第405話 亀裂を巡る戦い(6)

「ギョア!」

 第6の亀裂、日本。忌神の神殿内。奇怪な鳴き声を上げながら大きな鉤爪を振るって来た生物――頭部が鳥で、体が筋肉質な人間のような奇妙な姿――に対し、壮司は大鎌を振るった。大鎌はその生物の頭を刎ねる。ドサリと重い音を立てながら、首が落ちた。

「ふぅ、終わりか。しかし・・・・・・けっこう登ってきたが、まだまだ先は長そうだな」

 大鎌を下ろした壮司が軽く息を吐く。1階で蠍のような怪物を倒し、壮司たちは最低でも10回は階層を登った。その度に怪物のようなモノを倒してきたのだが、最上階と思われる場所にはまだ辿り着かない。

「・・・・・・本当、面倒くさいわね。ねえ、あんた。まだショートカットの方法は思いつかないの?」

 ダークレイが不機嫌そうに影人にそう聞く。影人はスプリガンの金の瞳をダークレイへと向けた。

「・・・・・・一応は思いついた。要は、この建物を壊し切らなきゃいいんだろ」

 影人は天井を見上げ、スッと右手を上に伸ばした。そして、頭の中で円をイメージする。

「解放――『終焉』」

 同時に影人は『終焉』の闇を解放した。影人の姿が変化し、体から全てを終わらせる闇が噴き出す。影人は『終焉』の闇を頭の中で描いた円に合わせるように、天井に向かって『終焉』の闇を放出した。

 放出された闇は天井を形作る物質を綺麗に穿った。『終焉』の闇は触れたモノだけを終わらせる。周囲を余計に破壊する心配はない。影人は変わらず円をイメージしながら闇を放出し続けた。その結果、闇は円柱上に昇っていき、次々と階層の天井を穿っていった。そして、やがて星の光が見えた。

