第365話 テアメエル到着、妖狐の案内

「・・・・・・見えてきたな。あの島がテアメエルか」

 空飛ぶ馬車でシザジベルを飛び立ってから数時間後。闇色の船――さながらどこかの黒い真珠のような船――に乗っていた影人は、視界内に浮かぶ大きな島を見つめながらそう呟いた。ちなみに、この船を創造したのは影人なので、今の影人はスプリガンの姿だった。

「しかし、意外だったぜ。嬢ちゃんがテアメエルの島には船で行きたいって言った時は。ちょっと船旅でもしたくなったのか?」

 影人は甲板にいたシェルディアにそう言葉をかけた。影人の言葉にシェルディアは軽く頷いた。

「まあそうね。でも、それ以外の理由の方が大きいわ。キトナに船というものを経験させてあげたかったという理由が1番大きく、後は・・・・・・礼儀のようなものかしら」

 シェルディアが甲板から海を見ていたキトナをチラリと見つめる。キトナは船に乗ったのは初めてらしく、「わあ、素敵です!」とはしゃいでいた。

「キトナさん云々の理由は分かるが・・・・・・礼儀っていうのはどういう意味なんだ?」

「・・・・・・正直、あまり深い意味はないの。私の勝手な心掛けに過ぎないわ。昔、魔妖族に私たち真祖と同等の実力を持つ者がいたの。一応、彼女は不死の存在だったから、まだ生きているかもしれないと思って。彼女は魔妖族だから、生きていれば島にいる可能性は高いでしょ? だから、空から勝手に島に入れば文句が言われるかもって思ったのよ。自分を見下ろすなって。彼女、自尊心が高いから」

 影人の質問にシェルディアはどこかぼんやりとした笑みを浮かべた。

「嬢ちゃんとタメを張る怪物がまだいたのかよ。恐ろしいな・・・・・・理由は分かったが、その魔妖族の人が島にいたとして、俺たちの侵入経路なんて分かるのか? 普通、分かるとは思えないんだが・・・・・・」

「彼女、のよ。だから、それくらいは造作もなく分かるわ」

「・・・・・・そうか」

 シェルディアがそう言うのならばそうなのだろう。影人はただ一言理解を示す言葉を呟くと、再び金の瞳をテアメエルに向けた。

 目の前に見えるのは魔なるモノたちが住む島。その中にはもしかすれば、極大の力を持つ魔が潜んでいるかもしれない。出来る事ならばそんな者とは出会いたくないなと、影人は心の中で思った。












「さて、じゃあまずは賑わってる所を目指すか」

 テアメエルに上陸した影人は旅の仲間たちに向かってそう言葉をかけた。ちなみに、今の影人は通常の前髪野郎モードだ。船は影人が変身を解除すれば消えてしまうので港は利用できない。そのため、影人たちは港とは逆の場所に上陸していた。まあつまりは、今回も密入国のようなものであった。

「そうね。寝床も探さなければならないし。キトナ、テアメエルで1番賑わっている場所は分かる?」

「うーん、そうですね・・・・・・テアメエルで1番賑わっている町はヒギツネと聞いた事があります。ここからどう行くかまでは分かりませんが・・・・・・」

 シェルディアの問いかけにキトナは軽く首を傾げながらもそう答えた。

「そう、分かったわ。まあ、適当に歩いていれば誰かに会うでしょうから、ヒギツネの場所はその誰かにでも――」

 聞けばいい。シェルディアがそう言葉を紡ごうとすると、

「――いいえ。その必要には及びません」

 突然、どこからか女の声が響いた。

「っ!?」

 その声のした方に影人が驚いた顔を浮かべながら顔を向ける。影人以外の者たちも似たような表情で、声の聞こえた方に顔を向けた。

 すると、そこには1人の女が立っていた。先ほどまではそこにはいなかったはずなのに、ポツンと砂浜にその女は立っていた。

 女は一見年若い女に見えた。肩に掛かる艶やかな黒髪が特徴的な美人だ。女は朱色の美しい着物に身を包んでおり、その頭からは狐のような耳が、腰部からは1本のこれまた狐のような尻尾が生えていた。

