第371話 血影の国
孤島の門を潜り裏世界へと辿り着いた影人たちが初めに見た光景は、影人たちが異世界に来た時と同じ、どこかの暗い室内の光景だった。恐らくは、ここもどこかの遺跡の中だろう。影人たちが門を潜り終えると、門はゴゴゴゴと音を立て1人でに閉まっていった。
「・・・・・・取り敢えず、実感はないが裏世界に来たな。例の如く、まずは外に出るか」
「そうね」
影人の呟きにシェルディアが頷き、影人たちは遺跡の外を目指した。ありがたい事に、この遺跡も複雑な作りではなかったので、影人たちはすぐに遺跡の外に出る事が出来た。
「ここは・・・・・・どこかの山の中腹って感じの場所か」
遺跡を出た影人が周囲を見渡す。周囲には原っぱが広がっており、遺跡の後ろには山頂へと至る斜面が見える。もう少しで夜になるのか、空の色は橙色と薄闇が混ざっていた。
「そのようね。白麗からもらった地図によると、ここはアルナザス山の『扉の遺跡』という場所らしいわ」
地図を見たシェルディアが正確な地名を述べる。そして、シェルディアは指を動かしある点で指を止めた。
「私たちの最初の目的地は、ここから少し離れた場所にある『血影の国』という場所よ。ここでまず、嫌だけどシスと会って色々と話を聞くわ。最後の霊地であるヘキゼメリはその後に行くという感じね」
シェルディアが指したのは、地図の左側にある場所だった。異世界の文字なので、影人には読めないが今シェルディアが言ったように、そこが吸血鬼たちの国「血影の国」なのだろう。シェルディアが最初に指したアルナザス山も西側にあるので、シェルディアの言うように、ここから血影の国へはそれ程遠くないように思えた。
「その進路に異論はありませんが・・・・・・フェルフィズを確実に捕えるならば、ここで待ち伏せをするのも手の1つではないですか? フェルフィズが裏世界に来たとして、ヘキゼメリで確実に捕えられる保証はない。ならば、出入り口であるここを見張る方が可能性はあると思いますが」
「確かにな・・・・・・だけど、それは裏世界の出入り口がここだけと仮定しての話だろ。そうじゃなかった時は終わるぜ。なら、結局はあいつが絶対に来る場所・・・・・・ヘキゼメリに行った方がまだいいと俺は思うぜ」
フェリートの意見に影人も反論とはいかないまでも自身の考えを述べる。影人の考えを聞いたフェリートは「っ・・・・・・そうですね。確かに、あなたの言う通りだ」と素直に影人の意見に賛同した。
「じゃあ、血影の国に向かうわよ。影人、馬車を用意してくれる?」
「あいよ」
話がまとまった事を感じたシェルディアが影人にそう頼む。テアメエルから孤島まではフェリートだったので、今回は影人の番だ。影人はポケットからペンデュラムを取り出し言葉を唱え、スプリガンに変身した。
そして、影人の創造した空飛ぶ馬車で影人たちは血影の国へと向かったのだった。
「・・・・・・着いたぜ。どうやら、ここから先が血影の国みたいだ」
馬車を使って大体30分から1時間の間くらいだろうか。すっかり夜になった裏世界で、影人は少し先に見える壁で覆われた町を見てそう呟いた。ちなみに、スプリガンの変身はもう解除済みだった。
「まあ、あれが噂でしか聞いた事のなかった血影の国・・・・・・吸血鬼たちが住まう不夜の国なんですね。ここから見た感じはゼオリアルの王都と同じ、城下町のようですね。私、楽しみです!」
キトナは目をキラキラとさせ興奮していた。そんなキトナに影人は相変わらずだなといった感じで苦笑した。
「ふふっ、あなたのその姿勢は素直に尊敬するわ。さあ、じゃあ行きましょうか。私もシエラ以外の同胞に会うのは久しぶりだわ」
シェルディアが先陣を切るように歩き出す。もしかしたら、シェルディアも無意識の内にワクワクしているのかもしれない。影人はそんなシェルディアを微笑ましく思った。
シェルディアを先頭に影人たちが正面の開かれた門へと近づいて行く。すると、門まであと少しといったところで――
「其処の者たち、止まれ」
突然、正面に何者かが現れた。黒いフードに黒いローブを纏った者たちはざっと10人はおり、影人たちの行手を遮るように立ち塞がった。
「あら・・・・あなた達はいったい何者なのかしら?」
