第383話 天狐の助力
「不甲斐ないか・・・・・・確かにその通りだな」
白麗にそう言われた影人は自嘲気味に笑った。そして、白麗に感謝の言葉を述べた。
「ありがとな。助けに来てくれて。正直、滅茶苦茶助かるぜ」
「素直に礼を述べられる心があるのは良い事じゃ。助けに来た甲斐があるの」
地上に降りて来た白麗は機嫌が良さそうに頷いた。
「ずっと見ておったからの。状況は分かっておる。非常に危機じゃの帰城影人。まあ、じゃからこそ妾が来てやったのじゃが」
「そうだな。1人だと突破口が見えなかった。だけど、白麗さんが来てくれたのなら・・・・・・この戦い、全然勝てるぜ」
影人は強気に笑うとフェルフィズの方に視線を向けた。白麗の尾によって叩き飛ばされたフェルフィズは、地面に片膝を突きながら右手で体を押さえていた。
「ぐっ・・・・・・やって、くれましたね。たかが、狐・・・・・・如きが・・・・・・!」
フェルフィズは体に治癒力を促進させる魔術を掛け、白麗を睨んだ。「識司の樹」で過去のシス達とアオンゼウの戦いを知っているフェルフィズは、白麗の事を識っていた。
「無礼な奴よの。誰に向かって言っておる。アオンゼウの器を従えているからといって図に乗るでない。異世界の神だろうが何だろうが、妾を侮辱するモノは等しく地を舐めさせてやろうぞ」
白麗は一転顔を不機嫌の色に染めると、全身から重圧と殺気を放った。その重圧と殺気はビリビリと大気を震わした。
「はは・・・・・・地を舐めるのは、いったいどちらですかね・・・・・・イズ、やる事は分かっていますね? 私は、しばらく治癒に専念します・・・・・・後は任せましたよ」
「はい。了解しました製作者」
フェルフィズが近くに待機していたイズを見上げる。フェルフィズの言葉を受けたイズは首を縦に振った。
「対象『破絶の天狐』、スプリガンの抹殺を行います」
イズは傷ついたフェルフィズを守るように大量の機械人形を呼び寄せた。更に、幾度目かになる機械の剣に端末装置。更には翼から青く煌めく極小の刃の群れを放った。イズは機械の剣、端末装置、極小の刃の群れを先行させ、自身も地を蹴り影人たちの方へと接近した。
「ふむ・・・・・・」
白麗は空間から白銀の尾を呼び出し迎撃しようとした。だが、その前に影人が『終焉』の闇で、イズ先行した全ての攻撃手段を無力化した。
「白麗さん、取り敢えず嬢ちゃんたちを頼む!」
「分かった。任せるがよい」
影人はそれだけ言い残すと地を蹴りイズへと接近していった。状況的には仕方がないとはいえ、影人の言葉は言葉足らずだった。だが、天眼でずっとこの戦いを観察していた白麗は影人の言わんとしている事を察する事が出来た。
「自分から向かって来る・・・・・・理解に苦しみます」
接近してきた影人にイズは大鎌を振るった。影人はその一撃を回避する。そして、イズの手首を握り大鎌を振るう事を制限させると、薙ぐようにイズの側頭部上段の蹴りを放った。
「っ・・・・・・」
「勝手に苦しんでろよ。後、超至近距離での大鎌は普通にやり易いぜ。俺からすればな」
影人はそのままイズの頭を蹴り抜くと(影人は全身に『硬化』を施しているので、イズの機械の体としての硬さは実質問題ない)、その反動を利用して今度は左の回し蹴りを放った。回し蹴りはイズの顔面を踏み抜き、イズを後方へと飛ばした。
「・・・・・・無駄です。この体に一切のダメージは与えられません」
蹴り飛ばされたイズは途中で翼とバーニアによる空中制御を行い、影人を睨みつけてきた。
「そうかよ。だが、お前の精神はどうだろうな。顔面を蹴り抜かれて苛つかねえ奴はいない。屈辱だからな。精神的ダメージがお前に効けば、お前を滅する事も出来るかもしれないだろ? 憤死って言葉もあるくらいだしな」
「詭弁ですね。私は無機質なるモノの意思。人間のような感情を有しているわけではありません」
「はっ、なら何でお前は俺を睨んでるんだよ。苛ついてんだろうが」
「っ・・・・・・」
影人が意地悪く笑う。その笑みを見たイズは少しだけ、ほんの少しだけ目を見開いた。
「・・・・・・不愉快ですね、あなたは」
「そいつはどうも。今は褒め言葉だな」
影人が再び睨んでくるイズにそう言葉を返す。すると、後ろから白麗の声が響いた。
