第338話 忌神の屋敷へ潜入せよ

「・・・・・・なるほどな。話は分かった。まさか、フィズフェールの奴があのフェルフィズだったとはな・・・・・・」

 影人の話を聞いたレイゼロールはそんな感想を漏らした。そして、その顔色を怒りと不快感の混ざったものに変えた。

「もしもあいつがまだ生きていれば、我を謀った罪とお前を刺した罪で殺してやろうとは思っていたが・・・・・・どうやら、その機会が訪れたようだな。無論、我も奴の討伐に同行する」

 光と闇の最終決戦の後に、影人から事情を聞いていたレイゼロールはフィズフェール、もといフェルフィズが全ての元凶だという事は既に知っていた。そのため、レイゼロールはフェルフィズに対して怒りと憎しみを燃やしていた。

「まあ、やっぱりお前もそう言うよな。分かった。ならそういう事で」

 シェルディアの隣に座っているレイゼロールの答えを聞いた影人は予想通りといった感じに頷いた。これで影人、シェルディア、レイゼロールの3人がフェルフィズを襲撃する事が決まった。

「それで、いつ仕掛けるのだ?」

「考えてるのは明日だな。俺も学校休みだし。だから、明日また3人でどこかに集まって俺がシトュウさんから念話でフェルフィズの場所を聞く。それで、そこに転移して襲撃って形を考えてるんだが・・・・・・それでいいか?」

「異論はないが・・・・・・シトュウとはあの真界の神の事だろう。お前はなぜ奴と念話が出来るようになっているのだ?」

「それは私も思ったわ。確かに彼女から一方的に念話をされた事はあったけど、あれは彼女の力でこちらからの言葉を返す事は出来ないでしょ? 今のあなたの言い方はそうではなくて、相互的な念話という感じだし・・・・・・」

「ああ、それは・・・・・・」

 レイゼロールとシェルディアが疑問を露わにする。確かに2人にはまだシトュウと念話が出来る事とその理由を話していなかった。影人がその事を説明しようとすると、なぜかぬいぐるみとクロスワードパズルに興じていた零無が、こう言葉を割り込ませて来た。

「シトュウの奴が影人に神力の一部を譲渡したかららしいぜ。だから、シトュウと影人に繋がりが出来て相互間の念話が可能になったんだと。はあー、本当ムカつくよな」

「なっ・・・・・・」

「っ・・・・・・」

 シトュウの言葉を聞いたレイゼロールとシェルディアが驚いた顔を浮かべる。零無に自分が言おうとしていた事を言われた影人は、何でもないようにこう言葉を述べた。

「今零無の奴が言った通りでさ。そのついでに、今まで出来なかった長距離間の転移も出来るようになったんだ。まあ、1度行った事のある場所っていう限定付きだけどな」

「「・・・・・・」」

 影人が言葉を補足すると、レイゼロールとシェルディアはジトっとした目を影人に向けた。2人のその視線に気がついた影人は不思議そうに軽く首を傾げた。

「どうしたんだ? 何か言いたげな感じだが・・・・・・」

「・・・・・・別に。ただ、色々な意味でお前らしいと思っただけだ」

「あなたは不思議と、私たちのような人ならざる存在を惹きつけるものね。彼女に信頼されたという事なのでしょうけど。全く、嬉しいような嬉しくないような・・・・・・」

「?」

 レイゼロールとシェルディアは何やら意味深にそう言ったが、影人にはその言葉の意味がよく分からなかった。

「1つ質問だが、転移もその女がやってくれるのか? 我の転移も基本的には1度行った所に限られる。まあ、この2000年と少しばかりでこの地球上のほとんどの場所は巡ったがな」

「その辺りはまだ決まってないが、シトュウさんは多分お願いしたらやってくれると思う。まあ、他にもソレイユには事情話すつもりだから、ソレイユにフェルフィズの場所を伝えて転移してもらう事も出来ると思うが」

