第335話 ある願い

「――シトュウ様と直接会いたい、ですか?」

 5月2日木曜日、午後4時過ぎ。神界のソレイユのプライベートスペースに来ていた影人は、ソレイユにそう言った。影人の言葉を聞いたソレイユは少し不思議そうに首を傾げた。

「・・・・・・ああ。シトュウさんから俺にコンタクトは出来るが、俺の方からは出来ないからな。だから、お前なら連絡取れるかなって思ってよ。ほら、お前この前シトュウさんに会いに行っただろ」

 ソレイユの反応に影人はそう言葉を返した。あのパーティー以降機会がなかったが、影人はシトュウにあるお願いをしたいのだ。そのためには、まずシトュウと会う必要があった。ちなみに、零無は例の如く地上に残して来た。

「確かに、私はこの前真界に行ってシトュウ様と謁見しましたが・・・・・・私は真界への門は開けませんよ。この神界で門を開く事の出来る神は長老だけです。私とラルバも長老が開いた門で真界に行ったのです。事前にシトュウ様から入界の許可を頂いて」

 影人の言葉を聞いたソレイユがふるふると首を横に振る。ソレイユにそう言われた影人は残念そうな顔を浮かべた。

「あー、マジか・・・・・・うーん、じゃあどうすっかな。他に真界への門開ける奴って言ったら、レゼルニウスの奴しか知らないし・・・・・・でも、あいつと会う方法は分かんねえしな・・・・・・」

 影人が困ったようにブツブツと言葉を呟く。そんな影人にソレイユはこう言った。

「別に悩む必要なんかないじゃないですか。長老に門を開いてもらえばいいだけですし。長老もあなたには会いたがっていましたし、ちょうどいいじゃないですか」

「いや、それはそうなんだが・・・・・・出来れば会いたくないっていうか・・・・・・」

 イレギュラーである自分は神界の長に嫌われていると思っている影人は気が進まなかった。

「何言ってるんですか。別に、長老はあなたを叱りなんてしませんよ。ほら、長老の所に連れて行ってあげますから、行きますよ」

 ソレイユはそう言うと右手を虚空に向けた。すると、そこに光のゲートが現れた。

「お前には人間の心の機微ってやつが・・・・・・っておい! いきなり手を引っ張るな!」

「何が心の機微ですか。図々しいあなたにそんなものはないでしょう」

 ソレイユが左手で影人の右手を握る。ソレイユは神力を使って自分の力を強くすると、影人を引き摺るようにゲートへと向かった。

「やめろ、心の準備が――」

「だから、そんなものはいりませんよ」

 そして、ソレイユと影人はゲートを潜った。












 ゲートを潜った先にあったのは、巨大な宮殿だった。色は白で様式としてはギリシャ風のように見える。空の色は澄み渡る青。空の色と相まって、その宮殿はとても美しく見えた。

「ここは・・・・・・」

「神界の中心部『雲上の宮殿』です。その名の通り、空の上に浮いている宮殿です。神々が召集を受けたり会議をしたりする際に主に利用されます」

 周囲を不思議そうに見渡す影人に、ソレイユはそう説明した。

「へえ・・・・・・何だかんだ、神界でお前のプライベートスペース以外に来たのは初めてだからな。なるほど、神界にはこんな場所があったのか・・・・・・」

「ええ。他にも神界には色々素敵な場所がありますよ。地上には美しい花畑や庭園もありますし。ですが、今日用事があるのはこの宮殿です。長老は大体いつもこの宮殿にいますから。さあ、私に着いて来てください影人」

 珍しがっている影人にソレイユはそう言った。そして、ソレイユは宮殿に向かって歩き始めた。

「あ、おい! ・・・・・・はあー、仕方ねえ。ここまで来たら腹を決めるか・・・・・・」

 影人はため息を吐くと、ソレイユの後を歩き始めた。











 宮殿内は外見に見合う美しさだった。白を基調とした宮殿内は細かな彫刻の施された柱がいくつもあり、天井はガラスを通して暖かな光が降り注ぐようになっていた。

「・・・・・・芸術関連の事はよく分からんが、綺麗なもんだな。荘厳というか何というか・・・・・・」

「ここは神々が集う場所ですからね。それに見合う建物だという事です」

 床に敷かれているブルーのカーペットの上を歩きながら、ソレイユが影人の呟きに答える。そして、ソレイユと影人がしばらくの間宮殿内を歩き続けていると、正面に白い扉が現れた。その扉は両開きのタイプでこれまた美しく細かな彫刻が施されていた。

「ここです。この扉の先に長老はいるはずです」

「そうか・・・・・・」

 扉の前で立ち止まったソレイユが影人の方を向く。ソレイユにそう告げられた影人は、ただ一言そう呟いた。

「・・・・・・じゃ、その長老とご対面と行くか。ソレイユ、紹介だけ頼むぜ」

「それはもちろん。では、開けますよ」

 ソレイユが軽く力を込め扉を開ける。扉が内開きに開き、室内をソレイユと影人の目に映す。

 そこは大きな広間だった。物はほとんどなく、中央奥に簡素なイスが置かれているだけだ。円状の部屋の外縁部には縦長の窓があり、天井には不思議な光が灯っていた。日の光とは違うが、暖かな光だ。ソレイユのプライベートスペースに満ちる光に似ている。影人はそう思った。

