第400話 亀裂を巡る戦い(1)
「ふっ・・・・・・!」
第1の亀裂、ロシア。互いに地を蹴った事により、一瞬で距離が近づいたレイゼロールとレゼルニウス。まず先制の攻撃を放ったのはレイゼロールだった。レイゼロールは強烈な右の蹴りを行った。
「おっと。うん、いい蹴りだね」
レゼルニウスはその蹴りを左腕で受け止めた。余裕たっぷりに微笑んだレゼルニウスに、レイゼロールは未だに胸を締め付ける懐かしさと、ほんの少しの苛立ちを覚えた。
「・・・・・・兄さん、我とあなたは今敵なんだぞ」
「そうだね」
「なら・・・・・・そういった態度はやめてもらいたい・・・・・・!」
レイゼロールは自身の体に『加速』の力を施すと、神速の速度で連撃を繰り出した。その攻撃に一切の躊躇いはなかった。
「『加速』か。なら僕も」
レゼルニウスも自身の肉体に『加速』の力を付与した。レゼルニウスの力の属性も闇。そして、レゼルニウスは神だ。ゆえに、レイゼロールと同じように自由に闇の力を扱える。レゼルニウスはレイゼロールの連撃を全て対応した。
「格闘も力に頼り切ったものじゃない。そういえば、君は一時格闘の修練をしてたね。その時の経験が生きてるのかな」
「っ・・・・・・本当にずっと我を見てきたのだな。兄さん」
レゼルニウスの言葉を聞いたレイゼロールが思わずそう言葉を漏らす。レイゼロールが格闘の修練をしていたのは、ゼノと出会う前の10年間ほどだ。その事実は本来、レイゼロールしか知らない。だが、レゼルニウスはその事を知っていた。それは一種の証明だ。
「うん。ああ、もちろん水浴びだとかトイレだとかの場面は見ていないよ。それは僕の名誉に誓って――」
「・・・・・・兄さん。さっきから言っている。我とあなたは敵だ」
レイゼロールは氷のように冷めた目でレゼルニウスを見つめると、周囲から闇色の腕を大量に呼び出した。それらは一斉にレゼルニウスに掌を向けると、その先から闇色の光線を放った。
「っ!」
レゼルニウスは咄嗟にその場から飛び退いた。次の瞬間、何百条もの闇色の光線が放たれ氷原を穿った。氷は一瞬にして蒸発し、大量の水蒸気が出現する。レイゼロールの姿はその水蒸気に隠された。
「・・・・・・そして、敵とは倒すものだ」
レゼルニウスの背後から冷たい声が飛ぶ。レゼルニウスが振り返ると、そこにはレイゼロールがいた。水蒸気が発生した瞬間に短距離間の転移を行なったのだろう。つまりは、レゼルニウスが避けて水蒸気が発生する事を計算した動き。
「砕き切れ。我が拳よ」
レイゼロールが一撃を強化する言葉を唱え、闇を纏わせた右の拳を引く。完全に不意を突かれたレゼルニウスはその一撃を腹部に受けた。
「ぐっ!?」
途端、バキメキ、グシャリという嫌な音がレゼルニウスの体内から響いた。前者は骨が砕け散った音で、後者は内臓が潰れた音だろう。レゼルニウスはそのまま殴り飛ばされた。
「がはっ、げほっ!」
氷原を転がったレゼルニウスは大量に吐血した。赤い血が氷原を染める。そして、激痛がレゼルニウスを襲った。
「い、痛みを感じるなんて・・・・・・いつぶりかな・・・・・・それに、自分の血を見たのも・・・・・・」
レゼルニウスは回復の力を使用し傷を癒した。立ち上がったレゼルニウスをレイゼロールは離れた場所から見つめていた。
「・・・・・・兄さん。我は兄さんが死んでから絶望と冷たさを得た。それは長い間我に染み付いた。・・・・・・影人が生きて我と約束を果たしてくれた時に、絶望は抜けた。だが・・・・・・冷たさはまだ抜けてはいない」
レイゼロールはゆっくりとレゼルニウスの方に向かって一歩一歩を刻んで行く。
「我はそれが必要な事ならどんな事だってする。本当に大切なモノを守るためなら、心すら切り離してみせる。例え、敬愛するあなたを傷付ける事になっても、我は戦うぞ」
「そうか・・・・・・それほどの覚悟か」
レイゼロールの強い決意を宿した目。それを見たレゼルニウスは一瞬目を閉じた。
「・・・・・・分かったよ。なら僕も改めて覚悟を決めよう。レール。君と本気で戦う覚悟を。君を傷付ける覚悟を。元より、彼の忌神との契約もある。そうする事は必然だ」
