第334話 憧憬
(さて、登場は決まったのは決まったが・・・・・・攻撃しちまって良かったんだよなソレイユ?)
怪物の腕を切断した闇色の片手剣を虚空に消しながら、戦場に舞い降りた男――スプリガンこと帰城影人は内心でソレイユにそう聞いた。
『はい。その【あちら側の者】に対話する意思はありませんでした。先に攻撃した非はこちら側にありますが・・・・・・やむを得ないです』
明夜の視界を共有して戦いを観察していたソレイユはそう言葉を返した。
(了解だ。じゃあ、俺はこいつを殺すもしくは戦闘不能にすればいいのか?)
『こ、殺すのは出来るだけ控えてください。流入者たちも被害者なのですから。というか、発想が物騒過ぎますよあなた・・・・・・』
(そうか? 戦いってのはつまるところ殺し合いだろ。だがまあ、分かった。なら、半殺し程度の戦闘不能にしてやるよ)
引いたようなソレイユの声に、その辺りの感覚が少し壊れている影人は取り敢えずソレイユの旨を了承した。
『何でそう言葉が乱暴なんですか・・・・・・ですが、それでお願いします。流入者がしばらくその場から動かないか、光の力で著しく弱体化すれば、流入者を元の世界に転移させる事が出来ますので』
(へえ、それが転移の条件なのか。光導姫の光の力ってのは本当便利だな)
という事は、【あちら側の者】の属性も闇という事か。レイゼロールや闇奴や闇人、影人を含む者たちはその力の属性が闇に分類される。そして、闇の力は光の力に弱い。つまりは今ソレイユが言ったように闇に属する者が光の力を受ければ、その程度によるが弱体化するのだ。
『あァァァァァッ・・・・・・! 俺の、俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! よくも、よくも俺の腕を! てめえいったい何者だ!?』
腕を影人に切断された怪物が、眼窩に浮かぶ青の揺らめきを睨むような形に変えそう叫ぶ。光導姫や守護者同様の言語理解システムを変身しその身に纏っている影人は、怪物の言葉を理解すると冷たく低い声を意識しながらこう名乗った。
「何者か・・・・・・いいぜ、教えてやる。俺の名前はスプリガン。それが俺という全てを表す言葉だ」
クールな謎の男というコンセプトは正体が一部の者たちにバレた今でも変わることはない。内心では「あの骸骨は何言ってるか分からなかったけど、こいつは言葉通じるんだ」と思いながら、影人はスプリガンを演じた。
ちなみに、あの骸骨の言葉を影人が理解できず、この怪物の言葉を理解出来た理由は単純で、あの骸骨の漏らしていた声が言葉ではなかったからだ。だが、【あちら側の者】に対する知識が全くない影人はその事が分からなかった。
『スプリガンだぁ? 知らねえ名前だな! どうでもいいが、お前をぐちゃぐちゃにしねえと気が済まねえ! 代償は支払ってもらうぜ! お前の魂でな!』
「・・・・・・支払うつもりはない。お前みたいな三下に、俺の魂は高過ぎるからな」
怒り狂う怪物に影人がそう答える。すると、そのタイミングで、
「き・・・・・・スプリガン。どうして君が・・・・・・」
光司が驚いたようにそう言葉を呟いた。一瞬影人の名前を呼びかけた光司だったが、魅恋や海公がいる事を考慮し光司はスプリガンの名前を呼んだ。
「スプリガン何であなたが!? もしかして、助けに来てくれたの!?」
「スプリガン・・・・・・全く・・・・・・いつもいい所で来るんだから」
陽華と明夜もそんな反応を示す。2人も光司に倣って影人の本名は呼ばなかったが、2人からしてみればこの状態の影人は帰城影人という名前よりもスプリガンという名前の方がしっくり来る(まあ、それを言えば殆どの者はそうかもしれないが)、ゆえに意識するよりも前に、2人はその名前をスラリと口にしていた。
「っ!? あの人は・・・・・・」
「スプリガン・・・・・・間違いない・・・・あの時の人だ・・・・・・」
スプリガンという名前を聞いて、その存在を見て驚いたのは海公と魅恋も同様だった。3日前に魅恋と海公を化け物から助けてくれた黒衣の男。その男が今再び現れた。魅恋と海公は食い入るようにスプリガンの背を見つめた。
(ったく、ソレイユの奴が言ってた逃げられない一般人っていうのが、まさか霧園と春野だったとはな。3日前の事といい今回の事といい・・・・・・あいつらこっち側の世界に引かれてねえか?)
