第384話 足掻く理由
「っ、今度は何だ!?」
先ほどの淡く輝く光のようなものが隆起した時とは違う、長く激しい揺れ。影人は半ば叫ぶようにそう言葉を放った。
「いかん、ヘキゼメリが崩れた! ちぃ! まさか霊脈を顕す術を使えるとはな・・・・・・! あれは失われし禁術中の禁術じゃというのに・・・・・・! ぬかったわ・・・・・・! 奴はずっと術を練っておったのじゃ・・・・・・!」
「なっ・・・・・・!?」
影人の言葉に答えるように白麗が叫ぶ。白麗の言葉を聞いた影人は信じられないといった顔を浮かべた。
「あははははははははッ! この便利な術はアオンゼウのメモリーの奥底に保存されていましたよ! 準備に三日三晩の術式の構築、土地情報の入力、喰う精神力も尋常ではありませんが、効果は抜群だ!」
揺れる世界の中で人の形をした邪悪は狂ったように笑う。
「バカですねえあなた達は! 今の今まで私が考えなしにイズに守られていたと思っていたんですかぁ!? バカ正直に私が戦場で姿を見せるわけないじゃないですか! バカですねえ、アホですねえ、愚鈍ですねえ! もう手遅れ! 私の完ッ全勝利だ!」
フェルフィズが影人たちの前に姿を現し続けたのは、術を使うのに必要な土地情報を術式に入力するためだ。これだけはどうしてもヘキゼメリの中心地付近で行う必要があった。ゆえに、今の今までフェルフィズは術式に土地情報を入力し続けていたのだ。フェルフィズは高揚し続ける気分に身を任せ、影人たちにそう宣言した。
「うるせえぞクソ野郎がッ! その汚え口を閉じやがれ!」
「言っておる場合か! マズいマズいぞ。このままでは世界が崩れる! 何が起きるか分からんぞ・・・・・・!」
影人が思わず怒りの言葉を叫び、白麗がその顔色を苦渋の色に染める。白麗は霊地が世界と世界を隔てるという役割を担っているという事は知らないので、そう言ったのだった。ただ、白麗の言葉は必ずしも間違いではなかった。
「・・・・・・どうやら、状況は最悪のようだな」
「ええ、そのようね」
意識を取り戻したレクナルとシェルディアも、影人たちの反応からある程度状況を察した。
「っ・・・・・・」
「む・・・・・・」
『・・・・・・』
「ん・・・・・・」
「っ・・・・・・?」
そして、そのタイミングで仮死を解除されたシス、ハバラナス、ヘシュナ、ゼノ、フェリートが意識を取り戻し始めた。白麗はその内の1人、ヘシュナに向かってこう言葉を飛ばした。
「ヘシュナよ! 意識を取り戻したところで早速悪いが、緊急事態じゃ! ヘキゼメリが崩れた! このままではこの裏世界も表世界も全て破滅するぞ! 何とか霊地を安定させる事は出来んか!? お主は世界の事象たる精霊、その王じゃろう! いわば世界に最も近い存在。何とかならんか!?」
『っ・・・・・・分かりました。やってみましょう』
白麗の言葉にヘシュナは一瞬戸惑った様子だったが、すぐに真剣な様子になると、地の精霊を通じて世界の流れたる霊脈に干渉しようとした。
「させません」
だが、イズはヘシュナの行動を止めようと一息で距離を詰めるとヘシュナに大鎌を振るった。しかし、ヘシュナを守るように影人がその間に割って入った。影人は右手で大鎌の持ち手を受け止めた。
「それはこっちのセリフだ・・・・・・! これ以上てめえらの好きにはさせねえぞッ!」
「これ以上は既にありません。もう手遅れです。あなた達に出来る事は何もありません」
「だったら邪魔をしようとするんじゃねえ! 俺たちが足掻く邪魔をなッ!」
「っ・・・・・・」
影人は怒りの感情を燃やし自身の闇の力を強化すると、左手をイズの胴体に向かって振り抜いた。その先に影速の門を創造した事により、影人の左の拳が加速する。急加速した拳にイズは対応しきれずに、イズは影人の拳を受けた。イズがその威力にノックバックする。
『――帰城影人』
すると、そのタイミングで影人の中にある女性の声が響いた。その声に聞き覚えがあった影人が思わず反応を露わにする。