「っ、獣人・・・・・・? 誰だあんた?」

 影人が謎の女に質問を飛ばす。当然の事ながら、影人の声には警戒感が滲んでいた。

「私は葉狐ようこと申す者でございます。我が主人の命により、皆様を案内するようにと仰せつかりました。皆様に害をなす者ではありません」

 葉狐と名乗った女は影人たちに深く頭を下げた。そして、顔を上げこう言葉を続けた。

「そして、私は獣人族ではありません。私は魔妖族。その中でも妖孤と呼ばれる種族です。獣人族とは中々見分けがつきにくいとは思いますが」

「・・・・・・つまり、妖狐の葉狐さんってわけか?」

 影人が突然に抑えられぬ風洛7バカの血を発揮する。正直、警戒やら何やらをすっ飛ばしてでもアホの前髪はそう言いたかった。影人の言葉を聞いたフェリートなどは露骨に「このアホはこんな状況で何を言っているんだ」的な顔になっていた。

「はい。妖狐の葉狐でございます。正直、何千回めのネタ・・・・・・もとい自己紹介で、もはや様式美のようになっております。正直、私はこの名前をつけた両親の正気を疑っています。何度尻尾を引きちぎってやろうかと恨みで枕を濡らしたか・・・・・・ううっ、思い出したら涙が・・・・・・出ません。イェーイです」

(あ、ヤバい人だ)

 泣くフリをした葉狐は無表情で両手をピースの形にした。影人は即座に葉狐にそんな印象を抱いた。

「あなたの事は大体分かったけど・・・・・・いったい誰の命令で私たちを案内するように言われたの? しかも、あなたはまるで私たちの上陸場所が分かっているかのようにこの場に現れた。それはなぜかしら?」

 シェルディアが葉狐にジッと目を向ける。シェルディアは質問をしながらも、葉狐の種族を聞いて、内心である程度葉狐の主人が誰なのか見当はつけていた。

「私の主人は破絶の天狐――白麗びゃくれい様にございます。主人からは『そう言えばシェルディアは分かる』と仰せつかっております」

「っ・・・・・・そう、やはり生きていたのね」

 葉狐からその名前を聞いたシェルディアがそう言葉を漏らす。それはシェルディアの予想通りの人物だった。

「嬢ちゃん、まさか・・・・・・」

「ええ。先ほど話した彼女の事よ。念のため、船で来て正解だったわ」

 シェルディアの反応を見た影人が船の上での話を思い出す。影人の言わんとしている事を察したシェルディアは頷きそう言った。

「? シェルディア、話が見えないんだけど」

「私もです。どうやら、情報の共有が出来ていないようですね」

「破絶の天狐・・・・・・聞いた事のない名前です」

 船の上での話を知らないゼノ、フェリート、キトナは不思議そうな或いは不審そうな顔を浮かべていた。

「その話は後でするわ。今は取り敢えず私に任せてちょうだい。葉狐、あなたの話は分かったわ。なら、私たちを案内してくれるかしら? どこに案内してくれるのかは知らないけど」

「かしこまりました」 

 シェルディアが葉狐の話を了承する。シェルディアの言葉を受けた葉狐は軽く頭を下げた。

「それではまず、テアメエルの中心都市ヒギツネに案内いたします。白麗様からまずは町を見せてやれと命じられていますので」

 葉狐はそう言うと、軽く手を2回叩いた。すると、どこからか青い炎を纏った骸骨が現れた。骸骨は人が乗れるくらいの大きさの籠を引いていた。

「お呼びですか葉狐様」

「ええ骸炎がいえん。この方たちをヒギツネまでお連れしてください。くれぐれも丁重にね」

「了解っす」

 骸炎と呼ばれた青い炎纏う骸骨はどのような仕組みか分からないが、声を発し頷いた。そして、引いていた籠を開く。

「どうぞお客様方。お乗りください。ヒギツネまですぐに且つ乗り心地よく運びますぜ」

「骸炎はテアメエル1番の運び屋です。皆様が不快感を抱く事なく運んでくれますよ」

 骸炎の言葉を補足するように葉狐が骸炎の説明をする。いきなりヒギツネまで運ぶと言われた影人たちは軽く顔を見合わせる。

「大丈夫よ。白麗は騙し討ちのような真似はしないから。乗りましょう」

 すると、シェルディアが率先して籠の中に入っていった。シェルディアがそう言うならと、影人たちも籠の中へと入る。籠の中は見た目からは想像もつかないほど広く、影人、シェルディア、ゼノ、フェリート、キトナの5人が入ってもそれほど狭さを感じなかった。

