第401話 亀裂を巡る戦い(2)
「・・・・・・!」
第2の亀裂、イギリス。アオンゼウの写し身第1号が放った破滅の光。対峙していた6人――ゼノ、クラウン、ファレルナ、真夏、ハサン、ノエは地面を蹴り、その光の射線上から逃れた。触れれば間違いなく対象の存在を塵に還すその光は、空間を焼いただけだった。
「本体には効かなかったけど・・・・・・君には俺の力は効くのかな」
ゼノは自身の全身に『破壊』の力を纏わせた。そして、写し身に接近しその右手を伸ばした。
「・・・・・・」
写し身はバイザーの青い単眼をゼノに移した。写し身は右の砲身を剣に変化させると、それでゼノを貫こうとしてきた。写し身の突きはほとんど神速の速度だったが、ゼノは闇人の身体能力、そして天性の戦闘の勘を以て、その突きをギリギリの所で回避した。だが、それでも完全には避け切れずに、剣はゼノの横腹を掠った。しかし、ゼノはそれを気にせず写し身の腹部に触れた。
「・・・・・・やっぱり、効かないか」
『破壊』の力を纏った手で触れても、写し身は壊れなかった。
「・・・・・・」
写し身はゼノに左の蹴りを放つ。ゼノはその蹴りを回避し、1度距離を取った。
「本体がそうだったから今確かめに行ったんだけど、あいつに概念の力は効かないみたいだ。その辺り気をつけてね」
チラリと先程掠った脇腹に視線を落としながら、ゼノが情報共有を行う。脇腹からは少量の黒い血が出ていた。『破壊』を纏ったゼノにダメージを与え、『破壊』に触れられても壊れない。それは、写し身にも概念無力化の力が備わっているという確かな証拠だった。
「はあ!? 本体だけじゃないの!? ああもう、ムカつくくらい無茶苦茶ね! だったら、どう呪えばいいのよ!」
ゼノの言葉を聞いた真夏がふざけるなといった様子でそう叫ぶ。真夏の力の性質は呪い。それは純粋な概念の力だ。
「さあね。でも、何とかするしかないよ」
「敵は恐ろしき機神の写し身。それでも起こして見せなければー。奇跡のショーを!
クラウンが虚空からクラブを取り出した。右手に3つ、左手に3つを持つと、それを写し身に向かって投擲した。
「攻撃手段がピンとか・・・・・・本当のピエロじゃん」
ノエもクラウンに合わせるように弓を引いた。続けて、ノエは2、3と矢を速射した。
「・・・・・・」
遅い来るクラブと矢に対し、写し身は機械の両翼を広げた。すると、翼の中から青く煌めく何か――その正体は、如何なるモノをも切り裂く極小の刃の群れ――が出現し、クラブと矢を粉微塵に切り裂いた。そして、その青い煌めきはゼノたちの方に向かってきた。
「あ、あれ凄く小さい刃だから触れたら不死以外は死ぬよ。気をつけてね」
「軽く言うわね!」
ゼノの忠告に反応がいい真夏がそう声を上げる。6人はその青い煌めきから距離を取った。
「ゼノさん、クラウンさん。すみません。少し力を強めます!」
闇の力を扱う闇人がいるため、今まで力を抑えていたファレルナが自身の光を解放する。途端、ファレルナの背後から眩い光が放たれた。
「「っ・・・・・・」」
その光にゼノとクラウンが少し顔を歪める。ファレルナの力は無差別だ。今は味方の2人にもその力は襲い掛かる。2人はいま弱体化していた。
「っ、どういうつもりよ『聖女』。あいつは闇の力を扱わないわよ。だから、あんたの光で弱体化しないわ。あんたの光は、あくまで闇の力に対してだけ絶大な力を発揮するんだから」
「・・・・・・」
真夏が逃げながらファレルナにそう問う。真夏の言葉が真実だと示すように、写し身は顔色を崩さなかった。
「分かっています。私の光は今まで闇を照らすのみでした。ですが・・・・・・」
ファレルナから放たれる浄化の光が徐々にその形を変える。光は幾つかに分かれ固まると、手の形になった。そして、光の手は煌めく極小の刃の群れを包み込んだ。