「っ、シトュウさんか!?」
『早速で申し訳ないですが、あなた達の世界とその世界との次元の境界が崩れ始めています。・・・・・・帰城影人、その世界の霊地は全て崩されたのですね。今、あなたの目の前にいる忌神によって』
「ああ・・・・・・悪い。俺が不甲斐なかったせいだ・・・・・・!」
影人の視界を共有しているのであろうシトュウが、深刻そうな声でそう言った。影人は歯軋りをしながらそう答えを返した。影人が答えを返している間にも、世界と世界を隔てる境界の崩壊は進行し続けているためか、ピシリと空間に亀裂が奔り始めた。
「だが、まだだ。まだ俺は、俺たちは諦め切ってない。足掻けるまで足掻くぜ。少なくとも、俺には足掻く理由があるからな・・・・・・! だから、シトュウさん。俺や他の奴らに出来る事があるなら何でも言ってくれ。何だってやってやる!」
激しく揺れる世界の中で、影人は希望を失っていない言葉を叫ぶ。どのような絶望的な状況でも、影人は足掻かなければならない。自分の大切な人たちのために。大切な人たちが平和に過ごせる日常を守るために。それが帰城影人が足掻く理由。帰城影人の欲望だ。
『・・・・・・そうですか。相変わらずのようですね、あなたは』
影人の言葉を聞いたシトュウがフッと笑ったような声で念話を飛ばす。シトュウは影人との付き合いはそれほど長くはないが、零無との一件で帰城影人という人間の一端を垣間見た。何があっても、どれだけの絶望だろうとも絶対に諦めない。ゆえに、シトュウはそんな言葉を述べたのだった。
「ははははっ! あなた何を言っているんですか!? 言ったでしょうもう手遅れだと! 諦め切らないも足掻くもないんですよ! 本ッ当、バカですねえ君は!」
フェルフィズがバカにしきった顔を影人に向ける。すると、シェルディアとシスが真祖化して地を蹴り、シェルディアは影を纏わせた拳で、シスは血の剣で、フェルフィズに攻撃を仕掛けた。
「あなたはちょっと黙っていなさい・・・・・・!」
「死ね。下衆が」
本気の真祖による攻撃。まともに喰らえば、フェルフィズの体は四散する。だが、イズがフェルフィズを守るようにその間に割って入り、障壁を展開する。結果、シェルディアとシスの攻撃がフェルフィズに届く事はなかった。
「おお、怖い怖い。ですが、私は真実を言ったまでですよ? 何をしようと、もう世界間の境界が崩れのを止める事は出来ないのですから」
「長生きのくせに知らないのね。この世に絶対はないのよ」
障壁越しにシェルディアはそう言い放つ。その言葉を受けたフェルフィズは鼻で笑った。
「負け犬の遠吠えにしか聞こえませんね。イズ」
「はい」
障壁を解除したイズはシェルディアとシスに対し大鎌を振るった。不死殺しの大鎌は流石の2人も避けざるを得ない。シェルディアとシスは一旦フェルフィズたちから距離を取った。
「さて、この世界に留まる理由もなくなりましたし、そろそろここを離れるとしましょうか。イズ、割れた空間の先がどこに繋がっているか分かりますか?」
「はい。・・・・・・どうやら、この空間の先は隣接する世界に繋がっているようです。つまり、制作者や私の本体が元いた世界です」
イズはアオンゼウの目で亀裂の走った暗い空間の情報を解析した。そして、そう答えを述べた。
「ほう、それは好都合。色々と手間が省けたというものだ」
イズの答えを聞いたフェルフィズはニィと笑った。元々、フェルフィズがこちらの世界の霊地を崩したのは自分がいた世界、つまりは影人たちの世界を壊したかったからだ。せっかくならば、壊したかった世界が混乱し崩壊する様を見てみたい。フェルフィズはそう考えた。
「行きますよイズ。いや、帰るというべきですかね。私たちの世界に」
「了解しました」
フェルフィズとイズが近くにあった大きな亀裂に近づいて行く。
「逃すと思う?」
「貴様らの贖いはまだ終わっていないぞ・・・・・・!」
