第403話 亀裂を巡る戦い(4)
「ははっ、さあ行くぜ!」
第4の亀裂、アルゼンチン。魔機神の写し身が放った機械の剣を掻い潜りながら、冥が笑みを浮かべた。その笑みは戦いに取り憑かれた者の笑み。戦闘狂の笑みであった。
「・・・・・・!」
剣を抜けて来た冥に対し、写し身は魔法陣から端末装置を呼び出した。端末装置はレーザーを放ち冥を穿とうとした。
「バカが! 甘いんだよ!」
だが、冥は余裕を以てレーザーを回避した。『加速』や闇による眼の強化を使えない冥が、レーザーの速度に反応するのは普通に考えれば不可能だ。しかし、冥は避けてみせた。戦闘の達人としての観察眼で、レーザーが放たれる場所を一瞬にして予測してしてみせたのだ。
「おらよッ!」
冥は右の拳を写し身の顔面に向かって放った。写し身はその一撃を回避しなかった。結果、冥の拳が写し身の顔を穿つ。
しかし、ダメージを負ったのは冥の方だった。写し身の体は、凄まじく硬い金属のような物質で出来ている。ガンッと何かが鉄板に激しくぶつかったような音が響くと同時に、バキッという音が冥の拳から鳴った。
「ああ?」
「・・・・・・!」
恐らくは冥の拳の骨が折れた音であろう。冥は不可解な顔を浮かべた。そんな冥に対し、写し身は左腕の砲身を向け、そこから破滅の光を発射した。
「ちっ」
冥は咄嗟に射線から飛び退いた。放たれた光は空へと届き雲を散らす。当たれば上半身が丸ごと消し飛んでいただろう。
「うわ、あれには当たりたくないなぁ・・・・・・」
その光景を見た響斬が引いたような顔を浮かべた。いくら闇人が不死だといっても、塵から再生するのにはかなりの時間を有するだろう。まあ、それ以前に消し炭になる感覚なんて味わいたくはないが。
「一応『硬化』した拳で殴ったんだがな。情けねえ。骨が折れやがった」
一気に腫れ始めた右手を見ながら冥はそう呟いた。今の冥の拳は鋼くらいならば砕けるはずだが、それでも冥の拳が打ち負けたという事は、写し身の体の強度はそれ以上という事だ。
「大丈夫? 右手が凄く腫れてるけど」
「たかが骨が折れただけだ。問題ねえ。それより、気をつけろよ。あいつは尋常じゃなく硬い。気合い入れて殴らねえとこうなるぜ」
声を掛けてきたエルミナに冥は軽く忠告する。エルミナも冥と同じ肉体のみを武器として戦うタイプだ。冥の言葉を聞いたエルミナはコクリと頷いた。
「ん、分かった。気合い充分で殴るよ」
「・・・・・・そういう問題ではないと思うのだがな」
隣でエルミナの答えを聞いていたアイティレがどこか呆れた様子になる。だが、アイティレはすぐにその顔を真剣なものに戻した。
「機械の剣とレーザーを放つ装置の召喚、そして、武装している兵器・・・・・・今のところ、奴の攻撃は情報を共有しているイズの戦闘スタイルと同じものに感じるな」
「だな。俺たちはイズって奴を見た事はないけど、聞いてる見た目とも酷似してる。姿形だけじゃなく、攻撃手段まで似てるってなると・・・・・・やっぱり、イズの複製体って感じだよな」
アイティレの分析に同意した刀時がそんな結論を述べる。すると、アイティレたちの後方からヒュンと何かが飛んだ。音の速度で空気を切り裂いたそれはカンッという音を立てて、写し身のバイザーに直撃した。だが、写し身の頭部に直撃したそれ――狙撃用の弾丸はバイザーを貫く事はおろか、ヒビを入れる事すら叶わず、カランと地面に落下した。
「おいおい、何食ったらライフル弾が効かない体になるんだよ・・・・・・泣きそうだぜ。俺の存在意義どうよ」
遠く離れた岩の上から写し身を狙撃したショットは、スコープから目を離し落胆した。
「・・・・・・!」
写し身は召喚していた機械の剣と端末装置を使って、冥、響斬、アイティレ、エルミナ、刀時に攻撃を仕掛けた。5人はそれぞれその身体能力と、戦闘の経験値を以て回避した。
「いや、これはマズイね・・・・・・! まだまだなまくらのぼかぁ避けるだけで全力だぜ・・・・・・!」
響斬は必死に剣とレーザーを回避する。そして、近くにいた冥に対しこう叫ぶ。
「冥くん! 数秒だけ僕のやつの注意を引いてくれ! ちょっと試したい事がある!」
「はっ、仕方ねえな!」
冥はすぐさま響斬の言葉を受け入れると、響斬に近づいた。同時に、響斬が後方に飛ぶ。その結果、響斬を狙っていた剣と端末装置はその狙いを冥に変えた。
「おい響斬! しくったら殺すからな!」
響斬の分の攻撃も引き受けた冥は、アクロバティックに剣とレーザーを避けながらそう言った。
「分かってるよ。さて、やるかな」