 いつもと同じ様子に戻ったレイゼロールが質問を飛ばしてくる。影人はレイゼロールにそう返答した。

「他に質問とかはあるか?」

「いや、問題ない」

「私もよ」

 確認を取る影人にレイゼロールとシェルディアが首を横に振る。2人の反応を見た影人は話を纏めにかかった。

「よし、じゃあフェルフィズ襲撃の決行は明日。メンバーは俺とレイゼロールと嬢ちゃん。集合場所と時間は・・・・・・嬢ちゃんの家に午後2時。それでいいか?」

 主に家主であるシェルディアを意識しながら影人が最後の確認を取る。2人は今度はその首を縦に振った。

「・・・・・・決まりだな。各自、準備を整えてまた明日に会おうぜ」

 影人がそう言ってイスから立ち上がる。こうして、フェルフィズ襲撃の日程とメンバーは決まったのだった。













「・・・・・・さて、そろそろ時間だな」

 そして1日が経過した5月5日日曜日、午後1時55分。フェルフィズ襲撃の当日。スマホの時計を見た影人はそう呟くと、ペンデュラムを私服のズボンのポケットに入れた。そして、自分の家を出て隣のシェルディア宅へと向かった。

 ちなみに、ソレイユには昨日の夜に事情を伝えてある。ソレイユは最初こそ心配していたが、最終的には「あなた達を信じます。ご武運を」と言ってくれた。

「・・・・・・お前当然のように着いてくるつもりかよ。今日くらい家で大人しく出来ねえのか?」

 影人が自分の横にいる零無に対して、どこか呆れたようにそう言葉をかけた。その言葉に対し、零無はかぶりを振った。

「無理だね。今日は日曜日で、お前の学校もない。前にも言っただろう。お前とずっと一緒にいれる日にお前と離れ離れになるのは耐え難い。それに、吾もあいつが死ぬところとか断末魔とか見たいしな」

「仮にも長い付き合いのある相手にそれ言うのかよ。やっぱり、お前の倫理観終わってんな・・・・・・というか、まだ殺すかどうか分からんぞ。レイゼロールの奴は昨日の感じ、殺す気みたいだが」

 影人は零無にそう言いながら、シェルディア宅のインターホンを押した。零無に対して倫理観が終わっていると言いながらも、自分の言葉も同様な事に影人は気がついていなかった。

「いらっしゃい影人。レイゼロールも少し前に来たところよ」

「こんにちは嬢ちゃん。じゃあ、俺が最後か。おじゃまします」

 玄関のドアが開きシェルディアが出迎えてくれる。影人は挨拶の言葉を返すと、シェルディア宅へと足を踏み入れた。

「・・・・・・来たか」

「お前もこんにちは、レイゼロール」

 リビングに行くと、シェルディアが言っていたように既にレイゼロールがイスに座っていた。

「さて、これでフェルフィズ襲撃のメンバーは揃ったわね。一応聞いておくけど準備や覚悟は大丈夫影人?」

「問題ないよ。俺の準備はこれだけだし、覚悟も出来てるからな」

 影人はシェルディアにペンデュラムを見せながらそう言葉を返した。そして、世間話的にこんな事を聞いた。

「そう言えば、昨日もキベリアさん見てないけど今日もいないな。外出でもしてるのか?」

「ええ。昨日は部屋に篭っていただけなんだけど、今日またレイゼロールが来るって言ったら、1時間ほど前に出て行ったのよ。出不精のあの子が出て行くから、よっぽどレイゼロールに会いたくなかったんでしょうね」

「ふん。別に、我はキベリアに対して何もせんのだがな」

「それはあの子も分かっていると思うわ。多分、あなたの雰囲気が苦手なだけとかでしょう。あの子、けっこう精神面弱いから」

 3人が適当な会話をしていると、襖を開けてそこからぬいぐるみが出て来た。ぬいぐるみは影人を見て、キッチンへと向かった。どうやら、影人の飲み物を用意しようとしてくれているようだ。

「あ、大丈夫だ。どうせすぐに出るからな。ありがとう」

「!」

 影人がそう言うと、ぬいぐるみは「そう? 分かった!」と言うように頷くと、再び襖を開けて部屋の中に戻って行った。

「よし、じゃあそろそろシトュウさんに連絡するか」

 影人が心の中でシトュウに呼びかける。すると、影人の中にシトュウの言葉が響いた。

『準備は整いましたか、帰城影人』

「ああ。今から俺とレイゼロール、嬢ちゃん・・・・・・シェルディアと一緒に襲撃をかける。だから、フェルフィズの居場所を教えてくれ」

 影人が真剣な顔で真界にいるシトュウに対し言葉を放つ。シトュウは『分かりました』と言い、全知の力を使用した。

『・・・・・・フェルフィズの居場所が分かりました。彼の者は、どうやらそちらの世界のスイスという国の民家の中にいるようです』

「っ、スイスか・・・・・・」

 シトュウからフェルフィズの居場所を聞いた影人が、レイゼロールとシェルディアに伝える意味も込めてそう言葉を漏らす。永世中立国である国に、忌神がいるのは一種の皮肉だなと皮肉屋の影人は思った。

