第380話 異世界での決戦(1)

「はっ・・・・・・今まで隠れて逃げ回ってた奴が、随分と格好つけた事を言うじゃねえか。おもちゃを手に入れてはしゃいで、何か勘違いでもしてるのか? 正直、痛いぜお前」

 フェルフィズの宣言に影人はバカにするように目を細めた。影人のその言葉は本心が8割、挑発の意味が2割といった感じだった。

「ははっ、ごもっともなお言葉です。確かに、私ははしゃいでいる。この子を手に入れて。ですが・・・勘違いをしているつもりはありませんよ」

 フェルフィズは今までとは違う少し冷たい笑みを浮かべると、イズの方に顔を向けた。

「イズ。あなたの力を存分に見せてあげなさい。君の初舞台です」

「了解しました、製作者」

 イズは頷くと一歩前に出た。そして、纏っていたマントを外した。

「兵装展開」

 イズが言葉を唱えると、イズの周囲に魔法陣のようなものが複数出現した。そして、その魔法陣の中から何かの機械、もしくは武器のようなものが出て来た。それらのものはイズの体に1人でに装着された。

「兵装展開、完了」

 イズがそう呟く。イズの両腕には砲身のようなものが、腰部には機械式のスカートのようなものが、背中にはブースター付きの機械式の翼のようなものが、その他に肩や胴体部に細かな機械も装着されていた。そして、イズの背後には6つほど小さな魔法陣が常時展開されていた。人間と機械が融合したようなその姿はまさに「魔機神」「機械仕掛けの神」に相応しいものだった。

「ちっ・・・・・・滅式兵装か」

「ええ、その通りです。流石はアオンゼウを封じた者の1人ですね」

 機械を纏ったイズを見たシスは忌々しげに舌打ちをした。シスの言葉を聞いたフェルフィズは首を縦に振った。

「イズ、これより敵勢力の殲滅を開始します」

 イズが正面の影人たちを見据え言葉を放った時だった。突然、どこからかフェルフィズとイズに向かって矢と雷と炎が迫ってきた。

「っ・・・・・・」

「攻撃を確認。障壁を展開します」

 フェルフィズが突然の攻撃に顔色を変える。イズは全くの無表情で、アオンゼウの器に内蔵されている障壁展開システムを作動させた。瞬間、フェルフィズとイズを守るように半透明のドーム状の障壁が展開された。矢と雷と炎はその障壁に阻まれた。

「・・・・・・やはり、奴の障壁には私の矢も効かないか」

『・・・・・・悪夢だな。アオンゼウが起動しているというのは』

『魔機神・・・・・・この世にあってはならない存在。自然と命の化身として、私は再度あなたを否定します』

 フェルフィズとイズに攻撃を仕掛けた者たち――レクナル、ハバラナス、へシュナがそれぞれの言葉を漏らした。ヘキゼメリを見張っているのは、吸血鬼たちだけではない。他の種族たちもだ。3者はそれぞれの見張りから報告を受けて、この場にやって来たのだった。

