第379話 世界の存亡を懸けて

「・・・・・・今日で6日目か」

 ベッドに横たわりながら、影人はポツリとそう呟いた。場所は血影の国の不夜の祖城。影人の呟き通り、ヘキゼメリでフェルフィズがアオンゼウの器を奪ってから6日の時が経過していた。

(一応、あの後古き者たち同士の戦いは一旦停止された。フェルフィズに唆されたであろう奴らはしばらくは無力化できたからな)

 影人は状況の整理も兼ねて、ヘキゼメリでの戦いの事を思い出した。あの後、影人たちはシスたちにアオンゼウの器が奪われた事を話した。他の古き者たちには影人たちが何者であるのか、アオンゼウの器を奪ったフェルフィズという神の事、影人たちがフェルフィズを追っている事なども全て話した。情報の共有をしなければならない事態になったからだ。

 影人たちの話を聞いた古き者たちは最初こそ驚き不審がっていたが、最終的には信じてくれた。主にシェルディアとシスの存在が大きかった。

 フェルフィズがまたヘキゼメリを狙って来る事は確実だ。そのため、影人たちは古き者たちに対して再度結界を張るように頼んだ。今度はアオンゼウの器を封じるためではなく、フェルフィズから霊地を守るために。フェルフィズは結界を無力化できるが、ないよりはマシだからだ。トュウリクスとサイザナスの分はシェルディアが補い、ヘキゼメリには現在また結界が展開されている。

(結界はあくまでフェルフィズがヘキゼメリに現れた時の知らせと時間稼ぎみたいなもんだ。一応、シスや他の古き者たちがヘキゼメリに見張りを残してるみたいだが、今のところ動きはない。恐らく、霊地を襲撃するための準備を整えてるんだろうが・・・・・・)

 不気味だ。フェルフィズが奪ったアオンゼウの器をどのように使うつもりなのか。影人はあの日からずっと心の中に不気味さのようなものを抱えていた。

「・・・・・・考えても仕方ねえな。どっちにしろ、フェルフィズが動かない事には何にも出来ないんだ。だったら、それまではストレス抱えるより適当に過ごしてる方がいい」

 影人は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、起き上がりベッドから離れた。気分転換に外にでも出よう。何度か血影の国の町には出ているが、まだまだ巡っていない所はある。影人は軽く身支度を整えると、部屋を出た。不夜の祖城は尋常ではない程に広く未だに分からない場所の方が多いが、自分の部屋から城の出入り口までは流石に覚えた。

「おや、影人様。こんばんは。お出かけでございますか?」

「ああ、ハジェールさん。こんばんは。ええ、ちょっと散歩にでもと思いまして」

 影人が廊下を歩いているとハジェールと出会った。ハジェールはニコリと笑みを浮かべ、挨拶の言葉を述べた。影人もハジェールに挨拶を返す。

「そうでございますか。では、誰か案内の者をつけましょうか?」

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。1人でふらつきたい気分なので。もちろん、迷わない範囲でふらつくつもりです」

「分かりました。そういう事でしたら。いってらっしゃいませ影人様」

 ハジェールがスッと腰を折り影人に頭を下げてくる。影人は少し戸惑ったように両手を振った。

「い、いや俺なんかにそんな礼儀正しさはいりませんから」

「そういうわけにはまいりません。影人様はシェルディア様のご友人。それに、シス様のお客様でもあります。無礼な振る舞いは出来ませんよ」

「っ・・・・・・そうですか。いや、そうですよね。ハジェールさんの立場からすればそうだ。つまらない事を言ってしまいました。すみません」

 影人が謝罪の言葉を述べる。ハジェールは「いえ」と言って首を横に振った。

「しかし・・・・・・ふふっ、こう言うのは失礼ですが影人様は不思議なお方ですね。私には丁寧なお言葉遣いなのに、シス様には普通に話されますし。シェルディア様はご友人という事なので分かりますが」

