第351話 一時のスローライフ、蘇る災厄

「じゃ、俺ちょっと畑手伝ってくるから。何かあったら呼んで」

 昼過ぎ。ゼノはそう言って家を出て行った。影人たちがメザミアに滞在し始めて4日が経過した。影人たちはこの田舎町に馴染み始め、ゼノは2日前くらいから住人達の畑仕事を手伝うようになっていた。

「・・・・・・あいつ、なんか楽しそうだな。まあ、土いじりが好きって言ってたから、畑手伝えて嬉しいって感じか」

 窓際のイス(シェルディアが影から出した物)に座って日向ぼっこをしていた影人がポツリとそんな言葉を漏らす。そんな影人に、リビングのテーブルに座って紅茶を飲んでいたシェルディアは、こんな事を言ってきた。ちなみに例の如く紅茶もシェルディアが影から出した物だった。

「そうだと思うわ。あの子、昔から命を育てる作業は好きだったから」

「全てを破壊出来る力があるのにか。皮肉だな」

「だからこそでしょうね。壊す事しか出来ない自分が命を育てる・・・・・・人とは、自己とは反対にあるものに惹かれやすい生き物でしょう。闇人といえど、そこは同じよ」

「・・・・・・そうだな。確かにそうだ。さすがは嬢ちゃん。人生の大先輩だな」

「あら、それは暗に年寄りと言われているのかしら?」

 シェルディアが笑みを浮かべそう言ってくる。顔は笑っていたが、目は全く笑っていない。マズい。地雷を踏んだと思った影人は慌てたように話題を変えた。

「そ、そんなわけないだろ。そうだ、俺ちょっと王女サマの様子見てくるよ。確か遺跡に行くって言ってたよな。ま、また後でな」

 靴を履いたままだったので、影人は窓から家を出た。フェリートは町の人気者になり町で色々と仕事や雑用を手伝っているので家にはいない。キトナは今言ったように遺跡に行っていた。

「あ・・・・・・もう。相変わらず、こういう時はすぐ逃げるんだから」

 窓から外に出て行った影人にシェルディアは呆れたように息を吐く。だが、シェルディアはすぐに口角を上げた。

「・・・・・・穏やかね。うん、いい日々だわ」

 そして、1人になったシェルディアはポツリとそう呟いた。














「ふぅ、危ねえ。もう少しで怒られるとこだったぜ。怒った嬢ちゃんは怖いからな・・・・・・」

 家を出た影人はホッと息を吐きながら、遺跡に向かっていた。遺跡に行くといったのはほとんど方便だが、言ってしまったものは仕方がない。遺跡はメザミアに来た翌日に行ったが、家から大体15分くらいなので距離はそれ程ではない。

(しかし、穏やかな日々だぜ。そりゃ、すぐにフェルフィズの奴がここに来たり、他の要所で行動を起こすとは思ってなかったが・・・・・・)

 最初に到着した日を入れて、メザミアでの生活はまだ4日しか経過していない。だがその数日の間で、影人はメザミアでの生活にそんな感想を抱くようになっていた。日が昇れば起き、日が沈めば寝る。食材はフェリートやゼノが手伝いの報酬として貰いフェリートがそれを調理し、食事となる。水は近くの井戸や川で調達。完全なる自給自足ではないが、それに近い田舎暮らしを影人たちは送っていた。

「スローライフってやつかね、これは。レイゼロールと一緒に暮らしてた時は、どっちかって言うとサバイバルだったしな・・・・・・」

 自然が多いと、どうしてもレイゼロールと過ごした日々を思い出してしまう。本当にあの時は色々と苦労した。まあ元来、生きるという事は苦労するという事を学べもしたし、苦労以外の思い出もあるにはあるが。影人はレイゼロールと暮らした日々を思い出しながらそんな事を思った。

「おーい、いるかキトナさん」

 そうこうしている内に影人は遺跡に到着した。遺跡は影人たちがこの世界に来た時の遺跡と同じような構造で、古びた石の建物タイプだ。影人は中に入り1つしかない開けた部屋に出る。この部屋は天井が崩れているので、室内には日の光が降り注いでいた。

