第417話 決着、忌神との決戦(1)

 陽華と明夜、イズの互いに全てを懸けた最大級にして最後の一撃。そのぶつかり合い。一瞬とも永遠とも思われる時間の果てに、最後に押し切ったのは陽華と明夜だった。陽華と明夜の光の奔流は、イズの死神のオーラ纏う死の斬撃を消し飛ばし、イズに届いた。

(暖かい・・・・・・それに、先ほどまでとは比べ物にならない想いが私の中に流れ込んでくる・・・・・・これが、あの2人の・・・・・・陽華と明夜の全ての想い・・・・・・)

 光の奔流に呑まれたイズは、どこまでも優しい暖かな光を心で感じた。その光は善意の押し付けではなく、善意の光で焼き尽くすものではなく、イズの心に寄り添う光だった。光を通して、イズは陽華と明夜の事を、陽華と明夜がどのような想いで光導姫として戦って来たのかを知った。

(いつもいつも、自分たちが傷つく事も厭わずに・・・・・・最後まで何かを、誰かを信じて・・・・・・ああ、愚かですね。本当に愚かだ・・・・・・)

 だが、その愚かしさこそが人間という生物の愛おしさなのかもしれない。そして、この光はそんな愚者だからこそ生み出す事の出来る光。イズはそう思った。

(いや・・・・・・愚かなのは私も同じですか。この光に心地よさを感じ、そして感化されているのですから)

 自覚してまだ間もないイズの心に、様々な思いが芽生え、あるいは既にあった思いが強まる。この世界や未来、自身に対する興味。その他にも言い表せないほどの思い。それらは元々イズの中にあったものだ。それらが陽華と明夜の光で活性化した。恐らく、そう形容するのが正しいだろう。

「・・・・・・」

 一瞬とも永遠とも思えるような時間、イズは心地よい光を浴び続けた。











『帰城影人。境界の崩壊まで残り1分を切りました。もう本当に限界です。すぐに亀裂に符を貼ってください』

 陽華と明夜がイズの一撃を押し切り、イズに光の奔流を浴びせた瞬間。影人の中にシトュウの声が響いた。それは紛れもない最後通牒の言葉だった。

「ああ、分かってる・・・・・・!」

 影人はシトュウにそう言葉を返すと神速の速度で地を蹴った。その際『終焉』を解除する。恐らく、すぐさま使うような機会はないはずだからだ。影人は通常のスプリガンの姿で亀裂に至ると、シトュウから預かった符を亀裂に貼った。

『感謝します。これで・・・・・・!』

 珍しい事にシトュウの声には力が入っていた。既に空間にひび割れていない所はほとんどなく、揺れもこれまでで1番強いものになっていた。この世界と向こう側の世界。2つの世界の境界が崩壊し、混沌の世界が産声を上げるまで比喩ではなくあと数十秒。

 しかし、途端にピタリと亀裂の増加と揺れが収まった。まるで冗談のように。すると再び影人の中にシトュウの声が響いた。

『ふぅ・・・・・・何とか間に合いました。私と零無の力で主要な6つの亀裂は安定し、境界の崩壊は食い止められました。これで、2つの世界が融合する事はありません。亀裂も徐々に戻るでしょう』

「そうか・・・・・・はぁー・・・・・・よかったぜ・・・・・・」

 その言葉を受けた影人が大きく安堵の息を吐く。焦りはあまりなかったが、実際にあと数十秒で境界が崩壊していたと考えると、自然とホッとした。

『帰城影人。言うまでもない事ではありますが、すぐに符を外されるような事だけは防いでください。亀裂は安定したばかり。いま符を外されれば今度こそ境界は崩壊します』

「それは大丈夫だ。ここの敵は全員・・・・・・無力化したからな」

 影人はいつの間にか鎖で縛られていたフェルフィズを見ると視線を移した。影人が視線を移した先にはイズがいた。既に光の奔流は収まっており、イズは兵装を解除し、自身の本体である大鎌だけを両手に持ちながら座り込んでいた。今のイズからはとても戦闘の意思は感じられなかった。

『そうですか。安心しました。では、本当の本当にギリギリでしたが・・・・・・今ここに、忌神フェルフィズの計画は完全に頓挫した。あなた達の勝利です。素直に称賛を。おめでとうございます』

「正直、マジで今回俺は何もしてないから、その言葉は違和感しかないんだが・・・・・・一応、ありがとうって言っとくぜ。あいつらにも伝えて――」

『おいそろそろ吾に変われシトュウ! 影人影人! 吾だよ零無だ! よくフェルフィズの奴の計画を潰せたな! 流石は愛しい愛しいお前だ!』

『影人! おめでとうございます! やりましたね! みんなが力を合わせた大勝利です!』

 影人がシトュウに言葉を返そうとすると、突然影人の中に2つの女の声が響いた。前者は零無、後者はソレイユだった。2人ともかなり興奮した様子だった。

「っ、零無にソレイユか? ちょ、ちょっと待て。今はシトュウさんと話してるんだよ」

 念話に慣れている影人も頭の中に2つの声が同時に響くのは初めてだった。影人は違和感のようなものを感じながら、零無とソレイユ、2つのチャンネルを同時に意識し2人にそう念話した。

