第388話 無機なる心をこの手は救えるか

「イズを救う・・・・・・?」

 その言葉を聞いた影人はどこか呆然とした様子でそう呟いた。影人の呟きはその場にいた者たちの代弁でもあった。

「・・・・・・おい女。お前は何を言っている。敵を救う? 頭がおかしいのか貴様」

「っ・・・・・・」

 シスはダークレッドの瞳で陽華を睨んだ。シスに睨まれた陽華はビクッと震えながらも、しっかりとした目でシスを見つめ返した。

「私思うんです。どうしても倒せない敵なら、説得して味方にすればいいんじゃないかなって。そのイズって子が武器の意思なら、ただ製作者であるフェルフィズに従っているだけかもしれない。子供のように親の言う事に従ってるみたいに。だったら、イズに『自分』というものを、意志を目覚めさせる事が出来れば・・・・・・イズと戦う必要はなくなるのかなって」

「・・・・・・それが、お前が言うイズを救うって事か」

 陽華の説明を聞いた影人が確認するように、前髪の下の目で陽華を見つめる。陽華は「うん」と頷いた。

「私たち光導姫の光の力には闇を浄化する力がある。それは精神にも届く力。本当のまっさらな心を開く力。だから・・・・・・その力でイズを浄化するの。説得と浄化を使えば、もしかしたら出来るかもしれない。私はそう思ったんです」

「陽華・・・・・・」

 この場にいる全ての者に、堂々と陽華は自分の考えを述べた。そんな親友の姿を見た明夜はどこか感動したような表情になった。

「・・・・・・私は陽華の考えに賛成です。少なくとも、試してみる価値はあると思います。敵だからといって最初から倒す事だけを考えるのは、選択の幅を狭める事になります」

「明夜・・・・・・」

 真剣な顔でそう言った明夜を、今度は陽華が見つめる。1番に自分の考えに賛成してくれた親友に、陽華は暖かな嬉しい気持ちを抱いた。

「ふん、敵でも話せば分かり合える・・・・・・つまり貴様らはそう言いたいわけか。滑稽だな。どうやら貴様らは信じられん阿呆らしい。敵と分かり合えるだと? そんなものは夢物語だ。少なくとも、1度戦った事のある者はそんな考えは抱かん」

 陽華と陽華の意見に賛成した明夜に対しそう切り捨てたのはシスだった。シスは軽蔑する目を2人に向けた。

「あら、でもあなただって敵である古き者たちと協力して戦ったじゃない。それに、あなたは知らないでしょうけど、ここにいる者は元々敵同士だったのよ」

「あれはただの利害関係の一致に過ぎん。そして、それはお前たちが特殊なだけだ。ほとんどの場合は敵とは分かり合えん。だからこそ、この世から争いはなくならんのだ。平和とはただの膠着状態に過ぎん」

 シェルディアの指摘にシスは冷めた言葉を述べる。シスの言葉は捻くれているといえば捻くれているが、一種の真理でもあった。

「・・・・・・私はそうは思いません。想いが伝われば、きっと敵とだって分かり合えます。確かに時間は掛かってしまうかもしれない。だけど、それでも分かり合える可能性はあるはずです。だから、私も陽華の意見には耳を傾けるべきだと思います」

「・・・・・・ふん」

 ソレイユは隣にいるレイゼロールをチラリと見つめながら自分の意見を述べた。ソレイユの視線に気づいたレイゼロールは顔を背けた。

「ふむ、我らが光の女神がそう言うのならば、私も賛成せざるを得ないようだね。確かに、本来私たち光導姫は倒す者ではない。救う者だ。剣ではなく手を向ける。そうだね。現代に生きる私たちにはそのような姿勢が求められるはずだ」

