第382話 死と死
イズの放った不可避の絶対死の一撃により、ゼノ、フェリート、シェルディア、シス、ハバラナス、レクナル、へシュナに斬撃が刻まれる。へシュナ以外の肉体を有している者はその身から血を噴き出す。そして、それらの者たちはドサリと地面に倒れた。まるで死んでいるかのように。
「一網打尽で私たちの勝利と言いたいところですが・・・・・・どうやらまだそうは言えないようですね。ええ、分かっていましたとも。最後に残る可能性があるのはあなただと。何せ、あなたには同じ力がある。私の最高傑作と同じ力が」
イズと共に地上に降りたフェルフィズがただ1人立ち上がっている者にその薄い灰色の目を向ける。そして、その者の名前を呼んだ。
「やはり、あなたが残りますか。ねえ、影人くん」
「はあ、はあ、はあ・・・・・・クソッタレが」
名前を呼ばれた影人はギロリとその金と黒の瞳でフェルフィズを睨みつけた。影人がただ1人無事だった理由、それは影人が咄嗟に『終焉』を解放したからだ。
「私の最高傑作の『全てを殺す力』とあなたの『全てを終わらせる力』は実質的に同義。絶対の死を与える力です。ゆえに、『終焉』ならば私の最高傑作の力を相殺できる」
「ごちゃごちゃとうるせえよ。分かりきってる事を一々得意げに話すな」
影人は変わらずにフェルフィズを睨み続ける。そして、影人はイズの持っている大鎌に視線を移した。
「『フェルフィズの大鎌』・・・・・・今の一撃、空間を無視してたな。シトュウさんが急にお前の居場所を識れなくなった事といい・・・・・・その大鎌には俺たちがまだ知らない力が隠されてるって事か」
「ご名答と言っておきましょう。まあ、それ以上の情報は与えませんがね。あ、ちなみに障壁が解除された時に驚いたのはわざとです。障壁はわざと解除させました。私はどのようにアオンゼウが倒されたのか知っていましたからね」
「ちっ、要は全部仕込み。罠かよ・・・・・・っ、何だ。その赤黒い宝石は? 前はそんなものなかったはずだ」
何度もフェルフィズの大鎌を見た事がある影人が、鎌に嵌め込まれた見慣れぬ宝石に気がつく。影人の呟きにフェルフィズは嬉しそうに笑った。
「ああ、気づいてくれますか。いや、嬉しいですね。この宝石は元々フェルフィズの大鎌の一部。つまり、この状態こそが正しき私の最高傑作の姿なのですよ」
「正しき姿・・・・・・? 意味が分からねえな。鎌がおしゃれしたからって何になるんだよ」
「なっていますよ。その結果、あなた達は彼女と戦っているでしょう」
「っ?」
フェルフィズはスッと手をイズに伸ばした。まるで紹介するように。勘の鋭い影人も、流石に訳がわからないといった顔を浮かべた。
「あの宝石はある意味、私の最高傑作の本体なのですよ。核といってもいい。そこにはあるモノが宿っている。いや、今は宿っていたという方がいいですね。イズ、構いません。あなたの正体を影人くんに教えてあげなさい」
「はい。初めましてスプリガン。初めましてとは言いましたが、私はあなたの事を知っています。あなたは私の本体と何度も戦っていますから。私はイズ。『フェルフィズの大鎌』の意思と呼べるモノです」
「なっ・・・・・・」
イズが影人に対して自身の正体を開示する。イズの正体を知った影人はその目を大きく見開いた。
「『フェルフィズの大鎌』の意思・・・だと・・・・・・? そんな、そんなモノが・・・・・・武器に意思が宿るっていうのか・・・・・・」
「日本人の君がそんなに驚く事ですかね。日本には付喪神という概念があるでしょう」
「あれはあくまで伝説・・・・・・っ」
フェルフィズが軽く首を傾げる。影人は思わずそう言い掛けたが、途中でイヴの事を思い出した。そうだ。それを言うならば、スプリガンの力の意思たるイヴも似たような存在だ。
「まあ、取り敢えずそれが事実ですよ。今、魔機神アオンゼウの体の中にいるのは、私の最高傑作『フェルフィズの大鎌』の意思であるイズです」
「そうかよ・・・・・・よりにもよってとんでもないモノを入れやがったな。流石は最低最悪のクソ野郎だ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。しかし意外に元気ですね。お仲間は全員死に、あなただけが生き残ったというのに。悲壮感や絶望や怒りはないのですか? だとしたら、あなたは随分と冷たい人のようだ」