だが、シェルディアとシスは2人を逃すまいとその右手に禁呪を纏わせる。シェルディアとシスが超神速の速度でフェルフィズに再接近し、禁呪を纏わせた手を伸ばした。その速度にフェルフィズは反応出来ない。フェルフィズだけなら、そこで勝負が決まってもおかしくはなかった。
「邪魔です」
「っ・・・・・・!」
「ちっ・・・・・・!」
だが、そこには魔機神の器に宿った「フェルフィズの大鎌」の意思、イズがいた。イズは真祖化した2人の速度に対応すると、再び全てを殺す大鎌を振るった。シェルディアとシスは紙一重でその斬撃を避ける。イズは2人を払うかのように乱雑に大鎌を振るい続けた。
「では、機会があればまたお会いしましょう。崩壊した世界でね」
「・・・・・・」
フェルフィズは最後にそう言い残すと、亀裂の中へと消えて行った。イズも警戒しながらシェルディアとシスを見つめ続けながら、後退するように亀裂の中へと消えて行った。
「・・・・・・本当、厄介ね」
「・・・・・・必ず、このままでは済まさんぞ」
フェルフィズとイズが消えて行った亀裂を睨みつけながらシェルディアとシスはそう呟いた。敵を逃してしまったという事に、2人は屈辱を抱いていた。
『・・・・・・帰城影人、あなたの近くにいる精霊を使って少しだけ時間を稼ぎなさい。1つだけ、私に境界間の崩壊を止める策があります』
一方、影人の思いを聞いたシトュウは影人に念話でそう語りかけた。
「っ、本当か!? 分かった! だけど、具体的にどう使うんだ!?」
シトュウが言っている精霊とはヘシュナの事だろう。影人はヘシュナを見つめながら、シトュウにそう聞き返した。
『今その世界の精霊たちの主意識、ヘシュナは世界の流れである霊脈に干渉しています。世界の事象たる精霊だから出来ることですね。ですが、流れを安定させる力はヘシュナにはない。だから、あなた達がヘシュナに力を注ぎ込みなさい。そうすれば、ヘシュナの干渉する力も上がり、多少は霊脈を整える事が出来るはずです。それが、崩壊を遅らせる時間稼ぎになります』
「分かった! ありがとなシトュウさん!」
影人はシトュウのアドバイスに感謝の言葉を述べると、意識を集中しているヘシュナの方へと走って近づいた。
「お主、さっきから誰と話しておったんじゃ?」
「ちょっと1番偉い神様とな! それより全員聞いてくれ! この崩壊を止める策がある! そのためにはヘシュナさんに力を注ぎ込んで、崩壊を遅らせる時間稼ぎをするしかない! だから、全員の力を貸してくれ!」
訝しげな顔でそう聞いて来た白麗に影人は答えを返すと、この場にいる全員に聞こえるようにそう言った。
「相分かった! お主を信じるぞ帰城影人! レクナル、ハバラナス、シェルディア、シス! 主らも協力せい!」
「っ・・・・・・分かった。緊急事態だ。今は君の言葉を信じよう」
「ちっ、虚言だったら許さんからな!」
「言われなくても協力するわよ」
「ふん、俺様が協力してやるんだ。光栄に思えよ」
白麗に呼びかけられたレクナル、ハバラナス、シェルディア、シスがヘシュナに近づき手を向ける。すると、白麗の手から白い光が、レクナルの手から緑の光が、ハバラナスの手から赤と黄色の混じった光が、シェルディアとシスの手から黒い光が、ヘシュナの方へと伸びて行った。それは、純粋なる力のエネルギーだった。
『っ、この力は・・・・・・』
「妾たちの力を貸してやる! だから、頼んだぞヘシュナ!」
『分かりました。感謝します』
自分の中に流れ込んでくる膨大な力。ヘシュナはその力を全て注ぎ込み、霊脈への干渉を強めた。
「よし、俺たちもやるぞフェリート、ゼノ!」
「分かっていますよ。命令しないでください」
「ええ? 俺、力の譲渡方法なんて分からないんだけど」
「うるせえ気合いでやれ!」
影人はゼノに対しヤケクソ気味にそう叫ぶと、『終焉』を解除し、他の者たちと同じように、右手をヘシュナへと向けた。すると、イヴが気を利かせてくれたのか、影人の右手から闇色の光がヘシュナへと伸びた。フェリートも同じように手を伸ばし闇色の光をヘシュナへと伸ばす。ゼノも「出来るかな・・・・・・」と呟きながら右手を伸ばした。すると、ゼノの右手から闇色の光がヘシュナへと伸びた。
