第349話 まさかの同伴者

「私は王都警備隊隊長のシュゼイ。いきなりこんな事をして失礼ではあるが、まずは私の質問に答えてもらおう」

 影人たちに動くなといった獣人族の若い女性――シュゼイは薄茶色の髪を揺らし、厳しいライトブラウンの瞳を影人たちに向けると、そんな言葉を放った。

「まず、貴様らは何者だ? 身体的な特徴が何もないが・・・・・・魔妖族か?」

 魔妖族の中には身体的特徴がない者も稀にいるという事を知っていたシュゼイがそんな問いかけを行う。その問いかけにシェルディアは首を横に振った。

「いいえ、私たちは吸血鬼よ」

「なっ、吸血鬼だと・・・・・・!?」

 シュゼイは一転、その顔を驚愕の色に染めた。シェルディアたちを囲んでいた者たちも「吸血鬼!?」「ほ、本物かよ・・・・・・」とザワザワと困惑したように言葉を交わしていた。

「・・・・・・貴様たちが吸血鬼として、次の質問だ。お前たちは何が目的でこの王都にやってきた? 入国の許可証はあるのだろうな?」

(やっべー、やっぱり入国の許可証とかいるのか・・・・・・)

 続けられたシュゼイの質問を聞いた影人は内心でそんな事を思った。影人たちは不法入国者なので、そんな物あるはずがない。許可証がどんな物か分かれば、影人がスプリガンに変身して偽造出来るが、それは色々と現実的な方法ではなかった。

「道を聞きたいのよ。私たち、メザミアという場所に行きたいのだけれど、そこに行くなら王都を通ると言われたから。そうだ。あなた、メザミアへの行き方を知ってるかしら?」

 シェルディアは逆にシュゼイにそう聞いた。当然ながら、シェルディアに物怖じした様子は全くない。フェリートとゼノも、シェルディアと似たような様子だ。そして、影人も無駄に修羅場を潜っているので、その態度には余裕があった。

「っ、質問をしているのはこちらの方だ! 取り敢えず、入国許可証を見せろ! 話はそれからだ!」

 そんな影人たちの態度が気に入らなかったからか、シュゼイが声を荒げ催促してくる。周囲で影人たちと警備隊を見ていた野次馬たちも、その顔に緊張を奔らせた。

「悪いのだけれど、それはないのよね。メザミアの場所さえ教えてくれれば、ここから出て行ってあげてもいいけど」

「やはり不法入国者か! 不法入国者は牢に入れるのが決まりだ! 警備隊一同、この者たちを拘束せよ!」

「「「「「はっ!」」」」」

 シュゼイが命令を下す。すると、囲んでいた警備隊たちが影人たちを捕らえようと距離を詰めて来た。帯剣している剣は抜いていないので、素手で影人たちを捕える気だろう。4人に対し数十人。普通ならば捕られられる場面だ。それが予定調和というもの。

 だが、

「無礼よあなた達。誰が私に触れていいと言ったの?」

 予定調和は起こらなかった。少女の姿をした怪物はその顔を不機嫌の色に染めると、その身から尋常ならざる重圧を放った。

「「「「「っ!?」」」」」 

「っ!? な、なんだこの重圧は・・・・・・」

 その重圧を受けた警備隊たちが竦む。当然、見ていた野次馬たちも。隊長であるシュゼイも、本能からかその体を震わせていた。

「・・・・・・まあ、嬢ちゃんのプレッシャー喰らったら普通はそうなるよな」

「戦わなくていい感じかな?」

「はあー、一応非は全てこちら側にあるのですがね・・・・・・」

 シェルディアの重圧に慣れているではないが、色々と普通ではない影人、ゼノ、フェリートはそれぞれの反応を示した。いずれも、緊張した様子や竦んでいる様子は全くなかった。