「ああ・・・・・・ハジェールさんの主人に対してこんな事を言うのは失礼ですけど、あいつはあんな奴ですからね。それに最初の印象も最悪だった。俺はそんな奴に礼儀を払う主義じゃないだけです」

 影人は正直にそう答えた。影人の言葉を聞いたハジェールはくすりと笑った。

「なるほど。確かに、礼節は本来相互間にあるべきものですからね。きっと、影人様のその正直なところがシス様やシェルディア様は気に入られたのでしょうね」

「どうですかね。俺にはその辺りはよく分かりませんよ。じゃあ、失礼します」

 影人は軽く頭を下げるとハジェールと別れた。それから影人がまた廊下を歩いていると、

「あ、影人さん。こんばんは」

「ん、キトナさんか。こんばんは」

 キトナと出会った。キトナは城で貸し出してもらっている黒いドレスに身を包み、影人に手を振ってきた。

 ちなみに、影人たちの挨拶は先ほどから夜の挨拶だが、別に今の時刻は夜というわけではない。時刻でいうならば、今は大体昼手前くらいの時刻だ。では、なぜ夜の挨拶なのかというと、それは血影の国の天候が関係している。

 血影の国の周囲は特殊な気候となっており、常に夜になっている。ゆえに、挨拶はいつも夜の挨拶なのだ。

「影人さんはどこかに行かれるんですか? この先は城の出入り口ですけど」

「まあ、ちょっと散歩にな。そういうキトナさんは?」

「私は書庫にお邪魔しようと思って。ここの書庫は凄いんですよ。皆さんずっと生き続けていらっしゃいますから、本の数が本当に膨大で。しかも、私が見た事のないような貴重なものばかりなんです。私の国の城の書庫もかなり本がありましたが、この城の書庫とは比べ物になりません」

「へえ、そんなに凄いのか。文字は分からないけど、機会があったら俺も行ってみるか」

「でしたら、影人さんもご一緒にいかがですか? 私も全て読めるわけではありませんが、分かる文字なら音読できますし」

 キトナは軽く手を合わせながらそんな事を言ってきた。影人は「ありがとう。気持ちは嬉しいよ」と小さく笑った。

「でも、今日はやっぱりやめとくよ。今はあんまり考え事したくない気分だし。じゃあな、キトナさん。また後で」

 影人は軽く手を振ると再び歩き始めようとした。

「そうですか。でしたら、私もご一緒に散歩してもよろしいですか?」

「? 別にいいけど・・・・・・キトナさんは書庫に行くんじゃなかったのか?」

 だが、キトナは影人にそう聞いて来た。キトナにそう聞かれた影人は、少し不思議そうな顔を浮かべた。

「影人さんと出会ったら影人さんとご一緒したい気分になったんです。書庫なら後でも行けますし」

「俺と一緒にいたいって・・・・・・キトナさん、変わってるな。見てくれの通り、俺全く面白くもない人間だぜ。でも、分かったよ。じゃあ、散歩に行くか」

「はい」

 影人はキトナを伴って城の出入り口を目指した。出入り口には吸血鬼の兵士が居り、影人とキトナが外に出たいと言うと扉を開けてくれた。

「・・・・・・今更だが、ずっと夜ってのも不思議っていうか変な感じだよな」

 外に出た影人が思わずそんな言葉を漏らす。常の夜空にはどういう原理かは知らないが、赤い月が常に輝いている。影人の言葉を聞いたキトナは、同意するように頷いた。

「そうですね。私も朝や昼がないのは違和感を覚えます。でも、ここに住む吸血鬼の皆さんにとってはこれが普通なんですよね。常識や当たり前って、見方の角度によって簡単に変わるものなんですね」

「まあな。でも、それを考え始めたらキリがないぜ。所詮、自分は自分の事しか分からない。だからこそ、他者を理解するって行為は重要なんだろうが・・・・・・正直、それも面倒くさいからな。少なくとも、俺は俺の事しか考えたくねえよ」

