第337話 忌神への反撃
「――さて、ある程度の準備は整いましたね」
5月3日金曜日、夜も更けた頃。自身が所有する家の書斎にいた男――忌神フェルフィズは、テーブルの上に並べられていた様々な小物や本を見つめながらそう呟いた。机に置かれている小物は謎の液体の入った瓶が複数個、複雑な紋様が刀身に刻まれたナイフといった物だった。
「取り敢えず、彼女が創った杭のような物の擬似代用品は不完全ではありますが作る事が出来た・・・・・・ですが、問題は向こう側に渡る方法なんですよね・・・・・・」
フェルフィズは少し困ったような顔を浮かべた。零無が自分に手渡した、次元の境界を不安定にするクリスタルの棒状のような物は既にフェルフィズの手元にはない。あれは地面に刺して呪文を唱えた瞬間に砕け散った。この世界とあちら側の境界を完全に壊すのにはあれが必要だというのに。もちろんストックはないし、零無にまたあの道具を創ってもらう事は不可能だ。
だから、フェルフィズはその擬似代用品を作った。一応、あの道具を使う前にデータは取っておいたのだ。そのデータを参考にフェルフィズが作ったのが、テーブルの上に置かれたナイフだ。刀身に刻まれた紋様にその効果が含まれている。フェルフィズは物作りの神。その権能は神力を必要としない特殊なものだ。フェルフィズという存在に依存しているといってもいい。ゆえに、フェルフィズは特殊な力を持ったナイフを作る事が出来た。
ただし、フェルフィズが強調しているように、あくまでこれは擬似的なものでしかなく代用品に過ぎない。効果の再現性は零無の作った道具には遠く及ばないだろう。
だが、それでも可能性はある。この世界に混沌と破壊をもたらす事が出来るなら試す価値が。どうせ、フェルフィズの享楽もとい暇つぶしだ。そのために試行錯誤を重ねる事を、フェルフィズは苦とは考えていなかった。
「・・・・・・まあ、もう少し色々方法を考えてみましょう。それに・・・・・・もしかしたら、アレが使えるかもしれませんからね」
フェルフィズがその薄い灰色の瞳を、書斎端に立て掛けられていた物に向ける。そこには布で巻かれてた棒状の物があった。しかし、ただの棒ではなく床に面している棒の先から鋭い刃が飛び出していた。
その刃の色は――闇の如く黒かった。
「――フェルフィズの奴がどこにいるかだって?」
5月4日土曜日、午後2時過ぎ。自宅の自分の部屋でベッドに腰掛けていた影人は、宙を漂う零無に対しそんな質問をした。影人の質問を受けた零無は軽く首を傾げた。
「ああ。気に掛かってた問題が色々と片付いたからな。そろそろ、本格的にあいつをぶん殴りに行こうと思ってよ。お前あいつとつるんでたんだろ。あいつが居そうな場所知らねえか?」
影人が続けてそんな言葉を述べる。魅恋と海公の事、影仁の事も取り敢えずは解決した。向こうの世界からの流入者の問題も復活した光導姫と守護者、そして影人やレイゼロールなどが対応している。残る問題は、元凶であるフェルフィズの討伐だけだ。ようやくその事に集中できる状況になったため、影人はこちらから打って出ようと考えていた。
「うーん、確かに吾はあいつとはまあまあの付き合いだったが・・・・・・吾の方からあいつに会いに行った事はないんだよな。あいつに会いに行くのも面倒だったし、何よりあいつは自分が作った道具か何かで気配を常に隠していたからね。まあ、今思えば吾の事を信用していなかったんだろうな」
零無は軽く唸ると、申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「だから、あいつの居場所に心当たりはないな。すまないね影人」
「・・・・・・そうか。分かった、なら仕方ねえな」
零無の答えを聞いた影人は少しだけ残念そうな顔を浮かべた。
「さて、ならどうやってあいつの場所を探るかね。お前以外にフェルフィズと関わりがある奴なんて・・・・・・」
影人が悩むように言葉を漏らす。すると、零無がこんな事を言ってきた。
「別に悩む必要なんてないぜ影人。フェルフィズの居場所なんて、シトュウに全知の力を使ってもらえば1発で分かる。あの力に気配の隠蔽は意味をなさないからな」
「マジかよ・・・・・・シトュウさん、改めてチートだな・・・・・・」
やはり全ての力を取り戻した『空』とは尋常ならざる存在のようだ。影人は少し引いた顔になった。
「何か、ゲームのバランスブレイカーを仲間にした気分だな・・・・・・まあゲームなら場合によっちゃ冷める展開だが、これは現実だからな。思う存分シトュウさんに頼るとするか。うし、じゃあ早速シトュウさんに念話を――」
影人が言葉通り、シトュウに念話をしようとした時だった。零無がその様子を急変させた。
「おい影人! 今の言葉はどういう意味だ!? シトュウと念話!? シトュウの奴と念話だと!? なぜ、いつシトュウと念話出来るようになったんだ!?」