「私も成長しているつもりです!」
手が包み込んだ空間が眩い光を放つ。それは浄化の光だった。ファレルナの強すぎる浄化の光が、手の先の空間に圧縮されたのだ。その結果、闇を祓う光は「力」を祓う光となり、青く煌めいていた刃たちはその煌めきを失い、やがて地に落ちた。
「・・・・・・?」
その光景に写し身が不可解げに首を傾げる。あの極小の刃の群れにも当然概念無力化の力が備わっている。だが、どういうわけか無力化された。写し身のバイザーは、アオンゼウの全ての情報を見通す目の劣化版だ。しかし、基本的な事象を観測し理解する事は出来る。だが、それでもファレルナが何をしたのか、写し身には分からなかった。
「やるじゃない『聖女』! いったい何をやったのよ?」
真夏がファレルナに称賛の言葉を送る。ファレルナは笑みを浮かべた。
「お褒めの言葉ありがとうございます。ちょっと頑張って、私の光の性質を拡大解釈してみたんです。闇だけでなく、何かを傷付ける『力』も照らせるように。悲しくも、こちらの世界に迷い込んだ異世界の方々と戦う事もあったので、お役に立てるようにと」
何でもないようにファレルナはそう言った。しかし、ファレルナの言葉を聞いたゼノはチラリとファレルナをジッと見つめた。
「拡大解釈してみたか・・・・・・簡単に言うね。それがどれだけ難しい事か」
ボソリとゼノはそう呟いた。自身の能力の拡大解釈。それは言わば、形而上における修行のようなものだ。そして、目には見えない分、とてつもなく難しい。ゼノは長い長い時間をかけて、『破壊』の概念をここまで拡大解釈してきた。
しかし、ファレルナはどうか。ゼノと戦って数ヶ月ばかりで、自身の光を魔機神の写し身に届くまでに拡大させた。初めて戦った時から思っていたが、とても人間とは思えない。ゼノはファレルナが味方でよかったと思うと同時に、末恐ろしさのようなものを感じた。
「・・・・・・流石は最強の光導姫といったところか」
「頼もしいね、ホント」
「いやー、正直かなりキツかったですがー・・・・・・凄まじいお力ですねー」
ハサン、ノエ、クラウンもそんな感想を述べる。真夏はさあ反撃とばかりに高笑いした。
「はっはっはっ! 『聖女』の光が効くなら、私の呪いも効くはずよ! 効かないなら、私も能力を拡大解釈すればいいだけだわ! やってやるわよ!」
真夏が右手の袖口から数枚の呪符を取り出す。真夏はそれを写し身に向かって放つ。呪符はまるで意思を持っているかのように、写し身へと向かって行った。
「ではワタクシも。それ!」
「よっと」
クラウンもどこからか小さな闇色のボールを複数出現させると、それらを投げた。ボールには触れた瞬間に爆発する仕掛けが施されていた。ノエも再び矢を放つ。
「・・・・・・!」
呪符、ボール、矢。自身に向かってくる、3種類の飛び道具を認識した写し身は、右腕の剣で全てを切り裂いた。概念無力化の力を宿す剣で斬られたため、呪符は呪いの力を発動しなかった。
ただし、クラウンのボールは爆発した。爆発は概念ではなく事象だ。ゆえに、写し身は爆発に巻き込まれた。
「畳み掛ける・・・・・・!」
双剣を携えたハサンが一気に写し身との距離を詰める。そして、ハサンは体を回転させ、遠心力を利用してその腕を大きく振ると、黒煙越しに写し身の首めがけて、双剣を振るった。
ハサンの双剣は黒煙を切り裂き、写し身の首を捉えた。そのまま双剣が写し身の首を刎ねる。そう思われた。
だが、双剣は写し身の首を刎ねる事は出来なかった。ガキンという音が響き双剣は阻まれた。
「っ!? 何て硬さだ・・・・・・!」
守護者形態のハサンの全力の一撃は、鉄くらいならば切り裂ける。しかし、写し身の体は全く刃が通らない。写し身の体はとてつもなく硬い物質で出来ている。ハサンはそう思った。
「・・・・・・」
