第387話 作戦会議

「――さて、賑やかな休息も得られた事だし、そろそろ真面目な話といきましょうか」

 影人たちの異世界からの帰還が祝われしばらく経った頃。紅茶を飲み干したシェルディアは、店内にいる一同にそう告げた。

「ああ、そうだな。これ以上はもう俺の精神が持たねえ・・・・・・というか、ちょっと休むためにここに来たはずなのに、全然休めなかったし・・・・・・」

 シェルディアの言葉に影人が同意する。そんな影人にロゼが笑いソニアはムッとした顔になった。

「ははっ、主役は休めないものさ。むしろ、これくらいで済んだのだからまだマシというものだろう」

「ちょっと影くん。忙しい中せっかく駆けつけたのに、そういう言い方はどうなの?」

「まあまあソニア。さっき異世界から帰ってきたばかりの帰城くんからしてみれば、それは間違いないことよ」

「あはは! これくらいで情けないわね帰城くん!」

 風音がソニアを宥める。真夏は彼女らしい笑い声を上げた。影人は風音や真夏とそれほど親しいわけではないので、こちらの世界を出立する前に風音や真夏に異世界に行くという話をしたわけではない。だが、陽華や明夜が風音に話したのだろう。そのために、風音は影人が異世界に行っていた事を知っていた。

「ううっ、人が多い・・・・・・シェルディア様、私もう帰っていいですか?」

「ダメよ。あなたも働くのよ」

「情けないですねキベリアさん。『魔女』の名が泣いていますよ」

「うるさいわよフェリート。あんたに私の苦労が分かるもんか・・・・・・!」

 ため息を吐くフェリートをキベリアが睨みつける。そんな中、レイゼロールがシェルディアにこう言葉を掛ける。

「さっさと真面目な話とやらをしろシェルディア。大体の事はシトュウの念話で聞いたが、詳細は分からん。何があった? なぜ、あちらこちらの空間に亀裂が奔っている? 全て我たちに話せ」

「分かってるわよ。せっかちね。影人、あなたも話すのを手伝ってちょうだい」

「ああ、分かった」

 影人はシェルディアの言葉に頷いた。そして、シェルディアと影人は、シス、キトナ、ゼノ、フェリート以外の者たち――シエラ、ソレイユ、レイゼロール、陽華、明夜、光司、ソニア、風音、ロゼ、真夏、キベリア――に今までの事を全て話した。

「・・・・・・っていうわけだ。端的に言えば、俺たちはあいつを、フェルフィズを止めきれなかった。本当なら、世界間の境界を壊されたこの世界と向こう側の世界は1つになって大混乱に陥るはずだったんだが・・・・・・それはシトュウさんと零無のおかげで何とか食い止められてる。これが今の現状だ」

「「「「「・・・・・・」」」」」

 影人がそう言って説明を結ぶ。シェルディアと影人の説明を聞いた者たちは、少しの間黙ったままだった。

「・・・・・・ふん、つまりはまんまとしてやられたわけか」

「・・・・・・そうだな。その通りだ。言い訳をする気はねえ。だが・・・・・・魔機神の器を得たフェルフィズの大鎌の意思、イズは尋常じゃなく厄介で強かった。『終焉』をも無効にする不滅の存在性。更に能力が解放・拡張された『フェルフィズの大鎌』。正直、無敵っていても過言じゃない。あいつがフェルフィズの手駒なのが最悪だ」

