもありがとうね」

 ぬいぐるみは「おかえり!」と言うように右手をパタパタと振った。シェルディアは開錠してくれたぬいぐるみに感謝の言葉を述べる。

「ただいまです。シロちゃん」

「ありがとうございます」

「よっ、お邪魔するぜ」

 キトナ、イズ、影人もぬいぐるみにそう言ってシェルディア宅に入る。ちなみに、キトナが言った「シロちゃん」というのは、キトナがぬいぐるみにつけた愛称である。キベリアがぬいぐるみのことを「クマ」と呼ぶのと同じ感じだ。

「悪いけどお茶の用意をしてくれる? 私とキトナは紅茶で影人はお茶を出してあげて。イズ、あなたは何にする?」

「結構です。私は別に参加するつもりはありませんから」

「そう言わないの。家主命令よ。あなたも参加しなさい」

「・・・・・・はあ。分かりました。私もお茶でお願いします」

 仕方ないと諦めたイズはそうリクエストした。全員のリクエストを受けたぬいぐるみは「分かったよ!」といった様子で頷いた。影人たちは洗面所で手を洗いテーブルに着く。影人の隣にはシェルディアが、影人の対面にはイズとキトナが腰掛けた。

「イズ。学校はどう? 少しは慣れたかしら」

「はい。ある程度体験して理解できました。今は転校生という立場とアオンゼウの体の容姿が注目を引いているようですが、いずれ落ち着くと考えます」

 シェルディアがイズにそう話を振った。イズは表情を動かす事なくそんな答えを述べた。

「なるほど。確かに、アオンゼウの体の容姿は美麗だものね。でも、私が聞きたいのはそういう分析ではなく、あなたの感想よ。少し聞き方を変えるわね。学校は楽しい?」

「っ・・・・・・」

 シェルディアのその言葉にイズは顔色を変えた。聞きたい事は分析ではなく感想。それはいつかのフェルフィズに言われた言葉と同じだった。

「・・・・・・少しは進歩したと思っていましたが、どうやら私はあまり成長出来ていないようですね」

「? それはどういう意味かしら?」

「いえ、何でもありません。ただ自分の未熟さを恥じただけです」

 首を傾げるシェルディアにイズは小さくかぶりを振った。

「ええ。学校は楽しい・・・・・・と思います。陽華や明夜と共に学んだり遊んだり、緩やかですが何かが湧き上がってくるような感覚がありますから」

 イズは自分の胸に手を当てた。自分の心はまだ芽生えたばかりで未発達だ。そのため、イズには本当に楽しいと断言する事はまだ難しい。しかし、自分が楽しいと思えていればいいなとイズは思った。

「そう。それは良かったわ。一応、あなたの保護者という立場上、嬉しい言葉だわ」

「・・・・・・あなたには本当に感謝しています。真祖シェルディア。私の後見になってくれたばかりではなく、住まいの提供や学校にまで通わせていただいて。おかげで快適に生活が出来ている。この恩はいずれ返します」

 シェルディアが微笑みイズが軽く頭を下げる。シェルディアは「気にしなくていいわ」と首を横に振った。

「私はただ私のやりたいようにしているだけよ。陽華と明夜に救われたあなたがこれからどうやって生きていくのか、またどんな変化を重ねていくのか・・・・・・私はそれが見たいだけ。それに、居候ならあなたの他にもたくさんいるわ。だから、本当に気にしないで」

 大人の余裕を存分に見せつけるシェルディア。そんなシェルディアに「お世話になってます」とキトナが軽く頭を下げ、お茶の用意をしていたぬいぐるみも「ありがとう!」といった様子でペコリとお辞儀をした。

