第327話 世界激震

「っ!? 地震か・・・・・・!?」

 突如として発生した揺れに、影人はすぐさまそう思い倒れないように姿勢を低くした。影人が今いるのはパーティー会場外のバルコニーで、パーティー会場内のバルコニーのようにテーブルは設置されていない。ゆえに、影人に出来ることはそれくらいしかなかった。

「この揺れは・・・・・・そうか。崩したか『物作り屋』。世界の境界を・・・・・・」

 一方、肉体を持たぬ零無は震える世界を見つめながらそんな言葉を呟いた。地震の事に気を取られていた影人は、零無の呟きに気がつかなかった。

「っ、止まったか・・・・・・?」

 それから1分ほどだろうか。地鳴りは収まった。影人はまだ地震に警戒しながら立ち上がった。すると、ポケットに入れていた影人のスマホが盛大な音を放ち始めた。緊急地震速報だ。影人はアラートの音に軽く顔を顰めながらも、スマホを取り出し画面を見た。

「震度5弱・・・・・・かなり強い揺れだな。震源地は・・・・・・何だこれ? 世界全体? その中でも日本、イスラエル、イギリスの3国に強い揺れを確認・・・・・・」

 地震速報を見た影人は意味が分からないといった顔を浮かべた。震源地が世界全体など聞いた事もない。という事は、ついさっき地球全体が揺れていたという事なのだろうか。いずれにしても、地震にそれ程詳しくない影人からしてみれば、よく分からないの一言に尽きた。

(中の方はどうなってるんだ? 取り敢えず、一旦パーティー会場の方に戻るか)

 中の様子が気になった影人は、バルコニーを後にしようとした。だがその時、


「――ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 何かの雄叫びが静寂な夜の世界に響いた。

「っ!?」

 身も震えるようなその雄叫び。その雄叫びに影人は聞き覚えがあった。だがありえない。なぜこの声が今聞こえてくる。聞こえるはずがないのに。そう思いながら、影人は振り返り夜空を見つめた。

「なん・・・・・・で・・・・・・」

 影人はその雄叫びを上げたを見つけた。何かは、いやその生物は夜空に羽ばたき、月光によってその姿が照らされていた。

 その生物は暗い赤をその全身に纏わせていた。その生物は大きな口を開き、そこから剣山のような歯を覗かせていた。

 その他にも、その生物は巨大な翼、尻尾、4足の脚。そこから生えている凶悪な爪といった特徴を具えていた。極め付けは、トカゲのようなその全身像。その大きさも巨大と言うべきものだ。

 そして、影人はその生物を知っていた。

「ドラゴン・・・・・・」

 影人は呆然とした様子でその生物の名前を呟いた。思い出されるのはシェルディアの『世界』で戦った2頭の竜たち。黒竜ゼルザディルム、白竜ロドルレイニ。あの2竜と文字通り死闘を演じた影人は、竜という生物の強さを身を以て知っていた。影人は自分が悪い夢を見ているのかと錯覚した。

「ギャオォォォォォォォォォォォッ!」

 だが、これが悪夢ではなく現実である事を示すように赤いドラゴンは再び大気を震えさせる雄叫びを発した。













「はははははははははははははははっ! はははははははははははははははははははははっ!」

 同時刻。日本、京都。人気のない林に男の哄笑が響いた。その男は興奮したように、面白そうに、或いは狂ったように笑っていた。

「やった! 遂にやりましたよ! 世界の境界が崩れた! 今までの間隙を縫うような区切りではない! しっかりとガラスの一部が割れたように境界にヒビが入った!」

 男は狂気を孕んだ目で夜空を見上げた。今の地震は世界と世界を隔てる境界にヒビが入った合図のようなものだ。その証拠に、夜空の一部分には夜の闇よりもなお黒い漆黒の亀裂のようなものが入っていた。今にもあの亀裂から出てくるはずだ。が。すなわち、【あちら側の者】が。

