第358話 火天を払え

「――火の災厄、『火天』のシイナ。お目覚めの気分はどうだ?」

 宙に浮かびながら、影人は覚醒したシイナに向かってそう語りかけた。影人の言葉を受けたシイナは、エリレと同じように複雑で美しい紋様が刻まれた瞳を影人へと向けた。

「何、あなた? 私の眼でも情報が読み取れない・・・・・・しかも、あなたエリレを滅したの?」

「へえ・・・・・・分かるのか。ああ、お仲間かどうかは知らないが、『地天』のエリレを斃したのは俺だ」

 女性のような少し高めの声でシイナは影人にそう聞いて来た。影人はシイナの言葉に頷きそう答えを返した。

「・・・・・・あなたは不死の私たちを滅する事が出来るのね。はっきり言って・・・・・・脅威だわ」

「別にお前が何もしないのなら俺も何もしない。だが、あいつは言ってたぜ。自分はただ生命を破壊する者だってな。お前はエリレと同じような存在なんだろ? なら、これからどうなるかは、残念ながら予想はつきやすいってもんだ」

「・・・・・・そうね。答えは決まりきっているわ。私の使命はこの世界の生命をただ壊す事。だから・・・・」

 シイナはその身を形成する炎を荒ぶらせると、影人にこう言った。

「あなたを壊すわ」

「まあ、そうなるよな。じゃあ俺も・・・・・・お前を斃すぜ」

 シイナの宣言に影人も似たような宣言を返す。そして、影人はこう言葉を唱えた。

「『世界端現』。来いよ影闇の鎖」

 影人が右手をシイナに伸ばすと、影人の右手付近から影闇の鎖が出現しシイナの方に向かって伸びた。影人の鎖は全てを縛る鎖。影闇の鎖は影人の意思通り、シイナの体に巻き付いた。

「っ、私の体を・・・・・・」

「取り敢えず、まずは場所を移させてもらうぜ。ここで俺とお前が戦えば下の奴らが巻き添えを食うからな」

 影人は自分の右手近くから伸びている影闇の鎖を掴んだ。そして、渾身の力を込め思い切り鎖を振るった。

「そらよっ・・・・・・!」

「っ・・・・・・!?」

 その結果、シイナは凄まじい勢いで空中を移動した。影闇の鎖は無限に伸びるので、シイナはどこまでも飛ばされていった。

「な、なんだ!? 急に炎の子供が消えたぞ!?」

「ど、どうなってるんだ・・・・・・!?」

 地上から光の柱とその中にいたシイナを見ていた民衆たちがざわめく。民衆の意識は光の柱とシイナに殆ど割かれており、影人に気づいていた者は全くと言っていいレベルでいなかった。

「シッ・・・・・・!」

 飛ばしたシイナを追うように、影人も加速し鎖を追った。シイナの体は炎で出来ているため、夜の闇の中でもよく見えた。

「っ、この鎖、概念である私をも縛るというのか・・・・・・」

 一方、夜空を裂く橙色の星の如く空中を真横に飛ばされていたシイナは、そんな言葉を漏らしていた。万物の情報を得る事の出来るシイナの眼によれば、この鎖は全てを縛り純粋な力意外では壊す事の出来ない特殊な鎖だ。厄介な事この上ない。

(町からだいぶ離れたな。周囲にも町は見えない。この辺りにするか)

 飛びながら闇で強化した目で周囲の様子を観察していた影人は、影闇の鎖に停止する意思を伝えた。すると、今まで伸びていた影闇の鎖はピタリと伸びるのをやめ、飛ばされていたシイナはその反動に体を激しく揺らされながらも、空中に静止した。

「・・・・・・無理やり運んで悪かったな。さあ、戦るか。災厄さん」

「ふん・・・・・・生意気な生命ね」

「何かに反逆する者は生意気でないとだろ。それより、あんた影闇の鎖から抜け出せるのか? 抜け出せなけりゃ、正直もう勝負はついてるが」

 睨んでくるシイナに影人は前髪節全開の言葉を述べる。シイナは影人に言葉を返す代わりに、自身の体から炎の一部を分離させた。すると、分離した炎が徐々に人型になり、シイナがもう1人出現した。

