第419話 最後の審判

「・・・・・・話は終わったようだな」

 戻ってきたフェルフィズと影人を交互に見つめながら、レイゼロールがそう言った。その言葉にフェルフィズと影人は「ええ」「ああ」と頷いた。

「・・・・・・では、我が裁きを下させてもらう。『終焉』の女神レイゼロールが忌神フェルフィズに下す裁きは1つ。死の裁きだ。死して貴様の罪が消える事はない。だが、貴様に出来る最大の贖いはその身を捧げる事だけだ。生きる限り邪悪を振り撒く忌神よ。覚悟はいいな?」

 レイゼロールが冷酷にフェルフィズに宣言を下す。周囲にいた者たちのほとんどが、その顔をより真剣なものに変える。否応にも空気が引き締まり張り詰めた。

「ええ。流石の私もこの状況で今更どうにか出来るとは思っていませんよ。・・・・・・ですが、私は邪悪な忌神ですからね。あなたに殺される前に1つ嫌味でも言って死にましょうか」

 フェルフィズは意地の悪そうな顔を浮かべると、こう言葉を吐いた。

「確かに、私は罪深き神ですよ。私の罪が消える事はない。それこそ、私が死してもね。しかし、罪深き神なのはあなたも同じですよね? レイゼロール」

「っ・・・・・・」

 フェルフィズがニタリと嗤う。名を呼ばれたレイゼロールはピクリと表情を動かした。

「原因を作ったのは私とはいえ、あなたはどれだけの罪をこの世界で犯して来ました? 罪という概念は人にだけ当て嵌まるものではない。上位存在である我々神にも該当する概念です。神も罪悪感は抱きますし、現にあなたは罪という概念から私を裁こうとしている」

「・・・・・・」

 ニタニタと悪意を隠さぬ口調で忌神はレイゼロールにそう言った。レイゼロールは黙って、そのアイスブルーの瞳でジッとフェルフィズを睨みつける。

「ねえ、教えてくださいよレイゼロール。何人もの人間を眷属である闇奴に変え、光導姫や守護者といった何人もの少年少女たちを殺し、あまつさえこの世界を破滅させかけたあなたの罪が消える事はない。そんなあなたに本当に私を裁く権利があるのか。いやはや、実に疑問ですねえ」

「っ、貴様・・・・・・」

「口が過ぎますよ」

 フェルフィズの言葉に殺花とフェリートが反応する。2人ともレイゼロールへの忠誠心が特に高い闇人だ。殺花とフェリートはフェルフィズを睨みつけ、今にも襲い掛からんとする様子であった。

「・・・・・・我の罪と断罪の資格か。そうだな。確かに我が犯した罪は消えない。それこそ、永遠にな。罪に塗れたこの手で誰かを裁く権利があるかと問われれば、正直難しいところだ」

「っ、レイゼロール様・・・・・・」

 レイゼロールはフェルフィズの指摘を認めた。フェリートは少し驚いたようにレイゼロールを見つめた。当然、殺花もだ。

「だが、我は我の犯した罪を未来永劫に背負って行くと決めている。誰の許しも請わん。生きる限り罪と向き合い背負い続け、もし死すれば地獄の業火に焼かれるだけだ」

「なるほど。つまりは開き直りですか」

「なんとでも言え。そして、罪に塗れた我だからこそ、同じく罪に塗れたお前を断罪できる。悪を裁くのが常に正義とは限らん。悪だからこそ裁ける悪もある・・・・・・クズを裁くのに罪悪感など抱かずに済むし、苛烈に断罪も出来るからな」

 レイゼロールは迷いのない顔でそう言うと、こう言葉を続けた。

「それに、そもそもそれとこれとは話が別だ。悪いが、我はその辺りは割り切れる」

「くくっ・・・・・・ははははっ、そうですか。なるほど。あなたも随分と強くなった。いや、意地が悪くなったと言うべきなんですかね」

 フェルフィズは愉快そうに笑った。あの幼くフェルフィズの悪意に振り回されていた神が、今はこうしてはっきりとした意志を持ち、自分の悪意を正面から受け止め、振り切っている。人が成長するのは当然として、神も成長する。その事実を、フェルフィズは改めて知った。