フェルフィズが煽るような少しガッカリとしたような様子になる。影人はその言葉に敢えて小さく笑ってみせた。
「はっ、そいつはご期待に応えず悪かったな。だが、お前何か勘違いしてるみたいだな。確かに、そいつらは死んでるが・・・・・・死に切ってはいねえよ」
「っ、どういう事ですか?」
フェルフィズが不可解な表情になる。影人はフェルフィズに対してこう説明した。
「簡単だ。斬撃が届く前に俺が『終焉』の闇で先に全員に触れた。ギリギリだったがな。何とか間に合ったぜ。今は全員仮死状態だ。死んでるモノはもう殺せないだろ。まあ、斬撃自体は無力化出来なかったから、中には傷が残ってる奴もいるがな」
影人はチラリと視線を倒れている者たちに向けた。そう。ここにいる者はまだ誰も死に切ってはいない。『終焉』の力がなければ助けきれなかった。影人は自分にこの力を託してくれたレゼルニウスに改めて感謝した。
「おや、それはそれは・・・・・・全く、君はいつでも私の邪魔になりますね。本当に・・・・・・早く死んでくださいよ」
フェルフィズは吐き捨てるようにそう言った。その顔色は不機嫌に歪んでいる。それはいつもの慇懃無礼な、ヘラヘラとした様子ではなく、フェルフィズの素の、本当の表情だった。
「何だよ。それがお前の本当の性格か? いい性格してるじゃねえか。普段のお前よりよっぽどマシだぜ」
「別に私は自分を偽っているつもりはありませんよ。ただ、あまりに邪魔な物があって苛立っているというだけです。感情を有する生物なら、大体私と似たような心境になると思いますよ」
ニヤリと笑った影人にフェルフィズは軽く息を吐く。そして、フェルフィズは改まったように小さな笑みを浮かべた。
「まあいい。しばらくあなた以外の者たちが戦闘不能になったという事に変わりはないのですから。数的有利は既に逆転しています」
「はっ、お前が数の内に・・・・・・入るかよッ!」
影人はフェルフィズに対して『終焉』の闇を放った。もう『終焉』の被害を気にしなくともいい。神すらも終わらせる闇がフェルフィズへと襲い掛かる。
「・・・・・・」
だが、フェルフィズを守るようにイズが立ち塞がる。イズは大鎌を振るい闇を切り裂いた。『終焉』と実質的に同じ力を持つ「フェルフィズの大鎌」ならば、『終焉』の闇を切り裂く事は可能だった。
「ちっ、厄介だよなそいつは・・・・・・!」
「あなたが言いますか?」
闇を相殺された影人が思わず言葉を漏らす。闇を切り裂いたイズは、背後の魔法陣から再び機械の剣と端末装置を出現させた。剣は影人に直接襲い掛かり、端末装置は影人を取り囲むように光線を放つ。
「今の俺にそんなものが効くかよ」
影人は『終焉』の闇で剣と端末装置を全て終わらせ無力化した。そして、長髪を風に揺らしイズの方へと接近する。影人は自身の右手に『終焉』の闇と自身の影を纏わせると、拳を振り抜いた。
「っ・・・・・・」
概念無力化の力を持つ障壁でも死の概念だけは無力化できない。例え、障壁に死という概念がなくとも、『終焉』はそれを超えてくる。例外なのは、あくまでアオンゼウの器だけだ。障壁を展開する事が無駄だと悟ったイズは自身の左手で影人の一撃を受け止めた。レクナルが意識を失った事により、既にイズの意識が表層に顕現した淡い光はアオンゼウの肉体の中に戻っている。
結果、アオンゼウの体に関してだけは死の概念が無力化されるという特性――特性というよりかは一種のバグと形容した方が正しいかもしれないが――が正常に働く。イズは『終焉』の闇に触れてもその意識が死滅する事はなかった。『終焉』、もとい死の概念は概念の先を行く一種当然の力という側面もあるが、アオンゼウの器の概念無力化の力の前では概念に分類されたのだ。
「っ、てめえ何で死なないんだよ・・・・・・!?」
イズの体の特性を知らなかった影人が驚いた顔になる。影人は4つの災厄たちと同じように、イズを滅する事が出来ると思っていた。
「・・・・・・戦略的判断による回答を行います。この身に死の概念は通用しません」
「なっ・・・・・・くっ・・・・・・!」
