第386話 前髪の帰還は賑やかに
「・・・・・・あー、そのなんだ。久しぶりだな。ついさっきこっちの世界に帰ってきたところでよ。というか、よくここが分かったな」
ソレイユとレイゼロールと久しぶりに再会した影人は、立ち上がり軽く頭を掻いた。まさかこんなにすぐに2人と会う事になるとは思っていなかったので、影人は少し緊張したような、どう接していいのやら的な様子になっていた。
「・・・・・・お前がこちらの世界に戻ってくればすぐに分かる。お前の気配は絶対に忘れないからな」
「私もです」
影人の言葉にレイゼロールとソレイユは真剣な顔で答えた。
「久しぶりねレイゼロール、ソレイユ」
「レイゼロール様。フェリート、ただいま帰還しました」
「久しぶりレール」
レイゼロールとソレイユを見たシェルディアは2人に軽く手を振り、フェリートは立ち上がり恭しくお辞儀を、ゼノはぼんやりと笑った。
「まあ、美しい方々・・・・・・まるで女神様のようです」
「レイゼロール・・・・・・なるほど、あの白髪の女がそうか」
2人を初めて見たキトナとシスはそれぞれそんな反応を示す。シエラはチラリとレイゼロールとソレイユを見ると挨拶の言葉を述べた。
「いらっしゃい。取り敢えず、適当な場所に座って。入り口は邪魔になるから」
「あ、はい。すみません・・・・・・」
「ふん」
シエラの言葉を受けたソレイユとレイゼロールは、その場から動くと影人の方に近づいて行った。
「影人、そのまずは・・・・・・お帰りなさい。あなたが帰って来てくれて本当に嬉しいです」
「・・・・・・よく帰って来たな。別に、お前がいなかったから寂しかったというわけではないが・・・・・・賑やかしがないとつまらんからな。だから、お前の帰還を祝福してやる」
ソレイユはうるうるとした目で満面の笑みを浮かべ、レイゼロールはツンと嬉しさを隠しきれぬ顔で影人にそんな言葉を送った。
「っ・・・・・・ああ、ありがとよ。俺もまあその・・・・・・久しぶりにお前らに会えて嬉しいよ」
影人はどこか照れたようにそう言った。珍しい前髪野郎のデレである。その言葉を聞いたソレイユとレイゼロールは嬉しそうに小さく笑った。
「こほん。感動の再会は何よりよ。積もる話はあるでしょうけど、まずは席に着きなさいな。ここは喫茶店。ゆっくり飲み物を飲んで話をなさい。ついでだから、会計は私が持ってあげるわ」
「そ、そうですね。ありがとうございますシェルディア」
「・・・・・・いいだろう」
わざとらしく咳払いをしたシェルディアが2人にそんな言葉を投げかける。ソレイユとレイゼロールはカウンター席に着いた。
「・・・・・・それで、そこの2人は何者だ。知らん顔だが・・・・・・」
「初めまして、私キトナ・ヴェイザと申します。影人さん達の旅に同行させていただいております。以後、お見知りおきを」
「ふん。何故、俺様が名乗らねばならんのだ。俺様の高貴な名を知りたければ、まず貴様から名乗れ」
カウンター席に着いたレイゼロールがキトナとシスにそう問いかける。キトナは立ち上がり優雅にお辞儀を。シスはふんぞり返りそう言葉を放った。
「・・・・・・何だ貴様? 死にたいのか」
「それは気にしなくていいわ、レイゼロール。一応、私とシエラと同じ真祖でシスというのだけれど、見ての通り傲慢が人の形をしているものだから」
「うん。シスに構うだけ無駄」
シスを睨みつけるレイゼロールにシェルディアとシエラがそう言った。シェルディアからシスの正体を教えられたレイゼロールとソレイユは「っ、こいつが最後の真祖か・・・・・・」「まあ・・・・・・」と驚いた。
「ふふっ、影人さんはシェルディアさん以外にも素敵な方々とお知り合いなんですね。流石ですわ」
「あんな奴らはどうでもいい。さっさと品書きを教えろ影人。俺様が最優先だ」
「何が流石なんだ・・・・・・? あと、お前は分かったからグイグイと近づいてくるなよシス」
影人はキトナとシスにメニューを教えた。影人からどんなメニューがあるのか教えられたキトナは、コーラとパフェを、シスはコーヒーとスコーンを注文した。
「ソレイユ、俺が向こうの世界に行って大体どれくらいの時間が経ったんだ?」