「ふん。くだらん茶番だ。おい、レイゼロールとか言ったな。さっさとそいつを殺せ。殺さんなら俺がやるぞ」

「分かっている。黙って見ていろ。シェルディアの同族よ」

 軽く苛立ったようなシスにレイゼロールはそう言葉を返す。レイゼロールは自身のアイスブルーの目で、フェルフィズの薄い灰色の目を正面からしっかりと見つめ直した。

「言いたい事はそれだけか。では・・・・・・審判の時間だ」

 レイゼロールはその身から『終焉』の闇を解放した。レイゼロールの瞳の色が漆黒へと変わり、全身から全てを終わらせる闇が立ち昇る。

「さて、私の長かった生もいよいよこれで終わりですね・・・・・・」

 間近からその闇を見たフェルフィズは軽く両目を閉じた。まるで、死を受け入れるかのように。

「製作者・・・・・・」

 そんなフェルフィズに声を掛ける者がいた。イズだ。イズはどこか悲しげな顔を浮かべているように見えた。

「・・・・・・この短期間で随分と表情が豊かになりましたね、イズ。実に好ましい変化だ。最後にあなたの変化が見れてよかった」

 フェルフィズは優しい笑みをイズに向けた。その笑みも、言葉もフェルフィズの本心からのものだった。

「っ・・・・・・あなたは私を恨んではいないのですか。私がこの2人に・・・・・・陽華と明夜に絆されなければ、あなたの目的は叶ったかもしれないのに」

「恨む? まさか。とんでもない。私は君の変化を喜びこそすれ、恨むなんて事はしませんよ」

 フェルフィズは即座にかぶりを振った。そして、変わらずイズに優しい笑顔を向ける。

「イズ。あなたはまだ生まれたばかりの存在と大差ない。これからゆっくりと自分の事、あなたの興味のある事を知っていきなさい。そして、しっかりと生きてください。あなたは特殊な存在ですから、色々と苦労もあるでしょうが・・・・・・きっと、君を救ったそこの光導姫たちや、影人くん、他のお人好したちが助けてくれますよ。ねえ?」

「っ、はい! もちろんです!」

「イズちゃんを助けた責任は最後までしっかり取るつもりです」

 陽華と明夜がしっかりとした口調で答える。2人の答えを聞いたフェルフィズは満足そうな顔になった。

「影人くん、君も私が安心して逝けるように答えてくださいよ」

「はあ? 何で俺が・・・・・・というか、お前みたいな奴が安心して逝こうとするな」

「それくらいはいいじゃないですか。死は全ての者に平等に訪れる安寧ですよ。それよりも、早く答えてくださいよ」

「ちっ・・・・・・分かったよ。こいつが窮地に陥ったら俺も助ける。これで満足か」

「ええ。君がそう言ってくれるのなら安心だ。イズをよろしく頼みます」

 ぶっきらぼうに答えた影人に、フェルフィズは再び満足そうな顔を浮かべた。

「あの、フェルフィズさん・・・・・・」

「はい?」

 突然、陽華が真剣な顔でフェルフィズの名を呼んだ。フェルフィズは陽華の方に顔を向けた。

「その、フェルフィズさんがやった事は許される事じゃないと思います。私たちじゃ助けられないくらいにもう取り返しがつかない・・・・・・ごめんなさい。あなたを救えなくて」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 陽華に謝罪されたフェルフィズはポカンと口を開けた。意味が分からなかった。なぜ敵に、それも今日あったばかりのフェルフィズにこの少女は謝っているのだ。その理由も分からない。救えなくて? 救えるはずがない。フェルフィズはもうその段階にはいないのだから。とにかく、フェルフィズには全てが意味不明だった。

