第340話 忌神との戦い(1)

「っ、全員消えた・・・・・・?」

 屋敷の2階にいたフェルフィズは、自分が作った神器を通して見ていた影人たちがその場から消えたのを見てそう言葉を漏らした。

「いったいどこに・・・・・・っ、この生体反応は・・・・・・外ですか!」

 別の神器の力により、フェルフィズは3人がどこに移動したのかを知った。

 だが次の瞬間、

「っ!?」

 フェルフィズの屋敷は何かに破壊された。












「・・・・・・今更だが、粉々だな。跡形もねえ。まあ、ここは丘の上だから、周辺に被害はないと思うが・・・・・・」

 自分たちの攻撃によって全壊した屋敷を見ながら影人はそう呟いた。強いて言えば、屋敷を破壊した時に轟音がしたのでそれを気にして人が来ないかだけが心配だが、それも別に人払いの結界を張ればいいだけなので、まあ大丈夫だろう。

(ああ、丁度いい。イヴ、人払いの結界は展開できるか? 結局、前はシトュウさんが展開してくれたからな)

 また試す機会があれば試してみようと、海公と魅恋を助けた時に思った事を思い出した影人は、内心でイヴにそう聞いた。

『誰に言ってやがる。そんなもん余裕だバーカ』

 バカにするなといった感じでイヴがそんな言葉を返して来る。すると同時に、影人を中心として何かが広がったような気がした。恐らく、人払いの結界が展開されたのだろう。影人はイヴに感謝した。

「やっぱり、最初からこうしていればよかったわね。随分とスッキリしたわ」

「同意だな。どこぞの誰かが潜入すると退かなかったから無駄な時間を過ごした」

 影人がイヴに語りかけていると、シェルディアとレイゼロールがそんな感想を漏らしていた。特に、レイゼロールはジーと影人を見つめていた。

「いや、流石に初手から屋敷全壊プランはあれだろ・・・・・・でもまあ、確かにこっちの方が楽だったかもな」

 レイゼロールの言葉に最初こそ引いたような顔をしていた影人だったが、最終的には影人はその言葉に理解を示した。なんだかんだ、前髪野郎もその辺りの感覚は既に壊れていた。

「さて、ではあそこからフェルフィズを引っ張り出しましょうか。彼も神。不死身だから死んでは――」

 屋敷の残骸を見つめていたシェルディアが言葉を紡ごうとした時だった。突然屋敷の残骸の右端辺りが隆起し、そこから何かが飛び出して来た。

「・・・・・・」

 それは何やら球体のようなものだった。いや、球体というよりかは、何かが丸まっていると形容した方が正しいか。そして、それは形状を元に戻す。

 見たところ、それは人形だった。だが、屋敷で影人たちを襲った人形より少し大きい。2メートルはあるだろう。全身の色は淡いクリーム色。だが、先ほどの人形は顔がなかったのに対し、その人形は笑っている仮面――喜劇と悲劇の仮面の喜劇の仮面のような――を被っていた。

「全く・・・・・・あなた達は本当に知性ある存在ですか?」

 人形に守られ片膝立ちになっていたフェルフィズは立ち上がると、軽蔑するような目を影人たちに向けて来た。人形に守られていた事もあってか、フェルフィズは無傷だった。

「あら、よく反応したわね。さすがは古き神といったところかしら」

「別にそれは関係ありませんよ。ただ、私は用心深い性格というだけです」

 無傷のフェルフィズを見たシェルディアが意外そうな顔を浮かべた。シェルディアの言葉を受けたフェルフィズはつまらなさそうに言葉を返した。

「本当に信じられない。野蛮もいいところです。様式美というものを何1つ理解していない。何をどう考えれば屋敷を木っ端微塵にしようと思えるのか・・・・・・あなた達のおかげで、いくつもの私の作品が潰れましたよ」

「なら重畳だ。お前を不愉快にさせるのは気分がいいからな。ああ後、そういう苛ついてる顔似合ってるぜ。小物みたいでな」

 恨み言を吐くフェルフィズに影人は笑みを浮かべる。影人にそう言われたフェルフィズはその顔を不快げに歪ませた。

「言ってくれますね。私に刺された時とは大違いだ。・・・・・・ですがまあ、いいでしょう。またあなたの苦しむ顔を見ればいいだけですからね」

 フェルフィズは軽薄な笑みを浮かべると、パチンと右手を鳴らした。すると、スゥとフェルフィズの後ろから人形が現れた。まるで今まで透明化していたかのようだ。その人形も身長は2メートルほどで、色は同じ。こちらは悲しんでいる仮面――喜劇と悲劇の仮面の悲劇の仮面のような――を被っていた。

