第359話 聖地 シザジベル
「――ここが第3の霊地、シザジベルか」
『火天』のシイナと怪盗団騒ぎがあった第2の霊地ウリタハナ。そのウリタハナでの激動の日の翌日、昼過ぎ。影人たちは新たなる霊地へと来ていた。朝にウリタハナを出発し、いつもの空飛ぶ馬車で移動して来たので昼過ぎについた形だ。普通にウリタハナからシザジベルに来ようとすれば、1週間単位の時間がかかった。
「はい。翼人族国家リィフィルの聖地と呼ばれるような場所です。翼人族の皆さんは基本的に空に浮いている浮島で生活をしているらしいのですが、この場所は特別で、この町の方々は他の種族と同じように地上で生活をしていらっしゃるようです」
「へえ、そうなのか。だから、この辺りは他の所よりも浮いてる島が多いのか・・・・・・」
キトナの説明に頷いた影人は空を見渡した。広がる青空には所々に大小様々な島が浮いている。という事は、あの島々が主に翼人族が住んでいる国という事か。
「あの島ってどういう原理で浮いてるの?」
「島の底部にある浮石という石で浮いているそうです。その石が何個も寄り集まって島を浮かせているのだとか。効力は半永久的なので、よほどの事がなければ浮島は地上には落下しないらしいです」
ゼノの疑問に博識なキトナが説明をした。キトナの説明を受けたゼノは「ふーん」と相槌を打った。
「シェルディアがいた時もあの島はあったの?」
「ええ。これほど浮島がある光景は見なかったけど、あるにはあったわ。それより、そろそろ町の中に入りましょう。宿も取らないといけないし」
ゼノの言葉に頷いたシェルディアはそう言うと、シザジベルの町の中へと入っていった。影人たちがいるのはシザジベルの町の入り口のような場所だ。影人たちもシェルディアの後へと続いた。
「っ・・・・・・これはまた、随分と綺麗な町だな」
シザジベルの町へと入った影人は、その町の景色に思わず息を呑んだ。シザジベルの町は全体的に白い建物で構成されており統一的だった。空に映える青空と相まって、シザジベルの町は一層美しいように思えた。
「どこかローマ的な美しさを感じる町ですね。今まで訪れた町も美しかったですが、ここは洗練されたような美を感じます」
「そうね。素直に綺麗な町だわ。なんだか心地よくなってくるような気分ね」
「うん、いいね。天然すぎず人工的すぎないって感じの綺麗さだ」
「シザジベルの町はその美しさで有名なんです。私も知識でしか知りませんでしたが・・・・・・実物は本当に美しいですね。まさか、私もこの光景を見る事が出来るなんて思ってもいませんでした」
フェリート、シェルディア、ゼノ、キトナもシザジベルの町に対する感想をそれぞれ呟く。全員、シザジベルの町の美しさに感心していた。
「・・・・・・さて、取り敢えず嬢ちゃんが言ってたみたいに、まずは宿を探さないとな。昨日のバイトで金も十分稼げた事だし、いい宿を取ろうぜ」
今朝ウリタハナを出る前に教会に行き、ベナから報酬の金貨10枚を受け取ったので気はかなり楽だ。加えて、ゼノが力比べで獲得した金貨もまだ4枚、釣り銭である銀貨や銅貨もかなりある。影人たちに路銀の心配はしばらくはなかった。
「じゃ、宿の場所聞こうか。ごめん、ちょっといい? 宿の場所を聞きたいんだけど」
ゼノが往来にいた翼人族の青年にそう声を掛ける。
「っ・・・・・・あ、あんたら羽無しか? そこの獣人族以外、何の特徴もないが・・・・・・」
ゼノに声を掛けられた青年は、なぜか怯えたような様子で逆にそう聞き返して来た。羽無しという言葉の意味がよく分からなかったゼノは軽く首を傾げた。
「羽無し? 確かに俺たちに羽はないけど・・・・・・俺たち翼人族じゃないからないのが普通だよ。俺たち、吸血鬼だから」
「吸血鬼・・・・・・? ああ、だから目に見える特徴がないのか・・・・・・悪い。吸血鬼を見るのは初めてだったから、ちょっと勘違いしたよ。それで、宿の場所だったよな。この町には宿が3つある。ええと、1つ目の宿の場所は・・・・・・」