「っ、案外にキツいな・・・・・・!」
凄まじい勢いで力が消費されていく感覚が影人を襲う。他の者たちも同じような感覚を抱いているのか、その顔色を少し厳しいものへと変えていた。
『くっ、これだけの力でも・・・・・・』
ヘシュナは全員から得たエネルギーを使って、世界の流れたる霊脈に干渉し続けているが、それでも崩壊する流れを止める事は出来なかった。流れを元に戻す事は、少なくともヘシュナにはもう不可能だ。
「頼む諦めないでくれ! 少しだけ、少しだけ崩壊を遅らせるだけでいいんだ! だから、踏ん張ってくれ!」
影人はヘシュナに必死にそう叫んだ。影人の魂からの言葉を受けたヘシュナはしっかりと頷いた。
『ええ、分かっています。この世界に生きる全ての生命のためにも・・・・・・私は私の使命を成し遂げてみせます・・・・・・!』
ヘシュナは全身全霊を以て崩壊する霊脈の流れに抗おうとした。こうしている間にも空間の亀裂は広がり続けている。地面も隆起している。次元間の境界が完全に崩れ去るまでの時間は、もうあまり残されてはいなかった。
『はぁぁぁぁぁ・・・・・・!』
そして、ヘシュナの全身全霊の干渉が身を結んだのか、崩壊の速度が遅くなった。時間にすれば20〜30秒だけだったかもしれない。時の流れからすれば、砂粒のような時間。だが、その砂粒のような時間が結果を変える。
『帰城影人、待たせました。あなた達が稼いでくれた時間のおかげで、間に合いました』
影人の中に再びシトュウの声が響く。すると、次の瞬間完全に崩壊現象が止まった。
「と、止まったのか・・・・・・? ふぅ・・・・・・ありがとなシトュウさん。本当流石だぜ。正直、今回ばかりはもうダメかって一瞬思ったからな」
崩壊現象が止まった事に驚きと安堵が入り混じったような顔を浮かべた影人が、シトュウに感謝の言葉を述べる。他の多くの者たちも、驚きと戸惑い、安堵が混じった顔を浮かべていた。
『礼には及びません。ただし、崩壊は一時的に止まっているだけです。彼の忌神が何かをすれば、再び崩壊が動き出す可能性は十二分にあります。ゆえに帰城影人。あなたは変わらずに忌神フェルフィズを追いなさい。そして、今度こそ決着をつけなさい』
「ああ、分かってる。絶対に次が最後にする」
シトュウの発破をかける言葉に影人は頷いた。
「そうだ。1つ聞いていいか? シトュウさんはどうやって崩壊を止めたんだ? 最初は無理っぽいって感じだったが・・・・・・」
少しの興味から影人はシトュウにそう聞いた。シトュウは『それは・・・・・・』と少し口籠った。
『・・・・・・ある者の協力を得たのです。詳しい事は長くなるので省きますが、崩壊する境界を止める作業は私1人でも難しいのです。ゆえに・・・・・・私は禁じ手を使いました』
「禁じ手・・・・・・?」
不穏なその言葉に影人は訝しげにそう聞き返した。
『はい。1人で難しいならば、力を分け与え「空」を2人にすればいい。そして、「空」になれる者は限られています。「空」としての知識があり、「空」としての力の使い方に習熟している者。・・・・・・そんな者は1人しかいません』
「っ、まさか・・・・・・」
シトュウが何をしたのか察した影人がハッとした顔になる。すると、次の瞬間影人の中にある声が響いた。
『ああ、久しぶり・・・・・・久しぶりだね。本当に久しぶりだ。ずっとずっとずっとずっと、お前と話したかった。直接会えないのはもどかしいが、今は声だけで満足するとしよう。影人、吾だよ』
「・・・・・・ああ、やっぱりお前だよな。・・・・・・零無」
念話で語りかけてきた新たな人物。影人は自然と厳しい顔を浮かべると、その者の名を呼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます