第415話 真っ向勝負

「フッ・・・・・・!」

 イズが陽華と明夜に接近し大鎌を振るう。同時にイズは周囲に浮遊させていた2つの光刃を陽華と明夜に襲わせた。

「こんなものッ!」

「今の私たちなら!」

 陽華と明夜は大鎌を回避すると同時に、光刃を拳と杖の刃で迎撃した。結果、光刃は砕かれ、あるいは切断された。本来ならばイズの兵装である光刃にも概念無力化と超再生の力が備わっているはずだが、やはりなぜか光刃も再生しなかった。光刃は残骸となり地面に落下した。

「やはり再生しない・・・・・・全く訳が分かりませんね。アオンゼウの目を以てしても何も分からない。どういう絡繰ですか?」

「さあ!? 私たちにも全く分からないよ!」

「よく分からないけど、気合いとか愛とか勇気とかそんなものじゃないかしら!?」

 至近距離で大鎌を振い続けるイズの攻撃を避けながら、陽華と明夜はそう答えた。当たれば問答無用で死んでしまう死の斬撃の檻の中にいながらも、2人の顔に恐怖の色はない。あるのは、イズとの対話への想いだけだった。

「・・・・・・嘘ではないようですね。自身でも分からない力ですか。・・・・・・ふっ、私を本気で救おうとしている事といい、あなた達は面白いですね」

「「っ!?」」

 イズが小さく笑みを浮かべる。先ほどはイズが俯いていたため、イズの笑みを初めて見た陽華と明夜は驚いたような顔を浮かべた。そして、すぐに嬉しそうな顔になった。

「イズちゃんの笑顔初めて見たよ! 素敵な笑顔だね!」

「いい感じね! その調子で早く私たちに救われてちょうだい!」

「都合のいい事を言わないでください。私はまだあなた達に心を許したわけではありません」

 陽華と明夜の言葉にイズは少しムッとした顔になった。まだまだ表情は硬いが、それでも最初よりは明らかに顔に様々な感情の色が出てきていた。

「じゃあ、すぐにでも許してもらうね! もう残りの時間も本当にないだろうし!」

 イズの大鎌による攻撃を掻い潜りながら、陽華は蹴りを放った。輝く光を纏うその蹴りをイズは左腕で受け止めた。タイミング的にも避けられず、障壁も意味がないとなれば受け止める以外にイズに選択肢はなかった。攻撃を受け止めた事により、幾度目ともなる想いがイズの中に流れ込む。

「そうね! という事でイズちゃん! そろそろ対話ケンカは終わりにしましょう!」

「ぐっ・・・・・・」

 明夜も杖の刃を振るうと同時に、水と氷の腕を創造した。イズは明夜の杖の刃こそ大鎌の持ち手で受け止める事に成功したが、水と氷の腕の拳による打撃は受け止められず、両肩に打撃を受けた。両肩に装備されていた機械が壊れ、明夜と陽華の想いが再びイズの内に流入する。

「・・・・・・どうやったらただの攻撃であの障壁が壊せて、イズの概念無力化と超再生の力を持つ体にダメージを与えられるんだよ。つくづく主人公だなあいつらは・・・・・・」

 その光景を見ていた影人はどこか呆れたような顔でそう呟いた。自分で言うのもあれだが、色々と規格外な影人、シェルディアや白麗たちですら本当の意味でイズの体にダメージを与える事は出来なかったというのに、陽華と明夜は覚醒してよく分からない理屈で不可能を可能にした。そんなご都合主義を現実に引き起こす。それは間違いなく、物語の主人公の特権のような力だ。

『多分、光輝天臨で極限以上に高められた光の力とか浄化の力が関係してんだろうが・・・・・・具体的にどういう理屈なのかは分からねえな。お前も大概おかしいが、あいつらもおかしな奴らだぜ』

 光の女神であるソレイユの神力であるイヴですら、陽華と明夜に対してそんな評価を下した。

「朝宮さん、月下さん・・・・・・君たちはいつだって僕のちっぽけな想像を超えていくね。頑張って。君たちなら、絶対に明るい未来を勝ち取れるよ」

 光司は優しく暖かな顔を浮かべそう呟いた。陽華と明夜が放つ光は見る者全てに希望を与えてくれる。光司が抱いた思いは、この場にいる多くの者が抱いていたものだった。

「イズちゃん! 次の攻撃で私たちの全部の想いをぶつけるよ! 真っ向勝負の力のぶつけ合い!」

「出来れば逃げずにイズちゃんにも応えてもらいたいわね! そう簡単に死ぬつもりはないけど、真っ向勝負で負けたら死んでも悔いはないわ!」

 陽華と明夜が正面からイズに言葉をぶつける。何度も2人の想いを受けたイズには、その言葉が嘘ではないと分かっていた。

「バカですかあなた達は。敵である私がそんな提案に乗ると思っているんですか。駆け引きも何もない。バカですね。本当にバカだ」

 イズは呆れ切ったような顔でそう言った。バカという言葉に敏感な明夜はムッとした顔になる。

「ちょっとバカバカって言い過ぎじゃない!? 私たちはそんなにバカじゃないわ!」

「そうだよイズちゃん! バカなのは明夜だけだよ!」

「ちょっと陽華!?」

 まるで後ろから刺されたような衝撃を味わいながら、明夜が悲鳴を上げる。それはいつもの陽華と明夜のやり取りだ。しかし、この一種極限の状況でそのやり取りは酷く浮いたものに見えた。

