第402話 亀裂を巡る戦い(3)

執事の技能スキルオブバトラー刃物の雨ブレードレイン。まずは、あなたの性能がどれだけイズに近いのか試させてもらいます」

 第3の亀裂、南アフリカ。始まった魔機神の写し身2号との戦い。最初に動いたのはフェリートだった。フェリートは自身の周囲に数百もの闇色のナイフを創造すると、それを写し身に向かって放った。

「・・・・・・」

 写し身は迎撃行動も回避行動も取らなかった。数百もの闇色のナイフは写し身に殺到する。ナイフの雨は捉えたモノを容赦なく穿つ、はずだったが、それらは全て写し身の体に弾かれた。

「この程度の攻撃なら難なく弾きますか」

「ふむ、硬いね」

 フェリートとロゼはそれぞれそう呟いた。

「おおっ、カンカンってナイフが弾かれたぞ! あいつの体どうなってるんだ!?」

「恐らく、体が鋼鉄か何かで出来ているんだろう。普通に考えれば、斬撃、打撃、銃撃・・・・・・ほとんどの攻撃は通らないだろう。だが・・・・・・それをどうにかするのが一流だ」

 驚くメティにそう言いながら、エリアは目にも止まらぬ速さで銃撃を行った。エリアの放った複数の弾丸は全て写し身の体に命中した。だが、結果は先ほどと同じだ。弾丸は全て写し身の体に弾かれた。

「・・・・・・ふむ。やはりこうなるな。しかし、陽動は果たせた」

 エリアがそう呟くと同時に、写し身の背後にスッと突然殺花が現れた。フェリートが攻撃を仕掛けたと同時に殺花は姿を消していた。その事に気づいていたエリアは、自分が攻撃を行う事で敢えて写し身の注意を引いたのだ。広い視野と咄嗟の上質な判断。それは間違いなく、エリアの長所だった。

「影よ、刃に溶けろ」

 殺花は自身の影を右手のナイフに纏わせ同化させた。闇色の刃となったナイフを殺花は写し身の首目掛けて振るった。

「・・・・・・!」

 しかし、写し身はまるで殺花が背後にいるのを知っていたかのように殺花の攻撃に対応した。写し身は体を捻りナイフによる斬撃を回避すると、左腕の砲身をカウンター気味に殺花に向けた。同時に、砲身に全てを灰燼に帰す光が瞬く。

「っ・・・・・・!?」

 殺花の本能が最大限の警鐘を鳴らす。戦いは始まったばかりだが、殺花は幻影化を使用した。殺花の体が陽炎のように実体を失う。そして、灰燼の光が放たれた。

「・・・・・・あれに反応し、あまつさえ、己に幻影化まで使用させるか」

 写し身から離れた場所で実体化した殺花は険しい顔を浮かべた。今の攻防はどう見ても殺花の惨敗だ。幻影化がなければ、今頃あの光に灼かれていただろう。そう考えるならば、ダメージを受けなかっただけ幸運というべきか。

 ちなみに、どうして概念無力化の力を有する写し身の攻撃が、幻影化を貫き殺花に損傷を与えられなかったのかというと、それは幻影化が概念か事象かが曖昧であるという事実が関係している。その結果、概念無力化の力が働かなかったのだ。

「よーし、次は私の番だ! 行っくぞー!」

「お供しますよ、レガール嬢」

 メティが『閃獣』の2つ名に恥じぬ速度で、写し身へと接近する。メティと共にプロトも地を蹴る。メティは両手に装備したクローナイフを上段から大きく振り下ろした。

「・・・・・・」

 写し身は左腕の砲身でメティの攻撃を受け止めた。そして、背中の魔法陣を起動させると、そこから複数の端末装置を呼び出した。端末装置はメティを囲むように配置され、レーザーを放とうとする。

「おおっ? 何かヤバそうだ!」

 メティが本能で危機を察知する。だが、いくら素早いことで知られるメティでも、この状況から今すぐに逃れる事は出来ない。つまり、このままではメティが複数のレーザーを受ける事は確実だ。

「失礼」

 しかし、メティとレーザーの間にプロトが割って入った。プロトは目にも止まらぬ速度で剣を振るった。レーザーが放たれたのはそれとほとんど同時だった。だが、奇跡というべきか、先ほどまで確実にメティを狙っていたレーザーは、微妙に狙いを外しており、その結果、レーザーは紙一重の隙間でメティには当たらなかった。

「わっ! 凄い何にも当たってないぞ! ありがとな!」

「どういたしまして」

 感謝の言葉を述べるメティにプロトはニコリと微笑んだ。

(守護者の1位・・・・・・実力は分かっているつもりでしたが・・・・・・本当に人間ですか?)

