第392話 陽華と影人
「・・・・・・」
フェルフィズに脅され神社で話し合いをして数日経った頃。学校指定の夏服に身を包んだ影人は、ボーっと自分の席で考え事をしていた。
(俺に会いに来たあの日から、フェルフィズの奴はまだ何もアクションを起こしてない。あの時あいつが言っていた、具体的に現状を打破する方法は思いついてないって言葉は本当だったってわけか・・・・・・いや、それともまだ準備に時間が掛かってるのか? まあ、結局どっちなのか俺には分からねえが)
あの日からずっと影人の頭の中にはフェルフィズとイズの事がチラついていた。もちろん、今までもチラついてはいたが余計にだ。なので、結局ここ数日間の授業の内容は頭の中には全く入ってきていない。
「・・・・・・さん」
(フェルフィズの奴は本当に俺を殺さなかった。殺そうと思えばいつでも殺せたのに。奇襲もしてきていない。残虐で狡猾で愉快犯なクソ野郎と思ってたが・・・・・・変に律儀に自分の言葉を守る。分からねえな。あいつって存在が)
もちろん狂った神を理解するつもりはないし、しようとも思わない。だが、考えてみれば自分はフェルフィズという神の事をよく知らない。ソレイユから聞いた話では、ある日唐突に狂い、全てを殺す大鎌を造り、それで神を殺した忌むべき神。
実際に影人が会ったフェルフィズも、忌神と呼ばれるに相応しい邪悪極まりない存在だ。影人はフェルフィズが嫌いだ。反吐が出るほど嫌いだ。自分を殺そうとし、レイゼロールを悲しませ、光と闇の長きに
(フェルフィズは何で狂ったのか。元々、あいつがどんな奴だったのか。多分、知ってるのはフェルフィズと同じ古き神であるガザルネメラズのじいちゃんだけか)
一旦聞きに行ってみるか。ガザルネメラズもまた話がしたいと言ってくれていたし。影人はぼんやりとそんな事を思った。
「帰城さん!」
「ん? どうした春野?」
隣から聞こえて来た声で、影人は思考の海から現実世界に引き戻された。影人は隣の海公にそう聞き返した。
「もう放課後ですよ。大丈夫ですか? 何回もお呼びしたんですけど・・・・・・」
「ああ、そうだったのか。悪い、ちょっと考え事しててよ。そうか、もう放課後か・・・・・・」
海公が心配そうな顔を浮かべる。影人は海公に軽く謝ると周囲を見渡した。確かに、クラスメイトたちがどんどんと外へと出て行っている。
「お悩みですか? もしよろしかったら相談に乗りますよ。といっても、僕なんかがお力になれるかどうか分かりませんが」
「ありがとな。嬉しいよ。でも、悩みとかじゃないんだ。本当にちょっとした考え事なんだよ。だから大丈夫だ」
「そうですか。ならよかったです」
影人は自然と小さく笑みを浮かべ首を横に振った。海公はホッとしたように柔らかな顔になった。
「本当、春野はいい奴だよな。俺なんかを気遣ってくれるし」
「なんか、じゃないですよ。僕にとって帰城さんは大切な方ですから」
「やめとけよ。俺をそんなに高いところに位置付けてもいい事は何もないぞ。いや、マジで」
自分なんかを大切な人と考えている陽華と明夜がどれだけ苦労してきたかを知っている影人が、どこか真剣に警告する。だが、海公は影人の忠告が冗談や気恥ずかしさからだと思ったのか、真に受けなかった。
「あはは、そうですかね。それより帰城さん、今日はこの後お時間はありますか? その、帰城さんと遊びたいなーなんて思って・・・・・・」
海公は言葉に出すのは恥ずかしかったのか、少し照れたように影人を上目遣いで見上げて来た。その仕草は意図してか意図せずしてか。どちらにせよ、男女問わずハートを撃ち抜かれそうな可愛いらしさがそこにはあった。
「あー、お前はあれだよな春野。いつか攫われないように気をつけろよ本当」
「え、何でですか?」
困ったような心配したような顔で頭を押さえる影人に、海公がキョトンとした顔で首を傾げる。容姿がコンプレックスの海公には悪いが、容姿と相まって一々仕草が可愛らしい。
