第336話 再会、父よ

「あなたの父親の居場所・・・・・・ですか」

「ああ。零無の呪いが解けた今、父さんが世界を放浪する必要はなくなった。だから、それを伝えに行きたいんだ。・・・・・・まあ、生きていればだけどな」

 影仁の生死を影人は知らない。ゆえに、影人は少し暗い声でそう言葉を付け加えた。

「・・・・・・分かりました。なら、あなたの父親の生死を確かめ、生きていれば居場所を教えましょう。そして、あなたをそこに送ればいいのですね?」

「ありがとう。そうしてほしい」

「礼の言葉は不用ですよ。私はあなたに対して当然の事をするだけですから」

 シトュウが軽く首を振る。影人が父親と離れ離れになった理由はシトュウたち真界の神のせいだ。そして、今のシトュウは真界の最高位の神。全ての責任を負う立場だ。全ての責任は自分にある。こんな事で贖罪になるとは思っていないが、せめてものという感じでシトュウはそう言ったのだった。

「あなたの父親の名前は帰城影仁でしたね。まずは、生死を調べましょうか」

 シトュウがその事を識ろうとすると、シトュウの透明の瞳に無色の光が瞬いた。その光は、シトュウが全知の力を使用したという事を示していた。

「・・・・・・帰城影仁は生きています。健康の状態も付加情報として識りましたが、元気といって何ら問題ない状態です」

「っ、そうか・・・・・・」

 シトュウの言葉を聞いた影人が安堵の顔になる。生きているはずと信じ続けていたが、正直不安はあった。影仁はもうこの世にいないのではないかと。だが、シトュウの何よりも証拠になる言葉を聞いて、影人は珍しく緩んだ笑みを浮かべた。

「帰城影仁が今いる場所は・・・・・・地上世界の北欧の国、ノルウェーですね。彼はその山の中に流れる川で釣りをしています」 

 シトュウが続けて全知の力を使用する。シトュウの言葉を聞いた影仁は「ノルウェー・・・・・・」と鸚鵡返しに呟いた。

「てか、ノルウェーの山の中で釣りって・・・・・・何だかんだ旅楽しんでるんだな、あの人」

 「俺はちょっくら世界を回ってくるぜ。ついでに観光と呪いを解く方法でも探してくるわ」影仁は最後にそう言っていたが、どうやらちゃんと有言実行しているらしい。大した人間だと影人は思った。

「では、あなたをそこに送ります。準備はいいですか?」

「あ、ああ。ちょっと緊張はしてるが・・・・・・うん。大丈夫だ」

 影人は右手で軽く心臓の部分に触れた。約7年ほど前に生き別れた父親と会うので、影人にしては珍しく緊張しているが問題はない。

「それでは、転移を――」

 開始します。シトュウがそう言おうとすると、何かを思い出したように影人が「あ!」と大きな声を上げた。

「わ、悪いシトュウさん。やっぱりちょっと待ってくれ。大事な事忘れてた」

「? それは何ですか?」

 首を傾げるシトュウ。そんなシトュウに影人はこう答えた。

「転移だよ。送ってもらえるのはありがたいんだが、帰りはどうやってシトュウさんにコンタクト取るかってのが問題なんだ。俺、実は長距離間の転移出来ないんだよ・・・・・・だから、日本には自力で帰れない」

 影仁と会えば多少は事情を話す時間がいる。その間に転移などされてしまえば、状況は余計に混乱する。転移のタイミングを影人からシトュウに伝えられないというのは、かなり困る事になるのだ。

「ふむ、そうでしたか。意外ですね、あれほど神力を自在に操り、私をも殺せるあなたが長距離間の転移だけは出来ないというのは」

「いや、そりゃ俺にも出来ない事は当然あるよ。だって俺普通の人間だし」

 本当に意外そうな顔を浮かべるシトュウに、影人は真顔でそう言葉を述べた。自分は少々特殊な状況に巻き込まれがちで、色々と普通ではない力を託されがちなだけの、運が悪い人間だ。影人は本気で自分の事をそう思っていた。

「あなたを普通の人間に分類していいのかは甚だ疑問ですが・・・・・・事情は分かりました。要するに、あなたが長距離転移が出来るようになるか、私と相互方向からいつでも連絡出来るようになればいいのですね。ならば、両方をあなたに与えましょう」

