第330話 流入する者

「――改めて以上が現在の状況です」

 真界「空の間」。そこで『空』として言葉を述べたシトュウはそう言葉を結んだ。話の内容は神界の管轄下にある地上世界と、その世界とは異なる世界の次元の境界が揺らぎ不安定になった事だ。既に零無から話を聞き、また全知の力でその事態が起こった原因を知っていたシトュウは、対面に座る一柱の神に事情を伝えた。

「・・・・・・そうでございましたか。まさか、まさかあのフェルフィズが生きていたとは・・・・・・しかも、今回のような事態を引き起こし、『空』様を含めた真界の神々の皆様の手を煩わせるとは・・・・・・! 全ては私ども神界の神々の不手際が招いた事。謝して許される事ではございませんが、謹んで謝罪いたします・・・・・・! 大変申し訳ありませんでした・・・・・・!」

 シトュウの話を聞いたその男神はそう言うと、深く頭を下げた。白髪の年老いた神だ。彫の深い顔には長く白い髭が生え、好々爺という印象がピッタリである。服装は簡素な白の貫頭衣に白のタスキ。普段の彼はその印象通り、快活ながらゆったりとした人物なのだが、今はその顔に深い皺を刻み非常に申し訳なさそうな顔を浮かべていた。

「・・・・・・顔を上げなさいガザルネメラズ。別にあなたを責めているわけではありませんし、起こった事はもう仕方ない事です。・・・・・・それに、今回の事態が起こった原因は私たち真界の神々にもあるのですから。ゆえに、私たちにも責任はあります」

 シトュウは深く頭を下げるその神――神界最古の神であり最上位の神であるガザルネメラズに向かってそう言った。神界の神々から「長老」と呼ばれ慕われているガザルネメラズがこのような様子になっているところを、シトュウは初めて見た。

「先代の『空』様の事でございますか・・・・・・ですが、それでも私どもの責任である事は変わりませんぬ。私たちがフェルフィズをしっかりと始末していれば、このような事態は起こらなかったのですから・・・・・・」

 シトュウから零無の事を聞いていたガザルネメラズは顔を上げ、それでもといった感じでその首を横に振った。

「直ちにフェルフィズを討伐しに行きます・・・・・・と言いたいところなのですが、私を含めた神界の神々は地上で力を振るえません。神界への強制送還も、奴は気配を巧妙に隠しているのか、もしくは誤魔化しているのか出来ず・・・・・・」

「あなた方神界の神々には打つ手がないという事ですね。取り敢えず、黒幕たるフェルフィズの事は一旦置いておきましょう。今はそれよりも、地上世界への影響の事についてです」

 変わらず申し訳なさそうな顔を浮かべるガザルネメラズに、シトュウはそう言ってこう言葉を続けた。

「応急処置的に地上世界の次元の裂け目は修復し、地上世界に流入した異世界の者たちも、恐らくほとんどは元の世界には還せました。ですが、変わらず互いの世界の境界は不安定なままです。もちろん、境界を早く元の状態には戻すよう尽力はしますが・・・・・・それでも一定の時間は掛かります。その間、いつどこでまた次元の裂け目が現れ、そこから異世界の者が地上世界に流入して来るか分かりません。問題はそこです」

 そう。何とか応急処置のようなものは出来たが、問題の解決にはかなりの時間が掛かる。それは『空』であるシトュウや真界の神々の力を以てしてもだ。世界間の境界の修復はそれだけの力がいる。それに加えて、元々シトュウたち真界の神々の役割は、宇宙や並行世界、別次元の世界の安定だ。そのため、地上世界ともう1つの世界の事だけに全てのリソースを割く事は出来ないのだ。

「地上世界に異世界の者たちが流入した時、混乱が生じます。加えて、流入した者が悪意を持っていた場合は更に。そして、私たち真界の神が境界の修復に取り掛かっている間は、その問題に対処出来ません。そうなれば、地上世界の混乱は広がり続けるでしょう」

「そのような心配まで・・・・・・本当に申し訳ありません。本来、地上世界の安定は私たち神界の神の役目であるはずなのに・・・・・・」

「先ほど言ったでしょう。責任は私たちにもあると。私だけでなく、他の真界の神々もそう考えていますよ。それに、この問題は地上世界だけの問題ではありません。別の世界も関わる問題です。ゆえに、私たちが動く理由もちゃんとあるのです」