背後にいる魅恋と海公に気づいた影人は驚きを態度にこそ出さなかったが、内心では驚きそう思っていた。こっち側の世界、つまり命を天秤にかける血生臭い戦いがある非日常の世界に、クラスメイトである魅恋と海公が近づいて来ているのではと影人は多少心配していた。
『くくっ、もしかしたら光導姫と守護者コースかもな』
「・・・・・・物騒な事言うんじゃねえよ」
笑うイヴに影人はポツリと小さな声でそう言った。ただでさえ、同じ学校に陽華や明夜、光司や暁理がいるのに、これ以上増えたら色々と面倒だ。しかも、魅恋と海公はクラスメイトだから余計に。
『はっ、隙だらけだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!』
影人がそんな事を考えていると、怪物が叫びながら左の巨拳を影人目掛けて振るって来た。同時に反対方向から尾を振るって来る。その尾は最初とは形状が変化していて、斧のように鋭くなっていた。
「っ、気をつけてスプリガン! そいつの攻撃は――!」
陽華が影人に対し注意の言葉を投げかけようとする。だが、
「・・・・・・騒ぐなよ。別に・・・・・・一瞬だ」
影人はどこまでも冷めたようにそう言うと、右手を怪物に向けある言葉を唱えた。
「――『世界端現』。影闇の鎖よ、出でて我が意に従え」
瞬間、虚空から闇色の鎖が複数出現する。その鎖は凄まじい速さで怪物の左手と尾を縛った。結果、攻撃が影人に届く事はなく、怪物はその場に固定された。
『なっ!?』
「正直、お前には過ぎた代物だが・・・・・・まあ、お前みたいな三下に力の差を教えてやる分にはいいだろう」
拘束された怪物は驚いたように声を漏らす。影人は口では煽るようにそう言いながらも、内心は警戒の態度を崩さず、右足に『破壊』の力を付与した。
『調子に乗りやがって! こんな鎖程度ですぐに引きちぎって――!』
怪物が全ての力を以て鎖を破壊しようとする。だが、怪物がいくら力を込めても虚空から伸びる鎖はびくともしなかった。
「・・・・・・無理だな。その鎖はただの鎖じゃない。さっき言っただろ。お前には過ぎた代物だってな」
影闇の鎖は純粋な力でしか破壊する事は出来ない。唯一の例外は『終焉』くらいだ。そして、その純粋な力も尋常ではなく強いというくらいでは破壊出来ない。腕力だけで大地を広範囲で深く砕き割るような、想像すらも超えるような力でなければ。今まで純粋な力だけで影闇の鎖を壊したのは、真祖化したシェルディアと零無くらいだ。
「さて、じゃあ・・・・・・終わりにしてやるよ」
影人は冷たい金色の瞳を怪物の胴体部、その中央に向けた。取り敢えず狙いはあそこでいいだろう。
『ふざけやがってふざけがって! てめえは絶対に殺――!』
怪物がその闇を飼う口を開ける。闇の中に蒼炎が渦巻く。怪物が何か攻撃をしようとする。だが、それよりも圧倒的に速く影人は地を蹴った。
「ふん」
影人はその右足で怪物の胴体中央部を蹴り抜いた。
『がっ・・・・・・!?』
影人に蹴り抜かれた怪物が苦悶の声を漏らす。衝撃と痛みが怪物の巨体を走り巡る。そして、影人の右足に付与されていた『破壊』の力によって、怪物はその意識を破壊され、気を失った。影人が右足に付与したのは単純な破壊の力ではなく、意識を一時的に壊す破壊の力だった。
『・・・・・・』
意識を失った怪物は体の制御を放棄し崩れ落ちる。左腕と尾が鎖に拘束されているので、怪物は倒れる事はなく膝から地面に落ちた。
「・・・・・・俺を本気で殺したいなら、『空』かそれ以上の怪物でも連れ来るんだな。まあ、聞こえてはないだろうがな」
眼窩の青い揺らめきが消え去った怪物を見上げながら、影人はポツリとそう呟いた。
すると少しして、怪物の体が光に包まれ始めた。怪物はやがて光の粒子となりその場から消えた。そして、少し遅れて次元の亀裂も修復された。
「・・・・・・」
その光景を見届けた影人はそのまま歩いてどこかに去って行こうとした。だが、そんな影人に陽華と明夜が声を掛けてくる。
「スプリガン! その・・・・・・ありがとう!」
「おかげで助かったわ。ありがとう」
2人は笑みを浮かべながら影人に感謝の言葉を述べた。本当はもう少し砕けた言葉を使いたかったのだが、この場には一般人であり風洛高校の生徒たちがまだいる。ゆえに、2人は短い感謝の言葉だけを述べたのだった。