「うおっ!? きゅ、急に近づいてそんなに声出すなよ。ビビるじゃねえか・・・・・・」
一瞬にして零無が影人に肉薄し、至近距離からその透明の瞳で睨め付けてくる。影人は思わず仰け反った。
「そんな事は些事だ! 早く教えろ! 教えろ教えろ教えろ教えろ教えろ教えろ」
「わ、分かったからそんな呪いみたいに言葉を連呼するんじゃねえよ! というか、3日前に教えなかったか? 父さんに会いに行くために、真界に行ってシトュウさんから神力の一部貰ったって。それで、俺は長距離間の転移とシトュウさんと念話出来るようになったんだよ」
全身から負のオーラを放つ零無に恐怖感を抱いた影人が少し慌て気味にそう答える。こういうところだけは変わっていないので嫌だなと影人は思った。
「聞いてない! 吾でさえお前とは念話は出来ないというのにッ! シトュウの奴めぇ・・・・・・!」
零無は般若のような顔を浮かべギリギリと歯軋りをした。零無の姿はその現在の幽霊としての在り方と相まって、完全に悪霊に見えた。
「じゃあ、俺の勘違いだったか。というか、俺の中にはお前の魂のカケラがあるから、常にお前の姿が見えるんだろ? だったら、念話くらい出来ねえのか?」
「前にも言っただろ。お前の中の吾の魂のカケラは繋がりはあるが既に独立した存在になっている。だから、それを通して念話は出来ない。精神の接続先が微妙に異なるからな。ただ、吾とお前の中にいる吾は本質的には同じ存在だから、吾を感じられるというだけさ」
「? まあよく分からんが、念話は出来ないって事か」
興味本位で聞いたら何だか難しい答えが返って来たので、影人は取り敢えずそう理解した。
「さて、じゃそろそろシトュウさんに念話するか」
影人はシトュウの顔を思い浮かべシトュウとのチャンネルのようなものを意識すると、心の内でシトュウに語りかけた。
『――帰城影人ですか』
「ああ、俺だ。シトュウさん、今ちょっといいか?」
すると、影人の中にシトュウの声が響いた。シトュウに念話をするのはこれが初めてだったので、影人はソレイユやイヴと同じように念話がちゃんと出来る事を確認し、肉声でシトュウにそう言葉を返した。
『一応、境界の修復作業で手は離せないといった感じですが・・・・・・会話くらいなら問題はありません』
「悪い。じゃ、話だけさせてもらう。と言っても、また実質的にお願いなんだが・・・・・・」
影人は自分がフェルフィズに攻撃を仕掛けたい事、だがフェルフィズの居場所が分からない事をシトュウに伝えた。
『・・・・・・なるほど。つまり、私の全知の力でフェルフィズがどこに居るのか知りたいという事ですね』
「ああ。何回もシトュウさんの力を当てにして悪い。だけど、もうシトュウさん以外に頼れるところがなくて・・・・・・」
影人は申し訳なさそうな顔を浮かべた。先日も影仁の事でシトュウを頼ったばかりだ。シトュウは真界最高位の神。そんな存在を気軽に頼るというのは如何な前髪野郎といえども気が引けた。
『別に構いませんよ。本来なら、人間が何度も私を頼るというのは色々と良くないですが、前に言った通りあなたは例外中の例外ですから。それに、元凶たるフェルフィズをあなたがどうにかしてくれるというのならば、私たちも助かりますので』
だが、シトュウはそう言ってくれた。影人は素直に「ありがとう。助かる」と感謝の言葉を述べた。
『ですが、フェルフィズ討伐にはあなた1人で行く気なのですか? 確かに、あなたの戦闘能力は人間の範疇を大きく超え、私と比肩するレベルに至っているとは思いますが・・・・・・』
スプリガンとしての力、『世界』の顕現及び端現、更には『終焉』の力。そして、それらを扱う人間とは思えぬ精神力。その他にも、人間としては考えられぬ神力の使い方の習熟度。戦闘における思考能力の高さなど。影人の力を知り、また影人の戦いを見た事のあるシトュウは、本気で影人が全ての力を取り戻した自分と同等の存在だと考えていた。
「流石にそれはない。俺は別にちょっと力を託されがちな普通の人間だしな。十全な状態のシトュウさんと同レベルではないって」
影人はないないといった感じにそう返答した。影人の言葉を聞いていた零無は「ははっ、神だろうが何だろうが全てを殺せる奴が普通はないな」と笑っていた。普通は引くところだが笑っているあたり、零無の頭のネジがほとんどない事を改めて思い知らされる。
「で、1人で行くかどうかの答えは、イエス・・・・・・って言いたいんだが、まだ分からねえかな。多分、1回ソレイユとかレイゼロールとか嬢ちゃんとかに言っとかないと、またキレられるだろうし。だから、その辺りの答えによっちゃ同行者が増えるかもしれない」
過去の経験から流石にその事を学んだ影人が少し煮え切らない答えを返す。影人の答えを聞いたシトュウはこう言った。
