第370話 最後の霊地へと

「さあ、食え。そして呑め。今日は宴じゃ」

 『水天』のレナカを斃した日の夜。白麗邸。その大座敷。上座に座っていた白麗は酒の入った盃を掲げ、そう宣言した。座敷には客人である影人、シェルディア、ゼノ、フェリート、キトナの5人と、白麗に仕えている葉狐と桜狐の姿があった。桜狐は肩口を少し過ぎたくらいの黒髪の美しい妖狐だった。

「白麗様、あの・・・・・・私たちもご一緒して、本当によろしいのですか?」

 桜狐が主人である白麗に恐る恐るといった様子でそう質問する。白麗は笑みを浮かべ頷いた。

「よいよい。今日は無礼講じゃ。それに、お前たちも宴の席にと言ったのはシェルディアたちじゃからな」

「だって、宴は人数が多い方が楽しいでしょ? だから、今日は一緒に楽しみましょう」

 シェルディアが葉狐と桜狐に対してそう言葉をかける。シェルディアの言葉は影人たちの意見の代弁でもあった。

「っ、ありがたいお言葉をありがとうございます。そういう事でしたら、私たちもご一緒に宴を楽しませていただきます」

「ありがとうございます。これでタダ酒が飲み放題・・・・・・コホンコホン、失礼。本当に嬉しいです」

 桜狐と葉狐が頭を下げる。葉狐は若干本音が漏れ出ており、白麗は「相変わらず緩い口じゃのお前は」と呆れていた。

「料理も酒も充分に用意しておる。では、宴を始めようぞ」

 白麗はそう言ってぐいっと酒を飲んだ。それが宴会の合図となり、影人たちも用意されていた豪勢な料理や飲み物に手をつけ始めた。

「ふむ。桜狐さん、これは何という料理ですか?」

「ああ、それはヒナカウオの甘酒漬けでございます。興味がお有りですか? フェリート様」

「はい。実に美味しかったので。よろしければ、また作り方を・・・・・・」

「シェルディアさん、せっかくですからお酒を頂きませんか? テアメエルのお酒は本当に美味しいと有名なんです」

「そうね。久しぶりに頂こうかしら。ふふっ、誰かとお酒を呑むのは久しぶりね。キトナ、お互いにお酒を注ぎ合いましょう」

「ええ、喜んで」

「おいゼノ。後でこっちの世界のボードゲームやろうぜ。さっき白麗さんの部屋で見かけたんだが、面白そうだった」

「いいよ。それって2人用?」

「多分な。詳しいルールは後で白麗さんに聞いてみる。ふっ、『敗北知らずのゲームマスター』と呼ばれた俺の力、見せてやるよ」

「白麗様白麗様。お酒を注いでください。今日は無礼講なんですよね。だったらいいですよね」

「確かに無礼講とは言ったが・・・・・・お前はあれじゃな。本当に阿呆というか何というか・・・・・・まあよい。今日だけは許してやろうぞ」

 ワイワイガヤガヤと影人たちは宴を楽しんだ。桜狐が予め作っておいた料理に舌鼓を打ち、酒や飲み物を味わう。やがて酔いが回った葉狐がフラフラと白麗の文句を言いながら踊った事で、盛り上がりは最高潮となった。

 白麗は自分が無礼講と言った手前、最初こそ我慢していたが、葉狐が「白麗様は〜こっそり絵を描いてるけど〜下っ手くそ〜!」と言った瞬間、色々と限界突破した様子で「やかましいわ阿呆ッ! 後、何で知っておるんじゃッ!?」と叫び本気で葉狐をしばいていた。まるで漫才かのようなその様子に、影人たちは(特にシェルディア)大いに笑った。そして、夜は更けていった。











「ふぁ〜あ・・・・・・眠い。昨日はちょっとはしゃいだり夜更かしをし過ぎたからな・・・・・・」

 翌朝。廊下を歩きながら影人はそう呟いていた。宴会をして風呂に入り、その後は白麗指導の元、ゼノとボードゲーム。寝たのはかなりの深夜だ。ゆえに、影人は未だに強い眠気に襲われていた。