「世の中いろんな奴がいるからだよ。で、遊びに行きたいって話だったな。そうだな。今日は特に予定もないし・・・・・・」
影人がOKの返事を返そうとする。だが、唐突に海公はその顔色を変えた。
「っ、また・・・・・・すみません影人さん! 自分から誘っておいて何ですが、急用を思い出しました! 本当にごめんなさい!」
「お、おう・・・・・・」
海公は影人に深く頭を下げると、鞄を持ち、走って教室を出て行った。影人はそんな海公を見送った。
「相変わらず大変だな守護者は・・・・・・」
海公が走っていったのは、まず間違いなく守護者としての仕事からだろう。今は教室にはいないが、もしかすれば魅恋も光導姫として現場に向かっているのかもしれない。零無とシトュウが2つの世界に軽い世界改変を行って混乱を抑えていたとしても、完全ではない。意識せずに亀裂に入り違う世界に迷い込む場合もある。流入者の問題は解決してはいないのだ。
「暇になっちまったな・・・・・・帰るか」
影人はそう呟くと自分も鞄を持って教室を出た。
1階に降りた影人はのんびりとした歩調で昇降口を目指した。昇降口で自分の靴に履き替えた影人は外に出る。
「そうだ。久しぶりに本屋にでも寄るか。最近チェック出来てなかったし・・・・・・」
癖である独り言を呟きながら影人が晴れた空の下を歩く。すると、前方に見知った背中が見えた。
「ん、あれは・・・・・・朝宮か」
影人の少し前を陽華が歩いている。珍しい事に陽華の隣に明夜の姿はなかった。
「・・・・・・見つかったら面倒くさい予感がするな。見つからないようにするか」
取り敢えず距離を取って、適当なところで陽華とは違う道に行こう。そう考えた影人は少し歩調を遅くして、陽華と一定の距離を維持した。何というか、さすが前髪野郎である。何があっても自分からは声を掛けないという鋼の意志を感じる。
「・・・・・・中々進路が分かれないな」
正門を出てしばらく歩いた頃、影人はポツリと小さな声を漏らした。本屋へ行くには、今のところ陽華と同じ道を行くしかないのだが、偶然か陽華は中々違う道には行かなかった。まさか、同じく本屋が目的地というオチだろうか。それだけは勘弁願いたいと影人は心から願った。
「ううっ、どうしよう・・・・・・」
影人がそんな事を思っていると、前方に困ったような顔で街路樹を見上げる少年の姿が見えた。大体小学校低学年くらいだろうか。少年は木に引っかかっている赤い風船を見つめていた。ベタなパターンではあるが、何だかんだ、影人はそんな光景を初めて見た。
「どうしたの僕? あ、風船が引っ掛かっちゃったの?」
「う、うん」
影人同様に困った様子の少年に気づいた陽華が、少年に声をかけ木を見上げる。少年は困ったような泣きそうな顔で頷いた。よくもまあ当然のように声を掛ける。流石のお人好しだなと影人は感心半分、呆れ半分に思った。
「よーし、じゃあ私が取ってあげるね! これでも体を動かすのは得意だから!」
「い、いいの? けっこう高い所にあるけど・・・・」
「大丈夫大丈夫! 私に任せて!」
陽華は笑顔でグッと両手の拳を握った。そして、鞄を地面に置き、ひょいひょいと身軽に木を登っていく。あっという間に風船のある所まで辿り着いた陽華は風船を手に取った。
「よし取れた!」
「わっ、お姉ちゃん凄い!」
「えへへっ、それほどでもないよ」
少年がキラキラと目を輝かせる。陽華は照れたように片手で頭を掻く。陽華が木から降りようとすると、足が滑ったのか陽華は体制を崩した。そして、2秒後、陽華は木から落ちた。
「わ、わわっ!?」
「お姉ちゃん!?」
「あのバカ・・・・・・!」
陽華が体勢を崩した時点で危ないと感じていた影人は、鞄を投げ捨て自身の全速力で陽華の元へと駆けた。その結果、影人は何とか落ちてくる陽華を滑り込むように受け止める事に成功した。
