第355話 お宝を守れ

「――それで話ってなに?」

 広場でゼノが巨躯の男を沈めてから約15分後。ゼノはある建物内にいた。周囲には当然、影人やシェルディア、フェリートやキトナの姿もあり、ゼノは自分たちをこの場所へと連れて来た男――力比べを主宰した中年手前の男にそう言葉を飛ばした。男は賞金をゼノに手渡すと、話がしたいといってゼノたちをこの場所へと案内した。

 ちなみに、ゼノが気絶させたあの巨躯の男は、広場のベンチで意識が戻るまで横になっていた。

「ああ・・・・・・ゼノさん。あんたの腕っぷしを見込んで頼みがあるんだ。もちろん、報酬はちゃんと支払う。ただ・・・・・・この話は秘匿性の高い話だ。出来れば、あんたのお仲間には席を外してもらいたいんだが・・・・・・」

「・・・・・・よく分からないけど、腕っぷしが強い人たちを探してるんだよね? だったら、俺の仲間は俺と同じかそれ以上に強いから、話す価値はあると思うよ」

「っ、そうか。そこの獣人族を除いて、他のあんたらも特徴がないから吸血鬼なのか・・・・・・分かった。なら、お仲間の皆さんにも話を聞いてもらおう。ただし、絶対に誰にも話さないって事だけは誓ってくれよ」

 男が真剣な表情でそう確認を取る。影人たちは、取り敢えず全員その首を縦に振った。

「・・・・・・感謝する。じゃあまずは自己紹介をさせてもらう。俺は魔光教会の本部で働くベナってもんだ。俺たちは魔光教会の宝物庫なんかを守ったりしてる警備担当みたいな仕事をしてる。さっきゼノさんが気絶させた大男、名前はラギっていうんだが、あいつも同じだ」

「教会で・・・・・・では、あなた達は聖職者ではないですか。聖職者がなぜあんな事をしていたんです?」

「腕の立つ奴をすぐに集めたかったんだよ。まあ、それはこの後の話で分かる」

 呆れたような顔を浮かべるフェリートにベナはそう言った。そして、こう言葉を続けた。

「俺たち警備担当は普段はそれほど忙しくないんだが、明日からの魔光祭の時期になると恐ろしいくらいに忙しくなる。なぜって、祭りで表に姿を現す教皇様の護衛だったり、宝物庫に保存されているお宝を一般に公開したりするからだ。俺たちも、本来なら広場であんな事をしている暇なんて全くない」

「だけど、そうせざるを得ない事態が起きた・・・・・・という事ですね」

 キトナがそう呟く。ベナはキトナの呟きに頷いた。

「そうなんだよ。今日の朝の事だ。突然、教会に手紙が届いた。そこには、魔光祭2日目の夜に教会の宝の1つを盗むという趣旨の文章が書かれていた」

「っ、予告状か・・・・・・」

 ベナの放ったその言葉に、影人は少し驚いた顔を浮かべた。

「へえ・・・・・・」

「まあ・・・・・・」

「ふむ・・・・・・」

「・・・・・・」

 シェルディアとキトナは驚いたというよりは面白そうな顔を、フェリートとゼノは特に顔色を変えなかった。

「普通ならただのイタズラって考えるとこなんだが、予告状に書かれてた名前が厄介でな・・・・・・予告状を送って来た奴の名前は『可憐怪盗団』。最近名前を上げてる本物の怪盗どもなんだよ。つまり、予告は本物の可能性が高いってわけだ」

「『可憐怪盗団』・・・・・・えらくふざけた名前だな」

 怪盗団の名前を聞いた影人が思わず素直な感想を漏らす。どうでもいいが、可憐と聞くと絶対をつけたい気分の影人だった。

「ああ、俺もそう思う。ただ、名前はふざけてるが、実力は本物みたいだぜ。今まで狙ったお宝は全部盗んでるみたいだからな」

 それから、ベナは「可憐怪盗団」に分かっている限りの情報を教えてくれた。構成員は魔族と獣人族と翼人族の3人組で全員若い女。少女と評してもいい若さらしい。ただ、その正体は判明していない。活動範囲は今のところ魔族国家だけで、他の国での被害はないとの事だ。狙う宝の法則性は今のところ分かっていない。

「で、本題はここからなんだが・・・・・・当然、俺たちは怪盗団にお宝をくれてやるわけにはいかない。だが、お宝の一般公開は魔光祭の目玉の1つだ。奴らのために一般公開を中止するなんて事は、現実的に出来ない。そこで、残る方法は1つ・・・・・・」

「怪盗団からお宝を守り抜く、ね」

 ベナの言葉の先をシェルディアが答えた。

「そう。それしかない。それで、人手が足りないから頼りになりそうな奴らを探してたってわけだ。で、あんたらが見つかった。そこでお願いだ。どうか、怪盗団から宝を守るのに力を貸してくれないか? もし宝を無事に守る事が出来たら、金貨10枚だ。どうだやってくれるか?」

 ベナが影人たちにそう聞いてくる。これで、ベナがあんな事をして、話があるといった理由は全て開示された。

「・・・・俺は別にどっちでもいいけど、どうする?」

 ゼノが影人たちの方に振り向く。影人たちは1度顔を見合わせると、それぞれの意見を述べた。

「私は別にいいわよ。面白そうだから」

「まあ、路銀はいくらあってもいいからな。どうせまた稼がなきゃならないなら、大口の時の方がいい。俺もやってもいいぜ」

「成功報酬型は失敗した時が怖いですが・・・・・・まあ、私たちなら失敗はしないでしょう」

「もちろん私も賛成です! 怪盗に会えるなんて楽しみです!」

 シェルディア、影人、フェリート、キトナの4人の言葉。それを聞いたゼノはベナの方に顔を戻した。

「だってさ。いいよ、その仕事やっても」

「っ、本当か! いやー、助かる。心の底から感謝するぜ」

 ベナはホッとした顔を浮かべた。そして、こう言葉を続けた。

「あんたら宿はもう取ってるか? もしまだだったら、ここを自由に使ってくれ。ここは教会職員の古い寮で今は誰も使ってない。だが、たまにお客さんやらを泊めたりには使ってるから、手入れはされてる。寝床もいくつもあるから宿にはピッタリだぜ」

「ああ、それは助かります。ぜひお願いしたい」

「分かった。なら、ここの鍵渡しとくぜ」

 頷いたフェリートにベナが鍵を放る。フェリートはしっかりとその鍵を受け取った。

「悪いが、俺はまだまだ忙しくてな。警備の話はまた明日の夜にでもさせてくれ。じゃ、明日の夜にまた来る。それまでは、あんたらも魔光祭を楽しんでくれ」

 ベナは影人たちにそう言い残すとドアを開けて出て行った。

「・・・・・・怪盗団ね。まさか、異世界に来て怪盗から宝を守る事になるなんて考えもしてなかったぜ」

「私もですよ。というか、この世界に来てから考えられない事がずっと起きている気がしますよ」

「ふふっ、まあいいじゃない。旅は未知だからこそ面白いのよ。さて、じゃあ今日はお金も手に入ったし、どこか外にご飯でも食べに行きましょうか」

「お店でご飯! 私、一般の食堂に行くのは初めてです。とても楽しみですわ!」

「飯か。そういえば腹減ったな。今日は一杯食べよっと」

 影人とフェリートのやれやれといった感じの顔とは対照的に、シェルディアとキトナは明るい顔を浮かべた。ゼノはあまり表情は変えず、のんびりと腹をさすっていた。

 この後、影人たちは夕暮れに染まる町に繰り出し、異世界の料理に舌鼓を打ちウリタハナでの初日を終えたのだった。














「ふぁ〜あ・・・・ん? 何か外が騒がしいな・・・・・・ああ、そうか。確か今日から祭りだったな」

 翌日の朝。個室のベッドで目を覚ました影人は起き上がり窓の外を見ると、思い出したようにそう呟いた。そして、影人は個室を出て1階の居間の方へと向かった。言い忘れていたが、この建物は2階建てで2階部分に部屋が6部屋、1階部分に部屋が4部屋ある。その全ての部屋がベッド付きだ。そのため影人たちは男が2階、女が1階とし、それぞれ個室で寝るという方法を取った。

「おはようさん」

 影人が居間に行くと、影人以外の者たちは既に全員いた。シェルディア、キトナ、ゼノはそれぞれ影人に朝の挨拶を返して来た。

「おはよう影人」

「あ、おはようございます影人さん」

「ん、おはよう」

「全く遅いですよ帰城影人。さっさと洗面所で顔を洗ってきなさい。ここは魔法で水が出るタイプの家らしいですから。朝食はさっき市場に行って仕入れてきたので、もうすぐです」

「お、おう。ありがとな」

 いつの間にか台所で鍋を振っていたフェリートにそう言われた影人は、若干戸惑ったように頷く。流石は執事というべきか、フェリートは生活力の化身だった。

 それから、影人たちはフェリートが作った朝食を食べた。メニューはこの世界風のベーコンエッグとパン、後は野菜がたくさん入った具沢山の薄味スープで、どれも絶品だった。影人はフェリートが一緒に異世界に来てくれた事、またフェリートを同行させてくれたレイゼロールに、心の内で何度目かの感謝をした。

「で、今日はどうするんだ? あのベナって人が来るのは夜だし、それまで時間はあるが。祭りの見学でもするか?」

「当然よ。せっかくだから、お祭りを楽しみましょう。幸い、お金も充分にあるしまだ増える予定だし」

 食後、影人が居間にいる者たちにそう確認を取ると、シェルディアが1番にそんな反応を示した。

「私も出来ればお祭りに行きたいです」

「どうせ暇だしね」

「まあ、いいんじゃないですか。どうせ、変装しているフェルフィズを探す事は出来ず、私たちは変わらず待ちの姿勢しか取れませんからね」

 キトナ、ゼノ、フェリートもそのような意見だったので、影人たちは祭りに行く事が決まった。

「うおっ、凄え人の数だな・・・・・・」

 支度をして表通りに出た影人たちは、凄まじい数の人々(厳密には彼・彼女らは人間ではないので表現としては適切ではないが)を目撃した。魔族は当然ながら、獣人族や翼人族、蜥蜴族などの姿も多く見える。様々な種族がいる光景は、まるでキリエリゼのようだ。

「これは逸れないように気をつけないとね。というわけだから影人、私と手を繋ぎましょう」

「嬢ちゃん逸れるようなタマじゃねえだろ。今日はダメだ」

「もうケチね。まあいいわ。だったら、キトナと手を繋いであげて。キトナはこういう人混みは慣れていないだろうから」

「あー、確かにな・・・・・・それは分かった。キトナさん、悪いが俺と手握ってくれるか? 俺なんかと手を繋ぐの嫌だろうが・・・・・・」

 シェルディアにそう促された影人がキトナに言葉をかける。キトナは嬉し恥ずかしという感じの笑顔を浮かべた。

「全然嫌ではないです。だって影人さんですもの。むしろ、嬉しいです。うふふ、でも殿方と手を繋ぐのは初めてですわ」

「そうか? 悪いな、初めてがこんな男で」

 影人はキトナの左手を握った。その様子を見ていたフェリートは、

「・・・・・・分かりませんね。こんな男が女性に人気な理由が」

 どこか呆れたような顔で小さくそう呟いた。













「お祭りって凄く楽しいですね! もうワクワクが止まりません!」

 影人たちが祭りに沸く町を巡って数時間。太陽もすっかり頂点を回った昼過ぎ。影人たちはカフェの一角で小休憩をしていた。キトナは爽やかな水色のドリンクを飲みながら、ニコニコ顔を浮かべていた。

「うふふ、そう。ならよかったわ。お祭りっていいわよね。私も楽しいわ」

 キトナの言葉にシェルディアも同意するように頷く。シェルディアはこの世界の温かなお茶を飲んでいた。

「まあ、こっちの風俗を感じられたのはいいよな。屋台の肉とか他の食べ物も美味かったし。ありがとなゼノ。買い食いしたり、こうしてお茶屋でのんびり出来てるのはあんたのおかげだ」

「? 別に俺大した事してないよ? でもまあ、力になれてるならよかったかな。君の力になるのは、レールとの約束だし」

 影人に感謝されたゼノはぼんやりと笑った。そして、ゼノは注文していたキトナと同じドリンクに口をつけた。

「色々と分かった事があったのは収穫ですね。宝物の一般公開をあの教会の中でやっていたという事は、私たちが明日の夜に警備するのはあの場所という事でしょう。まあ、詳しい事は今日の夜に分かるでしょうが」

 フェリートが言ったあの教会というのは、この町のシンボルである古い教会だ。普段は見れない宝物を公開するというだけあって、人の数は凄まじかった。

「にしても・・・・・・本当、凄い数の人だよな。どんな道も人が鮨詰め状態だし。町のキャパと来る人の数が合ってないよな」

「・・・・・・先ほどとある魔族のご婦人から聞いた話によると、今回の人の規模は過去最大らしいです。その理由は空失・・・・・・突然人が消える現象を恐れての事だそうです。なので、人々は魔光に助けを縋っていると」

 影人の漏らした呟きにそう説明したのはフェリートだった。その説明を聞いた影人は、何かに気づいたような顔を浮かべた。

「っ、突然人が消える・・・・・・フェリート、まさかその空失って現象は・・・・・・」

「・・・・・・察しがいいですね。あなたが考えている通りですよ。あの時のあなたは言葉を理解出来ていなかったので知らないでしょうが・・・・・・一応、キリエリゼでも噂にはなっていました」

「そうか・・・・・・」

 その言葉を聞いた影人はどこか申し訳なそうな顔を浮かべた。その現象は間違いなく、フェルフィズが境界を不安定にさせた事によって起きた流入者の問題だ。

「・・・・・・だったら、俺たちがしっかりとケリをつけないとな。あのふざけた野郎を倒して」

「そうですね。それが唯一、私たちに出来る事です」

 影人の言葉にフェリートが頷く。2人の会話の意味はシェルディアとゼノにも分かっていたが、2人は敢えて何も言わなかった。

「さて、じゃあそろそろ行きましょうか。まだまだ回れていない所は多いし。せっかくのお祭りなんだから、目一杯に楽しまないと損というものよ」

「そうですね。私、まだまだ元気です!」

 数分後。お茶が済んだシェルディアはそう言ってイスから立ち上がった。続いてキトナも立ち上がる。

「本当、元気だな・・・・・・俺は正直けっこう疲れてきたぜ。・・・・・・でもまあ、付き合うよ」

 影人も軽く息を吐き立ち上がり、フェリートとゼノも続けて立ち上がった。そして、一行はカフェを後にした。

「――にょわわ!? だ、誰か止めて〜!」

 影人たちがカフェを出てしばらく歩いていると、突然そんな声が聞こえてきた。いったい何事だと影人が声のする方に顔を向けると、若い魔族の少女が何か機械のようなものに乗っていた。機械はどういうわけかその場で激しく回転していた。

「あははははっ! 何やってるのさ! 相変わらずポンコツだなメイは!」

「ライカ、笑いすぎ。メイも・・・・ふふ、ふざけてないないんだから」

「そういうニーナも笑ってるじゃん! あーもう! 目が回る〜!」

 少女の友人だろうか。獣人族の少女と翼人族の少女が回る少女の近くで笑っていた。どうやら、雰囲気的に何かアトラクションのような物に乗っているようだ。事件かと思ったが、あれならば気にする必要もないだろう。影人は少女たちから興味を失うと、その顔を正面に戻した。


 ――そして、影人たちは夜まで充分に魔光祭の初日を堪能した。夜になるとベナがやってきて、影人たちはベナから警備に関する詳しい話を聞かされた。そして、時はあっという間に流れ――


 ――いよいよ、魔光祭2日目の夜を迎えたのだった。

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