「私からも謝罪するわ。光導姫として、そして私個人として。あなたを救えなかった。あなたには意味が分からないと思うし、私たちの傲慢さに怒りも湧いてくるかもしれない。だけど、それでも・・・・・・ごめんなさい」

 陽華に続き、明夜もフェルフィズに謝った。陽華と明夜から謝罪を受けたフェルフィズは、しばらくの間呆気に取られていたが、やがて大きな声で笑った。

「くくくくっ・・・・・・あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ! 嘘ではなく、心の底からあなた達はそう思っているんですね! ほ、本来なら笑うべき場面ではないのでしょうが・・・・・・ぷくくっ、ひ、ひひひひひひひひひひひひっ! お、おかしいですね・・・・・・!」

 腹が捩れるほどにフェルフィズは笑った。陽華と明夜の言葉がおかしくて、おかしくて。笑いが止まらなかった。

「え!? わ、私たちそんなに変なこと言った・・・・・・?」

「さ、さあ・・・・・・でも、すごい大爆笑ね・・・・・・」

 急に爆笑し始めたフェルフィズに、陽華と明夜は不思議そうな或いは少し引いたような顔になった。周囲にいた他の者たちも同様の顔を浮かべる。

「はあ、はあ・・・・・・わ、笑いすぎてお腹が痛い。これだけ笑ったのは初めてかもしれませんね」

 ようやく笑い声を収めたフェルフィズは、目に涙を滲ませながらそう言葉を述べた。

「しかし、あなた達は忌神わたしすらも救おうと思っていたのですね。甘さすら通り越して逆に尊敬しますよ。全く、真性のお人好しですね。あなた達は。ですが・・・・・・そんなあなた達だからこそ、イズを救えたのでしょうね」

 フェルフィズは陽華と明夜に向かって微笑んだ。どこか嬉しそうに。

「あなた達、名前は何と言いますか?」

「朝宮陽華です」

「月下明夜」

「陽華くんに明夜くんですね。共に補い合うような、陰陽が合わさりあうようないい名前ですね。先ほど影人くんには言いましたが、あなた達にも改めて言わせていただきたい。イズの事をどうかよろしくお願いします」

 フェルフィズは陽華と明夜に向かって頭を下げた。あのフェルフィズが光導姫とはいえ、ただの少女たちに頭を下げている。その光景は衝撃的なものだった。

「「はい!」」

 陽華と明夜は2つ返事で頷いた。ゆっくりと顔を上げたフェルフィズは、安心の笑みを浮かべた。

「製作者・・・・・・私を作っていただいて、本当にありがとうございました」

 唐突にイズがフェルフィズに頭を下げた。驚いた顔を浮かべるフェルフィズに、顔を上げたイズはこう言葉を続けた。

「あなたに頂いたイズという名前と共に、私は・・・・・・私は生きていきます。私はあなたから頂いたばかりで何も返せてはいない。正直、出来る事ならあなたを死なせたくはない。多くの者たちかは忌神と疎まれ憎まれるあなたでも・・・・・・あなたは、たった1人の私の親だから」

「イズ・・・・・・」

「ですが・・・・・・製作者は死ななければならない。私の中がギュッとする・・・・・・恐らく、これが悲しいという感情なのでしょう」

 震えた声でイズの名を呟くフェルフィズに、イズは右手で胸部を押さえる。

「製作者、いえお父様。今までお疲れ様でした。あなたの事は決して、決して忘れません」

 明確な決別の言葉を放った事により、イズの中のギュッと何かが締め上げられるような感覚がより強まった。

 普通ならば、親との永遠の決別などすぐさまに割り切れるものではない。だが、イズはまだ心を自覚したばかりで、物事を客観視できる力も高い。ゆえに、イズは他者が聞けばいっそ冷たいとも感じられるほどに、決別を割り切れたのだった。

「・・・・・・お父様ですか。まさか、まさかあなたにそう呼ばれる日が来ようとは・・・・・・」

 しかし、決別の言葉を聞いたフェルフィズは万感の思いが込もった声でそう言葉を漏らした。愛しさや嬉しさ、その他の暖かな感情が内から湧き上がってくる。こんな感情を抱くのはいったいいつ以来だろうか。それに涙も溢れそうだ。