「貴様らに明かす理由はない。お前たちは我が国に侵入しようとしている。それは許容できん。1度だけ忠告してやる。去れ」
シェルディアがそう質問すると、真ん中のフードを被った者――声からするに恐らく女性だろう――は冷たい声でそう言った。
「忠告ね・・・・・・それを無視したらどうなるのかしら?」
「殺す」
シェルディアが面白くなさそうな顔でそう聞くと、女は簡潔にそう答えた。
「殺すね・・・・・・面白いじゃない。果たして、出来るかしらね。あなた達程度で」
シェルディアがゾクリとするような笑みを浮かべる。シェルディアは敢えて気配を解放しなかった。
「・・・・・・その答え、忠告を無視したものと受けとる。では・・・・・・死ね」
フードを被った者たちから殺意が発せられる。影人はポケットのペンデュラムを握り、ゼノとフェリートも臨戦態勢に入る。キトナも身を守るように1番後ろに移動した。
「手を出さないで大丈夫よ。この子たちは私が教育するわ」
「っ、分かった」
「ん、シェルディアがそう言うなら」
「仰せのままに」
だが、シェルディアは影人たちにそう言った。その言葉を受けた影人は手からペンデュラムを離し、ゼノとフェリートも体勢を解いた。
「・・・・・・子供だからといって容赦はせんぞ」
女の声と共に黒フードの者たちが凄まじいスピードで飛び出す。いつの間にか、何人かの者たちは赤い剣を持っており、また何人かの者たちは爪が刃物の如く鋭く伸びていた。
「・・・・・・三流の吸血鬼如きが偉そうね。不愉快よ」
しかし、シェルディアに焦りはない。シェルディアは不機嫌な様子でそう呟くと、自身の影を操作し一瞬にして全員を串刺しにした。
「がっ・・・・・・!?」
串刺しにされた者たちが苦悶の声を漏らし、赤い血が地面を濡らす。影人、ゼノ、フェリートはそのような光景は見慣れているため何とも思わなかったが、キトナは「っ・・・・・・」とショックを受けた顔を浮かべていた。
「昔ならしばらく磔くらいにはしたけど、あなた達程度にこれ以上時間を割くのも嫌だしやめてあげる。ああ、あなた達返り血は飛んでいないかしら? 一応、飛ばない範囲で貫いたけど」
冷たい顔で貫いた者たちを見たシェルディアは、一転ニコリと笑顔で影人たちにそう聞いた。影人たちは自分の服を確認すると、「ああ」「うん」「はい」と頷いた。キトナも未だにショックを受けている様子だったがコクリと首を縦に振る。
「よかったわ。汚い血で服が汚れたら大変だもの。あと、ごめんなさいねキトナ。怖がらせてしまって。あなたには少し刺激の強い光景よね」
「い、いえ・・・・・・確かに、シェルディアさんの言う通り衝撃は受けましたが、私たちを守るためという事は分かりますから。で、でもその方たちをそのままにしておくと死んでしまいますよね? その、殺す事までは・・・・・・」
申し訳なさそうな顔のシェルディアに、キトナはかぶりを振った。そして、心配そうな顔で貫かれている者たちを見つめた。
「ああ、それは大丈夫。吸血鬼は不死だから死なないわ。今は貫いたままだから傷は塞がらないけど、抜いた瞬間傷もすぐ治るし」
「って事は、やっぱりこいつら吸血鬼だったのか・・・・・・」
シェルディアの呟きを聞いた影人が影に貫かれている者たちを見渡す。血影の国の前なので、この黒フードたちの正体が吸血鬼だろうとは思っていたが。
「か、影を操る力・・・・・・お、お前・・・・・・吸血鬼か・・・・・・」
「ええそうよ。気配を隠蔽しているから、あなた達が私の正体に気づかないのも無理はないけど・・・・・・少し呆れているわ。何千年ぶりとはいえ、私を知らないなんてね」
「っ・・・・・・?」
影人たちに警告を与えてきた女の吸血鬼は、フードの下で意味が分からないといった顔になった。
「――失礼。その者たちをどうかお許しください。その者はまだ1000年ほどしか生きていないゆえ、御身のご尊顔を知らぬのです」
ふっとどこからか声が響いた。すると、影人たちの前に1人の男が現れた。まるで、夜の闇から出てきたかのように。
「その者たちのご無礼、心の底から謝罪いたします。ですから、どうかご慈悲を」
