第418話 決着、忌神との決戦(2)

「境界の崩壊は防いだ。奴・・・・・・イズもあの様子では、今すぐに我たちに攻撃してくるという事もあるまい。残るは・・・・・・お前だけだ、フェルフィズ」

 レイゼロールは自身の瞳の色と同じ冷たい目で、地面に転がっているフェルフィズを見下ろした。

「まず言っておく。貴様にイズのような結末は訪れん。絶対に。永久にな。お前に待っているのは死の闇辺だけだ」

「は、はは・・・・・・でしょう・・・・・・ね」

 死の宣言を聞かされたフェルフィズは驚いた様子もなく、当然のようにその言葉を受け入れた。

 フェルフィズはやり過ぎた。この世界に、様々な者たちに悪意を振り撒き過ぎた。一片の同情の余地もなく、慈悲もなく、フェルフィズは死の裁きを受ける。それはイズが救われ計画が頓挫した瞬間に決まっていた事だ。

「お前も無論異論はないな? ・・・・・・影人」

 レイゼロールが視線をフェルフィズから逸らす。レイゼロールの近く、フェルフィズの正面にはこちらに移動して来た影人の姿があった。

「・・・・・・ああ、まあな。こいつはどうしよもない邪悪だ。許されざる存在だ。俺もこいつを生涯許す気はねえよ。こいつにはもう死ぬしか道は残されてない」

「・・・・・・決まりだな。こいつを、忌神フェルフィズを殺す。止めは我が刺しても構わんな? こいつは我を絶望の闇に陥れた全ての元凶だ。兄さんも、こいつのせいで・・・・・・!」

 レイゼロールが抑えきれぬ怒りを声に滲ませる。レゼルニウスを奪い、影人を陥れ、レイゼロールに2度の絶望を与えた。レイゼロールにとって、フェルフィズはまさに全ての元凶だった。

「・・・・・・別にお前がこいつを殺す事に異論はねえよ。俺もこいつとは因縁はあるが、憎しみを清算するっていう意味を考えれば、お前が1番相応しいだろうからな。だが・・・・・・少しだけ、時間をもらうぜ」

 影人はレイゼロールにそう断ると、一歩フェルフィズに近づいた。スプリガンの金の瞳で満身創痍のフェルフィズを見下ろすと、スッと右手をフェルフィズに向けた。

 すると、次の瞬間影人の右手から暖かな闇がフェルフィズに向かって流れた。その闇はフェルフィズを包み込み、フェルフィズの損傷を全て癒した。

「っ・・・・・・?」

「なっ・・・・・・」

 影人がフェルフィズの傷を癒した事に、フェルフィズ本人は訝しげな顔になり、レイゼロールは驚いた顔になった。驚いたのはレイゼロールだけではない。それ以外の多くの者たちも驚き、或いはフェルフィズのように訝しげな顔を浮かべていた。

「影人、お前何をしている!? なぜフェルフィズの傷を癒した!?」

「落ち着けよ。ただ単に、あのままだと話しにくいと思っただけだ。それ以上の他意はない」

 レイゼロールの詰問に影人は冷めた様子で答えを返した。

「一応、俺にもこいつとは清算すべき因縁がある。だから、最後にこいつと少し話がしたい。2人きりでな。それくらいなら別にいいだろ?」

 続けて影人はそう言った。既にフェルフィズは自由を奪われ影人たちに包囲されている。更にはこの建物内は転移不可エリア。そのルールは設定者であるフェルフィズも縛られるはずだ。つまり、完全に詰み。フェルフィズは今度こそ本当に逃げる事は出来ない。ゆえに、影人は少しの時間を求めたのだった。

「・・・・・・分かった。確かに、お前もフェルフィズとは因縁浅からぬ者だ。好きにしろ。ただし、止めは我がもらう。忘れるな」

「分かってるよ」

 レイゼロールが影人の頼みを了承する。影人は頷くとフェルフィズに声を掛けた。

「・・・・・・そういうわけだ。付き合ってもらうぜ、フェルフィズ。俺との最後のおしゃべりにな」

「・・・・・・いいでしょう。どのみち、私に拒否権はない。付き合いますよ。これが、私の神生じんせい最後の語らいだ」

 フェルフィズは諦めたように笑った。影人はフェルフィズの体に巻き付いていた鎖を『破壊』の力で1度壊すと、影闇の鎖をフェルフィズの両手首に巻き付かせた。まるで手錠のように。見た目の拘束力はダウンしたが、影闇の鎖は対象を絶対に縛り付ける概念を有した鎖だ。むしろ、ただの鎖よりは強力にフェルフィズを拘束した。フェルフィズを拘束したレイゼロールもその事は理解していたので、特に文句は言わなかった。

「着いて来い」

 そして、影人はそう言ってレイゼロール達の元から離れた。











「・・・・・・座れよ」

 2人きりで話したいといった都合上、レイゼロールたちから離れた場所に移動した影人は、スプリガンの力で闇色のベンチを創造した。影人はその端に腰を下ろした。そして、フェルフィズに自分が座っている場所とは端の場所を指差す。

「これはご丁寧に。では失礼しますよ」

 影人に促されたフェルフィズがベンチの端に腰掛ける。影人とフェルフィズの間には、丁度人が1人か2人分座れるスペースがあった。2人の間にあるその距離は決して遠いものではなかったが、永遠に近づく事のないものだった。それは影人とフェルフィズの関係を端的に示すものだった。

「それで、私にどのような話を? どうせ最後です。嘘偽りなく何でも話しますよ。出血大サービスというやつです」

「・・・・・・何かしっくり来ねえな。ああ、わかった。天井が邪魔なのか」

「・・・・・・はい?」

 影人が天井を見つめながら突然そんな事を呟く。その呟きを全く理解できなかったフェルフィズは、意味が分からないといった顔を浮かべた。

「解放――『終焉』」

 影人は再び『終焉』の闇を解放した。そして、その闇を天井に向かわせる。『終焉』の闇は天井を舐め尽くす。不壊属性を持つ忌神の神殿といえども、全てを終わらせる闇の前では無力だ。天井は徐々に消滅していき、やがて全て消えた。結果、星が散らばる夜空がその姿を現した。いきなり天井が消えた事に、他の者たちは多少戸惑った様子だった。

「よし、これでいい。こっちの方がそれっぽい、最後っぽい雰囲気になるだろ」

 『終焉』を解除した影人が満足そうに頷く。影人の呟きを聞いたフェルフィズは、呆気に取られたような顔を浮かべていたがやがて笑った。

「くく・・・・・・ははははっ。全く、君は本当に面白いですね。こんな時にロマンチックを求めるとは」

「いい言い方をするんじゃねえよ。俺はただ、最後の話し合いらしく夜の静謐さを求めただけだ」

「それをロマンチックと言うんですよ」

 フェルフィズがやれやれといった様子になる。影人は夜空に浮かぶ美しい月を軽く見上げた。

「・・・・・・さっきから思ってたが、長年の目的が失敗したっていうのに随分と普通だな。強がってるとかそんなのじゃない。お前はこの結果に本当にそれほどショックを受けてない。なぜだ?」

 影人がフェルフィズに疑問をぶつける。フェルフィズは影人と同じように軽く月を見上げた。

「・・・・・・確かに、この世界を破滅させる事が私の長年の目的でした。今回の計画、2つの世界の境界を崩壊させ、2つの世界を1つにし、破滅的な混乱をもらたしこの世界を破滅させる・・・・・・この計画は私にとって、もっとも目的に近づいたものだった。実際、あとほんの少しで境界は崩壊していましたからね。まあ、結果はこのように君たちに止められてしまったわけですが」

 フェルフィズはそこで一旦言葉を止めた。そして、月を見上げるのを止めフッと笑った。

「ですが、君の言う通り今の私にそれほどのショックはない。一応、生きる目的くらいにはなっていたんですがね。それでも、私がそれほどショックを受けていないのは・・・・・・恐らく、いい光景が見られたからですよ」

「いい光景?」

「ええ」

 フェルフィズは視線をとある場所に向けた。フェルフィズの視線の先にいたのは、イズとその近くにいる陽華と明夜だった。イズは一見すると無表情に見えるが、どこか不安げな様子でフェルフィズを見つめていた。イズの近くにいた陽華と明夜も、真剣さと不安さが混じったような、なんとも言えない顔でフェルフィズと影人に目を向けていた。