「退きなさい、邪魔だから。退かないなら蹴散らすわよ」

 シェルディアは正面にいるシュゼイを冷たい目で見つめた。

「くっ・・・・・・ひ、退いてなるものか! 貴様らのような危険者を野放しには出来ない! もし抵抗するというのならこちらも容赦はしないぞ!」

 シュゼイは流石は警備隊の隊長と言うべきか、剣を引き抜くとシェルディアにその切っ先を向けた。体は依然として震えていたが、それでもシュゼイはそう言ってみせた。

「・・・・・・その気概は買ってあげるわ。だからまあ、殺さないであげる」

 シェルディアが軽く息を吐く。すると、シェルディアの影が幾重にも分かれ、目にも止まらぬ速度で、まるで鞭のように警備兵たちを打った。影に打たれた兵たちは「がっ・・・・・・」「ぐっ・・・・・・」と声を漏らし地面へと倒れていった。

「うっ・・・・・・わ、私は・・・・・・」

 それはシュゼイも同様だった。いくら実力がある隊長だといえども、今回は相手が悪すぎる。シュゼイはそう呟くとドサリと地面に伏した。

「け、警備隊たちが・・・・・・」

「一体なにが・・・・・・」

「ば、化け物だ・・・・・・」

 その光景を見ていた野次馬たちが恐ろしげな顔になる。その空気を感じ取った影人はこう呟いた。

「・・・・・・完全にお尋ね者になっちまったな」

「仕方ないわ。でも、こうなったら行き先を聞くのは難儀よね。・・・・・・ああ、いい事思いついたわ。お尋ね者なら、お尋ね者らしく聞けばいいのよ」

「何それ。どんな方法なのシェルディア?」

 シェルディアは何かを思いついたように軽く手を叩いた。そんなシェルディアに、ゼノはそう聞いた。

「この国で1番偉い者に、正面から聞きに行くの」

 シェルディアはそう言うと、そびえ立つ城を指差した。













「・・・・・・メザミアへの行き方だと?」

 約10分後。影人たちは城の中、その玉座の間にいた。突然侵入し、そう聞いて来たシェルディアに対し、獅子のような耳を生やした精悍な顔の中年くらいの男性――獣人族国家の君主、ギルメリド・ヴェイザは厳しい目を向けた。君主に相応しく、威厳ある口髭に筋骨隆々とした体。ギルメリドは君主とはかくあるべしといった感じの容貌であった。

「ええ、それを教えてほしいの。それか、この国内の地図を頂けるかしら? 出来れば、メザミアに印をつけておいてほしいわね」

 城を守っていた者たち、城の中にいた警備兵たちを軽く蹴散らしながらここへと至ったシェルディアは、ニコリと笑みを浮かべた。

「・・・・・・貴様らのような礼も知らぬ者どもの頼みを、この俺が受け入れると思うか?」

「確かに義理はないわね。でも、あなたには受け入れてもらうわ。なにせ、そうしなければ・・・・・・

「っ・・・・・・!?」

 シェルディアが笑みをゾクリとするものに変える。同時に、シェルディアは自身の重圧を完全に解放した。空気が軋み肺腑が抉られるような、常人では耐えられないような重圧を受けたギルメリドは、その顔に尋常ならざる緊張を奔らせた。

「・・・・・・やり方エグ過ぎねえか? 国滅ぼすぞって言って国王脅すとか、俺ら普通に死刑だろ。いや、嬢ちゃんの事だから、本気で国は滅ぼさないだろうが・・・・・・」

「何を今更。というか、死刑になっても、別に私たち全員死なないから意味ありませんよ」

 その様子を見ていた影人とフェリートが小さな声でそんな会話をする。玉座の間には今ギルメリドとシェルディア、影人、フェリート、ゼノの4人しかいない。最初は王妃や文官のような者たちもいたのだが、ギルメリドが下がらせたのだ。ギルメリドは、シェルディアの怪物ぶりを本能ですでに察していた。

「おい、何をナチュラルに俺も数に入れてんだよ。俺は別に不死じゃねえ。確かに『世界』を顕現してる時と『終焉』使ってる時は不死だし、2回生き返ってるが。お前らと一緒にするな」

「よくもまあ、それで一緒にするなと言えますね・・・・・・」

 影人の抗議を聞いたフェリートが呆れたような顔を浮かべる。2人はそんな会話を交わしていたが、ゼノは1人でボケーと天井を見つめていた。3人とも、こんな空気感だというのに、気負っている様子はない。ここにいる者はギルメリドを除いてまともな者はいなかった。

