第385話 元の世界への帰還
「――っていうわけで、俺たちは元の世界に戻らなきゃならなくなった。・・・・・・だから、悪いな。旅はここまでだ。キトナさん」
フェルフィズがヘキゼメリを崩してから約1時間後。影人たちは、一旦血影の国の不夜の祖城に戻っていた。そして、影人は城で待機していたキトナに今までの事情を話し、そう告げた。
「・・・・・・そうですか。それは、大変な事になりましたね。ええ、私の事は気になさらないでください。皆さんは、皆さんの為すべき事をなさってください」
影人の言葉を受けたキトナは重々しく頷くと、真剣な顔で影人や、その周りにいたシェルディア、ゼノ、フェリートにそう言葉を述べた。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるわ。ああ、でもキトナ。別にあなたが望めば、私たちに着いて来てもいいのよ。こんな時に言うのはあれだけど・・・・・・正直、ワクワクするでしょ? 違う世界に行くことは」
「っ、シェルディア様。戯れが過ぎますよ」
どこか悪戯っぽい顔でそう言ったシェルディアにフェリートが咎めるように言葉をかける。だが、シェルディアは「別に戯れではないのだけれどね」と軽く息を吐いた。
「ただ、あなたにとって向こう側の世界は未知で、色々と勝手は違うわよ。向こうではあなたのような獣人はいない。行くなら自分を偽らなければならない。それでも、あなたは来たい? キトナ、あなたに選択肢をあげるわ。さあ、どうするの?」
「で、でも、私が着いていけば足手纏いになるのでは・・・・・・」
「別にそんな事はないわよ。ねえ影人、ゼノ?」
シェルディアが影人とゼノにそう振った。影人とゼノはそれぞれこう答えた。
「まあ、正直今までとあんま変わらないからな。キトナさんが着いてきたいってなら、好きにしたらいいと思うぜ」
「俺も同じかな」
「ほら、2人もこう言ってるでしょ。あなたもそう思うわよね? フェリート」
「はあー・・・・・・ええ、そうですね」
フェリートは諦め切ったようにシェルディアに同意した。ここで反論しても無駄だということをフェリートは既に悟っていた。
「ほら、全員いいって言ってるわよ。キトナ、あなたの素直な心に従いなさい」
「わ、私は・・・・・・」
キトナは一瞬逡巡した様子になった。しかし、やがて決心したようにその両の目を見開いた。
「行きたいです。私も影人さん達の世界に一緒に行きたい。だから皆さん、私も連れて行ってください!」
「いい答えね。そうよ、キトナ。いついかなる時でもチャンスは掴まなくてはならないわ」
キトナの答えを聞いたシェルディアは満足そうに頷いた。
「やれやれ・・・・・・」
「ん、改めてよろしくね」
「はっ、自分の欲望に素直になるのはいいことだぜ」
フェリート、ゼノ、影人もそれぞれの反応を示した。すると、ずっと影人たちの近くにいたシスがイスから立ち上がった。
「ふん、くだらん話は終わったか。終わったのならば、さっさと異世界とやらに行くぞ」
「分かっているわよ。幸い、亀裂は所々に広がっているから、どこからでも向こうの世界には行けるはずよ」
亀裂の先の空間は影人たちの世界に繋がっている。その情報を影人から聞いた(影人はシトュウから聞いた)シェルディアはシスの言葉に頷いた。
「というか、あなたも着いてくる気なのね。いいの? どれくらいの時間が掛かるかは分からないけど、この世界を留守にして」
「当然だ。あのふざけた神をこのままにしておくなど、俺様の矜持が許さん」
シスは不機嫌そうな顔を浮かべると、こう言葉を続けた。
「そして、少しの時間俺様が留守にしたところで問題はない。俺様の同胞は弱くはないからな。それは貴様も知っているはずだ」
「・・・・・・ええ、そうだったわね。私としたことが愚問だったわ」
「そういう事だ。しばらくの間、この国は任せたぞハジェール」