現れた男は二十代くらいの若者に見えた。綺麗に整えられた黒髪と黒目は東洋人を想起させるが、顔の作りは鼻も高く西欧人のようだ。控えめにいってもイケメン、ハンサムと呼ばれるような容姿だ。かっちりとしたダークグレーのスーツのような服装に身を包んだ男は、シェルディアに対し深く頭を下げた。
「っ、誰だ・・・・・・?」
影人たちが新たに現れた男に不思議そうな顔を浮かべる。その男を見たシェルディアは小さな笑みを浮かべ、懐かしそうにその男の名前を呟いた。
「あら・・・・・・久しぶりね、ハジェール。ええ、本当に」
「はい。本当にお久しぶりです。また御身に会えた事を心から嬉しく思います。シェルディア様」
ハジェールと呼ばれた男が笑みを浮かべ頭を上げる。シェルディアは吸血鬼たちの体から影を引き抜き、元に戻した。吸血鬼たちは不死から来る超回復の力で、瞬時に傷が癒えた。
「ハ、ハジェール様。なぜあなた様のような古き高位の吸血鬼がここに・・・・・・それに、シェルディア様とはまさか・・・・・・」
立ち上がった女の吸血鬼が呆然としたようにハジェールを見る。他の黒フードの吸血鬼たちも似たような様子だ。
「私がここに来た理由は、血が騒ついたからですよ。予感がしたのです。誰かを迎えに行かなければならないというね。あなた達も顔を見せて、頭を下げなさい。この方こそ、絶対最強にして祖なる
ハジェールは後半言葉を繕う事をやめ、吸血鬼たちに威圧的にそう言った。ハジェールからシェルディアの正体を聞かされた吸血鬼たちはフードの下の顔を青ざめさせ、フードを脱ぐと手と足を地面につけシェルディアに謝罪した。
「も、申し訳ございませんッ! ま、まさか伝説のシェルディア様であらせられるとは! 如何なる罰も受ける所存でございます!」
「いいわ、許す。罰も別に与えないわ」
代表するように謝罪した女の吸血鬼。シェルディアは自分たちを襲おうとした吸血鬼に許しの言葉を与えた。吸血鬼たちは感激したように「あ、ありがとうございます!」と声を上げた。
「同胞たちよ、下がりなさい。ここからは私がシェルディア様を案内します」
「「「「「はっ!」」」」」
ハジェールにそう言われた吸血鬼たちはフッと自身の影に沈み消えた。
「・・・・・・何か偉い吸血鬼っぽいな」
「だね。シェルディアとも顔見知りっぽいし」
ハジェールについてポツリと影人が感想を漏らし、ゼノも頷く。すると、シェルディアが影人たちにハジェールについて説明してくれた。
「紹介するわ。吸血鬼のハジェールよ。私より1000年くらい歳下で、真祖たちの雑用係みたいな立ち位置だった子。ふふっ、でもさっきの子たちの反応からするに、今は随分と偉くなったみたいね」
「いえいえ、私などシェルディア様の足元にも及びません。今でもシス様の雑用係ですよ」
ハジェールは謙遜すると、影人たちに軽く頭を下げた。
「初めまして、紹介に預かりましたハジェールです。あなた方はシェルディア様のご友人とお見受けします。本来、この血影の国は吸血鬼以外は入れないのですが・・・・・・」
「ダメよ、入れなさい」
「分かっております。それが真祖のご友人とあれば特例となりましょう。このハジェールが、皆さまに血影の国をご案内いたします」
シェルディアの命令に頷いたハジェールはニコリと笑みを浮かべた。そして、影人たちはハジェールの案内の元、血影の国に入国した。
「っ、思っていた以上にデカいな・・・・・・ここが血影の国か」
門を潜った影人は思わずそんな声を漏らした。町の最奥にある城との距離が思っていた以上に遠い。ゼオリアルの王都と同じくらいかと思っていたが、恐らくそれ以上だ。そして、城も今まで見た中で1番大きいように感じた。
「血影の国は吸血鬼たちが住まう国。基本的に、全ての吸血鬼はここで暮らしています。現在の吸血鬼の総数は大体10万くらいですかね」
大通りを歩きながらハジェールがそんな説明をする。その数字を聞いた影人は内心で随分少ないなと思ったが、シェルディアは驚いたような顔になった。
「随分と増えたのね。私がいた時は1000人くらいだったのに」
「え、元々そんなに少なかったのか?」
「吸血鬼は不老不死。子孫を残す必要はないですからね。だから、本当に同胞の数は増えたものです」
驚く影人にハジェールがそう答える。なるほど。確かに生物として完結しているのなら、子孫を残す理由がない。
