第412話 イズの心

「さあ、行くよイズちゃん!」

「私たちは世界の前にあなたを救うわ!」

 光輝天臨した陽華と明夜が各々の武器を構える。すなわち、陽華は赤と白が混じったような輝きを放つ両手のガントレットを、明夜は青と白が混じったような輝きを放つ杖を。

「はあッ!」

 陽華が自身の肉体を強化する光をその身に纏う。光と影人の闇を纏った陽華は、翼を大きな光の輪に変化させると地を蹴った。光と闇の身体強化に、光輝天臨による全体的な能力の大幅な上昇、更に影人の『加速』の力。その結果、陽華は超神速の速度で一気にイズとの距離を詰めた。

「っ、私に近づくな!」

 イズは周囲に浮いている2つの砲身で、至近距離から陽華に破滅の光を放った。だが、陽華はその光を拳で弾いた。

「なっ・・・・・・」

 概念無力化の力を持った光を拳で弾く。そのあり得ない光景に思わずイズは驚愕した。

「ごめん! 拒絶されても私たちは諦めないよ! 何の罪もないイズちゃんを倒して終わりだなんて、そんな結末は嫌だから!」

「それはあなた達のエゴだ! 自身のエゴのために私を巻き込むな!」

 イズは湧き上がる何か――イズはそれをまだ感情とは認めていなかった――のままそう叫び、左の蹴りを放った。陽華はその蹴りを右腕で受け止めた。

「分かってる! イズちゃんを救いたいっていうのは私たちの我儘! だけど、それでも! 私たちは諦めない! 死んじゃったら全部そこで終わりだから!」

 陽華はイズの足を振り払うと、両手に光り輝く炎を纏わせた。その光は光臨した陽華が纏っていた炎よりも、なお輝いていた。

「私は生物ではない! 私はただの物に宿っただけの意思! 例え私が消えたとしてもそれは死ではない!」

「死だよ! 永遠にイズちゃんっていう存在が消えるならそれは間違いなく死だよ! 死ぬのは悲しいことだよ!」

 陽華のガントレットの甲にある装置が開き、その中にあった無色の玉が陽華の拳に纏われていた輝く炎を吸収する。炎を吸収した玉は赤と白の混じった輝きを放つ。ガントレットも赤と白の混じった眩い輝きを放つ。陽華はその光り輝く拳をイズへと放つ。避け切れないと判断したイズは障壁を展開した。超再生の力があるアオンゼウの器ならば、陽華の拳を受けてもすぐに修復され問題もなかったが、イズは陽華の想いが乗せられた拳を受けたくはないと思ってしまった。陽華の拳は障壁に阻まれる。

「黙れ! あなた達の勝手な理屈を私に押し付けるな!」

 障壁を解除したイズは、背部の魔法陣から大量の機械の剣を呼び出した。その数はおよそ数百本。その剣たちが一斉に陽華に襲い掛かる。

「だから対話したいのよ! 互いを分かり合うために!」

 だが、その直前で明夜が光り輝く水と氷の魔法を放ち、機械の剣たちから陽華を守った。明夜は続けて10条の光り輝く水と氷の奔流を、イズに向けて放った。

「ふん、対話がしたいと言いながら、あなた達は私を攻撃しているではありませんか。矛盾も甚だしい!」

 イズは翼と背部のブースターを使い後方に飛びながら、大鎌で明夜の放った水と氷の奔流を切り裂いた。

「戦いも対話の1つよ! 今は言葉だけじゃ足りないから! 戦いを通して、私たちの想いをあなたにぶつけているのよ!」

「そうだよ! だから、この戦いの中でイズちゃんも私たちにぶつけてきて! イズちゃんの想いを! イズちゃんの心を!」

 明夜が水の女神と氷の女神を創造する。水の女神は輝く水の息吹を、氷の女神は輝く氷の息吹をイズに放つ。陽華も宙に浮かび、光り輝く炎纏う蹴りをイズに放つ。イズは再び障壁を展開し、陽華と明夜の攻撃を防いだ。

「っ・・・・・・私に、私に心などッ!」

 障壁を解除したイズは、自身の中から湧き上がる思いと衝動、そして大鎌と繋がっているフェルフィズの生命力を大鎌に流し込んだ。

「そんな生物のようなものが、人のようなものが私にあるはずがないッ!」

 大鎌の刃が怪しく輝く。イズは自分を乱す陽華と明夜を認識し大鎌を振るおうとした。

「だから無駄じゃよ」

 ずっとイズに注意を払っていた白麗の瞳に再び複雑な魔法陣が刻まれる。白麗がその目に映したのは、先ほどと同じくフェルフィズの大鎌。結果、白麗の妖術が発動し、大鎌は5秒前の状態に戻りその輝きを失う。