「あなたは乗らないの? 案内役なのでしょう」

「私はテアメエル限定にはなりますが瞬間移動の術が使えますので。先に向こうでお待ちしています。では」

 シェルディアの言葉に葉狐はそう言葉を返すと、フッと消え去った。現れた時と同じように。どうやら、葉狐は瞬間移動でシェルディアたちの元にやってきたようだ。

「じゃあヒギツネに参りますぜ。瞬く間に着きますんで、短い間ですがごゆるりと」

 骸炎はそう言って籠を閉じた。そして、影人たちは骸炎に運ばれヒギツネの町へと向かった。











「着きましたぜ。ヒギツネです」

 影人たちが籠に入って3分ほどだろうか。運ばれているという感覚はまるでなかったが、骸炎は籠を開けるとそう言ってきた。

「あら、もう? 私たちが元いた場所からそんなに近かったの?」

「いや、あの裏浜からヒギツネまでは普通に距離がありますよ。歩きなら3〜4時間は掛かりますぜ。ですが、俺はこう見えて神速の脚を持ってましてね。だからこの短時間で到着したってわけです」

 籠から出たシェルディアに骸炎は青い炎を揺らしながらそう説明した。

「なるほど。さすがテアメエル1番の運び屋といったところかしら」

「まあ、一応それが自慢ですからね。じゃあお客様。俺はこれで失礼します。ああ、駄賃は葉狐さんから既に頂いているんで結構です。テアメエル内で手を2回叩いてもらえれば俺はすぐに駆けつけるんで、利用したい時は呼んでください。それでは、またのご利用お待ちしてます」

 骸炎はそう言い残すとフッと煙のように消え去った。シェルディアの目は骸炎が超速の速度で去って行ったのを確認した。なるほど。速度自慢なだけはある。シェルディアは内心でそう思った。

 ちなみに、シェルディア以外の者たちは骸炎の速度を認識出来なかったので、骸骨が煙のように消えた事に多少驚いている様子だった。

「皆様、ご到着されましたね。先ほどぶりです。妖狐の葉狐でございます。そして、ようこそ。ここがテアメエルの中心都市、ヒギツネでございます」

 瞬間移動で先に移動していた葉狐が再び影人たちの前に現れる。葉狐はスッと自分の後ろに広がるヒギツネの町の景色に手を向けた。

 そこには美しくも風情ある景色が広がっていた。まず特徴的なのは正面に広がる和風の城だろう。灰色の屋根瓦と白く塗られた土壁は、影人の世界にある日本の城を強く想起させる。あの城がこの町のシンボルになっているだろうという事は、想像に難くなかった。

 次に町の光景。町にある建物は今まで影人たちが巡った町とは違い木造だった。城と町の光景はどこか日本の近世時代を想起させた。

 そして、最後にそこに生きる者たち。そこには魔族のように頭からツノを生やした者や、炎の体を持つ者、布の体を持つ者など、様々な者たちがいた。

「・・・・・・パッと見た感じ、妖怪版江戸時代って感じか。なんか、今までで1番異世界って感じの町風景な気がするな」

「私には少し懐かしい感じね。それで、白麗はあの城にいるのかしら?」

 影人の感想にシェルディアはそう言葉を返すと、葉狐にそう聞いた。だが、葉狐はかぶりを振った。

「いいえ、あの城に白麗様はおりません。あの城にいるのは、テアメエルの民の代表者としてこの国の統治をしている耀山ようざんという鬼の男でございます」

「っ、白麗がこの国の統治者ではないの?」

 シェルディアが意外そうな顔になる。白麗が生きてこの国にいるのならば、てっきり白麗がこの国を統べているとシェルディアは思っていた。

「あくまで表向きはという事でございます。この国の真の統治者であり裏の統治者は白麗様です。まつりごとは面倒だという理由で、1000年ほど前から表には出て来られなくなりました。ゆえに、白麗様はテアメエルの民たちに政を任せておいでなのです」

「ああ、なるほど。そういう事・・・・・・彼女らしいわね」

 葉狐の答えを聞いたシェルディアは納得した。白麗も不死者らしく自身の興味ある事にしか動かない性格だ。加えて、白麗はプライドが高い。裏の統治者という葉狐の説明はシェルディアにはしっくりときた。

