第345話 複合都市 キリエリゼ
「そう言えば、皆さまは何族なんですか? ツノとか尻尾とか翼とかはないご様子ですけど」
影人たちがハルとヘレナの後を歩いてると、ハルがそんな事を聞いて来た。影人は例の如く言葉が分からなかったので、何も言葉は発さなかった。
「何族・・・・・・? シェルディア様、これはどう答えれば・・・・・・」
フェリートが小さな声でシェルディアに声を掛ける。フェリートにそう聞かれたシェルディアは、「大丈夫。私に合わせて」と言ってフェリートを含めた影人、ゼノの3人に軽く片目を瞑った。その仕草には見た目からは想像出来ない妖艶さと上品さがあった。さすがはシェルディア。魔性の女である。影人はそう思った。
「実は私たち吸血鬼なのよ。だから、身体上の特徴がこれといってないの」
この世界に人間という種族はいない。ゆえに、シェルディアはハルとヘレナにそう説明した。理由は、まあ色々と説明するのが面倒だからだ。
「へえ、そうだったんですか! 私、吸血鬼の方たちを見るの初めてで! なるほど、だからツノとか尻尾がないんですね!」
「凄い、本当にいたんだ・・・・・・」
吸血鬼という言葉を聞いたハルとヘレナは驚いた顔を浮かべた。その反応を見たシェルディアは逆に少し不思議そうな顔になる。
「あら、そんなに珍しい? 確かに、吸血鬼は昔から他の種族とは仲が良くはなかったけど」
「はい。様々な種族がいる複合都市にも吸血鬼の方はいませんから。噂では吸血鬼の方々は『
「いや、私たちは別の辺境の地からよ。・・・・・・それにしても、『血影の国』ね。私がいた時は吸血鬼の国なんかなかったはずだけど・・・・・・いったい誰が作ったのかしらね」
ヘレナの答えを聞いたシェルディアは後半は独白するようにそう呟いた。それから、影人たち一行がしばらく歩いていると――
「あ、見えてきましたよ! あれが複合都市キリエリゼです!」
ハルが前方を指差した。影人たちからまだかなり離れてはいるが、大きな都市が見える。その都市は平原部の真ん中にあったが、周囲を隔てる壁のようなものはなかった。
「へえ、大きな町ね。城壁のようなものはないけど、安全面は大丈夫なの?」
「キリエリゼは何か危険があった時は魔法障壁が展開されるように設計されているんです。まあ、キリエリゼは各種族の国家間の約定により設置された都市で、各種族の代表による議会で運営されていますから、ここを攻めるような者たちは今のところいませんが。障壁が作動するのは、凶暴な魔獣がキリエリゼの近くに現れた時くらいですね」
「へえ、そうなの。それは色々と興味深いわね」
ヘレナの言葉にシェルディアは少し面白そうな顔を浮かべた。シェルディアがいた時は各種族の仲は良くなく、基本的にはいつも争っていた。いわゆる戦国時代のように。だが、いつの間にか種族間の隔たりを超えて、議会制の都市が生まれている。その事実は、シェルディアからすれば明確な時の経過を感じさせるものだった。
「到着です! ようこそ、キリエリゼへ!」
それからまたしばらく歩き続け、影人たちは複合都市キリエリゼへと到着した。ハルは両手を上げ元気いっぱいという感じで影人たちにそう言った。
「ここが異世界の町か・・・・・・」
正面玄関口のような場所を潜った影人は前髪の下の両目で周囲を見渡した。
街はヨーロッパのような石造りの建造物がほとんどで、この辺りは商売エリアなのか、真っ直ぐな大通りの道沿いには、何やら店のようなものがずらりと並んでいる。市場と例えるのが1番しっくり来るかもしれない。そこかしこにハルやヘレナと同じケモ耳やツノが生えた人々がいる。その他にも翼が生えた者、全身を鱗に覆われた者など様々な者たちがいた。
「ふーん、色んな種族がいるね。なるほど、確かにここは俺たちのいた所とは違う場所だ」
「ふむ、多様性の坩堝という感じの光景ですね。しかし、まさかこんな光景を見る事になるとは・・・・・・人を辞めた時にも思いましたが、全く生とは何が起きるか分かりませんね」
ゼノとフェリートも街を観察しそんな感想を漏らした。
「魔族に獣人族に翼人族、蜥蜴族に悪魔族に・・・・・・あれは魔妖族かしら。本当に色々な種族が同じ町に暮らしているのね。ふふっ、こういうのなんて言うのかしら。感動、いや感慨深いかしら」