「・・・・・・取り敢えず成功だな。後はこの穴を使って上まで行けばいい」

 右手を下ろした影人が、黒と金に変化したオッドアイをダークレイの方に移す。綺麗に開いた穴を見上げていたダークレイは「ふん」と顔を下ろした。

「思いついてたならさっさとやりなさいよ。グズね、あんた」

「・・・・・・口の悪さだけは天下一品だな。てめえも1回この闇に触れさせてやろうか」

 ピクピクと唇の端を引き攣らせながら、影人はそう言った。どう考えても、ここで罵倒の言葉を受ける謂れはない。あまりにも理不尽である。

「うわー凄い。綺麗に穴が空いてる。ありがとう帰城くん!」

「ダンジョンを裏技で攻略するのは賛否あるけれど、今回は仕方ないわよね」

「ロングヘアーの帰城くんも格好いいよね。美しさと凛々しさが際立っているというか」

「あ、分かる。影くん意外と女装とか似合う系だよね♪」

「うーん、影人が女装か・・・・・・僕は絶対悍ましいと思うけどね」

「光司くん・・・・・・私が知らない間にいったい何が・・・・・・」

「ははっ、本当賑やかだねえ」

 陽華、明夜、光司、ソニア、暁理、風音、壮司もそれぞれ感想を漏らす。その騒がしさに影人は苛立つのもバカらしくなり、やがて大きく息を吐いた。

「はぁー・・・・・・やめだ。お前への苛立ちも全部フェルフィズの野郎にぶつけりゃいい話だしな」

 完全に八つ当たりだが、フェルフィズは諸悪の権化だ。これくらいの苛立ちをプラスしても別にいいだろう。影人はそう考えた。

「そうね。私もあんたのグズっぷりに苛ついたから、それを外道な神にぶつけるとするわ」

「・・・・・・てめえ、やっぱり1回死ぬか?」

 影人は再び唇の端を引き攣らせた。










「・・・・・・覚悟はいいかお前ら。魔王・・・・・・まあもっとタチが悪いが、裏ラスボス共に挑む覚悟はよ」

 数分後。影人たちは最上階の大きな扉の前にいた。『終焉』を解除した影人は巨大な闇色の鳥を創造し、皆をその鳥の背に乗せ、最上階に至ったのだった。

「うん!」

「当然」

「はい」

「オールライト♪」

「ちゃんと出来てるよ」

「愚問ね」

「守護者として、またこの世界に生きる者としての使命を果たすよ」

「ここまで来たらやるしかねえよな」

 影人の確認に、陽華、明夜、風音、ソニア、暁理、ダークレイ、光司、壮司が頷く。影人は自身も最後に頷くと、扉を開けた。

 扉が開かれた先は広大な広間になっていた。明らかに今までの階層にあった空間よりも広い。最上階だけわざと広く作ってあるのだろう。

「――全く、せっかく用意していた仕掛けの数々が無駄になりましたよ。まあ、君が何らかの方法で近道をしてくるのは予想していましたがね」

 影人たちが広間に入るとそんな声が響いた。それは男の声だった。それは影人が幾度となく聞いた声。そして、いま影人が最も憎む者の声だ。

「ようこそ影人くん。そして、光導姫と守護者、闇人。私の、忌神の神殿へ。さながら、あなた達は世界の危機に立ち向かう勇者といったところでしょうか。初めましての方ばかりなので自己紹介を。私の名はフェルフィズ。物作りを司る、ただのしがない神です」

 コツコツと靴音を立てながら影人たちの前に姿を現したのは、若い男だった。男にしては少し長めの黒髪に、薄い灰色の目。一見すると穏やかな雰囲気のその男は、しかしその内に世界を破滅させるほどの狂気を秘めている。フェルフィズはニコリと笑い影人たちにそう挨拶した。

「そして、もう1人。これから君たちと戦う、私の最高傑作をご紹介しましょう。イズ」

 フェルフィズが自分の斜め背後に体を向け、そう呼びかける。すると、少女の姿をしたモノが現れた。光沢感のあるプラチナホワイトの髪に、スクール水着のようなピッタリとした服。周囲が水色で中心が赤色という変わった目の色。異世界の魔機神、アオンゼウの器に宿った「フェルフィズの大鎌」の意思、イズは影人たちを見据えると口を開いた。

「イズです。これからあなた方の命を奪う者です。見知りおきは結構です」

 イズは無感情にそう言い放った。無慈悲な殺人宣言を受けた影人たちだったが、しかし顔色を変えた者は誰1人としていなかった。

「おお、こいつは思ってた数倍の美少女さんだ。しっかし、随分と冷たいご挨拶だな。あんたがフェルフィズの大鎌の意思だっていうなら、俺とはそれなりの付き合いがあるはずだろ。なら、もうちょっと優しい言葉を掛けてくれてもいいんじゃねえか?」

 壮司はヘラリとした顔でイズにそう言った。壮司の言葉を受けたイズは興味なさげに、壮司を一瞥した。

「案山子野壮司・・・・・・確かに、私の本体は少しの間あなたと共にありました。ですが、それだけです。あなたに対する思い入れなど微塵もありません」

「辛辣だねえ。残念、フラれちまったよ」

 壮司はヒョイと肩をすくめた。すると、陽華と明夜が一歩前に出た。

「初めましてイズちゃん。私は光導姫レッドシャイン」

「同じく、ブルーシャインよ」

 陽華と明夜が自分たちの光導姫名を名乗る。イズは変わらず興味のなさそうな目を、陽華と明夜に向けた。

「・・・・・・あなた達の事は知っています。レイゼロールと戦っていた光導姫ですね」

 本体の記憶からイズは陽華と明夜の事を知っていた。イズに認識された陽華は「そっか。私たちの事、知ってくれてたんだね」と小さく笑った。

「イズちゃん、私たちはあなたと戦いに来たわけじゃないの。私たちは・・・・・・あなたを救いに来たの」

「ほう・・・・・・」

「? 私を救う・・・・・・? いったい何を言っているのか理解できません」

 陽華の言葉を聞いたフェルフィズは興味を示したような顔になり、イズは首を傾げた。

「イズちゃん、あなたも世界を滅茶苦茶にしたいの? どうしてもそうしたい理由があるなら、私たちは止めない、いや止めきれないわ。でも、あなたがフェルフィズに従ってるだけなら・・・・・・私たちはあなたと話がしたい。私たちはあなたをただ敵としたくないの」