「喜劇の仮面人形と悲劇の仮面人形・・・・・・私の自信作の人形たちです。私を守る可愛い子供たちですよ」

 自身の作品だから子供と形容したのだろう。フェルフィズは自分の背後に立つ仮面を被った2体の人形をそう説明した。

「ふん・・・・・・意外だな。そんな人形を頼りに我たち3人と戦う気か。愚かと言う他ないな」

「ははっ、いくら神器を使ってもお前は表立って戦闘するタイプじゃないだろ。やけにでもなったか? それとも死ぬ気か?」

 レイゼロールと零無がそれぞれそんな言葉をフェルフィズに送る。特に、フェルフィズと付き合いの長い零無の言葉は、戦えばフェルフィズが必ず負けるという事を、影人たちに暗に教えてくれた。

「別にやけになったわけでも、死ぬ気になったわけではありませんよ。私にはまだ目的がありますからね。それを果たすまでは死ぬつもりはありません」

(っ、目的か・・・・・・正直気になるが、馬鹿正直に聞いても答えてはくれないだろうな・・・・・・)

 フェルフィズの言葉を聞いた影人はその辺りの事が気になったが、すぐにその好奇心を心の奥底に仕舞い込んだ。

「ああ、後はあなたにも言葉を返しておきましょうレイゼロール。私は別に自分を賢者とは思っていませんが・・・・・・自分を愚者だとも思っていませんよ」

「「!」」

 フェルフィズが狂気を宿した笑みを浮かべると、後ろの2体の人形が突然動き出した。喜劇の仮面人形は右腕を動かし、その前腕部の側面から刃渡り40センチほどの少し湾曲した刃を生やす。悲劇の仮面人形は左腕を動かし、喜劇の仮面人形と同位置から同じ刃を生やした。

「さあ、行きなさい。あなた達の力を存分に見せるのです」

「「!」」

 フェルフィズの指令を受けた人形たちが地を蹴り影人たちの方へと向かって来る。その速度は凄まじい。神速の域には至っていないが、それに近い速度ではあった。

「・・・・・・いいぜ。てめえの人形遊びに少し付き合ってやるよ。ご自慢の人形を壊してやる」

 影人は少し口角を上げると、自身の体に闇を纏わせ身体能力を強化し『加速』と目の強化も施した。そして、両手に闇色のナイフを創造すると、まずは喜劇の人形の方に向かって地を蹴った。

「レイゼロール、フェルフィズ本体はあなたにあげるわ。まあ、少しの間だけだけど」

 シェルディアもレイゼロールにそう言うと、悲劇の仮面人形の方に向かった。

「ふん・・・・・・ならば、まずは奴を泣き面にでもするか」

 レイゼロールはそう呟くと、自身の肉体に影人同様の様々な強化の力を施し、フェルフィズに向かって一歩を踏み出した。














「!」

 影人が向かって来た事を確認した喜劇の人形は、影人を切り裂くべく右腕の刃を振るった。

「速いは速いが・・・・・・温いぜ」

 影人は余裕を持ってその斬撃を避けると、懐に潜り込み逆手に持った右手のナイフを人形の胴体部へと振るった。ナイフの刀身には闇を纏わせ威力を強化してある。詠唱なしなので、威力を上げた倍率はあまり高くはないが。だが、人形を両断するくらいならば充分だろうと影人は考えていた。

「っ・・・・・・」

 しかし、結果は影人の予想とは違った。闇纏うナイフはガキンと金属音のような音を立て、人形を切り裂く事は出来なかった。

「!」

 人形はその攻撃を受け止めている隙に、腹部をスライド式に開閉しそこから機関銃を乱射してきた。意表をついた超至近距離からの弾丸の嵐に、流石の影人も避け切る事は出来なかった。

「ちっ」

 影人は仕方なく幻影化を使用した。陽炎のように変化した影人は人形から少し離れた所で実体化した。

「!」

 人形は影人が実体化すると、腹部の機関銃を再び乱射しながら影人の方に近づいて来た。影人は両手のナイフで弾丸の雨を切り裂いた。

(あれで切れないって事は相当に硬いな。だが、動き的には本物の人間みたいに柔らかい。こいつには、ぎこちなさがない)