実際にその光景を見たシェルディアは言葉通り感慨深そうな笑みを浮かべる。4人がそれぞれ感想を抱いていると、ヘレナが小さく笑みを浮かべた。
「皆さん長旅で疲れているでしょうから、どうぞ今日は私たちの家で休んでください。私とハルは一緒に住んでいるんですが、部屋が2部屋余っているので」
「あら、そこまでしてもらってもいいの? 最初の話だと、ご飯をご馳走にという事だけだったけど」
「もちろんです! ぜひ泊まっていってください。きっと楽しいですし! 皆さんの旅の話なんかもぜひ聞かせてください!」
軽く首を傾げるシェルディアにハルが首を縦に振る。シェルディアはその申し出を「ありがとう。ならまた甘えさせてもらうわ」と受け入れた。シェルディアはこういう善意は基本は断らない性格だ。
「例の如く何だって?」
「この方達が私たちを泊めてくださるようです。というか、本当にそろそろ面倒且つムカついて来たので、翻訳はこれで最後です。次聞いて来たら半殺しにしますから」
「急にえげつねえなおい・・・・・・だが、会ったばっかの奴を家に泊めるとか、異世界人バカ優しいな。善意の塊かよ。逆にちょっと疑ったり心配しちまうぜ」
「その優しさの原因はシェルディア様があの獣を追い払ったからですよ。それを考えれば・・・・・・」
「分かってるって。それ込みでって事だよ」
フェリートと会話をしながら、影人たちは大通りを進んでいく。身体に何の特徴もないという事が特徴になり、すれ違う通行人は物珍しそうな視線を向けて来たが、声を掛けられるような事はなかった。
「このキリエリゼは真ん中の広場を基点として、4つの場所に分かれているんです。今通っている南の場所は商業区画。その反対の北の場所は議事堂や役所がある政治区画。西の場所は住宅区画で、東の場所は娯楽区画。もう少し歩けばキリエリゼ中心の広場に出ます」
ヘレナの説明通り(といっても相変わらず影人には以下略)、やがて影人たちは大きな広場へと辿り着いた。広場の中心には噴水があり、それを囲むようにベンチなどが設置されていた。ベンチにはキリエリゼの住人たちが座っており、憩いの場という感じだった。
「おい聞いたか。また空間が割れて誰か消えたってよ。噂じゃ、翼人族らしいが・・・・・・」
「本当か? これで何件目だよ・・・・・・
「すぐに戻ってくるっていっても怖いよな・・・・」
だが、そこに座っていた住人たちは安らかな顔ではなく多くは不安そうな顔で、何かを話し合っていた。
「ふーん・・・・・・」
「っ・・・・・・」
住人たちの話し声を聞いたシェルディアはなるほどといった顔を浮かべ、フェリートも何かに気づいた顔になる。ゼノはボーっとしており、影人はそもそも言葉が分からないので反応を示さなかった。
「ここは憩いの場と見受けるけど、いる者たちの顔はそれとは程遠いわね。何かあったのかしら?」
シェルディアが鎌をかけるではないが、婉曲気味にヘレナにそう聞いた。すると、ヘレナとハルは困ったような顔になりある事を教えてくれた。
「実は・・・・・・ここ最近奇妙な事件が起きているんです。何の前触れもなく空間に亀裂が奔り、近くにいた者たちを吸い込むという・・・・・・人々はその現象を空失と呼んで恐れているんです」
「私たちも噂話くらいしか知らないんですけど、吸い込まれた人たちは全然知らない場所に飛ばされるとかなんとか。今、キリエリゼの議会では空失の事がずっと話題になってるって話です」
「・・・・・・なるほど。それは怖いわね。教えてくれてありがとう」
シェルディアは2人に礼の言葉を述べる。シェルディアと同じく何かに気がついていたフェリートも「やはり・・・・・・」という言葉を漏らしていた。
「皆さんも気をつけてくださいね。さあ、では西の居住区画に行きましょう。私とハルが住んでいる家もそこにありますので」
ヘレナは影人たちに注意を喚起すると、町の西側に向かって歩き始めた。ハルもヘレナに続き、影人たちも町の西側へと向かう。
「着きました。ここが私たちの家です!」
それから約15分ほどだろうか。石造りの家に囲まれた道を歩き何本か小道に入ると、ハルがある一軒の家に紹介するように手を向けた。