「驕るな。私は火そのもの。体も意識も自由自在だ」

 影闇の鎖に縛られていたシイナが消失し、体と意識を取り替えたシイナが大きく炎の翼を広げ、そう言葉を放つ。その姿は、人を裁く炎の天使のように見えた。

「・・・・・・なるほどな。面白くなってきたじゃねえか」

 一筋縄ではいかないと理解した影人は小さく口角を上げた。その笑みは戦いを楽しむ者の笑みではなく、ここで少し笑った方が格好いいという、前髪の厨二的美学に基づいての笑みだった。はっきり言って、ゴミみてえな美学であった。

「その余裕、いつまで続くかしらね」

 シイナはそう言うと、広げた翼から炎の礫を影人へと放って来た。急な攻撃だ。だが、目を闇を強化した影人からしてみれば、それでも十二分に対応できる速度だ。

「無論、死ぬまで・・・・・・ってな」

 影人は大きく空中を横に滑ると、闇色の水の龍と氷の龍を創造しシイナへと放った。水と氷の龍、それは明夜と同じ技だった。

「無駄よ」

 炎には水と氷をという影人の安易な考えを砕くかのように、シイナがそう呟く。シイナは回避の行動を一切取らない。黒の水と氷がシイナへとその顎門を開く。

 しかし、龍たちはシイナに近づいた瞬間、一瞬にして蒸発して消えた。

「っ・・・・・・」

「私の一定範囲内に入ったモノは全て焼き切れる。全てが灰燼に帰す。私にはどんな攻撃も意味をなさない」

 軽く目を見開いた影人にシイナは淡々と絶望を与えるような説明を行った。シイナは荒れ狂う炎の奔流を自身の周囲から呼び出し、それを影人へと放った。

「はっ、マジか。あんた本当に地の災厄と同等の存在かよ・・・・・・! 明らかにあいつとあんたじゃ無理ゲーのレベルが違うんだが・・・・・・まさか、地の災厄は我々4人の中でも最弱の災厄とかいうオチじゃねえだろうな・・・・・・!」

 触れれば骨すら残さないであろう炎の奔流を避けながら、影人が言葉を投げかける。シイナは全く表情を変えずに答えを放つ。

「災厄たる私たちに強弱の概念はないわ。まあ、エリレの器に触れるのは私や他の災厄に比べれば、比較的楽ではあるけど。結局、不死だから変わりはしない」

「はっ、確かにそりゃそうか」

 影人は突然その場に静止した。結果、影人に向かって炎の奔流が殺到する。そして次の瞬間、影人は炎の奔流に包まれた。

「っ?」

 急に諦めたかのように炎に包まれた影人にシイナは疑問を抱いた。エリレを斃した者がこの程度で終わるものなのか。シイナがそう思いながら炎の奔流が消えるのを待っていると、

「さて・・・・・・どうやってあんたを討つか。エリレと同じ方法ってのも味気ないしな」

 全てを防ぐ闇色の障壁で身を守っていた影人が現れた。影人は障壁を解除すると、ジッと金の瞳でシイナを見つめた。

「・・・・・・やっぱり、そう簡単にはいかないわね」

「まあな。あんたみたいな無茶苦茶な奴らとは戦い慣れてるし、そう簡単には死なねえよ」

 影人はそう言うと内心で考えを巡らせた。

(『影闇の城』で災厄を殺せる事は確認済みだ。だから、確実に殺すなら『世界』を使えばいい。ああは言ったが、遊んでる時間はないんだからな。・・・・・・取り敢えず、もう1つの方法で災厄を殺せるか試してからにするか)

 『世界』は強力だが力の消費が尋常ではない。もしかすれば、この後にはフェルフィズとの戦いが控えているかもしれない。それに今後、場合によっては『世界』を顕現出来ない事態もあるかもしれない。それらの事を考慮し、影人はもう1つの不死殺しの力を使う事にした。

解放リリース――『終焉ジ・エンド』」

 影人は自身がレゼルニウスから受け継いだ、全てを終わらせる力を解放した。影人の体から終焉の闇が立ち昇り、影人の姿が変化する。ボロ切れを纏い、長髪に黒と金のオッドアイの姿に変化した影人は、『加速』の力を使い一瞬でシイナへと肉薄した。

「っ!? その力は・・・・・・」

 目によってエリレは『終焉』の力がどのようなものか理解した。エリレやシイナの眼で情報を読み取れないのは、あくまで阻害の力が働いているスプリガン自身の事だけだ。そのため、『世界端現』や『終焉』といった力についての情報は識る事が出来た。