 プロトが何をしたのかをしっかりと見ていたフェリートは、内心で思わずそう呟いた。プロトは剣で端末装置の銃口を全て逸らしたのだ。剣をトンカチ代わりとして、メティやプロト本人に当たらないように、剣で端末装置に与える衝撃を1つ1つ全て調整した。それは、剣の腕、咄嗟の判断力、戦闘の経験値、即座の計算能力、それら全てが最高峰でなければ出来ない神業だった。

「よーし、なら今度はもっと速く動くぞ!」

 メティがその身にパチパチと雷のようなものを纏う。メティは雷速の如き速さで動くと、縦横無尽に駆け、写し身に爪撃による連続攻撃を仕掛けた。メティの攻撃に合わせるように、プロトも写し身に向かって剣を振るう。

「・・・・・・」 

 雷の嵐のような攻撃に、しかし写し身は当然の如く反応する。写し身は爪撃と斬撃の嵐を全てを認識し、最硬質の体で受け止めると、右腕の剣をメティに、左腕の砲身を変化させた光刃をプロトに向かって放った。それは2人が攻撃を行った直後、つまりは不可避のタイミングだった。

「おわ!?」

「っ・・・・・・」

 避け切れないと悟ったプロトは左手で軽くメティを押した。その結果、斬撃の直線上からメティの体がズレる。これで、メティは浅く右腕の付け根が斬られるだけで済む。だが、プロトは間違いなく光刃を受けるだろう。受け方によっては即死も免れない。

(光導姫を守るのが守護者の役目。死にいく事を美学とするつもりはないけど、これでもし死んでしまっても僕に後悔はない)

 しかし、プロトは既に覚悟していた。それは自暴自棄でも自己満足でもない。恐らくは、高潔と評されるであろう覚悟だった。

「自分を犠牲にしてまで光導姫を守る・・・・・・全く呆れますね」

 だが、プロトが光刃に切り裂かれる事はなかった。『加速』の力を施したフェリートが、プロトとメティを抱え、間一髪のところで2人を助けた。

「おおっ、ありがとうな!」

「っ、なぜあなたが・・・・・・」

 フェリートに助けられたメティは素直に感謝し、プロトは驚いた顔になった。

「一応、今の私たちは共闘する立場にありますからね。困るんですよ。早々に戦力が減ってしまうのは」

「・・・・・・そうですか。取り敢えず、感謝を。助けていただいてありがとう。闇人、フェリート」

 地面に降ろされたプロトはフェリートにそう言った。プロトも人間だ。長年敵対してきた闇の勢力とのわだかまりは、未だに完全に払拭は出来ていない。しかし、危ないところを助けてもらった礼は人として言わねばならなかった。

「『守護者』を失わなかったのは僥倖だが・・・・・・どう攻める。恐らくだが、奴と俺たちとでは速度の次元が違う。このままでは一方的に攻撃されて終わりだぞ」

「出来る限り私が対処します。速度の話であれば、ギリギリ着いていく事は可能ですからね。ただし、あなたが言うように攻めの手段が問題です。・・・・・・少し試したい事があるので、失礼しますよ」

 フェリートは強化し『加速』された肉体で地を蹴った。神速の速度で一瞬で写し身との距離を詰めたフェリートは右手に『破壊』の力を纏わせた。

「執事の技能、壊撃ブレイク

「・・・・・・!」

 接近してきたフェリートに対し、写し身は右腕の剣、左腕の光刃による乱撃を行った。それは神速の斬撃の結界。敵を粉微塵にし、自身を守るものだった。

「ただ雑に振るえばいいというものではありませんよ」

 だが、フェリートはそれを脅威とは感じなかった。レイゼロールやシェルディア、ゼノなどには及ばないが、フェリートの戦闘経験値もかなりのものだ。フェリートは写し身の斬撃が一定のペースで行われている事を見抜くと、写し身の手を振る速度と自分の手の速度を合わせ、そっと『破壊』を宿した右手で写し身の左腕に触れた。

