第348話 獣人族国家 ゼオリアル

「この地図からでは具体的な距離は分かりませんが、先ほど歩いていた方に聞いた所、ここから獣人族の国までは歩いて大体2、3日との事です」

 キリエリゼ西エリアから街を出たフェリートが、シェルディアから預かった地図を見ながらそんな見解を述べる。フェリートの言葉を聞いた影人は「そうか」とスプリガン状態で呟いた。

「じゃあ、他の手段ならもっと早く着くって事だな。道中でメザミアの場所聞く事とかを考えると、空路は避けた方がいいか。となると車、バイク、馬車とかでの陸路か・・・・・・おいフェリート、お前どれ運転したい?」

「は?」

 突然影人にそう聞かれたフェリートが意味が分からないといった顔になる。影人は補足するようにこう言葉を続けた。

「別にわざわざ歩いて目的地に行く必要はないだろ。時間かかり過ぎるし。だから、時短のために乗り物使うんだよ。乗り物は俺の力で創造出来るしな。で、この中で乗り物を運転出来そうなお前が運転手なのは確定だろ。だから、お前どれを運転したい? さっき言った乗り物はもちろん、大体の乗り物は創れるぜ」

「ああ、そういう事ですか・・・・・・確かに、私は大体の乗り物は動かせます。執事ですからね」

 影人の言わんとしている事を理解したフェリートが軽く頷く。執事が理由になるのかと、影人は心の中で突っ込んだが、言えばフェリートが大真面目に頷くのは見えているので、影人は何も言わなかった。

「1つ質問ですが、速度はどうなるのですか? つまり、車やバイク、馬車などではそれぞれ速度が違います。その辺りは調整出来るのですか?」

「ああ、出来るぜ。俺の力で創るから融通は利く。だから、例えば馬車でも車くらいの速度は出る」

「ふむ、なるほど・・・・・・ならば、馬車を所望します」

 影人の答えを聞いたフェリートは、少し考え込むような顔を浮かべそう言った。

「馬車? 別にいいが・・・・・・理由はなんだ?」

「少しノスタルジックな気持ちになったから・・・・・・というのは冗談ですが、1番この世界に溶け込む乗り物だと思ったからです。キリエリゼだけを見た感想にはなりますが、この世界の文明のレベルは魔法という特殊な概念が絡んではいますが、私たちの世界で言う中世レベルくらいでしょう。そんな世界に車やバイクは異質です。そんな乗り物に乗っていては、道行く人々から奇異の目で見られ、また不審に思われかねない。私たちは道中で人々にメザミアの場所を聞かなくてはならない。ならば・・・・・・」

「出来るだけ違和感のない乗り物の方が都合がいいか・・・・・・」

 フェリートの言葉の先を予想した影人がそう呟く。フェリートは影人の予測が正解である事を示すように頷いた。

「ええ。こちらの世界に馬がいるのか、また似たような乗り物があるかは分かりませんがね。ですが、1番人々に距離を取られないのは、まだ馬車でしょう」

「なるほど。確かにそうかもしれないわね。なら馬車にしましょう。久しぶりに乗りたいし」

「俺も馬車に乗るのは久しぶりだな」

 話を聞いていたシェルディアとゼノも乗り気(2つの意味で)だ。フェリートの意見とシェルディアとゼノの様子を見た影人は右手を虚空に向けた。

「決まりだな。さあ来いよ、闇馬あんまの馬車」

 影人が頭の中で馬車をイメージしそれを創造の力で出力する。すると次の瞬間、影人たちの前に闇色の2頭の馬が引く馬車が現れた。中で寛げるように、タイプはキャラバンにした。

「こいつらは従順だから手綱で適当に指示してくれ。思考パターンは馬と同じだからな。後は補足説明だ。まず、こいつらは疲れないから全力疾走させても問題はない。全力疾走は普通の車のマックススピードくらいだ。次に足場の悪さは関係なく走れる。馬も車輪も石程度なら踏み潰せるからな。その3、後ろの揺れは気にしなくていい。ほとんど揺れないように設定した。以上だ」