 自分を責めるガザルネメラズにシトュウはそう言葉をかけた。気遣いなどではなく、シトュウは本当にそう考えていた。

「ガザルネメラズ。あなたを呼んだのは情報の共有はもちろんですが、今話した問題に対処してもらいたいからです。その対処方法については既に構想しています」

「っ、もちろん私たちに出来る事ならば喜んで協力させていただきますが・・・・・・僭越ながら『空』様。その構想をお聞かせていただいても?」

 シトュウが本題に入る。シトュウの言葉を受けたガザルネメラズは、シトュウがどんな対処方法を考えているか予想も出来なかったため、シトュウにそう聞いた。

「もちろんです。ですが、いずれはあなたも辿り着いた考えだと思いますよ。なにせ、この方法は既にあって、あなたもよく知っている方法ですからね」

 シトュウはそう前置きするとこう言葉を述べた。

「ガザルネメラズ、あなたも知っているでしょう。光の女神ソレイユと光の男神ラルバによって眷属化した人間の事を。のシステムを」













「――という訳で、私とラルバに長老から話がありました。詳しい話はこれからシトュウ様と謁見して聞く予定です」

「・・・・・・そうか」

 4月27日土曜日、午前10時過ぎ。パーティーの翌日。休日だが少し早めに起きた影人は神界のソレイユのプライベートスペースにいた。もちろん、昨日起こった事態に関する話をするためだ。影人は今、対面に座るソレイユから色々と情報を聞いていた。

「光導姫と守護者のシステムを復活させて、異世界からの流入者の対応に当たらせるか・・・・・・確かに、それならその問題に対処出来るな。光導姫と守護者なら経験もあるし要は、闇奴や闇人がそいつらに変わっただけの話だ」

「ええ。既に各国政府には事情を話し、光導姫と守護者のシステムを復活させると告知しました。取り敢えず、私はこれから元光導姫の子たちに声を掛けていくつもりです。力を再度与えた光導姫たち――陽華や明夜、『光導十姫』などですね。彼女たちに対しては、昨日の内に全てを話しました。ありがたい事に、全員また光導姫として対処、必要であれば戦うと言ってくれましたよ」

「対処・・・・・・ああそうか。流入してくる異世界の奴ら全員が昨日のドラゴンみたいに凶暴なわけじゃないもんな。むしろ、向こうも被害者だから戸惑う奴もいるだろうし」

 ソレイユの言葉に少し違和感を感じた影人は自己解決しそう呟いた。影人の呟きを聞いたソレイユはコクリと頷く。

「はい。そういった場合の対処方法などについては、これからシトュウ様に伺う予定です。今は取り敢えず、光導姫と守護者のシステムをその問題の対処法にするという事だけが決定されている状態ですね」

「なるほどな・・・・・・ま、色々気になる事はあるが了解だ」

 取り敢えず、ソレイユの話を聞き終えた影人はそう言って言葉を纏めた。そして、影人は自分の意思をソレイユに伝えた。

「俺も協力って感じじゃないが戦うぜ。フェルフィズの野郎は何発かぶん殴らないと気が済まないしな。だから、悪いがスプリガンの力はもうしばらく貸してくれないか?」

「ええ、それはもちろん大丈夫です。というか、シトュウ様は長老を通して私とラルバの眷属化の大幅な緩和と、あなたに対する神力の譲渡期間延長の事を許可するように言ってくれています。まあ、長老は少し苦い顔をしていましたがね」

「そりゃそうだろ。俺もレイゼロールとの最後の戦いの後にお前から聞かされて知ったが、神力の人間への譲渡って本来禁忌なんだろ。ていうかその長老って神、中間管理職みたいな立ち位置でちょっと可哀想だな・・・・・・」

 影人は未だに会った事はないが長老なる神に同情した。部長が規則通りに管理してたら、社長からいきなり特例を適用するように言われたような形だろう。それは大なり小なり葛藤が生じるはずだ。影人も本来特別扱いは嫌いだが、スプリガンの力は戦うために必要なものだ。ゆえに、影人は同情はするが、素直にシトュウという存在の威を借りる事にした。

「ま、まあそうですね。ああ、そうだ。そういえば、長老が1度あなたに会いたいと言っていましたよ。レールの事でお礼が言いたいと」

「は? いや、それ絶対建前だろ・・・・・・内心完全にキレて俺呼び出してるだろ・・・・・・」

 苦笑いを浮かべたソレイユが思い出したようにそんな事を伝えてきた。ソレイユからそう聞かされた影人は嫌そうな顔を浮かべた。

「じゃ、お前もこの後シトュウさんと話あるみたいだし俺も帰るわ。地上に残して来た零無の奴もうるさいだろうし」

 ただでさえ、神界に影人が行くとなった時でもうるさかったのだ。いくら神界が地上とは時間の流れが違うといっても、これ以上遅くなれば零無は間違いなく面倒くさくなる。影人はソレイユが創造したイスから立ち上がった。

