第364話 紡いだ絆は嘘ではなくて

「・・・・・・ソラ」

 セユスを斃しソラが避難している場所に、影人はゼノの案内の元移動した。そこは人気のない路地裏で、ソラと共にキトナもいた。

「影人さん」

「影人兄ちゃん・・・・・・」

 キトナとソラが影人の名を呼ぶ。キトナは影人を見てホッとしたような安心した顔を浮かべ、ソラは何とも言えないような顔を浮かべていた。

「・・・・・・悪い。俺はちょっと違う場所に避難しててさ。その様子じゃ大丈夫だったみたいだな」

 影人はソラに自分がスプリガンであるという事を告げなかった。別に言う必要も理由もないと思ったからだ。

「え、影人兄ちゃん。俺、俺・・・・・・」

 ソラが何かを言おうとする。影人はそんなソラに対して、

「・・・・・・少し、2人で話そうぜソラ」

 そう言った。











「・・・・・・」

「・・・・・・」

 影人とソラは元いた場所から少し離れた場所に移動した。影人とソラの間には確かな緊張感があった。

「・・・・・・まずはごめんなソラ。お前の言う通り、俺は本当は『羽無し』じゃない。俺はお前に嘘をついた」

 まず口を開いたのは影人だった。影人は正直にソラにそう言うと頭を下げた。

「っ・・・・・・やっぱり、そうなんだね」

「・・・・・・ああ。お前がどうやって俺の嘘を見破ったのかは分からないが、それが事実だ。本当にすまななかった」

 ソラが悲しげな顔を浮かべる。影人は再び謝罪の言葉を口にした。

「じゃあ・・・・・・影人兄ちゃんはやっぱり吸血鬼ってやつなの?」

「・・・・・・いいや。それも違うんだ。吸血鬼は嬢ちゃん・・・・シェルディアだけで、俺やゼノやフェリートは違う。吸血鬼は方便だ。信じてもらえらないだろうが・・・・・・俺たちはこことは違う世界から来たんだ」

「え・・・・・・・・・・・・?」

 影人の答えを聞いたソラが呆然とした顔になる。影人の答えはソラの理解を超えていた。

「・・・・・・信じてもらおうとは思ってない。だけど、お前にだけは本当の事を言わなきゃならないからな。俺が嘘で傷つけたお前にだけは」

 影人は呆然とするソラに対しそう言葉を付け加えた。そして、影人はソラに背を向けた。

「・・・・・・俺たちは明日この町を出る。俺たちの旅の目的のためにな。だから、明日にはお別れだ。お前は俺と口も利きたくないだろうから、先に言っとくぜ。・・・・・・さよならだ、ソラ」

「っ・・・・・・!?」

 影人にそう告げられたソラはショックを受けたような顔を浮かべた。影人はソラから顔を背けていたので、ソラがそのような表情になっているとは分からなかった。

「・・・・・・町はもう安全だ。だから、今日はもう孤児院に帰れ。・・・・・・じゃあな」

「あ・・・・・・」

 影人はそう言うとソラから離れて行った。ソラは無意識に影人の背に向かって手を伸ばしていたが、その手が届く事はなかった。

「・・・・・・」

 それからしばらくの間、ソラはその場から動けなかった。










「・・・・・・よし、後は嬢ちゃんとキトナさんを待つだけだな」

 翌日、昼過ぎ。宿の部屋で軽く支度を整えていた影人はポツリとそう呟いた。その呟きを聞いたゼノは影人の方を見ずに、影人にこう言った。

「本当にソラとお別れの挨拶はしなくていいの?」

「・・・・・・ああ。別れは昨日済ませたからな。逆にお前らはよかったのかよ? 嬢ちゃんやキトナさんみたいに孤児院に挨拶しに行かなくて。お前らも案外ソラと仲良かっただろ」

 影人はゼノと部屋にいたフェリートに逆にそう聞き返した。シェルディアとキトナの女子組は今影人が言ったように、孤児院にいるソラに別れの挨拶に出かけている。そのため、2人が戻り次第に影人たちはシザジベルを旅立つ予定だった。