「がっ!?」
写し身はハサンの認識速度を超える速さでハサンを蹴り飛ばした。その蹴りは、間違いなく普通の人間を、余裕をもって蹴り殺せるだけの威力を持っていた。ハサンは自身の骨が砕け散る音を聞き、飛ばされた。
「・・・・・・」
写し身は背後の魔法陣から大量の機械の剣を呼び出した。そして、その剣たちにハサンを追い討ちさせた。
「『傭兵』!?」
「『傭兵』さん!?」
「ああ、マズいなこれは・・・・・・」
真夏、ファレルナが驚愕と心配が入り混じった声を上げ、ノエが顔を曇らせる。このままでは、ハサンは大量の剣に貫かれる事は確実だ。
「やらせないよ」
ゼノが自身の闇を全て解放する。途端、ゼノの体から高密度の『破壊』の闇が噴き出し、髪が半ば黒く染まる。それは全てを喰らい、全てを破壊する闇だった。そして、ゼノは自分とハサンとの間の空間を壊し、ハサンを無理やり自分の方に引き寄せた。
「クラウン、お願い」
「はいー」
自分が抱き止めてしまえばハサンが粉々に壊れてしまうため、ゼノがクラウンにそう言った。ゼノの言わんとする事を察したクラウンは、ハサンを受け止めた。
しかし、ハサンを追い討ちしようとしていた剣はまだハサンと、ハサンを受け止めたクラウンを狙って真っ直ぐに飛んで来ている。ゼノはクラウンにこう指示を出す。
「クラウン、逃げて。あれは俺が何とかする。あと、ファレルナ。悪いけど、少し光を抑えてほしい」
「了解ですー。お気をつけて、ゼノさん」
「は、はい」
クラウンがハサンを抱えたまま、身軽に後方に飛ぶ。ファレルナも自身の背後から漏れ出る光を出来るだけ抑える。ゼノは飛んだクラウンを守るかのように、剣の前に身を出した。
「さて、もう1回試させてもらうよ。俺の闇が届くのか。今度は全力で」
ゼノは体から噴き出す闇の出力を高め、その闇を全て右腕に集約させた。ゼノの右腕は超高密度の『破壊』の闇に覆われた黒腕と化した。
「
ゼノが黒腕と化した右腕を振るう。放たれるのは全てを喰らい全てを壊す闇の奔流。機械の剣たちはその闇に呑み込まれた。
しかし、その剣たちはただの剣ではなく、概念無力化の力を搭載した剣。機械の剣たちは全てを喰らい全てを壊す闇の奔流に抗う。しばしの間、両者は拮抗した。
だが――
剣たちは闇を切り裂き、ゼノの体に次々と突き刺さった。
「ぐっ・・・・・・」
「ゼノさん!?」
ゼノの体から闇ではなく黒い血が大量に噴き出す。その光景を見たファレルナが悲鳴を上げた。
「くそっ・・・・・・やっぱり、無理か・・・・・・」
体を貫かれた痛みをひしひしと感じながら、ゼノが悔しげな顔を浮かべる。自分の力は写し身にも何1つ通らない。戦力外だ。
「だけど・・・・・・それでも・・・・・・」
ゼノは気力を振り絞り、体を貫く剣を次々と抜いた。その度に、大量の黒い血が滴り落ちる。闇人にとって血は力の源。流せば弱体化する。そして、ゼノは既にかなりの量の血を流していた。
「まだ・・・・諦めないよ・・・・ここで足掻かなかったら・・・・レールや彼に・・・・合わせる顔が・・・・ない・・・・からね・・・・・・!」
激痛に苛まれながらもゼノは笑みを浮かべた。レイゼロールや影人はどんな状況でも絶望し切った事はしなかった。ならば、自分も2人に倣うべきだ。
(絶望するにはまだ早い。何か、何かあるはずだ。俺に出来る事が。こいつを倒す方法が)
ゼノはその琥珀色の瞳を動かし、何かヒントがないか探した。ゼノの瞳が、地面に落ちている機械の剣に向けられる。
「っ、これは・・・・・・」
何かに気づいたゼノが軽く目を見開く。しかし、その瞬間に落ちていた剣たちが再び駆動し、再度ゼノを貫いた。
「っ・・・・・・」
「っ、ゼノさん!」
その攻撃に今度こそゼノが膝をつく。最強の闇人が崩れ落ちる。その光景を見たクラウンが思わず声を上げる。