 シトュウはそう言うと、スッと右手の人差し指を影人の方へと向けた。すると、人差し指の先から透明の小さな光が出現した。その光はフワフワと影人の方へと近づいて来る。

 そして、その光は影人の胸の中へと吸い込まれていった。

「っ・・・・・・? シ、シトュウさん。今のはいったい・・・・・・」

「私の神力のほんのごく一部です。それをあなたに譲渡しました。その中には、長距離転移を使える力があります。まあ、1度行ったことのある場所だけという限定は付きますが。ですが、今回は日本に帰るだけなので問題はないでしょう。使い方は、光景を頭に思い浮かべ、神力を使うだけです」

 戸惑う顔を浮かべる影人にシトュウが説明する。その説明を聞いた影人は「なるほど。ルー◯みたいなものか・・・・・・」と頷いた。

「それと、私の神力の一部を譲渡した事で私とあなたに繋がりが出来ました。あなたと女神ソレイユと同様の状態になったという事ですね。そういうわけですから、私とあなたは念話をする事が可能です。念話の方法はあなたもよく知っているでしょうから、説明は省きます」

「マ、マジかよ・・・・・・確かにそれはそれで楽だしありがたいんだが・・・・・・その、そこまでしてもらってよかったのか? 何か真界のルールとかに接触してそうだが・・・・・・」

 続くシトュウの説明を聞いた影人が、少し不安そうな顔を浮かべる。『空』の神力のごく一部でも、人間に譲渡するのはよろしくないのではと、影人は今までの経験(主に神力の人間への譲渡の禁止)から考えた。

「当然と言っては何ですが、神力の譲渡の禁止は私にも当て嵌ります。ゆえに、私の行為は『空』としても、1柱の神としても褒められたものではありません。・・・・・・ですが」

 シトュウは恐らくは無意識だろう。少しだけほんの少しだけ口角を上げた。

「あなたにならばいいだろうと思ったのです。こんな気持ちを人間に抱き、また本当に神力の一部を人間に譲渡するなど、少し前の私なら考えもしませんでした。不思議な人間です、あなたは。後、もう1つの理由としては・・・・・・色々と例外ですからねあなたは。だから、まあいいかと」

「その理由なんか色々投げやりになってません・・・・・・? でも、ははっそうか。何かシトュウさん、最初に会った時よりも随分と人間らしいというか、感情が見えるようになったな。いや、もしかしてそっちが素なのか?」

「・・・・・・そうですか?」

 笑う影人を見たシトュウはよく分からないといった感じの顔で首を傾げた。シトュウからしてみれば、そんな自覚はなかったからだ。逆にシトュウにそう問い返された影人は、変わらず笑いながら頷いた。

「少なくとも、俺から見たらな。でも多分、零無の奴もそう言うんじゃねえかな」

「・・・・・・別に私も感情を有する生物です。無感情な存在というわけではありませんから」

 シトュウはフイと影人から顔を背けた。その仕草がどこか照れ隠しのように見えた。

「そりゃ失礼。でも、俺は今のシトュウさんの方が好きだな」

「っ・・・・・・あ、あなたの好みの話などは聞いていません。問題は解決されたので、転移を開始しますよ」

 シトュウは少し強引に話を終わらせると、言葉通り転移の準備を始めた。なぜか無性に羞恥の情を抱いたからだ。ついでに、顔も少し熱いような気がした。

「ああ、分かった。本当、ありがとうなシトュウさん」

 だが、影人はシトュウのその様子に全く気づいていなかった。影人の体が透明の光に包まれる。

 そして数秒後、影人はその場から姿を消した。













 シトュウの転移によって、影人はノルウェーのある山の中にいた。転移した影人は少し肌寒さを覚え軽く身を縮こませた。

「寒っ・・・・・・今は5月のはずなのに、流石北欧だな。いや、山の中だからそう思うだけか?」

 周囲を見渡しながら影人はそう呟いた。太陽の高さからするに、どうやらノルウェーはいま朝のようだ。正面には高い岩肌が露出している山が見える。周囲には森があるがそれほど深くなく、また木も高くない。影人の右手側には川が流れている。影人の勝手なイメージだが、ザ・北欧といった感じの山だ。

 ちなみに補足しておくと、ノルウェーと日本の時差は8時間なので、ノルウェーの現在の正確な時刻は午前8時過ぎだ。本来なら朝の忙しい時間帯だが、ここは山の中という事でそんな喧騒とは無縁だった。

「空気がめちゃくちゃ澄んでるな・・・・・・さて、父さんはどこにいるかね。それ程離れた場所に転移はされてないだろうが・・・・・・」

 取り敢えず、シトュウは影仁が釣りをしていると言っていたので川沿いに歩こう。影人はそう考えると、川の流れに沿って(つまり下流側に)歩き始めた。もし間違っていても、最終的にはシトュウに正確な居場所を聞けばいいだけなので、影人の気は楽だった。