シスは
「謹んで承りましたシス様。この国のことは私や、同胞たちにお任せください」
ハジェールが恭しく腰を折る。シスはハジェールから視線を外すと影人たちに視線を移した。
「行くぞ。案内しろ、お前たちの世界にな」
「はっ、分かったよ。案内してやるよ、真祖サマ」
影人がシスに対しそう返答する。こうして、影人たちは唐突に自分たちの世界に帰る事になったのだった。
「――影人たちが亀裂から元の世界に戻ったか。はあ、残念だ。本当なら、今すぐにでも飛びつきに行っているはずだったのにな」
真界「空の間」。力を使って影人たちを観察していた無色もしくは透明の髪が特徴的な女――零無は残念そうに息を吐いた。
「そのような事を言っている場合ですか。崩壊は止められましたが、まだまだ危険な状況である事に変わりはありません。気を抜かないでください、零無」
そんな零無に対し薄い紫の髪が特徴の女――シトュウが注意の言葉を投げかけた。
「別に気は抜いてないよ。というか、普通に呼び捨てか? 敵対していた前なら別に気にしなかったが、今は吾がお前に協力してる側だろ。もうちょっと言葉遣い考えろよ。昔みたいにさ」
「無理ですね。私が尊敬していたあなたは既に死んでいますから」
「即答かよ。しかも、中々に毒舌だな。本当、お前は変わったなぁシトュウ。昔からお前を知ってる身としては感慨深いぜ」
「気安いですよ。私は仕方なくあなたに力を分け与え、ここに入る事を許したのです。あなたは永遠の罪人。その事を忘れないことですね。そして、もしあなたが再び暴走すればその時は・・・・・・」
シトュウが少し厳しい目を零無に向ける。シトュウにそう言われた零無は「はっ、分かっているよ」と言って言葉を続けた。
「今更好き勝手に力を振るったりはしない。吾の欲しいものはもう手に入っているからな。ただ、お前も忘れるなよシトュウ。今回吾が協力してやっているのは全て影人のためだ。影人と吾が過ごす世界を存続させるために、吾は今頑張ってやっているんだぜ。でなけりゃ、こんな事はしていない」
「・・・・・・元凶がよくもまあそう言えますね。開き直りというか恥知らずというか・・・・・・」
「吾だからな。基本的に全ての事象と存在は吾よりは下だ。
零無はフッと笑った。そんな零無にシトュウは呆れたような顔を浮かべた。
「それよりも現在の状況です。境界の崩壊はあなたの『無』の力と私の『時』の力で止める事が出来ています。2つの世界にも、私とあなたで軽い世界改変をかけて混乱は抑えられている。ただ問題は、やはりフェルフィズ、それと魔機神アオンゼウを器としているフェルフィズの大鎌の意思・・・・・・イズの情報が識れないという事です。あの者たちを討たない限り危機は去りません」
「まあな。多分、全知の力で識れないのはあの大鎌関係だ。あの大鎌に付与されている力は全てを殺す力。フェルフィズとそのイズって奴の情報を知るという因果でも殺されてるんだろうぜ。じゃなきゃ、全知の力から逃れる事なんて出来ないからな」
シトュウの言葉に零無は適当にそう言葉を返した。現在のシトュウと零無は2人で『空』。以前の同じ状態の時は、どちらも全知の力や世界改変の力を使えなかったが、それは2人が協力しなかったからだ。互いに協力すれば、全知の力や世界改変の力は使う事が出来る。それで、シトュウと零無は改めてフェルフィズ、そしてイズがどこにいるのか識ろうとしたのだが、結局2人の居場所は分からなかった。
「・・・・・・本当にそうだとすれば厄介なことこの上ないですね。因果すらも殺すことの出来る神器・・・・・・そもそも、なぜそんな物が下位の神の手から生まれたのですか? 全知の力を使っても、偶然としか情報はありませんが・・・・・・あなたがデザインした物というわけではないのでしょう」
