第414話 最終局面、忌神との決戦(2)

「がはっ、ごほっごほっ・・・・・・!」

 レイゼロールの姿を確認したフェルフィズは咳き込むと血を吐いた。内臓が潰れ、肺に折れた骨が刺さっているためだろう。全身に奔る激痛にどうにかなりそうになりながらも、フェルフィズはひどく冷静にそう考えた。

「詰みよ」

 崩れ落ちたフェルフィズをダークレイが見下ろす。近くにいた暁理、壮司、光司がフェルフィズにそれぞれの武器を突きつける。風音も光のフィールドを解除し式札に戻すと、式札ですぐにフェルフィズを攻撃出来るように式札をフェルフィズの周囲に展開させた。

「あらレイゼロール。来たのね。早速で悪いけど、この人形『終焉』で消してくれないかしら。超再生の力があるからどんなに壊しても再生するのよ。禁呪はかなり力を使うから使いたくないのよ」

「ふん。相変わらず他者の使い方が荒いな。・・・・・・だが、いいだろう」

 シェルディアにそう言われたレイゼロールは『終焉』を発動させると、全てを終わらせる闇を喜劇と悲劇の仮面人形に放った。シェルディアが直前で仮面人形から離れる。全てを終わらせる闇は再生中の仮面人形に触れ、仮面人形は闇に包まれ再生する事なくこの世界から姿を消した。これで、フェルフィズの手札は1枚消失した。

「ありがとう。サンドバッグにも飽きてきたところだったから助かったわ。さて、中々いい姿になったわね忌神さん。今まで1番素敵よ」

「そう・・・・です、か・・・・全く・・・・レイゼロール・・・・といい・・・・あなたと、いい・・・・酷いもの、だ・・・・」

 真祖化し変化した銀髪を揺らし、真紅の瞳で嘲るようにフェルフィズを見下ろしてくるシェルディア。そんなシェルディアに、フェルフィズはひどく弱々しい笑みを浮かべた。

「そうかしら? あなたに比べれば可愛いものだと思うけど。でも、まだ笑えるなんてけっこう余裕があるのね」

 シェルディアはニコリと笑うと、軽く撫でるように右手でフェルフィズの肩に触れた。瞬間、フェルフィズの肩部に新たに激痛が奔った。

「ぐっ!?」

 シェルディアに触れられた右の肩部の骨が粉々に砕け折れたのだ。結果、フェルフィズは右腕を動かす事が出来なくなった。

「弱っている者をいたぶるのは趣味ではないのだけれど、あなたは別よ。何度も好き放題にされた恨みもあるから」

「〜っ!?」

 シェルディアは続けてフェルフィズの左肩部に触れ、そこの骨も粉々に砕け折った。再びの気がどうにかなりそうな激痛にフェルフィズの顔が歪む。フェルフィズは左腕も動かす事が出来なくなり、両手の自由を奪われた。

「あなたはどんな状況からでも逃げてきた。だから、恨みを晴らすと同時に、あなたの体の自由も封じさせてもらったわ。もうあなたをどこにも逃がさず、何も出来ないようにするためにね。ふふっ、こういうの確か一石二鳥と言うのよね」

「いや、若干違うと思うけどね・・・・・・」

 シェルディアの言葉に暁理が軽く突っ込みを入れる。シェルディアは「あら、そう?」と暁理の指摘に軽く首を傾げた。

「まあ何でもいいわ。とにかく、これで私たちはいつでもあなたを殺せる。今度こそ本当に終わりよ」

「げほっげほっ・・・・・・! はは、それは・・・・どうですかね・・・・私は・・・・これでも・・・・悪運が強い・・・・方なんです・・・・よ・・・・・・」

 フェルフィズは再び弱々しく笑ってみせた。それは虚勢やはったりにしか見えなかった。

「ならば、『終焉』に触れてもお前が死なないか試してやろうか?」

 レイゼロールがフェルフィズに『終焉』の闇を放とうとする。しかし、シェルディアが待ったをかけた。

「まだダメよレイゼロール。忌神を殺すのは、私たちが彼の野望を砕いた光景を見せた後よ。そうでなければ、真に私たちの勝利とはならないわ」

「ふん、悠長だな。・・・・・・だが、お前の言う事も分かる」

 レイゼロールは闇色の鎖を創造すると、その鎖でフェルフィズを雁字搦めにした。鎖によってキツく縛られた事によって傷が更に痛み「うっ・・・・・・」とフェルフィズは顔を顰めた。

