第357話 火天復活
(ふっ、決まったぜ・・・・・・こういうのは、瞬殺の方が格好いいからな)
可憐怪盗団の3人を拘束した影人は内心でそんな事を考えていた。長い間屋根の上で待っていた甲斐があった。怪盗団を圧倒する謎の怪人を演じ、厨二病的な心が満たされた前髪野郎は文字通り満足していた。
「な、何だよこの鎖!? どこから出て来たんだよ!?」
「くっ・・・・・・」
「っ・・・・・・!?」
何の前触れもなく虚空から現れた鎖に拘束されたライカ、ニーナ、メイの3人はそれぞれ戸惑いと驚愕が混ざったような顔になる。影人はチラリとその金の瞳を3人に向けた。
「お前何者だ!? 何で私たちを捕まえる!?」
「・・・・・・言っただろ。俺はスプリガンだ。お前らを捕まえる理由は・・・・・・まあ、お前らがお尋ね者だからって理由で充分だろ」
叫ぶライカに影人は淡々とそう言った。正直、怪盗たちを捕まえたのはノリだったので深い理由はない。だがまあ、引き渡せば金になるだろうと影人は思った。
「答えになってない! クソッ、こんなところで終わるわけには・・・・・・!」
ライカが身体能力強化の魔法を使い、鎖から逃れようとする。だが、ライカの強化された肉体を以てしても鎖が千切れる事はなかった。
「ラ・・・・『閃光』でも抜け出せないんじゃ、私たちはどうにも出来ないわね。残念だけど・・・・・・諦めるしかないわ」
冷静なニーナは自分たちの状況が既に詰みだという事を理解していた。ライカとは違いニーナは何も抵抗するような真似はしなかった。
「・・・・・・」
暴れるライカや諦めるニーナとは違い、メイは首を捻り無言でずっと影人を見つめて来た。その様子は意識的というよりかは無意識的という感じで、不気味さはない。心奪われている様子、と形容するのが1番近いだろうか。
「・・・・・・何だお前。さっきからずっと俺を見てるが・・・・・・」
「へっ!? い、いや、な、何でもないです! その格好いいなとかは別に思ってませんから!」
そんなメイの様子に不審感を抱いた影人がメイにそう聞いた。メイはなぜか顔を赤くし慌てふためいたような様子になった。
「?」
「おい嘘だろ・・・・・・まさか・・・・・・」
「ああもう、このバカメイ・・・・・・」
影人はよく分からないといった感じで軽く首を傾げたが、メイと付き合いの長いライカとニーナは何かを察したような雰囲気だった。ライカは信じられないといった顔を、ニーナは呆れ切った顔を浮かべた。
「・・・・・・どうでもいいが、取り敢えずお前たちを官憲に引き渡す。お前たちのツキは、俺と出会った――」
事だ。しかし、影人がそう言い切る前に、
突如として、少し赤みがかった光の柱が地面から立ち昇った。
「っ!?」
影人の右斜め前方辺り――確か、あの辺りは広場だった――に生じた光の柱。それを見た影人の顔が驚愕から歪む。影人は似たような光景を1度メザミアで見た。間違いない。あれは――
(災厄・・・・・・! それが復活したって事はあの近くにフェルフィズの奴がいる・・・・・・!)