響斬は腰を落とし、右手で鞘に収まっている剣を握った。いわゆる抜刀術の構えだ。そして、意識を集中させた。
「我流、裏剣術。『
響斬は冥を襲う機械の剣の1本に狙いを定めると、バッとその場で剣を抜いた。冥と響斬との距離はかなり離れている。普通ならば、斬撃が届くはずがない。
しかし、響斬の闇の性質は『拡大』。その闇の性質により、響斬の斬撃は冥を襲う機械の剣に届く。
飛ぶ斬撃が機械の剣を襲う。光と闇の決戦が終わってからも、剣の修行を続けていた響斬の斬撃は、かつての自分とほとんど遜色のないものにまで高められていた。かつては闇の力を使わずに、ただの斬撃で『硬化』の力を纏う冥すら切り裂く、神域に至っていた響斬の剣の力。ただの斬撃に、概念無力化の力は働かない。
その結果、キンッという音を立てて、機械の剣の刀身は半ばから両断された。
「斬れたか。よかった。じゃあ・・・・・・『飛斬・
響斬は目にも止まらぬ速度で剣を振るった。その度に飛ぶ斬撃が放たれ、その斬撃は冥を襲う機械の剣や端末装置を次々と切り裂き、冥だけには止まらず、他の者たちを襲っている機械の剣と端末装置を切り落とした。
「っ・・・・・・」
「マジかよ・・・・・・」
「おおっ、なんか勝手に壊れた」
その光景にアイティレ、刀時は驚き、エルミナは不思議そうな顔を浮かべた。
「どうやら、ちゃんと修行は続けてたみたいだな。よし、殺すのはナシにしてやる」
「そいつはどうも、って言っとくべきかな」
ニヤリと笑った冥に響斬も笑みを返す。概念の力に頼らない純粋なる剣の力。それは、写し身にも届き得る稀有な力だった。
「・・・・・・」
写し身は機械の剣と端末装置を無力化した響斬をジッと見つめた。そして、再び背後の魔法陣から機械の剣と端末装置、更に翼から青い煌めきを呼び出すと、自身の右腕の砲身を実体剣に、左腕の砲身を光刃に変え、神速の速度で響斬に突撃をかけた。
「っ!? はや――」
「・・・・・・!」
響斬は写し身にも届き得る攻撃力を有している。だが、写し身に対応できる素早さは有していない。響斬は写し身の速さに全く対応出来なかった。写し身は、そんな響斬に向かって無慈悲に右腕の実体剣と左腕の光刃を振るった。
その結果、響斬は実体剣と光刃で体を深く切り裂かれた。
「ぐっ!?」
光刃による攻撃では幸いな事に血はほとんど出なかった。恐らく傷口が焼かれているからだろう。対して、右腕の実体剣による攻撃では黒い血が大量に出血した。
「響斬! ちっ、そのレベルの速さかよ!」
響斬同様全く反応出来なかった冥が、地を蹴り響斬の元へと向かおうとする。
しかし、そんな冥を機械の剣と端末装置が阻んだ。更に青い煌めきの一部までもが冥に襲い掛かる。そして、それは他の者たちに対してもだった。
「邪魔だ! オモチャと遊ぶ趣味はねえんだよ!」
冥は苛ついた様子でそれらを避けた。だが、煌めきが加わった事によってか、冥ですら避けるのが精一杯だ。
「くっ、せめて凍域が機能すれば・・・・・・!」
アイティレも必死に剣や端末装置、煌めきの一部を避ける事しか出来なかった。アイティレは先ほどから自身の一定範囲に入ったものを凍らせる力、凍域を発動しようとしているが、写し身の攻撃装置は全く凍結しない。凍るというのは概念でもあり、現象でもある。
そのため、概念無力化の力を突破出来てもおかしくはないのだが、光導姫の能力によって作り出された恣意的なものという前提の方が強いため、アイティレの能力は発動しなかった。
「うーん、このままだと大ピンチな気がする。もう光臨を使おうか」
「やめておけ『鉄血』・・・・・・! 明確に勝利する自信がない時に光臨を使うのは悪手だ! 光臨は強力だが、使い方を誤れば敗北に繋がる諸刃の剣だ!」
エルミナの呟きを聞いたアイティレは必死に攻撃を躱しながらそう忠告した。光臨は1日に最大10分しか使用できない。それを超えて使用すれば、変身が解除され翌日まで変身できない。そうなれば、負けるのは必至だ。
「それは分かってるけど・・・・・・」
エルミナがモヤっとした顔を浮かべる。その間にも、響斬は写し身に襲われていた。
「がっ、ぐっ!?」
反応が追いつかない響斬は実体剣と光刃による攻撃で体を切り裂かれ続けていた。響斬は闇人。光の浄化以外で人間に戻されない限りは不死だが、それでも痛みはある。再生能力も人間よりは遥かに高いが、このまま斬撃を受け続け微塵斬りにでもされれば、再生にはかなりの時間がかかるだろう。
(こ、このままじゃヤバいな。いや、本当に・・・・・・何とか、何とかこの