 適当に歩きながら、キトナと影人はそんな会話を交わす。往来を歩いている吸血鬼たちは、まだ影人やキトナが見慣れないのか視線を向けて来る者も多いが、シスの命令を受けたハジェールによって、影人たちは正式にこの国の滞在を許されていると既に周知されている。そのため、その視線は少なくとも不躾なものではないように思えた。

「・・・・・・影人さんたちはいずれまた戦いに行くのですよね」

 キトナが突然そんな言葉を放つ。影人は素直に首を縦に振った。

「ああ。俺たちが追って来た神・・・・・・フェルフィズは間違いなくまた仕掛けてくるからな。次の戦いで、多分俺たちの世界とこの世界との命運が決まる。要は、絶対に負けられない戦いだ」 

「・・・・・・私は影人さんたちを信じています。影人さんたちなら必ず大丈夫。勝ってくれると。・・・・・・でも、私に出来る事はそう想う事だけです。身勝手にそう想う事だけ。時々考えます。もしも私が皆さんと一緒に戦えたらと・・・・・・」

 キトナがギュッと手を握り締める。そんなキトナを見た影人は思わずフッと口元を緩めた。

「・・・・・・優しいな、キトナさんは。本当、ゲームのお姫様みたいな感じだぜ」

「ゲーム? そのゲームというのはよく分かりませんが・・・・・・私は別に優しくなどは。ただ、自分が不甲斐ないと思うだけですよ」

「優しいよ。俺たちの世界から来た奴のせいで、キトナさんたちの世界は滅茶苦茶になりかけてるんだ。なのに、キトナさんは一切俺たちを責めない。キトナさんのその優しさは、正直俺たちからしてみらありがたい。素敵な女性だよ、キトナさんは」

「っ・・・・・・」

 影人にそう言われたキトナは驚いたようにその目を見開いた。そして、次の瞬間にはカアッと顔を赤くした。

「そ、そそそんな事は・・・・・・! もう・・・・・・ズルいです。影人さんは急にそんな事を言うんですから・・・・・・」

「? 俺、何か変なこと言ったか?」

 顔を背けたキトナに影人は首を傾げた。何が変なこと言ったかだ。前髪野郎がキザなセリフを吐くな。しかも無意識なのが余計に腹立たしい。現実世界でお前が女性に「素敵だね」なんて言おうものなら、即通報である。

「ま、安心してくれよ。何が何でも、死んでもフェルフィズの奴の思い通りにはさせねえから。だから、キトナさんはその時は悪いがまた待っててくれ。言うのは恥ずかしいが・・・・・・俺たちを信じて。それは、キトナさんにしか出来ない事だから」

 影人はフッと再び笑うとキトナにそう言った。気色悪い、見るだけで心的外傷後ストレス障害になる、既に訴訟済みで有名な前髪スマイルでだ。キトナが本当に可哀想である。

「影人さん・・・・・・はい。それが私の役割なら、私は全力で皆さんを信じて待ちます」

 だが、どういうわけかキトナには響いたらしい。キトナは明るい満面の笑みを浮かべた。この世は不思議である。

「っ・・・・・・」

「? どうかしましたか?」

「いや・・・・・・ちょっと俺の世界の知り合いを思い出してな。こっちの世界に来る前に似たような事を言われたなって」

 不思議そうな顔を浮かべたキトナに影人はそう言葉を返した。影人の脳裏に浮かんだのは、桜色の髪のとある女神だ。その女神の顔を思い浮かべたのをきっかけとして、様々な顔が思い浮かぶ。家族。男装の友人。魂の友人たち。なぜか影人を気にかけるイケメン。そして、騒々しい名物コンビ。その他、様々な者たちの顔が。影人は少し懐かしい気持ちになった。