「ああ、零無さんは取り敢えず現状は神界と真界には出禁らしいですからね・・・・・・」

 ソレイユは再び苦笑すると、自身も立ち上がり影人を転移させるべく準備に入った。

「では影人、地上に送りますね。シトュウ様との謁見が終わってまた色々分かれば話します」

「あいよ」

 影人が軽く頷く。そして十数秒後、ソレイユは影人を地上に転移させた。














「影人! やっと帰って来たか! ああ、たった320秒とはいえ一日千秋の思いだったぞ!」

 地上に戻るとすぐに零無がそんな事を言って絡んで来た。零無にそう言われた影人は少しうんざりとした顔でこう言った。

「大袈裟な奴だな・・・・・・というか、お前普段俺が学校行ってる間は比べ物にならないくらい長い時間待ってるだろ。何で5分ばかりでそんな感じになってんだよ」

「あれは平日の決まった時間だ。お前が休みの土日は吾はずっとお前といる事が決まっているのだから、全然意味合いが違う」

「どういう理屈だよ・・・・・・というか、そんな恐ろしいルールを勝手に決めるな」

 真面目な顔でよく分からない理屈を捏ねる零無に、影人はそう言葉を返した。なんだかザ・零無といった感じである。

「さあ影人! せっかくの休日だ! 吾と共に楽しもうぜ! せっかくだからどこかにでも行こう!」

「うるせえ・・・・・・ちっ、分かったよ。ただ、近場だからな」

 影人はため息を吐くと歩き始めた。影人は神界に行く前に自宅近くの路地裏にいたので、そのまま適当にどこへとでも向かえる形だ。本日も快晴で出歩くにはいい天気で、路地裏から出ると休日を楽しむ人々の姿が目に入って来た。

 ちなみに、この世界全体の様子はというと、一夜明けた今でもかなり混乱しているらしい。世界規模の地震という類を見ない事が起こったため、様々な憶測が飛び交っているようだ。それに、地震の被害も甚大な場所があると、朝のニュースで流れていた。

「・・・・・・あ、そういえば俺もシトュウさんに話あるんだった。ちっ、俺もソレイユに着いて行って真界行けばよかったな」

 少し歩いたところで、影人は唐突にそんな事を思い出した。昨日からのゴタゴタのせいで、すっかりその事を忘れてしまっていたのだ。全く、これも全てフェルフィズのせいだ。

「シトュウに話? まさか色恋の話じゃないだろうな。それはダメだぞ絶対に」

「ちげえよ色ボケ。普通に真面目な話だ」

 急に恐ろしげな顔でそう言って来た零無に、影人は呆れたようにそう言った。本当にあの戦い以来ポンコツ化が激しい奴である。

『おい影人、暇だ。何か面白い事やれよ』

「いきなりエグい無茶振りをしてくるなよイヴ。はあー・・・・・・ったく俺の内も外も姦しいな」

 スプリガンに戻った事によりソレイユとイヴと再び繋がり、更には零無まで憑いた。自分で選んだ結果とはいえ、中々面倒というか精神が休まらない状態である。

「だがしかし、娘のワガママに応えるのも親の務めだよな。仕方ない。長年温めてた俺オリジナルの曲を披露する時が来たみたいだな。よく聞けよイヴ。曲名は『影の舞踏ダンス』だ。闇に舞う〜」

『やめろやめろやめろやめろ! 何いきなり歌い始めてやがんだこのバカ! てめえのオリジナルの歌聞かされるとか何の拷問だよ! それのどこが面白いんだ!?』

「キャー! エ・イ・ト! エ・イ・ト」

 急に歌い始めた歌手気取りの前髪にイヴが悲鳴を上げる。対して、零無はまるで推しのライブに来ているファンのようにテンションが上がっていた。状況はカオスであった。

「・・・・・・ちょっと腹減って来たな。しゃあねえ、コンビニ行ってちょっと何か買うか」

 そんなこんなで賑やかに歩き続け約20分後。歩いたから小腹が空いた影人は右手で軽く腹をさすった。幸い、金欠と言っても財布に200円くらいは入っているので何かは買える。影人は近くのコンビニに向かって歩を進めた。