そこは2階建ての民家だった。2人で住んでいるにしてはけっこうな大きさだ。屋根は赤く、壁はクリーム色に塗られていた。
「素敵なお家ね」
「ありがとうございます。私とハルもこの家は気に入っているのでそう言ってもらえると嬉しいです。さあ、どうぞ中へ」
シェルディアの感想に嬉しそうな顔になったヘレナが懐から鍵を取り出し、ドアの鍵穴に入れる。カチリと小気味のよい音を立てドアは開錠された。
「お邪魔しますっと・・・・・・」
影人はそう言って家の中に足を踏み入れた。玄関、というか生活スタイルは西洋式なのか靴を脱ぐ場所は見当たらなかった。ハルとヘレナも土足のまま家の中へと入っていく。西洋出身のフェリートとゼノも気にせずそのまま、世界中を巡った事のあるシェルディアも普通に進んでいく。唯一日本人である影人だけは違和感を中々拭えなかったが、郷に入りては郷に従えというので、影人も土足のまま中に進んだ。
「私たちの部屋は2階にあるので、皆さんはこの部屋を使ってください。隣に同じ部屋がもう1つあるので、そちらもどうぞ。ですが、ベッドは各部屋1つずつしかないので、その辺りはすみませんが上手くしていただけると・・・・・・」
廊下を進んだ奥の部屋の1つを開け、ヘレナがそう説明する。部屋の中は6畳ほどの大きさで、ベッドが1つと緑のソファが1台だけあった。
「いえ、充分よ。本当に感謝するわ」
すっかりこの一行の代表と化したシェルディアが笑顔を浮かべる。そして、4人は居間へと通された。居間はけっこうな広さで、床にはピンクのカーペットが敷かれ、2人がけのイスやテーブル、薄長いローテーブルや本棚などがあった。
「皆さんしばらくの間自由に寛いでください。私とハルは夕食の用意のために少し買い物をしてきますので。あ、お茶を用意しますね。少し待っていてください」
「買い物だったら別に私たちもご一緒しますが・・・・・・」
「大丈夫です! お客様にそんな事はさせられませんから! ではではごゆっくり!」
ヘレナは台所にお茶を入れに行き、フェリートはそう言葉をかけようとしたがハルがぶんぶんと被りを振った。そして、あれよあれよという間に4人分のお茶が木のコップに入れられ用意され、ヘレナとハルは買い物に出掛けて行った。
「・・・・・・馬鹿にするでも呆れるでもありませんが、よくもまあさっき会ったばかりの者たちを家に置いて出掛けられますね。シェルディア様が恩人だという事を差し引いても、色々と度を超えている気がしますよ」
「いい子たちよね。おかげで今日の宿も確保出来て、お茶も飲めるし。あら、美味しいわねこのお茶。紅茶と似ているけど、風味が少しスパイシーという感じね」
ローテーブルの周りにあったイスに座りながら(イスは2脚しかなかったので、シェルディアが影からイスを2脚出した)フェリートが軽く息を吐き、シェルディアはお茶を啜る。異世界に来て体感にして約2時間ほどでテーブルを囲んでお茶を飲んでいるという光景は、何だか異世界にいるような感覚がしなかった。少なくとも、影人はそう思いながら茶を啜った。
「確かに嬢ちゃんの言う通りちょっとスパイシーだな・・・・・・で、これからどう動く?」
影人がシェルディア、フェリート、ゼノに話題を振る。最初にその言葉に反応したのはフェリートだった。
「まずは情報収集でしょう。フェルフィズは私たちと同じで、その身体に特徴がないというのが特徴です。彼が変装か何かしていない限りは、聞き込みをすれば分かる可能性がある。このキリエリゼという都市で情報が集められなければ、次の町に。恐ろしく手間がかかりますが、それを繰り返すのが1番マシな方法でしょう」
「それ、とんでもなく面倒くさいね。嫌だなー」
フェリートの言葉を聞いたゼノが素直にそう言った。
「仕方ないでしょう。手掛かりが何にもないんですから。というか、あなたにだけは言われたくないですね。あなたを捜していた時も、私は地道にそうしていたんですから。はあー、せめて少しでもフェルフィズがいる場所を予想できれば楽なんですがね・・・・・・」
「フェルフィズがいる場所を予想か・・・・・・」
フェリートが漏らした呟きに影人が思案するように顎に手を当てる。フェルフィズはこちらの世界に逃げて来た。影人たちはそのフェルフィズを追いにこちらの世界に来た。ゆえに、今フェリートが言ったように手掛かりは何もない。