「っ、『破絶の天狐』・・・・・・!」

「妾が目を光らせている内はお主の好きにはさせんよ。さあ、隙は作ってやったぞ」

 イズが白麗を睨む。白麗はイズの目線を受け流すかのように笑うと、その視線を陽華と明夜に向けた。

「あるよ! イズちゃんには心がある! だってあなたは私たちの言葉に反応しているから!」

「心がないなんて事はないのよ! 心があるなら想いは届く! 伝えられる!」

 陽華は白麗が作った隙を使ってイズの体に右の拳を叩き込んだ。明夜も陽華が避けた後に、輝く水の奔流をイズへと当てた。障壁を展開する前に陽華と明夜の攻撃を受けたイズは、水流によって後方へと飛ばされ壁へとぶち当たった。

「くっ・・・・・・」

 超再生の力によって陽華に殴られた胴体部、明夜の水流によって損傷した各部位を即座に修復したイズは、左手で軽く胸部を押さえた。傷は治ったが、2人の攻撃から流れて来た想いが、イズの中を更に騒つかせ掻き乱す。イズは理解してしまった。陽華と明夜が本気でイズを救おうとしている事を。

(何だ。なぜ私はそんな事を理解してしまった。あの2人の光導姫の攻撃に想いを対象・・・・・・私に伝える効果があったのは間違いない。だが、それでも想いを受容するが私の中になければ、その効果は意味を持たない・・・・・・)

「・・・・・・バカバカしい。その何かが、心だというのですか・・・・・・」

 イズは気づけば肉声でそう呟いていた。無機質な武器の意思である自分に、心などという機微があるはずがない。考えなくてもわかる事だ。無機質なモノに宿ったモノは無機質なだけの意思。それが当然の摂理だ。

 だが、イズの中には今も何かが湧き上がり続けている。掻き乱されている。感じている。摂理に反するような何かが。

「・・・・・・分からない。私は、私はいったい・・・・・・」

 イズはふらりと立ち上がった。イズの顔には初めて見える色が、苦悩の色があった。

「イズちゃんはイズちゃんだよ。でも、自分が何なのかなんて分かる人は少ないと思う。だけど、それは何も悪い事じゃないよ」

「これから知っていけばいいの。そうすれば、きっと分かるわ」

 陽華と明夜は優しい顔でスッとイズの方に向かって手を伸ばした。2人とイズの距離は離れているため、もしイズが手を伸ばしてもイズは2人の手を掴む事は出来ない。それでも2人はイズに手を伸ばす。最初と同じように。それは陽華と明夜の考えが、イズを救うという考えが変わっていないという事の証明だった。

「だから、これから一緒に知っていこう、イズちゃん。あなたの事を。ううん。イズちゃん自身の事だけじゃない。嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、腹立たしいこと・・・・・・色々な事を知っていこう。大丈夫。もし分からなかったり、戸惑ったり、怖かったりしても私たちが支えるから」

「困っている時に助けるのが友達よ。イズちゃん、私たちは何度でも言うわ。私たちはあなたを救いたい。あなたと友達になりたい」

 どこまでも暖かで優しく、寄り添うような陽華と明夜の言葉。その言葉を、いや言葉に込められた2人の想い受けたイズは、少しの間放心したように陽華と明夜を見つめた。

「・・・・・・私は・・・・・・私は・・・・・・」

 イズは内から湧き上がって来るものが、今までの中で最大限に高まっているのを感じた。イズは気づけば無意識に、無意識にその右手を伸ばし――


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


 しかし、イズが右手を伸ばす前に世界が大きく揺れた。

「うわっ!?」

「地震!?」

「っ、こいつは・・・・・・!?」

 陽華、明夜、影人が驚いたように声を上げる。3人以外の者たちも激しい揺れにその顔色を変えた。

「くくっ、最終段階へ移行したというところですね。境界が崩壊するまで、あとほんの少しだ」

 その揺れに対し、ただ1人笑っていたのはフェルフィズだった。揺れと同時に加速度的に広がっていく空間のヒビ。いよいよ、2つの世界の境界が完全に崩れ去ろうとしていた。それはフェルフィズの勝利が目の前まで迫っているという事でもあった。