「ああ。あの大鎌が誕生した時『空』は吾だったが、あれは吾の手の外で生まれたものだ。吾がデザインした『終焉』とは違う。むしろ、吾はあの力を参考に『終焉』を宿したレゼルニウスとレイゼロールを創造した。あの大鎌が生まれた理由については、正直本当に偶然だと思うぜ。1度フェルフィズの奴に聞いた事があったが、作った本人もそう言ってたしな」
「そうですか・・・・・・偶然とは恐ろしいものですね。そして、結局のところはやはり、帰城影人たちに任せるしかないということですね」
「そうだな。吾たちはここから離れないし境界の崩壊を止める事で精一杯だ。腹立たしい事にな。・・・・・・だが何も問題はない。吾の愛しい愛しい人間は、頼れる者だ。最後の最後は格好よく決めるぜ。だから、心配も何もいらないのさ」
「・・・・・・そうですね。私たちは私たちの為すべき事をなし、信じるとしましょう。彼らを」
影人に対し全幅の信頼を寄せた笑みを浮かべる零無。そんな零無を見たシトュウも少しだけ口角を上げた。
「戻って来た・・・・・・んだろうが、ここはどこだ?」
血影の国の近くにあった適当な亀裂から元の世界に戻った影人は、帰還して最初にそう呟いた。夜なのであまり見えないが、どこかの海の近くの場所だ。
「ふむ・・・・・・この雄大な星空はアフリカ大陸のどこかですね」
「え、お前星見ただけでどこか分かるのか?」
「空は情報の塊ですよ。私も一応は長生きの部類ですからね。それくらいは分かります」
驚く影人にフェリートは何でもないようにそう言葉を返す。ゼノも「あ、アフリカだ」と自身の経験から来る言葉を呟いていた。
「ここが影人さん達の世界。ああ、私ついに異世界にやって来たんですね。どうしましょう。そう思ったらワクワクが止まりませんわ」
「ふん、異世界といっても今のところ大して俺様たちの世界と変わらんな」
初めてこの世界に来たキトナとシスは、それぞれそんな感想を述べる。シェルディアは「いつの間にか、こちらの世界も懐かしいと感じるようになっていたのね」と少し感慨深そうな顔を浮かべていた。
「さて、こちらの世界に戻って来たわけだけど、案の定こちらの世界も空間に亀裂が多く奔っているわね。普通なら世界は大混乱でしょうけど・・・・・・そうはなっていないのよね影人?」
「ああ。零無の奴が言うにはな。シトュウさんと一緒に軽い世界改変をして、一般の人たちは亀裂をあんまり気にしなくなってるらしい。だから、その辺りに関していえば、まあ安心って感じだな」
軽く首を傾げたシェルディアに影人が頷く。シェルディアは「そうね」と同意した。
「さて、なら問題はフェルフィズがどこにいるかという事ね。本当、居場所が探れないというのは厄介ね。何度この問題を考えればいいのかしら。いい加減飽きたのだけど」
「余すところなく同意するぜ。だけど、取り敢えずは少し休まないか? 何だかんだ全員疲労もある。どうせ分からないんだったら、休んで気力を回復した方がいいと思うぜ」
影人はシェルディアや他の者たちに対してそう提案した。影人の提案にフェリートが頷く。
「そうですね。先ほど精霊に力を分け与えた事によって、私たちは大きく力が減少している。万全な状態でなければ彼らに勝つのは難しい。更にレイゼロール様などと情報を共有しなければなりませんし。帰城影人にしてはいい提案ですね」
「暗に人をバカって言ってんじゃねえよ。でも、そうか。確かにレイゼロールとか他の闇人とかも戦力にはなるんだな。しばらく戻って来なかったから忘れてたぜ」
「レイゼロール様を忘れていた? 帰城影人、あなたの脳みそはミジンコ以下ですか? ああそれはミジンコに失礼ですね。あなたのような下等生物は1分1秒レイゼロール様の事だけを考え続けなさい。そうでなければ、レイゼロール様に申し訳ないでしょう。全く、あなたはレイゼロール様に大切にされているという自覚が・・・・・・」
「別にレイゼロール自体を忘れたわけじゃねえよ。つーか、お前恐えよ・・・・・・」
