第326話 打ち上げパーティーだ(8)

「っ・・・・・・お前が・・・・・・」

 壮司の言葉を聞いた影人は驚いたようにそう言葉を漏らした。かつて影人とレイゼロールを、全てを殺す呪われし神器「フェルフィズの大鎌」を使って何度も襲ってきた黒衣の襲撃者。スプリガンと同じもう1人の目的不明・正体不明。その人物が、今影人の目の前にいる。

「・・・・・・一応、あんたの事はあの戦いが終わってからソレイユから聞いてる。確か元守護者ランキング4位『死神』。それがあんたのもう1つの正体だったってな」

「ああ、そうだ。後は一応、守護者ランキング50位スケアクロウって名前もあったんだが、まあこっちは偽装用の名前だからどうでもいいか」

 警戒した声音を隠さずに影人は壮司にそう言った。影人の言葉に壮司は頷いた。

「俺もあんたの事はあの戦いが終わってからラルバ様から聞いてるよ、スプリガンさん。いや、本名帰城影人さん。女神ソレイユから力を与えられ、光と闇の戦いを暗躍していた男。そして、レイゼロールが唯一心を許した人間だってな」

 壮司も相変わらず軽薄という言葉がピッタリといった感じの顔で影人にそう言った。壮司にそう言われた影人は、前髪の下の目で壮司を軽く睨みながらこう言葉を返す。

「・・・・・・俺はレイゼロールにとってそんな大層な人間じゃない。ただ、あいつと縁があっだけだ。それで、何度も俺を殺そうとしてた死神さんが、俺に何の用だ。すいませんとでも俺に謝罪でもしに来たか?」

 影人の最後の言葉はただの冗談、皮肉のつもりだった。だがその言葉に壮司は、

「おお、大正解。いやー、さすが暗躍者。勘がいいねえ」

 軽く手を叩きながら頷いた。

「・・・・・・・・・・・・は?」

 まさか、そんな答えを返されるとは全く予想していなかった影人は呆気に取られたように、ポカンとした顔になった。

「・・・・・・嘘だろ?」

「嘘じゃないんだなこれが。まあ見ててよ」

 壮司は影人の言葉に軽く首を横に振ると、真剣な顔を浮かべ影人に深く頭を下げて来た。

「帰城影人さん。今まで本当に申し訳ありませんでした。謝って許される事では決してありませんが、ここに私は心から謝罪いたします。あなたを殺そうとした罪はこれから一生背負っていく次第です」

 そして、丁寧な言葉遣いで影人に謝罪した。

「・・・・・・」

 まさかの事態に影人はしばらくの間呆然とし、言葉を発せられなかった。壮司は影人が言葉を発せられない間、ずっと頭を下げ続けていた。

「・・・・・・取り敢えず、顔を上げてくれ。そのまま頭を下げられたままだと調子が狂う」

「そうかい? それじゃ、お言葉に甘えよるよ」

 ようやく言葉を絞り出せた影人は最初に壮司にそう声を掛けた。影人にそう言われた壮司は、すっかり元の軽薄さに戻り、顔を上げヘラリとした笑みを浮かべた。

「・・・・・・あんたの謝罪は一応受け入れとく。だが、俺自身は謝罪なんていらないと思ってる。さっきも『提督』の奴からあんたと似たような謝罪を受けたが、俺たちは互いに命を懸けた世界にいたんだ。そんな謝罪を一々してたら終わりがないだろ。まあ、この謝罪はあんたの区切りなんだろうがよ」

 壮司の謝罪に対し影人はそう言葉を述べた。影人の言葉を受けた壮司は少し意外そうな顔になる。

「へえ『提督』も・・・・・・さすが謎の怪人スプリガンさん。大人気だったんだな」

「殺しの目標としての人気なんかいらなかったんだな」

「ははっ、違いない」

 壮司は軽く笑うと、少しだけ真面目な顔を浮かべた。

「ま、俺の謝罪はあんたの指摘通りだよ。区切りにするのが1つだ。ただ、あんたやレイゼロールに申し訳ないと思ってるのは本当だ。さて、後はパーティーに来てるらしいレイゼロールに謝るだけだな」