「うん。私も賛成♪ ラブアンドピースの精神はいついかなる時も捨てちゃダメだからね♪」

「私は正直一概に賛成とは言えませんが・・・・・・一理あるとは思います。選択肢としてあってはいいのではないかと」

「甘いけど、私も賛成よ! だってそっちの方が後味いいし!」

 ロゼ、ソニア、風音、真夏といった他の者たちもイズを救うという意見に理解を示す。今この場にいる光サイドはほとんどの者が賛成という感じだ。

「そうね・・・・・・私も面白そうだし賛成という事にしておくわ。確かに、必ずしも倒す必要はないのだし」

「わ、私も賛成で。そうすれば戦わなくてもいいし、魔法の構築もしなくていいし・・・・・・」

 シェルディアに続くようにキベリアも賛成した。だが、シェルディアは「あら何を言っているのキベリア」とキベリアに不思議そうな目を向けた。

「それはやるのよ。そうしないと説得が失敗した時に困るでしょ」

「そんな!?」

 キベリアが今日何度目かの悲鳴を上げる。結局、キベリアのやる事自体は変わらなかった。

「私は反対ですよ。説得なんて無意味に決まっています。私たちが今このような状態になっているのは、あくまでレイゼロール様と癪ではありますが・・・・・・帰城影人がいたから実現したことです。誰とも何の関わりもないフェルフィズの大鎌の意思を説得して敵ではなくなるなど・・・・・・空想もいいところだ」

「・・・・・・俺も反対かな。あれは人じゃない。説得は感情を有してる生物にしか通じないよ」

「ふん、俺様は言わずもがな反対だ」

「・・・・・・私は今アオンゼウの中に入ってる子の事は知らないけど・・・・・・やっぱり難しい事だとは思う」

 フェリートとゼノは反対の意見を述べた。続くようにシスやシエラも意見を述べる。

「さて、なら後は・・・・・・影人、レイゼロール、そして守護者の彼の意見かしら」

 シェルディアがまだ意見を述べていない3人に視線を送った。

「僕は・・・・・・かつてとある人物を信じきれなかった。誰かを、何かを信じきるという行為はとても難しい事だったから。昔の僕なら、多分朝宮さんの意見には反対していたと思う。でも、今の僕は違う。僕は朝宮さんの意見を取り入れてもいいと思います。選択肢はあった方がいい。僕は、かつてレイゼロールを浄化した朝宮さんと月下さんを信じます」

「香乃宮くん・・・・・・」

「・・・・・・ありがとう」

 光司は確かな意志を宿した顔でそう言い切った。光司の意見に陽華と明夜は暖かな顔になった。

「ふん・・・・・・ダシに使われているようであまりいい気分ではないな」

「ダシではなくてあくまで先例よ。それでレイゼロール。あなたはどういう考えなの?」

 不快そうな顔を浮かべたレイゼロールにシェルディアはそう問いかける。レイゼロールは少しの間黙ったままだったが、やがて口を開いた。

「・・・・・・我は正直どちらでもいい。そのフェルフィズの大鎌の意思を倒そうが封じようが、我にはどうでもいいからな」

「あら・・・・・・意外ね。あなたは反対側だと思っていたけど」

 シェルディアが言葉通りの表情になる。レイゼロールを知る者は大体シェルディアと同じ感想を抱いたため、少し驚いたような顔を浮かべていた。

「言っただろう。ただどうでもいいだけだ。フェルフィズさえ討てるのならそれでいい。・・・・・・ただ、やると言ったからからにはやってみせろよ、光導姫。無機なる心をその手で救ってみせろ」

「っ、うん! 任せて!」

「もちろんよ」

 レイゼロールが陽華と明夜にアイスブルーの瞳を向ける。陽華と明夜はレイゼロールの瞳を見つめ返ししっかりと頷いた。

(はっ、相変わらず主人公してるなお前らは・・・・)

 その様子を見ていた影人は内心でそう呟いた。かつての宿敵からそう言われ、正面から答えてみせる様はまさしく物語の主人公だった。

「・・・・・・お前はどうなのだ影人」

 すると、レイゼロールが視線を影人へと移してきた。残る者はただ1人。かつて光と闇の間を揺蕩った暗躍者であり、イズと戦った影人だけだ。自然と全員の注目が影人へと集中した。

「・・・・・・そうだな。どうするべきなんだろうな。確かに朝宮の意見は一理ある。倒すって方法しか思いつかなかった俺らとは違う、一考するに値する意見だと思う。何より、選択肢が増えるのはいい事だ」

「・・・・・・ならば、お前は賛成か?」

 レイゼロールがそう言葉を挟む。影人は「まあ聞けよ。まだ話は終わってないんだ」と言葉を返した。

「だが、反対側の意見も正しい。命を懸ける戦いで敵を救うなんざ、矛盾もいいところだ。戦いの精神状態にも影響を与えるだろうし、何よりリスクもある。敵を救う事に固執して味方を死なせる事もあるからな」