「いつまで余裕のつもりかしら?」

「てめえはさっさと死ねよ」

 そんなフェルフィズに対し、真祖化したシェルディアが喜劇と悲劇の仮面人形を粉微塵に切り刻み、一緒で距離を詰める。影人も神速の速度でフェルフィズに距離を詰めると、終焉の闇を纏う蹴りをフェルフィズに放った。

「っ、やらせません・・・・・・!」

 だが、その前にイズが神速の速度でフェルフィズの元に駆け付けた。イズは障壁を展開しフェルフィズを守った。シェルディアは影纏う爪撃を放ったが、障壁に阻まれる。『終焉』を纏う影人の蹴りは障壁を突破する事に成功したが(死の概念が適応されないのはあくまでイズの体だけ)、影人の蹴りはイズが直接左腕で受け止めた。イズはシェルディアと影人を追い払うように大鎌を振るう。2人は一旦後方に飛んだ。

「おっと、危ないところでした。ありがとうございます、イズ」

「いえ・・・・・・」

 感謝の言葉を述べるフェルフィズに、イズはただそう言葉を返した。

「本格的に時間が少なくなって来たようね。もう一刻の猶予すらないわ。影人、あなたなら分かっていると思うけど・・・・・・」

「・・・・・・ああ。イズを救う前に境界が崩壊したら終わりだ。あいつらには悪いが、そろそろ決めなきゃならない。・・・・・・イズを殺すかどうかを」

 だが、問題は肝心のイズを殺す手段がこの場にはない事だ。影人の全てを終わらせる『終焉』も、魂に死を与える『世界』もイズには効かない。影人が冷たさの中に少しの苦悩を伴った声で言葉を述べた時だった。影人の中にソレイユの声が響いた。

『影人!』

(っ、ソレイユか。どうした。時間がないって事なら分かってるが・・・・・・それとも、他の亀裂で動きがあったか?)

 フェルフィズとイズに気取られぬように、影人は内心でソレイユにそう聞き返した。

『はい! 朗報です! 各地の5つの亀裂が安定しました! 残るはあなた達のいる亀裂、日本の亀裂だけです! 今、レールや各地で戦っていた者たちがあなた達のいる場所に向かっています! ついでに、全世界で暴れていた機械人形たちもその数は後少しといったところまで減らせています! だから、後はあなた達がいる亀裂さえ安定させれば、私たちの勝利です! ただ急いでください! 今シトュウ様から念話がありましたが、時間はもう本当に残されていません!』

「っ、そうか。分かった」

 ソレイユからの報告を聞いた影人の口元がほんの少し緩んだ。確かに朗報だ。絶望の中にあってもまだ希望はなくなってはいない。

「聞けお前ら! ここ以外の亀裂は全部安定した! 後はここだけだ!」

「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」

 影人はこの場にいる味方たち全員に聞こえるように、大声でそう言った。影人の言葉を聞いた陽華、明夜、暁理、ソニア、風音、光司、壮司、ダークレイは影人の言葉に顔色を変える。シェルディアと白麗だけは特に驚いた様子もなく「あら、なら頑張らないとね」、「そうじゃの。シスあたりにバカにされても嫌じゃしの」とそんな反応を示した。

「援軍も来るが時間はない! だから、朝宮に月下! お前らも急げ! 残りの時間的に、援軍が来たらイズを滅する手段を取らなきゃならない! それが嫌なら無理やりにでもイズの奴を救え!」

「っ、うん!」

「分かったわ!」

 影人からそう言われた陽華と明夜は頷くと、イズに視線を向けた。

「イズちゃん! 私たちはあなたを失いたくない! だから応えて! あなた自身の本当の心に!」

「イズちゃん、あなたはもう分かっているはずよ! 自分に心があるって! あなたの心は、本当に破滅を望んでいるの!?」

 陽華と明夜はイズに言葉を掛け続ける。イズは2人の言葉を振り払うように首を横に振った。

「黙れ黙れ黙れ! 私にそんなもの! 例え、例えあったとしても私は製作者の道具だ! 道具に心など不要! 私は、私の存在意義は製作者に従う事しかない! 私を惑わすな光導姫!」

 イズは何度目にかなる行為、すなわち自身の本体である大鎌に生命力を流し込んだ。イズが認識するものは変わらない。目障りな2人の光導姫、陽華と明夜だ。大鎌の刃が怪しく輝く。イズは殺す対象として、陽華と明夜までの距離を意識し、大鎌を振るおうとする。

「だから無駄じゃ。学ばん奴じゃの」

 白麗も何度目にかなる行為、独自妖術「流転の逆」を使用しようとした。白麗の白銀の瞳に複雑な魔法陣が刻まれる。後は対象を認識すればいいだけだ。それで対象は5秒前の状態に戻る。