「取り敢えずはこれでいいだろう。フェルフィズ、死の前に刻め。我たちにお前が負けたという事実をな」

「は、はは・・・・そう、ですね・・・・私、も・・・・この戦いの・・・・結果、が・・・・分かる・・・・まで、は・・・・死ね・・・・ない・・・・・・」

 フェルフィズは冷や汗が滲む顔をもう1つの戦いの方に向けた。レイゼロールやシェルディア、その他の者たちもそちらに顔を向ける。 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「ふっ・・・・・・!」

 そこで繰り広げられていたのは、2人の少女と1体の武器の意思との戦いだった。陽華と明夜が気合いの込もった声を上げながら、拳と杖で攻撃を行う。イズは2人の攻撃を回避し大鎌を振るう。陽華と明夜も大振りなその一撃を回避する。

「・・・・・・加勢はしないのか」

「今はまだね。陽華と明夜が彼女・・・・・・イズを救おうと頑張っているから。でも、時間もないからイズを滅する事の出来る手段を持つ者・・・・・・例えば、レクナルなんかが来たら、すぐにでも加勢するわ。そして、イズを滅する。陽華と明夜にも既に伝えてあるわ」 

「・・・・・・そうか。だからあいつも見守っているわけか」

 レイゼロールが視線を陽華と明夜から外す。陽華と明夜がイズと戦っている場所から少し離れた場所。そこにはレイゼロールたちと同じように戦いを眺めている少年――影人がいた。『終焉』を発動しているため、影人の姿は金に黒のオッドアイに黒い長髪姿だった。影人は真剣でいて、どこか暖かで、澄んだような、不思議な目で戦いを見ていた。影人から離れた場所には、レイゼロールは知らないが和装の女――白麗もいた。

「ええ。もちろん事は一刻を争うわ。本当ならすぐさまにでも加勢して、符を亀裂に貼らなければならない。フェルフィズを無力化し、白麗の目もイズを見ているこの状況なら符を貼る事は出来るわ。そして、符を守る事も可能でしょう。それは、符を持っている影人も分かっているはずよ」

「・・・・・・だが、影人はそうしないか。なぜだ?」

 レイゼロールがその顔に疑問の色を浮かべる。シェルディアは「さあ? 私も明確な理由までは分からないわ」と言って軽く首を横に振った。

「でも・・・・・・きっとギリギリまで見届けたいんじゃないかしら。あの子達の戦いを。一瞬も目を逸らしたくないほどに。あの子達の想いを目と心に焼き付けたいと思いながら。なにせ、影人はずっとあの子達を見守ってきたから。影の守護者スプリガンとして」

「はい。きっと・・・・・・きっとそうだと思います」

 シェルディアの言葉に光司が頷く。影人はずっと1人で陽華と明夜を影から見守ってきた。時には敵を演じながら。その陽華と明夜が必死で敵であるはずのイズを救おうと頑張って戦っている。その姿に影人はきっと何かを感じているのだろう。光司はそう思った。

「いずれにせよ、まだ境界は崩壊し切ってはいない。イズを滅する力を持った者もまだ来ていない。だから、今は見守りましょう。それが、今の私たちに出来る事よ」

 シェルディアが真祖化した真紅の瞳を、陽華と明夜、イズに向けながらそう言葉を述べる。他の者たちもシェルディアの言葉に異論を唱える事なく、陽華と明夜、イズの戦いを見つめた。












「・・・・・・シトュウさん。聞こえるか」

 戦いを見守っていた影人はボソリとした小さな声でそう呟いた。シトュウとの目には見えない繋がりを意識した影人の言葉は、真界のシトュウの内へと届いた。

『はい。聞こえています』

「・・・・・・シトュウさんの事だから状況は大体把握してると思う。だから、単刀直入に聞くぜ。境界が崩壊するまで後どれくらいの時間がある?」

 シトュウの声が内に響くと影人はシトュウにそう質問した。今も室内ではあるが空間には亀裂が生じ続け、揺れも先ほどより大きくはないが続いている。正直、いつ境界が崩壊してもおかしくはない。