「――あれ海公っちじゃん? 奇遇だねーこんな所で!」

「き、霧園さん?」

「ん・・・・・・?」

 すると道中、前方から聞き知った声が聞こえてきた。その声を聞いた影人は前髪の下の目をその声の聞こえて来た方に向けた。

「あれは・・・・・・霧園と春野か?」

 影人から少し離れた先の十字路に魅恋と海公の姿が見えた。2人とも休日なので私服姿だ。影人は反射的に近くあった電柱の陰に隠れた。見つかれば色々面倒だと思ったからだ。

「ん? 影人、急にどうしたんだい?」

「ちょっと知り合いがいてな。片方は全くなんだが、もう片方に見つかったらちょっと面倒そうだから隠れただけだ」

 不思議そうな顔を浮かべる零無に影人は小さな声でそう言った。ちなみに言わずもがな面倒そうなのは魅恋である。前髪は青春センサーが友情方面(バカ共との)しかないので、休日に異性のクラスメイトと出会うといった感じのイベントは求めていなかった。ある意味さすがである。

「海公っち家ここら辺なの?」

「あ、はい。ちょっと近くのコンビニに行こうかなと思って・・・・・・」

「マジ? ウチもコンビニ行く予定だったんだ。じゃ、一緒にコンビニ行かない?」

「そうですね・・・・・・はい。それくらいなら全然」

 魅恋の提案に海公は頷いた。今回は別に嫌とかそういうのではなかったからだ。海公の頷きを見た魅恋は「ありがと〜! よし、じゃ行こ!」と喜び、海公と一緒に歩き始めた。

「おいおいマジかよ・・・・・・行き先被ってんじゃねえか。仕方ねえ、ちょっとタイミング遅らせて――」

 電柱の陰にいた影人が軽く嘆いている時だった。唐突に何よりも唐突に、


 ピキリ、と空間に黒い歪みが奔った。


 そして、

「ケ、ケケケ?」

 その裂け目から異形が飛び出した。その異形は言うなれば西洋風の鈍色の鎧を纏った骸骨だった。右手にこれまた鈍く光る剣を携えた骸骨は、先ほどまで海公と魅恋が話していた場所に現れると、奇怪な声を漏らし、金属の擦れるような音を放ちながら、その漆黒の眼窩で周囲を見渡しカタリと不思議そうに首を傾げた。

「っ!?」

「え、何?」

「?」

 その異形の姿を見た影人は驚愕し、歩いていた魅恋と海公は背後から生じた音に振り返った。そして、2人もその異形の姿を確認した。

「・・・・・・え? な、なにこれ・・・・? 骸骨・・・・? 急に何・・・・・・?」

「え、あ・・・・・・え・・・・・・?」

 初めて目撃する非日常に、魅恋と海公はただ理解できず固まっていた。それは仕方がない、当然の反応だった。

「ケケ? ケケッ!」

 骸骨はそんな2人に気づき、真黒な眼窩で見つめた。最初こそ「何だこいつらは?」的に首を傾げていた骸骨だったが、急に何かを理解したようにカタカタと骨を鳴らし笑みを浮かべると(肉がないのに笑うとはおかしいが)、ゆっくりと2人に近づき始めた。不幸な事にというべきか近くに2人以外に人の姿はなかった。

「ッ! マズい・・・・・・!」

 嫌な予感がした影人はすぐにポケットからペンデュラムを取り出した。

「ケケケッ!」

「ひっ・・・・・・」

「あ、ああ・・・・・・」

 2人に近づいた骸骨は右手に握っていた剣を掲げた。その段階でようやく魅恋と海公は恐怖を覚えたが、しかし体は凍りついたように動かなかった。

「ケケッ!」

 そして、骸骨はその右手の剣を魅恋に振るった。

「変身・・・・・・!」

 影人が詠唱したのはそれとほとんど同じタイミングだった。黒い輝きがペンデュラムの黒い宝石から発せられ、影人の姿が変化する。黒衣の怪人、スプリガンに。その輝きに骸骨にのみ意識を割いていた魅恋と海公は気づく事は出来なかった。

「シッ・・・・・・!」

 理由や疑問などは一旦全て捨て去り、一陣の黒風と化したスプリガンは、骸骨と魅恋と海公の間に割って入ると、その腹部を蹴飛ばした。

「ケ!?」

「「え・・・・・・?」」

 蹴り飛ばされた骸骨は驚いたような声を上げ、魅恋と海公は揃ってそんな声を漏らした。

「・・・・・・お前の相手は俺がしてやる。せいぜい、光栄に思えよ骸骨野郎」

 そして、骸骨を蹴り飛ばした影人は右手で軽く帽子を押さえながら、そう宣言した。

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