 明夜が真摯な様子で言葉を述べる。明夜の言葉に続くように陽華はこう言った。

「イズちゃん、意思があるならきっとどんなものだって、自由に生きていいの。やりたい事をやってみたり、それがなかったら探せばいい。意思があるって、生きるって多分そういう事なんだと思う。だから、あなたも」

 陽華はスッと差し出すように右手をイズに向ける。明夜も差し出すように左手をイズに向けた。

「イズちゃん、私たちはあなたと戦いたくない。倒したくない。だから、話をして友達になろう」

「きっと案外に楽しいわよ。この世界は」

 2人が差し出した手は友好を結ぶためのものだった。陽華と明夜が「救う」といった言葉の意味。それを理解したイズはしばらくの間、ジッと2人を見つめた。まるで、真意を確かめるように。

「・・・・・・嘘をついている様子には見えない。あなた達は本心からそう言っているのですね」

 イズは2人の言葉をそう判断すると、視線を影人へと移した。

「そして、思い出しました。帰城影人、あなたが言っていた、私を救いたいと言っている者たちは、彼女たちなのですね」

「・・・・・・まあ、そういうことだ」

「「っ?」」

 影人は頷く代わりに軽く目を伏せた。影人はこちらの世界に戻って来て、イズやフェルフィズと会った事を誰にも言っていない。そのため、陽華と明夜はイズの言葉の意味がわからず不可解な顔になった。

「いやぁ・・・・・・いやぁ・・・・・・! いい。いいですね。実にいい。本当にいい!」

 パチパチと拍手の音が響いた。拍手をしたのはフェルフィズだった。フェルフィズは、まるで名演説に心を打たれた聴衆の如き様子だった。

「素晴らしいですよあなた達! 流石は人間の善性の光たる光導姫だ! イズがどういう存在か知った上で、心の底からそう言える! 考えられる! 敵である存在に歩み寄れる! 真に平等、真に博愛だ! 私は感動しましたよ!」

 興奮した様子でフェルフィズはそう叫んだ。先ほどまでとは打って変わって、狂気の混じった熱を帯びたフェルフィズに、影人たちは呆気に取られる。

「いいですねえ! ご大層なだけの大義よりよっぽどいい! ですが、初めから対話だけというのは味気ない! 対話は、真に心を揺さぶる言葉は、互いにぶつかり合ってこそ生まれるのですから!」

 フェルフィズの狂気を帯びた熱が最高潮にまで高まる。そして、フェルフィズはこう宣言した。

「戦いを通してあなた達がイズを救えるか、はたまた境界が完全に崩壊するのが先か! やってみてください! あなた達の思いはこの最後の戦いに焚べゆくに相応しい! 思いと場! 全ては揃いました! さあ、始めましょう! 最後の戦いを! イズ!」

「はい。兵装展開」

 フェルフィズに名を呼ばれたイズは、アオンゼウの器に搭載されている機能を使用した。イズの周囲に魔法陣のようなものが複数出現し、そこから武器や機械などが出て来た。そして、それらは1人でにイズに装着されていった。

「兵装展開、完了」

 両腕に砲身、腰部には機械式のスカート、背中にはブースター付きの機械式の翼、その他に肩や胴体部に細々とした機械が装着され、背後には6つほど小さな魔法陣が常時展開される。アオンゼウの「魔機神」としての姿を解放したイズは、砲身を纏う右手をスッと真横に伸ばした。