『そうですね・・・・・・多少前後はあるでしょうが、恐らく後20いや、15分といったところですね。時間はもう残されてはいません』

「そうか・・・・・・そいつは本当に猶予がないな」

 こちら側の世界とあちら側の間の境界が完全に崩壊するまでの時間は、影人が思っていた以上に残り少なかった。だが、影人の言葉には焦りのようなものは感じられなかった。

『・・・・・・その割には落ち着いている様子ですね。2つの世界の命運を託している身からすれば、もう少し焦ってほしいところなのですが』

「焦る事で問題が解決するわけじゃないからな。でも、シトュウさんの気持ちも分かる。・・・・・・安心してくれ。その時間がなくなるまでには亀裂に預かった符を貼る。最後の符をな」

 影人は外套のポケットからシトュウから託された符を取り出した。他の5つの亀裂は、他の者たちが符を貼ってくれたおかげで全て安定した。後はこの場所の亀裂に符を貼れば、シトュウと零無が亀裂に干渉する事ができ亀裂は安定する。そうすれば、境界の崩壊を抑える事ができ、2つの世界の融合を止められる。それが、影人たちにとっての勝利だ。

『・・・・・・世界と世界の命運が懸かっているとは思えないほどに悠長ですね。符を貼れる事の出来る状況ならば、すぐにでも符を貼ってください』

 シトュウは少しだけキツい口調で影人にそう言った。シトュウの言葉は全く間違いのない正論だ。だが、影人は戦いを見つめ続けながらこう言葉を返した。

「ああ・・・・・・分かってる。分かりすぎてるほどに分かってる。だけど・・・・・・もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ。今貼っちまえば・・・・・・それは、あいつらに対する裏切りになるんだよ。俺が符を貼るのは、あいつらがイズを救った後。そこなんだ」

 いま符を貼るという事は、影人が陽華と明夜を信じていないという行為に他ならない。陽華や明夜、他の者たちがそれは違うと言っても、他ならない影人がそう思うのだ。

『・・・・・・あなたの言っている事がよく分かりません。あなたの考えと世界、天秤にかけるまでもないと思いますが』

「そうだな。だけど、俺もこれだけは譲れない。ずっとあいつらを見続けてきたスプリガンとして、これだけは譲っちゃいけないんだ」

 それが影人のスプリガンとしての考えだった。きっと、これは影人にしか分からない感覚だ。

「だが、そうは言ってもやっぱり大事なのは世界の方だ。だから、本当にギリギリなったら符を貼るって言ったんだよ」

『・・・・・・信じてもいいのですね?』

 影人の意見を聞いたシトュウはただ一言、影人にそう問うた。

「ああ。俺にも2つの世界を守る理由があるからな。信じてくれ。絶対に境界が崩壊するまでには符を貼る」

『・・・・・・分かりました。では、そうしてください。しかし・・・・・・あなたは本当に自分の考えを貫き通しますね。よく言えば一途ですが、悪く言えば頑固で傲慢です』

「ははっ、そうだな。でも、それが俺だ。帰城影人って人間だ。悪いが、この気質だけは多分一生変わらないな」

 影人は軽く笑った。境界が崩壊するまで残りの時間は後15分ほどしかないというのに、強がりでも何でもなく自然と笑えるその精神。その精神が帰城影人という少年の精神の強さ、あるいは異常性を示していた。

「そして、多分あいつらの気質もな」

 影人の視線の先にいたのは当然と言うべきか、陽華と明夜の姿だ。あの2人のお人好しなところや希望を捨てない心といったところなども、恐らくは生涯不変だろう。影人はほとんど確信に近いものを抱いていた。