「彼女が・・・・・・イズが笑いましたからね。あの2人の光導姫との戦い・・・・・・という名の対話がイズを変えた。私はね、嬉しいんですよ。あの子が心を自覚した事が。あの子が笑った事が。・・・・・・1度はあの子を恐れた私ですが・・・・・・今は彼女を生み出した者として、あの子が成長した事が嬉しいんです」

「・・・・・・はっ、つまりは親気取りの気持ちってわけか。世界に悪意を振り撒きまくった忌神が、随分とぬるい気持ちを抱いたもんだな」

「ええ、自分でも不思議です。自分でいうのもあれですが、私は掛け値なしの邪悪ですからね。それでも抱いてしまったのですよ。親のような気持ちを。この私が。くくっ、全く滑稽だ」

 フェルフィズが自虐の笑みを浮かべる。物作りの神として、フェルフィズは自身が生み出した全てのモノに対して思い入れ――もしくは愛と呼べるかもしれない――はある。だが、一個の確かな自我を持ったイズに対しては、他のモノよりもその思い入れが強かった。

「・・・・・・ああ、そうだな。本当に滑稽だ」

 影人は軽く右手で帽子を押さえた。今更そのような気持ちを抱いたところで、フェルフィズに待ち受けているのは死の破滅だけだ。更生の機会など、フェルフィズには訪れない。

「とまあ、私があまりショックを受けていない理由はそんなところですかね。私は死にますが、少なくともイズが消滅する事はないでしょう。色々と制限が付き厳しい環境に置かれはするでしょうが・・・・・・イズを救った彼女や君たちが、イズの消滅という選択肢を取る事はない。その事も分かっているので、心配事もありませんよ。心残りがないと言えば嘘になりますが・・・・・・死は受け入れられる心持ちです」

 フェルフィズは穏やかな顔を浮かべていた。いつもフェルフィズの薄い灰色の瞳の奥に燻っていた狂気の炎も今は見られない。フェルフィズは本当の意味で穏やかだった。

「・・・・・・フェルフィズ、お前はどうして狂った。なぜ、忌神や狂神と呼ばれるような存在になったんだ? ソレイユから聞いた話じゃ、お前は元々は心の優しい誰からも慕われる神で、平和を愛していたんだろ。それが今じゃ真逆だ。お前に何があった?」

 そもそもの問いを影人はフェルフィズに行った。ソレイユから聞いた話では、フェルフィズは「フェルフィズの大鎌」を作り出した辺りから狂い始めたという。そして、遂には同族である神を殺した。フェルフィズという神に何があったのか。影人はそれが気になった。

「どうして狂った、ですか・・・・・・そうですねえ・・・・・・」

 フェルフィズはどこか遠い目を浮かべた。その様子は、これまで神として生きてきた、遥かに長い時を思い出しているようだった。

「・・・・・・正直に言えば特に、特に理由はないんですよ。冗談や嘘のように聞こえるでしょうが。本当です。理由があって狂えば、私はまだマシだったでしょうね」

「っ・・・・・・」

 フェルフィズは、彼にしては珍しい、ぼんやりとした顔でそう答えた。その答えを聞いた影人は驚いたような、或いはショックを受けたような顔になった。

「私が狂った事に理由はありません。ただ・・・・・・今思うと、私の気質が多少は関係していたかもしれませんね。神としての存在意義、変わり映えのない日々、平和という名の退屈・・・・・・それらに、私は無意識の内に飽いていた。日常という名の毒は、じわじわと私を蝕んでいた。丁度、人間が非日常に憧れるように、私も変化を望んでいた・・・・・・」

 神としての長過ぎる生。死する事のない理。死にたいと思った事もあった。だが、その時は死ぬ手段

なかった。

「私にとっての世界はいつしか停滞していた。停滞している世界など、死んでいるものと同義だ。ですが、私はその世界を受け入れ続けた。変える方法も、そして、実際に変えようとする気力もなかったですから。ですが・・・・・・そんな時、ある神器が出来ました。その神器に宿った力は全てを殺すという破格の能力であり、げに恐ろしきものでした」

「・・・・・・フェルフィズの大鎌か」

「ええ。大鎌が出来た時、私は震えた。その恐ろしさから。そして・・・・・・興奮から。私はね、影人くん。感動したんですよ。この大鎌があれば、この停滞した世界を壊す事が出来るかもしれないと。実際に停滞した世界を壊す可能性がある物を手に入れた私は、内にあった思いを抑えきれなくなっていった」