『分かりました。では、全ての準備が整い次第私に連絡してください。その時にフェルフィズの居場所を教えます』
「サンキュー。じゃ、その時が来たらまた連絡する」
影人はそう言ってシトュウとの念話を終えた。
「話は纏ったのかい?」
「ああ、取り敢えずはな。シトュウさんはフェルフィズの居場所を教えてくれるってよ」
そう聞いて来た零無に影人は頷くと、腰掛けていたベッドから立ち上がりテーブルの上に置いていたペンデュラムを手に取った。
『大体話は聞いてたぜ。別にあいつらにわざわざ聞かなくても、1人でカチコミした方が早いし楽しいじゃねえか。日和ってるのかお前?』
「別に日和ってるとかじゃねえよ。ただ、最近怒られまくりだからそろそろ飽きたってだけだ」
ペンデュラムを取るとイヴが語りかけてきた。イヴにそう言われた影人はフッと気色の悪い笑みを浮かべた。格好をつけているつもりなのが哀れである。やはり、所詮は前髪野郎という事か。
『何格好つけてやがる。単純に怒られるの怖いだけだろ』
「ち、ちげえよ。別にそんなんじゃねえし。そんな事よりも、まずは嬢ちゃんの所に行って話しないとな!」
イヴの指摘に前髪野郎はドキリとしたような顔を浮かべたが、誤魔化すようにそう言うと、ペンデュラムをポケットに突っ込み玄関へと向かった。
「なるほど。話は分かったわ。彼の忌神がどういった者なのか気になるし、私も同行させてもらうわ。協力するとも言ったしね」
数分後。隣のシェルディア宅を訪れた影人は、シェルディアにフェルフィズ討伐に自分が赴こうとしている事を話した。その話を聞いたシェルディアは、紅茶のカップを置くとそう答えを述べた。
「予想はしてたけど・・・・・・やっぱりか。別に嬢ちゃんの強さは知ってるから来るなとは言わないが・・・・・・危ないのは危ないぜ」
シェルディアの対面に座っていた影人は、その答えを聞いてそんな言葉を返した。
「ああ、ここは『湯治』だろう。それでこっちは・・・・・・」
「!」
ちなみに、当然の如く影人について来た零無はぬいぐるみが解いていたクロスワードパズルを見ながらアドバイスをしていた。ぬいぐるみは「なるほど!」といった感じで頷き、握っていたペンを奔らせた。
「どちらかと言うとそっちの方がワクワクするわ。それに、それはあなたも同じでしょう? 私やレイゼロールなどとは違って、あなたは常に不死というわけではないのだし」
「おおう、流石何千年も生きる不死者。俺たちとはその辺りの感覚が違うな・・・・・・まあ、危ないって事については確かにお互い様だな」
シェルディアの指摘に頷いた影人は、出されていた水を飲み喉を潤すとこう言葉を続けた。
「じゃ、嬢ちゃんは俺と一緒にフェルフィズの奴ぶん殴るって事で。後、話しておかないと文句言われそうな奴はソレイユとレイゼロールと・・・・・・」
「あらあら、きっと片手や両手の指じゃ足りないわよ」
影人が次に誰に話すかといった感じで指を折る。その様子を見ていたシェルディアは小さく笑っていた。
「でも、襲撃に大人数は連れて行けないから、今回は限られた人数で行くべきね。フェルフィズの力は未知数だから、その限られた者たちの戦闘能力も高い者たちが望ましい」
「だよな。加えて死ぬ可能性が極端に低い奴となると・・・・・・俺と嬢ちゃん、それにレイゼロールと闇人くらいか。だが、闇人の奴らは前回が例外だっただけだし、現実的なのは俺と嬢ちゃんとレイゼロールの3人って感じだな」
「そうね、私もそう思うわ。レイゼロールも話を聞けば自分も行くと言うでしょうし」
シェルディアが頷き同意の意を示す。シェルディアの同意を得た影人は「よし、じゃあ取り敢えずそれで」と首肯した。
「となると、次はレイゼロールに連絡取らないとな。ソレイユの奴にはその後に事情話すか」
「なら、レイゼロールへの連絡は私がしましょう。最近何かと相互間で連絡を取る必要があるから、レイゼロールの血を染み込ませた便箋があるの。多分、すぐに来ると思うわ」
シェルディアはそう言うと、自分の影の中からマジックアイテムである便箋と普通のペンを取り出した。そして、便箋に「影人があなたに話があるから、影人の気配のある場所まで転移してきて」と記す。必要な事を記したシェルディアは影からライターを取り出すとそれを燃やした。
「・・・・・・それ、火災報知器鳴らない?」
「これもマジックアイテムで、熱とかは発生しないから大丈夫よ。対象にただ燃やすという事象を与えているだけだから」
「うわー、便利アイテム・・・・・・」
そうこう言っている内に、便箋は完全に燃え散った。
そして数分後。シェルディア宅にレイゼロールが転移してきたのだった。
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