「・・・・・・頑張れよ。朝宮、月下。お前らなら・・・・・・きっと大丈夫だ」

 そして、影人は小さくそう呟き、陽華と明夜を見守り続けた。












「光輝の炎よ! 激しく燃え上がれ!」

「光輝の水よ! 優しく包み込め!」

 陽華と明夜がそう声を上げると、光り輝く炎と水がイズに向かって迫った。イズはその炎と水を大鎌で切り裂いた。その瞬間、陽華と明夜がイズに接近し拳と杖の刃による攻撃を繰り出す。

「っ・・・・・・」

 イズは咄嗟に障壁を展開した。陽華の拳と明夜の杖の刃が、概念無力化と超再生の力を持った障壁に阻まれる。いくら光輝天臨してパワーアップしたといっても、この障壁を破る事は今の陽華と明夜でも不可能に思われた。事実、2人の攻撃は何度もこの障壁に阻まれていた。

「出たね絶対防御バリア! だけどッ!」

「今までは破れなかったけど、この世に絶対はないのよ! 1回でダメなら2回! 2回でダメなら3回! 3回でダメならそれ以上! やり続ければッ!」

 陽華は拳を、明夜は杖の刃を障壁に押し込み続けた。2人は想いを高め続けた。イズを必ず救うという思いを。その思いは紛れもなく正の感情だ。その想いは2人の力を引き上げる。どこまでも、どこまでも。限界を超えて。そして、影人が見守ってくれているという事実。その2つの要因が、陽華と明夜が纏う光を更に輝かせる。

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」」

 そしてその結果、奇跡は起きた。不可侵のはずの障壁にどういうわけかピシリとヒビが入る。ヒビはどんどん増え細かくなり――


 ――障壁は粉々に砕かれた。


「なっ・・・・・・」

 そのあり得ない光景にイズが大きく目を見開く。陽華と明夜の攻撃はそのままイズの体に向かった。障壁が突破されたという事実に呆然としていたイズは、その攻撃をモロに受けた。

「がっ・・・・・・」

 次の瞬間、凄まじい打撃と刺突がイズの体に刻まれた。同時に、イズの内側に陽華と明夜の想いが流れ込む。その想いは前に流れ込んできた想いよりも遥かに強かった。イズは後方へと吹き飛ばされた。

「どう!? イズちゃん! 想いの力に不可能はないんだよ!」

「そうよ。だから、世界も救ってイズちゃんも救う。これも不可能じゃないわ!」

 陽華と明夜が明るい顔でそんな言葉を放つ。2人も境界が崩壊するまでの時間は本当に少ないという事は分かっている。だが、陽華と明夜も影人と同じく、この状況で強がりでも何でもない明るい顔を浮かべられる。どんな状況でも決して諦めない。その精神は本当に、本当に稀有なものだった。そして、まごう事なき2人の強さだった。

(・・・・・・死の力でも何でもない、ただの人の想いを乗せただけの攻撃でアオンゼウの障壁が破られた。それに、この体も再生が始まらない。完全にあり得ない状況だ。おかしい。訳がわからない)

 イズは損傷した自身の体を見下ろしながらそんな事を思った。だが、イズの中に理不尽感はなかった。あるのはただ純粋なる疑問。不可能を可能にしてみせた、陽華と明夜に対する興味。そして、体の奥から湧き上がるようなワクワクとした未知の気持ち。

「なるほど・・・・・・これが面白いといった感情ですか」

 顔を俯かせながら、小さく、本当に小さくだが、イズの口角が上がる。意外だった。まさか無機質なはずの自分にこんな感情があるなんて。知りたい。もっと自分の事を。色々な感情を。感情を引き起こす様々な事象を。

「私にも心があった・・・・・・製作者や帰城影人、あなた達が言っていた事は正しかった。分かっていなかったのは、私だけだった。・・・・・・ふふっ、滑稽ですね。この思いが自嘲ですか」

 先ほどよりも口角が上がった気がした。イズは顔を上げ自分に心というものがあると気づかせてくれた相手を、陽華と明夜を見つめた。

「もっと、もっと教えてください。私に、私というものを!」

 イズはどこか吹っ切れたような顔で大鎌を構えた。そして、2人に向かって一歩を刻んだ。


 ――境界が崩壊するまで残り約10分。

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