「至れり尽くせりですね。分かりました。では、御者を引け受けましょう」

 影人の説明を聞いたフェリートは馬車に向かって歩いていくと、御者席に座り手綱を握った。

「懐かしい感覚ですね・・・・・・では、シェルディア様、ゼノ、帰城影人、どうぞ中へ」

 フェリートが後ろの客車の中に入るように促す。影人たちは客車の扉を開けて中に入った。

「あら、案外広いわね。それに素敵だわ」 

「本当だ。ベッドまである。普通に寝れるねこれ」

 中に入ったシェルディアがそんな感想を漏らす。客車の外の色は黒と金だったが、中もその2色を基調としていた。客車の奥には2台の2段ベッドがあり、御者席側にはテーブルとそれを囲むように設置された革張りのソファ。そして、2台の木のイスがあった。

「気に入ったか? だったらよかったぜ」

 影人は木のイスに腰掛ける。シェルディアとゼノは革張りのソファの方に座った。

「皆さん座ったようですね。では、行きますよ」

 御者席と客車を繋ぐ小窓を開けたフェリートが確認を取る。そして、フェリートは手綱で軽く2頭の馬を打つと馬車を発進させた。

「「!」」

 フェリートに打たれた馬たちはその俊足で以て駆け始めた。














「そういえば、この馬車っていつまで保つの? 君の力を使って動かしてるなら、いつか君の力に限界が来るはずでしょ」

 馬車に乗り始めて少しすると、暇だからかゼノが影人に大しそんな事を聞いて来た。

「・・・・・・創造の力は、基本的に物を創る時にしか力を消費しない。それ以降は俺が消さない限り、スプリガンの変身を解かない限りはずっと消えない。だから、安心しろよ」

「へえ、そうなんだ。神力って本当、凄い力だね」

「そりゃ神の力だからな。基本的には何でもありだ。・・・・・・本当、使ってて思うがつくづくチートだぜ。この力は」

 ゼノの感想に影人がしみじみとした様子でそう呟く。本当にこの力には幾度助けられたのか分からない。

『はっ、当たり前だ。なんせ俺の力だな』

 すると、影人の中にイヴの声が響いた。顔は見えないが絶対にドヤ顔だと分かるような声だ。

「ああ、お前は最初から自分の力の正体知ってたもんな。なんせ力の意志だし」

「? 君、誰と話してるの?」

「ソレイユ・・・・・・という感じではないわよね」

 影人がつい肉声に出してイヴに言葉を返すと、ゼノとシェルディアが不思議そうに首を傾げた。

「誰って・・・・・・ああ、そりゃそういう反応になるか。丁度いい、紹介しとくか。イヴ、肉体創って出て来ていいぞ」

 影人がそう言うと、影人の隣に1人の少女が出現した。10代前半くらいの黒いボロ切れのような服を纏った少女――イヴだ。イヴは紫がかった黒髪を揺らし、奈落色の目をゼノとシェルディアに向けた。

「よう初めましてだな『破壊』の闇人に吸血鬼サマ。いや、吸血鬼サマに限って言えば、会った事あるか。この前のパーティーの時にな」

「っ、あなたは・・・・・・」

「君、誰?」

 イヴにそう言われたシェルディアはハッと何かに気づいたような顔になり、ゼノは変わらず首を傾げたままだった。影人は2人に対しイヴの紹介を始めた。

「紹介するぜ。こいつはイヴ。フルネームはイヴ・リターンキャッスル。スプリガンの力の化身で、俺の娘だ。というか、イヴ。またその服かよ。この前のパーティーの時みたいな服着れば――」

 影人が少し呆れたように小言を言おうとすると、イヴが思いっきり影人の脛を蹴って来た。影人が反応出来ないように少し『加速』の力を使って。イヴに蹴られた影人は「痛え!?」と悲鳴を上げた。

「あの時は真界の神サマに無理やり着せられてたんだよ! つーか何回も言ってるが俺はお前の娘じゃねえ! 誤解させるような言い方するな! 脳腐ってんのかこのバカ前髪野郎!」

 体を屈ませる影人にイヴが怒った言葉を投げかける。その様子見ていたシェルディアとゼノは「あら」「仲がいいんだね」と小さく笑った。

「イヴだったかしら。まさか、あなたのような可愛い子がスプリガンの力の化身だなんてね。パーティーの時にあなたがペンデュラムになったのは、そういう理由からだったのね」