次に目を開けたレゼルニウスの目からは優しさが消えていた。次いで、レゼルニウスの纏う雰囲気が重々しいものに変わる。その身から放たれているのは、間違いなく超常の存在としての重圧だった。
「失礼したね。どうかさっきまでの僕の甘さを許してほしい」
「・・・・・・ああ」
「ありがとう。じゃあ、まずは・・・・・・」
レゼルニウスは右手に紫闇を集中させた。そして、こう言葉を紡いだ。
「我が体内に開け、冥府の門よ」
右手の紫闇が一際強く反応する。すると、レゼルニウスの体から異様な気配が放たれた。
「っ、これは・・・・・・『終焉』?」
「いいや、『終焉』じゃないよ。既に、僕の中に『終焉』はない。全て影人くんに譲渡したからね。でも、『終焉』と間違えるのも無理はない。なにせこれは・・・・・・実質的に『終焉』と同じもの。死の気配なのだから」
「っ・・・・・・!?」
レイゼロールは、レゼルニウスの自分と同じアイスブルーの瞳の中に、悍ましい何かを見た。それが何なのか正確には分からない。だが、レイゼロールの身に十分に過ぎる危険と警告を与えた。
「僕の中に冥界への門を開いた。本来ならば、冥界のモノは現世には干渉出来ない。だが、例外たる僕の中なら話は別だ」
レゼルニウスが無造作に手を振るう。すると、地面から真っ黒な骸骨が複数体這い出てきた。それは冥界の地の国の存在で、「亡者」と呼ばれるようなモノたちだった。
そして、次に空から光が差し、そこから複数体の翼を持った人形のようなものが現れた。それは冥界の天の国の存在で、下級ではあるが「天使」と呼ばれるようなモノたちだった。
「僕は今や冥界の神。そして、冥界を統治する最上位の神だ。僕には冥界の全てを操れる力がある。そこに住まうモノやその事象すらもね。つまり、今から君が相手をするのは冥界そのものだ。正と邪、そして死が包む世界・・・・・・そんな世界そのものに、君は打ち勝つ自信があるかい?」
レゼルニウスが感情を排した目でそう問いかける。今のレゼルニウスはいわば、擬似的な『世界』を顕現させているような状態だ。しかも、レゼルニウスの場合はそれが権能であるので、力の消費という概念もない。敵としては最悪といえるような相手だった。
「・・・・・・ふん。愚問だな。無論、我が勝つ。勝たねばならないからな」
レイゼロールはその身から『終焉』の闇を解放した。途端、レイゼロールの体から全てを終わらせる闇が噴き出し、瞳の色が漆黒へと変化した。
「・・・・・・いい答えだ。だけど・・・・・・僕や冥界に対して、『終焉』は意味を持たないよ」
レゼルニウスの放ったその言葉と同時に、亡者と天使がレイゼロールの方に向かって襲い掛かって来た。
「ふん」
そのモノたちに向けて、レイゼロールは『終焉』の闇を放つ。その闇に抗う術はない。触れれば、どんなモノであろうと等しく終わる。
そして、その闇が亡者と天使に触れた。
だが、
「なっ・・・・・・」
「言ったはずだよ。『終焉』は意味を持たないと。冥界に属するモノは皆、死の世界の住人だ。いくら『終焉』でも死んでいるモノを死なせる事は出来ない」
亡者と天使はまるで『終焉』の闇を意に介さずに、レイゼロールへ近づいて来た。その光景はレイゼロールからすれば信じられないものだった。レゼルニウスはそんなレイゼロールに再度そう宣言した。
「ちっ・・・・・・!」
レイゼロールは闇色の骸骨兵を大量に呼び出した。骸骨兵は姿が殆ど同じ、亡者に向かって突撃した。空から襲ってくる天使に向けては、闇色の怪鳥を創造し迎撃に当たらせた。
「それも無駄だよ」
レゼルニウスが首を横に振る。亡者に襲い掛かった骸骨兵が剣による一撃を放つ。一撃を放った剣は亡者に触れた瞬間に黒い塵と化した。そして、亡者が骸骨兵に触れると、骸骨兵も同じく黒い塵へと還った。空中では天使がどこからか輝く武器を取り出し、それに斬られた怪鳥は光の粒子となって霧散した。
「彼らは種類こそ違うものの、その身に死を纏っている。死に触れればどうなるかは、君もよく知っているだろう」
「っ・・・・・・」
続けられたレゼルニウスの説明にレイゼロールが漆黒の瞳を見開く。その言葉が本当ならば、レイゼロールの攻撃の殆どは亡者や天使には効かないという事だ。
「ならば・・・・・・!」