「さあさあさあ! 楽しくなって来ましたよ! これから混沌が訪れる! 破滅の混沌が! 私が望むものが! ひひっ、ははっ、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 抱腹絶倒。男の様子を表すのならその言葉が適切だった。ただし、その笑いの原因は常人には決して理解できないものだろうが。

「ゲームの幕は上がりました! 願わくば、今度こそ滅びてくださいよ! この世界!」

 男は両腕を上げその薄い灰色の瞳で夜空を見上げると、そう言葉を放った。












「っ・・・・くそどうなってんだよ! 何でドラゴンが・・・・・・!」

 2度目のドラゴンの咆哮によって、ようやくその意識をハッキリとさせた影人は、夜空に羽ばたいているドラゴンを見上げながら、焦りと不可解さが混ざり合ったような声でそう言葉を漏らした。

「落ち着け影人。お前からすれば、あの竜はそれ程脅威にはならないはずだ」

 そんな影人とは対照的に、零無はいつも通りの声で影人にそう言ってきた。

「別に混乱はしてねえよ! ただ意味が分からないって思っただけだ!」

「それは同義でないのかい?」

「っ・・・・・・う、うるせえよ!」

 首を傾げそう言った零無に影人はついそう叫んだ。完全に零無の指摘が図星だったからである。

「グルル・・・・・・」

 赤竜は影人に気づいていないのか、はたまた気にしていないのか周囲や地上を見渡していた。赤竜の様子を観察していた影人は、最大限に赤竜を警戒しながらこう言葉を漏らした。

「一応、すぐに襲ってくる気配はないか・・・・・・? だが、あのドラゴンがこのまま何もしないってのは流石にないよな・・・・・・となると、あいつが何かする前に・・・・・・」

「――対策を講じる、ですか」

 影人の言葉を先取るように後ろから女の声が響いた。影人が振り返るとそこにはシトュウがいた。

「っ、シトュウさん・・・・・・」

「その認識は正しいです。あの生物をあのままにしておけば、この世界の者たちは混乱するでしょう。ゆえに・・・・・・」

 シトュウはそう言うと、スッと右手を夜空に向けた。すると、透明の波動が世界に放たれた。

「今この辺り一帯に認識阻害の結界を展開しました。これで、人間たちはあのドラゴンには気づかない。あのドラゴンの時を止めてもよかったのですが、それでは地上に落ちてしまいますので、今回はその方法は取りませんでした」

 シトュウは影人にそう説明すると、左手を虚空に向けた。すると、シトュウの左手の先に透明の門が現れた。

「緊急事態ですので私は1度真界に戻ります。あのドラゴンのように、他の場所にも異世界の生物が出現しているでしょうからね。その場所にも認識阻害の結界を張らなければなりませんし、他の事もしなければなりません。ゆえに帰城影人。すみませんが、あのドラゴンの相手はあなたに任せます。事情はその後に零無から聞いてください。では」

「は!? あ、ちょっシトュウさん・・・・・・!?」

 シトュウはそう言い残すと門を潜り消えた。一方的にシトュウからそう言われた影人は驚き、シトュウを呼び止めようとしたが時は既に遅かった。

「ドラゴンの相手は任せたって・・・・・・おいおい、何がどうなって俺がそんな事を・・・・・・ああ、だけど・・・・・・やるしかねえか・・・・・・!」

 シトュウが消え、残された影人は思わず頭を抱えた。だが、今は考えている余裕すらない。幸いというべきか、自分にはあのドラゴンをどうにかする力がある。仕方なく意を決した影人は、ポケットに手を突っ込みペンデュラムを取ろうとした。だが、ペンデュラムはそこにはなかった。

