第420話 真なる罰

「フェルフィズの生殺与奪の権をだと・・・・・・? どういう事だ。お前は我がこいつを裁く事に納得したはずだ」

 影人の言葉を聞いたレイゼロールは訝しげな顔でそう聞き返した。『終焉』を発動しレイゼロールの『終焉』の剣からフェルフィズを守った影人は、『終焉』を解除し元のスプリガン形態に戻ると、フェルフィズの真横まで移動し、両の金の瞳をレイゼロールに向けた。その金の瞳には静かさのようなものが宿っていた。

「・・・・・・ああ。さっきまではな。でも、気が変わった。こいつは・・・・・・俺が裁く」

「っ・・・・・・いくらお前でも、今更そう簡単には譲れんぞ。どうしてもと言うのならば、まずは心変わりした訳を話せ」

 レイゼロールがジッと影人を見つめる。レイゼロールの目に影人に対する不審感はない。あるのはただ疑問の色だけだ。それは、レイゼロールが心の底から影人を信頼しているという証拠だった。

「訳か・・・・・・悪いが、それを話すのはこいつを、フェルフィズを裁いた後だ。だから、今は何も言わずに俺に任せてくれないか?」

 しかし、影人はレイゼロールに訳を話さなかった。変わらず静かな金の瞳をレイゼロールに向け続けるだけだ。

「影人・・・・・・」

 レイゼロールには影人がなぜ訳を話してくれないのか、何を考えているのか分からなかった。レイゼロールは戸惑った様子で影人の名を呟いた。

「いいじゃない。レイゼロール、影人にフェルフィズの生殺与奪の権利を渡しても。私やあなたが最も信頼する人間がそう言っているのだから」

「シェルディア・・・・・・」

 レイゼロールがシェルディアの方に顔を向ける。シェルディアに不安や不審な様子は一切なく、いつも通りの顔を浮かべていた。

「きっと、影人には考えがあるのよ。話せないのも事情があっての事でしょうし。なら、私たちは何も言わずに信じましょう」

「私も帰城くんなら大丈夫だと思う! 帰城くんは絶対に信頼を裏切らない人だから!」

「ええ。帰城くんは間違いなくこの世で1番信頼出来る人だわ」

「まあ、色々と救えない奴だけど・・・・・・うん。大事な場面では信頼できる奴だよ」

「絶対に大丈夫だよ。なにせ、帰城くんだからね」

 シェルディアに続くように陽華、明夜、暁理、光司も影人に対する信頼の言葉を口にする。その言葉を聞いた影人は「ちっ・・・・・・」と不快そうに、あるいは恥ずかしそうに舌打ちをし、帽子を押さえて顔を隠した。

「・・・・・・ああ、そうだな。そんな事は分かりきっている事だ。お前たちに言われるまでもない」

 レイゼロールは軽く息を吐いた。そうだ。そもそも、影人を信じないという選択肢など、レイゼロールの中にはない。

「・・・・・・分かった。影人、お前にフェルフィズを裁く権利を預ける。後は好きにしろ」

 レイゼロールは影人にフェルフィズの生殺与奪の権利を譲渡した。影人ならば、最終的に皆が納得する結果をもたらしてくれるはずだ。レイゼロールはそう信じた。

 それに影人は優しいだけの人間ではない。確かな冷徹さを持っている、やる時はやる人間だ。決してフェルフィズに同情して甘い選択をする者ではない。レイゼロールは理性の部分では、影人の人間性を判断材料にした。

「・・・・・・ありがとよ」

 影人は短くレイゼロールに感謝の言葉を述べた。そして、隣にいるフェルフィズに向き直る。

「君が私を裁きますか。少し意外な事になりましたね。まあ、もちろん君にも私を裁く権利はありますが。しかし、そうなると先ほどレイゼロールに言った嫌味の意味がなくなりますね。いやぁ、恥ずかしい」

「・・・・・・」

 フェルフィズは冗談めかすように頭を掻いた。影人は何も言わず、ジッとただフェルフィズに目を向ける。何も言わずにただ見つめてくる影人に、フェルフィズは困った様子になり、やがて大きく息を吐いた。

「はぁー・・・・・・分かりましたよ。おふざけはなしだ。さあ、影人くん。さっさと私に裁きを下してください。『終焉』でも『世界』でも、それか私の大鎌でも、君が不死の私を殺す方法はいくらでもありますからね」