「大体1ヶ月ほどですね。あなたが向こうの世界に行っている間、大したトラブルは起きていませんでした」
「1ヶ月? まじか。向こうには大体2ヶ月くらいいた感じだったんだが・・・・・・時の流れが違うんだろうな。思ってたよりも長くはなかったな。ちょっと早めの夏休みって感じだな」
注文した物が来るまでの間、影人はソレイユからこちらの世界の状況を聞いた。
「うわ〜凄いです! シュワシュワして甘い。こんな飲み物初めてです!」
「何だこれは。えらく苦いな。だが・・・・・・中々どうして悪くない」
コーラとコーヒーを飲んでいたキトナとシスは未知との出会いを楽しんでいた。かなりの数の注文を受けているシエラは「大忙し・・・・・・」と呟き、忙しなく動いていた。
(さて、せっかくレイゼロールもソレイユもいるんだ。そろそろ真面目な話でも・・・・・・)
バナナジュースを飲んで一息ついた影人はそう思うと、口を開こうとした。どうでもいいが、久しぶりに飲むバナナジュースはそれはそれは美味かった。だが、影人がレイゼロールやソレイユに対し話しかけようとした時――
「――ねえ明夜。これからどうなるのかな?」
「さあね。ソレイユ様の話だとぶっちゃけ世界のピンチって感じだけど・・・・・・私にはピンチって事しか分からないわ」
「さっき、僕もラルバ様と会って来たけど・・・・・・そうだね。正直かなり難しい話だと思ったよ。だけど、僕たちは僕たちの出来る事をしよう」
「っ・・・・・・」
店の扉が開く音と共にそんな声が聞こえてきた。その声に影人は聞き覚えがあった。思わず影人は入り口に顔を向ける。すると、そこには制服姿の女子が2人、男子が1人いた。
「わっ、今日凄く人多い・・・・ってソレイユ様!?」
「レ、レイゼロールもいるわよ・・・・・・というか・・・・・・」
「っ、これは・・・・・・」
活発という言葉がピッタリなショートカットの髪の明るい少女――朝宮陽華と、クールそうな外見とは裏腹に実はかなりポンコツなロングヘアーの少女――月下明夜、そして爽やかなイケメン少年――香乃宮光司は店内を見て驚いたような顔を浮かべた。そして、3人は影人に気がつくとピタリと硬直した。
「「「・・・・・・」」」
「あー・・・・・・よう。久しぶりだなお前ら。色々あってさっき帰ってきたところだ」
あまりの衝撃と驚きから硬直している3人に、影人はどこか気まずそうにそう言った。完全に先ほどのソレイユとレイゼロールの時と同じような反応だ。
「き・・・・・・帰城くん!? え、えー!? 何でここに!? もう異世界から帰って来たの!?」
「何てこと・・・・・・何気なく喫茶店に来たら異世界に行ってた同級生がいたわ・・・・・・オーマイガー」
「帰城くん・・・・・・帰城くん・・・・・・ああ、君なんだね。帰って来たんだね・・・・・・嬉しい。本当に嬉しいよ。っ、ごめん。あまりの感動に涙が・・・・・・」
ようやく硬直が解けた陽華、明夜、光司は影人に対してそんな反応をした。3人の反応に影人は恥ずかしそうに面倒くさそうに頭を掻く。
「一々大げさなんだよ。別に俺が帰って来たくらい、そんなに騒ぐほどのことでもねえだろ」
「いやいやいや! 普通に驚くし騒ぐよ!? だって私たちずっと帰城くんが帰ってくるの待ってたんだから!」
「知らねえよ。勝手に俺の帰りを待つな。あと本当にうるさいからちょっと黙れ」
「酷い!?」
陽華がショックを受けたようにガーンとした顔になる。影人と陽華のやり取りを見ていたシェルディアはくすりと笑った。
「ふふっ、相変わらずの元気の良さね。久しぶり、陽華、明夜」
「あ、シェルディアちゃん! うん、久しぶり!」
「そっか。シェルディアちゃんも帰ってたのね。久しぶり」
陽華と明夜がシェルディアに笑顔で挨拶を返した。
「陽華、明夜、守護者さんこんにちは。先ほど念話で一方的に語りかけたぶりですね」
「ふん、光導姫に守護者か・・・・・・」
「まあ、可愛らしいお服。ふふっ、どうやら、また影人さんのお知り合いのようですね」