「・・・・・・アオンゼウを封じるのには本当に苦労した。あの時でさえ強かったのに、今回はそれ以上なんて正直想像がつかない」

 かつてアオンゼウを封じた者の1人であるシエラが厳しい顔を浮かべる。

「帰城くんやシェルディアちゃん達でさえ止めきれない相手・・・・・・」

「そんな相手が今回の敵なのね・・・・・・やれやれだわ。設定盛り込みすぎのラスボスみたいね・・・・・・」

「自分は不滅でありながら、絶対的な死を与える存在か・・・・・・まさに死神だね」

「感心してる場合じゃないよロゼ。私たちはそんな相手をどうにかしないといけないんだから」

「ソニアの言う通りね。フェルフィズとイズをどうにかしないと、世界の危機は去らない。何か対策を考えないと・・・・・・」

「ヤバいわね。だけど、やるしかないわ」

 陽華、明夜、ロゼ、ソニア、風音、真夏の光導姫組も真剣な顔になる。光司も「それは本当に厄介な相手だね・・・・・・」と難しい顔を浮かべる。

「1番厄介なのは数の差が機能しない事だね。帰城くんの話だと、敵は視界内ならどこからでも絶対不可避の絶対死の一撃を放って来る。戦力という概念が意味をなさない」

「香乃宮の言う通りだ。あの大鎌は不死だろうが殺す。普通の奴が喰らえば言わずもがなだ。今のところ、あの大鎌の一撃を喰らって死なないのは『終焉』状態の俺とレイゼロールくらいだが・・・・・・それでも斬撃自体は喰らうからな。ったく、何で俺の敵はこうも反則級の奴が多いんだろうな」

 シェルディア、レイゼロール、零無。今では味方だが、かつて敵だった者たちを思い浮かべながら影人はため息を吐いた。

「だが、泣き言を言っても現状は何も変わらねえ。俺たちはあいつらを止めなきゃならない。世界を、命を、平穏を願うならな。だから、ここにいる奴ら全員の力を貸してくれ。足りないなら、ここにはいない他の奴らの力も借りる。今回ばかりは、全員が協力しないとどうにもならないからな」

「「「「「っ・・・・・・」」」」」

 影人は座りながら全員に対して頭を下げた。普段捻くれていて1人で何でも解決しようとする影人が素直に他の者たちを頼る。極めて珍しい光景に、特に陽華、明夜、光司、ソニア、ロゼ、が驚いた表情になる。基本的に、その5人は影人が素直になったところをほとんど見たことがない者たちだった。

「もちろん。私に出来る事ならなんでも」

「仕方ないわね! この私が手を貸してあげるわよ!」

 風音、真夏は特に驚く事もなく素直にそう答えた。そして、陽華、明夜、光司、ソニア、ロゼもやがてその首を縦に振った。

「うん。当然! 私たち全員が力を合わせればどんな困難だって打ち砕けるよ!」

「そうよ。今度は世界のために、みんなが力を合わせる。王道中の王道よ。こんな熱い展開で負けるはずがないわ!」

「もちろんだよ。君の力になれるのなら、そしてそれが世界のためだというなら、僕は僕の全力以上を懸けるよ。光栄だよ」

「私も協力するよ♪ 私の歌、敵さんにも届けちゃおう♪」

「私もぜひにその世界の敵とやらを描きたいからね。僭越ながら力を貸そう」

「・・・・・・ありがとうよ」

 影人は5人に感謝の言葉を述べる。すると、コーヒーを飲んでいたシスが「ふん」とつまらなさそうな顔でこう言葉を続けた。

「そんな有象無象がいくらいたところで無駄だ。ただ死ぬだけだぞ」

「お前の言おうとしてる事は分かるが・・・・・・こいつらは有象無象じゃねえよ。こいつらは頼れる奴らだ。それは俺が保証する」

 シスの言葉に影人はしっかりとした口調で反論した。ずっと光導姫や守護者をスプリガンとして影から見守ってきた影人は、彼・彼女たちの強さをよく知っている。ゆえに、そこだけは譲る事が出来なかった。

「「っ、帰城くん・・・・・・」」

 その言葉を聞いた陽華と明夜が驚きと衝撃が混在した顔を浮かべる。スプリガンである影人は2人の憧れだ。そんな憧れの人が自分たちを認めてくれている。陽華と明夜からすれば、その事実は特に大きなものだった。