痛みで鈍る意識の中、響斬はそう考えた。だが、響斬にはレイゼロールやフェリートのように『加速』の力は使えない。
(でも、使えないと・・・・・・だよな。使えないものを、使えるものにする・・・・・・拡大しないとだよな。僕がこの速度に対応できないっていう認識を。『加速』を使えないっていう認識を・・・・・・)
自分の闇の性質である『拡大』。響斬はそれを強く意識した。あれ以来まともに使っていなかったが、解釈の拡大は光と闇の決戦の時に出来ている。ならば、出来るはずだ。響斬は全身を切り刻まれながら、意識を深く集中するという離れ業を行った。
すると、響斬の中から何かが消費される感覚があった。消費されたのは恐らく闇の力。次の瞬間、響斬はボロボロの右手を神速の速度で動かし、写し身の体を逆左袈裟から切り上げた。写し身の本体は
剣や端末装置より遥かに硬かったが、響斬の一撃は写し身の体に深く傷をつけた。
「・・・・・・?」
「は、ははっ・・・・・・なん、か・・・・大概チートだな・・・・僕の性質も・・・・・・」
響斬に反撃された写し身は不思議そうに首を傾げた。響斬は今にも倒れそうな体で弱々しくだが、笑ってみせた。
「おらッ! あんたやっぱり凄えな響斬さんよ!」
「限界超えたみてえだな! 俺も負けてられねえぜ!」
自由に動けるようになった刀時と冥が写し身に襲い掛かる。写し身は機械の翼で上空に羽ばたき、その攻撃を回避した。
「・・・・・・」
写し身が地上にいる者たちを睥睨する。響斬が斬った傷は超再生の力で既に修復されていた。
「うわー・・・・・・僕が、必死でつけた傷・・・・・・もう治ってらあ・・・・・・どうしよ・・・・・・」
響斬はボロボロの体で宙に浮かぶ写し身を見上げた。しばらく回復に専念しなければ、もうほとんど動けない。対して、敵は回復持ち。しかも、恐らく自動修復の類だ。正直、勝つビジョンが見えない。
「・・・・・・あいつが浮いてる今なら、符を亀裂に貼れるんじゃねえか? 別にあいつに勝つ事が俺たちの勝利条件じゃないし」
「・・・・・・いや、やはり奴は倒さねばならないだろう。奴はさながら亀裂を守る守護者だ。最優先事項は亀裂の守護だろう。あれ程の速度と性能だ。排除しなければ、ソレイユ様から預かった符は貼れん。これは1枚しかないのだ。しくじる事は出来ない」
「まあ、そうだよな・・・・・・」
アイティレからそう言われた刀時は小さく息を吐いた。やはり楽は出来ないようだ。
「情けねえ事言ってんじゃねえよ守護者。男なら絶対に敵を倒すっていう気概を持て」
「今の時代男云々は古いぜ。だがまあ・・・・・・そうだよな」
冥の言葉にそう返事をしながらも、刀時はニヤリと笑った。すると、そのタイミングで写し身が両腕の剣を砲身に変え、破滅の光を地面に向かって放った。写し身は次々に破滅の光を乱れ撃つ。それはまさしく光の雨だっな。
「っ、避けろッ!」
アイティレがそう叫び、その場にいた者たちは回避行動を行う。離れた場所にいたショットも慌ててその場から離れる。
「ちっ、シケた戦法しやがって。おい響斬! 最後の力でも何でも振り絞って、あいつの翼切れ!」
「む、無茶言うなよ冥くん・・・・・・な、なんとか『加速』の力があるから避けられてるけど・・・・・・まだもう少し回復しないと、剣は振れないよ・・・・・・」
黒い血に染まった響斬が首を横に振る。先ほど振るった一撃で、響斬の右腕は千切れる寸前だ。次に剣を振れば途中で腕が飛ぶだろう。そうなれば、更に回復に時間がかかる。
「情けねえな。気合いで何とかしろよ、って言いてえところだが仕方ねえ。なら、自力で落とすか!」
冥はニヤリと笑うと、地面を大きく蹴った。闇人の身体能力による跳躍能力は凄まじく、冥は10メートルほど飛び上がった。
「・・・・・・!」
しかし、それでも写し身のいる場所にまでは届かない。更に空中では飛行能力を持たない冥は身動きが取れない。写し身はそんな冥に向かって破滅の光を放った。
(はっ、さすがにこれを喰らったら俺もヤバい。多分塵になって再生には1日くらいは掛かるな)
危機だというのに冥は笑った。危機、それは言い換えれば逆境だ。そして、その状況でしか発動しない力が冥にはある。冥の体に闇が纏われる。それは冥が言う逆境状態になったという事だ。
「空中で動けねえなら動けばいい! やってやるぜ! 限界なんざ超えてなんぼだ!」
冥は両足に闇を集中させた。そして、空中で空を蹴った。結果、冥は真横に移動し光を避けた。
「・・・・・・?」
「ははっ、やれば出来るもんだな! コツは掴んだ! これならてめえにも届く!