「ふん・・・・・・感謝の言葉を言う余裕があるなら、もう少し強くなるんだな。俺が介入する必要がないくらいに」
「「なっ・・・・・・」」
しかし、影人の言葉は辛辣だった。その言葉を聞いた陽華と明夜は、まさかそんな言葉を掛けられるとは思っていなかったので、驚いたような顔を浮かべた。
「・・・・・・じゃあな」
影人は最後にそう言うと、フッとその場から消えた。だが、それは消えたと思えるほどの超速のスピードで影人がこの場から離脱しただけだった。
「ふっ・・・・・・彼らしい言葉だったね」
影人がこの場から去った事を悟った光司が、変身を解除して軽く笑みを浮かべた。光司同様に変身を解除しながら、陽華と明夜は少しムッとした顔でこう言葉を漏らした。
「確かにあの指摘はごもっともだけど、それにしてもちょっとキツすぎるよ! よくやったとか一言くらいあってもいいのにさ」
「本当よね。全くツンツンして。たまにはデレを見せてほしいわ」
そして、スプリガンへの軽い不満を漏らした2人は魅恋と海公のいる方向を向いた。
「ごめんね、怖かったよね。でも、もう大丈夫だから」
「あなた達は後輩かしら? 取り敢えず、勝利のVだから危機は去ったわ」
陽華と明夜は魅恋と海公を安心させるようにそう言った。
「そ、そうですか・・・・・・あの、ありがとうございました。朝宮先輩、月下先輩。それに香乃宮先輩も・・・・・・」
「か、感謝感激って感じです。助けてくれて、ありがとうございました!」
海公と魅恋は取り敢えず、3人に対して感謝の言葉を述べた。
「それで、あの・・・・・・聞いてもいいですか? さっきのあの怪物は・・・・・・? それに、先輩方のさっきの姿は・・・・・・」
「それを話すと少し長くなってしまってね。君たちは色々と理由を知らなければ納得は出来ないだろうけど・・・・・・一応、さっきの怪物や僕たちのような存在は安全のために一般には伏せられているんだ。だから、正直詳しくは言えない。本当に申し訳ないけどね」
海公の疑問に光司がそう言葉を返す。光司の言葉を聞いた海公は「そ、そうなんですね・・・・・・」と少し残念そうな顔を浮かべた。
「その、パイセン達はさっきの黒い人を・・・・・・スプリガンを知ってるんですか!? 話してた感じ知り合いっぽいなって思ったんですけど!」
海公に続き魅恋が3人に対してそう聞いて来た。その質問を受けた陽華、明夜、光司の3人は顔を見合わせる。
「うーん、そうだね・・・・・・ちょっとスプリガンと私たちの位置付けは難しいけど、知り合いは知り合いかな?」
「一応、今は味方は味方なんだけど・・・・・・って感じよね。さっきの反応見てると」
「彼は謎の怪人として僕たちと関わってきたから、その辺りがまだ少し曖昧なんだ」
陽華、明夜、光司の3人は魅恋と海公に苦笑いのようなものを浮かべる。3人はスプリガンの正体を知っている者たちだが、その事を無闇に人に話すわけにはいかないからだ。というか、そんな事をすれば影人は間違いなく怒るだろう。ゆえに、3人は曖昧な答えを2人に教えたのだった。
「や、やっぱりそうなんだ・・・・・・あ、あの! ウチらさっきの人にお礼言いたいんです! ウチと海公っち、これであの人に助けられたの2回目だから! 本当はさっき声掛ければよかったんですけど・・・・・・」
魅恋と、それに海公も驚きとスプリガンが一瞬で去ったという事もあってお礼を言う事は出来なかった。魅恋は先ほどスプリガンにお礼の言葉を言えなかった事を後悔していた。
「に、2回目? え、君たちは前にスプリガンに会った事があるの!?」
「は、はい。つい3日前に・・・・・・今日皆さんが助けてくださったように、怪物から僕たちを助けてくれました。だから、本当に僕たちはあの人には感謝しているんです」
驚いた顔を浮かべる陽華に海公がそう説明する。その説明を聞いた陽華は「そ、そうなんだ・・・・・・」と声を漏らした。
(そんな事一言も話してくれてないのに・・・・・・でも)
(相変わらずの秘密主義ね。でも・・・・・・)
(君らしいね、帰城くん)
陽華、明夜、光司の3人は小さな笑みを浮かべ内心で同じ事を思った。誰にも何も言わずに、ただ影から人を助ける。スプリガンの立ち位置は何も変わっていない。3人はその事を強く実感した。