「なんだ、あんたレイゼロールにも謝りに行く気か?」

「ああ。でも、一応ずっと探してたんだが全然見つからないんだよな。俺がパーティーに参加したのは、あんたとレイゼロールに謝るためなのに」

「あいつはパーティー会場の隣の部屋だ。パーティー会場右奥にドアがある。そのドアの先にあいつはいるよ」

 壮司は少し困ったような顔でそう言った。見た目や雰囲気とは裏腹に随分と真面目な奴だ。そんな事を思いながら、影人は壮司にレイゼロールの居場所を教えてやった。

「マジか。ありがとよスプリガンさん。それじゃ、俺はこれで」

 レイゼロールの居場所を影人から教えてもらった壮司は、そう言って影人に手を振るとこの場から去ろうとした。

「・・・・・・待てよ」

「ん?」

 だが、影人は壮司を呼び止めた。壮司は不思議そうな顔で振り返り立ち止まった。

「お前はラルバとの契約で、俺やレイゼロールの奴を殺そうとしてたんだろ。ラルバがレイゼロールを殺そうとしてたのは、ソレイユを戦いから解放するため。俺を殺そうとしてたのは、その目的のために邪魔だったからだ。なら、お前は何を対価にその実行者となろうとした? お前はラルバとどんな契約を結んだんだ?」

「あー・・・・・・まあ、気になるか」

 影人から疑問をぶつけられた壮司は右手で軽く頭を掻くと、どこか気まずそうな顔を浮かべた。

「・・・・・・端的に言えば、復讐の手伝いって感じかな。俺の個人的な」

「復讐・・・・・・?」

 壮司の漏らした言葉に不穏なものを感じながらも、影人がそう言葉を呟く。影人の呟きを聞いた壮司はこう前置きした。

「・・・・・・全く面白い話じゃねえぜ。それでもいいんなら教えようか? あんたには知る権利があるからな」

「・・・・・・構わない。教えてくれよ、案山子野壮司。お前が暗躍していた理由を」

 壮司の問いかけに影人は真剣な顔で頷いた。影人は知りたかった。自分と同じように暗躍していた男が、なぜ黒衣の襲撃者となったのかを。

「・・・・・・はあー、分かったよ。あんたが知りたいなら、俺に断る権利はない。いいぜ、なら教えようか。何で俺がラルバ様と契約を結んだのかを」

 影人の言葉を聞いた壮司は仕方がないといった感じで頷くと、ヘラリとした笑みを浮かべた。













「俺の親父はシングルファザーだった。俺がまた生まれて間もない頃に、俺の母親は若い男と駆け落ちして家を出て行ったらしい。それから親父はずっと1人で俺を育ててくれたんだ。サラリーマンをしながら家事も育児もして。本当、文字通り死ぬ程大変だったと思うぜ」

 バルコニーの手すりに軽くもたれ掛かりながら、壮司はそう言葉を切り出した。

「だけど、親父は全く文句も言わずにずっと優しい父親でいてくれた。まあ、中学くらいからは、絶賛多感な時期って事もあって、俺は表向き親父に感謝の気持ちは中々出さなかったんだが」

「・・・・・・」

 壮司の言葉を影人は黙って聞いていた。言葉には出さなかったが、影人は内心で立派な父親だなと思った。

「一応、俺はずっとそんな親父の助けになりたいと思ってた。ここで言う助けっていうのは、経済的な意味だ。正直、今までの生活に不自由はほとんど感じてなかったが、1人親家庭の子供なら多くはそう考えると思う。だけど、当時の俺は中学生。バイトするのは難しいし、親父も反対だった。そんな時、俺は知った。闇奴の存在を。光導姫や守護者の存在を」

「っ・・・・・・」

 壮司の言葉を聞いた影人は、何となくだが壮司が守護者になった理由が分かった。影人は同時に穂乃影の事を思い浮かべた。恐らくは、壮司が守護者になった理由は穂乃影とほとんど同じものだ。

「中学2年の時、俺はたまたま闇奴と遭遇した。そして、光導姫と守護者に助けられて、そのままラルバ様が俺を神界に転移させて、こんな提案をしてきた。守護者にならないかってな。そして、守護者の説明を聞いた俺は、守護者になる事を決めた」