「あ、影人さん。はい、ここに」

 瓦礫の上に座りながら空を見上げていたキトナが影人に気がつく。崩れた天井から降り注ぐ光を浴びていたキトナはまるで絵のように美しかった。

「ここいい場所だが何にもないだろ。なのに、あんたよくここに来るよな」

「風の息遣いというか、ここの空気が好きなんです。清められているというか、落ち着くというか。城にいた時には感じられない空気でしたから」

 周囲に影人以外の姿がないからか、キトナは素の性格のままにそんな言葉を吐いた。キトナの言葉を聞いた影人は理解を示すように頷いた。

「そうか。なんか、分かる気がするぜ。ここの空気感は確かに気持ちがいいよな」

「はい。それで、私に何かご用ですか? 私を呼びに来られたという事は、そういう事でしょう?」

 キトナが軽く首を傾げる。だが、影人は歯切れが悪い様子でこう言った。

「いや、実は大した用はねえんだ。その、ちょっと方便に使って来ちまったというか・・・・・・まあ、とにかく用はない。強いて言えば、あんたに会いに来たって感じだ」

「まあ、嬉しいお言葉。うふふ、口説かれたのは初めてです」

 影人の言葉を勘違いしたのか、キトナが右頬に軽く手を添え少し顔を赤く染めた。本当に嬉しいのか、ぴょこぴょこと頭の上の耳も動いていた。

「別にそんなんじゃねえよ。勘違いしないでくれ」

「あら残念。私、本当に嬉しかったのに。影人さんになら私、口説かれますよ? 例え、シェルディアさんがいたとしても」

「何でそこで嬢ちゃんが出てくるんだ・・・・・・? まあ、これ以上いちいち言うの面倒くさいしこの話ここで切るぜ。それより、あんた結局嬢ちゃんたちに本性は明かさないんだな。別にいいけどよ」

 話題を変える意図もあり影人はキトナにそう言う。そう。キトナはまだシェルディアたちには本性を明かしてはいなかった。

「ごめんなさい。正直に言いますと、まだ疑念や恐ろしさのようなものがあって・・・・・・ずっと演じてきましたからね。弊害のようなものです」

「責めてるわけじゃねえから、そこは勘違いしないでくれよ。だけど、そうか。まあ、ずっとそうして来たならそうなのかもな」

 影人はキトナの言葉に理解を示すと、こう言葉を続けた。

「でも、疲れたり限界を感じたりしないのか? ずっと1人で違う自分を演じ続けるのは、心に負担が掛かるだろ」

「そこはまあ、気合いです。それに、最近はとても楽ですよ。城の外に出て楽しいですし、1人になれる時間もある。それに何より・・・・・・影人さんとは素で話せますから。ここで過ごした時間は、必ず私の一生の宝になります」

「・・・・・・そうか」

 影人はただそう呟く。それ以上に影人がかける言葉はなかったからだ。

「・・・・・・そろそろ帰るか。キトナさん、悪いが一緒に戻ってくれるか。辻褄合わせするためには、あんたが必要なんだ」

「理由はよく分かりませんが・・・・・・構いませんよ。十分にここの空気は堪能しましたし」

 キトナが座っていた瓦礫から立ち上がる。そして、影人とキトナは遺跡から出た。

 遺跡の外に出ると日が傾きかけていた。ちょうど夕方に差し掛かったような時間帯だ。心地よい風が影人とキトナの髪を揺らす。

「っ・・・・・・こんにちは」

 影人たちが外に出ると、正面から歩いて来た1人の青年が挨拶をして来た。獣人族の証明である耳が茶髪の上にあるのでメザミアの住人だろう。遺跡から人が出て来た事が珍しかったのか、男性は一瞬だけ驚いた顔を浮かべた。

「こんにちは」

「こんにちはですわ」

 影人とキトナは軽く会釈をして男性と入れ違った。男性は遺跡の中へと入って行った。影人とキトナは帰路へとつく。

「ただいま」

 影人がキトナを伴って現在の滞在先である家のドアを開ける。

「お帰りなさい。あら、本当にキトナを迎えに行っていたのね」

「あ、当たり前だろ嬢ちゃん。そう言って出て行ってんだからさ」

 家の中に入ると何かの本を読んでいたシェルディアが、悪戯っぽい笑みを浮かべ影人にそう言ってきた。影人は少しぎこちない笑みを浮かべた。

「ああ、帰ってきましたか。帰城影人、町の方の共用井戸で水を汲んできてください。ちょうどさっき切れてしまいましてね」

 台所にいたフェリートが影人に向かってバケツを2つ渡して来る。フェリートにそう言われた影人は面倒くさそうな顔になる。

「・・・・・・俺帰ってきたばっかなんだが」

「そんな事はどうでもいい。あなたは特に男手を発揮していないのですから、それくらい嫌な顔をせずにやってください」

「はあー・・・・・・分かったよ」

 そう言われた影人はフェリートからバケツを2つ受け取った。フェリートとゼノはメザミアの住人たちの手伝いをして食糧を得ているが、影人は特に何もしていないため、こういう雑用を断る事は出来なかった。