 フェルフィズが影人にそう促す。フェルフィズは影人が自分に死を与える事を疑ってはいなかった。

 だが、


「・・・・・・いや、俺は・・・・・・


 影人はフェルフィズにそう答えを返した。

「は・・・・・・・・・・・・?」

「っ・・・・・・」

「・・・・・・」

 影人の答えを聞いたフェルフィズは今日何度目になるか分からない、意味が分からないといった顔になり、口をポカンと開けた。影人にフェルフィズを裁く権利を譲渡したレイゼロールは、大きくその目を見開いた。イズも驚いたように表情を動かす。他の者たちもレイゼロールと同じく、影人の言葉に驚いた者たちがほとんどだった。

「・・・・・・どういうつもりだ影人。そいつを殺さないだと。ふざけるなよ。そいつがどれだけの事をしたと思っている」

「・・・・・・ああ、ちゃんとわかってるよシス。こいつは2つの世界を無理やり融合させようとした。それは、実質的な世界の破壊だ。その他にも余罪は尽きない。何があっても絶対に許される事じゃない」

「ならば分かっているだろう。そいつには死しかないと。そうでなければ誰も、少なくとも俺様は納得しない。本来ならば、この俺様がそれはそれは惨たらしく生きる事を後悔するほどのやり方で殺しているところだ。だが、今まで口を出さなかったのは、貴様たちの方がそいつと因縁があるという事、そいつが最終的には死ぬと思っていたからだ。その前提が崩れるのなら、口は出させてもらうぞ。場合によれば・・・・・・手もな」

 シスがそのダークレッドの瞳で影人を睨みつける。シスから凄まじいプレッシャーが放たれる。肺腑が抉られるかのような尋常ならざる重圧は、シスが本気で怒り、影人と戦うことも辞さないという一種の証明であった。

「・・・・・・すまないが、こればかりは私もシスに同意だ。彼は情けをかけられる者ではない」

「敗者には死を。それが古来からの戦いの定則だ。そうでなければ、命を懸けて戦った戦士たちが納得出来ん」

『私もその者は生かしてはおけないと考えます』

 レクナル、ハバラナス、ヘシュナ、シスと同じ古き者たちがシスと同じく反対の意見を唱えた。

「うーん、君が何を考えているのか分からないけど・・・・・・俺も殺さないって考えはあんまり賛成できないな」

「最後に同情でもしましたか? 言っておきますが、そんなものは一時の気の迷いだ。彼は生きているだけで災厄を振り撒く。いつか必ず彼を亡き者にしておけばよかったと思う時が来ますよ」

「・・・・・・そいつがまた何かよからぬ事をしでかした時、お前に責任が取れるのか。今回は運良く止められたが、次はないかもしれないんだぞ」

「・・・・・・これ以上、その神の邪悪による被害に遭う人たちを増やさないためにも、ここは厳正な裁きを行うべきだと私も思う」

 闇人側からは影人と共に異世界にまでフェルフィズを追ったゼノとフェリートが、守護師側からは傭兵として敵の恐ろしさをよく知っているハサンが、光導姫側からは身内が被害に遭う悲しみを知っているアイティレが、影人とは反対の意見を述べる。古き者、闇人、守護者、光導姫、彼・彼女たちが述べた意見はどこまでも正論だった。他の多くの者たちも、影人に対し不満あるいは不審そうな顔を向けていた。

「「「「「・・・・・・」」」」」

 一方、それ以外の者たち――例えば、陽華、明夜、暁理、光司、レイゼロール、シェルディア、ファレルナ、ソニア、風音、ロゼ、イズなど――はただジッと影人の言葉を待っていた。この場にいる全ての者の注目は間違いなく影人に集まっていた。

「・・・・・・勘違いするな。別に、同情からでも甘さからでも、こいつを殺さないって言ってるわけじゃない。俺はそんなに甘い人間じゃないからな」

 全員から注目を集めた中で、影人はそう言葉を放った。

「なら、こいつを殺さないという理由はなんだ?」

 シスが問い返す。同情からでも甘さからでもないというのならば、フェルフィズを殺さない理由は何なのか。それはこの場にいるほとんどの者たちが抱いた疑問でもあった。

「・・・・・・単純な話だ。こいつを殺さないこと。それが、こいつにとって1だからだ。死よりも重いな」

「っ・・・・・・」

「生かす事が死よりも重い罰だと・・・・・・?」

 影人の言葉を聞いたフェルフィズは衝撃を受けたような顔になり、シスはよく分からないといった様子でそう呟いた。

「・・・・・・ああ。こいつは今まっさらな心持ちで、死ぬことを恐れちゃいない。むしろ、死を迎えたいとすら思ってる感じだろうぜ。これ以上の気持ちでは死ねないだろうからな」