「・・・・・・金銭を得られるって知ったからか」

「ま、そういう事よ」

 影人の指摘に壮司は頷いた。やはり影人が予想していたように、壮司が守護者になった理由は穂乃影とほとんど同じものだった。

「親父はしっかりしてたから、俺名義の口座は作ってくれてた。だから、金はそこに貯めて、何か不測の事態が来たら使おうって考えた。そこから俺は守護者として戦い続けた。戦いの才能があったかは知らないが、守護者として戦い始めて約3年。高校1年の時には俺はランキング4位になった。衣装が黒フードで使ってた武器が大鎌だったから、ラルバ様から『死神』の名前を与えられた。ま、これは余談だが、黒色のフードずっと被ってたから、いつしか『死神』は正体不明の男って噂され始めたりもしたよ」

 壮司は1度そこで言葉を区切った。そして、どこか悲しそうな笑みを浮かべるとこう言葉を続けた。

「・・・・・・俺が『死神』の名を冠してから数ヶ月経ったある冬の日の事だった。俺が学校から帰ってる途中、スマホに親父から電話が来た。だが出てみると、電話の主は警察だった。警察は俺にこんな事を伝えて来たよ。親父はついさっき亡くなったってな」

「っ・・・・・・!?」

 その言葉を聞いた影人の顔が驚愕に染まる。壮司は変わらずに悲しそうな笑みを浮かべながら、説明を続ける。

「親父は麻薬でラリった若者たちの戦いに運悪く巻き込まれたらしい。それでバットか何かで頭を強く打たれた。それが致命傷になって亡くなった。警察はそう言ってたよ。それから俺は1人になった。どうしようもない暗い気持ちを抱えながら」

「そう・・・・か」

 影人が出せた言葉はそれだけだった。それ以外には何も言えなかった。父親という話なら影人も影仁の事があるが、影仁はまだ生きている可能性がある。それに対して、壮司の父親は既に死んでいるのだ。そこには天と地ほどの差がある。

「俺は今度は生きて行くために守護者として戦った。どうにかなりそうになりながら。ラルバ様は俺の様子が変わった事に気づいてたから、政府関係者に聞いて俺が親父を亡くした事とその背景を聞いてたらしい。ラルバ様は俺に悼む言葉をかけてくれたよ。・・・・・・そして、それから時間が経った去年の5月頃。1つの契機が俺に訪れた。とある男がたまたま闇奴化したんだ。そいつは、親父を戦いに巻き込んだ若者どもが使ってた麻薬を日本に密輸していた組織の首領の1人だった」

「っ・・・・・・!?」

 影人が再び驚愕した顔を浮かべる。そして、勘のいい影人は理解した。壮司がラルバと結んだ契約がどのようなものであったのかを。

「そうか、お前は・・・・・・」

「やっぱり、勘がいいねスプリガンさん。そう。俺は結果として、闇奴化していたそいつを『フェルフィズの大鎌』で殺した」

 壮司は感情を読み取れぬ顔で頷きそう言った。

「色々疑問があるだろうから順を追って話すぜ。まず、契約を持ちかけて来たのはラルバ様だ。ラルバ様は既に話したように俺の事情を知ってた。俺よりも深くな。だから、闇奴化した奴が親父が殺された原因の大元だって分かったんだ」

「ちょっと待て。ラルバは何で闇奴化した奴の正体が分かったんだ? 闇奴化した奴の情報がそんなにすぐ分かるのか?」

「ラルバ様は一応神だぜ? 神界にいる間は力が使える。だから、闇奴化した奴の情報を知ろうと思うくらいわけない。ラルバ様はそう言ってた」

「そう言われればそうか・・・・・・」

 疑問の言葉を挟んだ影人に壮司はそう答えた。壮司の答えを聞いた影人は、神力の便利さを身を以て知っているので納得した。

「話を戻すぜ。ラルバ様は力を使って俺にその闇奴化した奴の情報を提示した。その情報に触れた俺は、そいつが親父が死んだ原因の大元だって事を知った。俺は怒りと憎しみを抱いたよ。そして、ラルバ様はこう言ってきた。『壮司。そいつを殺したいか? もしお前が魂の穢れを厭わないなら、罪悪の鎖に永遠に縛られても構わないというのなら、俺と契約を結ばないか』ってな」