「数が増えた吸血鬼が国を形成するのは、ある意味自然な事でした。そして、吸血鬼たちを統制するのは真祖において他はない。その時には既にシェルディア様は刺激を求め、去られていましたから、シス様とシエラ様がその役目をなさりました。まあ、シエラ様も何百年か前に突然失踪してしまい、今はシス様だけで統制の役目をなされていますが」
「ああ、シエラなら会ったわよ。今は異世界で喫茶店、つまり茶屋を営んでるわ」
「っ、なんと・・・・・・すみません、私とした事が理解が追いつきません。シ、シエラ様が異世界で茶屋を・・・・・・?」
ハジェールは衝撃を受けた顔でそう呟いた。まあ、無理もないだろう。要は、自分たちの国の王様がお茶屋をやっているという感じなのだから。しかも、その場所は異世界。驚くなという方が難しい。
ちなみに、影人たちが大通りを歩いている事に対しての吸血鬼たちの反応だが、揃って奇妙な顔を浮かべていた。高位の吸血鬼たるハジェールがよく分からない者たち(しかも中には獣人族がいる)を連れている。加えて、シェルディアの事を知らない者たちばかりのようだったので、どういう状況か本当に分からないといった感じだった。
「ハジェール、取り敢えずシスに会わせてちょうだい。シスと話があるの」
「ご安心を。今シス様がいらっしゃる城まで向かっている最中でございます。恐らく、シス様もシェルディア様が帰って来た事には気づいていらっしゃいますからね」
ハジェールはそう言うと、影人たちにこう聞いてきた。
「城まではまだしばらく掛かりますが、どうされますか? 町を見たいならそのまま徒歩で。別にいいと仰るなら、私の影ですぐに城まで移動できますが」
「そうね・・・・・・町を見るのは後でも出来るし後でいいかしら。あなた達もそれでいい?」
シェルディアが影人たちに意見を求める。影人たちは全員頷いた。
「決まりね。ハジェール、お願い」
「御意。それでは皆さま、私の近くに」
影人たちがハジェールの近くに集まると、ハジェールの影が広がった。そして次の瞬間、ハジェールと影人たちは影に引き込まれた。
「着きました。ここが真祖が住まう血影の国の中心部、不夜の
影人たちが影の中から出ると、そこには黒を基調とした城内の光景が広がっていた。正面には立派な大きな扉があった。
「この城の中は広大なため、今回はお手間を取らせぬためにもシス様がいらっしゃる真祖の間の前に転移しました」
ハジェールが正面の扉に手を向けながらそう言葉を述べる。つまり、あの扉の先に最後の真祖、シスがいるのだ。
「そう。助かったわハジェール。じゃあ、あなたはしばらく下がっておいてちょうだいな」
「心得ております」
ハジェールがスッと通路の端に控える。シェルディアはコツコツと扉の前まで歩いて行く。当然、影人たちもシェルディアに続く。
「一応、影人には言ったけど、あなた達にも言っておくわね。今から会うシスは本当に嫌な奴だから、気をつけておいて」
「シェルディアがそう言うレベルなんだ」
「大丈夫です。問題ありません。執事ですから」
「は、はい」
「じゃ、開けるわよ」
ゼノ、フェリート、キトナが反応を示す。そして、シェルディアは扉を開けた。
扉の先は広い空間だった。炎灯るシャンデリアが照らす洗練された豪奢な空間。どこか影人の『影闇の城』と似ている。正面には階段があり、その上に3つの玉座があった。両端の玉座は空だったが、真ん中の玉座には誰かが座っていた。
「――ふん。シエラでも戻ってきたかと思えば・・・・・・まさか、お前が戻って来るとはな」
座っていたのは影人と同年代くらいに見える少年だった。艶のあるダークレッドの髪に、同じくダークレッドの瞳。その顔はシェルディアと同じく人形のように整っている。古風なマントに身を包んだその少年は、シェルディアを、そして影人たちを睥睨した。
「一応、こう言っておいてやる。久しぶりだな、シェルディア」
「ええ、久しぶりね。相変わらずあなたは偉そうね。ねえ、シス」
シェルディアが最後の真祖――シスの名を呼ぶ。シェルディアの言葉に、シスは何を当然の事をといった顔を浮かべ、
「偉そうなのではない。実際に偉いのだ、俺様は」
そう言い切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます