第328話 事態急変

「先手は譲ってやる。適当に攻撃してこいよ。せめてものハンデだ」

 どこか挑発するように影人はそう言った。影人にそう言われた竜は明確に苛立ち、その顎門を開けた。

『その愚かさ、後悔してももう遅いぞ!』

 竜の思念による言葉が響くと、竜の口から灼熱の炎が放たれた。いわゆるブレス攻撃だ。炎は一瞬で影人に迫り、その存在ごと灰にしようとする。

「するかよ、そんなもん」

 だが、影人は自身の体を闇で強化し『加速』させると、一瞬にして竜の背後へと回った。急に後方から影人の声が響いて来たので、竜は驚いたようにその体を反転させた。巨体ゆえに、それだけで風が巻き起こった。

『っ・・・・・・!? いったい何が・・・・・・』

「・・・・・・一々敵に言う必要はないだろ。というか・・・・・・俺に反応出来てない時点で、お前もう負けだぜ」

『っ、き、貴様ァ・・・・・・!』

 影人の言葉は今度は挑発ではなくただの指摘だったのだが、竜からしてみれば挑発にしか聞こえない。

『ならば、竜の真の力を見るがいい!』

 竜がその巨躯を駆り影人へと接近して来る。そして、体を回してその巨大な尻尾を影人目掛けて振るって来た。その一撃は空を裂き当たれば全身が砕け散る事は必死。

 だが、

「・・・・・・ノロい」

 影人からすればまるで怖くない。影人は眼を闇で強化すると、再び神速の速度で動き竜の背後へと移動した。

「・・・・・・1つ忠告でもしてやるか。お前じゃ俺を捉えるのは無理だ。変化でもすれば多少はマシにはなるだろうがな」

『ふざけるな! 誇り高い竜が貴様のような者なんぞに変化などするものか!』

 竜は再び体を反転させると、今度は右前足の爪を振るって来た。こちらも全てを切り裂くような一撃で、受ければ影人の体など何等分かに裂かれるだろうが、当たらなければどうという事はない。影人は上空に浮かび上がり回避した。

『ガァッ!』

 竜はそのまま回避した影人に灼熱のブレスを放った。今回は飛び上がっただけなので竜も反応出来たのだ。影人は右手を前方に伸ばし、自分の正面に闇色の障壁を展開した。灼熱の炎は熱ごと障壁に阻まれる。

「・・・・・・くだらないプライドだな。程度が知れる。前に戦った奴らは勝つために変化したぜ」

 ブレスを防ぎ切った影人は障壁を解除すると、冷めた口調でそう言葉を述べた。ゼルザディルムとロドルレイニは早々に影人の力を見極め人型へと変化した。誇り高い竜族からすればそれは屈辱なのかもしれないが、少なくともあの2竜は恥よりも勝てる確率を選んだ。それは戦う者として正しく、最も誇りある選択だ。

 だが、この竜は怒りと屈辱といった感情からか、変化する予兆を見せない。影人と最低限戦うために必要なものはスピードだ。そして、竜の巨体では絶対に影人に追いつけない。この竜もそれは分かっているだろうに、感情でそれを阻んでいる。それは感情のデメリットの部分だ。戦う者は出来る限りそれを排除しなければならない。しかし、この竜はそれが出来ていない。ゆえに、影人はこの時点で既に半ばこの竜の事を見限っていた。

『ふん、随分と恥知らずな竜と戦ったのだな。よほど軟弱な竜だったと見える。どんな竜かは知らんが、そいつらは竜族の面汚しだ!』

 赤竜は嘲るような言葉を吐くと、口を大きく開け火球を作り始めた。火球はどんどんと大きくなり、やがて小さな太陽のような大きさになる。

「そうか・・・・・・お前はそう思うか」

 影人は火球などには目もくれず、どこか嘆息したようにポツリとそう呟いた。影人はその言葉で、赤竜の事を完全に見限った。この程度の竜が自分に勝てるはずがない。

「俺からすればお前の方がよっぽど軟弱だぜ。特に精神面がな。・・・・・・お前にあいつらを侮辱する権利はねえよ。あいつらは高潔だった。お前と比べるのも烏滸がましいほどに。竜族の面汚しはてめえだろ」

 気づけば影人は怒りと不快感を言葉ににじませていた。手段を選ばずに戦った影人を認めてくれたあの2竜が軟弱であるはずがない。竜の面汚しであるはずがない。あの2人と死闘を繰り広げた影人は実感を伴ってそう言った。

『そのうるさい口を今閉じさせてやる!』

 赤竜は最後にそう言うと、影人に巨大な火球を放って来た。影人は避ける事も出来たが、敢えて避けずに迎撃の行動を取った。

「出来るかよ。俺に傷1つ付けれない奴が」

 影人は右手に闇色の日本刀を創造した。そして、一撃を強化する言葉を呟いた。

「闇よ、纏い切り裂け」

 日本刀に闇が纏われ影人は刀を唐竹割りに振るった。闇によって強化された一撃は闇の斬撃波となり、火球を真っ二つに両断した。

『なっ・・・・・・』

 その光景を見た竜は驚いたような声を漏らした。竜の反応に影人は鼻を鳴らした。

「ふん、つくづく程度が知れる反応だな」

 影人は闇色の日本刀を虚空に消すと、驚き戸惑っている竜の隙をついて竜の腹部付近に移動した。

 そして、

「闇よ、我が敵を砕け」

 影人は右手に『破壊』の力を付与し一撃を闇で強化すると、思い切りその拳で竜の体を突き上げた。

『がっ!?』

 影人の拳は全ての攻撃を通さぬ竜の鱗を破壊し、痛みと衝撃を竜へと伝えた。その痛みと衝撃に、竜の巨体が更に上空へと浮かび上がる。

「突いたり斬るなりしてもよかったが、そうするとてめえの汚ねえ血が地上に降るからな。だから、殴るだけにしてやった。ありがたく思え」

 影人は浮かび上がった竜につまらなさそうにそう言うと、その身から強化の闇とは違う闇を立ち昇らせた。

「そろそろ終いにしてやる。解放リリース――『終焉ジ・エンド

 影人はその身から全ての命を終わらせる『終焉』の闇を解放した。それに伴い再び影人の姿が変化する。髪が伸び黒と金のオッドアイに変わり、ボロ切れのようなものが右半身を覆うように纏われる。

「・・・・・・敗者の末路だ。さあ・・・・・・死ねよ」

 影人は冷め切った声で竜に『終焉』の闇を放とうとした。影人は何の迷いもなく竜を殺そうとした。

 だが、

「待って影人! その竜には聞きたい事があるから!」

 その瞬間、シェルディアの声が影人の耳を打った。シェルディアのいる位置からいくら叫んでも、影人のいる位置までは声は聞こえないはずだが、影人にはハッキリとそう聞こえた。

「っ、分かったよ・・・・・・!」

 シェルディアの言葉の意味を正確に理解した影人は、放とうとしていた『終焉』の闇の性質を少しだけ変化させた。そして、『終焉』の闇が無防備な竜の巨体に触れる。

『なっ・・・・・・』

 闇が触れた事により、竜の命は急速に死へと向かい始める。

『・・・・・・』

そして数秒後、竜はその目から生命の灯火を失い全身を弛緩させて死ぬと、重力に引かれて影人の方へと落ちて来た。このままでは影人は竜の巨体に潰され地上に激突し、影人が避けても地上に甚大な被害が出る。しかし、それを防ぐために影人はスプリガンに変身したのだ。

「ふん」

 影人はつまらなさそうな顔で右手を落ちて来る竜へと伸ばした。すると次の瞬間、周囲の空間から大量の闇色の鎖が出現し、竜を空間に固定した。先ほどつけた『破壊』の痕は、竜の超再生により既になくなっていた。影人は『終焉』の力を解除すると、竜をそのままにしてシェルディアや零無がいるバルコニーの方へと戻って行った。