「おはよう」

「おはよう影人。ふふっ、眠そうね」

「おはようございます、影人さん」

「おはよう」

 影人は大座敷の襖を開け朝の挨拶をした。すると、既に座敷にいたシェルディアとキトナ、ゼノが挨拶を返してきた。

「あれ、白麗さんとフェリートは?」

「白麗は多分まだ寝てるわね。葉狐がそう言ってたから。それか、ふふっ恥ずかしくて私たちの前に出てこれないのかもしれないわね」

 シェルディアが昨日の事を思い出し笑う。その笑みは「あいつ昔から知ってるけど、そんな事してたのかー。どう料理しようかな」的な笑みだった。つまりはまあ、シェルディアの笑みは獲物の弱みを握った狩人のようだった。影人は心の中で白麗に手を合わせた。

「フェリートはトイレ。もうすぐ戻ってくると思うよ」

「そうか」

 影人は隣に座っているゼノから話を聞くと、手を合わせ箱膳に用意されていた朝食を食べ始めた。相変わらず、桜狐の料理は絶品だ。影人が卵焼きを食べていると、座敷の襖が開かれた。影人はフェリートが戻って来たかと思ったが、入って来たのは白麗だった。

「あら、おはよう白麗。ふふっ、どうやら恥ずかしくて出て来れないわけではなかったのね」

「っ、朝からニヤニヤと笑うな。不愉快じゃ。全く、よりにもよって最悪の奴に・・・・・・これも全部、あのアホ狐のせいじゃ。あのアホ狐、今日の夕餉抜きにしてやる」

 シェルディアにそう言われた白麗は不機嫌そうに自分の席へと座った。とばっちりかどうかは怪しいところだが、葉狐はまたしてもご飯抜きになった。

「しかし、意外だったわね。あなたがまさか絵を描いているなんて。ねえ、ぜひ見せてちょうだいな」

「絶対に嫌じゃ。お前に見せれば未来がどうなるのかあまりにも容易く分かるわ。後、この話はもう禁止じゃ。2度とするな」

「嫌よ。だって、逆ならあなたも同じ事言うでしょう」

「うぐっ・・・・・・まあ、確かに妾もそう言うの。はあー、だから嫌じゃったんじゃ。お前にバレるのは」

 白麗はため息を吐くと、朝食を摂り始めた。それから少しして、フェリートもトイレから戻ってきた。全員が揃ったタイミングで、シェルディアは白麗にこう聞いた。

「ねえ白麗。話は変わるのだけれど、あなたは最後の霊地・・・・・・ヘキゼメリという場所を知っているかしら? 地図にも載ってないし、誰も知らないって言うのよ。結局、あの鬼はフェルフィズではなかったし、私たちはヘキゼメリに行かなければならないわ。でないと・・・・・・この世界と影人たちの世界の境界が完全に破壊されてしまうから」

 フェルフィズによって、既に4つの霊地は崩された。残るは最後の霊地ヘキゼメリのみ。そこを崩されれば、フェルフィズの勝ちだ。影人たちは本当に何としてでも、最後の霊地を守らなければならない。もう後はないのだ。

「ああ、知っておるぞ。誰も知らぬのも無理はない。何せヘキゼメリは表の世界にはない。この空間と同じ異界・・・・・・裏世界にあるからの」

「裏世界? そんなものがあるの?」

 白麗の答えを聞いたシェルディアが軽く驚いたような、不思議そうな顔を浮かべる。シェルディア以外の者たちも、似たような顔を浮かべた。

「あるぞ。まあ、ずっと異世界にいたお前は知らなくて当然じゃがな。大体1000年前くらいじゃったかの。各種族に融和の思いが萌芽し始めた頃、それを嫌った一部の種族たちは、その思いが届かぬ場所を求めた。詳しい説明は長いから省くが、その場所こそが裏世界じゃ。竜族、耳長族、死兵族、妖精族、荒くれた表世界の種族の一部が裏世界に行った。そしてシェルディアよ。お主の同胞である吸血鬼たちも、裏世界におるぞ」

「っ、そうだったの・・・・・・道理で、吸血鬼やそれらの種族を見なかったわけだわ」

「まあ・・・・・・そんな世界があるなんて、私初めて知りました」

「今や裏世界の事を知る者は殆どおらんからの。知っておるのは、妾のような長生きな者たちくらいじゃ。表世界の王族ですら、知らぬ者ばかりじゃろうて。加えて、裏世界の者はほとんど表世界には来んからの」

 キトナの呟きに白麗がそう言葉を述べる。そして、白麗は言葉を続けた。

「じゃが、裏世界に行くのなら多少は警戒せいよ。彼の世界は表世界とは違い、種族、国家間の仲が良くない。未だに争いが絶えん世界じゃ。まあ、お主たちなら行っても問題はないが・・・・・・一応危険な世界じゃよ」