 影人はジッと金の瞳をフェルフィズの薄い灰色の瞳に向ける。まるで、フェルフィズの心の内を見透かすかのように。フェルフィズは影人の月の如き、全てを月光の下に晒されるようなその瞳から目を離す事が出来ない。ゾクリと、フェルフィズの心が、体が震えた。

「そんな奴をわざわざ死なせて罰になると思うか。いいや、ならないな。むしろ褒美だ。こいつが満足した気持ちで逝くこと。それが俺には許せないし我慢できない。なぜなら、それは俺たちの敗北だからだ」

 影人は冷たい声で断言した。影人のその言葉に反論する者は誰もいなかった。影人の言葉は確かな、氷の如き冷徹さから放たれたものだと、誰もが理解し納得していたからだった。

「俺たちの勝利は、この最悪の神が泣き喚いて、許されない罪を悔いて、死の闇へと叩き込むことだ。そして、今こいつを殺してもその結果にはならない」

「・・・・・・やめろ」

 変わらず影人の目から自身の目を逸らせないまま、フェルフィズは震えた声を漏らした。だが、影人はその制止の言葉に耳を貸さなかった。

「フェルフィズ、お前はさっき言ってたな。停滞している世界なんて死んでるのと同じだって。なら、お前にはもう1つの死をくれてやるよ」

「やめろ!」

 悲鳴を上げるようにフェルフィズが叫ぶ。先ほどまでの穏やかさや満ち足りた気持ちは、もう既に完全に消え去っていた。今のフェルフィズを満たすのは――恐怖だけだった。

 そして、

「フェルフィズ。お前にはこれから一生変わり映えのしない日々を送ってもらう。永遠の牢獄でお前の大嫌いな退屈に押し潰されろ。お前がまた狂っても、死にたいと叫んでも誰もお前を殺さない。俺が、いや俺たちがお前を殺すのは・・・・・・お前が生きたいと思った時だ」

 影人はどこまでも無慈悲にそう宣言した。

「っ、帰城ぉ・・・・・・影人ぉッ・・・・・・!」

 影人の宣言を受けたフェルフィズは怒りと憎しみ、その他の様々な感情がぐちゃぐちゃになったような顔で呪うように影人の名を呼んだ。どこまでも感情を剥き出しにした目と顔。いつも掴みどころがなく、悠々としていたフェルフィズが見せたその様子は、他の者たちを驚かせた。

「そうだ。その顔が見たかった」

 影人は酷薄に嗤った。そして、一歩近づきフェルフィズに顔を近づける。

「嫌だよな。どうしようもないほどに嫌だよな。ここで殺されたいよな。だがダメだ。お前はこれから、生きながらに死ぬんだ」

「・・・・・・」

 改めて影人はフェルフィズにこれからの末路を突きつけた。フェルフィズは視線で人を殺せるが如き眼光で影人を睨み続ける。手を縛られていなければ、今すぐにでも影人に掴みかからんとしていただろう。ギリッと何かが擦り合うような音が響く。それはフェルフィズの歯軋りだった。

「・・・・・・どうだ? これが俺がこいつを殺さない理由だ。こいつの顔を見れば、俺が甘いかどうか一目瞭然だと思うがな」

 フェルフィズから顔を離した影人は周囲にいる者たち――特に反対意見を述べた者たち――に対してそう言った。

「ふむ・・・・・・確かに、そいつにとってはそれが1番の罰になるようだな。だが、そいつを飼い殺しにする牢獄に当てはあるのか? 何なら、俺様が不夜の祖城の地下に幽閉してやるぞ」

「一応、当てはある。少し待てよ」

 影人は心の中である神に念話した。そして、心の内で二言三言言葉を交わす。それから少しの時間、影人が待っていると、了承の言葉が影人の中に響いた。

「・・・・・・よし、取り敢えずは大丈夫だ。いまシトュウさん・・・・・・真界の神の長を通して、神界の神の長・・・・・・ガザルネメラズさんに許可を取った。フェルフィズ、お前の幽閉先はお前の故郷であり、お前が退屈から逃げ出した場所・・・・・・神界だ」

「っ・・・・・・!?」

 影人が口にした幽閉先。それを聞いたフェルフィズの顔が歪む。その表情が何を意味するのかは、誰の目に見ても明らかだった。

「ちっ、どうやらその神界とやらが1番そいつにとってはいいようだな。分かった。貴様の意見に賛成してやろう」

「殺しておくのが1番なんだろうけど・・・・・・うん。確かに、綺麗な心で死なれるのは嫌だな」

「・・・・・・あなたが甘さや同情から彼を生かすと言っていない事は理解しました。いいでしょう。レイゼロール様を苦しめた者には、地獄よりもなお酷い責苦を負ってもらわなければならない。私も賛成です」