「あんな感じでいいか嬢ちゃん? 別にやろうと思えばこっちに近づける事も出来るが」

 影人は左手で離れた竜を指差しながら、シェルディアにそう聞いた。その言葉にシェルディアは頷いた。

「ええ、ありがとう。場所はあのままで大丈夫よ。それより、時間の方を教えてほしいわね。どれくらいであの竜は目を覚ますの?」

「一応、時間は30分に設定しといた。ちょっと短いかなと思ったが、嬢ちゃんならそれくらいで充分かなと思ってな」

 シェルディアの質問に影人はそう返答した。今の言葉から分かる通り、影人は竜を仮死状態にさせたのだ。先日の零無との一件で、影人が『終焉』の力で対象を仮死状態にさせる事が出来ると知っていたシェルディアは、影人に咄嗟にそう言ったのだった。

「分かったわ。あなたの予想通り、充分過ぎる時間よ。それにしても、『終焉』の力は思っていた以上に便利よね。あなたがそう出来るって事は、レイゼロールも当然出来るという事よね?」

「出来るは出来るだろうが、それはレイゼロールの力の習熟度によるな。俺はレゼルニウスから力、知識、習熟度を含む全てを受け継いだから出来るってだけだし。多分だが、レイゼロールは今はまだそこまで『終焉』を扱えないと思うぜ」

「へえ、そうなのね」

 シェルディアはそう相槌を打つと、真剣な顔で空中に縛り上げられている仮死状態の竜を見つめた。

「さて、あの竜の目が覚めたら色々と聞かなければね。いったいどうやってこちら側にやって来たのか、どうしてこちら側にやって来たのか。取り敢えず、あの竜を私の『世界』内に取り込んで――」

 シェルディアがそう呟いている時だった。突然、鎖に繋がれているはずの仮死状態の竜が淡く発光し、フッとその姿を消した。

「っ・・・・・・!?」

「なっ・・・・・・!?」

 突然竜が消えた事実に、シェルディアと影人は驚いた顔を浮かべた。だが、零無だけは全く驚いていなかった。

「転移の光・・・・・・シトュウの奴だな。あの竜を向こう側の世界に転移させたという事は、応急処置くらいは出来たって感じだな」

「っ、零無。お前何か知って――」

 零無の漏らした言葉が気になった影人は零無にそう聞こうとした。だがその前に、影人の中にある声が響いた。

『影人! 大丈夫でしたか!?』

「ソレイユか? ああ俺は別に大丈夫だ。ちょうどドラゴン1匹と戦った後だがな」

 声の主はソレイユだった。ソレイユの念話を受けた影人は何でもないようにそんな言葉を返した。

『ド、ドラゴンと戦った!? いったい何があったのですか!? というか、そこは先ほどのホテルですか!?』

 ソレイユは影人の視界を共有しているのだろう。驚きながらもそんな事を聞いて来た。

「そこは知らん。気づいたらドラゴンがいて、後は成り行きだ。というか先ほどのホテルって事は、お前今違う場所にでもいるのか?」

 ソレイユの言葉から影人はそう予想した。影人の予想が当たっている事を示すように、ソレイユはこう言ってきた。

『ええ、私は今神界にいます。緊急事態が起きたとの事で、神界に強制送還されました。つい先ほどまで会議が開かれていましたが、一旦終了したのでこうしてあなたに話しかけた次第です』