「おやおや・・・・・・どうやら、まだゲストがいたようですね。初めまして、古き者の皆さん。私はしがない物作りの神、フェルフィズと申します。以後、お見知り置きを」

 障壁が解除され、フェルフィズが3者に向かって挨拶をする。フェルフィズの挨拶を受けたレクナルはその顔を不快げに変えた。

「貴様のような者から挨拶をされる謂れはない。トュウリクスとサイザナスを惑わせたのは貴様だな?」

「惑わすなんてとんでもない。私はただ助言のような真似をしただけです。まあ、結果としては私が望むものになりましたがね」

『白々しい・・・・・・邪悪そのものだなお前は』

『付け込まれたのは確かにあの者たちの落ち度ですが・・・・・・不快な存在ですね』

 フェルフィズの返事を聞いたハバラナスとへシュナは、軽蔑と嫌悪の目をフェルフィズに向けた。

「遅いぞ貴様ら」

「うるさい。私はただ魔機神を再び封じに来ただけだ。本来ならば、またお前と共闘したくなどはないが・・・・・・今回だけは力を貸してやる」

『・・・・・・魔機神が相手ならば、再び我らが協力する他ない。いくらそれが気に食わない存在だとしてもな』

『ええ、そうですね』

 文句の言葉を放ったシスにレクナルはそう言葉を返した。レクナルのシスたちに一時的に協力するという姿勢は、ハバラナスとへシュナも同様だった。

「・・・・・・役者は揃った。行くぜ。今日こそお前に引導を渡してやるよ」

 影人が帽子の鍔を引き、その金の瞳でフェルフィズを睨みつける。

 そして、

「シッ・・・・・・!」 

 影人は地を蹴った。それが戦いの始まりを告げる合図となった。

 ――こうして、世界の存亡を懸けた戦いが始まった。










「『世界端現』。来やがれ、『影闇の鎖』!」

 一歩を刻んだ影人は周囲から影闇の鎖を呼び出した。影人は更に右手に闇色の刀を左手に闇色の拳銃を創造し、それらに『破壊』の力を付与させた。影闇の鎖を先行させながら、影人は『破壊』を宿した弾丸を連続でフェルフィズに放つ。

「迎撃行動開始。同時に、これより戦闘を開始」

 イズは影人をしっかりと見据えると、機械の両翼を広げた。すると、翼の中から小さな何かが――青い煌めきのようなもの――大量に出現した。その何かは風に乗るかの如く、フッとイズの前方に広がり放たれた。

(っ、何だあの煌めきは?)

 その煌めきを見た影人が訝しげな顔を浮かべる。恐らくは何かの攻撃だろう。だが、何かは分からない。影人がその煌めきの正体を探ろうと、目に闇を纏わせようとする。しかし、その前に影人は衝撃的な光景を見た。

 煌めきに触れた影闇の鎖、そして『破壊』を纏った弾丸が突然細かく切り裂かれたのだ。

「なっ・・・・・・!?」

 その光景を見た影人が思わずそんな声を漏らす。あり得ない。影闇の鎖は純粋な力以外では壊せないはず。例外は『終焉』くらいだ。『破壊』の力を纏った弾丸も、基本的には切り裂くなどという事は出来ないはずだ。

「避けろ影人! その煌めきの正体は如何なるモノも切り裂く極小の刃だ! お前とて喰らえばタダでは済まんぞ!」

「っ、ちっ!」

 影人が驚いていると、シスがそんな忠告を飛ばして来た。影人は未だに疑問を抱きながらも、回避の行動に移った。

「・・・・・・」

 イズは次に右腕を天へと掲げた。すると、右腕に装着された砲身に光が灯り、そこから光弾が発射された。撃ち放たれた光弾は高く空へと昇っていく。そして、やがて細かく分裂し地上へと降り注いだ。

「光の雨・・・・・・! 不死身以外は避けろッ!」

 アオンゼウの攻撃を知っているレクナルが、影人たちへの忠告のためだろう、そう叫ぶ。先ほどの影闇の鎖の事で防御にほんの少し危険を感じた影人は、レクナルの忠告通り回避行動を、幻影化を使用した。影人の体が実体を失い陽炎のように揺らめく。光の雨は影人の体をぼんやりと穿つが、影人にダメージはなかった。事象の化身たるへシュナと不死身のシスとシェルディアは回避の行動を取らなかった。

『あの姿になるのは気が進まんが仕方がないな・・・・・・!』

「ふっ・・・・・・!」

 今の巨躯で光の雨を避ける事が困難なハバラナスは、自身の形態を変化させ人竜形態になった。少し長めの金髪に浅黒い肌の青年に姿を変えたハバラナスは、雷速の如き速度で光の雨を回避した。レクナルも風の魔法で自身の速度を大幅に上昇させ、光の雨を回避する。

「っ? 『破壊』が効かない・・・・・・?」

「ぐっ・・・・・・」

 一方、ゼノとフェリートは光の雨を避け切れずに、その体に雨を受けていた。ゼノは『破壊』で身を守れない事に疑問を抱き、フェリートは『加速』で回避していたので、ゼノよりかはダメージは少ないが、避け切れず苦悶の表情を浮かべる。2人とも光の力による浄化(光の雨のような物理的な光ではない)でしか死なない闇人であるため、それを受けても死なないというのがせめてもの救いだった。そして、光の雨はやがて止んだ。