「ふふっ、一応よろしいとでも言っておきましょうか。ああ、そうだ。もう1人の居候のあの子、キベリアはどうしたのかしら? まだ部屋にこもっている感じ?」

 お茶の用意が整い紅茶に口をつけたシェルディアは上機嫌な様子だった。シェルディアはぬいぐるみにキベリアの動向を尋ねた。

「!」

 すると、ぬいぐるみが何やら身振り手振りでジェスチャーをした。影人にはぬいぐるみが何を伝えたいのか分からなかったが、シェルディアには伝わったらしい。

「なるほど。キベリアはお風呂に入って二度寝をしたのね。全く、怠惰を絵に描いたような子だこと・・・・・・」

「あはは、キベリアさんはのんびりさんですからね」

 呆れた顔を浮かべるシェルディアにキトナは苦笑いを浮かべる。面倒くさがり屋の影人は、働かず自由に寝れるキベリアに内心で「いいなー」と思った。

「あ、そういえば、イズさんが苗字にしたフィズフェールってあれ、フェルフィズさんの事ですよね? 別にそのままフェルフィーズとかでもいいのではと思ったんですけど、どうしてフィズフェールにしたんですか?」

 紅茶を飲みながら茶菓子を摘んでいたキトナがふとそんな疑問を述べた。どうでもいい事だが、シェルディアが頼んでいた茶菓子は有名な「た◯や」、もしくは「クラ◯ハリエ」のバームクーヘンで、影人はバクバクとバームクーヘンを食べていた。普通に美味すぎたのである。

「それは・・・・・・」

 イズが影人の方に目線を向ける。その視線に気づいた影人はバームクーヘンを咀嚼し終えると、キトナの疑問に答えた。

「フィズフェールっていうのは、昔フェルフィズの奴が俺やレイゼロールに名乗った偽名なんだ。イズの設定を決める際にその話をしたら、苗字はそれにするってイズが決めたんだよ」

「・・・・・・製作者との繋がりが欲しかったのです。製作者は2つの世界を大混乱に陥れようとした許されざる大罪人です。ですが・・・・・・私にとってはただ1人の親です。私はしばらくの間、もしくは永遠に製作者とは会えない。子は親との繋がりを求めるものだと読んだ本に書かれていました。だから、私は名前に製作者との繋がりを残したのです。かつて、製作者が名乗っていた名前を自分の名前と繋げて」

 影人の答えに続くように、イズがフィズフェールという苗字に決めた理由を話す。イズの話を聞いたキトナは感動した様子になった。

「そうでしたか・・・・・・よく分かりました。イズさんの苗字には素敵な思いが込められているんですね」

「そうですね。そう言っていただけると・・・・・・嬉しいです」

 イズは小さく笑みを浮かべた。表情を崩したイズを見たシェルディアと影人は、

「ふふっ、いい顔ね」

「ふっ・・・・・・」

 自分たちも口元を綻ばせたのだった。

 ――こうして、小さな茶会は何事もなくのんびりと、平和に過ぎていった。

 








「――おーい、着いたぞ兄ちゃん! 日本だ!」

 とっぷりと夜の闇に暮れた海の上。船を運転していたアメリカ人の男性が英語でそう言った。アメリカ人の男性は50代くらいの日に焼けた筋骨隆々とした男で、焦茶色の髪を五分刈りにしていた。

「・・・・・・ん〜? ふぁ〜、何だ・・・・・・?」

 船長と思わしきその男の背後で毛布にくるまって寝ていた男が目を覚ます。ボサボサの黒髪に伸び放題の無精髭。あまり清潔とは言えない見た目をしていたその男は30〜40代くらいの東洋人であった。男は眠たそうに目を擦りながら、自分を起こした男の方に顔を向けた。

「シャキッとしな! もう後少しで陸に上がるんだからよ!」

「光がたくさん見える・・・・・・ああ、日本に着いたのか。分かった。ありがとう船長」

 東洋人の男には船長が話す英語はよく分からなかったが、港の光を見た男は状況を理解すると、グッと船長にサムズアップした。船長も男に対してサムズアップを返した。

「いやー、何だかんだ色々な場所を回っちまって、帰って来るのが遅くなっちまったぜ・・・・・・」

 男は立ち上がり軽く伸びをした。当初の予定ではもう少し早く日本に帰って来る予定だったのだが、世話になった人々にお礼巡りをしていたら思っていた以上に長くなった。放浪していた期間がそれだけ長かったという事だろう。

「さてと・・・・・・ただいまだな。俺の母国」

 そして、男はぐんぐんと迫る港を見つめそう呟いた。

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