第421話 全ての因縁の決着

「っ、フェルフィズ! お前何をした・・・・・・!?」

 揺れる地面。ひび割れ崩れゆく壁。そんな中で影人はフェルフィズにそう問いただした。

「ひひひひっ! 私の最後の抵抗ですよ! この神殿を崩壊させた! 間もなく、この神殿は完全に崩れる!」

 影人の詰問にフェルフィズは半狂乱の様子で答えを叫ぶ。フェルフィズはズイッと上半身を起こし座ると、影人を睨め上げた。

「あなたがいけないんですよ影人くん! あのまま死なせてくれたのなら、私はこの仕込みを起動させはしなかった! この事態を引き起こしたのは君だ!」

「このクソ神が・・・・・・! 責任転嫁も甚だしいな・・・・・・! ちっ、余計な事しやがって!」

 影人が悪態をつく。本当に最後の最後まで往生際が悪い。しかも、その諦めの悪さがどことなく自分と似ているようで余計に最悪な気持ちになる。正確には違うと信じたいが、影人の中に同族嫌悪という言葉が浮かんできた。

 そうこうしている内にも、崩壊は凄まじい速度で進行している。亀裂はやがて床にまでも広がり――

「えっ!?」

「きゃっ!?」

 床が崩れ落ち始めた。そして、その場所に立っていた陽華と明夜は下へと落下した。

「っ、陽華! 明夜!」

 近くにいたイズが驚いた顔で2人の名を呼ぶ。陽華と明夜はイズを救うために力を使い果たし、現在は光導姫形態ではない。ただの生身の人間だ。忌神の神殿の崩壊の具合にもよるが、このままではよくて重傷か最悪の場合は死だ。イズは落ち行く2人を助けるために、兵装を展開しようとした。

 だが、その前に2つの影が飛び出した。

「朝宮さん月下さん!」

「ったく、世話の焼ける・・・・・・!」

 その影は光司と影人だった。2人は何の躊躇もなく、誰よりも速く陽華と明夜を助けるために飛び降りた。

「2人とも! 僕の手を!」

 光司が落下しながら、陽華と明夜に向かって両手を伸ばす。幸いというべきか、下層の床も崩壊を始めていたので、2人が床に激突する事はなかった。

「香乃宮くん!? 帰城くん!?」

「っ、お願い!」

 陽華と明夜は驚いたように影人と光司を見上げながらも、光司に向かって手を伸ばした。

(っ、ダメだ! 届かない!)

 光司は2人の手を掴もうと必死に手を伸ばし続けたが、中々手は届かなかった。無理もない。1番速く助けに落ちたといっても、先に落ちたのは陽華と明夜だ。何か途中で加速する手段でもなければ、陽華と明夜との距離が縮まる事はほとんどない。光司が焦り歯痒く思っていると、

「闇よ、この者を加速させろ! ちゃんと掴めよ、香乃宮!」

「っ、うん!」

 影人が光司に闇の力を施した。その力は言葉通り、光司の落下速度を加速させた。結果、光司の手は陽華と明夜の手を掴む事に成功した。

「掴んだよ帰城くん! でも、ここからどうすれば――!」

「喚くなよ。安心しろ。俺はスプリガンだぜ」

 落ち行く中、影人はフッと余裕げに笑う。影人は闇色の巨大な怪鳥を創造した。怪鳥は翼をはためかせ加速すると光司、陽華、明夜をその背に乗せた。

「わっ!?」

「っ、イカした鳥さんね! ありがとう!」

「ありがとう帰城くん!」

 怪鳥の背に着地した陽華、明夜、光司。光司は上空に浮かぶ影人に向かって感謝の言葉を述べた。

「礼はいい! それより、そいつらを頼んだぞ香乃宮! 俺は他の飛べない奴らも助ける!」

「うん! 任されたよ!」

 影人はそう言うと、上空に向かって駆け上がっていった。影人は浮遊の力があるため、自在に宙を飛ぶ事が出来る。怪鳥はある程度自身の意思を持っているのか、上から降り注ぐ瓦礫を避けながら、光司、陽華、明夜を地上に運ぼうとした。