空中を蹴り移動する技をそう名付けた冥は、連続で宙を蹴り、写し身のいる場所にまで辿り着いた。そして、右足に闇を集中させ、
「
叩き落とすように蹴りを放った。逆境状態の冥の一撃は神速に迫る速度だった。写し身は反射的に右腕でその一撃を受け止めたが、その威力は凄まじく、写し身は右腕を損傷しながら地面に向かって落下した。
「逃がすかよッ! おい『鉄血』! そいつを下から殴れ! 挟み撃ちだ!」
「ん、了解」
落下する写し身に追撃をかけるべく、冥は宙を蹴り写し身を追った。冥の言わんとしている事を察したエルミナは頷き、写し身の落下地点まで移動した。
「ぶっ壊れろ! 黒撃!」
「むんッ!」
冥が右の拳を、エルミナも右の拳を写し身に放とうとした。上と下からの拳による挟撃。決まれば現在の状況を打破する突破口になり得る。
だが、
「・・・・・・!」
写し身はギリギリまで引き付け、その体を滑らせた。その結果、挟む対象を失った冥とエルミナの拳は互いに激突した。
「「〜っ!?」」
ベキバキと嫌な音が冥とエルミナの拳から響く。全力の拳は互いの手だけに止まらず、2人の腕の骨にも亀裂を入れた。
「め、冥くん!?」
「
「くっ!」
「ちぃ!」
響斬、ショット、アイティレ、刀時がその顔を曇らせる。傾きかけていた流れが今の現象で元に戻る。いや、逆流し始めた。
「・・・・・・!」
写し身は両腕の砲身を再び剣と光刃に変えると、まず最初に響斬を、次に刀時を、更にアイティレを、最後に離れた場所にいたショットを切り裂いた。
「がっ・・・・・・」
「ぐっ!?」
「っ!?」
「がはっ!?」
唯一反応できるはずだった響斬は冥に一瞬気を取られている隙に切られた。ただでさえ少なくなった黒い血が、再び大量に流れ落ちる。響斬は遂に膝をつく。刀時、アイティレ、ショットも深い傷を負い、崩れ落ちた。流れは完全に逆転した。
「・・・・・・」
写し身は先に響斬、刀時、アイティレ、ショットに止めを刺そうと、背後の魔法陣から機械の剣と端末装置を召喚した。
「――ふっ」
しかし、その時どこからか矢が飛来した。矢は正確に写し身のバイザーを貫いた。
「???」
視界機能を有していたバイザーが貫かれた事で、視界が暗転した写し身は戸惑った様子になった。
「なん・・・・・・だ?」
その光景を見た冥が訝しげな顔を浮かべる。すると、どこからか1人の男が姿を現した。
「・・・・・・アオンゼウそのものとまではいかないようだな。適当に穿ったが弱点はあるか。とはいえ、魔機神に似た存在だ。油断はしない」
現れたのは見目麗しい金髪の長髪の男だった。見た目は若々しく、一見すると人間のように見えるが、それを否定するのは長く尖った耳だった。
「互いの世界のためだ。力を貸そう。異世界の勇士たちよ」
そして、その男『真弓の賢王』レクナルは弓を下ろし、冥たちに向かってそう言った。
――第4の亀裂、アルゼンチン。『真弓の賢王』レクナル、合流。
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