 普通ならば、すぐに『破壊』の力を示す黒いヒビが入る。しかし、写し身の右腕にはヒビは入らなかった。

「・・・・・・やはりですか」

 フェリートは即座に腕を引いた。次の瞬間、その空間が切り裂かれる。フェリートは後退した。

「どうやら、本体と同じようにあの個体は概念の力を無力化するようです。つまり、硬度を無視したような特殊な攻撃は意味を持ちません」

「物理的な攻撃はほとんど通らず、特殊な攻撃も通らない・・・・・・ふぅー。やれやれ、骨が折れるな」

 フェリートの情報にエリアが小さく息を吐く。正直、骨が折れるどころではない。とんだ無理難題だ。それはエリアだけでなく、この場にいるほとんどの者がそう思っていた。

「ふむ、特殊な攻撃が効かないとなると、私の本質を描いて対象を無力化するという攻撃も無意味と考えるべきかな」

「どうですかね。あなたのそのやり方が概念といえるかどうかは分かりませんが・・・・・・取り敢えず、あなたは描き続けてください。希望がないよりはマシですからね」

「了解したよ。といっても、あの機械人形の本質はかなり見えにくいし、いつ描き上がるか分からないがね」

「・・・・・・出来るだけ早く頼みますよ」

 フェリートはロゼに対しそう言うと、全身に『硬化』の力を施した。

「執事の技能、分身ダブル

 フェリートは2人に分身し、再度写し身に突撃をかけた。

「・・・・・・!」

 写し身は魔法陣から複数の機械の剣を、翼から極小の刃の群れである青い煌めきを呼び出した。

「っ、本当に劣化した複製体ですか・・・・・・!」

 それを見たフェリートが思わずそう言葉を漏らす。イズと戦った事のあるフェリートは、機械の剣の脅威も、青い煌めきの正体も知っていた。フェリートの分身は機械の剣を避け、しかし青い煌めきに粉微塵に切り刻まれ消失した。

「ふっ」

 無駄だと理解しつつも、エリアは銃撃でフェリートを援護した。エリアの放った複数の弾丸は、今回も正確な軌道を描き、写し身へと向かう。だが、青い煌めきが写し身を守るように展開し、弾丸を微塵にした。

(今度こそ・・・・・・!)

 透明化を使い姿と気配を消し、機を窺っていた殺花が、影を溶け込ませた闇刃を振るう。背後からの完全な奇襲。先ほどは防がれたが次は届くはず。実際に、如何なる戦闘の達人であろうと、殺花のこの一撃は回避出来ないだろう。それほどまでに、殺花の暗殺者としての一撃は完璧だった。

「・・・・・・!」

 だが、相手は人間ではない。機械仕掛けの神の写し身だ。頭部に装着されているバイザーの生体検知センサーで、背後に殺花がいる事が分かっていた写し身は、ノールックで後方に左腕の光刃を切り上げるように振るった。その見ずの切り上げの速さは、殺花の認識を超えていた。

「〜っ!?」

 その結果、殺花の左腕が両断される。殺花の左腕が飛び、黒い血が宙に舞った。

「殺花さん!? くっ!」

 その光景を見たフェリートが殺花の名を呼ぶ。だが、フェリートとて機械の剣と青い煌めきを必死に避けている最中だ。殺花を助けにいく事は出来ない。

「待ってろ! 今助けに行くぞ!」

「エリアくん。すまないが、ピュルセ嬢を頼む」

 メティとプロトもフェリートと殺花を援護すべく、再び写し身へと接近した。

「っ、下がりなさい! あなた達では・・・・・・!」

「下がらないぞ! 私は仲間を見捨てない! 絶対に誰も死なせない! 私は光導姫! この力は誰かを助けるための力だぞ!」

 忠告するフェリートにメティはそう答えを返した。真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな想い。その言葉を聞いたフェリートは思わず驚いた顔を浮かべた。

「素晴らしい言葉だね。うん。光導姫の力が誰かを助けるための力なら、僕たち守護者の力は誰かを守る力だ・・・・・・!」

 メティの想いに感化されたプロトは、とても人間とは思えぬ速度で機械の剣の一部や青い煌めきを捌き続けた。守護者としての身体能力があっても、写し身の攻撃はとても守護者が対応できるものではない。しかし、プロトは人としての限界を超えそれらに対応していた。守護者ランキング1位、『守護者』の名を与えられた者の実力は伊達ではない。

「もっともっと速く! バッチバチ!」

 メティも正の想いで強化された力を使って、雷速の如き速度で爪撃を放ち続ける。だが、写し身は両腕の刃でメティの攻撃を難なく捌く。

「全く、バカな人間たちだ・・・・・・仕方ない。畳み掛けますか・・・・・・!」

 フェリートは一瞬後退すると、創造の力を使って両手に闇色の剣を創造した。その2振りの剣は闇の力を多量に込めて創造されたもので、その強度も切れ味も最高峰を超えたものだ。この剣ならば、鋼すらバターのように切り裂けるだろう。