「まあ、究極の初見殺しでチート中のチートみたいな力だ。あんたみたいな存在も殺せるかどうか、試させてもらうぜ」

 『終焉』の闇をその身に纏わせた影人は、シイナに近づいても燃える事はなかった。それは『終焉』の闇がシイナの熱を打ち消したからだ。影人はシイナの近づけば燃えるという現象を攻撃と認識していた。『終焉』を発動している時の影人には、いかなる攻撃も現象も傷やダメージを与える事は出来ない。

 『終焉』の闇が今にもシイナに触れようとする。だが、シイナは影人の方に炎を噴射してきた。

「無駄だ。『終焉』の闇は炎をも終わらせる」

「それはもう分かっているわ。この炎は・・・・・・逃げるための炎よ」

 シイナがそう呟いた瞬間、シイナが凄まじい速度で後方へと飛んで行った。結果、刹那の差で『終焉』の闇はシイナに触れはしなかった。

「っ、炎を推進力にしたのか・・・・・・ちっ、やっぱりあんた地の災厄よりも厄介だぜ・・・・・・!」

 影人は『終焉』の力を発動させながら『加速』し、シイナを追った。シイナは影人に追いつかれまいと噴射する炎をより強力なものにし、速度を上げる。更に速くなったシイナは橙色の燃える流星と化し、縦横無尽に空を駆け巡る。

「逃がすかよ・・・・・・!」

 影人も漆黒の流星と化しシイナを追う。橙色の流星と漆黒の流星が星美しき夜空を舞う。2つの流星が空に橙と黒の線を描くその光景は、幻想的であった。

「無駄な足掻きだな『火天』のシイナ。お前に俺は殺せない。さっさと終わりを受け入れろ。災厄が逃げ回るなんざ聞いて呆れるぜ!」

「私には使命がある。から与えられた使命が。それを完遂するまで私は滅せられるわけにはいかない」

 影人の言葉にシイナは少し感情を露わにするようにそう言った。あの方、というのが誰なのか少し気にはなるが、別に影人は災厄の正体に興味はない。影人はただ、フェルフィズが境界を崩した副作用として復活した災厄をどうにかするだけだ。

「そうかよ。だが、俺には関係ない。そろそろ、追いかけっこは終わりにしようぜ」

 影人は自身の前方に右手をかざし、「影速の門」を創造した。そして、影人はその門を潜る。門を潜った影人は爆発的に加速し、自身の最高速度である超神速の速度へと至った。結果、影人はシイナに追いついた。

「っ、私に・・・・・・近づくなッ!」

 シイナがそう叫ぶと、シイナの体を構成する炎が一際強く輝き、シイナの体を中心として球体上に炎が広がった。それはまるで、全てを焼き尽くす小さな太陽のようであった。

「夜中の夜明けなんざ、あってはならない歪みだぜ・・・・・・!」

 どこぞの月の女王の言葉を引用しつつ、『終焉』の闇によって炎と熱を無力化した影人は、シイナを逃がさないように、自身を中心として『終焉』の闇で以て、大規模な完全球体状のドームのようなものを形成した。小さな太陽と化したシイナを包むその闇色の球体は、さながら全てを喰らう漆黒のブラックホールのようであり、影人以外の命を逃さぬ死の檻であった。

「っ・・・・・・!?」

「詰みだ・・・・・・! 逝けよッ!」

 シイナの顔が歪む。それは恐怖からか。影人にはその明確な答えは分からなかったが、どうでもよかった。影人は右手に『終焉』の闇を凝縮させ槍のような形にすると、その闇色の槍をシイナの体へと突き刺した。

「あっ・・・・・・」

 全てを終わらせる闇がシイナの炎の体に触れる。『終焉』の闇は炎の体に宿る意思、つまりシイナの意識を生命と認識した。結果、『終焉』の闇はシイナの自我を終わらせ、シイナの体を形成する炎を消し去った。『火天』のシイナは火の粉すら残さずにこの世界から消失した。

「・・・・・・『終焉』は災厄どもにも効くか。知れてよかったな」

 先ほどまでシイナがいた虚空を冷めた目で見つめながら、影人は『終焉』のドームを解除した。

「『火天』のシイナ、討伐完了・・・・・・さて、戻るとするか」

 影人は『終焉』の力を解除すると、先ほどいたウリタハナの町の屋根の上を思い浮かべ転移の力を使用した。












「さて、状況は・・・・・・」

 ウリタハナの民家の屋根の上に転移した影人は軽く周囲を見渡した。光の柱は既に消えていた。影人が周囲を見渡していると、まだ屋根の上にいた可憐怪盗団が影人に気づいた。

「あ、お、お前・・・・・・!」

「っ、一体いつの間に・・・・・・」

「あっ・・・・・・」

「・・・・・・何だお前ら。せっかく逃してやったのにまだいたのか」

 ライカ、ニーナ、メイの姿を確認した影人は少し呆れたような顔を浮かべた。正直、今となっては怪盗団に何の興味もない。影人は3人と同じように屋根の上にいたキトナを見つけると、こう言葉をかけた。