「全員保護したぞ。1度こちらに戻って来い。お主とは色々と情報を共有しておかなければならんからの」
「っ、ありがとよ白麗さん。だけど・・・・・・」
「そんな事をさせると思いますか?」
影人の言葉を引き継ぐかのようにイズがそう言い放つ。目の前で作戦会議をすると言われて、イズがその邪魔をしないという理由はなかった。
「させんじゃろうな普通は。じゃが、させてもらうぞ。帰城影人、妾を信じてこちらに戻って来い。なに、大丈夫じゃよ」
「・・・・・・分かった。そこまで言うなら信じるぜ」
影人は頷くと白麗のいる方へと戻った。当然の事ながら、イズは影人を追った。
「させないと言いました」
「だからさせてもらうと言ったじゃろ」
白麗はフッと笑うとこう言葉を唱えた。
「第101式独自妖術、『流転の
白麗の両の瞳に複雑な魔法陣が刻まれる。白麗はその目でイズを観測した。白麗の瞳を利用した特殊な妖術。その効果は観測した対象を5秒前の状態と位置に戻すというもの。その結果、イズは大きく影人から引き離された。
「っ・・・・・・」
その現象に流石のイズも驚いたような顔になる。イズの体、アオンゼウの器には前回の古き者たちとの戦いの記憶が刻まれているが、前回の戦いの時白麗はこのような技を使ってはいなかった。
「ほほっ、よい顔じゃな。この妖術はアオンゼウ戦の後に開発したものじゃ。お主の概念無力化の力にも引っ掛かりはせんぞ」
「流石だな白麗さん。やっぱり、無茶苦茶だぜあんた」
白麗がイズを遠ざけている間に影人は白麗の元に辿り着いた。
「お主が言うか。ほれ、妾の手に触れよ。触れれば妾が知っているアオンゼウの情報がお主に流れ込む」
「分かった。失礼するぜ」
白麗は妖術を施した左手を影人へと差し出す。影人はその手を軽く握った。瞬間、影人の中にアオンゼウについての情報が雪崩の如く流れ込んできた。
「っ、概念無力化の力に超再生・・・・・・アオンゼウの体に関してだけ適用される死の概念の無効化・・・・・・あいつに『終焉』で触れても死ななかった理由はこれかよ。ふざけやがって。ほとんどバグじゃねえか・・・・・・」
事情を理解した影人が思わずそう呟く。そんな影人に白麗はこう言ってきた。
「理解したな? それで、奴を倒す方法じゃが・・・・・・」
「・・・・・・」
白麗が言葉を紡ごうとすると、神速の速度でイズが距離を詰めて来た。イズは無言・無表情で白麗に対し自身の本体である大鎌を振るおうとした。
「いま妾が話している最中じゃ。もう少し大人しくしておれ」
白麗は呆れと不機嫌が混じったような顔になると、再び「流転の戻」を使用した。結果、イズは再び5秒前の状態と位置に戻った。
「戻ったところで・・・・・・」
イズは再び白麗に接近する。だが、白麗に接近した所でまたも戻された。
「言い忘れておったが、お主には既に『流転の戻』を5回掛けておる。解けるまでお主はどこにも行けんぞ。イズとやらよ。後、ついでにお主の主人を攻撃しておくかの」
白麗はイズにそう告げると、空間から尻尾を呼び出し機械人形に守られているフェルフィズに攻撃した。機械人形たちはフェルフィズを守ろうとするが、尾によって叩き潰されていった。
「これで少しは話せるかの。帰城影人よ、今のお主なら奴を倒す方法が分かるな?」
「ああ。あいつの精神に直接死を叩き込む。体の方は情報を知った今、どう滅したらいいのか分からねえが、意識なら滅せられる。そうすればアオンゼウの器は無力化される」
「左様。それが現状の唯一の答えじゃ。して帰城影人よ、お主精神の具現化の術は使えるか?」
「どうだろうな。今までそういう技は使った事がなかったからな。ちょっと待ってくれ」
影人は内心でイヴに精神の具現化の技が使えるのかどうか聞いた。すると、イヴはこう答えた。
『別に出来ねえ事はねえが・・・・・・ちょいと厳しいな。精神の具現化っていうのは、超精密作業だ。出来る事は出来るだろうが、条件がキツい。少なくとも、俺はあいつの精神構造やら何やらの情報を知らなきゃ出来ないぜ』
「お前でもそう言うレベルか。って事はあのエルフっぽい人凄かったんだな・・・・・・悪い白麗さん。俺には使えそうにない」