レイゼロールは自身から噴き出す闇を硬質化させ、剣の形に固めた。そして、その闇の剣で亡者を、空を駆け天使も切り裂いた。切り裂かれた亡者は黒い粒子となって、天使は輝く粒子となって消えた。
「・・・・・・これならば効くという事だろう」
「うん。同じ死の力である『終焉』なら冥界のモノに対応する事は可能だ。だけど・・・・・・」
レゼルニウスが右手をレイゼロールに向ける。すると、空間から紫炎が生じ、そこから何かが這い出て来た。それは人の形をしていたが、当然の事ながら人ではなかった。
「第2の
「っ? 何を・・・・・・」
意味深なその言葉にレイゼロールが疑問から眉を顰める。すると、視界内に入っていた人の形をした炎の中にある光景が浮かび上がった。
「これは・・・・・・」
その光景はかつてレイゼロールと影人が森で暮らしていた時のものだった。それはレイゼロールの幸せな記憶の1つだった。
そして次の瞬間、レイゼロールの腹部を激痛が襲った。
「がっ・・・・・・」
「・・・・・・隙だらけだよ」
痛みでレイゼロールの意識が強制的に現実に呼び戻される。激痛の原因は剣だった。いつの間にか、レゼルニウスがレイゼロールに接近し、闇色の剣で腹部を貫いていたのだ。『終焉』を発動しているレイゼロールに傷をつけられるという事は、この剣も冥界のものだろう。しかし、問題はそれよりも、
「ぐっ・・・・どう、やって・・・・近づい・・・・た」
「敵である僕が素直に教えると思うかい? だけど、君は僕の愛する妹だ。結局、僕は君に対する甘さを捨て切れない。いや、捨てられない。だから、教えよう」
レゼルニウスは悲しそうな顔を浮かべ、こう答えた。
「さっき僕が呼び出したのは、幻影を見せる冥界の地の国の炎だ。見た者の記憶の中の幸せな光景を映す。つまりは、幻術だよ」
「がふっ!?」
レゼルニウスが剣を引き抜く。同時に大量の赤い血が噴き出した。
「・・・・・・辛いけど、まだだよ。
レゼルニウスがそっと左手でレイゼロールの体に触れる。すると、どこからか美しい声が――まるで天使の歌声のような――が聞こえて来た。そして1秒もしない内にバンッと凄まじい音が爆ぜた。それは、レゼルニウスの左手の先から発せられたものだった。
「〜っ!?」
それを直接受けたレイゼロールは、全身に凄まじい衝撃を浴びせられ吹き飛んだ。
「がっ、げほっ!」
地面に横たわったレイゼロールが激しく吐血した。今の音による攻撃でレイゼロールの体内はズタボロになっていた。
「効くだろう。空の声は。君を傷付ける事は酷く心が痛む。気を抜いてしまえば、今にも涙が溢れて懺悔しそうになるよ」
レゼルニウスは傷つくレイゼロールを憐れむように見つめた。レゼルニウスの言葉は少しだけ、ほんの少しだけ震えていた。その震えが、レゼルニウスの言葉が真実だと知らせる。
「だけど、これが戦いだ。僕が君に再会するための代償。レール、僕は契約上、手を抜く事は出来ない。だが、この世界と、隣接する世界のためにも、君は僕に勝たなければならない。・・・・・・だから勝ってくれ。そして見せてくれ。
「・・・・・・言われなくとも、そうしてみせる」
闇の回復の力で傷を全快させたレイゼロールがゆらりと立ち上がる。
「少しばかり痛めつけたからといって調子に乗ってもらっては困る。確かに、冥界の力に『終焉』は無意味のようだ。だが、それだけだ。我はあなたに勝つ。そして、あなたの言うように、あなたを超えてみせる」
レイゼロールは漆黒の瞳の中に不屈の意志を煌めかせた。瞳に宿るその意志にレゼルニウスはある者の姿を重ねた。それは頗る前髪の長い少年がよく見せるものだった。
「・・・・・・よく言った。でも、口だけならどうとでも言える。それを実行するのは並大抵じゃないよ。レール、君はやり切れるかな。いつも、どんなに厳しい事でもやりきって来た彼のように」
「ふん、あいつに出来て我に出来ない理由は何もないな」
「そうかい。なら・・・・・・第3の冥獄、
レゼルニウスが冥界の地の国、その第3層の事象を呼び起こす。言葉が放たれると、レゼルニウスの周囲の空間に、バリバリという音を立てて雷の針が複数出現した。それらが襲ってくるとレイゼロールが考えた時には、それらの針はレイゼロールの全身に突き刺さっていた。
「っ!?」