「・・・・・・本気のようだな。そして、実際にそう出来る力もあると見受ける。少女のような見た目でそれだけの力、加えて身体に特徴がない事を考えるに・・・・・・お前は、いやお前たちは吸血鬼か。長年姿を隠し続けて来た吸血鬼たちが国盗りでもやろうというのか」

「正体は当たっているけど他は外れよ。私たちはただメザミアに行きたいだけ。そして、行って何をするでもないわ。証拠はないけど信じなさい」

 傲岸にシェルディアはそう言い放つ。国を滅ぼされないためには信じるしかないギルメリドは悩むようにその目を伏せた。

「・・・・・・よかろう。俺には君主としてこの国と国民を守る義務がある。今回だけはその言葉を信じ、貴様らの頼みを聞いてやる」

「ありがとう。感謝するわ」

「ふん。脅しておいてよく言う。・・・・・・少し待て。今他の者に地図を持ってこさせ――」

 シェルディアが感謝の言葉を述べ、ギルメリドがその顔を不快に歪ませる。そして、ギルメリドがそう言葉を紡ごうとした時、


「お父様、こちらにおいでですか?」


 突然、玉座の間のドアが開かれ1人の若い女が姿を現した。ギルメリドと同じような耳を生やした、若草色の長い髪の女性だ。薄い青色を基調としたドレスの糸目の美人だ。その女性は全体的におっとりとした雰囲気を纏っていた。

「っ!? キトナ・・・・・・」

「キ、キトナ王女様! お戻りください! 今は有事でございます!」

 その女性の登場にギルメリドは驚き、御付きの者だろうか、メガネをかけた女性が部屋の外から慌てたようにそんな言葉をかけた。

「っ、王女・・・・・・?」

 キトナと呼ばれた女性の敬称を聞いた影人がそう反応する。キトナは玉座の間にいる影人たちを見ると、軽く驚いた様子になった。

「まあ、お客様が御出でしたか。こんにちは皆様。私、ゼオリアル王国君主、ギルメリド・ヴェイザが娘、第1王女のキトナ・ヴェイザと申します。歳は24です。以後、お見知りおきを」

 キトナはおっとりとドレスの裾を軽く摘んで、影人たちにお辞儀をしてきた。

「っ、キトナ、そのだな・・・・・・今は大事な話の最中だから部屋に戻っていなさい。後、クリマナ。国内の地図を持ってきてくれ。悪いが、メザミアに印をつけておいてくれ」

「か、かしこまりました」

 クリマナと呼ばれた御付きの者はすぐにどこかへと消えていった。だが、キトナはすぐには出ていかず影人に声を掛けてきた。

「まあ、とても長い前髪ですね。髪で顔の上半分が隠れてしまっています。こんなに前髪の長い方を見たのは初めてです」

「あ、ああ・・・・・・そうか・・・・・・」

 場違いともいえる雰囲気を纏うキトナに、影人はそう言葉を返す事しか出来なかった。そんなキトナを、シェルディアたちは不思議そうに見つめていた。

「・・・・・・すまん。キトナはその・・・・・・生まれつきそうなのだ。その性格のせいで、状況をよく理解していない事がある。何をするでもなく、そこに考えがあっての事ではないゆえ・・・・・・見逃せ」

 ギルメリドが軽くどうしたものかと右手で軽く頭を押さえながらそんな言葉を述べた。その言葉を聞いた影人は、感情面に何か欠陥があるのか、もしくは何らかの病気か障害をキトナは抱えているのかと予想した。