表には出さないが内面激怒しているフェリートに、影人は若干引いた顔になる。フェリートはくどくどと何か言っていたが、影人は途中から聞くのをやめた。ゼノは「レールか。俺も久しぶりに会いたいな」とぼんやりとした顔で呟いていた。
「レイゼロール? 誰だそいつは。それよりも、休むのならば俺様をそれなりの場所に案内しろよ。貴様らにこの俺様を存分にもてなすことを許す」
「不愉快なほど傲慢ね。本当死んでちょうだいあなた。でも、そうね。取り敢えず、落ち着ける場所に行きましょうか。転移するわよ」
シスに対し息を吐くように罵倒の言葉を述べたシェルディアが自身の影を広げる。そして、影人たちは全員シェルディアの影に呑まれ沈んでいった。
「ん、明るい・・・・・・? ってか、ここって・・・・・・」
シェルディアの影で転移した影人が最初に感じたのは太陽の眩しさだった。そして、正面にある建物、正確に言えば店だが、影人はその店に見覚えがあった。
「ええ、喫茶店しえらよ。落ち着けるならここでしょう。ああ、キトナ。一応これを被っておいてくれる? あなたの耳、こっちだと目立つから」
「あ、はい」
シェルディアが店の名前を述べる。そして、シェルディアは影の中から可愛らしい薄茶の帽子を取り出しキトナに渡した。キトナは素直にその帽子を被って頭の耳を隠した。
「じゃ、入るわよ」
シェルディアが店の扉を開ける。すると、カウンター内で食器を拭いていたこの店の店主――シエラが顔を上げた。
「いらっしゃ・・・・・・」
シエラは客の顔を見るとビタッと固まった。そんなシエラに対し、シェルディア、影人、シスはこう言葉を送った。
「久しぶりねシエラ」
「こんにちは。ご無沙汰してます」
「ほう・・・・・・本当に異世界で茶屋を営んでいるのか。くくっ、これは傑作だ」
「・・・・・・シェルディアと君は久しぶり。帰ってきたんだね。でも・・・・・・なんでシスまでいるの」
シエラは露骨に嫌そうな顔でシスを見た。どうやら、シエラもシスの事はあまり好きではないらしい。
「ちょっと色々とあってね。私もシスをこちらの世界に連れて来たくはなかったのだけれど、戦力として必要になってしまったから仕方なく。取り敢えず、入ってもいいかしら?」
「・・・・・・どうぞ。正直、シスは出禁にしたいけど」
シエラに促された影人たちが店の中に入る。都合のいい事に店内に客の姿はなかった。影人たちは適当に席に腰掛けた。
「好きなものを頼んでいいわよ。シエラ、私は紅茶と適当なお菓子をお願い」
「ん・・・・・・分かった」
シェルディアの注文を受けたシエラが用意に取り掛かる。フェリートやゼノは「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」「ありがとシェルディア」と言ってメニューに目を通す。
「まあ、なんて素晴らしいお店なのでしょう。見た事がないものばかりですが、落ち着きます。これが異世界の茶屋なんですね」
「おい影人。何と書いてあるか分からん。教えろ」
「ああ、そうか。いいぜ。キトナさんも読めないだろうし教えるよ。ええと、まず飲み物から・・・・・・」
キラキラとした目で店内を見渡すキトナと、メニュー表を影人に手渡してくるシス。影人は異世界人である2人にメニューを教えようとする。だがそんな時、
「「――影人!」」
バンと店の扉が開かれた。そこにいたのは2人の女性だ。1人は桜色の長髪が特徴の女性。もう1人は白髪にアイスブルーの瞳が特徴の女性だ。どちらもまるで女神のように美しい。そして、文字通り女神である2人の女性は扉を開くと同時に影人の名を叫んだ。
「っ、ソレイユ、レイゼロール・・・・・・」
その2人の姿を久しぶりに見た影人は、前髪の下の両目を見開いた。そして、2人の名前を呼んだ。
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