「帰城くんもだけど、香乃宮くんも助けてくれてありがとう!」

「私も感謝するわ。ありがとう。でも、随分と無茶な事をしたわね。香乃宮くんは帰城くんと違って飛べないでしょう?」

 少し余裕が出来た陽華と明夜は改めて光司にそう言った。光司はいつも通りの爽やかな笑みを浮かべた。

「ははっ、そうだね。でも、気づいたら体が動いてしまっていたから。それに・・・・・・約束もあったから」

 光司はいつか影人と2人で話をした時の事を思い出す。夜の公園で光司と影人は誓った。陽華と明夜を、誰も彼もを護り切ると。影人もその誓いを忘れていないのは、陽華と明夜がイズと真っ向勝負をする前にアイコンタクトを交わした時に分かっていた。だからこそ、影人も陽華と明夜の危機に素早く動く事が出来たのだろう。

(いや、それだけが理由じゃないな。帰城くんはずっとスプリガンとして、影から朝宮さんと月下さんを見守り続けてきた。いつだって、2人を危険から守るために・・・・・・だからこそ、自然と動けた。きっと、それも大きく関係しているんだ)

 光司は月光に照らされながら、夜の闇の中を駆け上っていく影人を見つめた。影人は光司との約束通り、陽華と明夜だけでなく誰も彼もを護るために、黒い綺羅星の如く昇ってゆくのだ。

「・・・・・・全く、君には敵わないな」

「「?」」

 まるで眩しいものを見上げるように目を細めながら、光司はそう呟いた。光司の呟きを聞いた陽華と明夜は不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの香乃宮くん? それに、約束って?」

「何だか気になるわね」

「別に大したものじゃないよ。ただの・・・・・・」

 陽華と明夜に対して、光司は軽く首を横に振った。

「男同士の何でもない約束さ」

 そして、明るく爽やかな笑みを浮かべた。











(基本的に古き者たちとイズとレイゼロールとかは大丈夫そうだな。闇人もフェリートとかキベリアさんは飛行能力はあるが・・・・・・他の亀裂での戦いで力を消費してるだろうからな。一応、助けとくか)

 影人はスプリガンとしての残り少ない力を消費すると、再び闇色の怪鳥を創造した。1体ではなく、複数体だ。

「落ちている奴らを全員助けろ」

「「「「「!」」」」」

 影人は怪鳥たちにそう命令した。影人の命令を受けた怪鳥たちは、即座に落下している者たちに向かって飛んで行った。怪鳥たちは次々と落下している者たちをその背で受け止める。これで、地面に落下する者はいないだろう。

「さて、あのバカ野郎は・・・・・・」

 影人は瓦礫を避けながらある人物を探す。すると、影人は視界の端にその人物を見つけた。

「は、ははっ・・・・・・」

 上下逆さまで落下しているフェルフィズは壊れたように笑っていた。こんな事をしても不老不死の自分は死ぬ事は出来ない。例え、地面に落下してぐちゃぐちゃになっても時間をかければ綺麗に元通りになる。つまり、フェルフィズの最後の悪あがきは、そもそもがただの嫌がらせ以上の意味を持たないのだ。それを自覚しているフェルフィズは、自身の滑稽さがおかしくて仕方なかった。

「まさか、こんなにも自分が死にたいと思う日が来るとは・・・・・・ははっ」

 不死ゆえの苦しみ。その一端を知ったフェルフィズはただ笑う。このまま地上に落ちて死にたいと切に願いながら、急速に過ぎゆく世界を見つめていると、途端に何かに腕を掴まれた。

「っ・・・・・・」

 フェルフィズが自分を掴んだ者に顔を向ける。すると、そこには闇夜に紛れるが如く黒を纏った金眼の男がいた。その男、スプリガンこと帰城影人はフェルフィズに冷たい目を向ける。

「・・・・・・悪あがきもこれで終わりだ。お前の負けだ。諦めろ、フェルフィズ」

「・・・・・・ええ、どうやらそのようだ」

 影人を見たフェルフィズは全てを諦めた笑みを浮かべた。

「私の負けですよ、影人くん」

 そして、フェルフィズは自身の敗北を宣言した。












「いやー・・・・・・いきなり建物が崩れた時は焦ったよね。普通に死ぬかと思ったよ・・・・・・」

 完全に崩壊した忌神の神殿の残骸を見つめながら、そう呟いたのは暁理だった。影人が創造した怪鳥のおかげで、今はこうして無傷で地上に立っていられるが、あのまま落下していれば今頃暁理は確実に死んでいただろう。