「・・・・・・嬉しいな。君にそうまで言ってもらえるのは」

「影くん・・・・・・うん、どんどん頼りにしてくれていいからね♪」

「全く、今日の君はイヤに素直だね。そこまで言われてしまえば頑張るしかないようだ」

「私も全力を尽くします」

「上から目線っぽいのが気に食わないけど、よく言ったわ帰城くん! ただ、こいつらって言い方の中に私が入ってそうなのは許せないけどね!」

「す、すいません会長。ついノリで・・・・・・」

 光司、ソニア、ロゼ、風音、真夏もそれぞれの感想を述べる。影人は先ほどの格好つけ具合はどこへやら。情けない様子で真夏に頭を下げた。

「・・・・・・お前がそこまで言うのならば、少しはアテにしてやる。だが、そいつらに絶対死を弾く力はあるのか? 死の概念を弾く、もしくは相殺できる力がなければ、さっきそこの男が言ったように戦力にはならんぞ。腹立たしい事だが・・・・・・俺様たちも含めてな」

 シスが改めてその問題を提示する。そう。真の能力が解放されたフェルフィズの大鎌を相手にする以上、その問題は避けては通れない。不可避の絶対死をどう対処するのか。その問題をクリアしなければ、戦いにすらならない。

「いや、さっき言ったみたいに死を弾けるのは俺とレイゼロールくらいだ。それ以外の奴らにそんな力はねえよ」

「・・・・・・『終焉』の闇を纏う事が出来るのは、あくまでその使用者だけだ。他の者に纏わせれば死ぬぞ」

「分かってるよ。それに関しては1つだけアテというか考えがある。俺がお前との最後の戦いで使った『世界端現』だ。あれは死を弾く力がある。加えて、他人に纏わせる事も可能だ。取り敢えず、あれを使えば戦いにはなる」

 レイゼロールの指摘を受け影人が答えを提示する。『終焉』の闇から陽華や明夜、光司を守るために使ったあの業。あれを全員に使う事が出来れば問題はクリア出来る。

「ただ、あれはかなり力を喰うんだよな。あの時は3人に力を使ったが、それでも尋常じゃなく力を持っていかれたし・・・・・・」

 だが、その力にも問題はある。影人はその問題点を説明すると軽くボヤいた。

「力の消費の問題だけなら、まあ何とかなるでしょう。もう1つの問題は魔機神アオンゼウ・・・・・・今はイズだったかしら。あれをどうにか倒す方法ね。イズさえ排除出来れば、フェルフィズを倒す事も容易だわ」

「そうですね。聞いた話によると、イズには絶対死の力は通用しない。ですが、フェルフィズも厄介は厄介ですよ。あの狡猾さにいくつもの神器・・・・・・全ての元凶は彼だ。また彼を逃せば災厄は降り続きます」

「だね。本当に今度こそ最後にしなきゃ」  

 シェルディアの言葉にフェリートが反応し、ゼノがフェリートに同意する。すると、ソレイユがこう聞いて来た。

「あの、そもそもフェルフィズとイズの場所が分からなければ戦う事も出来ないですよね。しかも、2人の居場所はシトュウ様にも分からない・・・・・・どうやって2人を捜すんですか?」

「あー・・・・・・実はそれも問題なんだよな。あいつが次にどう動くかは分からねえし、網を張る事も出来ないからな」

 影人が困ったように頭を掻いた。全く以て問題は山積みだ。

「まあ、今すぐに思い付かないものは仕方がないよ。今考えられる問題から考えないと。そのイズって子は昔精神を滅されて体を封印されたんだよね。なら、今回もその方法で倒すの?」

 ソニアが軽く首を傾げる。影人は微妙な顔で首を縦に振った。

「イズじゃなくて、正確には滅されたのは元のアオンゼウの意識だがな。そうだな。今のところはシスやシエラさんがやった方法で行くつもりだ。ただ、やっぱり出来ることならアオンゼウの器も破壊したい。あいつらと戦う前に何かいい方法を思いつけば、そっちに変更って感じだと思うぜ」

「うん。それが1番いいと思う。私も賛成」

「ふん。分かりきった事だな」

 かつてアオンゼウを封じたシエラとシスが影人の言葉に同意する。その2人が同意した事もあってか、異論を唱える者は特にいなかった。

「・・・・・・そいつの精神を滅した方法って、精神を表に引きずりだして直接死を与えるって方法だったんでしょ。さっきのあんたの話だと、なんかエルフっぽい奴が精神を顕現させてたみたいだけど・・・・・・そいつはどこにいるのよ。言っとくけど、精神を顕在化させる魔法なんて超超高難易度の魔法、『魔女』の私にも使えないわよ。というか、私はそもそもそんな奴と戦いたくもないけど・・・・・・」