事実を教える方が影人に絶望を与えられると判断したイズは、影人の右手を左手で握ったまま右手の大鎌を振るった。影人は反射的にしゃがんでその一撃を避ける。
「ふざけた人形野郎が・・・・・・! 闇よ! 敵を喰らい尽くすが如くに蹴り砕けッ!」
影人は右手に纏わせた影を流体的に変化させ影と拳の間に隙間を作り右手を引き抜くと、今度は右足に影を纏わせた。そして一撃を強化する言葉を唱えると、しゃがんだまま強烈な蹴りをイズの左脇腹部分に叩き込んだ。
「っ・・・・・・」
影人の蹴りを受けたイズはダメージこそ攻撃と同時に修復できたが、咄嗟にその衝撃をどうにかする事は出来なかった。イズはそのまま蹴られた方向に飛ばされた。
「よく分からねえが、あいつを斃す事が出来なくてもお前は殺せるぜ! お前が死ねばどっちみち全部終わりだッ!」
「っ・・・・・・」
イズが離れた隙に影人はフェルフィズに対して『終焉』の闇を叩き込もうとした。諸悪の元凶はイズではなくフェルフィズだ。必ずしも、イズをフェルフィズの前に討つ必要はないのだ。フェルフィズも予想外の事態といった様子で、薄い灰色の目を見開いた。
「製作者は死なせません」
だが、イズは空中で翼を広げ背中のバーニアを全開にして慣性を殺すと、その推進力のままに一瞬で影人の方に距離を詰めてきた。そして、今の影人に唯一ダメージを与える事の出来る可能性がある大鎌を勢いよく振るった。
「っ!?」
フェルフィズに意識を割いていた影人は一瞬イズへの反応が遅れてしまった。大鎌が影人の左肩に触れる。だが、刃はそれ以上滑らなかった。いつかのレイゼロールがやったように、『終焉』の闇がクッションのようになって刃を受け止めたのだ。
「はっ、残念だったな・・・・・・!」
「いいえ、今私を振るっているのは案山子野壮司ではありません。今私を振るっているのは・・・・・・私です」
イズがググッと大鎌に力を込める。相殺されるのはあくまで死と死の力。ならば刃までもが、斬撃までもが通らぬ道理はない。イズは自身の大鎌としての認識をそう強く意識した。その結果、解釈が拡大されたのか、
大鎌の刃は『終焉』の闇ごと影人の体を切り裂いた。
「がっ・・・・・・!?」
「・・・・・・当然ですが、武器は使い手によってその力を大きく変えます。慢心しましたねスプリガン」
切り裂かれるなどとは思っていなかった影人が苦悶の表情を浮かべる。影人の体から飛び散った赤い血を無表情に見つめながら、イズはそう言った。イズはそのまま大鎌による第二撃を繰り出そうとした。
「ぐっ・・・・・・」
ダメージを受けた影人は反射的にバックステップで距離を取った。イズの二撃目は空を切った。
「どういうわけだよ・・・・・・最初は斬撃自体も防げてたのによ」
回復の力で傷を癒した影人が思わずそう呟く。空間を超えて放たれた最初の一撃。あの時は確かに斬撃も無力化できていた。だが、今回は傷を負った。影人にはなぜそのような違いが起きたのか分からなかった。
「私の解釈を拡大したまでです。私の事を1番よく分かっているのは私ですからね」
「ああそうかい・・・・・・つまりは何でもありってわけだな・・・・・・!」
自身の本体である大鎌に視線を落としたイズに、影人はやけくそ気味に笑った。影人の言葉を聞いたイズは無表情に息を吐いた。まるで呆れているように。
「そういうわけではないのですが。ですが、あなたがそう思っているならばそれでいいです」
イズが大鎌を構える。今や「フェルフィズの大鎌」は『終焉』を発動している影人に対し、確実にダメージを与える事の出来る唯一の武器となった。となれば、イズは大鎌で影人を切り裂き続けるだろう。影人が死ぬまで。何度でも。
(正直、状況はかなりマズいな・・・・・・)
影人は内心で現在の状況を整理した。まず、仲間の状況。咄嗟の事だったので、『終焉』を仮死に設定する事しか出来ず時間で仮死が解けるようにはなっていない。仮死を解くには影人が直接対象に触れて『終焉』の効果を解除しなければならない。そして、イズ相手にそんな時間はない。つまり、影人はずっと1人のままだ。
次にイズについて。イズについて今分かっている事は、イズが「フェルフィズの大鎌」の意思であり、イズに『終焉』は通用しないという事。そして、イズは『終焉』を発動している影人にダメージを与える事が出来るという事。