イヴの答えを聞いた影人は白麗に対して首を横に振った。
「そうか。なら、レクナルを起こすか妾がやるしかないの。ただ、妾の術は時間がかかり過ぎる。出来ればレクナルの方が良いぞ」
「分かった。なら、レクナルさんの仮死を解除する」
影人が白麗によって後方に集められていた仮死状態の者たちに近づこうとする。だが、突然イズが短距離間の転移で影人の前に現れた。
「好きにはさせません」
「っ、どけよバグ野郎!」
切り上げるように振るわれた大鎌を避けた影人が、切り返すように拳を振るう。イズはその拳を額で受け止めた。イズは影人の攻撃を避ける必要はない。イズは手首を切り返し、影人に大鎌を振るわんとした。だが、その前にイズは白麗の尻尾に脇腹を叩かれた。
「帰城影人、少しの間妾が時間を稼いでやる。その間にレクナルや他の者どもを復活させよ」
「っ、悪い。頼んだ! 死ぬなよ白麗さん!」
「ふん、誰に言っておる」
白麗はニヤリと笑うとイズを吹き飛ばした。その間に影人は仮死している者たちの方へと向かう。
「という事で、お主の相手は妾じゃ。感涙を流すがよいぞ」
「『破絶の天狐』白麗・・・・・・あなたでは私を止められません」
「言いおるわ。なら、証明してみせよ」
白麗がフッと笑う。イズは両腕の砲身から光弾を放った。白麗はその光弾を華麗に避ける。
(製作者の傷は8割ほどは修復されている。そろそろ生命力を使ってもいい頃ですね)
イズは一瞬視線をフェルフィズの方へと向けた。今までイズが大鎌の真の力を使わなかったのは、フェルフィズが傷を癒していたからだ。傷を癒している最中に、無限とはいえ大量の生命力を喰らえば、治癒の速度が大幅に落ちてしまう。いくらフェルフィズが不死でも、傷を負ったままでは色々と不便な問題があるからだ。
「・・・・・・あなたはここで終わりです。死を知りなさい」
イズはフェルフィズと自身の見えない繋がりから大量の生命力を引き出すと、大鎌にそれを流し込んだ。大鎌の黒い刃が幾度目にもなる怪しい輝きを放つ。
「死か。ふん、そんなものは・・・・・・」
白麗が言葉を紡ごうとする前に、イズは大鎌を振るった。今回も意識したのは空間。イズと白麗の距離だ。イズが大鎌を振るうと同時に絶対死の斬撃が白麗を襲う。それは不可避の一撃。結果、白麗の体は切り裂かれ、赤い血の花が咲いた。
「これ以上、あなたに割く時間はありません」
「っ、白麗さん!?」
イズは無情に宣告を下し、それに気づいた影人が衝撃を受けた声を漏らす。フェルフィズの大鎌の全てを殺す力を相殺できるのはあくまで影人だけ。それ以外の者があの斬撃を受ければ、結果は火を見るより明らかだ。『破絶の天狐』白麗は死――
「・・・・・・全く、話を聞かん奴じゃな」
――にはしなかった。白麗は呆れたようにそう言うと、イズのすぐ近くに尾を呼び出しその尾でイズを叩き飛ばした。まさか反撃されると思っていなかったイズはその攻撃に反応する事が出来なかった。
「っ!? なぜ・・・・・・」
飛ばされる途中で自動制御したイズが驚いた顔で白麗を見つめる。影人も訳が分からず、イズと同じような顔を浮かべていた。
「着物が血で台無しじゃ。この代償は高くつくぞ」
白麗は冷たい瞳をイズに向けると、右手をイズの方へと向けた。そして、次の瞬間白麗の瞳に魔法陣が刻まれる。結果、イズは5秒前の状態と位置に戻る。白麗は予めその場所に尾を出現させ、その尾を大鎌に巻き付け無理矢理に大鎌を奪い取った。
「っ・・・・・・」
「5秒前に自分がどこにいるか、どんな状況などを一々把握しておく事は難しいじゃろう。アオンゼウの器を以てしてもまだ対応は出来んはずじゃ。対して、力を使う側である妾は・・・・・・言うまでもないじゃろ」
奪い取った大鎌を自分の手元に運ばせた白麗が美しも冷たい笑みを浮かべる。その光景を見ていた影人は思わず笑ってしまった。
「は、ははっ・・・・・・凄え。さすが嬢ちゃんとタメを張る化け物だ・・・・・・」
「聞こえておるぞ。女に向かって化け物とは失礼じゃの。お主はさっさとレクナル達を起こさんか」
「っ、はいよっと」
白麗はジトっとした目を影人に向けた。影人は慌てて自分がするべき事に向き合った。
「・・・・・・分かりません。あなたは確かに死んだはずです。なのに、なぜ生きているのですか」