「あ・・・・・・そういえば、今はイヴが実体化してるからないんだった。ちっ、なら汎用性は落ちるが『終焉』の力で――」

 スプリガンに成れないと察した影人は、『終焉』の力を解放しようとした。だがその時、

「影人!」

「よう生きてたかよ」

 背後から影人を呼ぶ声がした。すると、そこにはシェルディアとイヴがいた。

「っ、嬢ちゃん、イヴ・・・・・・」

「地震もそうだけど、嫌な予感がしたからあなたの気配を辿って来たわ。そしてどうやら・・・・・・私の予感は当たっていたようね」

「ああ・・・・・・? ありゃドラゴンか? 何であんなもんがいるんだよ?」

 シェルディアとイヴが上空に浮かぶ赤竜に気がつく。シェルディアは真剣な顔を、イヴは訳が分からないといった顔を浮かべていた。

「あれは竜族ね。向こう側からこちら側に次元を渡って来たのでしょうけど・・・・・・だけど不可解だわ。竜族の巨体が通れる次元の裂け目なんてあるはずが・・・・・・」

 シェルディアは難しい顔で何か呟いていた。だが、影人にはその呟きの意味を尋ねている暇はなかった。

「イヴ、悪いがペンデュラムに戻ってくれ。シトュウさんにあのドラゴンどうにかしてくれって押し付けられちまってな。だから、取り敢えずスプリガンになる」

「はあ? だったら『終焉』使えよ。1発で死ぬだろ、あんなドラゴン」

「お前が来る前までは俺も『終焉』使おうとしてたが、それはベストじゃないんだよ。『終焉』使ったらあのドラゴン地面に落ちるだろ。それで二次災害起きたら最悪じゃねえか。『終焉』ならあいつが暴れるっていう一次災害は消せる。だが、二次災害は防げない。だけど、スプリガンならどっちも防げる。だから頼むぜ」

 少しだけ面倒くさそうな顔を浮かべるイヴに、影人はそう説明した。別に影人は自分と関わりのない者たちが死のうが関係ないと思える人間だが、積極的にそうなればいいとは思っていない。防げる力があり防ぐ事の出来る状況ならば、影人はそうする。帰城影人とはそういう人間だ。まあもちろん、シトュウに頼まれたという事もあるが。

「ちっ、仕方ねえな。分かったよ、食後の運動といくか」

 イヴはそう言うと、シトュウから与えられた肉体を元の自分の器であるペンデュラムに戻した。その際、闇色の光が発せられる。影人はペンデュラムに戻ったイヴを握った。

「ったく、まさかまた変身する事になるなんてな・・・・・・ソレイユにまだ力返してなくてよかったぜ」

 影人はそう呟くと、最後にチラリと後方を見つめた。バルコニー内部にはシェルディアと零無だけ。ホテル内の廊下にも人の姿は見えない。スプリガンの正体は一部の者たちにはバレてしまったが、影人は無闇やたらに自分の正体をバラすつもりはなかった。

変身チェンジ

 影人がそう言葉を唱えると、ペンデュラムの黒い宝石が黒い輝きを放つ。すると数秒後、影人の姿が変化した。すなわち、黒衣の怪人スプリガンへと。

「嬢ちゃん、確か竜って言葉通じたよな?」

 スプリガンに変身した影人は、その金色の瞳をシェルディアに向けた。影人にそう聞かれたシェルディアはその首を縦に振る。

「ええ。竜族の幼体は意思疎通が出来ないけれど、あの竜は見たところ成体だから。ゼルザディルムやロドルレイニのように話は通じるはずよ」

「分かったありがとう。んじゃ、ちょっくら話してくる」

 シェルディアに確認を取った影人はそう言うと、夜空へと向かって飛び出した。浮遊の力を使い、空に浮かぶ。そして、影人はそのままドラゴンの元へと飛んだ。

「・・・・・・よう、対話の意思はあるかいドラゴンさんよ」

『ん?』

 竜の正面から少し離れた空間で止まった影人は、右手で軽く帽子を押さえながら赤竜にそう語りかけた。影人の言葉を理解したのか、赤竜の声が影人の頭の中に響く。そして、竜はその目を影人へと向けた。