「・・・・・・」

「あのバカ共・・・・・・状況分かってんのか・・・・・・」

「あ、あはは・・・・・・あ、朝宮さんと月下さんらしいね・・・・・・」

「うーん、ある意味大物だよねあの2人・・・・・・」

「ふふっ、本当面白い子たちね」

「ほほっ、愉快愉快」

「・・・・・・なぜ我はあんな奴らに浄化されたのだ」

「陽華ちゃん、明夜ちゃん・・・・・・」

「どんな時でも平常心。うん。あの2人は舞台に上がるのに1番必要な資質を持ってるね♪」

「はぁ、すっげえ・・・・・・いったい、どんな精神してるんだか」

「これだから光導姫は・・・・・・」

 そのやり取りを見たイズは絶句し、影人は頭を抱え、光司は引き攣ったような笑いを浮かべ、暁理は唸り、シェルディアと白麗は面白いといった様子で笑い、レイゼロールは呆れを通り越しそう呟き、風音は遠い目で2人の名を呼び、ソニアは逆に感心し、壮司はいっそ尊敬の念を抱き、ダークレイはどこか軽蔑するような目を陽華と明夜に向けた。

「ふっ・・・・全く・・・・おかし、な・・・・人間・・・・たち・・・・だ・・・・」

 そして、拘束され無力化されているフェルフィズも自然と小さく笑っていた。まだまだ全身には狂いそうな激痛が奔っているが、フェルフィズは既に狂っているし、長い生の中で痛みにもある程度は慣れている。ゆえに、瀕死の重傷を負いながらもフェルフィズには少し余裕の色があった。

「と、とにかくそういう事よ! 次に私たちは最大の攻撃をイズちゃんにぶつけるから! でも、死ぬとかはないからそれは安心してちょうだいね!」

「そうだね! それは本当に大丈夫だから!」

 流石にこれ以上いつものやり取りをするわけにはいかないと思ったのか、明夜がビシッとイズに人差し指を向けた。陽華も明夜の言葉に頷き笑顔を浮かべた。

「・・・・・・あなた達は本当に底なしのバカですね。仮に私がその提案を受けたとしても、私はあなた達を殺す攻撃を放ちますよ。すなわち、私の本体による最大級の攻撃を」

「もちろんいいよ! それがイズちゃんに放てる最大級の攻撃なら問題なし!」

「ええ! 最後にお互いのとびっきりの想いをぶつけ合いましょう!」

 陽華と明夜は二つ返事で頷いた。陽華と明夜もフェルフィズの大鎌がどれだけ危険な力を持っているかは知っている。その最大級の一撃となれば、高確率で死の危険があるだろう。もちろん、陽華と明夜も人間だ。死ぬのは怖い。今すぐに逃げ出したいという臆病な気持ちもないといえば嘘になる。

 だが、それでもそれ以上にイズに応えたい、イズを救いたいという気持ちが湧き上がってくる。甘過ぎると言われるかもしれないが、陽華も明夜も敵だからといって殺したり排除したりするのは嫌だった。意思があるなら、言葉が通じるなら、きっと分かり合えるはずだ。陽華と明夜はそう信じていた。

「・・・・・・いいでしょう。自信がなくて逃げたと思われるのも癪です。そこまで言うのならば、その提案に乗りましょう。ただし、あなた達以外の他の者たちが手出しする事はなしです。いいですね?」

 イズはチラリと白麗と影人に視線を移した。白麗は大鎌の状態を戻す力が、影人には死を弾く力がある。あの2人が干渉してくれば、イズは不利になる。まあ、干渉してこなければ逆にイズに有利過ぎるのだが。そこは駆け引きであり、イズがまだ陽華と明夜を敵と見ている事の証明でもあった。

「分かった! みんな、今から何があっても手は出さないで!」

「これから最後の真っ向勝負をするわ! 例え天地がひっくり返っても手出しは無用よ!」

 陽華と明夜が周囲の者たちにそう叫ぶ。その言葉を聞いた者たちは、その顔色を不安なものに、あるいは真剣なものに変えた。

「あらあら、あの子達・・・・・・そこまでの覚悟なのね。ならば、手出しは無粋ね」

「そうじゃの。戦士の覚悟は尊重しなければならん。相分かった。これより干渉はせんと誓おう」

 シェルディアと白麗が頷く。他の者たちも陽華と明夜の覚悟を感じ取ったため、反対の意見を述べる事は出来なかった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 ただ、光司と影人だけは互いにアイコンタクトを取った。2人とも互いに何を考えているのかは、それで伝わった。