ウリタハナに来て正解だった。今度こそ逃しはしない。影人はその意識を真剣なものへと変えた。
「な、何だよあれ・・・・・・」
「分からないわよ・・・・・・でも、あっちの方角は中央広場よ。今日は魔光祭の最終日で、今は最後の祈りを捧げる時間だから・・・・・・何かの演出?」
「演出・・・・・・ううん、違うよ。あれはもっと怖い何かの気がする・・・・・・!」
ライカ、ニーナ、メイも光の柱に気づく。3人の言葉、特にニーナの言葉を聞いた影人は「ッ・・・・」と軽く息を呑んだ。
「おい青マスク。お前今なんて言った? 最後の祈りっていうのは何だ?」
「あ、青マスク? あの、私には『幻惑』の可憐って名前が・・・・・・」
「名前なんざどうでもいい。さっさと教えろ」
「・・・・・・魔光祭最後の夜にはウリタハナの中央広場で教皇と共に祈りが捧げられるのよ。それが魔光祭の目玉であり、魔光祭はそうやって終わりを迎える。だから、あそこにはたくさんの者たちがいるの。私たちが今日の夜を狙ったのは、その祈りに乗じるためよ」
戸惑いながらもニーナは影人にそう説明してくれた。ニーナの説明を受けた影人はその顔を険しいものへと変えた。
「っ・・・・・・って事は、あそこには祭りにいた奴らが集中してるのか。ちっ、また面倒な場所に封印されてやがったな。今回の奴は・・・・・・」
すぐに対処しなければ多くの者たちが死ぬ。正直、影人はこの町の者たちにメザミアの住人たちほどの恩は感じていない。ゆえに、この町の者たちを救う義理は影人にはないといえばない。
だが、
「・・・・・・やらなきゃだよな。あいつが起こした不条理を許すのは気分が悪い」
影人はそう言った。そして、怪盗団の拘束を解いた。
「え・・・・・・?」
「な、何で・・・・・・」
「鎖が・・・・・・」
メイ、ライカ、ニーナは突然拘束を解かれた事に疑問を抱く。そんな3人に影人はこう言った。
「運が良かったな。緊急事態だからお前らは逃してやるよ。どこに逃げるなり好きにしろ。じゃあな」
影人は一方的にそう告げると、光の柱へ向かうべく屋根の上を走りその場から去った。影人は屋根から屋根へと飛び、一瞬で3人の前から消えた。
「あ、ちょ! な、何なんだよ急に・・・・・・」
「分からないわよ・・・・・・でも、今の内に逃げないと」
「・・・・・・まあ、そうだよな。メイ、行くぞ。何だか分からないけど、とにかく遠くに逃げるよ」
ニーナと言葉を交わしたライカがメイにそう言う。しかし、メイはライカの言葉に頷きはしなかった。
「・・・・・・いや、私たちも広場に向かおう。私、何だかあそこに行かなきゃいけない気がする。行くよニーナ、ライカ!」
メイはそう言うとワイヤーを民家の屋根に向かって射出し、違う屋根へと飛んで行った。
「は!? ちょ、ちょっとメイ!? あーもう! 私たちも行くぞニーナ! ああなったら、あのバカメイは止まらない! 分かってるだろ!」
「分かってるわよ! あのバカメイ! 後で絶対殴ってやるんだから!」
メイを追うべくライカとニーナもワイヤーを使ってメイの後を追う。こうして祭りの夜、怪人と怪盗は災厄を告げる光の柱へと向かったのだった。
「っ、出て来やがったか・・・・・・」
影人は広場付近の屋根に辿り着くと、光の柱内にあるモノの姿を見た。
「・・・・・・」
それは一言で言うならば、人の形をした炎だった。エリレのように、中性的な顔立ちに子供のような造形。炎で出来た髪の長さだけはエリレより長く腰ほどある。背には炎の翼があり、その目は閉じられている。
「な、何なんだよありゃ・・・・・・」
「急に地面が光って・・・・・・まさか、あれが魔光様なのか・・・・・・?」
広場にいた者たちは戸惑っている様子だった。見たところ、地面に穴が空いたりはしていない。明確な形がないから地面を透過してきたのか、あるいは物理的な場所ではなく、形而上の世界に封印されていたからか。詳しい事は影人には分からなかった。
「――影人」