「来なさい、私の本体」

 イズが虚空に呼びかけると、イズの右手の先の空間に小さな暗い穴が生じた。すると、そこからゆっくりと大鎌が現れた。イズは持ち手を掴むとそれを一気に引き抜いた。現れたのは漆黒の刃を持つ大鎌。切り裂いたモノ全てを殺す、死神の大鎌だ。

「『フェルフィズの大鎌』・・・・・・久しぶりに見たぜ。何か赤い宝石ついててちょっと変わってるが・・・・・・悍ましさは変わらねえな」

 かつて一時的な所有者であった壮司がそう呟く。イズは両腕に装備していた砲身をパージした。パージされた砲身は地には落ちず、そのままイズの周囲に浮遊した。

「戦闘を開始します」

 無感情にイズが宣言を行う。その宣言を聞いた影人たちは身構えた。

 ――第6の亀裂、日本。光導姫レッドシャイン朝宮陽華、光導姫ブルーシャイン月下明夜、光導姫アカツキ早川暁理。『歌姫』ソニア・テレフレア、『巫女』連華寺風音、『死神』案山子野壮司、『騎士』香乃宮光司、『闇導姫』ダークレイ、スプリガンVS『忌神』フェルフィズ、イズ。戦闘開始。

 













「やっぱり、戦うしかないんだね・・・・・・!」

「仕方ないわ。拳で語り合いましょう・・・・・・!」

 陽華と明夜が覚悟を決めたように言葉を述べた。次の瞬間、イズが神速の速度で地を蹴った。それは光導姫と守護者、闇人にも知覚出来ない速度。イズはまず陽華に接近すると、陽華に向かって大鎌を振るった。当然というべきか、陽華はイズに攻撃されている事にも気づかない。

 だが、1人だけ、1人だけイズの速度に反応出来る者がいた。陽華に攻撃しようとするイズに向かって影が奔った。その影はイズの胴体部に蹴りを放ち、イズを蹴り飛ばした。 

「・・・・・・この俺が、そう簡単にこいつらを殺らせるわけねえだろ」

 イズを蹴り飛ばしたその影――影人がそう言い放つ。影人に蹴り飛ばされたイズは、空中で翼とブースターを使った姿勢制御を行うと、何事もなく着地した。

「・・・・・・やはり、あなたが私にとって最も面倒な存在になりますか。帰城影人」

「ふん・・・・・・お前にだけには言われたくねえな。面倒、なんて存在を通り越してる奴にはな」

 イズの赤と青の混じった特徴的な目を、影人はスプリガンの金の瞳で受け止めた。

「えっ、帰城くん!? いつの間に!?」

「ボサっとするな。俺が助けなきゃ死んでたぞ。・・・・・・とは言っても、流石に反応できる速度じゃねえか。やるのは初めてだが・・・・・・」

 影人はスッと陽華に右手を向けた。意識するのは与えること。すると、陽華の目に闇が瞬いた。

「っ・・・・・・? どうしたんだろ。何か急に意識がクリアになったみたいな・・・・・・」

「・・・・・・成功だな」

 陽華の反応を見た影人がそう呟く。影人は陽華に闇による目の強化と『加速』の力を施した。他人に施すのは初めてだったが、流石はどんな形にも力を変え、どんな状況にも対応するスプリガンの力だ。イヴの万能ぶりに影人は感謝した。