 影人の意見に反対していたシスが賛成に回る。続いて、ゼノとフェリートも意見を変えた。

「・・・・・・君の考えは分かった。確かに、罰という観点から見ればそれが1番よさそうだ。だが・・・・・・彼を生かしておくという危険は常にある。あの時殺しておけばよかったと後悔する日が来ないと言い切れるのか。君にその責任が取れるのか?」

 レクナルは影人の考えに理解を示しつつも、ハサンやアイティレが言っていた問題点を再度指摘した。残りの反対者、ハバラナス、ヘシュナ、アイティレ、ハサンも、影人の答えを待つようにジッと影人を見つめる。

「そうですよ! 自分で言うのもあれですが、私は生きている限り邪悪と災厄を振り撒き続ける! もし自由になれば今度は何をするか分かりませんよ!?」

 追随するようにフェルフィズが叫んだ。一切の余裕も恥もないその様子は、いかにフェルフィズが追い詰められているのかを如実に表していた。

「うるせえ。お前は黙ってろ」

 影人はフェルフィズを一瞥すると、レクナルに顔を向けた。

「・・・・・・確かにその危険性が絶対にないとは言えない。世の中に絶対はないからな」

「なら・・・・・・」

「責任は取れるか。あんたはそう聞いたな、レクナルさん。ああ、その時は俺が責任を取る。もし、こいつが自由になってまた世界に災厄を振り撒く時は、何がなんでも、例え死んでても蘇ってこいつを止める。さっき、世の中に絶対はないって言ったが、これだけは絶対だ」

 影人は正面からレクナルにそう答えた。影人の答えは具体性もなく論理的でもない。だが、その言葉が本気であると魂にまで訴えかけてくるものだった。

「っ・・・・・・」

 影人の気迫に悠久の時を生きてきたレクナルは一瞬気圧された。明らかに自分の何千分の一ほどしか生きていないだろうにこの気迫は何だ。いったいどのような生を歩めば、その若さでこれだけの気迫を放つ事が出来るのか。レクナルは帰城影人という人間の、おそらくは熾烈極まりない生の一端を垣間見た気がした。

「・・・・・・分かった。そこまで言うのならば、私も言葉の矛を収めよう。彼の処遇について、私はもう何も言わない」

「・・・・・・同じくだ」

『私もです』

「・・・・・・その言葉、忘れるなよ」

「それが君の正義か・・・・・・ならば、私は君の正義を尊重しよう」

 影人の答えを聞き、レクナル、ハバラナス、ヘシュナ、ハサン、アイティレも反対意見を取り下げた。影人は彼・彼女たちに対して、「・・・・・・感謝するぜ」と短く礼の言葉を述べた。

「ぐぅっ・・・・・・! まだだ、まだ! イズ! 後生だ! あなたの本体で私を――!」

 フェルフィズはイズに向かって何かを叫ぼうとした。だが、フェルフィズが言葉を紡ぎ切る前に、影人はフェルフィズを殴りつけた。

「ぶっ!?」

「・・・・・・バカが。てめえ、いま自分が何を言おうとしてたか分かってるのか? お前がどんなに最低最悪のクソ野郎でも、それだけは言っちゃならないはずだ。お前もそれは分かってるだろ・・・・・・!」

 影人に殴られたフェルフィズが地面に横たわる。影人は冷たさの中に激情が込もった声で、フェルフィズにそう言った。フェルフィズはハッとした顔になったが、当のイズは「っ・・・・・・?」と首を傾げていた。

「・・・・・・どれだけみっともなく嫌がったところでな、お前の未来はもう決まってるんだよ。いい加減に・・・・・・諦めろ」

 影人がフェルフィズにそう言葉を投げかける。フェルフィズは横たわりながらも影人を睨みつけた。

「まだ・・・・・・まだだ・・・・・・! 使うつもりはなかったが、こうなれば・・・・・・!」

 フェルフィズは自身の体内でとある魔術を起動させた。それは正真正銘の、フェルフィズの最後の抵抗手段だった。

 すると、次の瞬間、ゴゴゴゴと再び地面が揺れ始め――

 ピシリと周囲の壁や地面に亀裂が奔った。亀裂はどんどんと増えていき――

「「「「「っ!?」」」」」

 皆が驚いた顔を浮かべた時にはもう遅く、忌神の神殿は崩壊を始めた。

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