最後に影人について。即死さえしなければ今のように傷は治癒出来るが、問題なのは力が枯渇した時だ。それは力が枯渇すれば死ぬという事実に直結している。つまり、影人は出来る限り大鎌の一撃を回避しなければならない。あの一撃は現在のところ防御不能だ。
更に問題なのは攻撃方法だ。イズは影人にダメージを与える事が出来るが、影人はイズにダメージを、決定打を与える事が出来るのか(影人はアオンゼウの体の概念無力化と超再生の事を知らない)恐らく、それは難しいだろうと今までの状況から影人は考えていた。可能性があるとすれば影人の『世界』だけだが、どういう理屈か『世界』を解除する方法がフェルフィズたちにはあるため、『世界』も使う事は出来なかった。
「はっ、こんちくしょうが・・・・・・久しぶりの無理ゲーだぜ」
「それは諦めの言葉ですか?」
「違えよ。ただの正直な感想だ。悪いが、俺は諦めが悪いんだ。それこそ死ぬほどな」
イズの問いかけに影人は首を横に振る。影人はギュッと拳を握ると、しっかりとその金と黒の瞳でイズを見つめた。
「俺には負けられない理由がある。だから、最後の最後まで俺は折れねえよ。不可能だろうが何だろうがやってやる」
「・・・・・・愚か。非合理的ですね。いわゆる精神論では私には勝てませんよ」
イズが大鎌にフェルフィズの生命力を流し込む。イズは再び距離を殺す不可避の一撃を放とうとしていた。斬撃が通る今、影人はただダメージを受けるしかない。イズが無限に不可避の一撃を放てるのに対し、影人の回復の力は有限だ。どれだけの時間が掛かるかは分からないが、イズの勝利は既に確定しているようなもの。フェルフィズの生命力を喰らい、大鎌の黒い刃が怪しく輝く。イズは影人と自分との空間を意識しそれを殺すべく大鎌を振るった。
「がっ・・・・・・」
影人の体に右袈裟の深い切り傷が刻まれる。確実に致命傷だ。
「タダで俺の血をくれてやるかよ・・・・・・!」
影人は大量に出た自身の血をいくつかの剣に変えた。それらの剣は真っ直ぐにイズの背後にいるフェルフィズへと向かう。
「無駄です」
イズは血の剣を大鎌で切り払った。そして、影人への距離を詰める。既に傷を修復していた影人はその一撃を余裕を持って回避した。だが、イズは影人を逃さないように連続して大鎌を振るう。
(くそっ、このままじゃジリ貧だ・・・・・・! 早く何か手を考えねえと。どうする。どうする帰城影人。考えろ、必ず何か手はあるはずだ・・・・・・!)
影人は大鎌を避けながら必死でイズを倒す方法を考える。過去にシスたちがアオンゼウの意識を滅する事が出来たのならば、イズの意識も滅する事が出来るはずだ。
(多分だがキーはあのエルフっぽい人がやった事だ。あの光、イズの精神を表に引き摺り出す。だがくそっ、今の俺には例えそれが出来たと仮定しても、それを行う時間がない。何でもいい。何か、何かきっかけのようなものがありさえすれば・・・・・・!)
影人がそう考えている時だった。突然、どこからかこんな声が響いた。
「――ほほっ、困っているようじゃの帰城影人。仕方がない。妾が助けてやろうぞ」
「っ!?」
聞き覚えのある声に影人が驚くと、突如として空間から複数の白銀の尾のようなものが現れた。それらはイズとフェルフィズに襲い掛かった。
「ぐっ!?」
「っ、製作者」
その白銀の尾にフェルフィズが叩かれる。フェルフィズはいくつもの骨が折れる音を聞きながら、地面を転がった。イズは白銀の尾を避けると、フェルフィズの方へと向かって行った。
「・・・・・・まさか、ここであんたが助けに来てくれるとは思ってなかったぜ・・・・・・」
影人が顔を自分の背後に向ける。すると、宙に1人の女が浮いていた。薄い白銀に墨色が所々入った長髪に白銀の瞳。それに頭の上にある白銀の耳。対して纏う物は黒の着物。影人はその女の名前を呼んだ。
「なあ・・・・・・白麗さん」
「お主らがあまりにも不甲斐なかったからの。この前ぶりじゃな、帰城影人よ」
影人に名前を呼ばれた古き者の1人、『破絶の天狐』白麗は超然たる笑みを浮かべた。
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