「その針を認識してしまったら終わりだよ。認識したと同時に、その針は対象者を貫くからね」
レイゼロールが文字通り、身を焦がすような痛みを感じている中、レゼルニウスが説明を加える。レイゼロールは1度幻影化を使用し、雷の針を体から抜いた。
「冥天、第3の福音、裁きの槍」
冥界からレイゼロールをずっと見ていたレゼルニウスは、幻影化に驚く事もなく、冥界の天の国、その第3の事象を召喚した。レゼルニウスの上の空間に1本の壮麗な槍が出現する。
「シッ・・・・・・!」
実体化したレイゼロールは再び回復の力を使って傷を癒すと、両手に『終焉』の闇を固めた剣を創造した。2刀流となったレイゼロールは、神速の速度でレゼルニウスへと接近する。
しかし、その瞬間にレゼルニウスの上の空間に浮いていた槍が1人でに反応し、レイゼロールに攻撃を仕掛けてきた。
「ふん・・・・・・」
レイゼロールはその槍を最小限の動きで回避する。そして、そのままレゼルニウスへ接近をかけようとする。
だが、槍は途中で急にUターンをすると、背後からレイゼロールを貫こうとしてきた。
「っ」
槍に気づいたレイゼロールは左手の剣で槍を払おうとした。しかし、槍に触れた瞬間、闇で固められた剣は削られてしまった。
まさか、剣で対処できないと思っていなかったレイゼロールは、その槍をギリギリのところで何とか回避すると、短距離間の転移で1度レゼルニウスから距離を取った。
「この槍は破邪の槍。僕を傷つけようとするものを自動で攻撃する。ついでに言っておくと、この槍には光導姫たちの言葉でいう浄化の力が込められているよ」
「・・・・・・つまり、闇の力に対する特効を有しているわけか」
厄介なものを。レイゼロールは心の内でそう呟いた。
(死の世界である冥界の全てを操る力・・・・・・流石は兄さんというべきか。正直、凄まじく強い)
『終焉』も効かない。それももちろん関係している。だが、それを差し引いてもレゼルニウスは尋常ではない強者。文字通り、神の如きであった。
「・・・・・・『終焉』を扱う我だからこそ、まだこれだけ戦えているというわけか」
「そうだね。普通なら、現世に干渉できるようになった僕と戦える相手は限られている。君は数少ないその相手の内の1人だよ」
睨みつけてくるレイゼロールにレゼルニウスは軽く目を伏せる。
「・・・・・・レール、長年『終焉』を失っていた君にはまだよく分かっていないかもしれないけど、その力は本当に特別な力だ。『終焉』は全てのモノに平等に終わりを与える事が出来る。例え、真界の神だろうと、『空』だろうとね」
「っ・・・・・・? 確かに、『終焉』は不死をも殺せる力だが・・・・・・それを言うなら、兄さんの冥界の力もそうだろう。そして、フェルフィズの大鎌も」
「実質的な効力は同じだけど、厳密には違うよ。まず、冥界の力は死を与えられる限界がある。それは僕以上に位階が高い神・・・・・・つまり、真界の神には通用しないという点だ。そして、フェルフィズの大鎌は全てを殺す力。終わりを与える力ではなく、殺す力だ」
レゼルニウスが首を横に振る。元『終焉』保持者としてレゼルニウスはこう言葉を続けた。
「さっきも言ったみたいに、対して『終焉』は位階に縛られずに全てに終わりを与えられる力だ。殺す力じゃない。これが冥界の力とフェルフィズの大鎌の力と、『終焉』の決定的な違いだ。・・・・・・この意味が分かるかな?」
「・・・・・・さあな。ある意味平等で恐ろしい力という事以外分からない」
素直にレイゼロールがそう返答する。その答えを聞いたレゼルニウスは少し残念そうな顔になった。
「恐ろしい力か。そうか・・・・・・どうやら、まだしっかりと力の意義を影人くんから聞いていないようだね。なら、この戦いの中でその意義を考えるんだレール。そして、答えを出せ。そうしなければ・・・・・・君は僕には決して勝てないだろう」
「っ・・・・・・」
レゼルニウスが真剣な顔でそう宣言する。レゼルニウスの言葉がどうしようもない真実だと理解したレイゼロールは、その顔に緊張の色を奔らせた。
――果たして、
――悲しき兄妹の本当の戦いは、まさにこれから始まろうとしていた。
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