「・・・・・・少し変な感じがしたわね、今の攻撃。少しザラつくというか何というか。それに、ゼノの『破壊』が働かなかったのも気になるわ」

 光の雨をその不死性と再生で受け切ったシェルディアがそう呟く。その呟きに反応したのは、シェルディアの隣にいたシスだった。

「アオンゼウの兵装には特殊な力がある。詳しい原理は俺様は興味がないから知らんが・・・・・・奴の攻撃は『概念』を無力化する。要は奴の攻撃は最強の矛というわけだ」

「っ、概念を? なるほど、だから『破壊』が発動しなかったのね。影人の影闇の鎖が壊された理由も分かったわ」

 シスの言葉を聞いたシェルディアが納得したように頷く。『破壊』の力は概念の力だ。そして、影人の影闇の鎖も「純粋な力以外では壊されない」というルール、言い換えれば概念を持っている。

「でも、それなら1つ疑問があるわ。なら、どうして私たちは・・・・・・」

 シェルディアが疑問をシスにぶつけようとすると、イズがシェルディアたちの方に向かって左腕の砲身による攻撃を行ってきた。左腕の砲身からレーザーのような光の奔流が放たれる。シスとシェルディアはそれを回避した。

「っ、ひでえな・・・・・・穴空きチーズみたいになってるぞお前」

「ああ、そんな感じだろうね。片目でよく見えないけど。まあ、傷口が焼けて血が全く出てないからマシだよ」

 幻影化で光の雨をやり過ごした影人は、ゼノの姿を見てゼノの元に駆け付けた。ゼノは再生こそ始まっているものの、光の雨で体を酷く欠損していた。影人は回復の力でゼノの体を癒した。

「ありがと。でも困ったな。『破壊』がどういうわけか機能しない。俺、あいつ壊せるかな」

「さあな。だが、やるしかねえだろ。そうしなきゃ、未来はない」

「・・・・・・うん。そうだね」

 ゼノは影人の言葉にしっかりと頷くと、倒すべき敵を見つめた。

「ふむ、概念無力化兵装は凄まじいですね。イズ、もっと自由に大胆に暴れなさい。あなたの力はまだまだこんなものではない」

「了解しました。この体の全機能を解放します」

 イズの全身に纏われている機械が淡く青い光を発する。すると、イズの背後に展開していた6つの魔法陣が巨大化した。更に、巨大化した魔法陣の中から何十本もの機械の剣、数十の端末装置のようなもの、大量の機械人形が姿を現した。

「っ、何だよありゃ・・・・・・」  

「ふん・・・・・・最初から全力で来るか」

 その光景を初めて見た影人は驚きの声を漏らし、見た事があったシスはその顔をより真剣なものに変えた。

「全端末、駆動」

 イズの宣言と同時に機械の剣、数十の端末装置、未だに魔法陣から出現し続ける大量の機械人形が動き始めた。剣は舞い、端末の装置はレーザー光線を放ち、機械人形たちは影人たちに襲い掛かってきた。

「っ、ファ◯ネルかよ・・・・・・!」

 影人は思わずそう呟き迎撃に当たった。他の者たちもそれぞれ迎撃を開始した。

「っ・・・・・・やっぱり攻撃に対して『破壊』が機能しないな。人形なら壊せるんだけど・・・・・・」

「何とも手数が多い・・・・・・! 人数差のカバーの答えはこれですか・・・・・・!」

 ゼノは剣と端末装置の攻撃に傷つけられながらも、人形を破壊していた。フェリートも『万能』の闇の力を使い、攻撃を避けつつ人形を破壊していたが、このままでは到底フェルフィズには近づけない。

「・・・・・・面倒ね。一掃しましょうか。『世界』顕現、『星舞う真紅の夜』」

 シェルディアはそう呟くと『世界』を顕現した。途端、周囲の風景が変化する。無限に思われる荒野に無数の綺羅星輝く夜空。そして、空に坐すは真紅の満月だ。前回の影人の『世界』が解除された事をシェルディアは覚えているが、ここは使うべき場面だとシェルディアは考えた。