「――む、ソレイユか?」

 この部屋にある唯一のイス。そこに座っていた老齢の男がソレイユと影人に目を向けそう声を掛けてきた。名前を呼ばれたソレイユは「はい」と頷くと、その老齢の男に挨拶の言葉を述べた。

「こんにちは長老。今日は長老が会いたいと言っていた人間を連れて来ました。紹介します。彼が私が神力を託した人間、帰城影人です」

「・・・・・・こんにちは。帰城影人です」

 ソレイユに紹介された影人がペコリと軽く頭を下げる。紹介の言葉を聞いたガザルネメラズは、軽く目を見開いた。

「おお、君が・・・・・・そうか、来てくれたか。ありがたい。ワシは一応、この神界の長をしておるガザルネメラズというものじゃ。よろしく頼む」

 ガザルネメラズはイスから立ち上がると、しっかりとした足取りで影人の方に近づいて来た。そして、好々爺とした笑みを浮かべ右手を差し出して来た。

「あ、どうも」

 影人は差し出された手を軽く握った。そして、影人は少し不思議そうに前髪の下の目でガザルネメラズを見つめた。

「ん? どうかしたかの?」

 ガザルネメラズは前髪の下の目線に気づいたのだろう。影人にそう聞いて来た。

「あ、いえ・・・・・・その、神は不老不死なのに歳を取るのかと思って。俺が会った神はみんな若い姿でしたから」

「なるほど、確かに疑問に思うかの。君の言う通り、確かに神は不老不死。肉体が一定成長すれば、それ以上は老いんよ。ワシが老いた姿なのは、肉体を変化させているからじゃ。この姿の方が、威厳があるからの。一定の期間を生きた神は自分の肉体を好きに変化させる事が出来るのじゃ。もちろん、若い姿にもなれるぞ」

「そうなんですか・・・・・・」

 ガザルネメラズの答えを聞いた影人は納得すると、握っていた手を下ろした。という事は、ソレイユやラルバ、レイゼロールやシトュウも見た目を変化させる事が出来るのかなと影人は思った。

「長老。実は、影人は長老にお願いが――」

 影人とガザルネメラズの挨拶が済んだところで、ソレイユが早速影人がここに来た本当の理由をガザルネメラズに伝えようとする。だが、そのタイミングで、

「っ、これは・・・・・・すみません影人。【あちら側の者】が地上世界に現れたようなので、私は対応しなければなりません。なので、私は自分のプライベートスペースに戻ります。すみませんが、後は適当に!」

 ソレイユは真剣な顔で影人にそう告げると、ここに来た時と同じ光のゲートを開いた。

「っ、俺は行かなくて大丈夫なのかよ?」

「気配がそれ程大きくはないので大丈夫です! ではまた!」

 ソレイユは影人にそう答えを返すとゲートを潜った。ソレイユが潜るとゲートは1人でに消えた。

「・・・・・・あの子もまた忙しくなってしまったの。ようやっとレイゼロールと和解したというのに。・・・・・・全てはワシらのせいじゃ」

 ガザルネメラズは少し悲しげに、申し訳なさそうにそう言うと、影人の顔を見て深く頭を下げて来た。

「帰城影人くん。君には本当に感謝しとる。レイゼロールを、ソレイユとラルバを救ってくれてありがとう。神界の長として、君にはどうしても1度お礼を言いたかった」

「・・・・・・顔を上げてください。俺はただレイゼロールの奴との約束を果たしたに過ぎません。俺があいつを助けたのは、結果的にソレイユとラルバの奴も助けたのは、俺のエゴの結果でしかありません。だから、そんな言葉は俺にはもったいないです」

 そんなガザルネメラズに影人はそう言葉を送る。あれは自分がやりたいと思ってやった事だ。誰かに感謝される謂れなどない。影人は心の底からそう思っていた。

「・・・・・・なるほど。どうやら、君は本気でそう思っているようじゃな」

 ガザルネメラズは顔を上げ、見透かすようにそう言うと笑みを浮かべた。

「だが、それでもワシの気持ちは変わらん。ありがとうのう」

「あなたは・・・・・・俺をよく思っていないはずでしょう。それでも、俺にそう言うんですね」

 屈託のない笑みを浮かべるガザルネメラズに、影人は少し戸惑った。ソレイユから神力を譲渡されている影人の存在は、神界の長であるガザルネメラズからしてみれば面白くはないし、また許す事の出来ないはずだ。