「執事の技能、偽誕する生命フェイクライフ

 次にフェリートは『偽造』の力を使い、闇色の鷲を3体創造した。3羽の鷲が写し身に向かって飛ぶ。同時に双剣を携えたフェリートも突撃をかけた。

「たかが左腕・・・・・・! 安いものだ・・・・・・!」

「ふっ・・・・・・!」

 殺花も発狂してしまいそうな激痛を押し殺しながら、写し身に向かって駆け、右手の闇刃を振るった。プロトも神業の如き剣技で、機械の剣たちと青い煌めきを抜けると、何者をも貫くであろう平突きを写し身に放った。

 メティの稲妻のような爪撃の嵐に、フェリートの剃刀よりも鋭い剣の斬撃、同じく殺花の影で強化された斬撃、そしてプロトの刺突。4人の渾身の攻撃。それは写し身でも対応する事は難しい。その結果――

「・・・・・・」

 4人の攻撃は写し身に届いた。メティの爪撃は浅くはあるが写し身に傷をつけ、フェリートの2刀は深く写し身の体を切り裂き、殺花の闇刃も写し身の首に深く食い込み、プロトの刺突も写し身の腹部を穿った。初めての攻撃の成功。それは、この場にいる者たちにとって、確かな士気の上昇、自信に繋がった。

 だが、

「あ・・・・・・」

「ぐっ!?」

「がっ・・・・・・」

「なっ・・・・・・」

 次の瞬間、メティ、フェリート、殺花、プロトの体を複数のレーザーが貫いた。それは、先ほどプロトが弾いた端末装置が放ったものだった。端末装置による攻撃があれ以来なかっため、そして目の前のチャンスに集中せざるを得なかったことなどもあって、端末装置のことは皆意識から抜け落ちていた。レーザーをまともに食らった4人はドサリと地面に倒れた。

「・・・・・・」

 4人を1度に仕留めるためにわざと攻撃を受けた写し身は、体に刺さっていたプロトの剣を抜き、首に深く食い込んでいた殺花のナイフを抜いた。すると、数秒して写し身の体にあった傷が全て治った。イズの超再生の力だ。当然の事ながら、その能力は写し身にも搭載されていた。

「ぐっ、まだ・・・・です・・・・執事の、技能・・・・・・」

「・・・・・・」

 フェリートは気力を振り絞り、回復の力を使おうとした。しかし、その前に写し身がフェリートをサッカーボールを蹴るかのように蹴り抜いた。

「がふっ!?」

 何かの内臓が潰れる音を聞きながら、ボロ雑巾のようにフェリートが転がる。一瞬で絶望に染まった戦場。その光景を見たエリアはガチャリと銃のスライドを引いた。

「・・・・・・状況は絶望的だな。さて、『芸術家』。お前は奇跡を起こせそうか?」

「・・・・・・悪いが、極めて難しいね」

「そうか。なら、お前は一旦退け。お前が退く時間は俺が何とか作ってやろう」

 エリアがロゼの前に立つ。ロゼは驚いたように目を開いた。

「・・・・・・死ぬ気かい」

「死ぬつもりはないが、その可能性は極めて高いな。だが、逃げるつもりはない。一流は1度引き受けた仕事は途中で投げ出さないものだ」

 エリアが確かな決意を秘めた言葉を述べる。ロゼはエリアの決意を尊重し、一歩を引いた。

「・・・・・・君は本物のプロフェッショナルだよ」

「当然だ。だが、お前ほどの一流の芸術家からの言葉だ。素直に感謝する。最高の報酬だ」

 エリアは小さく微笑むと、写し身に向かって一歩を刻んだ。そして、こう言葉を放った。

「来い」

「・・・・・・!」

 写し身が機械の剣たちと端末装置をエリアに向かわせる。エリアは銃を向け、最後の攻防に挑まんとした。


「――ふんッ!」


 しかし、その瞬間どこからか流星の如き光が奔った。その光は機械の剣と端末装置を全て粉々に砕き壊した。

「「っ・・・・・・!?」」

 その光景にロゼとエリアが驚愕する。なんだ。いったい何が起きた。2人がそう思っている内に、光は地面に降り立った。

「そこの男よ、貴様の覚悟しかと聞かせてもらった。異世界の者がどのような者であるのか分からなかったが・・・・・・まこと、貴様は誇り高き者だ。貴様のような者になら、我が力を貸そう」

 降り立ったのは、少し長めの金髪に浅黒い肌の青年だった。その男――いや、正確にはその竜、『赫雷の竜王』ハバラナスは、エリアとロゼに向かってそう言った。


 ――第3の亀裂、南アフリカ。『赫雷の竜王』ハバラナス、合流。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る