「・・・・・・なら反対か?」

「別にそうでもねえよ。揺れてるんだ俺は。だから、どうするべきなんだろうなって最初に言ったんだよ」

 今度はシスがそう聞いてくる。だが、影人は1度首を横に振ると、自分の正直な気持ちを吐露した。

「ただ・・・・・・あいつは、イズには感情があるように感じた。例え武器に宿った意思だったとしても、その意思が無機質な神の器の中に入っていたとしても・・・・・・無機質なモノに宿った意思が必ずしも無機質なものじゃないんだ。あいつの意思は限りなく無機質に近いが、完全に無機質なものじゃない。それだけは言えると思うぜ」

 イズの事を思い出しながら、影人はそう付け加えた。その事が示すものが正確に何であるのかは、発言者である影人にも分からない。ただ、気づけば影人は右の拳を軽く握っていた。

「ふん、アオンゼウの中に入っているものに感情があるからなんだというのだ。結局、貴様はどっちつかずという事ではないか」

「うっ、ハッキリ言うな・・・・・・だがまあそうだよ」

 シスの指摘に影人は気まずそうに軽く息を吐いた。

「だが・・・・・・必ず答えは出す。次にあいつと戦うまでにはな。朝宮、月下。取り敢えず、お前らはその考えを捨てなくていい。今持ってるだけなら害はないからな」

「うん、分かった。ありがとう帰城くん」

「たまには優しいのね」

「たまには余計だ月下」

 陽華と明夜が影人に笑顔を向けてくる。影人は明夜にそう言うと水を一口飲んだ。

「ふぅ・・・・・・まあ問題はまだまだあるが、今日はこれくらいにしようぜ。どうせ、今はほとんど何も出来ないからな。正直、ちょっと疲れてるから少し休みたい気分なんだ」

「そうね・・・・・・フェルフィズがこちらの世界に戻ってまだ数時間しか経っていない。今すぐに動くというわけではないでしょう。しばらくは準備・休養期間にしましょう」

「呑気・・・・・・とも言えんか。いいだろう」

 影人の提案にシェルディアとシスが同意を示す。影人の意見に反対するものはなく、場の空気が少し弛緩した。

「さて、んじゃ俺は一旦帰るか。今回はシトュウさんのおかげでこっちの世界にずっといた感じになってるだろうし。じゃあなお前ら。あと、ご馳走様。嬢ちゃん、シエラさん」

 影人は立ち上がると会計を持ってくれたシェルディアと、飲み物や料理を提供してくれたシエラに感謝の言葉を述べた。シエラは「ん」と小さく笑みを返した。

「私も一緒に帰るわ・・・・・・と言いたいところだけど、久しぶりのこちらの世界だものね。今日はゆっくり休んでちょうだい影人。私はせっかくだから、キトナにこちらの世界を案内する意味も兼ねてちょっと観光にでも行ってくるわ」

「あ、じゃあ私は家に・・・・・・」

「何言ってるのあなたも来るのよ。荷物持ちがいないでしょう」

「そんな!?」

「まあ、いいのですか。ありがとうございます。楽しみです」

 キベリアが悲鳴を上げる。もはや誰もキベリアの悲鳴に驚く者はいない。対して、キトナは笑顔を浮かべる。そして、他の者たちも次々と席を立ち始める。

「では私も失礼するよ」

「私もちょっと仕事抜け出してきちゃったから帰るね。バイバイ影くん。またね♪」

「私もバイトあるからさらばよ!」

「ご馳走さまでした。感謝します、吸血鬼シェルディア」

 ロゼ、ソニア、真夏、風音はそう言って店を出て行った。

「・・・・・・今日は休ませてやる。だが、必ず近い内に会いに来るぞ影人」

 レイゼロールも立ち上がり影人にそう言った。その言葉を受けた影人は少し意地悪そうに口角を上げた。

「はっ、何だ俺がいなくて寂しかったのか?」

「っ、バカな事を言うな。我がそのような子供じみた感情を抱くものか。ふん、自惚れるな」

 レイゼロールは言葉こそ否定していたが、その顔は図星であったのか少し赤くなっていた。そして、レイゼロールは影人から顔を背けた。

「ふふっ、分かりやすくて可愛いですねレールは」

「いいね。やっぱり昔のレールより、今のレールの方が好きだな」

「昔のレイゼロール様にはなかった顔ですからね。執事としては主人の色々な顔が見れるというのは嬉しい事です。・・・・・・まあ、その顔を引き出したのが帰城影人ということは不快ですが」