「キトナさん、今どんな状況か分かるか?」

「あ、スプリガンさん。戻って来られたという事は火の災厄は・・・・・・」

「滅した。だから、もう大丈夫だ」

「そうですか、流石です。それで、こちらの状況ですよね。ええと、シェルディアさん、ゼノさん、フェリートさんはまだ戻って来ていません。町の状況はここから見ている限り、特に変わりは。皆さん、急に『火天』のシイナが消えて戸惑っている様子でしたがそれだけです」

「そうか。教えてくれてありがとな。じゃあ、もうしばらくここで嬢ちゃんたちを待つか」

 キトナの説明を受けた影人は頷くと両の手を外套のポケットに入れた。

「おい、あいつ火の災厄滅したとか言ってたけど・・・・・・き、聞き間違いだよな? それか冗談か・・・・・・」

「し、知らないわよ・・・・・・でも、冗談って雰囲気じゃないけど・・・・・・」

「ぽー・・・・・・」

 ライカとニーナはひそひそ声でどこか引いたような顔を浮かべていた。そんな2人とは違い、メイだけはジーッと熱のこもった目で影人を見つめ続けていた。

「あら、戻っていたのね。その様子だと、火の災厄は斃したようね」

 少しの間影人が待っていると、シェルディア、ゼノ、フェリートが屋根の上に現れた。

「ああ。それより、そっちはどうだった?」

「残念ながら、案の定というべきかフェルフィズは見つかりませんでした。恐らく、もうどこかへと逃げているでしょう。ですが・・・・・・これが」

 影人の質問に答えたのはフェリートだった。フェリートはどこからか、複雑な紋様が刀身に刻まれたナイフを取り出し影人に見せて来た。

「っ、これは・・・・・・」

「ええ、メザミアの時と同じナイフです。広場の端の地面に突き刺されていましたよ」

 それは次元の境界を不安定にさせるナイフだった。このナイフが示すのは、つい先ほどまでフェルフィズがこの町にいたという事。つまりは明確な物証だ。

「ちっ、メザミアの時はたまたまだろうが・・・・・・俺に追われてると分かった今でも物証を残したって事は、あの野郎楽しんでやがるな。タチが悪いクソ神だぜ」

 ナイフを見た影人はフェルフィズの思惑を理解すると軽く舌打ちした。あの狂神は鬼ごっこをしているつもりだ。

「・・・・・・取り敢えず、次の場所に行くしかないね。それも出来るだけ早く。俺たちが今日を入れて3日。その短期間内にフェルフィズがここに来たって事は、向こうも速度のある移動手段を持ってるって事だ」

「だな。明日にはここを出るか。宿に戻ったら次の目的地確認しないとな。ああ、その前に報酬も貰わねえと」

「あの子達今は気を失っているから、それはまた明日の方がいいと思うわ」

「そうなのか? じゃあ明日出発する前にするか」

 ゼノとシェルディアの指摘に頷いた影人は屋根の上を歩くと人通りのない暗い路地に飛び降りた。影人に続くように、シェルディアとゼノ、そしてフェリートに抱っこされたキトナも屋根から降りた。

「ちょ、ちょっとどこに行く気だよあんたら!?」

「? どこって帰るんだよ。もう夜も遅いからな。ああ、もうお前ら捕まえるつもりはないから適当に逃げていいぞ。じゃあな」

 状況が全く分からないといった様子でライカが屋根の上からそう叫ぶ。シイナ戦やフェルフィズの事で既に怪盗団から興味を失っていた影人は、そう言うとどこかへと歩いて消えた。当然、シェルディア達も。キトナだけが「怪盗団の皆さん。今日は楽しかったです。ごきげんよう」と優雅に一礼していった。

「な、何だったんだよあいつら・・・・・・」

「分かるわけないわ・・・・・・ただ、多分私たちは運が良かったって事よ」

「スプリガン・・・・・・か、格好いい・・・・・・」

 残されたライカ、ニーナ、メイたち可憐怪盗団はそれぞれの感想を呟くと、やがて屋根の上から消えた。


 ――不安定になった次元の境界は2つ。残る次元の境界は――あと3つ。

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