ゼノの答えを聞いた青年はホッと安心したような様子になり、笑みを浮かべた。そして、青年は3つの宿屋の場所をゼノたちに教えてくれた。
「・・・・・・何か変な感じだったな」
青年が去った後、影人はポツリとそう呟いた。
「そうね。最初怯えていたかと思えば、私たちが吸血鬼と聞いた瞬間に普通の様子になった。そして、今気づいたけれど・・・・・・町の住人たちの私たちに対する視線。それも少し変ね。さっきの子と同じように、怯えたようなそんな視線だわ」
シェルディアが軽く周囲を見渡す。すると、今までこっそりシェルディア達を見ていた翼人族たちはサッとその顔を背けた。明確に避けられているような雰囲気だ。
「ふむ・・・・・・キトナさん。翼人族の皆さんは、あまり他種族と関わり合いたくはないような種族なのでしょうか?」
「さあ・・・・・・私も基本は城にいましたし、他種族の方たちとの交流はほとんどありませんでしたから。ですが、翼人族が非友好的と聞いた事はないです」
「そうですか。では、先ほどの『羽無し』という言葉が何らかのキーワードという感じですかね。ニュアンス的には差別用語といった感じですが・・・・・・」
フェリートが思案するように軽く目を閉じる。すると、ゼノが皆に対しこんな言葉を放った。
「取り敢えず、今は考えても分からないよ。誰かから話を聞くとかしないと。それは後にして、まずは宿屋に行こうよ。考えたり誰かに話を聞いたりはその後にでも出来るし。寝床の確保の方が今は重要だ」
「・・・・・・それもそうだな。考えるより先に宿屋に行くか」
影人はその指摘に頷いた。影人以外の者も首を縦に振る。影人たちは教えてもらった宿屋の1つを目指して歩き始めた。
「何とか宿は取れたが・・・・・・ここの主人もさっきの翼人族の人と同じ感じだったな」
宿屋の一室内。2つある内のベッドの1つに腰掛けた影人は軽く息を吐きそう言った。
「ですね。ここの主人は『羽無し』という言葉こそ用いませんでしたが、他の方たちと同じく怯えた様子でした。私たちが吸血鬼と言った後は、あなたが言ったように先ほどの男性と同じ。態度が急に変わりました。不思議ですね」
「やっぱり、『羽無し』っていうのと何か関係あるよね。これ」
フェリートは立ちながら、ゼノは影人の対面にあるベッドに腰掛けながら言葉を交わす。ちなみ、宿は部屋は2つ取っており、男と女で分かれた。キトナとシェルディアは影人たちの隣の部屋だ。
「十中八九な。でもまあ、吸血鬼っていえば態度は普通になるし明確な害もない。だから、気にし過ぎる必要はないっちゃない。俺たちがここに来た目的はフェルフィズだからな」
「それは分かっていますが・・・・・・フェルフィズは本当に次にここにやって来るのでしょうかね。残る霊地はここを含め後3つ。焦っても意味はないと理解していますが、そろそろ勝負を掛けなければいけない時期です。霊地を3つ崩されたとなると、いよいよ本格的にマズくなりますよ」
「回りくどい言い方するなよ。要は本当に俺の勘が当たってるのかって事だろ。確証や物証はないが、多分次はここで間違いねえよ。あいつの性格的にな」
フェリートにそう言われた影人は端的にそう答える。ウリタハナから場所が未だに分からないヘキゼメリを除き、1番近かった霊地はこのシザジベルだ。つまりは1番近くて安易に予想しやすいルート。そこに愉快犯的なフェルフィズの性格を考慮すると、フェルフィズは次にここに来る。主に影人のそのような意見で、一行はこのシザジベルにやって来たのだった。
「まあ、どっちにしろ手掛かりはないようなものだし、予想つけられるだけマシって感じだよね。フェリートもその辺りの事は本当は分かってるでしょ」
「・・・・・・ええ。分かっていますよゼノ。私たちはどちらにしよ後手にしか回れない。本当に歯痒い状況ですよ」
「まあ、町の中で罠も碌にしかけられねえしな。本当、クソゲーやらされてる気分だぜ」
ため息を吐くフェリートに同意するように影人も頷く。すると、部屋のドアが開きシェルディアとキトナが入ってきた。