 今まで黙っていたキベリアが心底嫌そうな顔でそう言った。キベリアは影人に質問を飛ばした形だったが、その問いに答えたのはシェルディアだった。

「レクナルや白麗の他の古き者はまだ向こう側の世界にいるわ。自分たちの国の様子を確認すると言ってたわ。まあ、向こうに戻って協力するように言えば協力するでしょうけど。でも、呼ぶのも面倒だし、やっぱりあなたが使えるようになっておきなさいな。キベリア」

「え!? あの、話聞いてましたシェルディア様!? 私その魔法使えないんですけど!?」

「じゃあ今から使えるようになりなさい」

「そんな無茶苦茶な!? 魔法の構造も何も分からないんですよ!? しかも異世界の魔法だし! しかもしかも、よしんば構造が分かったとしても会得するのに年単位は掛かるに決まってるし! いつ戦いになるかは分かりませんけど、絶対年単位はないじゃないですか!」

 シェルディアの無茶振りにキベリアが悲鳴を上げる。久しぶりのシェルディアの無茶振りは、今までキベリアが受けて来た無茶振りの中で最も酷いものであった。

「そんなものは知らないわよ。気合いで何とかなさい。どちらにせよ、その魔法を使える者は多くいた方がいい事に変わりはないのだから。時間は短いでしょうけど、せいぜい頑張りなさいな。出来なければ死より残酷な事があなたを待っているわよ」

「そ、そんなぁ・・・・・・ううっ、何で私ばかりこんな目に・・・・・・」

 キベリアは絶望したようにその顔を伏せた。多分だが、今キベリアの目には涙が滲んでいる。そんなキベリアを見た影人は哀れな目を向けた。

(キベリアさん。いつの間にかすっかり不憫キャラになっちまって・・・・・・でも頑張れ。嬢ちゃんは出来ないと思った奴に無茶振りをするような人じゃないから)

 影人は心の中でキベリアを応援した。影人はキベリアは間違いなくシェルディアに認められていると思っている。まあ、そのキベリアはそうは思っていないようだが。

「あれがかつて本気で戦った最上位闇人・・・・・・現実は怖いわね」

「あはは! まあ頑張りなさい闇人!」

 かつてキベリアと戦った風音と真夏もそんな反応を示す。すると、そんなタイミングでおずおずといった感じで陽華が手を挙げた。

「あの、ちょっといいかな?」

「ん? 何だ朝宮?」

 影人が陽華の名前を呼ぶ。発言権を得たと思った陽華はどこかバツが悪そうな顔でこう言葉を続けた。

「あの、急にこんな事言うのもあれなんだけど・・・・・・そのイズって子は? さっきから、倒す事しか方法がないって感じだけど・・・・・・」

「? すまん、どういう意味だ?」

 影人は訳がわからないといった顔でそう聞き返した。影人は本当に陽華が何を言っているのか分からなかった。それは影人以外も同じらしく、ほとんどの者が不可解な顔を浮かべていた。

「いや、あのねフェルフィズって人はきっともう倒すしかないかもしれないって思う。それもちょっと悲しいけど・・・・・・でも話を聞く限り、きっとそこまでいかなきゃ決着はつけられないんだよね。だから、それは仕方ない事なのかもしれない。だけど、そのイズって子は・・・・・・もしかしたら、他の方法を取って対処できるんじゃないかって」

「・・・・・・つまり、お前は何が言いたいんだ朝宮?」

 影人は純粋な疑問の言葉を陽華に送る。そこに苛立ちはない。その声音に安心感を抱いたのか、陽華は落ち着いた様子でしっかりとこう言った。


「うん。あのね・・・・・・つまり、。そのイズって子を。いつかの、レイゼロールの時みたいに」

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