「まあな。後、可愛いは余計だぜ吸血鬼サマ」

「そう? それは失礼。これからよろしくね、影人の娘さん」

「だから娘じゃねえよ。こいつの虚言だ」

 シェルディアがニコリと微笑む。シェルディアにそう呼ばれたイヴは苦虫を噛み潰したような顔で影人を指差した。

「あー、痛かった・・・・・・イヴ、脛への不意打ちはマジでやめろよな。後、ついでにフェリートにも挨拶してこいよ。お前あいつと戦った事あるだろ。次の目的地に行くまでは、俺も変身解かないしお前も消さないから」

「おー、いいなそれ。ちょっとあいつからかって来るか」

 イヴは面白そうに笑うと、一旦自身の体を粒子のようにバラして御者席の方へと移動した。そして、再び実体化しフェリートの横に座った。

「よう、片眼鏡。俺はイヴだ。よろしくな」

「っ!? だ、誰ですかあなたは・・・・・・急に現れて・・・・・・」

 御者席ではイヴとフェリートがそんな会話を交わしていた。当然ながら、イヴの事を知らないフェリートは驚いた様子で。だが、それで馬が止まりはしなかったので流石と言うべきか。

 それから、上空に浮かぶ太陽が頂点を少し過ぎた辺り。影人たちが窓から見える景色を眺めたりして寛いでいると、スッと馬車が止まった。

「獣人族の男性がいましたので声を掛けます」

 小窓からフェリートが室内にいた者たちに馬車を止めた理由を告げる。フェリートは御者席から降りた。イヴは興味がないからか、御者席に座ったままだったが。

「な、なんだあんたら? 耳も翼も尻尾もねえが・・・・・・それに、この何か凄え乗り物は・・・・・・王都にあるっていうメビルの引き車っぽいっちゃぽいが・・・・・・」

 客車内にいた影人たちもフェリートに続き外に出る。すると、熊のような耳を頭に生やした中年くらいの獣人族の男性が驚いた顔を浮かべていた。

「すみません、実は私たち旅中の吸血鬼の者でして。いくつか尋ねたい事があるのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」

 獣人族の男性に話しかけたのはフェリートだった。フェリートは完璧な笑みを浮かべながら、男にそう言った。

「吸血鬼・・・・・・はー、あんたら吸血鬼なのか。初めて見たぜ。まあ、俺に答えられる事なら構わねえが・・・・・・」

「ありがとうございます。ではまず、ここから獣人族国家までは後どれくらいでしょうか?」

 獣人族の男性は物珍しそうにフェリートや影人たちを見回し、フェリートの頼みを了承した。フェリートは早速そんな質問をした。

「ゼオリアルまでか? 一応、後2〜3時間くらい真っ直ぐ歩けば関所に着くぜ」

 ゼオリアルというのは、男の言葉からするに獣人族国家の名前だろう。影人たちは言葉こそ通じるようになっているが、異世界の文字は読めないので、地図に書いてある文字は読めない。唯一読めるのはシェルディアだけで、影人たちもシェルディアに国の名前などは聞かなかったので、今まで獣人族国家の名前を知らなかったのだ。

 ちなみにではあるが、シェルディアも完全にはこちらの文字を理解出来ていない。年月の経過からか、文字が変容しているらしい。ただ、似ている箇所が多いので、ある程度は理解出来るという事だった。

「そうですか。どうやら、思っていたよりも飛ばしていたようですね・・・・・・分かりました。では、2つ目の質問を。私たちはメザミアという場所を目指しているのですが、その場所へはどうすれば行けますか?」

「メザミア? そりゃまた変わった場所目指してるな。あそこはゼオリアルの西端にある田舎町だぜ。古い遺跡が1個あるくらいで、観光する場所もない。そんな所にあんたら何しに行くんだ?」

「少し探している人物がいましてね。私たちと同じ特徴のない者・・・・・・その者も吸血鬼なのですが、その人物がそこにいるかもしれないんです。最近、私たち以外で吸血鬼を見たりはしていませんか? もしくは噂になっているとか」