「さらっと1000年前って言ってるが・・・・・・葉狐さん何歳なんだ?」

「私ですか? 大体3000歳くらいでしょうか。妖狐族は長生きですから」

「3000歳って・・・・・・それ長生きってレベルじゃねえだろ・・・・・・」

「私なんてまだまだ若輩です。白麗様は私より遥かに長生きですので」

 引いたような声を漏らした影人に葉狐はしれっとそう言った。そして、こう言葉を続けたようとした。

「さて、ではヒギツネの案内を――」

 葉狐が白麗から命じられたヒギツネの案内を始めようとする。だが、次の瞬間葉狐の中に声が響いた。

「え、ええ・・・・・・? 今すぐそちらに? でも、ヒギツネを案内するように仰ったのは・・・・・・え、気が変わった? はあー、分かりました・・・・・・」

 葉狐はまるで目には見えない誰かと話している様子だった。そして、最終的には疲れたようにため息を吐いた。影人たちは不思議そうにそんな葉狐を見ていた。

「皆様、いま白麗様から神通力で私の中にお声がけがありました。何でも、ヒギツネの案内は後にして先に皆様と会いたいそうです。あのクソババア・・・・・・いえ、白麗様はかなり気分屋でして。なので、今から白麗様の元までご案内いたしますね。本当にすみません」

 葉狐は一瞬本音を漏らしそうになりながらも、困ったような疲れたような様子で、影人たちにそう言ってきた。

「・・・・・・なんか色々大変そうですね葉狐さんも。取り敢えず、話は分かりました」

「我慢が効かなかったのね。彼女らしいわ」

「なんか、シェルディアに似た感じがするな。その人」

「私もそんな気がしてきましたよ」

「分かりました。では、観光はまた後でですね」

 影人、シェルディア、ゼノ、フェリート、キトナがそれぞれ反応を示す。いずれにしろ、葉狐の話に反対するような者はいなかった。

「では、すみませんがまた先ほど通り骸炎を手配しますね」

 葉狐はそう言うと手を2回叩いた。












「ようこそ皆様。私の後ろに広がっているのが、テアメエルで最も神聖な場所――『神魔しんまの森』でございます」

 数分後。森の中にいた影人たちに対して葉狐がそう言葉を紡いだ。葉狐の背後には明らかに今影人たちがいる森とは違う、深く幽玄な佇まいの森が広がっていた。森の入り口には侵入者を拒むかのように、縄が張られていた。

「この森に白麗がいるの?」

「はい。正確には白麗様の元に至る入り口が存在します。詳しい事はまた後で。どうぞ、私に着いてきてください」

 葉狐が手を森の入り口へと向ける。すると、張られていた縄がほどけた。葉狐は「神魔の森」の中へと入って行った。影人たちも葉狐の後に続く。

「・・・・・・今更ですけど、俺たちここに入っていいんですか? 見るからに禁足地って感じですけど」

「白麗様のお客様ならば問題ありません。それ以外の者は、白麗様の許可がないと入る事は出来ませんが」

 影人が周囲を見渡す。明らかにこの森は何か空気が違う。影人の言葉に葉狐は振り返らずに返答した。

「・・・・・・着きました。入り口です」

 しばらく歩くと、森の中央部と思われる少し開けた場所に出た。そこには古びた小さな祠があった。

「少しお待ちを」

 葉狐は祠に近づきしゃがむと祠を開けた。中は空だった。

「我は祀る。破絶の天狐を。我は願う。破絶の天狐の元へ至る事を」

 葉狐が両手を合わせそう言葉を唱えると、突然周囲の空間が歪んだ。すると、景色が一変し影人たちの前に大きな屋敷が現れた。

「っ・・・・・・」

「まあ・・・・・・」

「へえ・・・・・・」

「これは・・・・・・」

 影人、キトナ、ゼノ、フェリートが驚きを露わにする。しかし、シェルディアだけはその現象を理解していた。

「・・・・・・なるほど。あの祠に特定の言葉を唱えるとこの場所に繋がるという事ね。恐らく、ここは一種の異界・・・・・・ああ、だから入り口と言ったのね」

「左様でございます。白麗様はこの中にいらっしゃいます。さあ、どうぞ中に」

 葉狐はシェルディアの指摘に頷くと屋敷へと歩いて行った。影人たちも当然その後に着いていく。


 ――こうして、影人たちはテアメエルの真の統治者にして、魔なるモノを統べる者の屋敷の中へと足を踏み入れたのだった。

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