「そうか」

 影人はソレイユの言葉を聞きそう呟いた。そして、ソレイユにこう言った。

「ソレイユ。いったい何が起きた? お前が神界に戻された緊急事態っていうのは、いったい何だ?」

『・・・・・・私も全ての状況を把握しているわけではありません。ですが、今起こっている出来事を端的に言うのなら――』

 ソレイユが言葉を紡ごうとする。

 だが、

『っ、すみません影人! また緊急の招集がきました! 申し訳ありませんがまた後で!』

 ソレイユは急にそう断って念話を中断してしまった。1番聞きたかった内容を聞けなかった影人は、戸惑ったように言葉を述べた。

「お、おいソレイユ? ちっ、よりにもよってこのタイミングで・・・・・・」

 念話のチャンネル自体は繋がっているが、ソレイユは話し合いが終わるまでは影人の言葉には反応しないだろう。すると、今まで気を遣って話しかけないでいてくれたシェルディアが、こう言葉を掛けてきた。

「影人、何か分かった? ソレイユと話していたんでしょ?」

「いや、肝心の事聞く前に会話切られたから分からねえ。だが、あいつ何かは知ってる様子だったよ」

 シェルディアの問いかけに影人は首を横に振った。影人の言葉を聞いたシェルディアは「そう・・・・・・」と少し残念そうな顔を浮かべた。

「光の女神との会話・・・・・・ああ、そうか。神力の譲渡で繋がっているから精神間の回路が出来ているのか。ちっ、あのピンク髪め。何ともうらやまけしからん奴だ」

 一方の零無は何かをブツブツと呟きながら面白くなさそうな顔を浮かべていた。影人は今度はそんな零無の方に顔を向けた。

「零無。さっきはソレイユの奴が念話して来たから聞けなかったから、改めて聞くぜ。お前は何か知ってるのか?」

 真剣な顔で、影人はスプリガンの金の瞳を向けた。ソレイユが念話してくる前の零無の呟き。そして、シトュウが真界に戻る前の「事情は零無から聞け」という言葉。影人は質問しながらも、零無は高確率で今何が起きているのか知っていると踏んでいた。

「ああ、知っているよ。今何が起きているのか、どうしてそういった事態になっているのか。その全てをな」

 そして、零無は影人が予想した通りその首を縦に振った。

「やっぱりそうか・・・・・・零無。だったら教えろ。今何が起きているのか。その全てを」

「お前の頼みを吾が断れるわけもないな。もちろん、教えるとも」

 零無は笑みを浮かべると説明を始めた。

「まず、何が起きているのかそれを話そうか。結果を言えば、境界が揺らいで不安定になっているのさ。世界と世界、次元と次元の境界がね。さっき竜が現れたのもそのせいさ」

「世界と世界の境界が不安定・・・・・・? どういう事だ? つまり、この俺たちが生きてる世界と神界とかの距離感が曖昧になってるって事か?」

 零無の言葉を聞いても今一ピンとこなかった影人はそう聞き返した。

「うーん、惜しいが少しだけ違うな。神界や真界もこの世界とは異なる異次元の世界ではあるが、どちらかというと縦の隔たりだ。上位世界と下位世界みたいな感じだよ。その縦の隔たり、次元の境界は絶対に揺らぐ事はない。一部の隙間もなく境界がしっかりしているのさ。今回揺らいでいるのは横の隔たり。つまり、この世界と同じ下位世界の境界が不安定になっているんだよ。元々、横の隔たりは縦の隔たりと違って、安定はしているが隙間はあったからね」

「っ・・・・・・?」

 零無のその説明を影人は理解できなかった。零無はどうやら世界と世界の構造の話をしているようだが、影人にはその辺りの知識は全くなかった。

「っ・・・・そう。そういう事なのね・・・・・・」

 しかし、どうやらシェルディアは零無の話を理解したようだった。シェルディアは真剣な、それでいてどこか深刻な顔になっていた。

「嬢ちゃん、今の話が分かったのか?」

「まあ、お前ならば理解出来るか。なにせ、恐らくこの世界と境界が揺らいでる世界は・・・・・・」

 影人はシェルディアにそう質問し、零無は意味深な言葉を呟いた。2人の視線を集めたシェルディアは、


「ええ。さっきの竜を見て、零無の話を聞いて確信したわ。この世界と境界が揺らいでる世界は・・・・・・よ」


 そう言葉を述べた。

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