「影人さんの世界のお知り合いですか。影人さんのお知り合いはきっと素敵な方ばかりなんでしょうね。私もいつか会ってみたいです」

「はっ、キトナさんなら意気投合するような奴らも多いだろうな。ただ、俺からすれば騒がし過ぎるが・・・・・・」 

 影人が軽く頭を掻く。影人とキトナが会話を交わしながら散歩をしていると――

「――影人」

 突然、正面にシェルディアが現れた。シェルディアはどこか真剣な顔を浮かべていた。

「嬢ちゃん・・・・・・? 何でここに・・・・・・っ、まさか・・・・・・」

「察しがいいわね。ええ、恐らくあなたが考えている通りよ。フェルフィズが動いたわ」

 何かを察したような顔を浮かべる影人に、シェルディアが頷きそう言った。

「やっぱりか・・・・・・悪い、キトナさん。散歩はここまでだ。俺たちは行かなくちゃならない」

「っ・・・・・・はい。分かりました。では、私は皆さんを信じて待ちますから。だから、必ず皆さん無事に帰って来てくださいね」

 影人が真剣な顔でキトナにそう告げる。キトナはスッとその目を見開くと、影人とシェルディアを真剣な顔で見つめた。

「ああ、任せろよ」

「ええ、約束するわキトナ」

 その言葉に影人とシェルディアはそれぞれ力強く頷いた。













「ふむ・・・・・・そろそろ来ますかね」

「・・・・・・」

 裏世界、最後の霊地ヘキゼメリ。変装も何もせずにそこにやって来たのはフェルフィズと、青色のマントに身を包んだイズだった。2人は周囲から自分たちを観察する視線を感じながらも、何もせずその場に留まり続けた。この周囲は見晴らしが良過ぎて隠れる所がない。この前とは状況が違い、どちらにせよ最終的には今から来るであろう者たちと戦う事になる。ゆえに、フェルフィズたちは堂々と姿を晒していた。

「・・・・・・空間の歪みを確認。来ます、製作者」

 イズがそう呟いた直後だった。フェルフィズとイズのいる場所から少し離れた所に突然、何者たちかが現れた。

「フェルフィズ・・・・・・!」

「こんにちは影人さん。他の皆さんも。この間ぶりですね。ああ、あなたは初めましてですかね。真祖シス」

 影人がフェルフィズを睨む。フェルフィズは影人とその他の者たち、シェルディア、ゼノ、フェリート、そしてシスにそう言った。

「勝手に俺様の名前を呼ぶな。しかし、お前がフェルフィズか。どうにも気に食わない奴だな」

「おや、嫌われてしまいましたね。第一印象は大事だというのに・・・・・・残念です」

「相変わらずふざけた様子ね。そして、あなたの横にいるのは先日あなたが奪ったアオンゼウの器ね。見たところ起動しているようだけど・・・・・・あなた、器の中にの?」

 シェルディアがイズを見つめ、フェルフィズに質問を飛ばす。シェルディアの質問はこの場にいる者たちのほとんどが抱いている気持ちの代弁だった。

「何だと思いますか? すぐに答えては些かつまらないですからね。まずは皆さんのご予想でもお聞きして、それから・・・・・・」

「ごちゃごちゃとうるせえよ。そいつの中に何が入ってるのかなんざどうでもいい。その器ごと、中身も全部俺が滅してやる」 

「強気ですね影人くん。まあ、君にはそれだけの力がありますから、その言葉が虚勢でも何でもないという事は理解していますが。いいでしょう。では、試しましょうか。この子の力がどれだけ君に、いや君たちに通じるのかを」

 フェルフィズが両手を広げる。そして、フェルフィズは狂気を宿した笑みを浮かべた。

「さあ、では始めましょうか。世界の存亡を懸けた戦いを。私の想いが上か、あなた達の想いが上か決めようじゃありませんか。世界をチップにしてねえ」

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