「ついでにお前らもだ」

 影人は明夜、暁理、ソニア、風音、ダークレイ、光司、壮司にも目の強化と『加速』の力を施した。

「これは・・・・・・」

「何か覚醒した気分だわ・・・・・・」

 光司と明夜が驚いたような顔になる。他の者たちも似たような反応を示した。ただし、ダークレイだけは「ふん、施しなんて・・・・・・」と気に食わない様子だった。

「お前らに施したのは目の強化、要は反応速度の強化と速く動ける『加速』の力だ。これで、最低限はあいつの動きに対応できる」

「うわ凄い! さすがスプリガン。戦闘だと頼りになるね♪」

「『歌姫』に同意だね」

「おい、お前らそれはどういう意味・・・・・・」

 影人がソニアと暁理に文句を言おうとすると、イズが浮遊させていた2つの砲身からレーザーを放ってきた。影人たちはその場から散開した。

「余裕ですね。私には絶対不可避の死を与える手段があるというのに」

「・・・・・・別に余裕ってわけじゃねえよ。ずっと気は張ってたからな」

 イズは砲身から放たれるレーザーを連射する。影人、それに他の者たちは、触れればタダでは済まない光線を避け続ける。

「凄い。本当に凄い。見える。体がついてくる。これなら・・・・・・行ける!」

「これがスプリガンが見ている世界・・・・・・これなら私たちだって!」

 余裕、というほどではないが、確実に光線を避けらている陽華と明夜は、自信を持つと、イズのいる方に向かって一歩を踏み込んだ。

「イズちゃん! あなたは何でこの世界を無茶苦茶にしたいの!?」

「・・・・・・製作者がそれを望んでいるからです。私は意思を持ってはいますが道具。被創造物です。被創造物は創造主に従う。それが道理です」

 陽華はレーザーを回避しながらイズとの距離を詰める。

「そんな道理はないわ! 意思があるなら、あなたは自由になっていいのよ!」

「自由になる意義が分かりません。私は自由を望んではいない」

 明夜も徐々にイズとの距離を詰めながら語りかける。イズは淡々とした様子で返答する。

「そもそも、あなた達は何様のつもりですか。私を救う、などと。傲慢極まりない」

 イズは背部の魔法陣から大量の機械の剣と端末装置を呼び出した。機械の剣と、端末装置から発射されたレーザーは、一斉に陽華と明夜に襲い掛かった。

「「っ!?」」

 その物量は流石に今の陽華と明夜でも避け切れない。2人の歩みが止まる。

「言ったはずだ。こいつらをそう簡単には殺らせないってな」

 だが、2人を襲わんとした機械の剣とレーザーは、次の瞬間に闇の中に掻き消えた。影人が『終焉』を発動したのだ。『終焉』の闇は概念無力化の力を唯一貫通し得る。終わり、つまりは死の概念だ。イズの本体という例外はあるが、それ以外ならば全てに有効だ。

「口を閉ざすなよ。決めたんだろ、救うって。なら、突き進め。安心しろ。ヤバかったら俺が助けてやる。いつもみたいにな」

「っ、うん!」

「本当、心の底から安心できるわね!」

 影人の力強い言葉が陽華と明夜に力を与える。2人は再びイズへと向かい始める。

「偉そうなのは分かってる! でも、それでも私たちはあなたを救いたい!」

「偽善者と呼ばれても構わないわ! だけど、それでもと私たちは言い続けるわ!」

 陽華と明夜がそう叫ぶ。イズにある程度まで近づいた2人は、イズに向かって手を伸ばした。

「ああ、いい。実にいいですねえ」

 その光景を見ていたフェルフィズはうっとりとした表情を浮かべた。

「だから不要だと言っている・・・・・・!」

 イズは少し苛立ったような顔になると、2人の手から逃れるように空中へと羽ばたいた。

「不快です。死になさい」

 イズは自身の本体たる大鎌に、自分と見えない経路で繋がっているフェルフィズの生命力を流し込んだ。生命力を喰らった大鎌はその刃を怪しく輝かせる。そして、アオンゼウの器の機能を使って、影人たちを一斉に認識した。

「あれが来るか・・・・・・なら・・・・・・!」

 イズが何をしようとしているのか察した影人は、他の者たちに付与した闇の力を通じて、陽華、明夜、暁理、ソニア、風音、ダークレイ、光司、壮司を認識した。そして、自身の中から莫大な何かを消費する感覚――正確には力――に襲われ、『世界端現』の力を行使した。