「よし、じゃあ・・・・・・勝負!」

「これが・・・・・・最後の一撃よ!」

 陽華と明夜の体に纏う光が今までで1番の輝きを放つ。光輝天臨は全ての光導姫と守護者から力を集める事が出来る。事実、陽華と明夜は前回はそうやってレイゼロールを浄化した。

 だが、今回2人はその方法を取るつもりはなかった。前回、全ての光導姫と守護者から力を集める際に力を貸してくれた菲がいないという事も多少は関係はあるが、主な理由はそれではない。

 2人が他の光導姫や守護者から力を集めない主な理由。それは真っ向勝負であるという事と、イズに届ける想いが陽華と明夜、2人だけのものでなければならないからだ。真っ向勝負である以上、他の者たちから力を借りるわけにはいかない。そして、イズを救いたいと真に願っているのは、恐らく陽華と明夜だけだからだ。最後にイズに届ける想いは強い真っ直ぐな想いでなければならない。そうでなければ、イズは救えない。

「「汝の闇を我らが光に導く」」

 陽華と明夜が言葉を唱える。イズは闇に呑まれているわけではないので、この言葉は正確には適切ではないかもしれないが、これは陽華と明夜が光導姫としての最大の技を放つ際に必要な言葉だ。陽華は右手を、明夜は左手をイズに向かって突き出した。

「我が名はイズ。忌神フェルフィズが作りたもうた神器、フェルフィズの大鎌の意思なり。意思である我が我が本体に命ずる。全ての力を解放せよ」

 イズも大鎌を構えそう言葉を唱える。すると、フェルフィズの大鎌から闇色のオーラのようなものが発せられた。そのオーラのようなものは見る者に不吉なものを感じさせ、周囲の空気を揺らした。

 イズが唱えた言葉は、言葉通りフェルフィズの大鎌の能力を全て解放するもの。大鎌の攻撃の威力は劇的に上がるが、デメリットとして攻撃を終えた後に一時的に大鎌の能力が焼き切れる。つまり、オーバーヒートのような状態に陥る。相手には死を相殺出来る力を持つ影人がいる。ゆえに、イズは今までこの力を使わなかった。

 だが、イズは約束した。陽華と明夜の勝負に乗ると。互いに放つのは最大級の一撃。そのため、デメリットのある大鎌の全ての力を解放したのだった。イズは自分を本気で救おうとしている陽華と明夜に対して、敵であるはずなのになぜか嘘はつきたくないと思った。

「私たちの想いを光に乗せて――」

 陽華がそう言葉を唱えると、陽華の両腕のガントレットが光となって陽華の右手に宿った。

「私たちの力を光に変えて――」

 明夜がそう言葉を唱えると、明夜の右手に持っていた杖が光となって明夜の左手に宿った。

「製作者、申し訳ないですがまた生命力を借ります」

 イズは大鎌にありったけの生命力を流し込んだ。急に凄まじい生命力を吸い取られたフェルフィズは「ぐっ・・・・・・」と苦悶の声を漏らした。そして、生命力を吸い取った大鎌の刃が怪しく輝きを放つ。その輝きはこれまでで1番強いものだった。

 イズが意識したのは目の前の陽華と明夜を殺す力。死の一撃の力を極限にまで高める事だった。凄まじい生命力を流し込み、全ての力を解放した大鎌の闇色のオーラは、やがて黒いボロ切れを纏う骸骨のような形――それはまさに死神のような――に変化した。死神のオーラを背後に背負うイズは、美しも恐ろしい死の化身に見えた。

「「・・・・・・」」

「・・・・・・」

 陽華と明夜、イズは少しの間無言で互いを見つめ合う。互いに最大級の攻撃を放つ準備は出来た。陽華と明夜は全てを照らす光を放ち、イズは全てを死へと誘う闇を放つ。互いに目と目を合わせた陽華と明夜、イズは攻撃を放つタイミングを互いに理解した。

「「届け! 私たちの想い! 私たちの浄化の光よ! 行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」

「私という存在の全ての力を使ってあなた達を殺す! あなた達が真に私を救いたいなら! 私の全てを超えてみせなさい!」

 陽華と明夜が互いの両手を重ね、2人の手の先から全てを浄化する極限の光の奔流が放たれる。イズも大鎌を振り極限の死の斬撃を放った。斬撃は闇色の巨大な三日月状となり光の奔流に向かって飛ぶ。死神のようなオーラもその斬撃に追従した。

 互いに放たれた最大級の攻撃。極限の光の奔流と死神纏う可視化された黒い三日月状の斬撃。互いに放たれたそれは、やがて予定調和のように激突した。


 瞬間、凄まじい衝撃波が巻き起こった。


 ――境界が崩壊するまで残り約5分。

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