「つまりは力が全ての世界という事ね。こう言ってはあれだけど、聞く限り何だか懐かしい世界だわ」

 シェルディアはそう言うと茶を飲んだ。そして、白麗の白銀の瞳をしっかりと見つめた。

「教えてちょうだい、白麗。その裏世界にはどうすれば行く事が出来るの?」

「ふむ、やはり行くのじゃな。よかろう、行き方を教えてやる。すぐに出るのか?」

「そうね。行くのは出来るだけ早い方がいいわ」

「相分かった。朝食を終えたら妾の部屋に来るがよい。そこで行き方を話す」

「ありがとう。感謝するわ」

 シェルディアは白麗に感謝の言葉を述べた。そして数十分後、影人たちは白麗の部屋で裏世界への行き方を教えてもらったのだった。











「色々よくしてくれて、ありがとう白麗さん。本当、助かったぜ」

 白麗邸玄関。昼食を頂き荷物を纏めた影人は白麗に対し頭を下げた。

「この度はお世話になりました。感謝いたします」

「本当に素晴らしい体験をさせていただきました。お礼申し上げます」

「ん、ありがとう」

 影人に続きフェリート、キトナ、ゼノも感謝の言葉を述べる。シェルディアも笑みを浮かべこう言った。

「色々と感謝するわ。だから、シエラやあなたを知る者に会ったとしても、あなたが下手くそな絵を描いているという事は黙っていてあげる」

「お前妾に喧嘩売っておるのか? 別に買ってやるぞ。お主の脳みそを引きずりだして記憶を消してやるわ」

 白麗はピキピキと引きつるように笑い、シェルディアに殺意の込もった目を向けた。普通に今からでもシェルディアに襲い掛かりそうな雰囲気だ。

「ふふっ、それもいいわね。あなたとの戦いはそれなりに楽しいし。でも、残念。また今度にしましょう。じゃあね、白麗。楽しかったわ」

「ふん・・・・・・妾も楽しかったぞ。久しぶりに心躍った時間じゃった。シェルディア、帰城影人、ゼノ、フェリート、キトナ・ヴェイザよ。いつでも来るがよい。妾はお主たちを歓迎しよう。そして、餞別じゃ。受け取れ」

 白麗はフッと笑い影人たちにそう言うと、亜空間から少し古びた紙のような物を取り出した。そして、それをシェルディアへと手渡した。

「? これは?」

「裏世界の地図じゃ。最近は向こうに行っておらんゆえ、今から100年ほど前のものにはなるが、ないよりはましじゃろう。せいぜい、有効に使え。お主らが目指すヘキゼメリもその地図に載っておる」

「っ、そう。重ねて感謝するわ。ええ、存分に使わせてもらうわね」

「応よ。じゃあのお主たち。葉狐、客をしっかりと送るのじゃぞ」

 白麗が影人たちに別れの言葉を述べ、葉狐にそう告げる。白麗に言葉を受けた葉狐は「御意」と頷いた。

「皆様、またのお越しをお待ちしております」

「はい。桜狐さんもありがとうございました。料理、本当に美味しかったです」

「料理のご教授ありがとうございました。主人のためにも、教えていただいた事を実践していきます」

 白麗の横に控えていた桜狐がスッと頭を下げる。影人、フェリート、その他の者たちも、美味しい料理を作ってくれた桜狐にそれぞれ感謝の言葉を述べた。

「それでは皆様。元の世界までご案内いたします」

 別れが済んだ事で葉狐がそう言った。影人たちが玄関の外に出ようとする。だが、そのタイミングで白麗が思い出したようにこう言った。

「ああ、そうじゃ。忘れておった。シェルディア、改めて、最後の霊地ヘキゼメリは絶対に守り切れよ。あそこには・・・・・・が封印されておるからの」

「っ、災厄以上に厄介な物? それはいったい何なの」

 シェルディアが白麗にそう聞き返す。白麗は何かを思い出すような顔で、

「・・・・・・よこしまなる神じゃよ。生命を許さぬ、無機質の、機械仕掛けのな」

 そう言った。












「・・・・・・」

 数十分後。影人は空飛ぶ馬車の中にいた。影人たちはテアメエルを出て、ある場所に向かっている最中だった。ちなみに、馬車を創造したのはフェリートなので、影人は通常形態だ。