(ですが、もはや私にはそのような感情を抱く事も、感涙を流す資格もない。私は忌神。全ての世界の敵なのですから・・・・・・)

 フェルフィズも神だ。プライドはある。そして、ここで涙を流すのはそのプライドが許さなかった。死ぬ前にそんな惨めな姿は晒せない。フェルフィズは内頬をギュッと噛み涙を堪えた。 

「ええ。あなたはしっかりと生きなさい。ないとは思いますが、私のようになってはいけませんよ」

 フェルフィズは最後にイズにそう言うと、レイゼロールの方に顔を戻した。

「待たせてしまって申し訳ありませんね、レイゼロール。そして、待っていただいてありがとうございます」

「貴様に礼の言葉を吐かれる筋合いはない。気色の悪い。勘違いするな。我が待ってやったのはお前ではない。貴様に言葉を吐いた者たちを待ってやっていただけだ」

「ははっ、そうですか。それは失礼」

 フェルフィズに感謝されたレイゼロールは本気で不快そうな顔を浮かべた。フェルフィズは苦笑しながら軽く頭を下げた。

「・・・・・・忌神フェルフィズ。これより、貴様が弄んだ全ての者に代わり、我が貴様に死の裁きを与える」

 レイゼロールは改めてそう宣言すると、自身の体から噴き出す『終焉』の闇を剣の形に固めた。

「ほう、『終焉』の闇を固めて武器に出来るのですか。便利ですね。しかし、なぜ剣の形に・・・・・・ああ、なるほど。レゼルニウスを殺した神殺しの剣。それがモデルですか。人間を唆し彼を殺させた事に対する意趣返し・・・・・・うん。中々にいい処刑方法だと思いますよ」

「黙れ。分かっているなら口に出すな」

 頷くフェルフィズをレイゼロールが睨みつける。フェルフィズの指摘は今レイゼロールが認めた通りだった。

「この『終焉』の剣を兄さんが神殺しの剣で刺された箇所・・・・・・胸部に穿つ。それで、全て終わりだ」

 レイゼロールが剣を持った右腕を引く。いよいよ全ての元凶が死ぬ。場の空気が緊張し沈黙が支配する。

「ふっ・・・・・・まさか、こんな満ち足りた気持ちで死ねるとは。いやはや・・・・・・やはり、生とは分からないものだ」

 フェルフィズは言葉通り満足げに笑った。心がすっきりと晴れ渡っている。まるで浄化されたかのようだ。今やフェルフィズは完全に死を受け入れていた。

「・・・・・・」

 影人はそんなフェルフィズをジッと見つめていた。

 そして、その時は来た。

「これで・・・・・・終わりだ」

 レイゼロールが右腕を動かし、フェルフィズの胸部に『終焉』の剣を突き立てんとする。これで全ての因縁が終わる。

 だが、そう思われた時、

解放リリース――『終焉ジ・エンド』」

 ポツリとそんな言葉が放たれた。次の瞬間、レイゼロールがフェルフィズの胸部に穿たんとした剣は闇に阻まれた。結果、フェルフィズに剣が届く事はなかった。

「なっ・・・・・・」

「っ・・・・・・?」

 その光景にレイゼロールは驚愕し、フェルフィズは訝しげな顔になる。他の者たちも、心の中で思い描いていたものとは違うその光景に、何が起きたか分からないといった顔を浮かべていた。

「何の・・・・・・何のつもりだ!? ・・・・・・!」

 全てを終わらせる『終焉』の剣を阻む闇など1つしかない。レイゼロールは自身の剣を阻んだ人物、自身がよく知る少年に向かって叫んだ。

「・・・・・・悪いな。レイゼロール」

 レイゼロールに名を呼ばれた影人は軽く帽子を押さえた。

 そして、

「やっぱり、そいつの生殺与奪の権・・・・・・俺にくれないか?」

 そう言った。

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