 ちなみに、影人は念話が同時に行われた事が初めてだと思っているが、実は初めてではなかった。前例は、シェルディアの正体を知った時の警告として既にあった。だが、あの時の影人は半ば放心状態だった。そのため、影人は今回頭の中に違う声が同時に響いた事を初めてだと錯覚していたのだった。

『はあ? 吾はずっとずっとお前に声を掛けるのを我慢してたんだぞ! お前のためを思って! あと数時間はお前の声を聞くからな! いや、それよりもお前の元に行った方が早いな! よし、待っていろ影人! 今すぐに吾がそこに降臨して――』

『やめなさい零無。あなたには私と境界を安定させる作業がまだ残っているでしょう。今地上に降りる事は許可しませんよ』

『別に少しくらいはいいだろう! ええい離せシトュウ! 吾は影人の元に行くんだ!』

『あ、そうでしたか。分かりました。ではもう少し後で。影人、また祝杯をあげましょう!」

「ぐおぉ・・・・・・か、姦しい・・・・・・あ、頭がどうにかなりそうだ・・・・・・」

 零無、シトュウ、ソレイユの声が頭の中で反響する。影人は自分にしか分からない苦しみを感じながら頭を押さえた。

 ――相変わらず、締まらない野郎である。










「・・・・・・」

 イズはどこか放心したような様子で座り込みながら、自身の本体である大鎌を見つめていた。アオンゼウの器に入り今でこそ人型になっているが、イズの本来の姿、本来の形はこの大鎌だ。ただの武器。如何なるモノをも殺す絶対死の力。どのような存在からも忌避され恐れられるモノ。

「はあ、はあ、はあ・・・・・・ケホッケホッ! イ、イズちゃん・・・・・・」

「はあ、はあ、はあ・・・・・・と、届いたかしら・・・・・・私たちの想いは・・・・・・」

 そんなイズに向かってそう声を掛けながら、ゆっくりとイズの方に向かって来る者たちがいた。陽華と明夜だ。2人とも全ての力を使い切ったためだろう。変身は解除され、学校の制服姿だった。目立った外傷こそなかったが、2人の声は掠れその顔には隠し切れぬ疲労の色が浮かんでいる。ボロボロ、と形容するのが1番ピッタリであった。

「・・・・・・見れば分かるでしょう。ええ。あなた達のお節介極まりない、いっそ身勝手な想いは・・・・・・私の中に確かにあります」

 イズは右手で自身の胸部に触れた。この器は鼓動を持たぬ身だ。あるのは冷たさだけ。だが、確かにイズは己の内に確かな熱が、自身の心に灯る陽華と明夜の想いを感じていた。

「・・・・・・あなた達の言うように、私には心があった。不思議なものですね。私の本体はこの無機質な大鎌だというのに」

「何が本体かなんて・・・・・・きっと関係ないよ。イズちゃんはイズちゃんだよ。誰も代わりなんてない。かけがえのない存在だよ」

「そうよ。人だとかそんなものは関係ないわ。あなたはあなたよ」

 イズの前まで近づいた陽華と明夜は、しゃがむと優しく笑った。2人の笑顔を見たイズは少しだけ目を見開くと、小さく口角を上げた。

「ふっ・・・・・・そうですね。確かに、私の代わりはいない。私は1つの、確固たる存在なのですね」

 自己に対する肯定感とでもいうべきようなものがイズの中から湧き上がってくる。イズの笑みを見た陽華と明夜は明るい顔を浮かべた。

「イズちゃん。私たちはあなたの事をもっと知りたい。イズちゃんにこの世界の事を知ってもらいたい。辛くて苦しい事も多いけど・・・・・・この世界は、生きるって事は楽しいって。少しでもそう思ってもらえたら、私たちは嬉しいな」

「これからゆっくり自分の事や世界の事を知っていけばいいわ。時間はたっぷりあるし。もちろん、何かに困ったら私たちが力を貸すわ。まあ、私たちはただの高校生だから、そんなに力にはなれないかもだけど・・・・・・それでも全力で力を貸すわ。私たちで足りないなら、他の人を頼りましょう。きっと力を貸してくれるわ。世界はそうやって回っているんだもの」