「星よ、私の敵に向かって無限に降り注ぎなさい」

 シェルディアがそう宣言を下すと、夜空に輝く星が流れ星となってフェルフィズやイズ、大量の人形たちに向かって振り注いだ。

「障壁を展開」

 イズはフェルフィズと自分を守るために障壁を展開した。障壁はどういう理屈かは分からないが、無限の隕石を受け止め続けた。

 ただし、障壁外の剣や端末装置、人形は星によって壊滅した。

「・・・・・・絶対最強の真祖の力はやはり顕在か」

『私たちには当てずに敵だけに星を降らせる・・・・・・凄まじいですね』

 その光景を見ていたレクナルとへシュナが緊張を滲ませた感想を漏らす。状況は一瞬にして変わった。

「まだまだ終わらないわよ。夜の主の名の下に命ずる。我のしもべとなり蘇れ、いにしえの黒竜の王、古の白竜の王。其がモノたちの名は、ゼルザディルム、ロドルレイニ」

 シェルディアが言葉を唱えると、地面から2つの墓石が出現した。そして、地面が隆起しそこから2体の黒と白の竜が現れた。

『おお、やっと出番が来たか。前回は夜の主が相手とはいえ、あまりにも早く情けない死に方をしたからな。不完全燃焼もいいところだったぞ』

『そうですね。そこだけは同意だ。さて、夜の主よ、私たちの敵はどこですか?』

 蘇ったかつての竜王、ゼルザディルムとロドルレイニ。その姿を見たシスは「ほう」と懐かしげな顔を浮かべた。

「久しいな黒竜の王に白竜の王」

『ん? おお、真祖シスか。まさか貴様に会うとはな。この前は真祖シエラが相手だったが、今度は貴様が相手か?』

『色々と懐かしい顔も見えますね。賢王に聖霊王、そしてあれは・・・・・・気配からしてハバラナスですか。それにスプリガン。彼もいますか』

「っ、あれはまさか・・・・・・ゼルザディルム様、ロドルレイニ様・・・・・・なのか・・・・・・」

 少し離れた所から2竜の姿を見たハバラナスは、信じられないといった顔で震えた声を漏らした。ハバラナスにとって、ゼルザディルムとロドルレイニは特別な竜だ。年の差は300年ほどしか離れていないが、ハバラナスはゼルザディルムとロドルレイニの強さと気高さを心の底から尊敬していた。ゆえに、ハバラナスの中に様々な感情が湧き上がってきた。

「はっ、こいつは心強いな」

 かつて2竜と戦った事のある影人は小さく笑った。影人にとっても、ゼルザディルムとロドルレイニは特別な竜だ。2竜と共に戦える事に影人は少し嬉しさのようなものを感じていた。

「同窓会気分は分かるけどそれは後にして。今回の敵はあそこにいる男と少女の姿をしたモノよ。特に、少女の姿をしている方はかなり強いから気をつけてね。それ以外は一応全員味方よ」

『ほう! 賢王に聖霊王に真祖、それに同胞にスプリガンも味方か。相当にあれが強敵という事だな。血湧き肉躍る』

『ハバラナスが人竜形態になっている。ならば、私たちも形態を変化させた方が良さそうだな』

 シェルディアの命令を受けたゼルザディルムとロドルレイニは、ハバラナス同様にその姿を人竜の形態に変えた。ゼルザディルムは黒色の短髪のナイスガイに。ロドルレイニは白銀の長髪の美女に。

「ふむ・・・・・・何だか、面倒そうな輩が増えましたね」

「私の本体を使用しますか? 使用すればこの空間は解除され、この空間の効果であるあの者たちも排除出来ると考えますが」

「いえ、今はまだやめておきましょう。この『世界』を解除するのは、一網打尽を狙える機会が来た時です。それまではあなたの本体は使用するべきではない」

「・・・・・・了解しました。製作者の意向に従います」

 フェルフィズはイズの提案に首を横に振った。イズは小さく首肯した。


 ――異世界での決戦は、より一層その激しさを増そうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る