「スイスか・・・・・・転移は出来るが、正確な座標が分からんと見当違いな場所に出るな」

「そうね。私も同じだわ」

 影人の漏らした言葉を聞いたレイゼロールとシェルディアがそんな言葉を呟く。その言葉を元に、影人はシトュウとの念話を続けた。

「シトュウさん、フェルフィズの正確な場所は分かるか? 転移にはその情報がいるらしい」

『もちろん分かりますが、長距離間の転移はそれなりに力を消費します。彼の忌神の力が未知数である以上、下手に力を消費しない方がいいでしょう。よって、私があなた達3人を彼がいる場所の近くまで送ります』

「っ、確かにそうだな・・・・・・分かった。じゃあ言葉に甘えさせてもらうぜ。レイゼロール、嬢ちゃん。シトュウさんが転移してくれるってよ」

 影人が2人に対しそう告げる。影人の言葉を受けた2人は了解した事を示すように頷いた。

「影人、吾も一緒に転移するように言ってくれよ。シトュウなら吾も飛ばせるはずだからな」

「ああはいはい、分かったよ。悪いシトュウさん、幽霊も一緒に頼む」

 零無にそう言われた影人は少し面倒くさそうに頷くと、シトュウにそうお願いした。

『分かりました。では、あなた達3人と零無の転移を開始します』

 シトュウの声が影人の中に伝わった次の瞬間、影人、レイゼロール、シェルディアの3人、そして零無が透明の光に包まれ始めた。シトュウの転移の兆候だ。

 そして数秒後、リビングから影人たちの姿が消えた。













 影人、レイゼロール、シェルディア、零無が転移した場所は街中という感じの場所ではなかった。閑静な郊外とでも言えばいいだろうか。第一印象はそんな感じだった。

「っ、ちょっと寒いな・・・・・・あと、靴履くの忘れたな・・・・・・」

 影人は少し肌寒さを感じながら、自分の足元を見た。コンクリートの上にある自分の足を守っているのは靴下だけだった。まあ、スプリガンに変身すればブーツを履く事が出来るのでそこまで問題ではないのだが。靴下もすぐに汚れるという事はないので、以前のように日奈美に怒られる事もないはずだ。

「そう言えばそうね。ええと、替えの靴は・・・・・・」

「ふん。靴など創ればいいだけだ」

 影人の言葉でその問題に気づいたシェルディアは影の中から靴を取り出し、レイゼロールは力で闇色の靴を創造した。

「じゃ、俺も。――変身」

 影人も周囲に人の姿がない事を確認し、ペンデュラムを取り出し言葉を唱える。ペンデュラムの黒い宝石が輝きを発し、数秒後影人の姿はスプリガンへと変わった。そのおかげで、足元に黒の編み上げブーツが顕現する。

「ここはちょっとした丘って感じだな。そして・・・・・・多分、あれがフェルフィズのいる家だ」

 スプリガンに変身した影人は眼下に見える街の景色からそう判断すると、変化した金の瞳を丘上にある一軒の家に向けた。

 その家は大きめの西洋風の屋敷であった。敷地を隔てる鉄の門が聳え立ち、その奥に屋敷がある。これは影人の印象だが、昔学校に1人はいたようないいところのお坊ちゃんやお嬢さまが住んでいそうな家だ。

「間違いないのか?」

「シトュウさんはフェルフィズは民家にいるって言ってた。この辺りにある民家はあそこだけだ。だから、間違いはないと思うぜ」

 確認するようにそう言ってくるレイゼロールに、影人はそう言葉を返した。

「しかし、あの家が彼の忌神の隠れ家だとすると、フェルフィズは随分と素敵な趣味をしているようね。朝の陽光の中にあるあの屋敷は素直に美しいと思えるもの」

 日の高さからこちらの時間が朝であると確認したシェルディアがそんな感想を漏らす。ここから庭の細部まで見る事は出来ないが、パッと見た感じでも庭にある花や草は手入れされているように見えた。

「見た目だけ取り繕ってるんだろうぜ。さて、どうやって侵入する? 正面からの強行突破は流石にリスキーだしな。ここは気づかれないように潜入するべきだと思うが・・・・・・」