そう、本来ならば。
(これは俺の勘でしかないが、俺にはあいつがたまたまこの世界を逃げ先に選んだとは思えない。あの性格が終わってるクソ野郎が、たまたま逃げ先を違う世界に選んだのには何か理由があるんじゃないか? 考えろ、考えろ帰城影人。今までの事を考えれば、答えは出てくるはずだ)
フェルフィズは何をした。この世界と影人たちの世界との境界を不安定にした。その結果、影人たちの世界に【あちら側の者】たちが現れるようになった。だが、零無曰くその流入はこの世界から影人たちの世界への一方的なもの。その逆は起こらない。
フェルフィズはなぜ次元の境界を不安定にさせる事が出来た。零無がその道具をフェルフィズに与えたからだ。しかし、その道具で具体的にどう次元の境界を不安定にさせたのかは分からない。
(なぜフェルフィズは次元の境界を不安定にさせた? 多分、そこにフェルフィズの目的があるはずだ。だけど、あと1つ材料が足りない。あと1つの材料は多分零無だ。それは分かってる。あいつはフェルフィズと昔から知り合いで言葉を交わしていた。そこにヒントがある。だが、あいつは向こうの世界だし・・・・・・どうにか材料を調達出来る方法は・・・・・・っ、そうだ・・・・・・)
集中し思考していた影人は、その材料を調達する方法を思いついた。
(また頼っちまう事になるが仕方ねえよな。――悪い、シトュウさん。今ちょっといいか?)
影人が内心でシトュウに呼びかける。すると、影人の中にシトュウの声が響いた。
『何でしょうか、帰城影人。何か問題でも?』
(問題ってほどじゃない。なあ、シトュウさん。悪いが零無に念話して今から俺が言う事を聞いてくれないか? どうしても必要な事なんだ)
『必要な事ですか・・・・・・まあ、いいでしょう。それで何を聞けばいいんですか?』
シトュウは少し呆れたような様子だったが、影人の頼みを了承してくれた。影人はシトュウに零無へ聞く事を伝えた。
(――って事を聞いてくれ。じゃ、頼んだぜシトュウさん)
『・・・・・・分かりました。零無に聞き次第、あなたに伝えます』
影人がシトュウとの念話を一旦終える。影人が思わず「よし・・・・・・」と言葉を漏らすと、シェルディアが不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたの影人?」
「ああ、ちょっとシトュウさんと念話をな。まあ、その事はもうちょっと後で話すから今は気にしないでくれ。色々と憶測の段階だからさ」
「そう? 分かったわ。取り敢えず、私は地図が欲しいわね。今のこの世界がどうなっているか大体分かるし。ハルとヘレナが戻って来たら、地図がないか聞いてみましょう」
「あ、そうだ。部屋割りどうする? 部屋が2つだから、2人2人で分かれるよね?」
ゼノがそういえばといった感じで3人にそんな事を聞いて来た。正直、今はそんな話はどうでもいいといえばどうでもいいのだが、ゼノはマイペースな性格なので、問いかけの重要性などはあまり気にしていなかった。
「は? いや、流石に嬢ちゃん1人で俺ら3人の部屋分けだろ。狭いとかそういう問題じゃなくて」
「女性と男性が同じ部屋で寝るというのは、常識的に考えてよい事ではありません。なので、帰城影人の言う通りの部屋割りが最善です。まあ、帰城影人と同じ部屋というのは少し癪ですが、そこは我慢しましょう」
影人とフェリートが珍しく意見を一致させる。2人の意見は現代の倫理観的には妥当なものだ。逆にゼノが少しズレている。そのゼノは「そうなの? まあ、俺は何でもいいけど」と反応を示した。
部屋割りの問題はこれで普通に終わる。影人やフェリートがそう考え、次の事を思考しようと思った時だった。突然、シェルディアが、
「あら、1人と3人なんてバランスが悪いわ。私と影人が同じ部屋で寝るから、フェリートとゼノはもう1つの部屋で寝なさいな。それで決まりよ」
そんな言葉を放った。
「・・・・・・・・・・・・え?」
その言葉を聞いた影人はいっそ間抜けな声を漏らし、固まった。
――ラブコメの気配は突然に。
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