 陽華と明夜はスッと自分たちの手を重ねてイズに差し出した。とびきりの笑顔を浮かべながら。

「イズちゃん、よかったら私たちと――」

「イズちゃん、お願いよ。私たちと――」

 そして、陽華と明夜は声を重ねてこう言った。


「「友達になってください」」


「・・・・・・全くあなた達は・・・・・・本当に・・・・・・本当に・・・・・・甘いですね・・・・・・」

 2人のその言葉を受けたイズは呆れたように、しかしどこか嬉しげに、優しげに笑った。

「私は・・・・・・私は全てを殺す武器の意思ですよ」

「「うん」」

「・・・・・・私は世界に混乱を招こうとしたモノですよ」

「「うん」」

「・・・・・・私はあなた達や、あなたの大切な者たちを何度も殺しかけたモノですよ」

「「うん」」

「・・・・・・私は様々な問題を抱えている厄介極まりない存在ですよ。心だって自覚したばかりだ。・・・・・・それでも、それでもあなた達は・・・・・・」

 イズはその両の瞳で陽華と明夜を見つけた。その瞳は今にも泣きそうだった。

「私と・・・・・・友達になってくれるのですか?」

「当然!」

「当たり前よ!」

 陽華と明夜が笑顔で答える。イズは泣き笑うような顔になると、自身の右手を2人の手に重ねた。

「よろしくお願いします。陽華、明夜。私にこの世界の事、あなた達の事、色々な事を教えてください。私は知りたい。あなた達と共に」

「うん! こっちこそよろしくねイズちゃん!」

「ええ! 一緒に生きていきましょう!」

 陽華と明夜がイズの手を握る。イズも、陽華も明夜も笑顔を浮かべていた。先ほどまで敵同士であった者たちが手を取り合い笑い合う。それは何とも不思議な光景だった。だが、確かに暖かで優しい光景であった。










「ふふっ、やったわね陽華、明夜。この光景はあなた達だからこそ掴み取れた光景。世界もイズも、両者を救った紛れもないハッピーエンドよ」

「朝宮さん、月下さん・・・・・・やったね」

「ひゅー・・・・・・すげえな」

「生物ではない無機なるモノを救うか・・・・・・まさか本当にやり遂げるとはの。やりよるの」

「ふん・・・・・・やっとか。フェルフィズの大鎌の意思とはいえ、所詮は武器の意思だ。我を浄化したのだから、それくらいはしてもらわねば困る」

「・・・・・・全く、甘ったれた光景ね。でも・・・・・・悪くはないわ」

「信じてたわ。陽華ちゃん、明夜ちゃん・・・・・・」

「コングラッチュレーションズ! ハッピーエンドだね!」

「これぞヒロインって感じだね。おめでとう、朝宮さん月下さん。そして、ありがとう」

 陽華と明夜、イズが手を取り合った光景を見ていたシェルディア、光司、壮司、白麗、レイゼロール、ダークレイ、風音、ソニア、暁理はそれぞれの感想を述べた。

「ああ・・・・・・そう、ですか・・・・そういう・・・・結末に・・・・なりました、か・・・・・・」

 そして、当然というべきか、フェルフィズもその光景を見ていた。自然治癒は既に始まって来ているので、先ほどよりかは痛みは和らいだ。だが、依然フェルフィズは重傷だった。

「は、ははっ・・・・・・あの子の・・・・あんな笑顔は・・・・初めて・・・・見ました、ね・・・・・・」

 重傷ながらも、フェルフィズは小さく笑った。自身の計画が完全に破綻したというのに。その笑みは負け惜しみの笑みではなく、心からの笑みに見えた。まるで、フェルフィズは心のどこかではこのような光景を望んでいたかのようだった。

「っ・・・・・・ふん。主役の俺様が来る前に終わるとはな。何ともつまらんな」

 すると、シスたちが神殿最頂部にやって来た。シスの他にもレクナルやハバラナス、ヘシュナや光導姫や守護者、闇人なども。最頂部はかなり広い空間だったので大人数が入って来ても、全く問題はなかった。

「アオンゼウと少女たちが手を取り合っている・・・・・・これはいったいどういう状況だ?」

「何だ。もう戦いが終わってるのかよ。ちっ、急いできた意味ねえじゃねえか」

「うーん、色々とよく分からないけど・・・・・・何だかいい感じの雰囲気だね」

「これ、もう帰っていい感じ?」

 レクナル、冥、エルミナ、ノエがそんな言葉を漏らす。他の者たちも、戸惑い或いは戦いが終わっていた事に対する安堵、或いはその両者が混じったような様子だった。

「あー、まだ頭の中がぐわんぐわんしてやがる・・・・・・うぷっ、は、吐きそうだ・・・・・・」

 一方、感動的な場面だというのに我らが前髪野郎は口を押さえていた。やっとシトュウと零無とソレイユの声が止んだのだ。前髪は酷く頭の中を揺らされたような感覚と、酔ったような気分を味わっていた。

『ったく、お前は本当情けねえ奴だな。勝ったんだからもうちょっとシャキッとしろ』

「な、情けなくて悪かったな・・・・・・でも仕方ないだろ。この感覚はどうにもな・・・・・・」

 イヴに呆れられた影人は気持ち悪さを噛み殺すような顔でそう返答した。

「だがまあ・・・・・・まだ俺の仕事は終わってない。いつまでもこの感覚に振り回されるわけにはいかねえな」

 影人は軽く頭を振ると気持ちを切り替えた。未だに気持ち悪さは残っているがそれは無視する。

 影人の視線の先にいたのは鎖で拘束された男――この戦いの全ての元凶、忌神フェルフィズがいた。そう。まだフェルフィズとの決着がついていない。フェルフィズは今はまだ無力化されているに過ぎない。

「さあ・・・・・・今度こそ、俺たちの因縁も終わりだぜフェルフィズ」

 影人は冷たさと覚悟を宿した目でフェルフィズを見つめると、宿敵に向かって一歩を刻んだ。

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