「失礼するわ。さて、フェルフィズが何かアクションを起こすまでは正直暇だから、私とキトナはこの町を巡るつもりだけど・・・・・・あなた達はどうするつもり?」
「俺は別にって感じだな・・・・・・まあ、気が向いたら後で散歩でもするかな」
「俺も似たような感じ」
「私もですかね」
シェルディアの問いかけに影人、ゼノ、フェリートはそう答えを返した。3人の答えを聞いたシェルディアは「そう。分かったわ」と頷いた。
「じゃあ行きましょうかキトナ。女2人で色々と楽しみましょう」
「はい、シェルディアさん」
キトナが嬉しそうに頷く。そして、シェルディアとキトナは一行の財布係であるフェリートから金貨を1枚渡され、宿を出て行った。
「シェルディア、随分彼女の事気に入ってるね」
「ああ。だが気に入ってるっていうよりは、優しいって感じの方が強い気がするな。ずっと城から出れなかったキトナさんのことを気遣って、色々体験させてやりたいって感じだろ」
「あのシェルディア様にそんな繊細な優しさがありますかね? 単純に自分が知らない町をぶらつきたいというだけの可能性の方が高い気がしますが」
「流石にそれは・・・・・・いや、確かにあり得るな」
フェリートの指摘に思わず影人は軽く唸った。
それから1時間ほど。影人たち男性組は適当に宿で寛いでいた。
「ちょっと散歩に行ってくる。そんな長い時間出るつもりはねえから、少ししたら戻って来る」
「ん」
「気楽ですね。そんな暇があるなら、フェルフィズに一矢報いる方法でも考えたらどうですか?」
「今日は一段と嫌味が多いな片眼鏡さん。正直、その方法は軽く何百回も考えたが全部詰んでる。これで満足かよ。じゃあな」
影人は軽く手を振り部屋を出て階段を下りた。影人たちの部屋は3階で出入り口は当然の事ながら1階だ。影人は宿を出ると、気分の赴くまま適当に歩き始めた。
(・・・・・・いい天気に綺麗な町。散歩としちゃ最高だな。まあ、この視線がなければもっと最高なんだが・・・・・・)
影人は前髪の下の目を左右に向けた。街行く人々は影人に相変わらず怯えたような視線を向けて来る。迫害こそされないが気分はよくはない。影人は少しの居心地の悪さを覚えながらも、街を歩き続けた。
「待てこのクソガキ! よくも泥団子なんか投げやがったな!? 『羽無し』だからって容赦しねえぞ!」
「うるせえ! 後『羽無し』って呼ぶな! もう1回泥団子ぶつけるぞ!」
「ん・・・・・・?」
影人が町の西側を歩いている時だった。突然、そんな怒号が聞こえてきた。声は正面から聞こえてきた。影人は怒号の主を目で探した。
その声の主はすぐに見つかった。影人のいる方に向かって1人の少年と翼人族の若者が走って来る。前者の少年は光沢感のあるスカイブルーの髪で、歳の頃は10歳かそこらだろう。少年は翼人族でないのかその背に羽はなかった。後者の若者は大体20代くらいでその背には立派な羽があった。ただ、その白い羽は一部分が泥で汚れていた。
「気のせいか・・・・・・? 『羽無し』っていう単語が聞こえた気がしたが・・・・・・」
影人が首を傾げている間にも、追いかけっこを繰り広げている少年と若者は影人の方に近づいて来る。往来の人々は2人を避けている。影人も人々に倣って体を横に動かそうとした。
「っ!? お、お前・・・・・・」
「?」
少年は影人の姿を見るとハッとした顔を浮かべ立ち止まった。影人は頭に疑問のマークを浮かべる。当然ながら少年とは初対面だ。
「追いついたぞ! 俺の羽を汚した代償は支払ってもらうぜ!」
少年が影人を見て立ち止まっている間に、若者が少年に追いつく。若者はその赤髪を逆立たせるような勢いの怒りを露わにし少年にぶつけた。
「っ・・・・・・」
若者に追いつかれた少年は焦ったような顔を浮かべた。そして、どういうわけか影人の背後へとその身を隠した。
「・・・・・・・・・・・・は?」
まるで影人を盾にするような少年の行動に、影人が訳が分からないといった顔になる。そんな影人に対し、少年はこう言葉を叫んだ。