『何だ貴様は? 魔族か? いや、魔族にしては角がない・・・・・・もしや夜の一族か?』

「・・・・・・夜の一族っていうのは吸血鬼の事か? だとするなら俺は違う。そうだな、強いて言えば・・・・・・俺は妖精だ」

 そう問うて来たドラゴンに影人はそう答えた。相変わらずの格好をつけた答えだ。普通ならばはぐらかされているか、冗談だと思う答えだ。だが、ドラゴンの反応は少し違うものだった。

『妖精だと? 我を愚弄しているのか貴様。妖精どもはもっと小さい。お前のような奴が妖精であるわけがないだろう』

「っ・・・・・・はっ、まるで妖精を知ってるみたいな言い方だな」

 ドラゴンの言葉を聞いた影人は一瞬驚いた顔を浮かべると、少し口角を上げそう言葉を述べた。

『どこまでもふざけた奴だな貴様は。もういい、それよりもここがどこなのか教えろ。空を飛んでいたら急に裂け目が現れて引き込まれた。気づけば知らぬ場所だ』

「っ・・・・・・?」

 ドラゴンは少し苛立った様子で今度はそう聞いて来た。その言葉を聞いた影人は疑問を抱いた。

(今の言葉からするに、こいつは自分の意思でここに出現したわけじゃないのか・・・・・・? それに、こいつは今裂け目がどうのって言ってたな)

 影人は内心でそんな事を考えると、その視線を右斜め上空へと向けた。

 すると、そこには夜の闇と同化して分かりにくいが、黒い裂け目のようなものが生じていた。だが、大きさはそれ程ではない。目測になるが、せいぜい縦5メートル。横2メートルといったところだ。その裂け目はいつしか影人が呑み込まれた時空の歪み、それとどこか似ていたような気がした。

(なら、こいつはあの裂け目から出てきたって事か? いや裂け目の大きさ的にこのサイズのドラゴンが出てくるのは無理だ。そもそも、こいつはいったいどこから来たんだ? ああクソ、ダメだ。情報が全く足りねえ)

 どうしてドラゴンが急に現れたのか。その謎は今すぐに解けるようなものではない。影人がそんな結論に至っていると、痺れを切らしたようにドラゴンが詰問してきた。

『おい聞いているのか? 我は答えろと言ったのだ。不敬な奴だ。答えぬというのならば殺すぞ』

「・・・・・・織田信長みてえな竜だな。鳴かぬなら殺してしまえってか。生憎と何回も死にたくねえんだ。殺されるわけにはいかねえよ」

『ふん、まるで死んだ事があるような言い方だな』

「ああ、残念ながらもう2回死んでるよ。しかも短期間の内にな」

 竜の呟きに影人は頷きそう言った。影人のその言葉は事実なのだが、普通ではあり得ないため、竜は冗談を言われたもしくはバカにされたと思い、遂に怒りを露わにした。

『ふざけるのも大概にしろ。もういい。貴様は我を愚弄した。誇り高い竜を愚弄すればどうなるか、死を以て味わわせてやろう』

 赤竜が怒りと同時にその身から凄まじい威圧感を放つ。大気が震えているのではないかと錯覚するようなその威圧感に、しかし影人は態度を崩さなかった。こんなといってはあれだが、これくらいの威圧は既に慣れている。

「はあー・・・・・・短気な奴だな。対話は出来たが結局こうなるかよ」

 赤竜に怒りを向けられた影人は軽くため息を吐いた。そして、スッとその金の瞳を細めると低い声で竜にこう言った。

るってなら別にいいぜ。ただし・・・・・・お前に殺される覚悟があるならな」

『大言を。貴様のような矮小な存在が竜に勝てると思っているのか?』

「ああ。竜とは戦った事があるからな。あの時は2匹だったが今回は1匹だ。控えめに言っても余裕だろ」

『どこまでも戯言を・・・・・・ならば、証明してみせろ。貴様の強さとやらを・・・・・・!』

「言われなくても見せてやるよ。俺の強さをな」

 影人と竜の目が交差する。空という戦場で、今まさに人と竜の戦いが始まろうとしていた。

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