「ぐおっ・・・・・・!?」
落ちて来る陽華の下敷きになった影人が苦悶の声を漏らす。陽華の体重が何キロなのか影人は知らないが、最低でも40キロはあるだろう物体がまあまあの高さから落ちて来たため、影人の体を襲った痛みと苦しみはかなりのものだった。
「え!? き、帰城くん!? 何でここに!?」
「そ、そんな事はどうでもいい・・・・・・それより、さっさとどいてくれ・・・・・・」
陽華は驚いた様子で自分の下敷きになっている影人を見つめた。影人は呻くように上にいる陽華にそう言った。陽華は「ご、ごめん!」と言ってすぐに影人の上から離れた。
「ゲホッゲホッ・・・・・・し、死ぬかと思ったぜ」
「だ、大丈夫? ごめんね私のせいで・・・・・・」
よろよろと何とか影人は立ち上がった。そんな影人に陽華が心配そうな顔を浮かべた。
「・・・・・・気にするな。これより強い痛みを何回も経験してるからな。それより、早くそいつに風船返してやれよ」
「え、あ、うん。はい、どうぞ!」
影人に促された陽華が少年に風船を渡す。風船を渡された少年は「ありがとうお姉ちゃん!」と言って笑顔でどこかへと駆けて行った。
「元気なガキだな・・・・・・じゃあな」
「待って待って! 何で普通にどこかに行こうとしてるの!?」
鞄を拾って去ろうとした影人を陽華が止める。影人は露骨に嫌そうな顔になった。
「何だよ。俺はお前に用はねえんだよ」
「私はあるの! そうだ。助けてもらったお礼に鯛焼き奢るね! ちょうどこの辺りに美味しい鯛焼き屋さんがあるんだ! そうと決まったらレッツゴー!」
「は? いや、いいよ。俺は本屋に・・・・・・って、おい。俺の手を引くな! 行かねえぞ俺は!」
「いいからいいから!」
陽華が笑顔で影人の手を引く。影人は何とか陽華の手を振り解こうとしたが、いかんせん通常時の前髪野郎はモヤシである。対して陽華は通常時でも身体能力抜群系少女である。影人は抵抗出来ずに陽華に引かれていった。
「うーん、美味しい! やっぱりここの鯛焼きは最高だね!」
約10分後。陽華は歩きながら買った鯛焼きを頬張っていた。鯛焼きは熱々で中のあんこも程よく甘い。陽華は顔を綻ばせた。
「はあー、ったく何でこんな事に・・・・・・」
陽華の隣で影人が大きなため息を吐く。影人の手には陽華と同じく鯛焼きがある。ただし、味はあんこではなくカスタードだった。単純に影人の好みである。
「ほら、帰城くんも早く食べて! 鯛焼きは熱々の方が美味しいから!」
「別に俺は冷めても美味いと感じる派だ。というか、本当によく食うなお前は・・・・・・」
影人は陽華の左手にある紙袋を見つめた。陽華が買った鯛焼きは1個ではない。10個だ。味はあんこが3にカスタードが3、抹茶が2にさつまいもが2。いくら鯛焼きがおやつ感覚で食べられるといっても限度がある。影人は陽華の大食いぶりに改めて呆れていた。
「えへへ、これくらい食べないと満足できなくて」
「そうかよ。・・・・・・ん、確かに美味いな」
「でしょでしょ! 私も明夜もここの鯛焼きが1番好きなの!」
鯛焼きを齧りそんな感想を漏らした影人に、陽華はパァと明るい顔を浮かべた。
「でも、何か変な感じだね。帰城くんとこうして2人でいるのって。帰城くんと会う時って、大体明夜とか香乃宮くんが一緒だから」
「・・・・・・そうだな。俺からすれば月下と一緒にいないお前は珍しい。お前ら基本的にずっと一緒にいるからな」
「あはは、そうだね。でも、私と明夜も常に一緒ってわけじゃないよ? 明夜は書道部があるし、私は部活やってないから」
適当に食べ歩きながら影人と陽華はそんな会話をした。陽華の指摘通り、なんだかんだこの組み合わせは珍しい。ちなみに、明夜が今日いないのは今言った部活のためだと陽華は付け加えた。
「・・・・・・お前みたいな運動神経抜群の奴が帰宅部っていうのも珍しいがな。お前、何で部活には入ってないんだ?」