影人が広場の様子を観察していると、後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。影人が振り返ってみると、屋根の上にはシェルディア、フェリート、ゼノ、キトナがいた。キトナはフェリートに抱えられており、屋根の上にゆっくりと下ろされた。
「ありがとうございます、フェリートさん」
「どういたしまして」
屋根の上に降りたキトナがフェリートに礼の言葉を述べる。フェリートは優雅にキトナにお辞儀を返した。
「嬢ちゃん、来てくれたか」
「ええ。教会の外であなたが戻って来るのを待っていたら、光の柱が見えて。影人、この状況はメザミアの時と同じ。つまり・・・・・・」
「ああ。フェルフィズの奴がここの境界を不安定にさせやがった。今にシトュウさんから報告が来るはずだ」
影人がそう言った時だった。ちょうど、影人の中にシトュウの声が響いた。
『――帰城影人』
「シトュウさんか。状況は把握してる。今霊地に封印されてた2つ目の災厄を見てるとこだ」
『そうでしたか。ならば、これ以上は何も。帰城影人、せいぜい頑張ってください』
「・・・・・・意外だな。まさかシトュウさんにそんな言葉を掛けてもらえるなんて。分かった。ありがとよ」
『っ・・・・・・別に深い意味はありません。あまり勘違いをしない事です』
シトュウはどこか不機嫌そうに念話を切った。影人は思わず小さな笑みを浮かべた。
「本当、随分と人間らしくなったよ。あんた」
「えい」
「痛てっ!? きゅ、急になんだよ嬢ちゃん!?」
「別に。何か少しイラッときたから」
軽く小突いてきたシェルディアに影人が訳がわからないといった顔を浮かべる。シェルディアはツンとした様子でそう言っただけだった。
「まあ、冗談はこの辺りにしておきましょう。どうする影人。そろそろ、あの炎の災厄が目覚めるわよ」
「分かってる。嬢ちゃんたちは怪しい奴がいないか探ってくれ。あいつ・・・・・・フェルフィズはまだそう遠くへは逃げてないはずだ。フェルフィズは変装してるから、かなり難しいとは思うが。悪いが頼まれてくれるか?」
「請け負ったわ。じゃあ、今回も災厄の相手はあなたがするのね?」
「ああ。俺が相手するのが1番効率的だからな。・・・・・・そうだ。キトナさん。火の災厄の名前は何て言うんだ? 一応知っときたいんだが」
影人は後方にいたキトナにそう聞いた。キトナは屋根の上から地上を見下ろし、少し楽しげな様子だった。
「え、火の災厄の名前ですか? ええと、確か・・・・・・」
キトナが火の災厄の名前を思い出そうと、右の人差し指を自身の顎に当てる。そして、キトナはその顔を明るいものに変えた。
「ああ、思い出しました! 『
「『火天』のシイナ・・・・・・」
キトナから教えてもらった火の災厄の名前。影人がその名前を呟いたと同時に、
「・・・・・・」
災厄はその目を開いた。
「っ、マズイな。火の災厄さんがお目覚めだ。じゃあ嬢ちゃん。そっちは頼んだぜ」
「ええ、任されたわ」
シェルディアの頷きを見た影人は宙に浮かび、シイナの方へと飛んで行った。
「さて、じゃあ私たちはフェルフィズを捜すわよ。フェリート、ゼノ。出来る範囲で逃げる者、怪しい者を探して。キトナは私の側にいなさい」
「了解しました」
「ん、分かったよ」
シェルディアの言葉に頷いたフェリートは宙に浮かび、ゼノは屋根を降りた。
「シェルディアさん、私の事はお気になさらないで大丈夫ですよ。勝手に避難しておきますから。シェルディアさん達が異世界から追って来ている方を捜すのでしょう?」
「っ、正直その申し出はありがたいけど・・・・・・意外ね。災厄が蘇ったというのに冷静そのものね。エリレの時とは大違いだわ」
『地天』のエリレが復活し、シェルディアたちと一緒にいた時、キトナは不安げな様子だった。当然だろう。災厄と呼ばれるモノが蘇ったのだから。だが、今回も災厄が蘇ったというのにキトナはいたって平常だ。その違いがシェルディアには少し不思議だった。
「はい。今は知っていますから。影人さんの強さを。影人さんは地の災厄をその身1つで消し去りました。かつての勇士たちが封印するしかなかった災厄を。私は影人さんがどのようにして、そんな巨大な力を手にしたのかは知りませんが・・・・・・これだけは分かっています。影人さんは力を正しく使える方です」
「へえ・・・・・・なぜそう思うの?」
「だって、影人さんは優しいですから。優しさは心というものを知っているから生まれるものです。だから、私何も怖くないんです。今回も、影人さんが災厄に勝って私たちを守ってくれるって分かっていますから」
キトナは満面の笑みを浮かべた。その笑みは、影人を心から信頼している笑みだった。
「そう・・・・・・キトナ、あなた影人とはまだ付き合いが短いのに、よく影人の事を分かっているわね。慧眼だわ」
キトナの答えを聞いたシェルディアはどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。自分の大切な者が誰かに正しく理解されている事が、シェルディアは嬉しかった。
「っ、何あれ。光の柱の中に炎の・・・・・・子供?」
「おい待てよメイ!」
「全くバカメイはすぐ本能で動くんだから・・・・・・!」
シェルディアとキトナが話していると、突然2人がいる屋根の上に怪盗姿の少女、メイとメイを追うライカとニーナが現れた。
「って、おいおい何だよあれ・・・・・・な、何か明らかに・・・・・・」
「危険な感じね・・・・・・」
ライカとニーナも光の柱内のシイナに気がつく。2人は本能で危険を感じ取ったのか、その顔を一瞬で険しいものへと変えた。
「あら、あなた達さっきの怪盗団じゃない。何しに来たの」
「げっ、さっきの女!? お、お前こそ屋根の上なんかで何してんのさ!?」
シェルディアが可憐怪盗団に気付き、ライカもシェルディアに気がつく。先程の事もあり、ライカは顔にシェルディアに対する苦手感のようなものが出ていた。
「別に。どうもしていないわ。じゃあキトナ。私は影人の頼まれ事をするから、少しの間消えるわ。屋根の上から降りたいのなら、ついでに降ろしてあげるけどどうする?」
「あ、大丈夫です。ここけっこう簡単に地上に降りれる造りになってますから」
「そう? なら、怪我にだけは気をつけるのよ」
「おいコラ! 私たちを無視してるんじゃねえ!」
「別に無視はしていないでしょ。単に、もうあなた達に時間を割くリソースがないというだけよ。じゃあね」
吠えるライカにそう言い残し、シェルディアはフッと消えたと錯覚するスピードで屋根の上から去った。
「あ、おい! ったく、何なんだよあいつもこの状況も・・・・・・」
「知らないわよ・・・・・・」
ライカとニーナが訳がわからないといった顔になる。そんな中、メイはキトナに話しかけた。
「あの・・・・・・あなたは何が起きてるのか知っていますか?」
「ええ。実はこの地に封印されていた火の災厄が蘇ってしまったのです。あの光の柱内にいる炎の化身が火の災厄、『火天』のシイナです」
「っ・・・・・・!? それって・・・・・・」
「は? え、は!? ひ、火の災厄???」
「そ、それって古文書に出てくるあの・・・・・・?」
キトナの説明にメイ、ライカ、ニーナはそれぞれ驚愕の反応を示す。どうやら、怪盗団は火の災厄の事を知っているようだとキトナは3人の反応から思った。
「ですが、何も心配はいりませんわ。今宵、火の災厄は滅せられますから。影・・・・・・スプリガンさんの手によって」
「スプリガン・・・・・・」
キトナからその名前を聞いたメイがハッとした顔になる。メイは自然とその視線を光の柱の方へと向けた。そして、メイは気づいた。光の柱の近くの空間に、黒衣に身を包んだ男が夜の闇に溶けるように浮いている事を。それは先程メイたちを一瞬にして無力化した謎の男、スプリガンだった。
「・・・・・・」
いつしか、メイは再びスプリガンに目を奪われていた。
――祭りの夜に光が舞う。災厄を告げるその光に対峙するは黒き妖精。それを見つめるは盗む者か。はたまた――
――盗まれた者か。
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