「だよな。でも、バンジージャンプみたいでちょっと楽しくなかったか?」

 暁理の隣にいた壮司がいつものへらりとした顔で暁理に語りかける。だが、暁理はドン引きしたような顔で壮司を見た。

「は? かかし、きみ正気? 紐なしバンジーはただの死へのジェットコースターだよ。やっぱり、君も影人と同じくアレだよね・・・・・・」

「あっれー・・・・・・? いや、冗談冗談だって! というか、スプリガンと一緒にはしてくれるなよ。俺はあそこまでぶっ飛んでねえよ!」

 壮司は必死に弁明したが、暁理は弁明を無視し、変わらず引いたような顔で壮司を見つめていた。

「ふん・・・・・・最後の最後まで往生際の悪い奴だ」

「全くね。でも、所詮は駄々よ。惨めで哀れなね」

 レイゼロールとシェルディアも瓦礫と化した忌神の神殿を見つめながら、そんな言葉を交わす。そして、2人は自分たちがそう評価した者がいる方に――フェルフィズがいる方に顔を向けた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 フェルフィズは無言で項垂れていた。影人もそんなフェルフィズを無言で見下ろす。

「・・・・・・もう少しすれば、お前を神界に連れて行く迎えがくる。それまでは大人しくしてろよ。次なにかすれば半殺しにするからな」

「・・・・・・分かっていますよ」

 影人が釘を刺す言葉を述べると、フェルフィズは項垂れたまま小さな声を漏らした。フェルフィズに先ほどまでの穏やかさや、それ以前の狂気はなかった。まるで抜け殻になったかのようだ。

「・・・・・・帰城影人」

 影人が変わらずフェルフィズに注意の視線を向けていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。影人が声のした方に顔を向ける。すると、そこにはイズがいた。

「・・・・・・何だ。何か用か?」

「用というほどの用では。ただ・・・・・・」

 イズは微妙な顔で何か言葉を続けようとした。だが、その時空から光の柱が地面に向かって降り注いだ。その光の柱にその場にいた全ての者の注目が集まった。当然、影人とイズの注目も。結果、影人とイズの話は中断された。

「――いったい何年ぶりじゃろうな。地上に降りるのは」

 光の柱が収束すると、1人の老人が姿を現した。堀の深い顔に長く白い髭。簡素な白の貫頭衣に白のタスキ。突如として光臨したその老人が何者であるのか知っている者は限られていた。

「っ・・・・・・」

「来てくれたか・・・・・・ガザルネメラズさん」

 その限られた者であるレイゼロールは少し驚いたような顔になり、影人は彼の名を呼んだ。

「っ? 君は・・・・・・」

 ガザルネメラズは自分の名を呼んだ影人を見つめると、不可解そうに首を傾げた。その様子は、まるで影人が誰だか分からないようだった。

「っ・・・・・・ああ、そうか。スプリガンの認識阻害で俺が誰だか分からないのか。俺ですよ。以前お会いした帰城影人です」

 影人が帽子を取りガザルネメラズに自身の正体を告げる。帽子による認識阻害の力が取り払われ、更には影人が自身の正体を開示した事によって、ガザルネメラズは影人が誰であるのか分かった。

「おお、君か。なるほど。その姿がソレイユの神力を使って変身した姿か。確か、その装束には認識阻害の力が施されているという話じゃったな。ワシが分からなかったのはそのためか。いやはや、しかし・・・・・・前髪が少し短くなっただけで、随分と男前じゃの」

「ありがたいですけど、世辞は大丈夫です。それよりも・・・・・・」

 好々爺とした笑みを浮かべるガザルネメラズに、影人は小さく笑い返す。そして、隣にいるフェルフィズに視線を移した。

「うむ・・・・・・分かっておるよ。久しぶりじゃな・・・・・・フェルフィズよ」

 ガザルネメラズは様々な感情を乗せた声でフェルフィズの名を呼んだ。名を呼ばれたフェルフィズはゆっくりと面を上げた。

「ガザルネメラズ・・・・・・あなたがですか? 見ないうちに随分と老けましたね」

「・・・・・・もうすっかり古き神じゃからな。この姿の方が威厳があるんじゃよ。そういうお主は変わらんの。あの時のままじゃ」

 ガザルネメラズは複雑な感情が交錯する顔でフェルフィズを見つめた。そうしていると、己の内から懐かしい記憶が湧いてきた。

「・・・・・・影人くん、それにこの場にいる者たち、その他この場にはいないが協力してくれた全ての者たちに感謝する。多大なる感謝を。そして、謝罪を。ワシらの不手際が今回の事態を引き起こした。あの時、ワシらがしっかりとフェルフィズの死を確認しておけば・・・・・・まことに申し訳ない」