 そんなレイゼロールを見たソレイユ、ゼノ、フェリートが暖かな顔を浮かべた。

「っ、うるさいぞ貴様ら。的外れな詮索をするな。我は帰る」

「あ、俺も行くよ」

「執事の居場所は常に主人の側に」

 レイゼロールに伴ってゼノとフェリートも店を出た。

「それでは私も。今日は久しぶりに会えて嬉しかったですよ影人」

「はっ、そうかよ。まあ、俺も久しぶりにクソ女神のつらを拝めて楽しかったぜ」

「なっ!? なぜ今の言葉でそういう言葉になるんですか!? 相変わらず終わってますね! この捻くれ前髪!」

 まさか、この場面でクソ女神呼ばわりされると思っていなかったソレイユは、怒った口調でそう言葉を放った。対して影人は「お、いいのか」とニヤつく。

「お前の本性が朝宮と月下にバレるぜ。お前一応綺麗な女神で通ってるんだろ。それ以上言うと、イメージとか壊れるんじゃねえのか?」

「はっ! ぐぬぬ・・・・・・! 今日はこれで失礼します! 覚えておきなさいよ影人!」

 ソレイユは陽華と明夜がいる事に気づくと、怒りを噛み殺しながら捨て台詞を吐いて店を出て行った。

「ふっ、勝ったな・・・・・・」

「何が勝ったのよ・・・・・・帰城くん、ソレイユ様に対しては子供っぽいのね」

「あはは・・・・・・」

 ドヤ顔を浮かべた影人に対し明夜は呆れ、陽華は苦笑いした。すると、陽華と明夜、光司も立ち上がった。

「じゃ、私たちも今日はこれで! また学校でね帰城くん!」

「さよなライ◯ンよ」

「名残惜しいけど・・・・・・またね帰城くん。今日は久しぶりに君に会えて本当に嬉しかったよ」

「おう」

 陽華、明夜、光司はそう言うと外に出て行った。影人は3人に対して軽く手を振った。

「じゃあ私たちもそろそろ行くわよ。キベリア、キトナ着いていらっしゃい。そうね。まずは都心にでも行って観光と買い物でもしようかしら。じゃあね影人」

「ワクワクです!」

「はあー、私って何でこう不幸なの・・・・・・」

 シェルディアは会計を済ませるとキトナとキベリアを伴い去っていった。気づけば店内には影人とシスしか残っていなかった。

「・・・・・・何か気がついたら言い出しっぺの癖に最後まで残っちまったな。お前はどうするんだシス」

「ふん、本当ならお前にこちらの世界を案内させるつもりだったのだがな。どうせやる事もない。この世界でも見て回るつもりだ」

 影人の問いかけにシスがつまらなさそうに答える。すると、シエラがジッとシスを見つめこう言った。

「・・・・・・無理。向こう側から来たばかりのシスが1人でこっちの世界を回ったら大変な事になる。向こうとこっちの世界じゃ常識が大きく違う。私も最初は苦労した」

「ふん、こちらの世界の常識など俺様が知るか。俺様という存在が常識よ」

「意味が分からないしそういうところも本当に嫌い。郷に入りては郷に従え。こっちの世界の言葉。・・・・・・はあー、嫌だけど、本当に嫌だけど私が案内する。あなたが他の人の迷惑になるのは分かりきってるし。今日は店じまい」

 シエラは大きくため息を吐いた。どうやら、シスの事はシエラに任せてよさそうだ。その事を確認した影人は店を出た。

「・・・・・・暑いな。まあそうか。今は6月だもんな。もう後少しで夏本番だ」

 燦然と輝く太陽に目を細めながら影人はそう呟いた。

『けっ、夏は嫌いだね。セミがうるせえし』

「気持ちは分からんでもないが、あれも風物詩だぜイヴ。なかったらなかったで寂しいもんだ。まあ、お前にもいつか分かるぜ」

『はっ、分かりたくもねえな』

「そうかよ。さて、んじゃ俺も久しぶりの家に帰るかね」

 影人が小さく笑う。問題は何も解決していない。変わらず世界は危機に瀕している。だが、今だけは。影人は自分が帰るべき場所の事を想うと、自然と穏やかな気持ちになった。そして、家に向かって一歩を刻んだ。










「・・・・・・」

 そして、その頃。無機なる器に宿ったフェルフィズの大鎌の意思は、夜空に浮かぶ月を見上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る