 恐らく、腹部の機関銃のように他にも何かギミックが隠されているはずだ。影人が観察から分かった情報を元に推理していると、人形が至近距離まで近づいて来てその右腕の刃を振るおうとした。影人は自身の右側面にサイドステップをして、攻撃を回避しようとした。

「!」

 すると、そのタイミングで人形が影人を逃すまいと左腕を伸ばして来た。だが、位置的に影人には届かない。影人がそう思った瞬間、

「!」

 突然人形の左腕の前腕部が伸びた。肘の位置からワイヤーが伸び前腕部を影人の方へと飛ばしたのだ。その結果、影人は人形の左手に捕まった。そして次の瞬間、影人の全身が痺れた。

「っ〜!」

「!」

 恐らく、左手から電流を流されている。体に電流を流されたのは初めてだが、かなりキツイ。今にも意識が飛びそうだ。その間に、人形は大きく一歩踏み込み刃で影人の首を切断しようとした。

「な、舐めるなよ・・・・・・人形野郎が・・・・・・!」

 影人は力を使って左手が触れている箇所に闇色のゴムを纏わせ電撃を無効化すると、左手のナイフに『破壊』の力を付与した。そして、そのナイフでワイヤーを切断し自由になると刃を紙一重で回避し、人形の胸部に『破壊』纏うナイフを突き立てた。

「!?」

 『破壊』の力を宿したナイフに硬度は意味を持たない。ナイフは深々と人形の胸部に刺さり、そこを基点として黒いヒビが人形の胴体部に奔る。

「調子に乗るのは終わりだ。残骸になりやがれ・・・・! 我が足よ、彼の者を蹴り砕け・・・・・・!」

 影人はナイフの柄から手を離すと、右足を硬化させた。そして、影人は一撃を強化する言葉を唱えると、右足を振り抜きナイフの柄の底を思い切り蹴り抜いた。その結果、押し込まれたナイフは更に深く人形の胸部を穿ち胸部に細かなヒビを入れ、それが広がり人形の胴体部は砕け散った。その結果、頭部と左右の腕部、下半身とバラバラになった人形は地面に転がった。

「・・・・・・悪いな。念には念を入れさせてもらうぜ」

 影人は転がった人形の頭部を見下ろすと、右足に『破壊』を纏わせその足で思い切り人形の頭を踏み潰した。人形の頭部と喜劇の仮面は粉々に潰れた。

「人形にしては中々楽しかったわね」

 影人が人形を無力化すると、シェルディアの声が聞こえてきた。見てみると、悲劇の人形は血の武器によって全身を貫かれ、その頭部も血の槍に貫かれていた。概念の力を用いずに、武器だけであの人形を無力化するとはさすがはシェルディアといったところだ。

(さて、レイゼロールの奴は・・・・・・)

 影人はレイゼロールがいる方へと視線を向ける。恐らく、残っていたレイゼロールはフェルフィズと対峙しているはずだ。まあ、影人とシェルディアが人形と戦っていた時間は長くはないので、あまり動きはないだろうが。影人はそんな事を思っていた。

「・・・・・・お前のご自慢の人形たちは壊れたようだぞ。お前がどこからか呼び出した雑魚の人形たちも品切れと見える。つまり、お前は終わりだ」

 レイゼロールは少し離れた位置にいるフェルフィズにそんな言葉を投げかけた。レイゼロールとフェルフィズの間には何百体もの人形の残骸が散らばっていた。

「やれやれ、困りましたね。私の可愛い作品たちが無惨な姿に・・・・・・そして、あなたの指摘通り私は絶体絶命のようだ」

 フェルフィズは言葉とは裏腹に戯けた顔で軽く首を振った。そして、こう言葉を続けた。

「ですが、私は別にあなた達化け物に勝たなくともよいのです。少しの時間させ稼げればよかった。つまりは・・・・・・私の勝ちですよ」

 フェルフィズがどこからか指輪を取り出しそれを自身の右手に嵌めた。そして、フェルフィズは神器を起動させる言葉を唱えた。

「『行方の指輪』よ、我の行く先を示せ。我の行く先は・・・・・・」

「っ、逃げる気か・・・・! だが、させん・・・・・・!」

 その事を直感したレイゼロールが、神速の速度を以てフェルフィズを捕らえようとした。この場から速度を気にせずに逃げられるとすれば転移だけだが、転移する前の僅かな時間で捕らえればいいだけだ。レイゼロールはそう考えた。影人とシェルディアも同じ事を考え、フェルフィズに向かって一瞬でその距離を詰めようとする。