「・・・・・・思い出しているのは、さっきの白麗の話かしら?」

 影人が窓の外をぼーっと眺めていると、シェルディアがそう声を掛けてきた。

「っ、ああ。白麗さんが言っていた邪なる神・・・・・・つまりは邪神だな。そいつの事が気になってな」

「そうね。白麗は結局、詳しい事はシスに聞けと言って教えてくれなかったものね。私も気になるわ」

 影人の言葉にシェルディアが同意する。影人はシェルディアに対しこう聞いた。

「嬢ちゃん、そのシスっていうのは確か嬢ちゃんと同じ真祖・・・・・・なんだよな?」

 先ほどシェルディアが簡潔に教えてくれた、シスなる者の正体。改めてそう聞いた影人に、シェルディアは頷いた。

「ええ、そうよ。私とシエラ、そしてシス。真祖たる者は私たち3人だけ。でも・・・・・・シスは少し面倒というか何というか、性格が悪いのよね。基本的に自分以外の者を全て見下しているし、高飛車で傲慢。要は嫌な奴なのよ。だから、正直会いたくないわ」

「お、おおう・・・・・・嬢ちゃんのそんな顔初めて見た気がするぜ。というか、嬢ちゃんにそこまで言わせるって相当だな・・・・・・」

 心底嫌そうな顔を浮かべるシェルディアを見た影人がそう言葉を漏らす。影人はシスに対して恐れ半分興味半分といった思いを抱いた。

「件の島が見えて来ましたよ。これから上陸します」

 すると、そんなタイミングで御者席のフェリートがそう言葉をかけてきた。そして、影人たちは北の海の端にある名もなき島に上陸した。

「さて、白麗が言っていた島に来たはいいけど・・・・・・遺跡は見えないわね。白麗は遺跡の1番奥を目指せと言っていたけど」

「島の奥の方にあるんじゃない? この島、けっこう大きいみたいだしさ」

「そうね。取り敢えず、歩いてみましょう」

 ゼノの言葉にシェルディアが頷き、影人たちは孤島を歩き始めた。そしてそれから少しして、影人たちは島の奥に小さな遺跡を発見した。影人たちは、遺跡のに入り奥を目指した。

「ああ、あった。多分ここね」

 遺跡は分かれ道もなかったので、1番奥の部屋にはすぐに着いた。最奥の部屋はそれなりに広く、中央奥に古びた石の門のようなものがあった。門には何かの紋様が刻まれていた。

「じゃあ、さっさとあの門を開けて裏世界とやらに行きましょうか」

 シェルディアは門に近づいて行った。そして、門の前に立つと門に触れながらこう言葉を唱えた。

「我は望む者。もう1つの世界、硬貨の裏、竜の牙、賢なる者の矢、死したる白骨の手、いたずらなる精霊の笑み、血を啜る不夜の瞳、戦乱を望む魂。それらがかく在りし場所を。我は血を捧げる。我が声に応えよ」

 シェルディアは自分の右手の親指を噛みそこから血を流した。そして、その地を門へと付着させた。

「!」

 すると、門の紋様が赤い輝きを放った。この門はこの世界に生きる者の血と、先ほどの詠唱で起動する。白麗はシェルディアにそう教えてくれた。

 ゴゴゴゴと重々しい音を伴って門が開く。門の先には暗闇があった。ただし、その暗闇は空間が歪んだようにぼんやりとしていた。

「裏世界への門が開いたわね。さあ、行くわよ」

「ああ。でも今更ながら、キトナさんはいいのか? 今から行くのは白麗さん曰く危険な世界らしいが・・・・・・」

「ふふっ、大丈夫です。私、今とてもワクワクしていますから。逆に私を置いていったら怒っちゃいます。それに・・・・・・影人さんが、皆さんが守ってくれるんですよね? だから、全然問題なしです」

 キトナが影人たちに対し微笑む。キトナにそう言われた影人たちは、それぞれこう言った。

「ええ。もちろんよ」

「はっ・・・・・・そこまで信頼されちゃ仕方ねえな。守ってやるよ、お姫様」

「俺は守るってキャラじゃないから、危険を壊してあげるよ」

「もちろん。高貴なるお方をお守りするのは、執事としてこの上ない喜びですから」

「ふふっ、なら怖いものなんてありません。さあ、皆さん。裏世界に行きましょう!」

 キトナが明るく笑う。影人たちもキトナの明るさに自然と感化され、小さな笑みを浮かべる。そして、影人たちは裏世界への門を潜った。


 ――最後の真祖がいる世界。戦いと不和が渦巻く世界。そこでいったい何が起きるのか。今は誰も知りはしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る