 体感時間にして5分くらいだろうか。影人が川沿いに歩き続けていると、正面の方からこんな鼻歌が聞こえてきた。

「ふふふん〜♪ うーん、中々釣れないな・・・・・・釣れてくれなきゃ、朝飯がヤバいんだけどな・・・・・・」

 鼻歌に導かれるように影人が進むと、影人の視界内に釣りをしている1人の男の姿が見えた。ボロい砂漠色のマントを纏った中年の男だ。髪の色は黒でボサボサの無造作な髪型。髪の長さは長めだ。無精髭も生えたその男は、身体上の特徴から見るにアジア人、特に東洋人に思われた。男は木の棒に糸でミミズのような生き物を餌で括り付けた簡素な釣り竿を水から上げて、軽くボヤいていた。

「っ・・・・・・」

 その男の姿を遠目から確認した影人は、前髪の下の両目を見開いた。無意識に体も少し震える。

(ああ、間違いない・・・・・・間違いない・・・・・・)

 一目見た瞬間に分かった。影人の魂が覚えていた。あの別れた時から、姿は多少変わっている。それでも、影人には分かった。

「・・・・・・」

 影人はゆっくりとその男の方へと近づいて行った。川沿いの道には砂利というか細かい石が敷かれていたので音が立った。

「ん?」

 その音で、釣りをしていた男が影人に気がついた。影人は男から少し離れた所で立ち止まった。

「ん、んん? ノルウェーの山の中に日本の学生服来た若者・・・・・・? 俺は夢でも見てるのか? ていうか、前髪長えな・・・・・・」

 男は左手で軽く自身の頬をつねった。すると、確かに痛みがあった。という事はこれは夢ではないという事だ。だが、なぜ急に山の中に前髪が凄く長い学生服を来た若者が現れたのか。まるで白昼夢のような光景だ。男は状況が理解できなかった。

「・・・・・・久しぶり。・・・・・・父さん」

「と、父さん???」

 そんな男に影人はそう言葉を掛けた。影人のその言葉を聞いた男は最初意味が分からないといった顔を浮かべていたが、やがて何かの答えに辿り着いたのかその顔を驚愕の色に染めた。

「っ・・・・・・!! なっ・・・・・・お、おま、お前、もしかして・・・・・・影人・・・・なのか・・・・・・?」

「ああ・・・・・・そうだよ」

 震える声で言葉を絞り出したその男――帰城影仁に、影人は静かに頷いたのだった。















「・・・・・・」

「・・・・・・」

 数分後。影人と影仁は、先ほどの川沿いから少し離れた所にあったボロいテントの前で焚き火を囲んでいた。影仁から聞いた所によるとこのテントは影仁のものらしく、唯一といっていい携帯道具だと言っていた。

「・・・・・・衝撃も色々と聞きたい事もあると思う。だけど・・・・・・よかったよ。こうして、また父さんに会えて」

 前髪の下の目でパチパチと音を立てる火を見つめながら、影人はそう言った。

「・・・・・・ああ、俺もだよ。お前や穂乃影、日奈美さんの事を考えない日はなかった。・・・・・・いやでも、正直たまには考えなかったかも。俺も色々あったからなぁ・・・・・・」

 影仁が苦笑いを浮かべる。影仁の言葉を聞いた影人は「・・・・・・うん、そうだろうね」と小さく頷いた。

(約7年間だ。父さんは何の準備もなく1人で世界を放浪し続けた。その苦労はどれほどのものだっただろう。だけど、父さんはこうして俺の前にいる。一種の奇跡みたいなもんだ)

 影人が内心でそんな事を考えていると、影仁がこんな事を言って来た。

「しかし・・・・・・びっくりしたぜ。久しぶりに会った息子は前髪が尋常じゃなく長くなってるし。影人、お前何でそんな前髪伸ばしてるんだ? それとも、今日本じゃそういう髪型が流行ってるのか?」

「この髪型が流行ったら流石に終わりだよ。・・・・・・これは俺なりの戒めみたいなもの・・・・・・だったって感じだ。今はまあ・・・・・・慣れ過ぎたからこのままの髪型にしてる」

「っ、そうか・・・・・・でも、うん。自分が気に入ってる髪型が1番だからな。似合ってると思うぜ」

 影人の言葉のニュアンスから何かを感じ取った影仁は一瞬辛そうな顔を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべるとそう言ってくれた。