 ガザルネメラズは深く深く頭を下げた。ガザルネメラズはしばらくそのまま頭を下げ続けると、やがてゆっくりと頭を上げた。

「・・・・・・では、フェルフィズの身柄を預からせてもらおうかの。神界で一生フェルフィズを幽閉する。それでいいのじゃな?」

「はい。それが今のこいつにとって1番の罰ですから。こいつが生きたいと思ったその時に・・・・・・俺がこいつを殺します。それまではどうかよろしくお願いします」

「うむ・・・・・・分かった。フェルフィズの処遇を決める権利は実際に戦った君たちにある。今度こそ、フェルフィズを自由にはさせんと誓おう。じゃが・・・・・・」

 ガザルネメラズは視線をイズに、正確にはイズの持っている「フェルフィズの大鎌」に向けた。ガザルネメラズが何を言いたいのか察した影人は、帽子を被り直した。

「言いたい事は分かります。ですが、その件や事後処理は後日にしていただけませんか。その代わり、危惧している事は必ず起こらないと誓います。口だけにはなりますが、絶対に大丈夫ですから。すみませんが、どうか信じてください」

「・・・・・・そうじゃな。激闘が終わったばかりで、当然疲れもあるじゃろう。そして、君がそう請け負うのならば信じよう」

 ガザルネメラズはイズから視線を外した。影人は「ありがとうございます」とガザルネメラズに感謝の言葉を口にした。

「・・・・・・フェルフィズ。お主には色々と聞きたい事もある。なに、時間はたっぷりあるんじゃ。色々と聞かせてもらうぞ」

「あなたが話し相手とはつまらなさそうですね・・・・・・どうぞ。好きにしてください」

 フェルフィズはどうでもよさそうな、投げやりな様子であった。ガザルネメラズがフェルフィズの肩に手をかける。すると、先ほどと同じ光の柱が現れ、ガザルネメラズとフェルフィズを包み込んだ。それは神を神界に送還する光であった。

「ガザルネメラズさん。最後に1つだけ。フェルフィズを拘束しているその鎖は、多分神界に戻れば、少しして消えます。だから・・・・・・」

「了解した。戻った瞬間にワシがフェルフィズを拘束しよう。神界ではワシも力が使えるしの」

「お願いします」

 やがて、ガザルネメラズとフェルフィズは光の粒子となって消えた。光の柱も同時に虚空へと収束した。

「・・・・・・で、さっきの話の続きだが、俺に何の用だ?」

 影人は中断されていた話を再開し、再びイズにそう聞いた。

「・・・・・・あなたにも感謝したかったのです。事情はどうであれ、あなたは製作者を殺さなかった」

「お前が俺に感謝ね・・・・・・人間じゃなくても、変われば変わるもんだな」

 イズの言葉を聞いた影人は感慨深い様子でそう呟いた。

「・・・・・・勘違いはするなよ。あいつにくれてやったのはもう1つの死だ。これからあいつは死にながら生きる。それに・・・・・・何度も言ってるが、あいつが生きたいと心変わりすれば、その時は本物の死を与える」

「・・・・・・それでもです。どのような形であれ、製作者が存在し続けるのならば・・・・・・私にとってはそれが最良です。だから・・・・・・ありがとうございます。帰城影人」

「・・・・・・そうかよ」

 影人はどう言葉を返してもいいのか分からず、ただ一言そう言った。影人はなんとはなしに空を見上げた。輝く月に、今日は晴れているためか星がよく見える。周囲に自然が多いためか、その夜空はいつもよりも美しく感じた。

「まあ、なんにせよ・・・・・・これで、やっと一件落着だな」

 まだ面倒事はいくつか残っている。だが、今日くらいは。美しい夜空が、まるで自分たちを静かに祝福しているような気分を味わいながら、影人はそう言葉を吐いた。


 ――こうして、忌神との戦い、忌神との全ての因縁は決着したのだった。

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