 フェルフィズを吸血鬼と偽ってフェリートが3つ目の質問をする。だが、男はかぶりを振った。

「いや、全く。俺はあんたら吸血鬼を今日初めて見たし、ゼオリアルでも噂にはなってないと思うぜ」

「そうですか・・・・・・ありがとうございました」

「いや、礼を言われるような事はしてねえから気にしないでくれ。それで、メザミアへの行き方だったな。だったらまずは王都に行ってみるといい。どっちにしろ、メザミアに行くのには王都を通るからな。王都は関所を超えてデカイ山を2つほど迂回して1日か2日くらい歩けば着く。標札が出てるから迷わないと思うぜ」

 最後にメザミアへと至る過程の道を男が教えてくれた。そして、男は再び歩いて行った。

「・・・・・・という事ですから、まずは王都とやらに行きましょうか。王都という言葉からするに、獣人族の国は王が統治する君主制のようですね」

 男の背中を見送りながらフェリートが一同にそう言った。フェリートの言葉にゼノはこう言葉を返した。

「それはいいけど、関所どうするの? 多分だけど、何か許可証とかないと国に入れないと思うよ」

「あら、別に私が催眠の力を使えばいいだけだじゃなくて? あの街から離れているし、ヘレナとハルには迷惑も掛からないでしょうから今回は使えるわよ」

「別にわざわざ催眠の力使わなくても、関所抜ける方法ならいくらでもあるぜ。というか、王都って所に行くならもっと時短の方法使えるな。どうする、それ使うか?」

 影人が3人に対しそう提案する。影人にそう聞かれたフェリート、ゼノ、シェルディアは顔を見合わせると、やがて頷いた。

「確かに、王都への道は聞けましたからね。メザミアの場所は王都でまた聞けばいいだけですし」

「だね。道中が旅の醍醐味だけど、時短出来るとこは時短した方がいいし」

「それで影人。その方法ってどんな方法なの?」

 どうやら3人とも賛成のようだ。影人は、3人にその方法を告げた。

「別に簡単な方法だぜ。まずは・・・・・・」











「――着いたな。多分、ここが王都って所だろ」

 それから約数分後。影人たちは王都と思われる町の中にいた。王都というだけあって華やかで、正面には白を基調とした立派な城が見える。王都はグルリと高い防壁で囲まれており、影人たちの後ろには大きな門があった。

「一瞬で着いたね。君がいると便利だなぁ」

 賑わう城下町を見渡しながらゼノがそう呟く。影人たちが数分で王都に到着する事が出来たのは、全て影人のスプリガンの力によるものだった。

 まず、影人は自分とゼノとシェルディアとフェリートに浮遊の力を掛けた。そして空高く上昇し、影人たちは空高くから地上を見下ろした。

 結果、関所や男が言っていた山々、更に山の先に大きな都市などが影人たちの視界に映る事になる。その大きな都市が、先程の獣人族の男が言っていた王都だと判断した影人たちは、影人の転移の力を以てこの街まで転移してきたというわけだ。影人の短距離間の転移の定義は視界内。そのために影人は上空へと浮遊したのだ。

「まあ、恐らくは不法入国くさいが大丈夫だろ。いざとなったら、どうとでも出来るしな」

 スプリガンとしての変身を解いた、通算何度目かとなる不法入国野郎は気にした様子もなくそんな言葉を述べた。色々と暗躍し過ぎたりしてその辺の感覚が前髪野郎はバカになっていた。

「そうね。今は手間を取るよりこちらの方が都合がいいわ。さて、じゃあ早速道行く人々にメザミアの場所を――」

 シェルディアがそう呟こうとした時だった。突然――

「動くな!」

 影人たちに対してそう声が飛ばされた。声を飛ばして来たのは、部分的な鈍色の甲冑を纏った獣人族の若い女性だ。まるで、女性騎士といった出立ちの女性に続くように、女性と同じような格好をした若い男女たちが影人たちを取り囲んだ。

「あら・・・・・・」

「ん、ちょっと面倒事な予感」

「はあー・・・・・・なんとなくですが、嫌な予感はしていましたよ・・・・・・」

「・・・・・・マジかよ」

 謎の集団に取り囲まれたシェルディア、ゼノ、フェリート、影人はそれぞれそんな反応を示した。


 ――旅にイベントは付き物だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る