「別に何もしないわよ。地図さえもらえれば、何も害は与えないから」

 シェルディアはまるで何も気にしていないといった様子でそう言った。それから、少し時間が経過してクリマナが地図を持って来た。

「ど、どうぞ」

「ありがとう。なるほど、ここがメザミアね。ここからだと、大体どれくらい掛かるのかしら?」

「・・・・・・徒歩で行くのなら約3日ほどだ」

 クリマナから地図を受け取ったシェルディアに、ギルメリドはそう答えた。必要な事を全て聞けたシェルディアは満足そうに頷いた。

「分かったわ。色々迷惑をかけたわね。じゃあ、私たちはこれで失礼するわ。ああ、別に追ってきたりしてもいいけど、あまりお勧めはしないわ。行きましょう、あなた達」

「くっ・・・・・・」

 シェルディアに軽く釘を刺されたギルメリドの顔が苦々しくなる。シェルディアはギルメリドに背を向けた。影人たちもギルメリドに背を向け、城から出ようとする。

「皆さま、メザミアに行かれるのですか? でしたら、よろしいでしょうか? 前々からメザミアには行きたいと思っていましたので」

 だが、キトナは影人たちに突然そんな事を言ってきた。

「・・・・・・・・・・・・は?」

 その言葉を聞いた影人は素っ頓狂な声を漏らした。














「まあ、これは凄いですわね! 私いま空を飛んでいますわ! しかも不思議な乗り物で! 凄い凄い!」

 数十分後。城を出た影人たちは、馬車で空を飛んでメザミアに向かっていた。そして、その客車の窓から外を見つめていたキトナは、まるで子供のようにはしゃいでいた。その服装は城にいた時のドレス姿ではなく、簡素な服に白いマントを纏った旅装束であった。

「・・・・・・なあ、どうしてこうなったんだ?」

 そんなキトナを少し離れた所から見つめていた通常形態の影人がポツリとそう呟く。ちなみに、影人が通常形態である事からも分かる通り、今回空飛ぶ馬車(こちらもキャラバンタイプ)を創ったのはフェリートだ。フェリートはゼノに封印を壊してもらい、闇人としての力を解放した。フェリートは擬似的生命の『偽造』と物質の『創造』に、『浮遊』は疲れると不満を漏らしていたが、一応異世界人といっても、第3者にスプリガンの事を知られたくない影人は無理やりにフェリートに移動を押し付けた。

 そして、これもちなみにではあるが、前まで『偽造』の力を使えなかったフェリートだったが、「執事は日々進歩する者」という理由で、いつの間にか闇の性質の拡大に成功していた。執事とは不思議な生物である。

「さあ? でも、一言でいえば成り行きでしょ。あのキトナって子が俺たちに着いて行きたいって言って、シェルディアがそれを了承した。それだけでしょ」

 影人の隣に座っていたゼノはあまり興味もなさそうに軽く頬杖をついていた。どうやら、ゼノはこの状況をあまり気にしていないらしい。

「だって面白いじゃない。一国のお姫様が一緒に出かけたいなんて。それに、泣き喚いて可哀想だったし。まあ大丈夫よ。約束通り、メザミアに着いてしばらくしたら、王都に帰すから。1度行った場所は転移出来るし」

 2人の会話を聞いていたシェルディアがそう言葉を述べる。あの後、当然の事ながらギルメリドがキトナを止めた。だが、キトナはおよそ成人女性とは思えぬ様子で泣き喚いた。まるで、赤子が癇癪を起こすように。キトナに泣き喚かれたギルメリドは最後まで葛藤していたが、シェルディアに「危害は絶対に加えないと約束するわ。そして、ちゃんと帰してあげる」という言葉を聞いて、最終的にはその首を縦に振った。キトナが旅装束を纏っているのは、そういう理由からだった。

(普通なら自分を脅した奴らに大事な娘、しかも王女を預けるなんて絶対にしない。信頼もクソもないからな。だけど、あの様子だと、あの王様はこの王女にずっと苦労してきた感じだった。ここからは嫌な予想にはなっちまうが・・・・・・お荷物王女をちょうどいい機会に手放せたみたいな感じなのかね)

 影人はそう邪推した。そうでなければ、色々と説明がつかないからだ。まあ、家族の仲の良し悪しや事情はそれぞれ違う。それは異世界でも変わらないだろう。

(警備隊に囲まれてそれを蹴散らしてお尋ね者。で、国王脅して地図ゲットしたらなぜか王女サマが同伴者に・・・・・・ダメだ。意味が分からねえ。展開の速さが終わってやがる)

 王都に着いてから今に至るまでを振り返っていた影人は内心で疲れたようにそう呟いた。RPGならヤケクソ展開と叩かれるような展開だ。だがしかし、事実は小説よりも奇なり。これは現実である。先行きが全く予測できない影人は、思わずこう呟いた。

「・・・・・・ったく、これからどうなるのかね・・・・・・」

 そして、それからしばらくして、影人たちはメザミアへと辿り着いたのだった。

 ――脅した国王の王女を同伴者として。

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