「・・・・・・俺と別れた時、お前は10歳で7年経ったから今は17歳で今年中には18歳か。ああ本当に・・・・・・本当に大きくなったな」

 成長した影人の姿を見て影仁はしみじみとした様子でそう呟いた。その目には涙が浮かんでいた。だが、意地からか影仁はその涙を溢す事はしなかった。

「・・・・・・まあ、時の経過の結果だよ」

「ははっ、何かお前らしい答えだな。出来れば、日奈美さんと穂乃影の様子も教えて欲しいし、他にももっとお前と話したい事はあるんだが・・・・・・今はそれよりもお前に聞かなきゃならない事があるからな」

 影仁がその顔を真剣なものに変える。そして、影仁は影人にこう質問した。

「影人、お前は何で俺の居場所が分かった? どうやってここまで来た? ・・・・・・お前が俺の前に現れた理由は何なんだ?」

 影仁からしてみれば当然の無視できない疑問。その疑問をぶつけられた影人が口を開く。

「・・・・・・俺もあれから色々とあってさ。ちょっと特別な奴らと知り合いになったんだ。父さんのいる場所とか、ここに俺がいる理由はそいつらの力を借りたからだ。悪いけど、今はこれくらいしか言えない。それで、もう1つの質問・・・・・・俺が父さんの前に現れた理由は、父さんにある事を伝えに来たからだよ」

 影人が前髪の下の両目で影仁の目を見つめる。そして、影人はその伝えたい事を述べた。

「父さん、父さんに掛かった呪いはもう解けた。だから・・・・・・もう父さんは戻って来ていいんだ。俺たちの所に」

「なっ・・・・・・」

 その言葉を聞いた影仁が驚いた顔になる。影仁はしばらく言葉を失っていたが、やがて震えた声でこう言葉を漏らした。

「ほ、本当・・・・・・なのか・・・・・・?」

「うん。証拠はないから見せられないけど・・・・・・本当だよ。色々あってあいつの、零無の封印が解けて、戦って・・・・・・最終的には一応、和解って形になるのかな。まあ、俺はそう思ってないけど。そういう事で、あいつに呪いを解除させた。だから、もう父さんを縛る呪いは消えてる」

 信じられないといった顔を浮かべる影仁。影人は影仁に改めてその事実を伝えた。

「そう・・・・・・か・・・・・・そう、なのか・・・・・・は、ははっ・・・・・・」

 影仁は泣き笑うような顔になると、右手で顔を覆った。そして、そのまま顔を落とし体を震わせた。

「ありがとな・・・・・・本当にありがとな影人ぉ・・・・!お前にばかり無理させちまって・・・・・・! 俺は本当にダメな父親だ・・・・・・!」

 影仁は顔を伏せていたが明らかに泣いていた。感情がぐちゃぐちゃになったのだろう。無理もない。長年苦しめられていた呪いが解けたという事を知ったのだ。感情の処理がそう簡単に追いつくはずもない。

「そんな事はない。絶対にそんな事はないんだ。あなたがダメな父親であるはずがない。俺を庇ってたった1人、今日まで世界を放浪し続けたあなたが自分を責める必要なんてないんだ・・・・・・! 謝らなきゃいけないのは俺の方だ。ごめん父さん。こんなに時間が掛かって。全部、全部俺のせいだ・・・・・・! そして、ありがとう。あの時俺を守ってくれて。ずっと言いたかった。本当に本当にありがとう・・・・・・!」

 自身を責める影仁を影人は否定した。そして、自身の溢れ出る思いを影仁にぶつけた。

「ああ、ちくしょう・・・・・・息子の言葉が沁みるぜ。でもな、影人。親が子供を守るのは当たり前の事なんだ。だから気にし過ぎるな。俺はお前を守れた事を誇りに思ってるし、あの時の俺の行動を後悔してないから」

 影人の真摯な思いを受けた影仁が顔を上げ、笑みを浮かべる。その目元は案の定赤く腫れていた。

「でも、マジで今のお前の事が気になるな。あのヤバい女と戦ったって事は、普通じゃない世界と関わった、いや現在進行形で関わってるって事だろ? 大丈夫かお前? 日奈美さんや穂乃影はその事を知ってるのか?」

「いや、母さんと穂乃影は知らない。心配はさせたくなかったから。俺の事はさっきも言ったみたいに詳しくは教えられないけど・・・・・・大丈夫だよ」

「っ、そうなのか・・・・・・分かった。お前がそう言うならめちゃくちゃ気にはなるが、深くは聞かない。人間誰しも、家族にも言えないような秘密はあるからな。俺も絶対他言はしない」