陽華と明夜、光司を見たソレイユやレイゼロール、キトナがそんな反応を示す。ゼノ、フェリート、シスは横目でチラリと3人を見るだけで特に言葉を掛けるような事はしなかった。
「む、お客が一杯・・・・・・でも、頑張る。いらっしゃい。空いてる場所に適当に座って」
「はい!」
「かしこまり、でーす」
「すみません。ありがとうございます」
シエラに促された陽華、明夜、光司は、影人たちが座っている隣の4人掛けの席に座った。隣のテーブル席に座った3人に対し、影人は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「げっ、何でそこに座るんだよお前ら。向こうのカウンター席も3つ空いてるだろ。向こうに行けよ」
「久しぶりに会った同級生に心底嫌そうな顔しないでくれるかしら。相変わらずの捻くれ具合ね帰城くんは。クールビューティーな私とは大違い」
「よく言うぜギャップ大魔神。確かにお前の見た目はそうかもだが、中身はバカキャラレベルのポンコツだろ。普通に見た目詐欺だろ」
「ちょ、急に酷すぎない!? 誰が見た目詐欺よ! というか、見た目詐欺でギャップ大魔神なのは帰城くんでしょ! 久しぶりに実感したわ!」
「はっ、どっからどう見ても孤独が好きな大人しいキャラだろ。俺のどこが見た目詐欺だ」
「そういうところよ!」
明夜が堪り兼ねたようにそう叫ぶ。本当に明夜に同意である。見た目詐欺の極致みたいな奴がどの口で言っているのだろうか。やはり前髪。前髪野郎。早く3度目の死を与えないと人類と世界にとって害悪である。
「まあまあ、月下さん少し落ち着いて。どうやら帰城くんはさっき帰って来たみたいだし、きっと疲れているんだよ。ところで帰城くん、そちらのお2人は? 初めて会う方たちだから、紹介してくれるかな?」
「あ、ああ。それは分かったが・・・・・・香乃宮、お前ニコニコし過ぎて逆に怖いぞ? というか、怖い通り越して気持ち悪いというか・・・・・・」
影人は頷きながらも引いたような顔で光司を見た。菩薩のような笑顔を浮かべている光司は、喜びからかは分からないが、光っているように見えた。
「あはは、香乃宮くん久しぶりに帰城くんに会えて本当に嬉しいんだね」
「帰城くんがいない間、たまに魂が抜けたような状態になっていたものね・・・・・・」
そんな光司を見た陽華と明夜が微笑む。影人は陽華と明夜の言葉を無視すると、光司たちにキトナとシスの紹介をした。
「こっちの女の人はキトナさんだ。向こう側の世界で旅仲間って感じで好奇心からこっちの世界に着いて来た。一応、向こう側の世界の王女様だ。で、この偉そうな奴はシス。嬢ちゃんやシエラさんと同じ吸血鬼の真祖だ」
「お初目にかかります。私、キトナ・ヴェイザと申します。どうかよろしくお願いいたします」
「ふん、影人の仲間か知らんが俺様はつまらない者に興味はないぞ」
キトナは3人に対して挨拶を、シスは相変わらずの態度で3人に接した。影人の説明を聞いた陽華、明夜、光司は驚いたように目を見開いた。
「お、王女様!? わー、凄い!」
「異世界の王女様に俺様系イケメン真祖・・・・・・いいわね」
「凄い方たちだね・・・・・・だけど、なるほど。ヴェイザさんの言葉が分からなかったのは、異世界の言葉だからなんだね。英語や他の言語でもなかったから、その面でも少し驚いたよ」
「ああそうか。すっかり忘れてたが、こっちだとキトナさんが言葉通じないんだな。言語システムが特殊な奴ばっかだったから気づかなかったぜ。じゃあ、キトナさん。この指輪つけてくれ。これで言語問題は解決するはずだ」
光司の言葉でその問題に気づいた影人はキトナに自分が嵌めていた指輪を渡した。向こうの世界でシェルディアから託された魔道具だ。キトナは「ありがとうございます」と言って指輪を受け取った。そして、それを右手の人差し指に装着した。
「そうだ。ピュルセさんにも帰城くんが帰って来たって連絡しないと! ピュルセさんもきっと帰城くんに会いたいはずだよ! あと風音さんにも!」
「会長、いや真夏先輩にもね」
「おいやめろ朝宮月下。これ以上賑やかになったらいよいよ収拾がつかなくなる。つーか、お前らあの2人の連絡先知ってるのかよ・・・・・・」