「・・・・・・それで、お前は契約を呑んだのか」

「・・・・・・ま、そういう事だ」

 壮司はゆっくりと頷いた。そして、どこか遠い目を浮かべ夜空を見上げた。

「契約を呑んだ俺はラルバ様から『フェルフィズの大鎌』を渡された。そして、現場に転移してもらって闇奴化したそいつを殺した。その瞬間、俺とラルバ様の契約は結ばれた」

「・・・・・・そうか」

 影人は重い声でそう言葉を絞り出す。そして、壮司にこう質問した。

「・・・・・・気分が良くない質問だろうが、もう1つだけ聞かせてくれ。俺はソレイユから闇奴化した人間が殺された事件は3件だって聞いた。それも、お前がやった事なのか?」

「ああ。さっき俺が殺したのは首領の1人だったって言っただろ。その2人もその組織の首領だったんだ。奴らの組織は国際犯罪シンジケートだった。そいつらもたまたま闇奴化したから、俺が殺した。ラルバ様が後々情報を集めたら、首領を3人も失ったその組織は内部の権力争いで自滅したらしい。その話を聞いた時はちょっとだけスカッとしたよ。ざまあねえってな」

「っ・・・・・・」

 から笑いを浮かべる壮司。そんな壮司に影人はどう声を掛けていいのか分からなかった。

「・・・・・・とまあ、俺がラルバ様と契約を結んだ理由はそんなところだ。いくらクズだって言っても、俺がした事は決して許される事じゃない。法治国家に生きてる以上、俺は法に従わなきゃならないからな。それが道理だ。だから、ラルバ様に契約を破棄されたあの戦いの後、俺は自首しようと思ったんだが・・・・・・結果はご覧の通りだ。俺はここにいる。色々と大人の事情とか、犯罪立証の不可能さとかが絡んでな。俺は大罪人のくせに未だに何のお咎めもなくシャバにいるってわけだ」

 壮司は自虐的にそう言うと、ヘラリとした笑みを浮かべ、もたれ掛かっていた手すりから体を離した。

「これで俺の話は、つまらねえ胸糞の悪い話は終わりだ。じゃあな、スプリガンさん。俺はこれで失礼させてもらうぜ」

 壮司はそう言い残すと、バルコニーを出てパーティー会場の方に戻って行った。

「・・・・・・」

 壮司がラルバと契約を結んだ理由を知った影人は、しばらくの間口をつぐんだままだった。壮司の葛藤はどれくらいのものだろう。彼はこれからどのようにして生きて行くのだろう。影人には分からない。

 だが、

(・・・・・・後悔はしてない様子だったな。故人が復讐なんて望んでいないって事も理解してた感じだった。だけど、それでもあいつは復讐を決断した。その昏い覚悟を俺は知ってる)

 それだけは分かった。ならば、影人は壮司の決断に対して何も思うべきではない。あれは既に罪を自覚し背負っている人間だった。

「・・・・・・それに、元々他人だからな。深く考えすぎる義理もないか」

 どこか冷たい声音で影人はそう呟いた。仲がいいわけでもないのに、あれこれ勝手に考えては失礼だろうし、考える意義もない。それはある意味で正しい反応なのかもしれないが、10代後半のいわゆる普通の少年の考えではなかった。

「影人!」

「げっ、零無・・・・・・」

 それから少しの間、影人が夜風に当たっていると、バルコニーに零無が現れた。零無の姿を見た影人は思わずその顔を苦くした。

「何でこの場所が・・・・・・ああ、そうか。お前は気配で俺の場所が分かるんだったな」

「ああ。さっきのお前は何だか色々危なそうだったからな。だから、頭を冷やす時間を作ってやっていたのさ。頭は冷めたかい影人?」

 影人の呟きに零無はニコニコ顔で頷いた。どうやら零無に気遣われていたらしい。本当に変わったなと思いながら影人は頷いた。

「・・・・・・ああ。まあ落ち着いたよ。落ち着かざるを得なかったからな」

「? どういう意味だい?」

「別に何でもねえよ。こっちの話だ。それより、お前は何をしに俺の所に来たんだ?」

 首を傾げる零無に影人はそう言った。影人にそう言われた零無は明るい顔でこう言った。

「吾がお前の元にいるのは自然の摂理だろ。まあそれはそれとして、シトュウがお前を呼んでこいってうるさくてな。だから来たのさ。吾をパシリのように使った事は許せんが、まあ今日は祝い事。多めに見てやるさ。吾は寛大だからな」

「寛大な奴は自分でそう言わねえよ。だがまあ、分かった。戻ってやるよ。零無、案内を――」

 影人がそう言おうとした時だった。突然何の前触れもなく、


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


 世界が震えた。

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