「俺、別れの挨拶は苦手なんだよね」

「別に仲良くはありませんよ。ただ無理やり遊ばされただけです」

 影人の問いかけにゼノとフェリートはそう答えた。

「それより、早く次の目的地に行きたいですね。あまり言いたくはありませんが、結局今回もフェルフィズを捕える事は出来ませんでしたし。残る霊地はあと2つ。とうとう、半分を越えられた。次でチェックを掛けなければ・・・・・・終わりが見えますよ。私たちの世界とこの世界のね」

「ああ・・・・・・分かってるよ」

 続くフェリートの言葉に影人は重々しく頷いた。フェリートの言葉通り、やはり今回もフェルフィズを捕える事は出来なかった。

「あのクソ野郎は必ず見つける。元々許す気はなかったが・・・・・・ソラまで利用したあいつを俺は絶対に許さない」

 ギュッと影人は右手を強く握り締める。昨日キトナがソラから聞いたといって聞かせてくれた話によると、ソラを唆しこの霊地を不安定にさせた男はフェルフィズと名乗ったという。フェルフィズはどういうわけか影人とソラの関係を知り、それを利用したのだ。明らかにフェルフィズは影人たちに追われているこの状況を楽しんでいる。真の邪悪だ。

「・・・・・・気持ちは分からなくもないですが、気迫だけで捕らえられる相手ではありませんよ」

「・・・・・・それも分かってるよ」

 影人がフェリートの指摘にそう言葉を返した時だった。部屋のドアがノックされた。そして、ドアが開けられこの宿の主人が姿を現した。

「失礼。あんたらのお仲間がお呼びだ。宿の前で待ってるとよ」

「そうですか。分かりました。ありがとうございます」

 宿の主人にフェリートがそう言葉を返す。どうやら、シェルディアとキトナが孤児院から戻って来たようだ。宿の主人はそれだけ言うとドアを閉めた。

「さて、では行きますか」

「・・・・・・ああ」

「ん」

 フェリート、影人、ゼノの3人は部屋から出て宿の外へと向かった。












「そう言えば、路銀はまだ大丈夫なのか?」

「ええ。まだ金貨が7枚もありますから。この宿は少し値が張った宿でしたが、それでも10日近く滞在しても金貨1枚と銀貨が少しほどでしたよ」

「マジか。あいつら随分報酬奮発してくれてたんだな」

 宿を出ながら影人とフェリートはそんな話をしていた。影人はウリタハナで出会った教会の警備番、ベナとラギの事を思い出し感謝した。

「ああ、来たわね」

「皆さん、こっちです」

 影人たちが宿から出ると宿の外にいたシェルディアとキトナが声を掛けてきた。

「ああ、嬢ちゃんキトナさ――」

 影人が2人の声が聞こえた方に顔を向ける。だが、影人は言葉を紡ぎ切る事は出来なかった。なぜなら、そこには――

「なっ・・・・・・・・・・・・」

 シェルディアとキトナと共に1人の少年がいたからだ。光沢感のあるスカイブルーの髪が特徴的な少年が。

「何でお前が・・・・・・ソラ・・・・・・」

 影人がどこか呆然とした様子でその少年の名を、自分が傷つけてしまった少年の名を呟く。そんな影人にソラはこう言葉をかけて来た。

「影人兄ちゃん・・・・・・俺、影人兄ちゃんに言いたい事があるんだ」

 ソラは緊張したような顔で一歩、また一歩と影人に近づいてくる。そして、影人にこう言った。

「ごめん。ごめんね、影人兄ちゃん。ひどい事言って。嘘をついてくれてたのは、俺のためだっただよね? 昨日、あれから帰って聞いたんだ。ユニル姉ちゃんに。自分がお願いしたんだって。影人兄ちゃんは本当は最初から『羽無し』じゃないって言おうとしてたって」

「っ・・・・・・」

 ソラは泣きそうな顔で影人に謝ってきた。影人は反射的にしゃがみソラと目線を合わせると、何度も首を横に振った。

「違う。違うんだソラ。お前が謝るような事は何もないんだ。悪いのは全部俺だ。確かに、俺はユニルさんに嘘をついてほしいと頼まれた。お前のために。でも、嘘をつくという決断をしたのは俺だ。俺なんだ。俺は嘘をつけばお前が傷つく事になるって分かってた。分かってたのに・・・・・・俺はお前に嘘をついたんだ・・・・・・!」