「「「っ!?」」」

 だが、フェルフィズから2メートル程の場所に足を踏み入れた瞬間、突然フェルフィズを中心に魔法陣が浮かび上がり、フェルフィズを炎が囲んだ。その炎に一瞬3人の足が止まる。そして、その一瞬が決定的となった。

「遠く離れた何処かに。言ったでしょう。僅かな時間さえ稼げればと。私が稼ぎたかったのは、このを仕込む時間ですよ」

「っ? 魔術・・・・・・?」 

 炎を隔てた先から聞こえて来たフェルフィズの言葉を聞いた影人は、「魔術」という聞き慣れない言葉についそう反応してしまった。そして、炎の先にいたフェルフィズは黒い粒子と化しその場から消失した。それに伴い炎も消えた。

「ちっ、逃したか・・・・・・」

「彼はあの炎を魔術と言っていたわね。意外だったわ。まさか、彼が魔術を修めていたとは・・・・・・」

 レイゼロールが舌打ちをし、シェルディアはそんな言葉を漏らした。

「っ、嬢ちゃん。こんな時に聞くのもあれなんだが・・・・・・魔術ってなんだ? 魔法とかと同じものか?」

「少し違うわね。魔術というのは、一部の人間たちが時たまにこちらの世界に流入してきた【あちら側の者】に対抗するために開発した、対抗手段の事よ。精神力や生命力を使って、現象を世界に現す技術とでも言えばいいかしら。まあ、名称は地域によって異なるけど。それらを扱う者は魔術師や魔女、巫女や神官など様々な名前で呼ばれるわ。確か、元々キベリアは人間時代そちら方面の人間だったはずよ。ねえ、レイゼロール?」

「ああ。キベリアは人間時代その養成学校のような所に通っていた。だが、そんな話は今どうでもいいだろう。問題は逃げたフェルフィズをどうにかして捕捉しなければならないという事だ」

 シェルディアに話を振られたレイゼロールは短くそう答えると、至極もっともな言葉を口にした。

「凄えな・・・・・・この世界にはどうやらまだまだ俺が知らない事があるみたいだな。世界ってやつは、まだまだ未知だぜ・・・・・・」

 シェルディアの話を聞いた影人は、ワクワクしたような顔でそんな感想を漏らした。絶賛厨二病の前髪野郎からすれば、シェルディアの話は非常に興味深かった。またシェルディアやキベリアから詳しい話を聞こうと影人は思った。

「さて、じゃあフェルフィズを追うか。俺、まだあいつぶん殴ってないしな」

「だから、奴をどう捕捉するかが問題だと言っているのだ。お前は奴の居場所が分かるのか?」

 影人の言葉にレイゼロールが呆れたような顔でそう聞いた。影人はかぶりを振りながら、しかし小さな笑み浮かべた。

「俺は分からない。だが、フェルフィズの場所は分かるぜ。ここをどうやって知ったか、どうやって来たか忘れたか?」

「っ・・・・・・」

「ああ、そういえば・・・・・・ふふっ、彼女が味方なのは本当随分と楽だわ」

 影人の言葉の意味に気づいたレイゼロールとシェルディア。影人は変わらず小さな笑みを浮かべたまま、こう言った。

「あいつはもう俺たちから逃げられねえよ。どこに行こうとな」














「ふぅ、全く野蛮人のせいで気分が悪い」

 転移場所をランダムに設定したため、どこかの森の中に転移したフェルフィズは軽く息を吐いた。大事な物は基本的に神器で亜空間に仕舞っているので問題はないといえば問題はないが、それでも損失を被った事に変わりはない。フェルフィズは少し苛立っていた。

(しかし、なぜ私の居場所がバレたのですかね・・・・・・あの女も私のアジトは知らなかったはずですが・・・・・・)

 フェルフィズがその事を不思議に思っていると、突然後ろからこんな声が聞こえてきた。


「――よう、逃げたつもりかよクズ野郎」


「っ・・・・・・!?」

 フェルフィズが驚き反射的に後ろ振り返る。すると次の瞬間、鉄拳がフェルフィズの頬を穿った。

「っ〜!?」

 フェルフィズは頬に激痛を感じながら、十数メートルほど殴り飛ばされた。

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