「助けてお兄ちゃん! あいつが俺をイジメようとするんだ!」
「は、はあ!? い、いきなり何言ってんだお前!? 何で初対面の奴に助けなんか――!」
「お前そいつの仲間か!? よく見ればお前も羽がないじゃないか! 『羽無し』め! よくも俺を馬鹿にしやがったな!」
「ご、誤解だ! 俺に羽がないのは俺が吸血鬼――」
「問答無用! 俺の怒りを喰らいやがれ! この前髪野郎!」
「ぶっ!?」
次の瞬間、若者は拳を握ると右の鉄拳を影人に放ってきた。まさか殴られると思っていなかった影人は咄嗟の反応も間に合わずに、鉄拳をモロに左頬に受けた。スプリガン状態ではないモヤシ前髪は、大きくその体をよろけさせ、地面へと尻餅をついた。
ちなみにその瞬間、イヴは『あはははははははっ! ざまあ!』と大笑いしていた。
「っ・・・・・・」
「ふん、取り敢えず今の1発で勘弁してやるよ! 2度と俺の前に姿を見せるなよ『羽無し』共!」
その光景に影人の後ろに隠れていた少年が表情を動かす。影人を殴った若者はそう捨て台詞を吐くと、背を向けその場を去ろうとした。
「・・・・・・ま、待てよ」
だが、それを殴られた本人である影人が許さなかった。影人は未だに左頬に痛みを感じながらも、よろよろと立ち上がった。
「ああ?」
「いきなりぶん殴られて、はいそうですかって殴った奴帰せるほど俺は人間出来ちゃいねえんだよ・・・・・・久々にムカついたぜクソッタレ。人を殴る時は・・・・・・まずは話を聞きやがれッ! このクソ野郎が!」
何の咎もないのに殴られたという理不尽に激しい怒りを覚えた影人は、右足を振りかぶると思い切りその足で振り向いた若者の股間を蹴り上げた。
「ぬぉぉぉぉぉぉっ!?」
影人に股間を蹴られた若者は酷い声を上げその場に蹲った。どうやら、反応を見るに男の弱点の位置は人間と変わらないようだ。
「けっ、理不尽を俺にぶつけた罰だ。しばらくそうしてろタマ◯シ野郎」
影人は蹲る男にそう吐き捨てる。相変わらず、見た目と言動が甚だ乖離している奴である。すると、影人の後ろから笑い声が聞こえてきた。
「あははははッ! ざまあないや! いい大人がガキみたい蹲ってさ!」
笑い声の主は少年だった。影人は笑う少年に前髪の下の目をギロリと向けると、こう言葉を放った。
「何笑ってやがんだガキ。元はといえば、てめえが俺の後ろに隠れなきゃこんな事にはならなかったんだ。人の話を聞かないこのタマ◯シ野郎も悪いが、俺を巻き込んだお前も悪いぜ」
「うっ・・・・・・そ、それはごめん。でも、嬉しかったんだよ! 初めて俺以外の『羽無し』と会ったから。よかった、『羽無し』は俺だけじゃなかったんだって思ったら、お兄ちゃんに近づきたいって思って・・・・・・それで、気づいたら助け求めてた」
影人にそう言われた少年は最初バツが悪そうな顔を浮かべていたが、やがて嬉しそうな顔になった。その顔には子供のあどけなさがあった。
「『羽無し』? お前がそうなのか・・・・・・?」
「うん。お兄ちゃんもでしょ?」
「いや、俺は・・・・・・」
「分かってるって。一目見たらビビってきたよ。ツノも尻尾も翼もない。お兄ちゃんは俺と同じ『羽無し』なんだって! 俺、ソラ! お兄ちゃんの名前は?」
「名前? 名前は影人だが・・・・・・」
「影人お兄ちゃん! ねえねえ俺に着いてきて! みんなに紹介したいんだ! 俺以外にも『羽無し』はいたんだって! ほら早く!」
「いや、だから俺は『羽無し』じゃ・・・・・・って、おい! バカ、急に俺の手を握って走るな!」
ソラと名乗った少年は影人の右手を握ると、どこかに向かって走り始めた。少年の力は思っていた以上に強く、またこけないようにように反射的に足を踏み出してしまった事もあり、気づけば影人は少年に手を引かれる形では走っていた。
――第3の霊地シザジベル。影人はそこで「羽無し」と呼ばれる少年と出会った。
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