スマホを取り出した陽華と明夜に影人が待ったの言葉を掛ける。ちなみに、影人が言った2人とはロゼと真夏の事だ。
「ダメだよ帰城くん。君の帰還は盛大に祝わないと。みんな、君の帰りを心から待っていたんだから」
だが、光司は影人の手を軽く握ると首を横に振った。
「俺は盛大に祝ってほしくない系の人間なんだよ。というか、さりげなく手を掴むな! しかもかなりキツめに握ってるだろお前!? 痛くはない絶妙な強さで何か怖いんだよ!」
「何も問題はないよ。僕は友人として君の帰還を心から喜び祝福しているだけだからね」
「さりげなく友人設定にするな! 俺はまだお前を友達とは認めてねえぞ! あーちくしょう! 何か久しぶりだなこの感じ!」
圧倒的爽やかイケメンスマイルでそんな事を言ってくる光司に影人は悲鳴を上げる。そんな影人の様子を見たシェルディアやソレイユ、陽華や明夜はくすくすと笑った。
「まあ、こんな影人さん初めて見ました。ふふっ、こんな影人さんもいいですね」
「ふん、こんな時だというのに呑気な奴らだ・・・・・・」
「全く、レイゼロール様に同意ですね」
「俺はいいと思うけどな。こんな時だからこそ明るく普段通りというか、精神にゆとりを持たないとだし」
「うるさいぞ。少し黙れ影人」
キトナ、レイゼロール、フェリート、ゼノ、シスはそれぞれそんな感想を述べる。ワイワイガヤガヤと、店内は更に賑やかになる。
「ふふっ、いいわね。この感じ素敵だわ。私もキベリアを呼び付けようかしら。ああ、陽華、明夜、それと守護者のあなた。あなた達も好きなものを頼みなさい。費用は私が持つから」
「え、いいのシェルディアちゃん!? やったー! ありがとう! じゃあねじゃあね、まずナポリタンとオムライスとホットサンドと・・・・・・」
「流石は超お金持ち系吸血鬼様。じゃあありがたく」
「遠慮させていただきますと言いたいところですが、ここで断るのも失礼ですね。ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
陽華、明夜、光司がシェルディアに感謝の言葉を述べる。陽華は凄まじい大食いなので、食べ物をかなりの量注文した。陽華の注文を聞いた影人は「相変わらずだな朝宮・・・・・・」と少し呆れたように呟いた。
「これはかなりキツい・・・・・・裏技を使う」
一方、1人で注文に対処しているシエラは、吸血鬼の能力としての影を操作する力を使うと、影を何本かに分かれさせ手の形にした。そして、その手も使って注文に対処した。
「おお、凄え千手観音みてえだ・・・・・・」
シエラを見た影人がそう呟く。すると、陽華が影人にこう言ってきた。
「あ、もうピュルセさんとか真夏先輩に連絡入れたからね帰城くん。2人ともすぐに来てくれるって」
「げっ、いつの間に・・・・・・すまんが、ちょっと急用もといトイレだ。じゃあな」
「ダメだよ帰城くん。君、そう言って逃げる気だよね。それはいけないよ」
最悪といった顔を浮かべた捻くれ前髪は席を立とうとしたが、光司がそれを制止した。
「っ、な、何の事だ。俺が逃げるわけねえだろ。普通にトイレだ」
「嘘だね」
「嘘ね」
「嘘だな」
「嘘ですね」
明らかに動揺した影人に、光司、シェルディア、レイゼロール、ソレイユが即座に判定を下す。影人は「うぐっ・・・・・・」と焦ったような顔を浮かべた。
「ええいとにかくトイレだ! これ以上愉快な奴らが増えたらいよいよ終わりだろうが! 俺は逃げるぞ!」
「本音が出てるわよ帰城くん。今日くらい諦めることね」
「そうそう。きっと楽しいよ!」
遂に本音をぶちまけた影人に明夜と陽華がそう言葉を返す。結局、影人は逃げきれず、もう少ししてロゼ、真夏、風音、ロゼ経由からソニアも喫茶店「しえら」を来訪したのだった。後、シェルディアが一旦家に転移してキベリアも連れて来た。急に連れて来られたキベリアは色々と混乱しており、半分涙目だった。
――こうして、前髪野郎の異世界からの帰還は賑やかなものになった。
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