「影人兄ちゃん・・・・・・」

 影人は懺悔するように気づけばそう言葉を吐いていた。そんな影人を見たソラは思わず意外そうな顔になった。ソラは影人のこんな様子を見るのは初めてだったから。

「・・・・・・俺、まだ子供だからよく分からないけど、嘘って悪い事をした時だけにつくものじゃないんだね。優しさからつく嘘もあるんだよね。影人兄ちゃんやユニル姉ちゃんは、俺に優しい嘘をついたんでしょ?」

「ああ・・・・・・だけど、そんなものはお前からしてみれば詭弁だ。俺がお前を傷つけた事実に変わりは――」

「えいっ」

 影人がそう言おうとすると、突然ソラが影人に抱きついてきた。

「っ、ソラ・・・・・・?」

「いいよ。許すよ。俺は・・・・・・俺は影人兄ちゃんが大好きだから。ありがとう影人兄ちゃん。俺のために嘘をついてくれて。俺と一緒に遊んでくれて。影人兄ちゃんのおかげで、俺は今までで1番楽しかったよ」

 ソラは優しい声で影人に感謝の言葉を口にした。

「っ・・・・こんな俺を、許してくれるのか・・・・・・?」

「うん」

「ありがとう・・・・・・ありがとうな、ソラ」

 影人はギュッとソラの背に手を回しソラを抱き返した。影人は彼にしては非常に珍しい事に、泣きそうになっていた。

「やっぱり、ソラを連れて来てよかったわね」

「はい」

「別れは苦手なんだけど・・・・・・うん。こういう別れならいいね」

「全く・・・・・・甘いのか冷酷なのかよく分からない人だ」

 ソラを連れて来たシェルディアとキトナは暖かな表情を浮かべ、ゼノとフェリートはそんな感想を漏らした。

「・・・・・・最後にお前と仲直りできて正直本当よかったよ。これで安心して次の目的地に行ける」

 ソラから手を離した影人は笑みを浮かべた。影人の言葉を聞いたソラは少し悲しそうな顔になった。

「やっぱり、行くんだね・・・・・・」

「ああ。行かなきゃならないからな。お前が今までみたいに安心して生きられる世界を守るためにも。だから、一旦ここでお別れだ」

 影人はソラの言葉に頷くと、ソラにこんな言葉を送った。

「ソラ、最後にこれだけは言っておきたい。確かに、お前は他の翼人族のように目に見える翼はないかもしれない。・・・・・・でもな、お前にも羽は、翼はあるんだぜ。お前の中にな」

「え・・・・・・?」

 影人がトンと右の人差し指でソラの胸に触れる。ソラは自分の胸を見下ろし不思議そうな顔を浮かべた。

「誰の中にも目に見えない翼はある。それは未来に向かって、目的に向かって、様々なものに向かって生えている翼だ。お前の中にも必ずある。そして、お前は誰より自由に羽ばたける存在だ。なにせ、お前の名前はソラ。俺たちの上に広がる蒼穹と同じ名前なんだから。だから・・・・・・お前は『羽無し』じゃない」

「っ・・・・・・」

 影人のその言葉を聞いたソラが心の底から驚いたような顔を浮かべる。そして、ソラは少し震えながらこう言った。

「俺は・・・・・・『羽無し』じゃないの?」

「ああ、違う。絶対に違う。俺が保証する。お前が『羽無し』だってバカにする奴がいたら、俺がどこからでも駆けつけてぶん殴ってやる」

 影人が優しい笑みを浮かべる。その笑みを見たソラは自然と涙が溢れた。

「うん・・・・・・うん・・・・・・! ありがとう、影人兄ちゃん・・・・・・! 俺、俺もう『羽無し』だって言われても怒らないし悲しくならない。俺、強くなるよ。それで、いつか俺が弱っちい影人兄ちゃんを守ってあげる!」