「不思議で仕方がないといった様子じゃの。無理もない。妾の命の仕組みを知っている者は、全くと言っていいほどおらんからの。前回のアオンゼウ戦の時も妾は死んでおらんし」
イズの言葉に白麗はクスリと笑った。そして、白麗はこう言った。
「いいじゃろう。特別に教えてやろう。その顔が絶望する様も見たいしの。先ほど、お主は言ったの。死を知れと。妾は死を知っておる。幾度となくな。そして、その度に蘇ってきたのじゃ」
「っ、まさか・・・・・・」
イズは白麗の言わんとしている事を察した。白麗は1度ゆっくりと頷くと、言葉を続けた。
「そうよ。妾の命は代替制。死すれば保存されている次の命を使って蘇る事が出来る。今の妾の命の数はいくらじゃったかの。100を超えた辺りから数えるのをやめたせいで分からんのう」
「・・・・・・マジかよ」
自身の命の秘密を開示した白麗。その言葉を聞いていた影人は思わずそう呟く。つまり、白麗を殺すには最低でも後100回は殺さなければならないという事だ。味方であってもゾッとする事実だ。
「・・・・・・やはり、そうですか。面倒な存在ですね」
「お主にだけは言われたくないがの。アオンゼウの器に宿りしこの大鎌の意思よ」
天眼によって既にイズの正体を知っていた白麗がイズにそう言葉を返す。すると、そのタイミングで、
「ん・・・・・・?」
「っ・・・・・・」
レクナルとシェルディアが目を覚ました。影人が仮死を解除したのだ。シス、フェリート、ゼノ、ハバラナス、へシュナの仮死も解除したので、他の者たちもいずれ意識を取り戻すはずだ。
「ありがとう白麗さん。おかげで全員の仮死を解除できた。しかも、『フェルフィズの大鎌』まで奪ってくれるなんて・・・・・・本当、完璧お姉さんだな」
「ほほほほっ、そうじゃろうそうじゃろう? 良いぞ良いぞ、もっと妾を褒めるがよい。妾は最強じゃ」
影人にそう言われた白麗は目に見えて上機嫌になった。本人にこんな事を言えば怒られるだろうが、どこかポンコツ可愛いおばあちゃんのようだ。まあ、あくまでイメージだが。
「さて、形勢逆転だぜ。『フェルフィズの大鎌』がないお前ははっきり言ってそんなに怖くねえよ。終わりだ、フェルフィズの大鎌の意思。もちろん、お前の後ろにいるフェルフィズもな」
影人ははっきりとイズに向けてそう宣言した。その言葉を受けたイズは軽く目を伏せた。
「・・・・・・愚かな状況判断ですね。その大鎌が私であるという事を、あなたは分かっているようで分かっていない」
「っ? どういう意味だ?」
影人が疑問の言葉を投げかける。すると、ずっと人形たちに守られながら傷を癒していたフェルフィズが、イズにこう言葉をかけた。
「イズ、もう大丈夫です。仕込みの方も終わりました」
「了解しました製作者」
イズが右手を白麗の方に向ける。すると、尾に握られていた「フェルフィズの大鎌」がカタカタと1人でに揺れ始めた。そして、大鎌は勝手に動き始め尾を切り裂いた。
「っ・・・・・・」
「なっ・・・・・・」
その光景を見た白麗と影人が目を見開く。大鎌はそのまま空中を滑り、イズの手元へと戻っていった。
「これは私の体です。意思である私に操れない理由はありません」
「そして・・・・・・これで終局です」
イズは大鎌をしっかりと握った。そして、イズに続くようにフェルフィズがそう言葉を放ち、右手を地面に置く。すると、フェルフィズの右手を中心に巨大な赤い魔法陣が出現した。
「
次の瞬間、ゴゴゴゴと地面が揺れた。そして、フェルフィズの前の地面が隆起し、
「・・・・・・」
そこから淡く輝く何かが出現した。
「っ、あれはまさか・・・・・・いかん、奴を止めろ!」
白麗が何かに気づいたように声を上げる。だが、時は既に遅かった。
「ひひっ、これでやっと・・・・・・あははははははははははははははははははははッ!」
フェルフィズは突然狂ったように笑うと、懐から複雑な紋様が刻まれたナイフ――霊地を崩す道具――を取り出すと、そのナイフを淡く輝く何かに突き刺した。
瞬間、再び世界が揺れた。
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