「・・・・・・その果てが同族、神殺しかよ。はっ、おもちゃを手に入れてはしゃぐ・・・・・・ガキと何にも変わらねえな。いや、なまじ知性があるぶんガキよりタチが悪い」

「正論ですね。ええ、まさにその通りだと思いますよ」

 影人の冷め切った軽蔑の言葉にフェルフィズが頷く。自嘲の笑みを浮かべるでもなく、フェルフィズは事実としてその言葉を受け入れた。

「・・・・・・私が言うのもあれですが、私が殺した神はいい神でしたよ。少し厳格なところもありましたが、それでも日に日に内なる思いに呑まれていく私を気にかけてくれた。結局、私は彼を殺し、それが原因で他の神々から死の粛清を受けた。受けたとはいっても、君も知っての通り私は死を偽装したのですがね。そして、私はこの世界に降り立った。誰の邪魔も受けぬ世界。いよいよ、私は内なる思いを全て解放した。・・・・・・とまあ、私が狂った経緯はこのような感じですかね。この世界を壊そうと思ったのは、イズには話しましたが単なる暇つぶしです。それが長く考えている内に、生きる目的のようになってしまった・・・・・・そういう感じです」

 自身の事を話し終えたフェルフィズは軽く息を吐いた。忌神フェルフィズ。謎と狂気に包まれた神の心の内を聞いた影人は、しばらくの間言葉を発さなかった。

「・・・・・・そんなもんか。お前が狂って全方位に悪意を振り撒いた原初は」

「そんなものですよ。しっかりとした理由や悲しき過去でもあれば、もう少し説得力があったり格好よかったんですがね。陳腐で拍子抜けするでしょう。そして、私に対する更なる怒りも湧いてきたはずだ。そんな理由で、とね」

 フェルフィズはフッと笑った。影人は再び黙ったかと思うと、こう口を開いた。

「・・・・・・俺は日常も非日常も知ってる。本当は非日常なんか知りたくはなかったがな。今も絶賛非日常の中だ」

 影人は非日常の象徴であるスプリガンの姿を見下ろした。レイゼロールを浄化した後、影人はもう非日常と関わる事はないと思っていた。だが、様々な出来事によって影人は今もこうして生き、スプリガンになっている。

「俺は非日常の刺激よりも、日常の退屈さの方が大事だと、愛しいと知っている。・・・・・・だが、非日常が必ずしも悪いものだとは思わない。非日常を通してこそ結べない縁や絆もあるからな。零無と出会った後、俺は非日常を忌避していた。だけど、今は違う。非日常の日常も、非日常の俺も、全部ひっくるめて今の俺は俺だからだ」

 影人は真剣な顔でそう言い切った。そして、フェルフィズにスプリガンの金の瞳を向けた。

「フェルフィズ。俺はお前を理解できないし、したいとも思わない。だけど、狂った忌神と呼ばれるお前も、過去の狂う前のお前も含めてお前なんだな。それだけは心に刻んどいてやるよ」

「っ・・・・・・」

 影人の言葉を受けたフェルフィズは一瞬驚いた顔を浮かべ、やがて可笑しそうに笑った。

「ははははっ、全く君は・・・・・・本当にお人好しのバカですね」

「何を勘違いしてやがる。俺はお人好しでもバカでもない」

「そう言い切るところも含めてですよ。ですが・・・・・・嫌いじゃない」

 フェルフィズは満足したような顔を浮かべた。そして、いつもの胡散臭い表情になる。

「さて、そろそろお話も終わりですかね。最後の会話としては十分に楽しめましたよ」

「そうかよ。俺は楽しいとは全く思わなかったがな」

 影人が立ち上がる。続いて、フェルフィズも立ち上がった。

「では、受けに行きましょうか。『終焉』の女神による最後の審判を」

「・・・・・・ああ」

 フェルフィズがレイゼロールや他の者たちがいる場所に向かって歩き出す。影人も万が一にもフェルフィズが逃げ出さないように、フェルフィズの後に続いた。


 ――いよいよ、忌神に最後の時が訪れようとしていた。

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