「・・・・・・」
写し身は背中の魔法陣から複数の端末装置を呼び出した。その端末装置がハサンを抱えるクラウンにレーザーを放つ。レーザーの速度にクラウンは反応する事が出来ず、レーザーに体を貫かれた。
「〜っ!?」
「ピエロ!?」
クラウンがその場に倒れ、クラウンが抱えていたハサンも地面に投げ出される。その光景に真夏が意識を一瞬そちらに向けた。その隙を突いて、写し身は一瞬で真夏に急接近し、左腕の砲身を真夏に向けそこから破滅の光を放った。
「やばっ――」
それは一種の奇跡というべきか。光が放たれると同時に、真夏は超反応し体を捻った。その結果、破滅の光は真夏の腹部の半分を穿っただけに過ぎなかった。
「あ・・・・・・」
だが、それでも腹部の半分に大きな穴が空いた事に変わりはない。真夏はフラッと意識が遠のくを感じ、どさりと地面に倒れた。
「そんな・・・・・・!」
「おい、嘘だろ・・・・・・」
ファレルナが思わず口を押さえ、ノエも信じられないといった顔になる。戦えるのはもう、ファレルナとノエの2人だけになってしまった。
「クソッ!」
ノエは悪態をつくと、次々と写し身に向かって矢を速射した。矢の雨が写し身を襲う。
「・・・・・・」
しかし、写し身は神速の速度で動き、右手の剣で矢を切り払いながら、一瞬でノエとファレルナの元に移動してきた。写し身は左手の砲身を光刃に変化させると、それで以てノエを右袈裟に斬った。
「ぐっ!?」
体こそ奇跡的に両断されなかったが、深い切り傷を負ったノエの体が大きくぐらつく。写し身はそんなノエを蹴り飛ばし、最後にファレルナにその青い単眼の照準を合わせた。
「っ、光よ!」
ファレルナが自身の背後から漏れ出る光を強め、それを先ほどのように手の形に変える。「力」を浄化する光の腕が写し身を包もうとする。しかし、それよりも早く写し身はファレルナの腹部に右腕の剣を突き刺した。
「がふっ・・・・・・!?」
「・・・・・・」
ファレルナの腹部に灼熱の痛みが奔る。貫いた剣の先からはポタポタと『聖女』の血が滴る。写し身は無感情に剣を引き抜く。流れた赤い血は地面に朱色の花を咲かせた。
「まだ・・・・です・・・・! まだ・・・・終わっては・・・・!」
ファレルナは急速に掠れゆく意識の中、ガシッと写し身の体にしがみついた。ここで自分が倒れれば、亀裂を安定させる事ができない。そして、それは世界の破滅を意味する。絶対にファレルナたちは負ける事が出来ないのだ。ファレルナは何とか意識を集中させると、再度光の腕を構築しようとした。
「・・・・・・」
だが、写し身は無情だった。写し身は自分にしがみついているファレルナに止めを刺そうと、右腕の剣を砲身に変え、それをファレルナの側頭部にあてがった。
破滅の光が瞬き、ファレルナの腹部を消し飛ばそうとする。チェックメイトか。そう思われた時、
「――ふん。全滅間近ではないか。情けない奴らだ」
どこからか、そんな声が響いた。その声音には確かな傲岸さがあった。
「え・・・・・・?」
ファレルナが声を漏らすと同時に、何者かが写し身の髪を掴み、血と影を纏う蹴りを放った。その蹴りを受けた写し身は凄まじい音と共に、遥か後方に蹴り飛ばされた。
「全く、なぜこの俺様が助太刀に入らねばならんのだ。しかも、相手は魔機神の写し身・・・・・・ふん。気に食わん」
写し身を蹴り飛ばしたのは、艶のあるダークレッドの髪が特徴の年若い男だった。古風なマントに身を包んだその男は、髪と同じ色の目をファレルナに向けた。
「泣いて喜べ。この俺様が貴様ら下等を助けてやろう」
そして、その男――『真祖』シスはどこまでも傲慢にそう言った。
――第2の亀裂、イギリス。『真祖』シス、合流。
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