「いえいえ、しっかりと学んでいますとも」

 白麗の言葉にフッと笑ったのはフェルフィズだった。フェルフィズは白麗に向かって投擲すれば加速するナイフ型の神器を放った。

「っ・・・・・・」

 白麗の意識が一瞬ナイフの方に向かう。白麗はナイフを目に映し認識してしまった。結果、流転の逆が発動してしまいナイフはフェルフィズの手元に戻った。

「あなたのその術は対象を目で認識する事で発動する。ならば、術が発動するタイミングであなたの認識を逸らせばいい。ただそれだけの事です」

「貴様・・・・・・」

 白麗がフェルフィズを睨んだ。その間に流転の逆で状態を5秒前に戻されなかったフェルフィズの大鎌は、絶対不可避の死の一撃と放たれた。

「やらせるかッ!」

 しかし、影人は既に陽華と明夜に対し『世界端現』の力を使用していた。陽華と明夜に死を弾く影闇が纏われる。結果、2人は斬撃こそ受けてしまったが死ぬ事はなかった。

「ぐっ・・・・・・」

「くっ・・・・・・」

 だが、斬撃は深かった。陽華と明夜は光輝天臨の神々しい衣装を血に染め、苦悶の顔を浮かべた。

「朝宮、月下!」

 影人は2人に回復の力を使おうとした。だが、その前にイズが魔法陣から大量の機械の剣、機械人形、端末装置を呼び出し、無差別に影人たちに攻撃を仕掛けてきた。

「っ、邪魔だ!」

 影人は一旦回復の力の行使を諦め、『終焉』の闇で機械の剣や端末装置、機械人形を無力化した。その間にイズは、損傷し弱っている陽華と明夜との距離を詰め、2人に大鎌を振るおうとした。

「ダメよ。この子たちも私のお気に入りなんだから」

 だが、真祖化したシェルディアが大鎌の持ち手を掴み、陽華と明夜への攻撃を阻止した。シェルディアはそのままイズの腹部を蹴り抜いた。

「ぐっ、吸血鬼・・・・・・邪魔を・・・・・・」

 蹴り飛ばされたイズは翼とブースターを使って慣性を無理やり相殺した。凄まじい負荷が掛かったが、アオンゼウの体ならば損傷はない。例えあったとしてもすぐさま修復される。

「大丈夫かしら陽華、明夜?」

 シェルディアは陽華と明夜に触れ自身の生命力を流し込み、2人の傷を癒した。

「う、うん。ありがとうシェルディアちゃん」

「本当に助かったわ」

「いいのよ。それより、気張れる? 時間はもう本当に残されていない。イズを殺す事の出来る手段を持つ者がこの場に合流すれば、悪いけど私はその手段、イズを殺す手段を取るわ。あなた達には悪いけど、私にとって今1番大切なのは、影人と過ごす何気ない日常だから」

 シェルディアは自身の本音を述べながら、陽華と明夜にそう問うた。2つの世界の破滅的な混乱か、ただの武器の意思。両者を天秤にかけた場合、シェルディアは何の迷いもなく後者を、イズを切り捨てる。当然だ。シェルディアはイズに対して何の思い入れもない。むしろ、思い入れもないのに本気でイズを救おうとしている陽華と明夜の方が、異常と言えば異常だった。

「っ、うん! 私たちは最後の最後まで諦めないよ! 絶対に、絶対にイズちゃんを救うんだッ!」

「倒して終わりなんて目覚めが悪すぎるもの! 世界もイズちゃんも両方救うわ! 何が何でも絶対に!」

 だが、陽華と明夜は即座にそう答えた。その答えを聞いたシェルディアはフッと笑った。

「それでこそよ。頑張って陽華、明夜。私も、出来ればあなた達が切り開く明るい終わりを見たいわ」

「任せて! 絶対にしてみせるよ! 全部を掴み取るハッピーエンドに!」

「そうよ! ハッピーエンド以外認めないんだから!」

 心に灯る不屈と希望の正の感情が、陽華と明夜の力を強める。陽華は右の拳を、明夜は左の拳を互いに相手の拳に触れさせた。

「やるよ明夜! これが最後! 絶対にイズちゃんを救う!」

「ええ陽華! 救うわよ! あの子を!」

 誓いを交わした陽華と明夜がその身に光を纏う。それは人の想いの光。陽華と明夜の、イズを必ず救うという心の光だった。


 ――第6の亀裂を巡る戦い、忌神との決戦は最終局面へと至った。

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