「ふむ、確かに君はワシらからしてみれば禁忌の存在じゃ。いくら『空』様から特例として認められていても、神界の規律を預かる立場のワシからすれば看過する事は難しい」

 影人の言葉にガザルネメラズは頷いた。そして、こう言葉を続けた。

「じゃが、それとこれとは別。それに、今会ったばかりじゃが、君は力を正しく使える人間という事は分かる。ソレイユもレイゼロールも君を心の底から信頼しているようじゃし、それにレゼルニウスから『終焉』の力を託された者が己のためだけに力を振るう人間であるはずがない。神力譲渡の禁忌は色々理由があるのじゃが、その1つは悪しき人間が己の欲望のままに力を振るわせないため。少なくとも、君はそこには当てはまってはおらんよ」

「・・・・・・買い被り過ぎですよ。俺はそんなに出来た人間じゃない。俺は必要ならどんな力も手段も使う人間です」

「ほほっ、まあ君が自身の事をどう思っているのかは知らんが、他人から見ればそう見えるという事じゃろうて」

 ガザルネメラズが軽く笑う。そして、一転真剣な顔を浮かべた。

「して話は変わるんじゃが・・・・・・神力譲渡の延長を許可されたという事は、君も奴と戦う気という事なのかの。あの最悪の忌神・・・・・・フェルフィズと」

「ええ。あいつとは少し因縁がありまして。1発ぶん殴らなきゃ気が済まないんです」

「奴と因縁が・・・・・・? しかし、やはりそうか。本当に申し訳ない。殺したと思っていた奴が生き続け地上世界で今回の事態を引き起こしたのは、間違いなくワシらの責任じゃ。そのせいで・・・・・・」

 ガザルネメラズは一瞬不思議そうな顔になったが、すぐに表情を真剣なものに戻した。

「・・・・・・起こってしまったものは仕方ないですよ。失礼かもしれませんが、悔いるよりも今出来る事を考えた方がいいと個人的には思います」

「・・・・・・そうじゃな。君の言う通りじゃ。悪いの、気遣いをさせてしまって」

 影人の言葉を受けたガザルネメラズは幾分明るさを取り戻した笑みを浮かべた。影人は「いえ」と短く声を出すと、本題の言葉を口にした。

「すみません、実はお願いもあって俺はここに来たんですが・・・・・・出来れば真界への門を開けてもらえませんか? シトュウさん・・・・・・『空』に用事があるんです」

「真界の『空』様に? 確かにワシはそこへと至る門を開く事は出来るが・・・・・・人間はあそこには入れんぞ? あそこに入れるのは一部の特別な者たちか、『空』様に許可を与えられた者だけじゃ」

 ガザルネメラズは影人にそう言ってきた。どうやら、ガザルネメラズは影人が真界に入れる事を知らないようだ。影人はガザルネメラズにこう言葉を返した。

「それなら大丈夫です。俺は真界に入れる例外の人間ですから。前もレゼルニウスの奴が開いた門で入りましたし」

「そ、そうか。何というか・・・・・・君は本当に色々と規格外の人間じゃな・・・・・・」

 ガザルネメラズは少し引いたような顔を浮かべると、「そういう事なら分かった」と言って両手を虚空へ向けた。

「神界の神である我が開き望み給う。開け、空たる存在へと続く真界の門よ」

 ガザルネメラズが言葉を唱えると、虚空に透明な無色の輝きを放つ門が現れた。

「ありがとうございます。では、俺はこれで失礼します」

 影人はガザルネメラズに感謝の言葉を述べ門を潜ろうとした。だが、ガザルネメラズは最後に影人にこんな事を言ってきた。

「うむ。帰城影人くん、よければまたワシと話をしてくれんかの。君の話を聞くのはとても面白そうじゃ」

「そんなに面白くはないとは思いますが・・・・・・分かりました。また機会があれば」

 影人は小さく笑みを浮かべると門を潜った。














「よう、シトュウさん。また勝手にお邪魔して悪いな」

 真界「空の間」。階段を登りシトュウが座している場所に辿り着いた影人は、軽く右手を上げシトュウに挨拶をした。

「帰城影人・・・・・・あなたがここに来るのは2度目ですね。一応、ここは人間がそう易々と来れる場所ではないのですが・・・・・・まあ、あなたは全てにおいて例外ですからね。気にしても無駄というものでしょう」

 影人を見たシトュウはどこか諦めたようにそう言うと、その両の透明の目を影人に向けた。

「それで、私に何か用でしょうか?」

「ああ。パーティーの時に話があるって言っただろ。色々ごちゃついて話すタイミングとか段取りが狂っちまったから、俺から来たんだ。シトュウさんは忙しいだろうし、俺からシトュウさんに連絡は出来ないからな。だから、今日はその用事で来た」

 シトュウの問いかけに影人はそう返答した。シトュウは納得したように頷いた。

「なるほど。確かにあなたはそう言っていましたね。それで、その話というのは何でしょうか?」

「・・・・・・実は話って言うよりかはお願いなんだがな。でも、シトュウさんからしてみれば小さな、本当に小さな事だと思う。だから・・・・・・」

 影人はそう前置きすると、その願いの言葉を口にした。


「お願いだ、シトュウさん。俺の父親が・・・・・・帰城影仁が今どこにいるか、俺に教えてくれ。俺はあの人を迎えに行きたいんだ」

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