「うーん、特定のスポーツが好きとかないっていうのが1番の理由かな。後は放課後の食べ歩きが好きだから! 帰城くんは何で帰宅部なの?」
「単純に面倒くさいからだ。後は群れるのが好きじゃないからな」
「うわー、帰城くんっぽいね」
「おい、朝宮。どういう意味だよそれは」
苦笑いを浮かべる陽華に影人がそう突っ込む。元気いっぱい明るい華やかな女子高生と、陰気いっぱいの前髪系男子高校生の組み合わせは、一見すると中々にアンバランスだったが、どうしてか不思議と合っているように思えた。
「帰城くん、改めてありがとうね。さっき私を助けてくれて。本当に助かったし、嬉しかった。帰城くんはいつも私たちを影から助けてくれるね」
「・・・・・・見てて危なっかしいからなお前らは。それに、いつもってわけじゃない。最近は、別にスプリガンとしてお前らを助けてなかっただろ」
「ううん。帰城くんはいつも私たちを助けてくれてるよ。物理的にじゃない。心の中で。どんなにピンチになったって帰城くんがいるって思えるから、私や明夜は全力で戦えるんだよ。だから、帰城くんはずっと私たちを助けてくれてるんだよ」
「っ・・・・・・」
陽華は全幅の信頼を乗せた目を、暖かで優しい笑顔を影人に向けた。真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐにそう言われた影人は、一瞬面食らってしまった。
「・・・・・・いきなり何を言ってるんだお前は。バカが。お前はバカだ」
「何で急にバカ呼ばわり!? 酷いよ帰城くん! 私、明夜じゃないんだよ!」
「いや、今のお前の言葉の方がよっぽど酷いだろ・・・・・・」
膨れる陽華に影人がそう言葉を返す。そして、影人は気づけばフッと笑っていた。
「・・・・・・ああ、そうだ。朝宮、この前のイズを救う云々って話だが、俺も賛成派に回ってやるよ」
「え・・・・・・? い、いいの? でも、何で急に・・・・・・?」
唐突にそんな事を言い出した影人に、今度は陽華が面食らった。影人はフェルフィズとイズと話をした事を誰にも報告してはいない。本来ならば、間違いなく誰かに言った方がよかったのだが、そうすると無駄に誰かが心配するだろうと思い、影人は誰にもその事を言っていなかった。そのため、影人がイズを救うと決めた事も誰も知らなかった。影人は初めてイズを救う側に回るという事を陽華に伝えた。
「・・・・・・大した理由はない。ただ、確かにあいつを説得して戦わなくてすむならそれに越したことはないと思っただけだ」
「そ、そうなんだ・・・・・・意外だな。帰城くんは最終的に反対の立場になると思ってたんだけど・・・・・・でも、うん。嬉しいな! 帰城くんが賛成してくれるならきっと大丈夫だよ!」
「根拠もクソもない自信だな。・・・・・・でもまあ、お前らしいぜ」
弾けるような笑顔で陽華はそう言った。影人は呆れ半分安心半分といったような顔で口角を少しだけ上げた。
「俺が賛成に回ってやったんだ。絶対にやり遂げるぞ。奇跡を起こすぜ」
「うん! 私たちで起こそう奇跡を!」
鯛焼きを1つ食べ終えた陽華がグッと拳を握る。
(ああ、何でだろう。私とっても・・・・・・とっても幸せ! 嬉しいな、楽しいな、幸せだな!)
陽華はトクントクンと胸が高鳴り、心地の良い高揚を感じていた。陽華は隣にいる影人を見つめ――
「えへへ」
気づけば自然と笑っていた。
「? 何だ。何でそんなニヤけが止まらないって感じの顔してんだよ?」
「別に何でもないよ〜えへへ」
「? ・・・・・・分かんねえ奴」
変わらずにニヤケ続ける陽華に影人はそう呟いた。それからしばらくの間、2人は他愛のない話をしながら放課後の街を進んで行った。
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