「誰が弱っちいだ。はっ、でも楽しみにしてるぜ」

 涙を拭い輝くような笑顔を浮かべるソラに、影人はポンとソラの頭に軽く右手を乗せた。そして、影人は立ち上がった。

「じゃあなソラ。お別れだ。ユニルさんや孤児院のみんなと仲良くな。・・・・・・またな、ソラ」

「うん。またね、影人兄ちゃん」

 いつか再会を誓う言葉を2人は交わした。ソラとの別れが済んだ影人たちはソラに背を向け、シザジベルの町の外に出るべく歩き始める。

「あ、待って影人兄ちゃん! 最後に聞きたいんだけど、俺を助けてくれた金色の目をしたお兄さんを知らない? 確か名前は・・・・・・スプリガン。ゼノと知り合いだから、影人兄ちゃんとも知り合いなんでしょ?」

 ソラが最後にそんな質問を影人にしてきた。影人は小さな笑みを浮かべると、振り返りこう答えを返した。

「・・・・・・ああ。一応な。でも、あいつは1人が好きだからもう違う所に行ったぜ。でも・・・・・・次俺と会う時はあいつとも会えると思うぜ」

「? そう。じゃあ、気をつけてね!」

 その答えを聞いたソラはよく分からないといった顔を一瞬浮かべたが、やがて笑顔で手を振り影人たちを送ってくれた。

 ――シザジベルで影人が紡いだ絆は嘘ではなかった。こうして、影人たちはシザジベルを後にした。












「さて、次の目的地は確かテアメエルっていう場所だったな」

「ええ。ヘレナさんとハルさんによれば、魔妖国家の島の名前だったと記憶していますが・・・・・・」

 シザジベルの町を出た影人とフェリートが次の目的地の情報を言葉に出す。影人とフェリートの会話を聞いていたキトナは軽く微笑みこう説明した。

「はい。フェリートさんが言ったようにテアメエルは東の海に浮かぶ魔妖国家の島の名前です。同時に、魔妖国家の名前でもあります。魔妖国家の領土はその島と周囲にある小さな島々だけなので」

「へえ、そうなのか・・・・・・なあ、キトナさん。ちょっと今更な質問かもなんだが、魔妖族っていうのはどんな種族なんだ?」

 影人がキトナにそんな質問を投げかける。他の種族とは違い、魔妖族とは中々言葉からは想像がつきにくい種族名だ。だが、影人のその質問に答えたのはキトナではなくシェルディアだった。

「一言で言えば、幽霊や妖怪のような魔なるモノたちね。魔族や獣人族や翼人族のように基本的に同じ特徴を有している種族ではなく、魔妖族は特徴がバラバラなの。私も広い範囲で見れば魔妖族という事ができるわ」

「ええ、シェルディアさんの言う通りです。なので、魔妖族はこの世界で最も多様な種族と言われています」

 シェルディアの説明にキトナがそう付け加える。その説明で影人は魔妖族がどんな種族が理解する事ができた。

「よし、なら行くとするか。魔妖国家の島、テアメエルに。フェリート、馬車頼むぜ。ウリタハナからシザジベルまでは俺が馬車創ったから今度はお前の番だ」

「言われなくても分かっていますよ」

 フェリートはそう言うと、力を使い空飛ぶ馬車の創造を始めた。

(魔妖族の国家ね。そう言えば、はまだ存在しているのかしら・・・・・・)

 フェリートが馬車を創造している間、シェルディアはとある魔妖族の事を思い出していた。その魔妖族はシェルディアと同じく巨大な力を有していた存在で、またシェルディアと同じく死なずの存在だった。シェルディア、シエラ、そして3人目の真祖であるシスと互角に戦えたのは、その魔妖族くらいだった。

「? 嬢ちゃんもう行くぜ」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて。すぐに乗るわ」

 既に馬車の中に入っていた影人がシェルディアに声を掛けてくる。シェルディアはそう言うと、馬車の中に乗り込んだ。

 こうして、一行は第4の霊地テアメエルへと向かった。

 










「・・・・・・ふっ、遂に来るか妾の国に」

 同時刻。周囲が薄闇に包まれた場所でポツリと女の声が響いた。女はスッと全てを見通す白銀の瞳を見開く。

「ああ、楽しみじゃ楽しみじゃ。せいぜい、丁重にもてなさねばな」

 女は独り言を呟いた。そして、言葉通り楽しそうにその顔に笑顔を浮かべ、

「のう――シェルディア、そして帰城影人よ」

 そう言った。

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