「私もご一緒しましょうか?」

「いやいい。王女サマはゆっくりしといてくれ」

 家に帰ってきたため、演技をしたキトナが無邪気そうにそう聞いてくる。影人はキトナに断りを入れると、休む暇もなく再び家を出た。

「・・・・・・夕暮れに染まる田園。いい風景だな全く」

 バケツを持ちながら、影人は町の方に向かって歩いて行く。自然溢れる風景に春風のように気持ちがいい風。これだけで心が充実してくる。

『相変わらずジジイみてえな感性してんな、てめえは』

「別にいいだろ。感性が純粋なんだよ俺は」

 バカにするようにイヴがそんな事を言ってくる。影人はフッと気色の悪い前髪スマイルを浮かべ、そう返事をした。

「さて・・・・・・戻るか」

 井戸で水を汲み上げバケツ2つを満たした影人は、それを持って再び帰路に着く。水を満たしたバケツ2つはモヤシの前髪にはかなり重かったが、それはなけなしの気合いでカバーした。

「お、重い・・・・あー、チクショウ。スプリガンに変身すりゃ、こんな水重いとも思わねえのにな・・・・」

 だが、たかが水を運ぶためだけにスプリガンに変身するのは流石にダサい。水を運ぶ暗躍者など流石に締まらなさすぎる。影人がそんな事を思いながら家まで後半分ほどいった所で、突然影人の中にある女性の声が響いた。

『――帰城影人。少し失礼します』

「っ・・・・・・シトュウさんか。どうかしたか? 何か起きたか?」

 影人の中に響いたのはシトュウの声だった。シトュウから念話を受けた影人は立ち止まり、その顔を自然と真剣なものにさせた。

『はい、残念ながら。そちらの世界の次元の要所の1つがほんの一瞬間前に不安定になりました。そして、その場所は現在あなた達が滞在している場所・・・・・・メザミアです』

「なっ・・・・・・!?」

 シトュウからその知らせを聞かされた影人が驚愕の声を漏らす。その知らせが意味するもの、それは――

「フェルフィズの奴がここにいるって事か・・・・・・!? だが奴が来たなんて兆候は・・・・・・」

 その衝撃の事実に、影人が持っていたバケツを地面に落とす。地面に落ちたバケツからは水が多少溢れたが今はそんな事はどうでもいい。

(いや、今は奴が俺たちに気づかれずにどうやってここに侵入したか何て事は後でいい! それよりも今探るべきは奴がどこにいるかだ! 取り敢えず、まずは嬢ちゃんたちと情報を共有して――)

 影人がそんな事を考えている時だった。突然、遺跡の方から光の柱が立ち昇った。少し茶色がかったその光の柱は夕暮れに染まる空に不気味に映えた。

「っ!? おいおい、今度は何だってだよ・・・・!」

 明らかに普通ではない事態が起きている事を暗示させるような光景。影人がその光景を見てツゥと冷や汗を流す。すると、シトュウがこんな事を言ってきた。

『帰城影人。あなたに教える事はもう1つあります。その世界のかつての住人たちは、次元の要所にあるモノを封印していたようです。そしてそれは、災厄と評されるような力を持ったモノのようです』

「っ、嘘だろ・・・・って事はあの光の柱は・・・・・・」

 シトュウが明かした新たな事実に影人は嫌な予感を覚えた。不安定になった次元の要所。立ち昇る光の柱。そして、今のシトュウの言葉。それらを繋ぎ合わせると、浮かび上がってくる事実は1つしかない。

『ええ。次元の要所が不安定になった事により、封印の力も弱まっています。その結果・・・・・・封印されていたモノが這い出てきます。災厄の封印が解かれるのです』

 シトュウの淡々とした声が影人の中に響く。影人が光の柱を見つめていると、地面が揺れ始めた。そして次の瞬間、光の柱が一層の輝きを放ち、その中からあるモノが現れた。

「・・・・・・」

 それは土色の人形のようなものだった。造形は人間の子供のようで、顔立ちは中性的で髪と思われる部分は肩口ほどの長さで、その瞼は閉じられていた。そして、その人形の背には土色の機械のように複雑な翼があった。

「なんだ・・・・・・あれは・・・・・・」

 今の影人はスプリガン状態ではないので、詳細にそのモノが何であるのかは見えなかった。だが、その身から立ち上がる異質さだけは、離れた場所からでも影人に伝わってきた。

「・・・・・・」

 そして、その人の形をした災厄はその瞼を開いた。その目は両の目ともに複雑で美しい紋様が刻まれていた。同時に、光の柱は虚空へと収束していった。

「シトュウさん、あれは・・・・・・あれはいったい何なんだ・・・・・・」

 右手をポケットの中にあるペンデュラムに掛けながら、影人はシトュウにそう問いかける。影人の顔つきは既に戦う者の顔になっていた。影人は直感していた。自分はこれからあの蘇った者と戦う事になると。影人の問いかけは、敵の正体を知るためのものだった。

『・・・・・・全知の力によると、メザミアの地に封印されていた災厄は、地に関するモノのようです。そのモノの名前は・・・・・・エリレ。「地天ちてん」のエリレ。かつてその世界を襲った4つの災厄の1つです』

 そして、シトュウは封印から解かれたモノの名を影人に教えた。

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