「・・・・・・分かったよ。じゃあ、私たちが彼に君たちのお礼の言葉を伝えてあげる・・・・・・って言いたいところだけど、君たちは自分でスプリガンに言葉を伝えたいんだよね? 彼にもう1度会いたいんだよね? 君たちは多分・・・・・・スプリガンに憧れの感情を持ってるから」
「「っ!?」」
陽華にそう指摘された魅恋と海公はハッとしたような、驚いた顔を浮かべた。まるで、なぜ分かったのかというように。
「やっぱりね。スプリガンの事を話すあなた達の目を見たら分かるわ。多分・・・・・・少し前の、いや実質今も変わらないわね。私たちも同じような目をしていたから。実はね、私たちも何度もスプリガンには助けられたのよ」
「え? そ、そうなんですか・・・・・・? でも、先輩方は僕たちとは違ってあんな力があるのに・・・・・・」
明夜の言葉を聞いた海公が少し不思議そうな顔を浮かべる。明夜は首を横に振り、こう言葉を続けた。
「私たちなんてまだまだよ。力があっても、彼の強さには遠く及ばない。1度だけ彼の隣に立って戦えたけど、それでも全然足りないわ。だから・・・・・・」
明夜がチラリと隣の幼馴染の顔を見る。陽華はその視線の意味を理解し、明るい顔で頷いた。
「うん。だから、私たちの目標は変わらない。スプリガンと一緒に並ぶくらい強くなる。それで、みんなを守る! って感じかな」
影人がスプリガンとしてまた戦い続ける事を選んだのなら、陽華と明夜の目標も変わらない。2人の言葉を聞いた魅恋と海公は衝撃を受けたようにその目を一瞬大きくすると、自分たちの内にある思いのままにこう言った。
「はい! 僕はあの人に憧れました! 僕もあの人のように人を助けたい! こんな僕でも、出来る事があるのなら! 誰かの力になりたいんです!」
「ウチも! スプリガンやパイセン達みたいに誰かを助けたい! あんな怪物が現れるって知って知らないフリなんてもう出来ないから!」
海公と魅恋の迸る思い。それを聞いた陽華と明夜、光司は暖かなそれでいて真剣な顔で頷いた。
「君たちの思いはよく分かったよ。ねえ、香乃宮くん・・・・・・」
「うん。2人には強い思いがある。なら、きっと大丈夫だよ」
陽華に名前を呼ばれた光司が太鼓判を押す。光司にそう言われた陽華は魅恋と海公にこう言った。
「君たちがそう望むなら・・・・・・なってみない? 私たちや香乃宮くんと同じ、光導姫と守護者に」
「おっはよー! 今日もいい天気だね☆」
後日、朝。元気いっぱいの声で2年7組に魅恋が入室してきた。その右手首にはキラリとピンク色の宝石がついたブレスレットが装着されていた。そのブレスレットを見た魅恋の友人達は魅恋に挨拶の言葉を返しながら、こう聞いた。
「おはー。今日は昨日と違って元気いっぱいじゃん。てか、そのブレスレットどしたん?」
「可愛いけどちょっと無骨ー」
「そこも逆に可愛いっしょ? ま、ウチの新しい宝物って感じかな」
席に着いた魅恋は友人たちにそう言葉を返す。その様子を見ていた影人はポツリと言葉を呟く。
「・・・・・・相変わらずの元気さだな霧園は」
「そうですね。でも、そこが霧園さんのいいところだと思います」
影人の呟きに海公がそう反応する。影人が前髪の下の目を海公の右の袖口に向けると、制服の下に水色の輝きが見えた。恐らく、魅恋と同じようにブレスレットを装着しているのだろう。だが、影人はその事をわざわざ指摘はしなかった。
(ったく・・・・・・もしかしたらこんな事になるんじゃねえかとは思ってたが・・・・・・まさか、本当にこうなるとはな)
その事が表している事実を知っていた影人が内心で疲れたようにそう呟く。昨日の夜に、ソレイユから影人と同じ高校から新たな光導姫と守護者が誕生したと聞いた時、嫌な予感はしていたのだ。そして、その予感は当たっていた。
「・・・・・・やっぱり、俺の人生は色々と呪われてやがるな」
「? 帰城さん何か言いましたか?」
「いや、何でもねえよ」
小さな声で呻くように呟いた影人に、海公が反応してくる。影人は軽く首を振り、海公にそう返事をした。
――こうして、新しい光導姫と守護者が影人の近くに誕生したのだった。
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