 影人が2人に意見を求める。すると、2人はこう言葉を述べた。

「うーん、コソコソするのはあまり性には合わないのだけれど・・・・・・面倒だから、正面からでいいんじゃないかしら」

「別に迅雷の如く正面から突破して奴を捕らえるか殺すかすればいいだけだろう。何なら、我があの家を破壊してやろうか? その方が探す手間も省けるからな」

「え、ええ・・・・・・」

 2人の意見ははっきり言って脳筋だった。あまりに脳筋な意見に影人はドン引きしてしまった。

「ははっ、こいつらアホだな影人」

 今まで黙っていた零無はその言葉を聞いて笑った。今零無は2人にチャンネルを合わせていないので、その言葉が2人に届く事はなかった。

「ちょっと黙ってろよ零無。あのな嬢ちゃん、レイゼロール。フェルフィズの奴は狡猾な神だ。俺を騙したり、自分の死を偽装して神たちも騙してる。そんな奴のアジトには罠やらが仕掛けられてると考えるのが自然だ。いわば、あそこは伏魔殿だ。そこに正面から行くのは良くないだろ」

 影人は2人に対して説得するようにそう言った。影人の最初の言葉を聞いた2人は「何だ零無も着いてきていたのか」的な顔を一瞬浮かべた。

「それはそうだけど・・・・・・」

「ふん、圧倒的な暴の前に罠や策略は意味をなさん」

「ああクソ、ダメだ・・・・・・なまじえげつない力あるせいで、ちょっと納得しかけちまった・・・・・・」

 だが、シェルディアとレイゼロールは尚も不満げな顔を浮かべた。影人は右手で軽く顔を覆った。何だかんだ、スプリガン時にこんな仕草をするのは初めてかもしれない。というか、襲撃前にこんな呑気な会話をしている場合ではない。

(でも、絶対潜入した方がいいと思うんだよな。暗躍し続けてきた俺の勘もそう言ってるし・・・・・・しゃあねえ、何とか説得するか・・・・・・)

 影人は数分かけて2人を説得した。そして、最終的には2人は何とかその首を縦に振ってくれた。

「よし、じゃあ潜入するか。取り敢えず、透明化使って、気配と音も消すか。嬢ちゃん、透明化とか体の音消しとかの力は使えるか?」

「それは出来ないわね。私が姿を消したり出来るのは、あくまで『世界端現』の力だから。しかも、一定の範囲の外に出ると、効果が切れるわ」

「じゃあその力は俺が掛けるよ。で、侵入のプランなんだが・・・・・・」

 影人が簡易的ではあるが、自分が考えた侵入の方法を2人に伝える。その方法を聞いた2人は渋々といった感じで(特にレイゼロール)頷いた。

「よし、なら静かなる襲撃計画を始めるぜ。透明化を使えば互いの存在が認識出来なくなるから、そこは注意だ。まあ、あくまで侵入前までだけどな。嬢ちゃんの透明化の力は俺が家に侵入して少ししたら解除する。いいか?」

「ええ、問題ないわ」

 シェルディアが頷く。影人は真剣な顔で最後にこう言った。

「最終確認だ。レイゼロールは正面玄関から、嬢ちゃんは裏のどこかから、俺は侵入出来る場所を探してから。3人別々の場所から侵入する。もしフェルフィズを見つけたら、合図は派手にだ」

 影人の確認に再び2人が頷く。そして、影人たちはそれぞれ自分たちに透明化と自身の体の音を消す力を施すと、門を飛び越え音もなく家の敷地内に侵入した。

「・・・・・・」

 レイゼロールは正面玄関の前に立ち、闇の力で鍵の構造を調べ合鍵を創ると、玄関のドアを開錠した。

「・・・・・・」

 シェルディアは家の裏に裏口を見つけるとその前に立ち、自身を軽く傷つけ血の剣を創造すると、音もなくドアを切り裂いた。切り裂かれたドアの残骸は床に落ちる前にシェルディアの影によって支えられ、そっと床に置かれた。

「・・・・・・」

 影人と影人に着いてきた零無は屋敷右側面に地下室への入り口を発見した。影人と零無は階段を降り地下室のドアの前に立つと、レイゼロールと同じような方法でドアを開錠した。


 そして、3人と幽霊はフェルフィズの屋敷へと侵入した。


 ――こうして、白昼堂々の襲撃劇が始まった。

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