「ありがと。助かるよ」

 理解を示してくれる影仁に影人は感謝した。

「父さん、これは提案なんだけど・・・・・・今から一緒に俺と日本に戻らない? 俺ちょっと特殊な力があって数秒あれば日本に戻れるんだ。だから、俺に触れてれば父さんも一緒に日本に帰れるよ」

「え、お前超能力者にでもなったのか・・・・・・? あ、でもそうか。お前が制服姿のままここに来たのはその力があるからなのか・・・・・・」

 影人の言葉を素直に信じた影仁が相変わらずの勘の良さを発揮する。普通なら息子がそんな事を言えば「は? 頭大丈夫か?」と不審な目を向けられるか、もしくは「そうか・・・・・・実は父さんも昔はそんな事言ってたんだ」と温かい目を向けられるところだが、この世界には自分の常識では測り知れない事があると、7年前の出来事や旅中の経験などから影仁は知っているので、影仁はそんな目を影人に向けなかった。

「せっかくの提案だし、すげえ魅力的なんだが・・・・・・悪い。俺は1人で日本に戻るよ。ちょっとお礼言いたい人とかもいるし。それに・・・・・・今からすぐに日奈美さんに怒られる準備も出来てないしな」

 影仁の答えは否だった。その答えを聞いた影人は影仁の意見を尊重した。

「確かに、怒った母さんは怖いもんね・・・・・・分かった。なら、俺は父さんが帰ってくるまで待ってるよ。もちろん、母さんと穂乃影にはまだ言わないから」

「すまん。そうしてくれ。出来るだけ早く帰るから」

 申し訳なさそうに影仁が手を合わせる。影人はかぶりを振った。

「全然。でも、俺たちあれから引っ越したから家変わってるんだ。紙とペンある? 今の住所教えるから」

「あ、そうなのか。ちょっと待てよ、メモとペンは確か・・・・・・」

 影仁がマントの内を弄る。すると、ボロボロのメモ帳と黒のボールペンが出て来た。影仁はそれを影人に渡した。影人はその紙に現在の住所を書き込んだ。

「はい。これが俺たちの今の住所。絶対なくさないでくれよ」

「あいよ。命よりも大事にするよ」

 影人から受け取ったメモを影仁は大事そうに握った。メモに軽く目を通した影仁は「へえ、今はマンションに住んでるのか・・・・・・」と呟いていた。

「・・・・・・じゃあ、俺は日本に戻るよ。本当は俺もまだまだ話したいけど、そんな事してたら向こうの日が暮れるしね。話はまた今度、父さんが日本に戻って来た時にって事で」

 影人はゆっくりと立ち上がった。影仁は自身も立ち上がると明るく笑った。

「ああ、そうしよう。ありがとな影人。今日は嬉しくて楽しかった。気をつけて帰れよ」

「別に礼はいらないって。俺もやるべき事をしただけだから」

 影人は少し照れたようにそう返事をすると、影仁に背を向け数歩歩いた。そして、ズボンのポケットからペンデュラムを取り出すと、

「変身」

 そう呟いた。すると、ペンデュラムの黒い宝石が黒い光を発し影人の姿をスプリガンへと変化させた。

「っ!? え、影人その姿は・・・・・・」

 変身した影人を見た影仁が驚いた顔でそう言葉を漏らす。影人は半身振り返ると、その金の瞳を影仁に向けこう言った。

「・・・・・・俺のもう1つの姿ってところかな。力を使って日本に帰るにはこの姿でしか出来ないからさ。じゃ、またな父さん」

「っ・・・・・・ああ、またな」

 疑問と好奇心が湧き上がって来るが影仁はそれらを抑え付け、再会を誓う言葉を返した。7年前と同じように。だが、今度はそこに悲しさはなかった。

「さあ・・・・・・試すとするか」

 影人がシトュウから受け取った長距離間の転移の力を使用する。影人は自分の家の近くを思い浮かべた。

 すると、影人の体が黒い光に包まれ始めた。そして、光が影人を包むと影人は黒い粒子となってその場から消えた。

「うおっ、マジで消えた・・・・・・ははっ、どうやら俺の息子は凄え奴になっちまったみたいだな」

 その光景を見ていた影仁はそう呟くと、晴れ渡る青空を見上げた。

「・・・・・・うし。んじゃ、早速支度するか。まずは、ドイツのクラウスの所にでも・・・・・・」

 影仁が気を取り直すようにそう呟くと、グゥと腹が鳴った。

「あ・・・・・・そういや、朝飯まだだったな。仕方ない、まずは朝飯確保するか。腹が減っては何とやらだ」

 影仁は苦笑すると、釣り竿を持って再び川に向かった。


 ――こうして、とある親子の再会は果たされた。

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