 イズが大鎌を振るう。生命力を喰らい真の力を解放した大鎌の斬撃は距離を殺し、イズの認識能力によって一斉に影人たち全員に刻まれた。普通ならば、『終焉』を纏う影人以外は即死だ。

 だが、その直前に影人以外の者たちに『世界端現』の闇が纏われる。それは影人が自身の『世界』で纏う影闇。死の力を弾く闇だ。その結果、斬撃こそ刻まれたが、全員が死ぬ事はなかった。役目を終えた『世界端現』の闇は虚空へと消えた。

「っ、イヴ!」

『分かってるよ! ったく、俺の使い勝手が荒い奴だぜ!』

 影人の指示を察したイヴが影人を含めた全員に回復の力を使用する。その結果、全員の傷は綺麗さっぱり修復された。

「痛っ!? って思ったら治ってる!? ありがとうスプリガン!」

「今のが絶対不可避の死の一撃・・・・・・スプリガンがいなければ死んでいたわね・・・・・・」

 陽華が驚いたような顔を浮かべながらも影人に感謝の言葉を述べる。風音は予め聞いていたイズの力を実際に受けた事によって、その恐ろしさを実感として知った。

(何とか凌いだが・・・・・・やっぱり尋常じゃなくキツいな。力の消費量がヤバい。正直、持ってあと数回分くらいしか凌げないぜ)

 影人は内心でそう呟いた。影人が今取った『世界端現』と回復の力を合わせた方法ならば、誰も死なずに戦う事が出来る。だが、この方法は長くは続けられない。

「・・・・・・凌ぎましたか。ですが、いつまで続けられるでしょうか」

 イズが再び大鎌に生命力を流し込む。影人が大鎌による絶対不可避の攻撃を凌ぐのに莫大な力を消費するのに対し、イズはおよそ無限に大鎌による攻撃を仕掛けられる。その事実が何を示すのは明らかだ。 

「ちっ!」

 影人は再び『世界端現』の力を使おうとした。『世界端現』の闇は持続させても莫大な力を消費し続ける。ゆえに、影人はピンポイントで『世界端現』を使用する方法を採用していた。

 生命力を喰らった大鎌の刃が再び怪しく輝く。イズは端末装置と、浮遊させていた砲身からレーザーを放つ。そして、再び絶対不可避の死を放とうとした。


 だがその時、どこからか赤い斬撃と白銀の尾が現れ、イズに攻撃を行った。


「っ・・・・・・」

 斬撃に機械の翼を切り裂かれ、尾に叩かれたイズは地上へと落下する。だが、イズの体には超再生の力が備わっている。イズ本体のダメージはすぐに修復され、イズに装備されている機械の翼もその一部と認識され、翼も修復された。

「――どうやら一応は間に合ったようね」

「――ほほっ、そうじゃの。少し遅れてはしまったようじゃが、まあ主役は何とやらじゃ」

 すると影人たちの背後から声が響いた。影人たちはそれぞれ後方を振り返る。

 そこにいたのは2人の女性だった。1人は、ブロンドの髪を緩いツインテールに結び、豪奢なゴシック服を纏った人形のように美しい、歳の頃14〜15歳くらいの少女。いや、正確には少女の姿をしたモノというべきか。少女は吸血鬼と呼ばれるモノだった。

 もう1人は、薄い白銀に墨色が所々入った長髪に、頭から同じく白銀の耳を生やした、黒い着物を纏った、歳の頃20後半から30代前半の美女。その女は妖狐と呼ばれる人ならざるモノだった。

「・・・・・・遅いぜ。嬢ちゃん、白麗さん」

「あらごめんなさい。だけど、その分は働くから許してちょうだいな」

「まあ、誰も死んでおらんようじゃからいいじゃろ。許せよ」

 影人が現れた2人に対してそう言葉をかける。影人の言葉にその2人――『真祖』シェルディアと『破絶の天狐』白麗は笑みを浮かべた。


 ――第6の亀裂、日本。『真祖』シェルディア、『破絶の天狐』白麗、合流。

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